ポル・ポトはなぜ大虐殺を起こしたのか
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
原始共産制を目指してたというけど、なぜそんな極端な理想に走ったのか。
そしてそのために自国民の3分の1を虐殺するとか。
飛躍し過ぎてて良くわからないんですが。
なぜこんな連中が権力を掌握できたのか。 スターリンや金日成、毛沢東やカストロはあくまで共産主義を「道具」と捉え、
レーニンやポルポトは共産主義を「理念」と捉えた。 >>145
そこだな。マオやスターリンは現代の先進国に生まれても政党政治家として権力者になれただろうが、ポル・ポトは無理だっただろうね。 >>138
善政以前の問題だからな
善人ならあそこまでの虐殺はしないわ 善人が常に良いことをするなら、世界はとても平和だったろうね
善意に満ちた理想主義者がどれだけ多くの血を流したか、ちょっと歴史を眺めたら分かるだろうに ′/ | | || ヽ \ ′斗≦/__,,.. レ゙ l l |:::| l ヽ:ヽ
l l| l |_」 L,,..≧ \ { 才ヘヽ 〕/ノl ' |:::| | ',::',
| ハ | '、 イ´ヽ> 、弋 ヽ  ̄"''´ イ / |:::| l }:::|
|{::∧| \ l<⊥ゝ '" / /| |:::| l ノノ ほらぁ、鏡を持ってきたわよぉ・・・
/.::/ | \丶 "´ ヽ / r1 `´ l
. /.::/ ∧ l | ト > __,, 厶| | |
\{::::{ / ヽ Y |¬ ー= ´ 彡 ' | | | / 自分で自分を殴り続けた顔を見た感想はどうなのぉ?
: . \∨ト、 \ \ト--\ ´` / l | // /
: : : . \|: .\ |` ‐- \ /` ┌‐-、 ィ l | |/. :/ /. : : でもこれは女を乗り越えるためなのぉ・・・
: : : : : : : : : . ヽl | .′r┤ ,\____,、<__|__ l | |: ://. : : : : :
ー- _ : : : : : :| | l || | /⌒ヽ::.::`¬ || | l /. : : : : : : :
:::::::::::::::::>_''ニ| | l ∨ ノ´ / ̄ ヽニ ヽ|l l .'´_ -一  ̄
永田は遠山に醜く腫れあがった顔を鏡で見せた。
その後、遠山を丸刈りにしたうえで目隠しをし、縛り上げて放置した。 しかしどうやってポル・ポトがクメール・ルージュの中で権力を保ち続けたのか
弾圧や虐殺をどう指揮していたのかは今ひとつハッキリしないよね。
ただの善人ではあれほど長期間に渡って指導者として居座ってられないと思うが。 「良心に恥じることは何一つしていない」
裁判でのポルポト本人による一幕 No.2が揺らぐことなく支えていたからだと思うよ。
No.2って言っても、ポル・ポトを選んで神輿にかつぎあげた裏番長なんだけどね。
名前は忘れたけど、そのNo.2にインタビューするドキュメンタリー映画を観た。 ポルポトは殺人狂だったのでしょうか?
そういう風に結論付けるのが一番すっきりしますが、意外にもポルポトの周辺の
何人かは、彼のことを思慮深く、潔癖な人間と評しています。
実際、ポルポトは権力に対する執着こそ強かったものの、ベトナムのホーチミン
と同じくその生涯において決して私服を肥やす事は無かったと言われています。
また、若い頃にフランスに国費留学した位ですから、教養もありました。
では、なぜあれ程までの悲劇が生まれたのでしょうか?
