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国営事業だった調査捕鯨
ミンククジラは、IWCによって商行為として捕獲することが許されていなかった。
調査のための捕鯨なら話は別で、不法にならない。
日本は、IWCが商業捕鯨に課したその名もモラトリアムがいつか解けるのを期し、調査のための捕鯨としてミンククジラを遠く南極海に求めて、例年初冬ともなると船団を組みオーストラリア、ニュージーランドの近くに出掛けていった。
商行為でないのだから、「定義によって」、民間事業者は手掛けることができない。
また調査行為である以上、本業は調査そのものであって、捕れた鯨は「副産物」と称された。
売って得る収入も「副産物収益」とされた。
単なる言葉の言い換えではなかった。
なんとなればその「副産物収益」は、次年度に実施する調査行為の経費を賄うため以上であってはならないと、IWCの枠組みによって厳格に規定されていたからだ。
鯨を売りさばくことで、仮にも利益など上げてはならなかった。
トートロジーとなるのを構わず言うならば、あくまでも商行為ではなかったからである。
以上の経緯によって、日本の捕鯨とは、一般財団法人日本鯨類研究所(以下鯨研)を唯一の事業主体とする、事実上の国営事業とならざるを得なかった。

国内の鯨肉需要はごくわずか
一次産品におけるマーケットメカニズムとはおしなべて、価格をまず市場が決めるものである。
生産者は、その価格条件下で利益を確保できるよう経費を制御する。
こうした動態は、国営非営利事業のわが国捕鯨にはまるで無縁となった。
商行為ならぬ調査事業なのであるから、消費者が鯨肉を求めているかどうかは考慮の外に置かれた。
どれだけの鯨を捕るかは、調査事業の継続に最低どれほどの鯨肉が必要かを考え、いわば先験的に決められた。
日本の消費者は鯨肉を何年かに一度、偶然食せる程度には残っていてほしい、いわば珍味中の珍味としてどこかにあってほしいと念じこそすれ、日頃買い物に出かけるスーパーやコンビニの棚にいっこう鯨肉を見いださなくても、なんら異としない。
すなわち需要は極めて微弱であるから、鯨研(正確にはその委託を受けた共同船舶株式会社)が持ち帰る鯨肉は、市場に対し常に供給過多となった。
学校や病院などまとめて買ってくれそうな需要家を探そうと、共同船舶とその営業部隊が続けた努力には涙ぐましいものがあった。
繰り返すが、売れない限り、翌年度の調査が続けられなかったからである。

調査捕鯨の”赤字”は補助金・助成金を投入
鯨研の2018年度(2019年3月末まで)収支予算によると、支出見積もりのうち最も大きな項目は、「用船費」の36億円余り。
これは後に触れる「日新丸」など捕鯨のための船を、要員を含めその保有主・共同船舶から調達するのにかかる経費である。
いま鯨研、共同船舶と二つの事業主体に言及している。この二者は、一方が欠けると他方が成り立たない一対の関係にある。
本部または本社の所在地も、同一ビルの同じフロアだ。
一方、鯨研が同年度に見積もった副産物収入は24億円である。
この金額、すなわち国家独占事業として続いてきた捕鯨がもたらした鯨の売上高24億円は、果たして多いのか少ないのか。
この金額は肉用牛の0.3%、ブロイラーの0.7%程度だといえば、相場観が得られよう。
いずれにせよ用船費に対し、12億円足りない計算である。
調査に欠かせない船の調達が、実は賄えない状態になっていた。
不足分を補い、その他の経常経費をカバーしていたのが、国から補助金、助成金として交付された45億円余りに達するカネだった。
税金を原資とする資金である。
補助金は、鯨研が水産庁から直接もらい、一般正味財産に充当するもの。
いわば増資に当たる。
助成金とは、水産業支援の公的資金分配を担うNPO法人を経て鯨研に来るカネで、民間企業でいう短期借り入れ。
鯨研はエクイティ(資本)でもデット(負債)でも、納税者のカネなしに立ち行かない実態だ。