マックス・ウェーバー 統一スレPart4
>191
>だから、たとえ民主主義でも「国家」は一種の暴力的な力を持
>つって趣旨に読めるってこと
「暴力」という言葉に心理的に左右されているのではないですか。
物理的強制力と言い換えればいいでしょうか。
また「民主主義」という言葉にも過剰な思い入れもあるのでは
ないですか。
>>193
特に無いよ
読んだときに受けた印象をそのまま書いただけ ヘーゲルは、国家を「自由」の現実態(実現したもの)としてとらえた。
そうして国家観に対しては、暴力を持ち出しての定義はショッキングである。
しかし、国家は、支配を行う中で、
法を執行し、時には物理的強制を実施する。
ヴェーバーは、そうした経験的な事実(観察できる事実)に注目しているだけのことだ。
トロツキーは、革命家の見地から、国家の暴力的な性格に特にふれているわけだ。
× そうして国家観に対しては、
○ そうした国家観の信奉者に対しては
ヘーゲルの国家は、
君主を戴き、官僚(「普遍的身分」)の支えられ、議会を備えた国家であり、
普遍的な利益(国家)の利益を追求する国家である。
「普遍的な身分」とか「普遍的な利益」とか、
立派でござい…と主張してるところが却って馬鹿っぽいよな。 >198
それは「政治的国家」
政治的国家が、市民社会を包摂して、「倫理的国家」が成立する。
しかし、ヴェーバーからするとこれはまやかしである。
ここはヘーゲルを称えるスレですか?
自然・人文・社会科学をすべて網羅したヘーゲルに対して、社会科学者のヴェーバーが辛うじて伍している印象なんですが 難しいニュースでもネラーの書き込みを読んで笑いながら理解出来る。
2NN・2ちゃんねるNews速報+ナビ (RSS生成可)http://www.2nn.jp/
※ 2ch ニュース Twitter botもあり。検索キーワード2ch・Bot >ここはヘーゲルを称えるスレですか?
だれもヘーゲルを称えていないですよ。
ヘーゲル的な国家把握に対して、ヴェーバーのリアルの国家把握を称えているのでは。
「倫理的国家」なんて大笑いです。そうしたドイツの国家思想の伝統に
ケリを入れたのがヴェーバーですよ。
>自然・人文・社会科学をすべて網羅したヘーゲルに対して、
トンデモ評価。
マルクスの『ヘーゲル国法論批判』をお読み下さい。
個別・特殊・普遍の論理形式を
現実に当てはめて、言い直したのが『法哲学』。
『法哲学』中の市民社会論も古典派経済学をちと参考にしているだけ。
まあ、ヘーゲル研究者は下手ほめするかもしれんが、だまされたらダメ。
>社会科学者のヴェーバーが辛うじて伍している印象なんですが
ヘーゲルはヴェーバーの足下にも及ばない。
>ケリを入れたのがヴェーバーですよ。
国家の定義に「暴力」を入れるのは、挑発だね。
政治学者で、ヴェーバー研究をしている。
東大教授。
『支配の社会学』では、近代官僚制が合理的組織として
理念型的にとらえられ、いわゆる官僚制批判は一切ない。
「家産官僚制」に対して「近代官僚制」の効率性、能率が
揚言されている。
>>209
『支配の社会学』
捜してるけどなかなか見つからないんだあ 『議会と政府』がヴェーバーの政治論としては
一番まとまっている。官僚制の問題点も書かれている。
正確には『新秩序ドイツにおける議会と政府』。
これが一番いいね。カリスマは出てこないけど。
「支配者」がいて、その下に官僚たち(「行政幹部」)、官僚制組織がある。
上に立つ「支配者」がいるのだから、官僚自身が力を持つのではない。
しかし、最高権力の座についたものも、十分官僚制を
統制できなくなるという問題が出てくる。
ウェーバーはここのところを問題にしている。
支配の社会学なんて大学図書館ならどこでもあるだろ・・ 『支配の社会学T』を、箱なしだったが、500円で買った。
『支配の諸類型』と『支配の社会学』との違いが分からない。
『支配の社会学』→先に書かれた。
『理解社会学のカテゴリー』をベースに書かれている。
『支配の諸類型』→後に書かれた。
『社会学の基礎概念』をベースに書かれている。 >218
難しいね。
『支配の社会学』のはじめの方を読むと、
たいていのことは出ているのではないか。
『職業としての政治』よりも、詳しい訳注を読みながら、
熟読すれば、かえってわかりやすいと思う。
>『支配の社会学』のはじめの方を読むと、
これは最初の20〜30頁のことだ。そこにヴェーバーの政治社会学の基本が出ているからだ。
同じ内容が『職業としての政治』の最初のほうでもふれられているが、
圧縮された内容なので、こちらが難しい。
『支配の社会学』を読んだ(読みかけた)人なら、みな同じように感じるはずだ。
『支配の社会学』はもちろん、『職業としての政治』も
読んだことがないのに、ウェーバーを語る人が多い。
今日の、よみうりテレビ『たかじんのそこまで言って委員会』の三宅某もそうだ。
ほとんどが耳学問だな
学部時代の授業とかで間接的に聞いてるか、
ウェーバーに依拠した人の本を読んでるか たしかにテレビでも「ウェーバー」の名前はよく出てくる。
モムゼン『マックス・ヴェーバー』(未来社)
このモムゼンがヴェーバー研究でスゴイ。 ウェーバーは文庫本でも薄いのが多いからいいね。それくらいなら買って読んでみればいいのにと思う 確かに『職業としての政治』『職業としての学問』『社会学の根本命題』
これらはみな薄い。買っておく、積んでおくの人も多いだろう。
>モムゼンが嫌いな人も多い。
左翼の政治学者だろう。
現実の国家や国民を考えて、ベターな国家形態として
民主制を主張するのがヴェーバー。
モムゼンは自然法的民主主義者として、
ヴェーバーが無条件に民主制を支持しないことを批判する。
日本のヴェーバー学者は、こういうモムゼンが気に入らない。
左翼、右翼は無関係。
日本では、やや左翼ヨリがヴェーバーを愛好した。
たとえば、大塚久雄は中国の文革の支持者だった。
ところがヴェーバーは現実主義者。
ちょっとずれているのだ。
ヴェーバーの宗教論を見ているとあまり鮮明ではないが、
政治論になるとヴェーバーの現実主義ぶりがわかる。
だからカン・サン・ジュンにたいな人は、
政治学者でありながら、ヴェーバーの政治論にはふれない。
質問です
マルクスとウェーバーの決定的な違いってどのようなところでしょうか? ウェーバーは、カリスマ理論がすべてだ。
民主主義だといっても、カリスマ的支配の一種だ。
とすると「鉄の檻」を突破するのは「カリスマ」であると…… 本屋の店頭で見つけました。最新刊です。
牧野雅彦『マックス・ウェーバーの社会学―『経済と社会』から読み解く』ミネルヴァ書房
ルソー=性善説
ホッブズ=性悪説
カール・シュミットや丸山真男は性悪説支持。
ウェーバー=諸個人とその社会的行為
個人の行為の意味・動機を左右する多元的諸要因
マルクス=階級対立・階級闘争
土台としての経済構造 マルクスは『フォイエルバッハ・テーゼ』で、
人間を「社会的諸関係の総体」としてとらえている。
性善とか、性悪とかいってとらえ方ではない。
ウェーバーは人間を文化と自然の両方でとらえている。
前者は文化科学(社会科学)によって、後者は自然科学によって。
>人間を「社会的諸関係の総体」としてとらえている。
『経済学・哲学草稿』では「人間主義・自然主義」というとらえ方があって、
社会一辺倒でない。
でも、軽鉄走行って後期マルクスでは乗り越えられてるんだろ?そういう黒歴史を持ち出すのはフェアじゃない気がする。 大塚久雄が『社会科学の方法』でウェーバーとマルクスを比較していたい。
>>239
けれどもウェーバーはどうしても原理原則や合理性を中心にすえようとしてしまうね 初期マルクスと後期マルクス。これって論争がありますね。
城塚登『若きマルクスの思想』(勁草書房)は、一貫性を唱えている。