かつてポルポトに単独インタビューしたジャーナリストが居ます。
そのジャーナリストが虐殺の理由を直接聞いた時、ポルポトは
「ベトナムが、この国を狙っていたから・・・」
というチンプンカンプンな言い訳をしていました。
実はその裏に、言いたくても言えない恐ろしい事実があったらしいのです。
ポルポトは、当時の中華人民共和国の国家主席だった毛沢東に支援を仰ぎ、
アメリカの傀儡政権であるロンノル政権を倒し、カンボジアの実権を握りました。
つまり、ここでポルポトは毛沢東に大きな「借り」が出来たわけです。
確かにロンノル政権は軍の幹部達が私利私欲に走り腐敗しており、それを憎み
シアヌーク殿下の復活を願う、カンボジア国民やベトコンのバックアップが
有りましたが、ロンノル政権にはアメリカから大量の武器弾薬の援助が有った
ので、中国からの武器の援助がなければポルポトのクメールルージュの勝利は
難しかったと考えられます。
ロンノル政権を倒すために、どうしても中国の援助が欲しかったポルポトは、
毛沢東の気に入る殺し文句を用意しました。それが、「カンボジアを農業社会
からストレートに完全な共産社会へ移行する世界最初の国にする」という申し出
でした。これは毛沢東が理論上は可能としながらも、文化大革命で挫折した試み
だったので、もし成功すれば毛沢東の理論が正しいことを証明することになる
ため、毛沢東は大きな関心を示しました。この一言があったために、都市部の
住人を強制的に共同農場に追い立てたそうです。 時を同じくして、中国から大勢のアドバイザーがやって来ました。アドバイザー
と言えば聞こえは良いですが、ポルポトが毛沢東と交わした約束が確実に実行
されるための監視役でした。そして、アドバイザーがはじめに提案したのが、
「資本主義に毒されたすべての知識人や金持ち」 の処刑だったのです。
ポルポトは初め、「資本主義に毒された人々を農耕作業を通して再教育しよう」
と考えていました。これは自然な考え方です。ポルポトは、かつて自分の仲間
を“左翼狩り”で大勢殺したシアヌーク殿下には強い恨みを持っていましたが、
同胞である一般のカンボジア人を憎んでいたわけではなかったのですから。
ところが、毛沢東は巧みにポルポトの逃げ道を塞ぎ、知識人の多くを処刑する
命令を出すことをポルポトに承知させたそうです。さらに、毛沢東は何故か
農場で働く人間全員に、わずかな食事しか与えることを許可しませんでした。
表向きの理由は、資本主義で贅沢に慣れきった身体から毒を抜くということで
したが、真の目的は他にあったと言われてます。
常に空腹の状態にしておいて、隙を見て食べ物を盗み食いした人間を処刑する。
それが恐ろしくて従順に働く人間には、極端な栄養不足のため餓死する運命が
待ち受けている。実際、あと半年ポルポト政権が継続していたら、ポルポト派
の兵士を除く全国民が餓死していたでしょう。つまり、約一千万人居たカンボ
ジア人が、わずか十万人程(半分がポルポト兵、残り半分が国外に逃げた人)
になっていたわけです。十万人では国家として成り立ちません。
その段階で、中国から大量の移民が入って来たらどうでしょう?
カンボジアという国名は残るかもしれませんが、国民のほとんどが中国人に
取って代わられてしまえば、国を乗っ取られたのと同じ事です。
これが毛沢東の真の狙いでした。 長文で御説垂れ流しより、典拠をビシッと示してくれたほうが早いよ? 末期のポルポトインタビューを思い出す。
私は具合が悪いんだよ。私のことはいいじゃないか。みんな責めるから気分が悪いよ。
みたいな老人の愚痴だった。
俺はやっぱりこの人は危険な独裁虐殺をやる人物だと
勘で思った。 もともとが教師で終わるべき人だしな。
上に立つ器ではない 理想的な人生
ヒトラー 趣味で絵を描いてる建築家 デザインが古めかしいのであんまり儲かってないが仕事は確かなので
固定客はいる
スターリン グルジアの田舎の教会の神父 聖職者にあるまじき気の荒さだが靴修理してくれるので評判がいい
毛沢東 趣味で白話を書いてる富農、白話の内容は自己投影の英雄譚
東條 陸軍教育総監 永田鉄山陸相の懐刀だが、同じ永田派の石原参謀総長と不仲 ジョージ・ウォーカー・ブッシュ
元大統領の息子、石油会社の重役として特に苦労せず天寿をまっとう サラザール 大学の経済学教授 寮に住み込み。たまに幼稚園を訪問
フランコ ガリシアの憲兵隊長 真面目なので怠け者だらけの兵士からは恐れられるが地元民からは高評価
ムッソリーニ 小学校の教師 副業でローマ帝国復興の架空戦記を書いて人気者に。
ペロン 嫁のマネージャー 大きいことを言っては周囲の笑いを取るムードメーカー。
ヴァルガス アマゾンのコーヒー農園地主。労働者には評判はいいが採算とれてるのか怪しいという話も。 ルイ16世 気が弱いがお人好しの鍵職人。真面目で腕が良いので皆に好かれている。休日は狩りを楽しむアウトドア派でもある。
タレイラン 持ち前の頭脳と弁舌で枢機卿まで上り詰める。愛人を多数抱えて、汚職疑惑もたびたびささやかれるが、一切追求されることはなかった。
カルノー 士官学校教官を務める傍らで論文発表に勤しみ、数学者・科学者としても名を馳せる。
クートン 高名な社会派弁護士。貧民のために尽くして尊敬された。
サン・ジュスト 残念なイケメン。
ダントン 雄弁で知られるエリート弁護士。金や女がらみの問題をたびたび起こすが、本人はまったく気にしていない。
フーシェ 愛妻家で子煩悩な物理教師。授業が面白いので生徒にも人気がある。
マラー 啓蒙思想かぶれの医者。趣味で本を書いてるがあまり売れない。
ロベスピエール 人権派弁護士。秀才だがクソ真面目でとっつきにくいと言われている。 ナポレオン フランス王国軍司令官。北米やインドで植民地拡大に尽力。
カストロ 弁護士 腕がいいのでキューバにはもったいないと言われるほど。
ゲバラ 傭兵 どれだけ金を積んでも理念が賛同できない相手とは契約しない。
ラテン系独裁者は市井の人になっていれば良い人が多いんだよな。
アミン…アフリカ出身者初のボクシングヘビー級チャンプ。 チャウシェスク DQN工員。夫婦で金を借りて散在した挙句にDQN同士の抗争で殺される。
ラテン系では珍しいダメ人間w
ゲバラは軍事的才能ゼロだから傭兵はムリだw
その役はシェンフェゴスにして、>>166の言うとおり医者にしてやれ
喘息もちで医者の不養生だが貧乏人をただで診察する赤髭ならぬ黒髭先生 スラヴ系だよねと思ったけどルーマニアはラテン系でしたね。
ルーマニアという言葉自体がローマを意味しますしね。 >>173
読み物としては面白い
史実として見るには眉にツバつけといたほうがいいレベル ポル・ポトが死んだ時わんわん泣いてた
15ぐらいの娘は今どうしてるのかな 今でも、カンボジアは政情不安あるのは、ポルポトの残党のためか? ポルポトが今の日本に降臨したら
老人問題一気に解決だな GDPは今の第3位から一気に50位くらいに落ちそうだけどな それ以前に、ロン・ノルっていったい何だったんだろう。
こいつさえ居なければ、カンボジアの悲劇の九割は防げたような気がする。
ただ単にCIAに騙された売国馬鹿に見えるけど、実際の所はどうだったんだろ。 >>181
お前がジジイになったときにその政策をしたいなw ポル・ポト政権が中国の傀儡だったのは、ポル・ポト政権を潰したベトナムに怒って
戦争になったことからも明らか。 でも、家族制度を崩壊させるのは必要です。
現在でも遺族という悪魔が民事訴訟という恐喝を繰り返す。 ポル・ポト派No.2はまだ英雄気取り
「同志ナンバー2」という呼び名で知られるチアは、虐殺をこんな例えで正当化したという。
「人々がワニについて語るときは胴体の話ばかりして、日常生活で大切な頭や尻尾の話はしない。
我々は悪い連中しか殺していない。良い奴は殺していない」
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/11/no-1.php
ルイセンコ先生のプロレタリア遺伝学の影響ってあったのかな?
