ローマ帝国滅亡から暗黒の中世へ
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ローマ帝国滅亡から暗黒の中世へ
文明が終わるということ
識字率そこそこ → 神父以外文盲
上下水道完備 → 糞尿垂れ流し
食器と食事道具 → テーブルのくぼみに盛り付けて鷲掴み
街道は安全 → 野盗・山賊だらけ
貨幣経済 → 物々交換
地中海貿易 → サラセン海賊跋扈
巨大建造物 → アーチすら作れなくなった
各地の特産物からなる豊かな食生活 → 雑穀雑穀雑穀、ちょっと小麦
地中海の覇者 → フン族、アヴァール、マジャール、ヴァイキング、イスラム、モンゴル、オスマンにボコボコ
人類史上最も幸福な時代 → 重税、蛮族の侵入、疫病、餓死、王侯貴族による圧政、教会による支配 >>674
そこでいう当時がいつの頃かさっぱりだが
ローマ末期〜中世初期の欧州では、スラブ語族は多数派じゃない アヴァールやブルガールが勢力を大きくできたのはスラヴと組んでその人的資源を活用していたから。 マジャール → ハンガリー
ブルガール → ブルガリア
アヴァール → どうなった? アヴァ―ルは胸甲、三日月刀、錘投式投石機と当時の中国の北朝の武装を
ヨーロッパにもたらした功績がある
投石機がトレビュシェットに発展した以外はすぐに廃れたしまったけどな アヴァ―ルは中国の鐙をヨーロッパにもたらした功績がある
鐙のおかげで西欧や小アジアの農耕民が重槍騎兵になれるようになった
鐙が普及する以前はバルカンの牧畜民が重槍騎兵の多くを占めていた >>680
よくある俗説
実際には「ハンガリー」という名称(そもそもハンガリーの自称はマジャル)と「フン」は全くの無関係とされてる 古代ローマの歴史書にフィン人についての記述がある
北欧との交易もあったのだろうか 蒙古班は優性遺伝だから過去にモンゴロイドと少しでも交わったことがあると
常に出続けるよ >>684
バルトからアドリア海までを繋ぐ「琥珀の道」という交易ルートがあった バルトからアドリア海までを繋ぐ「琥珀の道」はイリュリア人に由来するのかな?
ラウジッツ文化はイリュリア人の文化でゲルマン語派はイリュリア語派から
派生したという説がある
ラウジッツ文化圏がスキタイに襲撃されたてスキタイの支配下になったのが
イラン語の影響でスラブ語派になったという説もある
http://10000km.com/wp-content/uploads/2013/05/blonde1.jpg
http://10000km.com/wp-content/uploads/2013/05/blue_eyes1.jpg スキタイの中央ヨーロッパにあったラウジッツ文化圏攻撃・支配はペルシャ軍との戦いの激化によって後退したとされる。 ラウジッツ文化圏ってスキタイの一派でしょ
同じ三翼鏃使ってるし イリュリア人も半農半牧の騎馬民族で
イラン系遊牧民を模倣して鐙無しで両腕で槍を構えるカタフラクトをやれたので
カタフラクトがローマ軍の主力となるとほぼ帝位を独占するようになった >ラウジッツ文化圏ってスキタイの一派でしょ
ラウジッツ文化の遺構から襲撃の痕跡が見られる、というので
今現在の文化的な区分とは別に当時者には同族意識は無かったんだろう。 イランはササン朝滅亡以来パッとしないな
アラブに負け、トルコに負け、モンゴルに占領されイルハン国とか作られてるし
オスマン帝国との争いも競り負け、ロシアにも進出された >>692
いやいやスキタイ人同士でも争うのはザラにあったことだが
つうか近代に入るまで日本も戦争は99%同じ日本人同士のものだが
お互いを異民族視してたかというとそうでもないだろ >>693
オスマンとサファビー朝の戦いで、オスマンに競り負けたってのは違うと思うのだが 日本だと戦国時代は異民族視してそう
地方によって言葉が通じなかったし >>694
たしかにスキタイを中央アジアから追い出したのは同じイラン系のマッサゲタイで
黒海北岸のスキタイ王国を滅ぼしたのも同じイラン系のサルマタイだったけど
トハロイやキンメリオイなどイラン系ではない印欧語族遊牧民もいた 西からエフタル、突厥、柔然と並んでいて
柔然は突厥の東にいたからどうやって
西へ移動したのかわからない
月氏の場合は月氏、匈奴、東胡と並んでいて
月氏は匈奴の西にいたから西へ移動出来た フン=匈奴だって、欧や中ではほぼ確定ってノリなのに
日本だけ懐疑的な姿勢w
中国ではアッティラは阿提拉単于、フン族は欧州匈奴って表記される >>702
別に主流だからって必ずしも正しいとは限らないからねえ >>699
厳密に言うと柔然が滅んだあと、その名を騙った突厥の従属部族で本物ではない
600年に突厥可汗がマウリキウス帝に宛てた書
「わが突厥はエフタルを破り、アヴァール(=柔然)を滅ぼした、 今(600年)アヴァールを名乗っている民族は偽者だ。
元はウァル(ウラル)とクンでティル川(ボルガ川)(にいた)。突厥のものだったのが逃げ出して 東ローマ帝国に入ってきてるので返してくれ。 マウリキウス帝はアヴァール族とスラブ人をバルカンから撃退後
602年にさらにドナウ河北岸での越冬作戦を軍に命じたので
兵士らが反乱を起こしてマウリキウス帝は殺されてしまった
これはアヴァール族を捕えようと無理をした為だったのか 701
西からエフタル、突厥、柔然と並んでいて
柔然は突厥の東にいたからどうやって
西へ移動したのかわからない
↓
704
厳密に言うと柔然が滅んだあと
その名を騙った突厥の従属部族で本物ではない >>702
匈奴を「きょうど」ではなく「フンヌ」と読ませると良いのかもね >>667
アレクサンドロス大王の英雄譚も良いけど
個人的には十字軍の方がワクワク感が半端ない
異教徒ぶっ倒して聖地奪還とかこれ以上のロマンはないわ
聖十字架を発見した騎士たちの感動も一入だったろう >>715
少年十字軍の末路が気になる
2万人の子供達が参加して
最後には奴隷として売り飛ばされたそうだが
やっぱりロリショタ性奴隷として売り飛ばされたんだろうか 西欧では王侯貴族といえども所詮はゲルマン蛮族の末裔だから
古代ローマ文明の唯一の生き残りとも言えるカトリック教会が高い権威を持ったんだよ >>399
ユダヤ教
キリスト教
イスラム教
全部崇めてる神は同じ
ただしキリスト教だけ父(唯一神)と子(キリスト)と聖霊の三位一体(3つだけど唯一神)とかよく分からない事を言ってるから
ユダヤ教徒やイスラム教徒から
それは屁理屈じゃね?一神教じゃなくね?って論争の種になっている お前ら少しは京都大学学術出版会から刊行されている傑作『西洋古典学事典』を読め。
よいな。 フランス革命の時、貴族は国外に亡命できた連中以外は皆殺しにされたの? 現在でも貴族は残ってる
けども逆差別を受けてると以前テレビでやってたぞ >>723
逆差別もあろうけど、パリやらにほぼハイクラス専用の店とかも結構あったりして、何や彼やと影響力あるよね
ちなみに王政復古時にウジャウジャ帰国もしてるなフランス貴族 >>715
とかいう坊主の釣りに騙されて
中東の野晒し死体に成り果てぬ ロシア革命の生き残りもちらほら
「赤い伯爵」アレクセイ・トルストイみたいな人もいたし、多少はね? >>2
キリスト教が入って文明が後退して貧しくなったんだから、因果が逆だろ。
イスラム圏の隆盛で、イスラム圏に保持されていた天測や冶金技術の再導入が為され、法王庁の権威失墜。
ルネッサンスと宗教改革が始まり、新旧両派の血を血で洗う抗争〈三十年戦争〉の結果、両社ともくたくたに疲弊し、
もはや宗教の時代ではなくなるとようやく気付いて近代に向けて再開した進歩が急加速、 >>120
ブリソン人・ゲール人・アングロ人各派諸部族入り乱れての抗争時代 >>710
モンゴルの匈奴航空は、英語ではフンヌエアーだぜ・・ ゲルマン人はなかなかローマ化しなかったけど