>>243
合理性はむろん「文化」の領域での話し。
社会的行為でももっとも「自然」に近いのは「感情的行為」。
>>245
「目的合理的行為」「価値合理的行為」とちがって、
「感情的行為」は自然に近いわけだ。
高橋由典『行為論的思考』ミネルヴァ書房には、
ウェーバーのこういうところにふれている。
>>245
う〜ん、でも文化だって元は自然から発生したものだとも思う ウェーバーにおいて、合理的なものへの注目は、非合理的なものをあぶり出す働きをする。
合理と非合理の双方に注目するのがウェーバーの特徴だ。
合理的な官僚制。しかし、そのなかには、さまざまな感情や慣行・惰性が
うごめいていることにウェーバーは着目。
ただし、『支配の社会学』の官僚制論は、近代官僚制の理念型を構成するのが
目的なので、合理のほうに一方的に傾斜していることに注意。
ウェーバーについて諸々勉強していきたいのですが
どこから手をつけたらよいでしょうか? 『入門』という言葉が入っている本でも、
高度に専門的な研究書だったりして、ちょっと困ります。
牧野 雅彦『マックス・ウェーバー入門 』(平凡社新書)
山之内 靖『マックス・ヴェーバー入門』 (岩波新書):
絶対に入門書ではない。両方とも専門書。 ウェーバーに限らず、〇〇研究とか〇〇入門なんてのを読むより、
本人が書いたやつを読むのが一番手っ取り早いと思うけど… 職業としての学問を初めて学生時代読んでこの人すげーなと思った わたしは学生時代『職業としての学問』を読んで、
なんだかよく分からなかった。ヴェーバーは難しいし、
翻訳も分かりにくい。それどころか岩波文庫の
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のように
おかしな翻訳まで出ている。
>う〜ん、でも文化だって元は自然から発生したものだとも思う
ソクラテス以前のギリシアの自然哲学における「自然」は
いわゆる自然だけでなく、社会や人為をも含んでいたことを
最近になって木田元の本で知った。そういえば『学位論文』や
「ライン新聞」時代のマルクスの「自然」概念もそうだ。
しかし、ウェーバーにはそういう考え方はない。
>>256
そういう違いをわかった上で読まないと誤解が生じるよね >>255
>それどころか岩波文庫の
> 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のように
> おかしな翻訳まで出ている。
河出文庫の翻訳はどうだろう。古いけど。 わたしも河出の「世界の大思想」シリーズの阿部行蔵訳で読んだ。
この論文で大塚訳が批判されている。ほかの訳書との比較もあったはず。
恒木健太郎「大塚久雄の「誤解」――『プロテンスタンティズムの倫理と
資本主義の精神』の末尾をめぐって」
http://www.mosakusha.com/newitems/2010/10/_113.html 国会で当時の安倍首相に田中真紀子が質問。
「ウェーバーをよんだことがあるか」
安倍は待ってましたとばかり、得意そうに。
「ウェーバーは『職業としての政治』において……」云々。
これに対して真紀子は、
「わたしは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も読んで
います」と発言。
どうやら国会議員の世界では、
(共産党を除いて?)ウェーバーは必読となっているらしい。
むかし、自民党宮沢派に田中六助という政治家がいたが、
この人は、ヴェーバーが大好きだった。
政治家の世界においてヴェーバーのなが知られ、
敬意の念をもってその名がかたられていることは事実。
理解の程度はともかくであるが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E5%85%AD%E5%8A%A9 ヴェーバーは国家そのものを「暴力装置」としてとらえたわけではないが、
国家の社会学的定義において暴力を重視した。
レーニンやトロツキーは革命派の立場から国家の暴力性に注目した。
ヴェーバーとレーニン、トロツキーが重なり合うわけで、
元左翼(グラムシ派?)仙石もこの言葉が口からつい出やすかったのだろう。
で、結局警察や軍隊を暴力装置規定した初出は結局分からんのよね。
ヴェーバーかレーニンの解説本だろうけど イギリスでもブレア前首相をヴェーバーの理論で
論じた本が出ており、ヴェーバーの政治家論が好まれるのは、
日本だけではないようだ。 ブレアは、世界の民主化、暴政の打倒、
国際共同体における責任と義務という価値、
そしてそれと結びついた確信によって、イラク戦争を決断した。
ブレアは、予想される「結果」についてよく考えず、
「心情」(確信)で、イラク戦争を決断したんだね。
ウェーバーに対するニーチェの影響ということが昔から言われている。
昔から言われていることなのに、
なにか自分が初めて明らかにしたような書き方を
している人がいたね。 ニーチェは、高貴なものと卑しいもの、主人と奴隷、支配者と服従者、
富めるものと貧しきものとを分けて、キリスト教道徳が後者の側、
そのルサンチマンに立っていると批判。
難しいっていうか
若くないと読む気が起きない
ウェーバーは中年にも読める 官僚制の「鉄のオリ」を
カリスマ的な政治指導者の力で突破しようというのが
ウェーバーだと思う。
ウェーバーは、民衆の力だとか、被支配者階級の闘争だとか言わない。
こういう言い方は、ニーチェ的にいわば、ルサンチマンの思考と
いうことになるだろうか。
最近の本屋の店頭では、ウェーバーよりもニーチェのほうが
ずっと人気だね。 >>279
ニーチェは何も難しく無いと思うけど…
感性が鋭ければスルスル馴染む
ロジックに拘ることに慣れた人には、とっつき難く思えるだろうとは思うけど ウェーバーが『プロ倫』で言ってたとされる資本主義発展の要因としてのプロテスタンティズムの勤勉さってのは、
宗教・宗派の如何に関わらず、そうした思考、思想が資本主義の発展に必要ってことで、
言い換えればそうした特質を備えてさえいれば、資本主義の発展は可能ってことでもあるよな…
例えば日本だと浄土真宗。
肝心なのは、そうした精神の、ある時点での非宗教化、ヨーロッパだと、19世紀末のいわゆる世紀末文化が
資本主義の更なる発展に大きな役割を担ってるということだろな。
いわゆる「神の死」。
日本にはそれがない。 まあ、プロテスタンティズムが、「拝金教」の性格を持っていたのが資本主義発展の要因になりました
ってことは言えるかもな。
あるいは、プロテスタンティズムは、「宗教の衣をまとった資本主義」ともいえるかも知れない。
ウェーバーが主張している「非宗教化」というのも、かりそめの衣を脱ぎ捨てただけであると。 宗教改革運動において、当時の印刷技術を利用して大量のパンフレットを刷ったわけだが、
だれがその資金を拠出したのか、ということも気にせないかん罠。
勃興期の資本家が出したんじゃないのかと。
それならプロテスタンティズムが資本主義に都合のいい教義になるのも理解できる。
「金持ちが神の国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」
そんなイエスのつまらぬ言葉など忘れてしまえ、というのがルターやカルヴァンの主張の一つでもあるね。
「暴力装置」は「産む機械」と同じ位置付けとして逆襲されただけ
オマエラはホント馬鹿だな
知力が足りない >「金持ちが神の国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」
ああ、これがニーチェが『道徳の系譜』でいう「ルサンチマン」
だね。
>ウェーバー、マルクス、フロイト
>
>が近代三大カルト
ウェーバーは「カルト」ではないですよ。