中国や北朝鮮みたいに餓死者でた? いまは一種の老人ファシズムだから、多少修正の
意味でも老人をツブす政策の指導者のほうが
社会にとってはいい >>192
お前が老齢になったら是非その政策を始めよう ポルポトも毛沢東も、会って話をすると、礼儀正しくて誠実な人だった言うのが何か切ない ポルポトはともかく「あの」毛沢東が?ナイスジョーク >>196
君が年老いた時に始まるかもね( ´,_ゝ`) 上位1%に行くべき攻撃が老人一般に行くという見当違いの砲撃。 >>197 おまえが食いつぶしているうちに日本終わるから 50代 三角関係に苦しむ
http://www.yomiuri.co.jp/jinsei/danjo/20111210-OYT8T00139.htm?from=yoltop
キレる60代、JR駅員らへの暴力最多
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110424-OYT1T00061.htm?from=y10
一般に脳の、性衝動を司る部位と暴力衝動を司る部位は近接していることもあり、
両者は相互に強く影響しあう関係にある。
もっと言えば、性衝動と暴力衝動は常に等価交換、置換し合える関係にある。
平和な時代においては、外に向かって解放されず行き場のない暴力衝動は、
性衝動が盛んになることで抑えられている。
この時、社会が無理に性衝動を抑止すると、あるいは完全に性衝動によって
暴力衝動が消化しきれていないと、その社会の内部に向かって未昇華の
暴力的衝動が蓄積し、結果、無秩序化しやすくなる。
逆に戦争の時代においては、性衝動は秩序だった暴力衝動へと転換されることで、
大きく外に向けて解放されるため、社会内部の心理ストレスは解消されやすくなる。
またさらに上位階層からこの構図を観察すると、平和な時代に性衝動で消耗しきれ
ない暴力衝動が社会内部で蓄積するにしたがって、それが限界いっぱいで外界に
解放されるようにして戦争が生じやすくなる。
したがって、性に対する開放的な姿勢が社会全体で許容されるような時代では、
戦争から遠ざかる傾向がある。しかし社会内部では、同時に色ボケ平和ボケした
人間の資質的劣化が止めどもなく生じ、大変事による新陳代謝を失い硬直化した
社会そのものの構造的劣化が進行し、目に見えにくい自滅へと近づいている。 そのような観点からすると、色ボケした老人たちが過剰に増えすぎた現代、
そろそろ社会そのものに新陳代謝を促し再活性化するためにも、戦争を起こし、
老人たちに無駄な延命措置を施すエネルギーを戦争に用い、もって老人たちに
速やかに死んでもらうというのは、必要なことだといえる。
死ぬことを意識せず、延々とくだらない色ボケにふける老人が増えたというのは、
すでに構造疲労を起こしている社会の刷新のため、社会そのものが内部に
蔓延する性衝動を対外的な暴力衝動へと転化する戦争の時代を欲している、
という信号なのだとも解釈できる。
尚且つ、こういう恥知らずの色ボケ老人たちに限って、平和運動とか、憲法9条
とかがやたら好きなのが、なんとなく底が透けて見えるようで、小憎たらしい。
どこまでも私利私欲優先で徹底して偽善的で利己保身的なのだ。連中。
本当に今時の老人は自分のことだけしか見えてない考えてない。
だからいい歳して、物事を全体から俯瞰することも出来ぬまま、子孫のことより
自分の色恋第一とか、自分だけ幸せなら平和ならいいという、矮小な視野で
素っ頓狂な方向にトチ狂っている。歳相応にきちんと精神が枯れていない人間
というのは、老賢者になりそこねた、正しく愚民である、つくづくそう想う。 >>195
誠実ではないが外面は良かったろ
特に年長者に対しては表面的には腰が低い 今、北朝鮮のマサオンがポルポト化しているだろう
今の情勢だと60〜70年はもつだろ
ポルポトも原爆をもっていたら、続いていたかな イルソンもジョンイルも人口比で言えばポルポトほどは殺してないから
多分ジュガシヴィリもマオも及ばないだろ >>183
アメリカがベトナム戦争対策によって出来た政権だからな。
アメリカがインドシナ介入に情熱を傾けなくなったらそれで終わり。
国共内戦末期の国民党に近い状態。
援助される資金も物資も武器も適切に使えば勝てるものを度重なる腐敗でどうにもならなくなった。
賄賂さえ渡せば敵でも通すし、物資も渡す。
これではなぁ。
