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■思い浮かぶ先輩の顔

父の七世尾上梅幸からは、「基礎を大切にするように」と教わった。

「基礎がしっかりしていれば、その上の建物はいくらでも建て替えられるから、と言われました。私自身、『基礎だけはしっかりしておくように』と後輩にも伝えています」

数々の当たり役をもつ菊五郎。思い入れのある役を問われると。

「出世作となりました弁天小僧菊之助。1000回近く勤めさせていただいております。(二世尾上)松緑のおじから教わりました髪結新三、魚屋宗五郎なども思い浮かびます」

現在は立役中心だが、女方でも多くの役を勤めた。

「私ほど多くの先輩から教えを受け、可愛がられた役者はいないと思っております。本当にかわいがっていただきました」

お世話になった先輩俳優を問われた菊五郎は、二世松緑、十七世中村勘三郎、十七世市村羽左衛門、三世市川左團次、
女方では父・梅幸だけでなく六世中村歌右衛門、七世中村芝翫、四代目中村雀右衛門などなど……。次々に名前を挙げた。そして若手だった頃を振り返った。

書抜きを読んだ時を再現する菊五郎。
「当時は、(役がついても台本はもらえず)自分の台詞だけが書かれた「書抜き」という紙1枚を渡されるんです。
ある時の書抜きには、『伊勢三郎。用はない、立て立て』とだけ書かれていました。きっとお侍だろう。けれども、用はない? 立て立て? これだけでは、どんなお芝居か分かりません。
そこで先輩に聞きに行くんです。 “これは『熊谷陣屋』というお芝居だ。本当は義経の台詞だけれど、義経(役の俳優)が皆に台詞をわりふってくれたのだね。
義経の気持ちになって台詞を言わないといけないよ”といった風に、たくさんのことを教えてくださるんです。
楽屋ではそのような交流があり、話が広がっていくのが面白かったです。私はどなたの楽屋にも飛び込んでいきました」