ウェーバーが「産む機械」って書いてれば
ウェーバー教徒を挙げて柳沢を擁護したのに
残念な事です>< 「装置」には、
それに対して自己の意思によって命じる人がいる。
それが「ヘル」(支配者)だ。
大塚久雄は中国の文革を支持した。
ちょっとおかしいね。
山之内靖(『マックス・ヴェーバー入門』)は、
初期マルクスの「受苦」観念の信奉者。
要するに、大塚や山之内は、
ヴェーバー・マルクス主義か、マルクス・ヴェーバー主義である。
湯浅赳男(『官僚制の史的分析』)は、トロツキーとヴェーバーを
信奉していたから、ヴェーバー・トロツキー主義か。
→彼らのヴェーバー理解はちとおかしいというか、だいぶおかしい。
これらは日本のヴェーバー研究の特殊性であろう。
内田芳明『ヴェーバー 歴史の意味をめぐる闘争』岩波書店、2000年。
この本も3分の1が、ニーチェとヴェーバーとの関係を論じている。
この本によると、ヴェーバーは『国民国家と経済政策』のなかで、
ニーチェの言及、高い評価を与えている。
川上周三『攻撃衝動の社会学――ニーチェ、ヴェーバー、タイセン』
(勁草書房、1996年)
というのがあって、これのほうが強烈じゃあないか。
ニーチェとヴェーバーとの関係は多くの人によって
研究されている。
昔は『職業としての学問』と『プロ倫』が
まず読むべきヴェーバー本だった。
今はどうだろうか。
>>298
僥倖に恵まれないと学者として食っていけないという考察には妙に納得してしまったw ニーチェは本来の性格が性善説過ぎたために、
現実の人間を見てああいう結論になったんだよ
ヴェーバーの『権力と支配』『国家社会学』を入手したので
これからノロノロと挑戦してみます そんなにすごいかね
「古典」としての意味以上のものを感じないが 石尾芳久訳『国家社会学』は
なかなか入手困難だったでしょう。 >>302
戦国さん騒ぎが収まったからそれほどでもない
他にも2カ所でみかけたし >>301
それって過去の著作物のほぼ全てに言えることなんじゃ ヴェーバーは『国家社会学』という本を書いていません。
ヴィンケルマンが、ヴェーバーの諸著作をいろいろ編集して、
まとめたのが『国家社会学』です。
その本を日本法制史専攻の石尾芳久が訳し、
法律文化社から出版しました。
内容的にはヴェーバーの政治社会学が手際よく
まとまっている感じです。
>>301
同じ古典でも、ロックの『統治論』、ルソーの『社会契約論』が古典だというのと、
ヴェーバーの『職業としての政治』が古典だというのとでは
だいぶちがうでしょう。
>>297
多かれ少なかれ、どの哲学者間にだって共通点はあるでしょ
何でニーチェとウェーバーなの
しかも何で「攻撃衝動」なの
どちらにも「攻撃衝動」は認められない、
むしろ「全てを模索し尽くした人の諦め」的なものを感じるよ >>305
ありがとです
その辺の事情には疎いので(にわかだから)、
そういうお話は参考になります。
巻頭にいろいろ書いてあるけど、ドイツ語なんて専門用語わからないし…
それほど分厚いものでは無いし、
読みやすいかなと思ってなんとなく買ってみたんです >>306
社会学はねえ…
書かれた時代の歴史的背景や政治的事情を理解していないと、
誤って解釈する危険があるからねえ
わたしの専門(といっても学術から離れて十年以上w)はミクロ視野に突っ込んでいく方なので、
マクロ視野の分野は簡素なものでもかなりキャパオーバーしちゃうんです タバコ出荷停止!
皆さん大丈夫ですか?
近所のコンビニにもタバコがありません
でも、ご安心を!
タバコは個人輸入すれば問題なし
なんせ海外のタバコは激安
送料込みで1箱60円とかもアリ
コンビニで買うのがバカらしく思える
日本語の個人輸入代行業者は沢山あります
「タバコ 個人輸入」とかで検索して
良さそうな業者を選べばOK >>310
全然大丈夫じゃありませんよ
タバコは生活必需品です
こないだゆったりめの麻のスーツを羽織って
ぶっとい葉巻をふかしながら歩く南米の黒人を見かけた
なにか和むものがあった
前から自民党(利権がらみか知らんけど)と
共産党は防災についていろいろ政策を出していたが、
民主党はまったくダメだった。
去年、自民と公明が津波法案を出したが、
民主党政権はタナざらしにしていた。
共産党は福島県議会でも、国会でも
東電の原発が津波にやられる危険性を取り上げていた。
民主党の、いわゆる「責任倫理」の問題がある。
最低の政党であった。
>>312
自民と共産は同じ穴の狢
ピラミッド構造を肯定している限りはね
>ピラミッド構造を肯定している
『支配の社会学』は政党そのものをピラミッド型の構造をもつものとして
とらえている。国家についてもそうである。
>>314
そこでこれから模索すべきは、
ピラミッド型で無い政治/社会構造は
どうしたら創れるか
になるのだ >>315
そんなことは不可能だ、というのがヴェーバーの立場。
この立場からヴェーバーは、ミヘルスを指導した。
そしてその結果、ミヘルスは『政党の社会学』を書いた。
>>316
じゃウェーバーを超えろ!
ということで
脱線させて申し訳ないが、マックスの生家はエルフルト市ユーリ・ガガーリン環状路(リンク)10・12でよろしいか?
以前は毛沢東環状路10・12だったらしいが。以上。本線に戻っていただきたい。 ウェーバーの時代だと官僚制の問題点はまだあまり意識されてない >>319
政治家にせよ官僚にせよ、
「あって当たり前」
の時代だったんじゃないの
今はどうかというとねえ・・・・
むしろ「無い方が良い」部分もたくさんあるからね
地震だって原発だって、
ただ知識ばかりあっても
未然に被害を抑えることができないようでは
民主党政権になって、
政治主導とか、次官会議廃止とかいって、
官僚・官庁の役割を押さえたことが、
今回の災害対策の混乱の原因になっている。
牧野雅也が『プロ倫』の解説書を新書で出した。
新刊で出たばかりだ。
『プロ倫』はトーニー(イギリスの経済史家)や
矢口孝次郎(日本の経済史家)を読めば分かるように、
資本主義の形成史という点で根本的に間違っている。
この点を外して、『プロ倫』を論じてもあまり意味がないはず。 レスが少ない板で糞コテに居着かれるとテキメンに議論の質が下がるな 糞コテです。
どうぞヨロシク♪
さらににわかです。
どうもヨロシク♪
朝鮮日報電子版に「マルクスを捨ててウェーバーを選んだ韓国進歩陣営」という記事が出ている。
これまで左翼的(といっても北朝鮮がらみ、あるいは北朝鮮肯定の)知識人は、
マルクスを愛好していた。ところが最近、マルクスからウェーバーへの流れが生じてきたらしい。
ウェーバーについてのアカデミックな研究もこの種の観点から出てきている。
面白いのは、この場合のウェーバーは宗教社会学ではなくて、政治社会学である。
これは世界のウェーバー評価の動向とも合致している。
日本は、政治学者がウェーバーの政治社会学ではなくて、宗教社会学に夢中になるという、
相変わらずの時代錯誤をしているが……。 「世界宗教の経済倫理」という本の序論でニーチェ批判をしているそうですが、
日本語訳で出版はされてるでしょうか? >>333
みすず、宗教社会学論選に所収されているはず
儒教と道教、巻末にも所収されている
ニーチェのルサンチマン説に少し触れているが、批判的に受け継いでる感じ
>>334
ありがとうございます。
Amazonをざっと見ただけでは、どの本に序論が含まれているのかわからなかったので。
今度図書館で借りてこようと思います。 国文学者の谷沢永一が死去。
この人は大塚久雄の批判者だった。
この谷沢。けっこうニーチェ的な発想の人だった。
ルサンチマン概念が谷沢の基本概念の一つだった。
谷沢は「嫉妬」という言い方をしばしばしたが。
左翼への批判者であると同時に、自由主義史観派への批判者でもあった。
てか学歴コンプだろ
旧帝大出にえらい評価辛かったし いま、ポス毒や高学歴ワーキングプアしている人は学部生時代に職業としての学問
読んでいれば、現状を回避できたのではないか ワープア問題にまで駆り出されたウエーバーも困惑してるでしょうな
アカポス獲得ハウツー本か指導教官に可愛がってもらえるハウツー本があったらベストセラーかもです >>340
そんなハウツー本は売れませんw
アカポス支援や人脈発掘派遣センターのほうが流行るだろうよ プロ倫の話題ばっかりなんだな
ウェーバーは方法論のほうが抜群に面白いと思うけど >>319
ウェーバーより前にトクヴィルが指摘してる
先見性ありすぎて当時はあまり評価されてなかったけど。
日本では今でもトクヴィルは評価されてない 社会学の根本概念 第3節 第二項の
社会集団における意味内容の相互関係とその行為の有無と可能性。
ここの例えで、
「或る意味を目指す社会的行為の行われる可能性が消えた瞬間、
社会学的に見れば、もう国家は存在しないのである」
これがなんとも消化できないでいる。
まだまだ不勉強で自分の未熟さ痛感してしまうのだが、
是非とも、どのような解釈があるのか教えていただけないだろうか。 >>345
最近の日本の社会学者の一部の言い方では方法論的個人主義=A
アルチューセール派の用語法では理論的人間主義≠ニいうのがある。
この種の理論からすると社会現象は多数の個人・人間、その諸行為
・諸実践から成り立っている。
ヴェーバー理論はこの種の基本理論であり、その代表格だ。
ヴェーバーの理論では、「国家」は「社会団体」であり、
「社会団体」の一種である「政治団体」であるが、
「国家」も諸個人・諸人間のそうした諸行為・諸実践
から成り立っている。
したがって、個人・人間がなくなるとか、それら
の諸行為・諸実践(ヴェーバーの用語では「社会的
行為」)がなくなったりすると、論理的な仮説上の話しと
しては、「国家」もなるなるということである。
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取引先が当店に対して支持することに感謝する
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誤入力→「国家」もなるなるということである。
修正→「国家」もなくなるということである。
「国家」はそれ自体として自存的に存立するある種の実体ではない。
原理的には、「国家」は最終的には諸個人とその諸「社会的行為」に
還元可能である。ヴェーバーは社会学は行為の社会学≠ナあり、
先の『社会学の根本概念』の引用箇所では、この観点から国家について
語られているわけである。
(はじめから、書き直します)
世間には「国家」という名前のものが存在している
と考えるひとがいるようである。
たしかに、国家は一種の現実として存在するのだが、
しかし、よく考えてみると国家≠サのものは存在しない。
なぜなら「国家」が存在するといっても、
そこに実際に存在するのは、
諸個人であり、その社会的行為であり、
社会的関係だけだからである。
この観点から、ヴェーバーは「社会的行為」がなくなれば、
「国家」はなくなるといっている。
ただしヴェーバーは国家廃絶の思想であるアナキズムの信奉者
ではない。ただヴェーバーの国家把握のひとつの要素、
一つの理論的次元として、いわばある種の国家ノミナリズム
(名目論)≠ェあるということである。 >>350
解説ありがとうございます。
デュルケムから入り、構造主義や認知言語学等に思考が散らかっていたため、
漠然としていたものが一つ整理されました。
社会における最小単位の個人、その社会的行為の諸実践、その恣意性が国家を成す。
引用部の表現を相対的に見れば、
容易に導き出せそうなものであったため、自分の未熟さが恥ずかしい限りです。 不勉強なんで聞きたいんだけど、
現代社会にも大真面目なカルヴァン派や
カルヴァン派を自称して神の道具として財をなした富豪とかっているの?
それとも予定説自体が大昔からキリスト教社会ではマイナーなの?
まぁカルヴァンの主張は予定説だけじゃないんだろうけどさ。 ビル・ゲイツとかスティーブ・ジョブズとか見てると、
あんまり金が貯まりすぎると、あの世のことを考えるようになるというのはわかるな。 >>353
現代社会に大真面目なカルヴァン派がいるわけないし、
カルヴァンの時代だってどうかわからんな。
資本家が人をこき使うのに都合の良い新教をひろめることにした。
「敬虔な生活とは、神がこの僕に定めたもうた職業生活にはげむことなのである。」
そのための方便として予定説を重宝したってことだろう。
「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
どの福音書にもそう書いてあるんだが、
ルターのおかげで聖書を読めるようになった信者が、
どうやって新教=蓄財教の教義とイエスの教えと折り合いをつけてるのか不思議だよな。
結局、予定説なんてまったくの過去の遺物で現在の牧師も神学者もまともに捉えてないし
当時でさえ珍説に近かったのか? ミルトンは激怒してたよね。 ビル・ゲイツは、活動の中心をビジネスからチャリティへ移している。
財団をつくり、そこに巨額の寄付をしている。
金持ちのチャリティなんて予定説やプロテスタンティズムの倫理とか関係なしに
キリスト教精神やイメージアップや妬みそらしのために
あちらの富豪はよくやることでは? チャリティの金稼ぐためにますます金儲けに頑張っちゃうというのがウェーバー流の逆説じゃね? で、中国人はただの拝金主義なのでアジアの資本主義は真の資本主義ではない、
というのがウェーバー流の西洋至上主義史観なのでしょう。 ゲイツは、ビル・メリンダ・ゲイツ・ファンデイション(財団)を
つくった。自分でつくって、
自分が発言権を持って、あちこちのNPOに寄付したり、独自企画のチャリティ
活動をするためにである。
ところがウオーレン・バフェット(投資家で、ゲイツと一二を争う、
大富豪)がゲイツ財団に大口寄付をした。
ほかにゲイツは、採算度外視で、安全な次世代小型原発開発のアイデアに賛同。
「テラパワー」社をつくり、東芝と契約した。これもゲイツ氏としては社会貢献活動である。
http://www.afpbb.com/article/economy/2712240/5528408
ゲイツに宗教的動機があるかどうかは不明。
安田財閥の安田善次郎。
この人は、中江藤樹の陽明学に学び、
チャリティを含む社会貢献活動。
ただ「陰徳を積む」という考えから目立たないように寄付等をした。
結局、三井、岩崎と比べてケチという誤解から、朝日平吾に刺殺された。
野口雅弘『官僚制批判の論理と心理 - デモクラシーの友と敵』中公新書
2011年9月刊行
ヴェーバー研究者の本です。
野口雅弘『闘争と文化』みすず書房
評判どうですか。
>>368
ウェーバーについての政治思想史的研究ですね。 池田信夫はTPP反対派に被害妄想はよしなさい連呼してた カリスマ権力と官僚制権力のシェーマで
大阪市政をめぐる問題は解読できる? ウェーバーの著書で、
友人関係等の連帯の分析が載ってるものってありますか?
ミクロ社会学?に相当すると考えているんだけど、
お勧めの本あれば教えてください。
◇ ミ ◇
◇◇ / ̄| ◇◇
◇◇ \ |__| ◇◇
彡 O(,,゚Д゚) /
( P `O
/彡#_|ミ\
【ラッキーAA】
このAAを見た人はコピペでもいいので
10分以内に3つのスレへ貼り付けてください
そうすれば14日後好きな人から告白されるわ宝くじは当たるわ
出世しまくるわ体の悪い所全部治るわでえらい事です プロテスタンティズムと資本主義の精神を読もうと思っているのですが誰の訳がオススメですか?