まあ、大半の国民的には不正にシアヌークを追放し、シアヌークに比べ大した権威もない奴が国家元首なんて、というところ。 ポルポトは善悪二元論みたいな考え方の持ち主で自分が悪と思う物は絶滅させてしまおうなんて極端な行動に出たんだと思う
アレクサンドロス大王、カエサル、ナポレオン、チンギスハン、始皇帝
のような華やかさがないね
政治家にして軍人なのに英雄みたいな華やかさがない 水清ければ魚住まず とか、清濁併せ呑むが毛ほども耐えられないか、利点を認識できなかったんじゃないかと。
卑近な例だけど、エロ本は不健全だし自分に必要ないから総て無くすべしって主張するような人。 自分が性欲薄いから他人のオナニー素材も没収しちゃうタイプか 結果は180度違うけど
思考形態はジュネーヴ市民に勤勉と清貧を強要したカルヴァンと同じだな >>209
なんか現代日本のいい教材となりそうだね。
政治家、官僚、マスメディア、ネットユーザー、知識人、その他、なにかと善悪二元論や二項対立的な安易な発想に閉じこもりがちだから。 原始共産制なんて、ピグミー族みたいなジャングルの民でしか実現不可能だろう。
>>220
狩猟生活だけだと共有できるほど生産財持てない。 カンボジアなんて今でも残酷な刑罰を作ったりするし、
こんな連中なんて。それに当時だって平気で人を陥れた。
危険な状況なのに夫の態度が云々如きで見捨てた。 ★★中国外交なんてこんなもの ▲言い逃れできない▲ 戦後中国外交史★★
◆1945年、日本に原爆が投下されたことを見た毛沢東は「中国核武装」を決意。核
実験に成功したソ連を牽制するために、台湾海峡危機を演出。中国への「核使用」を
示唆した米大統領発言を利用して、ソ連から核兵器を脅し取る。(※1)
◆1945年、独立を宣言したベトナムに対し、仏・米が干渉。「北緯17度線でベトナム
を南北に分割する」というジュネーブ協定(1954年・米国提案)にベトナムは猛反発
するが、朝鮮戦争で米国に弱みを握られた中国は、ベトナムを守ろうとはせず、逆
に南北分断をホーチミンに説得する側に回った。(※2)
◆1954年、インド・中国間の「平和五原則」の発表は当時の国際世論からは歓迎
されたが、その5年後、毛沢東はインド侵攻を企てる。(※3)
◆1955年のバンドン会議(インドネシア)で「平和共存・民族自決」など、歴史的な宣
言に参加した中国がその10年後、親中派のインドネシア共産党を煽動し、軍事クー
デターを計画。インドネシアとは外交関係断絶に追い込まれる。(※4)
◆1978年、日中平和友好条約締結の翌年、「ベトナム懲罰戦争」を発動。侵攻の一
週間前に東京・ワシントンを訪問したケ小平は、「これからベトナムに侵攻するが、
中国には経済制裁をするな」と要請。園田直外相、抗議せず。(※5)
◆1979年、カンボジアに毛沢東の手先「ポルポト派」を育成し、ベトナム南部を攻撃
させ、応戦したベトナム軍が「国境線を越えた」事を理由にして、国連総会で「ベトナ
ム非難決議案」をアメリカと共同提案。ベトナム孤立化政策を10年間実行した。(※6)
※1(参考)http://shop.kodansha.jp/bc/books/topics/mao/
※2(参考)http://homepage1.nifty.com/Cafe_Saigon/03b8.htm
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102205619/subno/1
※3(参考)http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4406026606.html
※4(参考)http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/banndonnkaigi.htm
※5(参考)http://sankei.jp.msn.com/world/china/071123/chn0711230339000-n1.htm
※6(参考)http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/96-4/ichiyana.htm _,.、.,.、___,...,.、,...,,_
,-‐'~´´,_.. _, ~\
iw ィtfv心 ,、 =、__, i
`¨从从从从爻仆孑=彡ゞ、j
{i「`¨`v' ̄ ̄¨¨¨`ゞ::::::::::::ヽ
l| 乂:::::::::::|
. | .从:::::::|
{=;;,、,i レ-==;;、 ゞ_:::」
rァ-, | rァ‐- ./'^'!i
{.⌒ ,ノ ''" ゞ^ ノ
. i ,(_ ,,,.ゝ、 レ' \_
,-‐┤ '; \. |! \\_
_/{. ヽ `こ二ヲ、「 ,. | \
L_ `、`''''''" , / / __/
,/ `ーニニニニ'´ _,/ く ̄
\ ト-----‐''´/ \
\ ',. / /
\ ', / /
\. i / / >>183
ロンノルもそうだけど一番訳のわからんのはシアヌークだわ
わが国で喩えたら自民党のアメリカ犬に耐え切れなくなって天皇陛下が
共産党に助けを求めるようなものだぞ
一体何なんだよシアヌークって >>194
毛沢東は、自分的には、いい面も悪い面もあったとおもうよ。
彼がいなければ日本を含む列強にいいようにやられてた可能性大。
国共合作も英断。
文化大革命は取り巻きが悪い。 >>230
マオは軍人としては1流、政治家としては3流。
ぽる・ポトはどちらも3流。 >>195
礼儀正しかったというか、温和でゆったりしていたと聞く
>>230
あの毛沢東は「「力の70%は勢力拡大、20%は妥協、10%は日本と戦うこと」に使えと指示を出してるんですが
文革だって止めもせずにむしろ造反有理とか支持する方に回ってたのは確かだろ
ただ軍事的な有能さは認められるとこと、51年まではまともな統治ができていたとこは評価できると思うわ 今の世界を作った古い種を滅ぼし、新しい種で世界を一から作り直そう
そんなラスボス思考を実際にやっちまったのがポルポト? >>228
1970年3月にシアヌーク国王(正式には元首)が外遊病気療養中に
ロン・ノル首相兼国防相と副首相シリク・マタク(王族でシハヌークの従兄弟)が、
政府閣議と議会下院でシアヌークの廃位(正式には国家元首職解任)を決議してシアヌーク追放クーデターとなった。
軍部隊が反乱を起こしてプノンペン王宮を攻撃したり、シアヌークの近衛隊を
打倒した軍事クーデターではなく、政府内の会議や議会の議決によるサイレント・クーデターであった。
クーデターは、ペンタゴンがシアヌークを北ベトナムやベトコンと近い
「容共主義者」として疎ましく思い、親米派のロン・ノル国防相兼首相を支援して追放させたと言われている。
クーデターの直後には、米空軍が、シアヌークを批判中傷する大量のビラを空中からプノンペン市内中にばら撒いた。
しかし、このシアヌーク追放クーデターは、あくまでもペンタゴンの独断であり、
CIAは反対していたと言う。CIAは、シアヌークの農村部での神格化を良く認識しており、
シアヌーク無きカンボジア政府では、国民の支持が希薄で弱体化して、北ベトナム軍やベトコン、
ポルポト派と対峙出来ない事を良く把握していた。と言われる。 むしろCIAは、シアヌークを国王(元首)に据えたままカンボジア政府を右傾化させるべく各種
工作を繰り広げており、ホワイトハウスもCIAから、そう報告を受けていた。しかしその直後に
シアヌーク追放のクーデターがプノンペンで発生した為にホワイトハウスは大混乱状態になり、
ニクソン大統領は「ラングレー(CIA本部所在地)のアホどもは、一体何をしているんだ!」と
激怒した、と言われている。
この時点では、ペンタゴンとCIAは、対カンボジア政策にかい離が有り、
双方の調整が付かないまま、見切り発車的にペンタゴンがシアヌークを追放してしまった。
その為に案の定、農村部ではロン・ノル新政権の支持が広まらず、ベトコンと左翼勢力の
活動が活発化した。70年3月にシアヌークを廃位したロン・ノル新政権やペンタゴン、CIA
は半年近くシアヌークにカンボジアへの帰国と国王(元首)復帰を水面下で呼びかけた。
しかし、シアヌークは、既に近衛隊や王室顧問団をロン・ノル新政権に解体されており、
更に国王(元首)の権限を剥奪されアメリカやロン・ノル将軍の傀儡にされる事を予見
しており、彼らの帰国や復帰要請を無視し続けた。
そしてついにシアヌークは、中国の仲介斡旋でポルポト派と組む事を決定した。
ポルポト自身も中国からの要請でシアヌークを元首として遇する事を承認したと言う。
従来の敵であったカンボジアの左翼ゲリラを組んでシアヌークは、ロン・ノル新政権と対決する事にしてしまう。
これが悲劇の第一歩と成る。 ポルポトみたいな人、現実にもたまにいるよ。
山奥の農村で風変わりなことやってるオッチャンとか。
たいていは嫁に食わしてもらってるようなもんだけど。
すごい純粋で人格者なんだけど、でも家族以外は誰も関わろうとしないw 小乗仏教って暴力を容認するのか?
それとも単純に東南アジアが絵に描いた様な仏国土からはまだ程遠いだけなのか? アメリカが悪いわけだ。どんだけ混乱させて大虐殺招いてるんだ。
ニクソンか裏にいるキッシンジャーかしらんがピンポン外交も中国語を資本主義化して
日本を不況にした原因だぞ。 70年代もシハヌーク体制のままだったら、絶対にポルポト派が政権を握る事は無かった。
と言われている。
シハヌークの体制にも問題は、有るにはあった。
野党つぶし(サムクル一党独裁化)や立憲君主制潰し(絶対王政化)、
華僑を中心とする都市部のブルジョワジーと知識人からのシハヌーク批判、
シハヌークが気まぐれに政治や外国路線の右傾化と左傾化を繰り返す、などである。
しかし人口の9割を占めるカンボジア農民の圧倒的支持と
仏教保護者としてのシハヌーク神格化でカンボジア政局はシハヌーク中心に
安定しており、シハヌーク抜きのカンボジア政局は考えられなかった。
特にカンボジアの農村部は、ベトナムや中国の農村部と違い、階級分化が
発生しておらず、地主階級がほとんど居ない状態だった。カンボジア農民の
ほとんどが、中規模独立自営農民であり、農民同士の財産格差・農地規模格差の
問題はほとんど発生していなかった。
むしろカンボジア農村部の社会問題は、米穀商や食料問屋のほとんどを占める
華僑によるカンボジア農民への搾取だった。華僑によるコメの買い叩き行為の
方がはるかにカンボジア農民の怒りを勝っていた。
シアヌークは、米穀商や華僑によるカンボジア農民への搾取を止めさせる為に
国営商社や日本の農協組織を模範にした農民協同組合を国庫からの拠出で設立、
華僑系の米穀商を経ない流通ルートを構築させ、華僑によるカンボジア農民へ
の搾取行為を辞めさせた。また、日本の農協から農業技術者を招き食糧増産の
為の農業技術や農業土木技術の導入を図っても居た。 さらにカンボジア国内の大手銀行は、フランス系や華僑系だった為、
カンボジア王国が国有化し法外な利子での貸付をやめさせて、農民への
安い金利での貸付拡大など国内で農民保護策をシアヌークは積極的に行っていた。
その為に大部分が華僑であるプノンペンでのブルジョワジーは、シハヌーク政府
による民業圧迫だとし反発していた。このシハヌークの農民保護策で米穀商を廃業
に追い込まれた華僑も少なくないとされる。この華僑によるシハヌークへの反発が
ポルポト派を始めとする反シハヌークの左翼勢力を支持基盤となり資金源ともなる。
そして都市部知識人もそれに同調しており、都市部でのシハヌーク批判はそれなりに
大きいものがあった。しかしカンボジア王国では工業化政策をほとんど行っていない
為に都市部や工業地帯への人口集中が発生しておらず、都市部の人口はカンボジアの
一割に満たなかった。その為シハヌーク批判も都市部だけの現象であり、人口の大部
分を占める農村部の圧倒的支持を獲得しているシハヌークの政治的基盤は揺るがなかった。
カンボジア農村部では、
ポルポト派などの左翼ゲリラが支持を広げる余地は無く、
シアヌーク神格化もあり、カンボジア農民からはむしろ嫌われていた。
ポルポト派ゲリラの要員は、少数派でカンボジア農民から差別されている
山岳民族がほとんどであり、この事もカンボジア農民からポルポト派が嫌われる
要因の一つになっている。
このために60年代初頭のポルポト派ゲリラは農村部に支配地を拡大させる事に
失敗しており、山岳部のゲリラキャンプを維持するのが精一杯だった。しかも
従来からのカンボジア農民の差別的扱いに反発していた山岳民族は、ポルポト
派ゲリラになる事で農民への復讐を果す面もあり、既にこの時期から農民への
暴力行為や虐殺行為を行っていた。
これらの事情によりシハヌーク体制下でポルポト派が
農村部で支持拡大を行う事は、事実上不可能な状態に陥っていた。 中国凶産党は直接 間接 何人殺しつつ゜けるんや
殺しのプロだw
北朝鮮やタリバンもだけど組織が敗退に向かったら禁じ手だろうが教義違反だろうがお構いなしに麻薬や武器の密造に向かうんだよな。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています