カザフスタンの歴史
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世界地図を見れば誰もがその広さや位置に興味を抱くだろう
スキタイ族から始まり康居や奄蔡などの古代国家
次に突厥による支配そしてカルルク キプチャク カラハン カラキタイ キプチャク・・・
などテュルク系イスラム系の王朝が生まれては消えて今度はモンゴル帝国の一部として
それから数世紀が経ちようやくカザフ族が形成され独自の汗国を打ち立てる
しかし次第に北からロシアが迫り征服されるに至る
それから革命を経て社会主義国家となりソ連崩壊後にようやく独立 民主党には朝鮮人など外国人のなりすまし、スパイが約90名在籍している
野田内閣は過半数が帰化人
野田はどうだろうか
韓国人から賄賂を貰い、韓国人の集いに出席している野田は
首になった蓮○はシャブで逮捕歴のある人間と仲が良いな。蓮○自身はやってんの?
い-6-1
テレビが言えない民主党のスポンサー=韓国北朝鮮
あとはもうわかるよな
モンゴロイド主流の民族
ロシア人と混血したやつはブヨブヨのデブ白人で悲惨 >>3
そんな中年デブのロシア人に農村育ちの可憐なカザフ少女が中田氏されまくるって興奮するだろ? カザフ民族は遊牧やっていたから
農村といっても冬にしか帰ってこねえ場所だ。 ところがソ連時代にかなり定住化したようだが
あとシベリアに近い北方だと半農半猟の部族もあり収穫で補えなかった分を牧畜や狩猟で補ったりしてる
これはモンゴル族が高原へ移動する前の大興安嶺山脈付近にいた頃の生活スタイルと共通している やはりトルコ語話者はドルジのような
モンゴル顔だったんだな
昔ヨーロッパに乱入したフン族やアヴァール族もモンゴル顔だったろう 地域としてのカザフスタンは、ユーラシアの草原地帯の中でも歴史を辿るのが相当難しい場所だな >>9
この地域は結局外部からの記述じゃないと資料が残らないね
特にカザフスタンは中国からもペルシアからもかなり距離あるしな
だからこそ興味深いってのもあるが
草原の道と言われるようにただの通り道として片付いてしまうけど
国名となったカザフ族の場合は周囲の力が強過ぎて仕方なくこの地域に留まってしまった感じがする カザフ民族自体、東部と西部では出自が違うし
キルギス民族ともども南下してきていて入ってきた歴史がある。
同じトルコ系言語を話していても、南東語群のタシケントやカシュガルとは
別系統の北西語群であって、タタールやバシコルトなんかと共通性が高い。 カザフ族と言っても三つくらい分かれてたな
大ジュズは南部中心で伝統的な遊牧文化やイスラム教が強く残っている
中ジュズは北東部中心で最も定住化が進んでおり教育水準も高く有能な歴代ハンを多く輩出し人口も最多
小ジュズは北西部中心で独立志向が特に高くバシキールやノガイとの繋がりが深い カザフスタンはイスラム系の国にしては自殺率が日本と同じトップクラスに並んでるので
不思議に思って調べたらイスラム系は40%ぐらいでそれも戒律がかなり甘いという事だって。 >>8
ヨーロッパに現れた頃は混血しまくりで
白人顔になっていたのでないの?
黄色人種と白人が混血すると、ハーフくらいで相当白人顔になるから >>13
スーフィズムだから戒律は緩いね
あと国内の4割くらいが少数民族(ロシア系、ウズベク系、タジク系、タタール系、ウイグル系、ドイツ系、ドンガン系、朝鮮系)
本当に分けわからんよwwNYの繁華街くらい多種多様な民族が住み込んでる なんでカザフスタンの事について詳しいの?
ロシア語読めるの? ソ連時代は「カザク共和国」と書かれた地図が結構あった
首都がなぜか3度も変わった
1921-27 クズロルダ
1927-97 アルマアタ→アルマトイ
1997- アスタナ ブラジルもブラジリアが首都でも、経済の中心はサンパウロ
カザフスタンもアスタナが首都でも、経済の中心はアルマトイ
リスク分散という理由で遷都を行う国家は多い。 ブラジリアを建設したのはリオデジャネイロの首都の位置が偏っているというのが理由じゃなかったかな
ま、アルマアタも偏った位置にあったけどな こういう国家はどうやって国民意識を持ってるんだろうな キルギスなんかは
カザフスタン寄りの北部とタジキスタン寄りの南部で対立があり
2010.4に政変があったばかりだ 印欧語族⇒トルコ人⇒ロシア人⇒カザフ人
こんな感じで主要民族が変わっている。 >>24
ここ数百年はカザフ人だがそれ以前は「トルコ系」としか言いようがない。
「カザフ」と言うアイデンティテイはないだろうからね。
厳密にはカザフ人を含むトルコ系人と言うべきかな。 >>24 トルコとテュルクの使い分け覚えようや。
しかし、バクトリア故地のサマルカンドやブハラを抱えるウズベキスタンと比べると、
カザフスタンというのはいかにも地味ですなぁ。クルガン文化領域には一応かぶってんだろうが。 トルコもチュルクも語源は同じ。TurkkishとTurkicか? >>26
そもそもウズベクとカザフが分断状態なのが本来不自然なんだよ
中央アジアの国境線なんて元々スターリンの都合で作られたようなもんで ウズベクは遊牧民を祖先とするカザフ/キルギスと生態が違うでそ?
タジキスタンやウイグルの西南部分と近くて、もともとソグディアナのオアシス都市民でそ? >>29
いやだから変わらんって
ウズベクも語源となったように遊牧民であったし
そもそもカザフにも氏族によっては定住民もいる ホータンやカシュガルって、チュルクというより
アフガン・パシュトゥーン人っぽい生活をしている。
http://www.youtube.com/watch?v=xlNPHw3hQsU 中華王朝も絶好調のときはカザフまで侵攻してくるけど大抵は朝貢止まりだな
ロシアがやったような農民入植させるとかやらなかったのかな? >>32
モンゴルは中華風の遊牧文化
カザフはイスラム風の遊牧文化 でも農民ではなく遊牧か。
西北の馬家軍とかそういうのが東干人。
現在でも信仰を持っていれば回族中国人。 てかあの乾燥地帯じゃ農耕は不向きだな
辛うじてシベリア付近の黒土地帯じゃないと
古代から牧畜と交易くらいが主産業だから人口も増えない カナート(qanat)やカレーズ(kāriz) といった地下水路がある
天山南路だと農耕はさかんだったよ。 カザフ族は伊犁など北の草原の路から東進してきた。
大挙して東部へ入ってきたのは18世紀である。 カザフは元々ウズベクから離脱した集団が周辺の遊牧民取り込みながら形成したのが起源
だから各ジュズやその下部氏族もルーツはそれぞれ違うんだろうな
それらをしっかりと結び付ける求心力がカザフ語とイスラム教 コーカソイドとの混血度合いがウズベクとカザフでは決定的に違う。 ジュズの違いは今でも残ってるらしいけど、方言とかが違うの? カザフとかウズベクとかの、チュルク語の国々はモンゴル時代に線引きされたん? ブハラとかコーカンドとかいろいろあった。
スターリン時代に今の線引きができ
各共和国の公用語が決まってしまった。 アスタナをドームで覆って、中は年中常春の人工気候にするとか聞いたことがあるけど記憶違いかな なんでカザフスタンにしたの?
中央アジアスレじゃダメなの?
