アメリカ大統領選挙UPDATE 1:外交・安全保障とシンクタンク専門家の役割 2015/10/21
http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1580

 米大統領選と言えば、日本人であれば候補者の外交・安全保障政策やアドバイザーに関心がわくが、
米国人有権者の場合はどうか。Gallup社等の世論調査では、大多数が投票先を決める最重要課題と
して「テロ」(77%)や「国際関係」(61%)の前に「経済」(86%)を挙げている。予備選を制覇する上で、外交・
安全保障が決定的な要素となるとも言えない。 

 しかし、ブッシュ候補のアドバイザーの一人は、4年前と比べ、2016年は共和党有権者にとって外交・
安全保障が遥かに切実な問題となっており、候補者の外交姿勢や能力を一層重視すると強調する。
ロシアのクリミア侵攻、中国のサイバー攻撃、東シナ海ADIZ設定、南シナ海人工島建設を含む一連の
行動もあるが、最大の発端は昨年8月のISIL米国人斬首事件と背景のシリア問題だと述べる。クリントン
元国務長官が民主党指名候補となれば、外交問題が前面に押し出されることも予測される。だとすれば、
候補者の外交政策アドバイザーの役割も一層重要になるだろう。

 では、ポスト・オバマの外交・安全保障政策を担う両党の専門家には何が期待されるのか。複数のシンク
タンク有識者は、ブッシュ、オバマ両政権の教訓を経て、2016年は「世界における米国の役割は何か」という
内省(soul-searching)が重要なテーマとなり、この根本的な問いに対する答えが求められると主張する。
その過程で「ガキ大将」と称される、反議会、反政治家のトランプ候補も登場している。

 共和党陣営は、「背後からの指導(Leading from behind)」や協調外交で批判されるオバマ政権と異なる
外交姿勢を示す必要に駆られる一方、イラク侵攻で批判されるブッシュ政権とも一線を画す必要性も意識
している。しかし、9/1付のニューヨーク・タイムズ紙の記事でも指摘されているとおり、些細な違いを大きく
描くのが大統領選だ。実際には差別化に苦労しており、オバマ政権のISIL対応等を批判しても、有効な
代替策を示せていないと反論されている。ブッシュ候補が幅広い思想のアドバイザーらを揃えている点
からも、同党の外交哲学が未だ定まっていないことが伺える。共和党内の分裂が深刻で、米国史上初の
三党体制誕生の可能性を指摘する有識者さえいる。

 民主党陣営も、クリントン候補に対し国務長官時代よりも強腰な外交を期待する声がある。しかし、ロシア、
イランに対してタカ派の姿勢を示す反面、国務長官を務めた手前、オバマ外交を批判しすぎては人間として
誠実さに欠ける(TPP不支持表明で既に誠実性は疑われているが)。また、米ロ関係を「リセット」する現実
路線を提示した本人で、イラン核協議の最終合意の構想を練ったのは彼女の外交政策アドバイザーの
Jake Sullivanだ。そのため、彼女がオバマ政権よりも強硬な姿勢をアピールできるとすれば対中政策では
ないかと、ある共和党専門家は推測する。9月の米中首脳会議で米中間に一層の緊張感を感じた有識者は
多いが、こうした視点も一理あるかもしれない。

 対中政策では多少温度差が見受けられるが、アジアや日米同盟の重要性については超党派の合意がある
というのが有識者の見解が一致する点だ。しかし、アジア・リバランスの先行きは不透明だ。リバランスが
示されたオバマ政権発足当時の米国は、イラク、アフガニスタン戦争で疲弊し、金融危機に直面する中、
BRICSの台頭が持て囃されていた。だが現在に早送りすると、米国は中東からそう簡単に「Pivot(軸足を
移すこと)」できず、二大政党間の対立激化と議会の機能不全に悩み、中国の経済成長は危ぶまれ、
プーチンのロシアは世界から孤立している。人口を含む米国の基礎体力は相変わらず強く、世界でリーダー
役を担えるのは米国だけ、というのが一部の共和党の強い思いだが、問題は、政治家の意思と統治能力が
欠如し、米国のリーダーシップの必要性について政治的合意が得られない点だと、ある専門家は嘆く。