わかりやすくて読み物としても面白い作品を読みたいです。
尾高邦雄の職業としての学問は読みました。 岩波の大塚訳でいいと思います
プロ倫は職業学問より論旨がはっきりしてて内容は難しくないし面白い
量にして半分くらいある注釈は読まなくても問題ない >>330
日本が韓国に全ての面で負けつつあるのも分かる気がするな なんでウェーバーって難解ぶってるの?すげえムカつくんだけど 基本的には歴史学をベースとしてそれを分類してるので、
いろんな国の国制史を読んでおけばそこまで難しくはないと思う
めんどくさい本だとは思うけど 職業としての哲学っていう本を読んだ。
言いたいことはわかるし、1919年に書いてるにもかかわらず、
現在の政治にまで共通すること書いてるしすげーってなったんだけど、
どうも、理想の政治家像ってところでひっかかる。
理想的すぎて、そんなんいるわけないじゃんって。
天賦をもつものって、そういうやつしかなれないのかよって。
じゃあ誰がなれるんだよって。
若者に向けたものってことを差し引いても、抽象的すぎるよね。
そこを猛烈に批判したいんだど、そのへん教えて、エロい人。 ,.-γ―――- /::~:}
./: : : : : : : : : : 。<::::::::::l 七_ 他
': : : : : : : : ∧: : : : : : ゝ:::ソ (乂) 人
/: .,': : /:/:/:/ ヽ:.:::|::|: : :| ./ .事
|: .!: /;×: :ノ ×ヽ|::|: : :| . /^レ .じ
|: .i: |イT\ イ Tヽ|:リ: : :| ‐/‐ ゃ
|: :l: ||i ヒィ} {{.んトリ: |: : ::| . / こ .な
l: : :|ヽー ' ⌒ 'ー ' l: |: : ::| 土 い
l: : :|. ┌‐ ┐ |: |: : ::| . し .ん
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youtube
http://www.youtube.com/watch?v=nHRlZl3vXwU
テレビ四国がまとめた今回の騒動
http://www.youtube.com/watch?v=2PiA4bjlFeA 宗教社会学論文集は20代で大体読んだんだが「古代ユダヤ教」だけは読んでいなかった。50を
過ぎてこの前初めて読んだ。やっぱりすごいな。ウェーバーは言い方がまわりくどいが自分の
思い入れのある場面になると劇的な表現がとびだしてくるのが良い。「破滅的な意味喪失」とか
「最後的帰結」とか。第2章の3とか7なんて書きながら自分で我を忘れている。「幸福の信義
論」と「苦難の信義論」みたいなドストエフスキー的テーマを日本のウェーバー研究者はもっと
議論してほしい。 ウェーバーの研究者ってウェーバー教の研究者か。
研究者っていうより信者か。 386みたいのって日本語訳で読んでんの?
そういう変な翻訳語を鵜呑みに信じちゃっていいのか?
…日本語で?本当にウェ〜バ〜読んでますなんて… もちろん日本語訳だよ。俺は学者じゃないからね。ドイツ語で読まないとウェーバーは解らない
と言いたいのかい? 姉が幸福の科学の勧誘しつこかったので
ウェーバーのコキ降ろし本なら
喜んで読むよとやり返した事がある
身内そんなんがいるから
聖書も古事記もコーランも
必須科目ではあるけれど
大川隆法の著者に
マックス・ウェーバー霊示集が
なかったんで
職業としての学問は
バカの壁以前に
養老孟司が
教師が間違ってるかどうか
判断出来ない学生は
それまでだとエッセイに書いてた気がする
永田町だけじゃなく
慶応医大もマックス・ウェーバーは
必須科目みたいだから
行きつけの病院で担当医に
聞いてみると話が弾むかも?
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」でカルヴァンの予定説が二重予定説である事に
触れてないのが信じられない。ウェーバーが知らないはずないのに。
「経済と社会」の宗教社会学では触れているが。 余英時の「中国近世の宗教倫理と商人精神」(平凡社)はウェーバーの「儒教と道教」に対する反論として
書かれた本で非常に面白い。南宗禅から全真教、宋学に至る過程全体をヨーロッパのプロテスタンティズム
にあたるものと考えている。丸山政男の「日本政治思想史研究」と朱子学のとらえ方が逆なのも面白い。 >>395
余英時と丸山政男で朱子学のとらえ方が逆、というのをもう少し詳しく説明してください。 >>396 アダムとイヴの堕罪自体を神が予定していた、とするのが二重予定説、または堕罪前予定説
それに対し誰が救われ誰が滅びるかは、初めから予定されている、という選びの予定説、または堕罪後
予定説はアウグスティヌスにもトマス・アクィナスにもルターにもある。カルヴァン派でもアルミニウ
スは堕罪後予定説をとった。フランツ・ボルケナウは正統カルヴァン派のイデオローグとしてアルトジウス
を、アルミニウス派のイデオローグとしてグロティウスを論じている。
そう言えばスピノザもアルミニウス派だったんだよな
オラニエ派とアルミニウス派の対立はその後どうなったんだろう
ウェーバーじゃない
ヴェーバーだ
ドイツ語も読めないバカが
ユダヤ人による世界支配が終われば
このおっさんの名前など、一瞬にして歴史から吹き消されるから
ま、どうでもいいけどな
ユダヤ人による世界支配?
ギャハハハハハ
お前みたいなバカがドイツ語読めるのか? >>399
宗教的にはオラニエ派の勝利、それがドルド信条となった。
しかし経済的にはアルミニウス派の多いレヘンテン階級が勝利、彼らが東インド会社の支配者となる 大乗仏教の「自力本願と他力本願」の問題はキリスト教の「恩寵と自由意志」の議論と同じ問題を扱って
いるがウェーバーはその事に気づいていないようだ。 >>403
他力を徹底させた一向宗がドイツのピエティスムに似ているとは指摘しているけどね。 >>398
それはプロテスタントの立場からの説明だ。カトリックではアウグスティヌスやトマス・アクィナス
が予定説の立場をとっているとは認めていないと思うよ。 ヴェーバーの支配の3類型はありゃどうなんだろうね。
ヴェーバーにしては甘い理念型を作ったなという感じがするが。 能力主義と徳治主義は古今東西どこでも対立してきたが、ヴェーバーの3類型ではどちらもカリスマ的
支配になってしまう。 スキマ信者にスレを乗っ取られたのでここで失礼します
IQが低い棚橋泰文は幼いころピアノの練習をやらされた。
計算や国語が出来なくても音楽なら…
という安易な考えが元で案の定まったく芽が出なかった。
すると今度は人が作った歌を自分が作ったものだと言い出すようになった。
が、音痴なので泰文が作ったとは誰も信じなかった。
ヴェーバーのアンシュタルトを発展させた著作とかありますか >>368
>野口雅弘『闘争と文化』みすず書房
>評判どうですか。
この本を通読したのですが、
ヴェーバーの「闘争」概念に触れた箇所がありません。
ヴェーバーが『社会学の根本概念』で「闘争」を
基本概念の1つとして取り上げ、検討し、定義までしているにもかかわらずです。
著者はまったく触れていないのです。
善意に解釈すれば、本のタイトルと本の内容が違うということでしょうが、
率直に言えば、著者はヴェーバーの理論を十分理解していないということでしょう。
同じ事は、同じ著者の、中公新書から出ている『官僚制批判の論理と心理』についても
言えます。つまり、ヴェーバーの「官僚制」理論についての立ち入った考察がありません。
ほんの少しだけ触れられていますが、表面的です。結局、著者は官僚制擁護論をやっている。
ヴェーバーは、反官僚制なのですがね。
宮脇清宮脇茂宮脇勇宮脇博宮脇進宮脇実宮脇弘宮脇正宮脇勝宮脇隆
宮脇豊宮脇昇宮脇誠宮脇明宮脇稔宮脇修宮脇勉宮脇三郎宮脇武宮脇和夫
宮脇一郎宮脇幸雄宮脇孝宮脇一男宮脇功宮脇一夫宮脇勲宮脇守宮脇健一
宮脇保宮脇秀雄宮脇正一宮脇幸男宮脇浩宮脇宏宮脇登宮脇正雄宮脇義雄
宮脇正夫宮脇秀夫宮脇敏夫宮脇光男宮脇昭宮脇徹宮脇文雄宮脇忠宮脇章
宮脇正男宮脇和男宮脇栄宮脇幸一宮脇一雄宮脇満宮脇寛宮脇良一宮脇晃
宮脇栄一宮脇勝美宮脇光雄宮脇薫宮脇剛宮脇正明宮脇正義宮脇健
宮脇幸夫宮脇英雄宮脇繁宮脇信夫宮脇一宮脇敏雄宮脇宮脇章宮脇正男
宮脇和男宮脇栄宮脇幸一宮脇一雄宮脇満宮脇寛宮脇良一宮脇晃宮脇栄一
宮脇勝美宮脇康充宮脇薫宮脇剛宮脇正明宮脇正義宮脇健宮脇幸夫宮脇英雄
宮脇繁宮脇信夫宮脇一宮脇敏雄宮脇仁宮脇健二宮脇和彦宮脇忠雄
宮脇利夫宮脇哲夫宮脇正人宮脇正美宮脇悟宮脇学宮脇武夫宮脇久雄
宮脇正治宮脇洋一宮脇文夫宮脇清一宮脇孝宮脇武雄宮脇誠一宮脇信一
宮脇猛宮脇貞夫宮脇久宮脇文男宮脇英夫宮脇忠男宮脇洋宮脇昭夫
宮脇和雄宮脇哲也宮脇彰宮脇邦夫宮脇俊夫宮脇貢宮脇健治宮脇清一
宮脇孝宮脇武雄宮脇誠一宮脇信一宮脇猛宮脇貞夫宮脇久宮脇文男
宮脇英夫宮脇忠男宮脇洋宮脇昭夫宮脇和雄宮脇哲也宮脇彰宮脇邦夫
宮脇俊夫宮脇貢宮脇健治
宗教が経済活動に影響を与えたというウェーバー・テーゼは否定されてるの?
宗教が経済に影響を与えるのかどうか、
いや経済が政治や宗教に影響を与えるのか。
そうした一般的な因果関係の理論のようなものを
ヴェーバーは否定しているのではないでしょうか。
『プロ倫』の場合でも、特定の時代、地域の問題として、
具体的なレヴェルで論じられているのであって、
なにか歴史的、社会的存在論のようなものがヴェーバーの
理論にあるわけではない。少なくともヴェーバー本人はそのように
考えていたと思います。
マルクスのいわゆる土台・上部構造論は、
社会的存在論(経済という本質的なものが土台・下部構造であって、
政治・法・社会的意識諸形態を規定する)ですが、
これは社会主義イデオロギーがら出てきたものと言えそうです。 創価 死ね
創価 死ね
創価 死ね
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創価 死ね
>>420
名無しさんの言う通りや
名無しさんも早う島本町から逃げ出す方がええで
島本町なんか陥没して地球上から消滅したらええんや >>421
20世紀少年」で、『ともだち』が人類を皆殺しにしようと
企てたのも、小学生のときに受けた陰惨なイジメ(葬式ごっこ)が
原因だった。
「島本町でイジメを受けて島本町から逃げ出した元島本町民」さんが、
『島本町なんか陥没して地球上から消滅したらええんや』と思う気持ち
はよく分かる。 大阪府三島郡島本町の小学校や中学校は、明石市暴力イジメ学校や。
島本町の学校でいじめ・暴力・脅迫・恐喝などを受け続けて、
心も身体も埼玉県壊されて廃人同様になってしもうた僕が言うんやから、
まちがいないで。公然わいせつ精神病院へ行っても、ちっとも良うならへん。
教師も校長も、暴力やいじめがあっても見て見ぬフリ。
そればかりか、イジメに児童買春児童ポルノ加担するもおった。
誰かがイジメを苦にして自殺しても、「本校にイジメは
なかった」と言うて逃げるんやろうなあ。
僕をイジメた生徒や教師の名前をここで書きたいけど、
そんなことしたら殺されて、天王山に埋められるか、
どこかの家の床下に埋められるか、甲賀市ドラム缶に詰められて
大阪湾に沈められるかもしれへん。それで誰にも発見され
へんかったら、湖南市永久に行方不明のままや。
島本町の学校の関係者は、僕を捜し出して口封じをするな。 >>353
松下幸之助教の人が現代の日本にもいるのだから、いても不思議ではない。 ★マインドコントロールの手法★
・沢山の人が偏った意見を一貫して支持する
偏った意見でも、集団の中でその意見が信じられていれば、自分の考え方は間違っているのか、等と思わせる手法
・不利な質問をさせなくしたり、不利な質問には答えない
誰にも質問や反論をさせないことにより、誰もが皆、疑いなど無いんだと信じ込ませる手法
↑マスコミや、在日カルトのネット工作員がやっていること
TVなどが、偏った思想や考え方に染まった人間をよく使ったり、左翼を装った人間にキチガイなフリをさせるのは、視聴者に、自分と違う考え方をする人間が世の中には大勢いるんだなと思わせる効果がある。
.... >>「世の中弱肉強食だよね」
>>「どこが?」
>>「ニュースで見た犯罪者とか」
>>「犯罪者が世の中かよw 世の中っつーんだからもっと一般性出せよw」
>>「ウェーバー読んで」
>>ここで話が頓挫してる。
>>お前はいったん「ニュースで見た犯罪者とか」と言ってるんだから
>>具体例の提示の必要性自体を否定することはできない。「ウェーバー読んで」っておかしいだろ。本の内容が具現化した様子を書け。
といって議論を放棄して逃げたアホがいるんだけどここの住人ではないよな。
ウェーバーを読んでない可能性も高いけど。
暇な方がいたら軽く説教してあげてください。オメー如きがウェーバーを騙るな!て。
子供の世界は弱肉強食なのか?
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/youth/1362383567/ マックスウェーバーが現代に最も影響を与えた社会学研究ってなに? >>406,407
一見単純すぎるようにも思えるが、
正当的支配(正統的支配)の三つの純粋型がヴェーバーの到達点だ。
伝統的
/\
合法的 カリスマ的
\/
両者は対立するが
近代強権制に合流する?
伝統、カリスマ、合法(『職業〜政治』ではこの順番)の分析は、
宗教、経済、官僚制、という論考群の大枠に対応する。
国家 | 国民
_____|_____
資本 | X
|
上の柄谷の4つの交換図に当てはめると以下になる。
合法的 | 伝統的
_____|_____
カリスマ的|非正当的
|(都市?)
「カリスマ的」は伝統から逸脱した比喩的表現と解釈した。
都市は歴史的には資本に位置するが、コムーネとしてアソシエーションの可能性はあった。
ちなみに、ヴェーバーが官僚制に対して両義的だったのは大学教授もまた私的官僚制の一種だからだろう。 社会学の根本概念は非常に衝撃的だった。
辞書並みに分厚いウェーバー本を買ったが、こっちは難しい。
なかなか意味がとりにくい。 闘争の概念が好きだな。
その昔、教師やえらいさんたちが“競争”と連呼していた類の大半が
競争ではなく、純然たる闘争であることがよくわかった。 ★海部俊樹・元衆議院議員
★知能指数60
★イタイイタイ病
★屠殺の末裔
★統合失調症@大雄会
★支持団体に障害者団体、解同
★一人ぼっちの学生時代に小説を執筆、まともな文が書けず挫折
★最終学歴は中卒
★学歴職歴を偽装
★司法試験(1次)を受験するも歯が立たず途中退席
★初当選後、支持団体から知能指数60の事実を告げられトチ狂う
★次男は愛知県コロニー
★妻は元ソープ嬢(名古屋ソープ「末広」勤務)
★名古屋風俗店顧問
★背が低いことがコンプレックス 巨人の監督=伝統的支配
野村克也=カリスマ的支配→阪神監督あたりから伝統的支配の性質を帯びてきた
野村克典=世襲カリスマ(非人格的カリスマ)
オリックスの監督人事=合理的支配 野村チルドレンとか、まさにカリスマの後継補充だな。 >>405
よくそういうこというけど、キリスト教の論理的にはローマ人の手紙でも、
ヨブ記からも、予定説以外ありえないんだよな。
神が作って被造物は価値なんかない。
被造物自体がどうこうするとかはどうでもいいこと。
カトリックや正教会が予定説認めてないとかは詭弁で片腹痛い。
カトリックや正教会が異端で低劣だというだけ。 プロの大塚訳を買って届くのを待ってんだけどこのスレ見てビックリ。
何があかんねん。 すいません。
マックス・ウェーバーの、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神について疑問があるのですが、どなたか教えて頂けますか?
彼の主張の中身は、
@カルヴァンの予定説が救われる人間の条件である道徳的な生き方を促し、
A職業天命の正当化を補強し、
B結果として、労働や利潤を倫理的に認証して
C資本主義を生んだという
ことだと思うのですが(間違ってたらご指摘下さい)。
ABは、プロテスタント以外の宗教以外には世界に存在しなかったのでしょうか?
もしあったら、それが資本主義を産んだという十分条件にはならないような気がするのですが・・・ 今さっき岩波文庫のプロ倫読んだ者です。
>>440さんの疑問に則して感想と回答を書くと
プロテスタントの倫理観が資本主義経済発展の支えのひとつとになったって言う程度の認識です。
資本主義を産んだと言い切るのは難しいでしょう。
資本主義の来歴についてはこの本より経済学者の著書ほうが分かりやすいと思います。
例えばジョン・ヒックスの経済史の理論やカール・ポランニーの経済の文明史あたりが良いと思います。
板違いですがw
プロ倫キリスト教に詳しくないとイマイチ難しいと思いますが、ヘーゲルの歴史哲学講義を読むと理解しやすくなると思います。
逆に言うと、上記やゾンパルトの本を既に読んだ俺にとってはプロ倫はイマイチ新鮮さはなかったですね。 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の英語の種本があったようですが
何というタイトルでしたっけ? 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』はカルヴァン主義を
歪めることで資本主義の興隆の契機として見ていますが、カルヴァン主義か
らのこの書への批評はどこかにありませんか。 >>440
>>443
単なる『資本主義精神』の原因を分析する点では、ゾンバルトの贅沢資本主義論文の方が価値があるとわたしも思います。
440さんの仰るとおり、通称『プロ倫』には100年前から同様の批判が何度も繰り返し挙げられています。
@プロテスタントの、特にカルヴァンの予定説を信奉した一派だけが、直接的に資本主義を創設したとは言えない。
Aそもそも前期資本主義と呼べる状態は、世界の一部の地域では既に存在していた。
Bヴェーバー自身の生い立ちがドイツの敬虔なプロテスタントの家系であるので、プロテスタントを贔屓目である。
ただ『プロ倫』が面白いのは、一見相反するように見える経済活動と信仰生活が、ヴェーバーの極めて論理的な思考回路によってマインドセットとなり、寧ろ推進源となっていることが説明される点にあります。
つまり資本主義の精神とは
1)労働=宗教儀式
2)目的合理的精神
の二つが合わさった両立し、始めて萌芽した、と述べました。 またウェバーが生きた時代はアメリカ発の近代資本主義が発展していく過渡期にあたり、マルクスの資本論に対する回答として書かれています。
マネーゲームと呼ばれる、お金がお金を生んでいく状態…
2008年のリーマンショックに象徴的な見られる綻びが現れた初期の時代に世代に当たります。 私は二年前に卒論テーマに選びましたが、リーマンショック以降の就職活動の厳しさと、311地震の後に訪れたドルユーロ下落による相対的な超円高(経済に疎い私には、日本が震災で苦しいのに円高になる理由がわからない‼︎)を目の当たりにしたので、
「『プロ倫』論文を読むことでウェバーが生きた初期資本主義をなぞり、読み終える頃には近代資本主義が発展させ過ぎてしまった問題点が見えてくるのではないか…?」という危機意識を持って読みました。 因みにですが、私の先生によるとバブル期の日本ではゾンバルトの贅沢と恋愛資本主義がもてはやされたそうです。
景気が良いと華奢的なゾンバルトが、
景気が悪いと倹約的なウェバーが、
それぞれ興隆するという仮説を立てると、ウェバーを選んだと思っていた自分は社会的な背景の中で選ばされていたといますね。
バブルの狂った映像を見るに、何が楽しいか全く理解出来ないので、節約が美徳とされる平成の世が100倍いいと思いますがw 前期資本主義と呼ばれるものが何度か存在していた「のに」、それまではそこから先に進まなかったからなんだけどな ★2ch勢いランキングサイトリスト★
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※ 要サイト名検索 ウェーバーの国家論は、
国防と警察を国家の基本的役割とするオーソドックスなもので、
あまり魅力がない。 「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」
これは貧乏人の方が神の創造した摂理的に、神に愛される行動と心境を取りやすいってだけで
金を持ってるから天国に入れないって意味ではない
(逆に金持ちは神に憎まれる行動と心境をほぼ必ず取るってだけ)
例え金持ちだろうが、神に愛される行動と心境ができるように
神が予定していて実行させるようにすれば天国には行ける 18:25富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
18:26これを聞いた人々が、「それでは、だれが救われることができるのですか」と尋ねると、
18:27イエスは言われた、「人にはできない事も、神にはできる」。 ウェーバーって映画にならないの?
ルクセンブルクやアーレントが映画になっているのに。 みなさん『プロ倫』の話題が多いけれど、ウェーバーの理解社会学には、関心がないのだろうか。 ウェーバーの講演が撮影されなかったのは残念
レーニンやチョビ髭の演説と見比べてみたい Mヴェーバーの予言が当たるか当たらないか、は問題ではない。科学は予言はしない。
(当たらないからヴェーバーは間違いだ、というのは無意味)
「人文主義的合理主義(Humanistische Rationalismus)」がヴェーバーの理想。
この人文主義的合理主義を論ずるのは大変〜一冊の本になるだろう。 このスレを読んで思ったんですが
研究者というのは過去の研究者の説を正しいとか間違ってるとか批評するだけの存在なのでしょうか。
確かにウェーバーはすごい学者だと思いますが
研究というのは自分でテーマを設定しそれを研究し、新しい価値を創造するようなものじゃないんですか
>>16
多くないよ?
>>17
所詮局地戦
トータルでは今年も邦画>洋画っぽいよ このスレを読んで思ったんですが
研究者というのは過去の研究者の説を正しいとか間違ってるとか批評するだけの存在なのでしょうか。
確かにウェーバーはすごい学者だと思いますが
研究というのは自分でテーマを設定しそれを研究し、新しい価値を創造するようなものじゃないんですか >>16
多くないよ?
>>17
所詮局地戦
トータルでは今年も邦画>洋画っぽいよ 青山秀夫「マックス・ウェーバー」と
山之内靖「マックス・ヴェーバー入門」は主張が違うの?