>>48
サマルカンドスレじゃないだけましだと思え 実はカザフスタンって余り歴史の舞台になっていないんだよね。
ウズベキスタンの方が圧倒的に存在感がある。ジンギスカンに
よってジェノサイドされたオトラルがカザフスタンだけど。 >>50
本当にただの通り道だからなシベリアと同じ
同じステップ地帯でもモンゴル高原や南ロシアのような中核を置く国家が現れない
トランスオクシアナ地域のような交易都市も乏しい 康居の研究ってないよね。
あんまり文化とか無かったのかな・・・
大月氏の研究は結構あるのに。 誰かこの本よんだ?お杉の評でだいたいのイメージはついたが・・・
『カザフ遊牧民の移動』 松原正毅著 / 『小説遊牧民』 イリヤス・エセンベルリン著 (評:杉山正明)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20120219-OYT8T00376.htm?from=any 後世のトルコ人てのはトルコ語を話すヒトって意味しかない
しかも、モンゴル時代あたりでは遊牧民の公用語だったらしいので、
ますます民族として主体性がなくなる
田舎者という意味もあったとか読んだね
もともとはオアシス地域の混血白人てな感じでOK? この地域には何世紀までマニ教が残っていたのだろう? 現大統領も一族による支配を企むなら、皇帝(ハーン)として即位すればいいのに そこで自重できないと袁世凱やボカサのような運命が待っているからなあ 康居の一部は南下して康国(サマルカンド)や石国(タシケント)になったらしく
クシャーナ朝とも婚姻してソグディアナを支配下に置いた
残った連中は北匈奴やエフタルや西突厥に服属、キメクやキプチャク・ペチェネグ・オグズに混じり、
アラル海北岸のカンクリ族になってホラズム・シャー朝に協力したとか モンゴロイドの血が濃い連中だ。
モンゴル人よりは日本人に似ている。 キルギスへいくと、もっと日本人に似ている人増えるぞ カザフとキルギス(クルグズ)ってすごく似てるけど、
歴史的にどこでつながってたのか分かんないよね?
むしろウズベクとカザフの方がいつどこで分かれたかはっきりしてるし。 古代のミヌシンスクのキルギスと今の天山山脈あたりのキルギス人との繋がり
がいまいちはっきりしないようだが、天山山脈あたりに長い間住んでるので
カザフと同じくモンゴルの影響を受け、また長い間隣人なので相互に影響を受けて
だいぶ似た感じになったのかなあ キルギスは細面、モンゴルは広面。
それらの混じりあったのがカザフ
カザフスタンのMTV見たらわかるよ
http://www.youtube.com/watch?v=hwCDU0zXUKo >>66
Мақпал Диханбаева
http://kaztube.kz/kz/video/40476
中国やモンゴルでも知られている歌手みたいだな そういえば、カザフのナザルバエフ大統領とキルギスのアカエフ元大統領って姻戚になったよね。
隣国とは言え外国と政略結婚するのはすごいけど、感覚的に日本の関東と甲信越くらいの違いなのかな? キルギスでも北部の平原地帯はカザフに近い遊牧文化
ロシアの影響を受けた都市文化、世俗的
南部のウズベク領フェルガナに近いとこはイスラム系オアシス都市
北部と南部の違いが大きい
選挙の対立点になった
北部住民は強いイスラム化は望んでいない
ウズベクで弾圧あった時に隣接するオシュに難民がきた
オシュはキルギス人、ウズベク人が住むが民族対立よりはオシュ人の意識が強い
むしろウズベク人でも母国から追われて帰れない人がいる
ソ連時代のほうが国境を気にせず行き来できた
カザフ、キルギス人は母国語忘れてロシア語話す人も多いし
民族の違いというのは感じてないだろう
カザフは大統領が長期政権で独裁だからキルギスでよかったという人もいる 石油もウランもあるから、原発でも脱原発でもOKな国だね。 ウズベク人にカザフ人に似てると言われた俺は朝鮮顔
つまりカザフ人は平たい顔族 ウズベク人は2割ぐらいコーカソイド形質が出るから
そういうのにくらべれば、モンゴロイド形質100%ってことだよ。 >>77
もっとコーカソイド色あると思うけどなあ、ウズベク人は。 日本人に似た人も多いカザフスタンの女の子の動画
00:40 関根麻里っぽいね
00:51 何ともいえないユニーク顔
00:53 日本のアイドルみたいで驚き!
00:58 紙に書いた目をまぶたに張りつけたような、こういう大きくて平面的な目をした人ってカザフ人画像見てるとたまに居るんだ
01:24 この人はキルギス女性
https://www.youtube.com/watch?v=bqk0JsBLsuY&feature=youtube_gdata_player カザフ人とキルギス人はモンゴロイドフェースだけど、
目の色が緑色の人がそこそこいる。
コーカソイドの遺伝子のなせるわざだな。 ウズベク人
コーカ:モンゴ=8:2
カザフ人
コーカ:モンゴ=2:8
ウィグル人
コーカ:モンゴ=4:6
ヤクート人
コーカ:モンゴ=0:10
トルコ人
コーカ:モンゴ=9:1 カザフ人はモンゴロイドが濃いと連呼してる人ってなんなの?
広大なカザフスタンの東西で全然違うと思うんですが彼は実際にカザフスタンへ行ったにも関わらず東の方しか見なかった
もしくは実際にカザフ人と会ったが東側の出身者ばかりとだった
とかなんですかねえ? カザフ語話していれば、先祖がロシアやアルメニアであろうがカザフ民族でしょ? カザフスタンの白人っぽい人って、ぶよぶよのデブか多いよね カザフの住人の約3割は欧州系だから。
ここで言っているのは土着の「カザフ人」のこと。
ほとんどモンゴロイド的だよ顔立ちは。ただし目の色が緑色なのは少なくない。
一部ウズベク人的な人もいるけど、何人か聞くわけにもいかなかった。 正式にフィールドワークとして顔貌と民族識別の関連を調査しに行った訳でもないのなら
そうやって独自研究でカザフスタン行ってきましたアピールしても信用されませんなあ(マジキチスマイル) >>86
でも行かなくても、YOU TUBEなんかである程度わかるけどね。
それが昔との決定的な違いだよ。
世界のほとんど隅っこまで映像が浸透している。 カザフスタン:国名変更へ…スタン取り近隣諸国と違いPR
http://mainichi.jp/select/news/20140209k0000m030025000c.html
ウズベキスタン、タジキスタンなど国名に同じ「スタン」が付く近隣の旧ソ連諸国との違いを出し、地域大国を世界にアピールする狙い。
新たな国名案として「カザフエリ」(カザフ語でカザフ人の土地の意味)を挙げている。 ソ連時代は「カザク」と書かれてたこともあったんだよな カザフ人ってこういうのだろ
ttp://sp.mu-mo.net/eizou/cinema/image/070521_borat_pic2.jpg カザフスタンに観光旅行に行ったとき、現地ガイドが説明してくれたことでよく覚えているのは
カザフはひとこぶラクダとふたこぶラクダの境の国で、東へ行くとふたこぶラクダが主流になり、
西へ行くとひとこぶラクダが多くなるとのこと。そういえば、エジプト観光で乗るラクダはひとこぶで
中国の土産のラクダの置物はふたこぶが多いと妙に納得した。
駱駝騎兵を調べるとひとこぶに乗った絵や写真ばかりだが、モンゴル軍の攻撃合図の太鼓は
ふたこぶラクダに乗せていたとありますね。カザフのオトラルはモンゴル軍によって殺戮されましたね。 駱駝騎兵はスマートで脚が長い、ひとこぶラクダのみで編成される
ふたこぶラクダは荷役畜で、そのモンゴル軍のもあくまで太鼓運搬のためのものだろう
ひとこぶラクダを愛好するアラブ人からすると、ふたこぶラクダは駄馬(駄駱駝)そのものに見えるそうだ ソ連時代はロシアと同じ国だったからロシア人も多かったけど、ロシアという
国になってからはもうロシア人はロシアに帰らなきゃいけない空気になって、
今のカザフスタンは白人がだいぶ少なくなったんだよね。地球から白人色が強
い地域がまた減ってしまったのはちょっと残念だ。 500年前に白人地域が激増したんだから
ちっと減ったくらい問題無い ユーラシア大陸なら東アジアと東南アジアは完全に黄色人地域、中央アジアの一部も黄色人
それ以外は全部白人地域だろ インド南部は微妙だろう、白人をコーカソイドと定義しなおしてもなお・・・
彫りが深いってのはあるが、あれはアンダマン諸島などのネグリトとの共通特性かもしれんし 白人以外の人口が多すぎるので
ちっと減ったくらい問題無い ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています