五行思想の陰陽は乱暴にいうとパワーや大きさの大小で決まる。
たとえば燃えさかる火事の炎は陽、ろうそくの火は陰。
森は陽、道の花は陰。
基本的に陽は陰よりパワー強い。

折平
手水鉢の水は閉じ込められてるから陰。
ここでの松の木も同じ理由で本来は陰。
ただし松はおめでたい木だから陰中の陽。
その二つが(手水鉢という石の上で)合わされば陰と陽が合わさって調和となるはず。
それなのにあなたは手水鉢を欠けさせた。
どういうつもりか。

義賢
おうよ、本当は(力任せに)真っ二つに割るべき手水鉢なのに、完全に破壊してないよな。
水の源を保ったままにしてあるよな。
*折平は五行の観点から事象を語っているが、(折平に自分の本心を察知させるためにわざと)義賢は単なる力の観点から事象を語る。

折平
もしや貴殿、昔を忘れることなく源氏に心を寄せているのでは?

義賢
おうよ、想像しているとおりだ。
(自分とは違って、本来調和するべき)陰の中の陽たる松を使って陰である手水鉢を真っ二つにするような、天皇家という陽の力で臣下という陰を傷つける平家の横暴さは〜
*岩は手水鉢。岩は土の陰(土の陽は山とか)。
*前の折平の台詞にあるように、陰陽が合わされば本来は調和となるはず。
つまり本当は平和が来なければならない。
*岩を水=源氏の入れ物、人を源氏と解釈することもできそう。