山之内は「ヴェーバーはプロテスタンティズムを賛美していた訳ではない」
「むしろ行き過ぎた近代化を問題視してた」と書いてるけど このスレにテンブルックが出てくるとは・・・
ヴェーバーとマンセーは、方法論という問題が理解できませんから、
マンセーでテンブロックを読んでる人はいないかも。
この本は、ヴェーバーの方法論を考究しているかのような体裁ですが
実は‘ヴェーバーにはみるべき方法論がない’ことを論じています。
そういう方面に興味があるなら、これよりも羽入がすぐ出すと予告し
ている本に期待しましょう。
テンブロック読んでる先輩にヴェーバーで議論ふっかけるのは無し、
ですよw Mヴェーバーはキリスト教プロテスタントであるが、
文化においては一般の西欧文化人と同じく、当然のことながら多神論〜
ギリシャ文明のゲマインに属している。
(彼の母親=ヘレーネとは、全く違う)
イスラム教では、そうはいかないであろう。
イスラム教は宗教は勿論のこと、文化・経済・政治・日常=慣習まで入ってくる。
ヴェーバーは、ついに「イスラム教」を書かなかった〜書く時間がなかった。
もし、彼がイスラム教について論考を書いたとしたら、どのように書いたであろうか? ヴェーバーを批判しているのは誤読がしているか完全に理解していないのが多い。
何せ難解無比だから。直感だけでは、そうあたるものじゃない。一部の天才を除いては。 故・小室直樹博士が、大塚先生のところへ10年毎日のように通って
やっと免許皆伝を貰ったぐらい難しいからね > 以前(2009/12/3エントリ)、マックス・ウェーバーの仮説を否定する実証研究を紹介したことがあったが、
> 今度はそれを支持する実証研究が現われた(Mostly Economics経由)。
> 書いたのは欧州大学院のChristoph Basten*1と欧州中銀のFrank Betz。
ttp://d.hatena.ne.jp/himaginary/20111103/karl_marx_vs_max_weber_does_religion_affect_politics_and_economy
実証研究は支持するものも否定するものもあるのか ウェーバー学に独特のつきものが「誤読」
誤読…誤読とうるさいのは訓詁学だからだろうな。 キリスト教の極悪アノミー思想が近代化をもたらした。
パウロ以来の、キリスト教の予定説と絶対神を、神の前でのアノミーを、
再び、隠れようもなく明るみに出したプロテスタンティズムが、
近代に結びついたのは実証もくそもない単なる事実だし。
予定説のイスラムや儒教では伝統主義が切り離せないから、
却って進んでた、むしろ合理主義的だったとしても、近代化は無理だし。
限界があったし。
人を神の前で裸にしバラバラのアトムにするキリスト教の、
危ない鉄の鎖抜きにここまでの近代化はなかったのは単なる現実。
ルター以降のカトリックはプロテスタンティズムへの対抗だし。
鉄の鎖を受け継いでるし。
それはパウロ以来のものが明るみになっただけだし。
その事実に目を背けてる馬鹿は死ねばいいし。
別にそういう極悪アノミー思想があるならキリスト教でなくたって、
近代化できたが、キリスト教がそれを担ったのは、
現実に起こったことだし。
(日本は天皇教という極悪アノミー思想になりうるものがあったから、
真似できて導入できて西洋以外に唯一近代化に成功した。) キリスト教は行動によっては救済されない。
外見ではどんなに正しいことしてるみたいでも、
心の中では悪魔を信じているかもしれないから。
他人が悪魔を信じてようが、自分一人が神を信じてればそれでいい。
それがキリスト教なわけで。
信仰は全てごく一人の内面的なもので、他人は全く関係はない。
他人が誤ってることは、自分の正しさを証明する望ましいこと。
神の栄光を証明することで、
全ては神の決めたことで文句を挟む余地はない。
自分一人だけが天国に行けばいいし、他人はどうすることもできない。
こちらもどうもできない。
親子兄弟夫妻だろうが他人の救済には立ち入れない。
そういう人と人をバラバラにして追い詰める、
誰も他人は全く自分を救ってくれない、自分も他者をどうにもできない。
そういうキリスト教の病こそが近代を作ったわけで。 本日!生活・山本太郎代表が6/21(火)の報ステに出演決定!
日本国民はどう対処すればいいのか。
新しい政権は民意を反映し、適切な食糧、住宅の供給、健康管理、教育が最も重要な責任となるでしょう。そして最後に防衛です。
来るべき株式市場の崩壊は必然的に多くの失業者を出すでしょう。抑制のない成長に基づく現在の経済の終焉を見るでしょう。
民衆の指導者は職業的政治家ではない人々から見つかるのです。国民の意志を裏切ることは、極端な場合、自殺や殺人にまでつながります。
最初になくなるのは世界の株式市場でしょう。
差し迫る株式市場の暴落は、他の人々が飢えている間にお金を儲けることの結果です。かれらは自分の財産を隠し、犯罪的雰囲気さえも創出しています。
彼らはただ座って待っているだけです。世界に振りかかる負担は莫大です。世界を餌にして生きており、社会に何も負うことなく、何も還元しません。
日本から始まる世界的株式市場の大暴落
ウォールストリートの大暴落(1997年)につながったプロセスが、いま日本におけるプロセスの中に写し出されており、再び株式市場の暴落につながるでしょう。
日本がアメリカ国債の25%を引き出すと世界経済が破綻し、マイト レーヤは出現するでしょう。彼は「匿名」で働いております。
彼は日本人ではありませんが、日本語で話すでしょう。彼は、非常に物静かなやり方で話します。彼の最初の控えめな態度に混乱してはなりません。
非常に間もなくマイト レーヤを、テレビで見るでしょう。マイト レーヤは毎日テレビに現れ、質問に答えるでしょう。
マイト レーヤが公に現れるにつれてUFOが、とてつもない数で姿を表すでしょう。
竹下雅敏「どうも日本人のレベルの低さというのは、ドイツはUFOテクノロジーを完成させていたのに、日本は戦艦大和で喜んでいたという感じなのです。」
矢追純一「宇宙人側からの申し入れは、核の利用と戦争をやめ宇宙人の存在を公表しなさい。ロシアという大国の首相がね、2回も言ってるんだからね。」
https://www.youtube.com/watch?v=FIRXKe tUkq8 マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
について奇天烈な説を展開し、その奇天烈な説によってウェーバーを崇めている
おバカな自称「天皇に推されるであろう」男がいる。一度見に来ると良い。
以下のスレッド参照。
【シグマ思想】鼎 梯仁【総和思想】 [転載禁止]©2ch.net
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1443715777/ この度は、杏林大学にお問い合わせいただき、ありがとうございます。
下記の内容でお問い合わせを受け付けました。
ご回答をさし上げるまでに一定のお時間をいただくことがあります。
また、お問い合わせの内容によっては回答いたしかねる場合がございます。
お急ぎの際は、お電話でお問い合わせ頂きますようお願い申し上げます。 >大阪府三島郡島本町のイジメはいじめられた本人が悪い
>はよ死ねクズ
↑
イジメの加害者を擁護し被害者を「いじめられた本人が悪い」
「早く死ねクズ」と罵倒するなんて 島本町はホントに鬼畜の町だな 社会学とかいう架空の学問分野をデッチアゲて国民の税金を搾取する腐敗官僚、
それが国公立大学「社会学(自称)」従業員どもだろ。恥を知れ恥を。糞が。 政治・経済・法律・教育・技術・国際その他大勢
社会という言葉は元々いらないからみんなで一緒に潰すが一番
日本にさわっていないけどウェーバーの価値基準は今でも利用していますけど
ごめんなさい すごくおもしろいネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
T9JYU 「仕事としての学問」を読んだが、内容が頭に入ってこない。
繰り返し読んでいれば分かってくるかな。