609 の推敲ミスを補って再び
>>608
なるほどですが、では、この社会学というジャンルで発言して、それを受け入れた
社会から被害を受けた人々に対して、誰がその被害から救済するのですか?
内藤朝雄という人物など『いじめ学の時代』などという書物を出していますが、
その内容は酷いものです。
国の教育要領の変遷により、実際の教育機関内に管理教育だのゆとり世代だのと、
学校教育の環境も一往では無いのですから、その変遷を学問として記録する意味は
あることだと思います。しかし、「いじめ」という現象が起きるのだから教育機関に、
対策として「警察を入れろ」だとかを学問という領域で語られるのは尋常でないでは
ない不穏当を感じます。
そのいじめの例示として出す内容は、私が何度も取り上げる『山形マット死事件』だっ
たりします。
この『山形マット死』事件というもの自体が中学校という義務教育の現場で決して
起こりえない犯罪を警察が作りだした事件であるにも係わらず、社会学として、この
不幸な出来事を幾つも出版物としています。
何の科学的根拠無く、裏付けの不確かな個人の情報調査に依る恣意性で満ちた報告を、
メディアが虚偽の映像まで作り補強をする事態を招いています。
http://katurokunite.blog.fc2.com/
そこで被害を被った人々・地域は、どのようにしたら受けた被害から救済可能ですか?
誰がこれへの責任を取るのでしょうか?
どう思われますか?