楽器は音楽表現のための道具(インストゥルメント)にすぎない。
その編成・形態もおなじことで、手段に過ぎない。

吹奏楽にはオリジナル曲もあるが、「本物の代用」的に、スタンダードジャズ・ラテン・映画音楽
そしてヒット曲や演歌、テレビ漫画の主題歌からクラッシック音楽まで、
ありとあらゆる「アレンジ物」を演奏する宿命にある。

そして、地域で、学校内で、訪問先で、一番身近なバンドとして良質な音楽を
提供し続けるべく、精進するのである。

そういった意味で、>>49 氏は、素晴らしいと思う。

「アレンジ物」を演奏する宿命にあるゆえ、叩かれる対象となりやすい吹奏楽
(たたきに来るのはオ○の人に多いようだが)であるが、その「クソアレンジ譜」を
いかに聴きばえする音楽に作り上げるか、。

様々なアイデア・工夫・持てる技術・知識で真っ向から対峙しようとする気持ちと誠実さ。
これが音楽にパワーを与え、聴く人に訴えるのだと思う。

ガチガチのクラッシクファンが「転調したようなクソアレンジ」を演奏する演奏会には来ないだろう。
しかし一般の聴衆には、ただ漫然と譜面どおりに演奏されるオケのクラシック演奏よりも、
様々な不都合を消化しつつも表現と対峙した吹奏楽の演奏のほうに、魅力を感じるだろう。