小学2〜4年生にかけての約2年間、絵画教室に通っていた。
絵画教室と言っても、俺が通っていたのは子供向けのコースだったので、ほとんどお絵描き・工作レベルの類だ。
確か毎週土曜日、午後2時から4時までだったと記憶している。
 
ある日の事。帰りにいつも自転車で迎えに来てくれる母親が、なぜかなかなか来ない。俺は教室の中でひたすら母親を待った。
その教室は自宅から歩いても大した距離ではなかったので、今にして思えばなぜ毎回迎えに来てもらっていたのか、よく分からない。
何かしらの事情があっての事だったとは思うが。

俺と同年代の生徒達は、みな帰ってしまった。残っているのは、俺と先生の2人っきりになった。
俺は緊張した。2人の間に、会話はほとんどなかった。今も昔も俺は人と話すのが苦手だが、緊張しているのにはまた別の理由があった。

その先生は女性だった。もう名前も顔も覚えてはいないが、年は恐らく当時20代。
長い黒髪の、知的で綺麗な女性だったと記憶している。
俺は淡い恋心を抱くとまではいかなかったものの、少なからず好印象をその先生に持っていた。
美術を専攻する知的な大人の女性。実に魅力的である。
今も昔も、大人の女性は大好きだ。その先生と2人だけになるなんて、滅多にない事だった。
必要以上に、俺は緊張していた。

教室には何冊かの漫画の単行本があった。
まさかこれを参考に絵を描けと言う訳でもなかろうが、子供も出入りする教室だからだろう。確かにいい暇つぶしにはなる。
間が持たない俺は、何の本だか忘れたが一冊手にして、そいつを読む事にした。
やがて先生も、やはり何かの漫画を黙って読み始めた。
俺はふと、先生が何を読んでいるのか気になって目をそちらに向けてみた。彼女が静かに読んでいたそれは。

楳図かずおの「まことちゃん」だった。
夢見がちな少年にとって、それはあまりにも残酷な現実だった。