キリスト教はすんなり受け入れたな サラセンやバイキングが跋扈する時代はローマ一強時代に比べて地中海貿易が衰退したかというと、そうではなさそうだ
この時代からイタリアは多強時代に突入して都市国家が発展してルネサンスにつながっている
モンゴル侵攻とペスト大流行が13世紀で、この時代にベネチアとジェノバは地中海の覇権を巡って衝突をした
基本的には良くも悪くも世界貿易は拡大し続けているのだろう でもイスラム海賊がヒャッハーしてるからローマ時代のほうがいいな
ポンペイウスみたいに海賊一掃してくれないと安心できない 地中海をイスラムに抑えられたのでカール大帝はゲルマニアに活路を求めた
サグセン戦争によりドイツが建国するとそれに影響されてポーランドや
ロシアも建国して東欧が定住化文明化していった
蛮族らが定住化したのでモンゴルが攻めてきても民族大移動は起きなかった
かつてプトレマイオス朝によってエジプトが地中海の穀倉化すると
黒海北岸のボスポロス王国は穀物輸出競争に敗れたので
ギリシャ人による黒海北岸の農業開拓は停滞してしまった >>738
「ヨーロッパ」の領域が800年ぶりに東へ拡大したのはイスラムのお陰か >>740
地中海から締め出されたのでヨーロッパで拡大せざるえなくなった
ギリシャ人の場合はアレクサンドロス大王がオリエントを征服したので
ヨーロッパへ移住する必要がなくなった
アレクサンドロス大王の征服がなければおそらくアナトリアではなく
ウクライナがギリシャ化したかもしれない >>738
フランク王国はフランスの原型なので
シャルルマーニュと呼ぶべきだろう >ヨーロッパへ移住する必要がなくなった
めっちゃ移住しとるが
エジプトや北アフリカへの移住何て紀元7世紀頃にはすでに始まってるからな つうかポスポラス王国も知らんのか
当時の黒海や地中海沿岸でギリシャ人がいないとこなんてないからな >>742
それを考えると、ギリシアはオリエントの一地方、
ローマはヨーロッパの原点という風にいえふな 地中海沿岸はギリシャ人にとって最適だったけど
黒海北岸はギリシャ人にとって寒過ぎたようで
温暖なシリアやエジプトへ大量移民が可能になると
黒海北岸へ入植者は減少するのでポスポラス王国は
過疎化衰退してしまう事になった
さらにポスポラス王国からもより温暖な地へ移住する
ギリシャ人もかなりいた事だろう >>722
>>726
帝政ロシアの身分制度だと、軍の将校と、管理職以上の役人は基本的に全員貴族だから、
貴族を全員処刑・追放したら、行政機構が崩壊する。そもそもレーニンが貴族だし。
(貴族しか軍や役所で出世できないのではなく、平民でも出世すれば貴族に任ぜられる)
フランスも、多くの貴族が処刑されたのは、ジャコバン派が実権を握っていた一時期だけだし、
その時期だって、建前としては反革命とかの罪状で有罪になっていて、
貴族であることを理由に処刑されたわけではなく、革命期にずっとフランスにいたのに生き延びた貴族もたくさんいる。 100人余りの歩兵が魚の鱗のような陣形や盾を持った陣形を組み、土で築いた城の外に木の城を築いていた。
『漢書・陳湯伝』
これひょっとしてパルティアとの戦いに負けたローマ軍の敗残兵かな? >>1
水道橋やパンテオンなんかを作る技術者集団がいても、混乱でバラバラになったり
パトロンがいなくなれば腕を振るう機会もなくなるなぁ。
仕方なく農業か牧畜なんかで糊口をしのいでいる間に、技術も失われてしまう
ゲルマン人「ウホッ?学問?建築?芸術?そんなもんどうでもいいから飯寄越せ!」
教会「神さえ信じていればいいのです。余計な本は燃やしますね。あと邪教の者は処刑です」
こいつらじゃ雇い主にならないからな
たとえば建築技術でも50年くらい誰も使用しなければ継承する者がいなくなり断絶する
考古学の発掘から西ローマ帝国滅亡後から数十年後あたりには生活水準がかなり衰退していたことが証明されている ローマ建築は耐久性に優れ過ぎていたのでメンテナンスフリーで
技術の継承が途絶えてしまったのかも?
ササン朝ペルシャのメソポタミアとイランの建築は
日干し煉瓦なのでこまめに煉瓦を交換しないとすぐに風雨で傷んでしまう >>715
十字軍w確かに楽しいけど
第1回十字軍の前に行われた民衆十字軍なんて
五胡もビックリの虐殺狼藉ヒャッハーな挙句
エレサレムに程遠いトルコ辺りで正規軍と戦闘になって一瞬でほぼ全滅
赤眉賊や黄巾賊もビックリの烏合の衆w シリアあたりからペルシア、中央アジア、華北に至る日干煉瓦建築地帯は
古い建築がなかなか残らない
それに比べてローマやエジプトの石造建築は半永久的に残る シリア アレッポ ダマスカス パルミラ
ペルシア ペルセポリス エスファハーン
中央アジア ブハラ サマルカンド コーカンド ヒヴァ テュルキスタン >>742
ポカイア人の南フランスやドーリス人のシチリアへの入植も知らないんですかヤダー
オリエント地方の入植もアレクサンドロス以前から始まっていてペルシャ軍も歩兵の主力部隊はギリシャ人なんですけどね >>749
レパント地方へのミケーネ人の入植は紀元前13世紀
アナトリアにミレトスが建設されたのは紀元前11世紀
エジプトにナウクラティスが建設されたのは紀元前7世紀
一方クリミア半島への移住が始まったのは紀元前5世紀からで植民地としての開拓はもっとも後発なんだけどね そんな高校世界史教科書でも書いてある事は
お前以外の人もみんな知っているよ馬鹿が クーロス像 紀元前7世紀
https://cdn.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/15/87/45/src_15874503.jpg?1281578589
メンカウラー像 紀元前26世紀
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/8/88/Menkaura.JPG
ギリシャ人はもともとトゥキディデスが言うように元々は略奪を主とする海賊に過ぎなかった
それが各地に入植するにつれ、特にエジプト人から建築、芸術、学問を学び文明人となっていった
もしアレクサンドロス以前に東方への植民がなければ、ガリアやゲルマンとそう変わらない野蛮人の群れに過ぎず
ミレトス学派やイオニア学派も存在しなかったであろう >>759
知ってたら>>749みたいな間抜けなことはかけないわな
インドへの植民もアケメネス朝時代には始まっており
アレクサンドロス大王もインド遠征の際に当地のギリシャ人移民にあっている >>760
けど瞬時に師匠であるエジプトを越えてるんだよな
例えば日本が中国を越えるのにどれほど長い時間がかかったか考えると驚異的 >>761
要するに規模の違いだな
10万人が移住する事と100万人が移住する事に
違いがないという事ならばあなた言う通りだ NHKの「古代ギリシャ白い文明の真実」はよかった
古代ギリシャは貧しく、多くの若者が各地へ傭兵として離散していく事となった
その結果、帰還した傭兵によって世界中の技術がギリシャへともたらされた >>761
お前が何人かはわからないけど
日本人は喧嘩腰の相手とは議論はしない
お前はお前の同胞と議論しなさい ゲロノイは本当にギリシャ人だったのだろうか?
ギリシャ人だったとすればギリシャ本土からの移民なのか?
ではなくてゲロノイの地こそギリシャ語派の発祥の地で
ギリシャ本土へ移住した者と残留した者に分裂したのか? チンチンが本体というのは言い得て妙よな〜
同じ型のY遺伝子をユーラシアに広めたのは事実なんだし 虐殺レイプやりたい放題
その辺一般のモンゴル人はあんま知らないのでは
たぶんモンゴルの大河ドラマみたいなので美化されてるんだと
ちんちんもどーかと思うがコロコロコミックじゃなあ >>770
金!暴力!セックス!をここまで地で行った男もいないだろう
>>771
アレクサンドロス大王のマケドニア軍も
アケメネス朝を占領した時は略奪・暴行しまくりよ チンギス・ハンに比べたら董卓も石虎もまだ可愛いもんよ >>770
まだ、こんな頭の悪いガセ信じてる奴いるのか
本人の墓も見つかってないどうしてそんなことがわかるんだ
>>771
そんなんどこの戦争でもそうだし
戦国大名も奴隷狩りやレイプは当たり前にやっていたが日本人にとって「英雄」なのは間違いないだろう ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています