※山形マット死事件の真相※
>>190
の時系列を書き写しました・
☆
夜7時半頃に当該中がっひうに「家の子がまだ帰っていません。」との電話をかけました。という次第が『被害者の人権』に詳細に掲載されています。・・・・・。
@その電話を受けて、2人の男女の教諭が体育館では無く、校内を検索する。
A教室棟では発見できず。
B沼田スポーツ少年団バトミントン部の団員22名と体育館内を探索。
C20時過ぎ1年生が運動用具室でマットの中心部に有平君を発見。
D××教諭が急行し、有平君を引き上げ、人口呼吸を行う。
E20時15分、××教諭が救急車を要請すると共に児玉家に連絡する。
F児玉昭平氏と××教師が救急車に同乗し、県立新庄病院に搬送。
H学校待機の教頭が20時40分××教諭より有平君死亡の連絡を受ける。
I・20時30分頃より、新庄警察署員に拠って現場検証並びに1部教諭の聞き取りが始まる。
等々が続きます・・・。 内藤朝雄さんは、何の為に科学性を持てないのだろう? 『山形マット死事件』とされる事件は、母子家庭で育つ少年が主犯とされました。
この少年は、新庄市立明倫中学校の二年生でした。
当該事件現場は、体育用長マットを巻いて筒状にして立てて有ったマットの中心部に
1人の少年が頭から突っ込んだ形で死亡して発見されたことから始まります。 >>204に続けて、
1993年1月13日の出来事です。
その日の夜8時少し過ぎに当該の少年は死亡して発見されていますが、
母子家庭で育った少年は、翌日の朝テレビのニュースを見た母親「ほら、明倫で
何かあったよっ」とテレビを示され事件を知ることになりました。
そして、その自分の中学に、その朝登校したのです。
その母子の事を探す者達のスレッドを遡るとご覧いただます。
なぜ、その主犯格だとされた少年を探しているのでしょう・・・。
実は、その元少年の母親は、死亡して、いるからです・・・。 主犯格だとされた母子は、民事賠償請求訴訟敗訴者としてのの賠償金を納めていて
民事賠償請求訴訟の原告と被告の家の距離は100メートルほど、そして原告は、その100メートルほどの、
同じ町内の幼稚園の園長先生が、幼稚園の卒業生を訴えだ事件の賠償金だという。
その原告は・学校法人・平和学園・園長だ・・。
提訴理由を見ると、下記として提訴された。
犯行現場になったマット室は、かねてより、同室が暗く外から遮断されていることをいいことに、、同室内
暴行を加える等の【いじめ】の場所になっていた。
外から遮断された室内で、いったいどんなことが起こったというのだろう。
少年事件は、事件性の有無を決するのが難しい。
れが滞るたことから、こうした目に有ってるのです。 私の報告は、東北版 新庄爆砕 という処をご覧になり、該当スレッドを
ご覧になれば事情をご理解頂けると思います。 ≪山形マット事件の謎を探る≫というブログをご覧下さい。
・東北版 新庄爆砕 ・もご覧下さいませ。 2013年: アメリカの17歳少年のケンドリック・ジョンソンが、体育館の巻かれて縦に置かれたマットに逆さの状態で入って死亡しているのが発見された。当初、警察は少年が靴を取ろうとしてマットによじ登り、誤って落下したと結論したが、後に殺人の可能性がある事件として審理が再開された。