内藤朝雄氏が嘗て経験した日本社会学会で得た情報を著作物に
記している。
>「ある学会で、何が何で『厳罰化』に反対する『人権派』の著名人の1人が
>私に近寄ってきてこんな事を言って来たことがありました。ねえ内藤さん
>◯◯さんは、事件の有った日、学校の体育館で先生を殴ったんですって、
>いくら被害者の親だからって、そんなこと許と思う?」
という情報を得て、彼はその情報を、人権派弁護士への幻滅という形で
受け取ったとしている。なぜ、幻滅したのだろう。・・・
この暴力事件といえる事態は、1993年、1月13日夜8時15分
以降に起きている。体育館用具室の中で巻いて収納されていたマットに
足だけ出した形で頭から潜り込み自力で出られなく成っていた少年を
引き出し、人工呼吸を施していた中学教師が、その人命救助の行動を
誤解して、一方的に殴られたという事態を内藤氏は、伝え聞いての
反応だ。・・・