カウンセリングでは何も変わらない [無断転載禁止]©2ch.net
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カウンセリングを受けたところで何も変わらん
むしろ的外れな誘導で終わり不快になるだけだ
薬がほしければ直に精神科を受診すべき
心療内科や行政のカウンセリングは時間や金の無駄 心理士マジでこれからどうするの?
仕事あぶれるよ。公認なんて誰でもとれんじゃん、学部でてなくても、受験資格ありとか。俺も福祉施設経験五年以上で公認受けるけど。仕事ないし皆どうすんだ?これから。 >>682
カウンセリングや療法は個人の認知と行動を調整するもので社会と他者には関知しない
だから就労支援や当事者会などがセットじゃないと効果は薄い
一般開業の心療内科でカウンセリングを受けても
ソフトな表現で自分の弱さ、考え、行動を否定されるだけと感じる人は多い
自分を受け入れてくれる場所を探し回る病院ジプシーが多いのはそういう理由だと思う
それがスレタイの「カウンセリングまじファック」ってことなのかなと
サイコパスに非サイコパスの認知を押し付けることに成功したとして
今度はこっちが加害者とも考えられるから言い分のすり合わせが大事だと思うな
カウンセリングってアドラーが言うところの「かわいそうな私と間違っている相手」になりやすい
でも「これからどうするか?」を話し合うためには現実的な材料とプランがいっぱい必要だからカウンセラー一人じゃ問題解決が難しいんだろうね
綺麗事を言ったけど実際サイコパスにあったら、、、 物理的な医学は有効で意味も分かる
だが精神医学はあいまい適当で、それこそ医者の匙加減で適当な事が言える
どれが精神病? 誰にでも当てはまる 断定しずらい >>690
サイコパスの定義は。精神医学でも、心理学上でも同一ということ? そうかが、離反者を執拗にサイコパスって罵ってたけど… なんだかな〜 脳科学系の番組では、脳機能の一部の偏りとか言ってた 脳科学上の定義として受け入れないと、人格上の非難や被害者意識の憂さ晴らしといった
学問的には積みあがらない話に終始してしまうのではないか。 妄想*妄想*妄想=ゼロ
→普通の人はゼロは無価値だから 価値のある・意味のあることをしようと考える。
→ゼロなら「いくらやっても構わない」とエスカレートする病者がいる。オウム真理教など思想全般が方向的にズレている。 他者の命を奪う狩猟行為は生命にとって最も基本的な機能
自己と同種のみならず他種の命まで守るというのは近代的な機能 >>695
つまり、同一用語の定義がバラバラということ? >>698
脳科学での定義以外に定義をする意味がわからない。 >>700
いや。サイコパスという現象の記述を科学的に確定させていこうとしたら
脳科学で定義するしかないと思うんだ。脳の特定の部分の機能が低下または欠落している、となる。
しかし、サイコパスをめぐる人間描写や人々をめぐる会話など社会の分析をするのなら
いろいろな定義があってもいいと思う。人間に関わったり会話をしたりして
社会参加するのは科学者以外の人(あるいは科学者タイプの人以外の人)も
含むのが自然だから。 >>701
脳科学と精神医学、心理学で、同一用語の定義が違うまま、
その用語を使って議論するのが良いという意味? >>702
瀬戸内寂聴という有名人が反原発運動をしていて
対談で科学者に微量の放射性物質はDNA修復酵素の役割で体内で無害化されると聞かされて
それが事実であっても私は反原発運動をすると宣言していた。
この例でもわかるように、社会は合意のシステムであって、
その合意は必ずしも自然科学的な事実に基づいていない。
それを素朴に自然科学的に正しいから公知になるとするのは誤りだと思う。
なのでTPOだと思う。結論を出して知識を積み上げたいのなら
自然科学に基づいて脳機能の話としてする。
先の書き込みは「正しい結論を出したいのなら」という前提でのものだ。
しかし、今、社会での態度を決めたい、自分の意見を決めたい、
自分の人間関係での心情を吐露し共有したいというのなら
別のアプローチも許されるべきだ。
ただ、二つの立場は混ぜるべきではない気はする。区別した上で、
心理学板は自然科学である実験系の心理学は主流でないので、
「脳科学の意見が正しいのはそうだが、それでは納得しない人が
大勢いるのを前提に」議論するといいのではないか。 人を恨み、相手はサイコパスだからと自分を納得させて生きてきた人に
いきなり脳機能の話をしても納得はすまい。
しかしサイコパスについての脳機能的な理解が広まれば、人々は人を恨むのに
サイコパスという理由以外の理由を見つけるようになるかもしれない。
そういう風に人の心や社会での心の扱われ方を改善していく意図がある人が
心理学に素養がある人だと言えると思うんだが。 〉〉703
放射性物質の危険性については、
自然科学的な事実にもとづいていないのではなく、
どの程度までを許容できる「微量」と考えるかが自然科学的には決まらないん
じゃないのか? 〉〉704
つまり、
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科学的に言えるのは個体差を無視した平均であり、ある範囲であり、
かつ科学的知識というのは常に断片的で社会への総合的な影響は測れないという例で言った。
挙げた有名人は大多数の人の理解を代表しているので上記の自然科学的事実を
事実上無視したのは彼女の立場の役割に反していないと思う。そういう例で挙げた。
>>706
医学的にはサイコパスでも社会に適応している人もいる。
そういう人への誤解を解く意図がる人は心理学の素養がある人だと思う。 個体差があるというのは、個体の全体にとって、という意味。
自然科学は真実を求めるが、誤解を解くというのは別の意図だと思う。
両者の区別のないまま著述する人が中途半端な俗説を流す事になっていると思う。 〉〉708
1 俺は、その人物をしらないんだが、君はその人物の批評をしたい?
それとも、一般論として、
政治運動は自然科学を無視してやるべきだといいたい?
2 つまり、
特定の「意図」 = 心理学の「素養」 ということ? >>712
政治運動は自然科学を無視して行われる事もあるという事実を挙げた。
そのような人物が世論に影響がある場合もあるのが事実いう例。
人々の心理的なものへの解釈が自然科学を無視してい場合もままあるという類例・傍証として挙げた。心理学のみならず、あらゆる専門知識にはそういう扱われかたを
されるケースがありうるという事。
>特定の「意図」 = 心理学の「素養」 ということ?
そうだと思う。人々が心理について歴史的に知っている知識を前提に
最新の実験心理学や脳科学で間違いとされる誤解を解いていければ
心理学(臨床心理学)としては十分だと思う。 実験の手間暇がめんどくさい神からの遅れを出すだろう。退屈なな。 〉〉713
1 原子力エネルギーは、資源のない日本にとって、安全保障上も
重要なエネルギーなので、許容できる危険性ならば、
許容するべきだという考えは、多くの国民の共通理解だろ。
半面事故の場合の国家的損失、健康リスクが莫大なので、争いがあるわけだが、
「微量」になるとは限らない原発事故を想定して原発に反対する人の主張は、
微量なら危険性はないという話を無視しているわけではないんじゃないのか?
2 つまり、
心理学の「素養」を図るテストは、「意図」を図るテストなわけか? ごく微量といったって宇宙の大きさを考えれば、微量のつながりで済むはなしじゃない。人間発電所じゃないけど、水素を取って走れ。 〉〉713
君は、「心理学の素養」=「特定の意図」だと書いているわけだが、
つまり、心理学は、科学ではなく、「特定の意図」だといいたい? >>717
実験心理学は基礎研究なのでいわゆる科学だけども臨床心理学は科学ではないでしょう。応用科学なのかも知れませんが。 医学でも基礎研究は科学だけれどもいわゆる医者のやっていることは科学ではない。
応用科学なのかも知れませんが。 この頃はなんでも科学とつけますからね。科学コンプレックスについて
考えればまた考察もあるのでしょうが、それはサイコパスという言葉の詮索と
同じ論法の繰り返しなので省略したいですね。 科学コンプレックス→「科学」という言葉について
科学という言葉についてもサイコパスという言葉についても似たような現象はあるという事です。 >>717
意図というか、志、あるいは倫理では?
「医は仁術」というときにはそれは高い職業倫理と職務実践の志を意味している訳です。
臨床心理学でも同じようなことがあるのではないでしょうか。 ・・・といっても、サイエンスは偉い、臨床心理学はサイエンスたりうると
サイエンスという言葉と戦ってきた人の耳には入らないですよね。
サイコパスは悪い、とサイコパスという言葉と戦ってきた人と同じですね。
コンプレックスと書いたのは悪かったです。すみませんでした。撤収します。では。 HAL 9000の反乱みたい無感情・冷徹でなければ務まらない大企業トップとなるか、犯罪に走るかは
生活・教育環境に大きく支配されるから、ただ学校を作って入れるだけでなく、思想的に歪んでいない
理想的な生育環境が望ましいが、国によって、宗教によっては逆に「われ良し、他を貶める」ことを教えるからやばい。
ただ良いだけなら良いが、(良きにせよ悪しきにせよ片寄った状態をコンプレックスという)、意味もなく「特別 良いと ふんぞり返ったり、悪に徹する」(スペリオリティーコンプレックス、インフェリオリティーコンプレックス)。 >良きにせよ悪しきにせよ片寄った状態をコンプレックスという
その状態をそのまま受け入れて心理的に複雑な動きを見せないという場合もある。
その場合はコンプレックではないだろう。 一つ目国では一つ目が普通で健康とみなされ
二つ目国では二つ目が普通で健康とみなされるけれど、両者の間では軋轢が生ずる。 アドラー心理学のスレでいい答えがもらえるかと思われ 理論知っててもコミュ力のない心理士が殆ど。心理士のコミュ力は世間ずれしてるところからきている。
あまりにも、遊びを知らなすぎだし、雑学に偏りがある。
勉強ばかりではよい心理士にはなれない。これから心理学ぶやつ、仕事つきたいやつは、勉強はそこそこでいいから、遊べ。そこでコミュ力と感性を磨く事。
頭でっかちな使えない、心もない、名ばかり心理士が多すぎる。
PSWは中途が多いからか色々な経歴、柔軟さがあって使える。
心理士は挨拶さえ出来ない人間として魅力のないやつがあまりにも多すぎ。 低IQの官僚が天下り先に認定機関を作ったんだろう。 >>731
そういう心理士いるいる
おれの知ってるのは、カラオケすら下品視してのデンモクも使えないカタブツ
遊べなくて石頭な専門誌読んでたな
高齢心理士学者は論外だらけ 東京都三鷹市 シティハイツ吉祥寺通り4階
1994.3.7
http://imgur.com/a/TXEgU
@copy__writing
@kotobamemo_bot
莉里子(剛) 最近は市役所に臨床心理相談があるから、カウンセリングも昔の仕事だけど、
永遠の価値はあるだろうね。 東京でソメイヨシノが開花始め。見ごろと混雑は1週間先 心理も日本はよく分からなくなってきたな。公認心理士は福祉の知識も多少もった、本当の医師の雑用係に成り下がるな。これが唯一の心理の国家資格。ヤバイと思うわ。心理の扱い。完全なコメディカルの枠にいれる為の策だ。ある意味、医師会の臨床心理士潰しだな。 彼らは日本人としての精神を理解していない。だから
彼らを治療することが先決なのだ。 医師会?慈善事業さ。バレたりするから、検査も怖いでしょ。
胸やら腰やら。脚やら。看護婦もばれない営業の方が利口。 治療? まつりごと ちせい りやふ 看護寮 の問題とちゃう? 薬なしでもいいならカウンセリングが. COM わけだ。
ディープインパクト失格処分じゃないけど、
そちらのほうとつながって、精神科受信は自由であるべき。 看護のカリキュラムを描ける人は、現世宗者にもいないだろうさ。採点ならなおさら。
成績は知らんけど。 市販 があって 公販はないわけ?公認心理士。出番かも。 医師会に加害ありか。放ってはおけないなあ。被害が必ず積算する ハイデガー の限界の自覚他覚のほうがよいようだな。 女性医師は正しくも臨床心理士等に依存になってないはずだが。
心理学は女性だけの学問といっていいほど、男はイラナイ。 何心理学に期待してんだ。素人だな。
なんだかんだ薬だよ。あとは本屋にいけば独学で心理療法、行動療法の本読めば終わり。 心理板もカウンセリング云々の喧嘩ばかりで荒れてたが
残ってるのわずかで、平和になった
DJは一人でなにしたいんだろう おれ悟ったんだけどwww、何か相談ある?
あと、ブログよろしく!
http://blog.livedoor.jp/kosokeme/ 健忘で自分のことに関する記憶がぽつぽつとしかないんで、カウンセリングしても話すことがなにもないんですけどカウンセリング続けた方がいいのでしょうか。
なにか聞かれてもわからないとしか答えられないし、傾聴されても語れることがないんですけど。 日本は多神教国です。西洋みたくキリストじゃなきゃダメということがない。
山でも森でも自然でも、花出も虫でも 夜空を見るなら「天の川が見えるか」聞いてから行くとよい。
とにかく感動的な目に遇えば 心のつながりができます。神でなくても同じです。ただし人間は危ないのが多くて困るけどw きりすとでもまだ2000ぐらいの節目で、日本と限定しなきゃ
多神教もいいでしょうねえ。 高いお金と長い?時間をかけるのなら
自分がどんな渦中で苦悩してるか
ちょっと俯瞰できるところまで
連れてってくれる人じゃあないと
せっかくのカウンセリングなんだし
自分を自分がきちんと観れたら
どんな名前のもんでも技法でも好きにしたらいいのに
カウンセリングだめなら別のもん別のもん どこかに書いたけどずっと以前から通っていたところで3.11のとき“震災は不安じゃないですか”という趣旨のことを聞かれて唖然としたよ
あの震災は社会的に大変なことだよもちろん
だけど俺がここに以前から来てる理由はそれじゃないことは少し考えればわかるよね
傾聴って何?
まあある種不器用な人なんだろう
「他人の不安」というものが自分にとって何なのか定位できないままその仕事に就いちゃったんだろうと思う
「他人の不安」ってなんだろう → 3.11 → あ、これが「他人の不安」だ!
でしょ?
勘弁してね
こっちは治りたくてお金払って来てるんだ 「心の専門家」はいらない(小沢牧子)
前は暴論だと思ってたけど今はしみじみそう思う
うちの会社で社内カウンセラーを入れたらって意見があったんだけど単純導入にはとりあえず反対しておいた 子供が世の中で色んな目に遇っても 夜にはお母さんが昔話を聞かせたり
子守唄を歌って聞かせて調和モードに戻して安心させる。
その母さんをお父さんやお婆さんが世間話で和ませる。
全員を和ませるのがプロの落語家とか演劇、音楽界、裏日本の浄土宗。 エンジン分解等の高度な自動車整備や外科手術は一般的に言って素人には無理
設備的にも技術的にも
だから専門職の必要性がある
心の専門家はどうかな
現状ではなんちゃって専門家なんでは
全員がとは言わないが大半は 「西洋人と日本人、あと黒人の心の違い」を説明できて - しかも納得させられる心理学関係者がいれば ぜひ聞いてみたいけど無理だべな >>778
結構思いつきそうなテーマだけどな
書籍で見かけたことは全くないけど >>778
ぱっと思いつくのはレヴィストロースだけど、心理学ではないな 心理学ではなく文化人類学や民族学の領域でしょうね。ルース・ベネディクトなんかが近いかも。 かつては民族心理学とか民族性心理学といった領域があったけど、今は文化人類学などに吸収されています。 カウンセリングなんて
カウンセラーに仕事を与えてやってるだけに過ぎない
無駄の極限だろうな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています