食物と酒、嗜好品の歴史@世界史板 101皿目
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蔵屋敷とは何かなんて中学レベルの基礎知識だと思ったんだけど今は違うのか? 食の安全保障としては金額ベースに意味がない。
金額自給率100%でおなかが一杯にならない。
理想は栄養ベースだけど算出は容易じゃないのでカロリーなんだろう。 江戸時代から戦前にかけての日本人はアホみたいに米ばっか食ってたらしいな
だから背が低いという その反動で近代になると富国強兵のため栄養に拘る様になった。 米は一年程度なら保存が利くけど、それ以上の長期保存には向いてない。
現代の冷蔵技術が整った保存法でも、古米ってマズいでしょ?
蔵の中に入れておけば財産になるような物ではないのだよ。根本的に。 古米を炊く時には蜂蜜を加える。
俺はそれで5年前の米を食べてる。 >>901
堂島に行っても蔵屋敷なんて一軒も無いし
仕方なかろう >>905
たしかにコメは精米してしまうと一年ももたないが、
モミもままならば何年も、条件が良ければ何十年ももつ
もうちっと良く調べろや 年貢で〇公〇民っていうのは〇民のほうを農民が食って
〇公の方を年貢に取られてそれが江戸や大坂の蔵屋敷に
運ばれて売られるんだろ
このへん義務教育で習ってないのか? ちなみに検地は100年に一度レベルでしかやんないので隠し田が多く
農民は「副収入」が多かった まさに豊かな農民にだまされて貧しい武士が貧困にあえぐ不思議な国だったのだ その辺は地域によるがな
加賀とか薩摩はやたら検地をするので
ソロバンができる藩士が多かった サツマイモが普及したのは江戸時代中期以降。
それ以前の薩摩の百姓はなに食っていたんだろうか >>910
まあ五公五民とするか。領主が出来た米の半分を持って行くと。
江戸や大坂の蔵屋敷に運んで、換金したりある程度は食べるだろうな。
武士ってのは当時の世の中に1割しかいない。町人もせいぜい1割程度。
日本で生産された米の5割を2割の人間で食べ尽くすのは、無理だと思わないかい?
ちなみに江戸期に米の輸出はほぼ行われていないよ。鎖国だし(笑) 議題となってんのは農民が米を食ってたじゃなかったっけ?
>>915は何の話をしてるんだ? >>909
モミもままでも劣化は進むよ。飢饉とかの本当に喰うものが無いときは別として、
劣化が進めば価値だって下がる。それに米をため込むって言っても程度があるだろ。
蔵の広さってのは限界があるし、在庫コストは無視できないってのは今も昔も同じだ。 集めた年貢のうち武士が食わない分は全部売り切らないと藩の財政がピンチになるんですが 百姓って言っても全員が米を作る農民ではなくて
甲州あたりの百姓みたいに桑作って生糸とってそれを売った金で
年貢を納めたり米買ったりしてたとか作物は色々っすよ 買う人がいないと売買は成り立たない。
買った人は自分で食べるか転売するかしないとな。
米俵を積み上げて鑑賞するって変な宗教があるなら違うけど。 蔵元と札差ではどっちの方が力があった?
両者とも明治維新であぼーんしたの? いつの間にか議題は江戸大坂の維持費の高い蔵屋敷に
高い船賃を出して米を運び込んで腐らせていたかという
話になっとるんかwwwww >>895
琉球も気候はともかく水の確保が難しくあまり米作には適していない >>918
なんねーだろ。
お米が貨幣で、お侍のお給料も、出入りの商工民の支払も、賦役に駆り出したときの日当がわりの昼飯も
お米なんだから。 >>882
アレクサンダー・フォン・シーボルトも来日した時の日記に同じことを書いていたな
住民の自治レベルや気風が都市と農村では大きくことなると
普段武士と接して抑圧されてる町人が卑屈になるのは仕方ないことだろうけど 約3000万石とされる石高は、米の収穫高ではない。
石高といってもコメ以外のものも含まれるのであって、
江戸初期の正保期の統計によると、石高の内約7割が田であり、
幕末の時点で田の石高は2200万石程度です。
実際の年貢は1200万石を超える程度で、五公五民よりもかなり少ない。
これは明治初期の税収データをもとにしたものである
さらに「年貢米」となると、もうちょっと少なくなる 幕末の米の平均収穫高を玄米換算で2800万石とし、その内1200万石の米が税金として
取られたとして、2400万人の農業従事者の元に残る米は1600万石。
この場合農業従事者は1人当たり6斗7升の米を消費できるので、
米食率(1人平均年間1石2斗で計算)は約55%となります。
しかし農民はコメを全部食べるわけにはいかない
米本位制なので、生活必需品を買うために米を売らなければならない。
だから実際に食べられるコメの量はもっと少なくなる 税収の1200万石の内、武家・寺社等特権階級400万人が米食率100%として480万石を消費し、
残る720万石が特権階級の収入源として流通にまわります。
そこから加工用340万石を除くと、米として消費できるのは380万石となり、
これを非特権階級の非農業従事者500万人(町方や林業水産業従事者など)が消費するとなると、
1人7斗6升の米を消費できるので、非特権階級の非農業従事者の米食率は63%となります。
いずれにせよ全人口が米を毎食食べるには足りなかったのです。
また米以外の作物もカロリー源として重要で、大多数の百姓は「米が食べられなかった」のではなくて、
麦などを混ぜた雑穀米を主食とし、「白飯を食べなかった」ということになります。 おしんじゃないが米だけでなく米に色々混ぜてたのが近世だな >>927
五公五民の年貢が1200万石なら石高は2400万石だろ 正直に言うと、俺はJK見学店に出入りするようになったのが40過ぎだから見学では抜かない派。
ただ、あちこちのリフレやら派遣で会った複数の見学嬢の話しを総合すると8割〜9割の奴が堂々と抜いてるとのこと。
中の様子はパフォ中もある程度見えるし、近づくと顔も見えるらしいが、見学嬢は抜くのが当然と思ってるよ。
何人かの嬢には、抜かないのに何でくるの?とか、抜かない人見ると逆に不安になるとまで言われた。
見学では、堂々と抜くのが正解。 >>937
城下町とは本来は軍事都市であり
町人は準戦闘員であって、支配階級側だよ
だからコメは優先的に回されていて、飢饉で餓死することは無い 町人は軍役もなければ扶持米も貰ってないのにそれは無理があるわ 商店の丁稚の食事は飯と味噌汁(実なし)と漬け物だけで超質素だった
おそらく農民の食事より貧しかったはず
それでも飯は白米だった
現代の我々だって雑穀を食おうとしたら米より却って高くつく
雑穀は基本的に商品として流通するものではないから
商品として流通してる食料を購入して食ってる都市住人には無縁な物なんだ >>939
お前の無知から出た感想なんぞ要らないから そもそも城下町で戦争なんて日本では滅多に無いだろ。
城の数はいっぱいあるのに、町で戦争したのは、応仁の乱、上田合戦、大坂戦役、戊辰戦争で、小倉、宇都宮、会津、函館。
応仁の乱の京は城らしい城は無いしも、上田合戦は城下町とはいいがたい山城のようなものだし、函館はにわか仕立ての
洋風の築城だし、小倉攻略は毛利勢が町に入る前に城を焼いて小笠原勢は退却している。
実質的にはの大阪戦役と宇都宮会戦と会津戦争しかないわけだ。それぞれ、夏の陣・冬の陣、白河城・若松城と別に勘定しても、
計5回。 >>938
>城下町とは軍事都市
それ惣構えだけやん
>町人は準戦闘員
それをやった画期的な藩が幕末の長州藩
法的に町民が戦闘員だった証拠はなく、事実上の運用も特殊なケースしかない
八王子同心のような平民と武士の間のような人間はいるが町人はそうではない
お前が夢想家で無知 そもそも城下町なんて平和になった江戸時代以前はほとんどなかったんじゃねえの
当時は百姓には誰でも兵役がかけられていていたけど豊臣期の総無事令と刀狩りによって
百姓は兵役から解放されて一部の兵役負担者だけが士分として取り立てられたって感じだけどな
黒田基樹や藤木久志の著書によると 「農民は腹いっぱいに米を食っていた」の次は
「町民は一般市民だった」かよw ウリたちは腹いっぱいに糞を食いたいニダ!
チョッパリは奴隷ミンジョクだったニダ! まあ「江戸煩い」って言葉があるのだから
町人が白米ばっか食ってたのは、可能性が高いな。 落語を思うに庶民が漢文を読めるのが一般的とはとても考えられないな 戦国時代、日本にやってきた宣教師共は米飯を食ってたのかな? そう思っている人はみんな呆れて別のスレに行ってるよ 通説を論破したヲレすげ〜系のキチガイが粘着かいな…。
作家とかにも多いし、しょうがないこととはいえ、せめてコテハンぐらいつけてほしい。 >>950
雑穀は商品として流通してないから都市民にとっては却って米よりも入手困難 >>951
あーら、わがきみ。しらげのありか いずこぞや >>946
反論できない雑魚の典型的な反応でクソ笑えるW >>945
そもそも論点は江戸時代の話
既に兵農は分離済みの時代なのに町人が準戦闘員ってありえない話
米は管理しやすいので外征軍に適してたので雑兵も食ってただけで
上層階級に属するから食ってた訳ではない >>947
仮にも学問板なら中世近世を論じるときは市民を民衆という意味で使うのは不適切 >>947
>腹いっぱいに米を食っていた
自分が追い込まれたため相手の主張を捏造し始めてるなw
そんなこと言ってる奴はどこのいるんだ
腹いっぱいなんて誰も言ってなかろう
惨めな奴だw >>960
町人の数はほぼ武士の数と同じくらい
ただし非正規の出稼ぎ労働者の数は入れないものとして
つまり町人は日本の人口の一握りでしかないので、
これを大多数を意味する民衆と呼ぶのは不適切 ここにいる低脳は兵農分離を勘違いしているようだが、
兵農分離とは「軍務につかせない」ということではない
もともとは武家奉公人や中間(武士の召使い)を身分制度で
百姓や町人に固定したことからもわかるように、
百姓は食料を生産して武士を支え、町人は城普請や武具を作成して武士を支えた
城下に住める武士や町人は、いざとなったら城を守るために戦うわけで、
現代風に呼ぶならば、町人は軍属ということになろう いい加減コテハンつけろと言っているだろ。日本語すら理解できないのか、このキチガイは。 >>964
www
戦うわけでというがそれが法定されていないと軍属ではないぞ>
戦争になったとき軍人に志願するのは現代でもあるがそいつを軍人なんていわん
あとまた主張を変えた
軍属と準戦闘員は明白に違いますw
お前はまず日本語を学べ
>>963
反論できない雑魚w >>962
ああ
やっぱわかってないww
民衆ことポポロは大多数って意味ではありませんw
お前さては市民を都市住民ぐらいの意味に捉えてるな。
わざわざ世界史板と断って区別してるのにこの誤用は完全に基礎的知識の欠如
市民は本来参政権かそれに準じる特権を持ち、多くは軍役もある、準支配階級
今は普通選挙が行われているので無知な一般人は区別がついてない
おまえのようになw
市民と対比したときの民衆とは自由民か奴隷かは別にして参政権がないような下層、中層民だ
こんな基礎的な話を説明しなきゃいかんとはな
普通は指摘されたらすぐ気付く >>966
>>967
バカ発見w
江戸時代の話をしてるのに「現代の法律によれば」とか「普通選挙が」とかアホかw
「現代的な意味で呼ぶならば」と仮定で言っているんだから、
違って当然だっつうの、バーカw
重要なのは、人口の一握りの町人たちが白米を食えるのは
「たまたま運が良かったから」では無い、彼らは戦(いくさ)を支えるものとして、
忠義心から武士たちをサポートしている立場にある、ってことだマヌケw >>969
一部でなくて町人なら大多数でしょうに。
運でもなく、武士をサポートする立場でもなく、単に効率が良いから、米食ってる。
生産量最大の穀物であり商品であり江戸時代には貨幣もある米穀は大量に町に集まってくる。
それなのに、わざわざ生産量も少なく町に集まってこない雑穀を手当てするようなことはコスト的に無駄。
穀粒の形状・性質からも、玄穀から少ない加工々程で食べられる米は、労働効率的にも始終忙しい商工民の
食べるものとして適している。 そもそも「コメが高級品」って日本人の意識はいつの時代に生まれたの?
それこそ弥生時代からコメってコモディティ商品でしょ?
「コメすら食えないほど貧しい」って話はあっても「コメが食えるのは金持ちだけだ!」って話はどう考えても成り立たないよね
中世ヨーロッパだって(ライ麦等しか育たない高緯度地域を除けば)小麦はコモディティ商品だった >>972
需給バランスが破綻したのは、明らかに明治以降だろうな。
知っての通り明治以降はすさまじい勢いで人口が増える。
一方で、米の生産量なんて簡単に増やせないだろ? >>970
江戸時代の大都市のコメを流通から考えるのは、間違いではないが完璧でも無い
なぜならば大飢饉が起きても大都市では普通にコメが食えたからだ
日本では何度も天候不順による凶作にみまわれているが、
そうなった場合には流通においては末端が枯れるのである
なぜならば生産者が自分の食べる分を確保して、供給を止めるからだ
これが当たり前のことなのである
たとえば江戸時代以前では、鴨長明が記しているように、
凶作になると京都の市中では餓死者の死体が当たり前になった
たとえば戦中戦後の食糧難で餓死するのは都会の人間で、
田舎へ行けば飢えをしのぐことができた
江戸時代ぐらいなもんである、生産者に大量の餓死者が出るのは
べつに江戸の農民たちがお金が欲しいから餓死しても良い、と思っていたわけではない
それは政策として武士階級と町人にコメが優先的に回るようにされていたせいである ガイジの板違い発狂いいぞ〜これ〜(いいとは言っていない) >>970-971
多数 1/2を超える数
大多数 2/3を超える数 >>964
武家奉公人=町人ではないし
町人には扶持米は支給されてませんけど
負けたくないという熱い意思は伝わって来るけどもう諦めたら? >>972
俺もその意図で、すいとんの話をしたんだけどね。
米が優れていたのはその圧倒的な換価力で、貨幣と商品の中間のような性質を帯びていた。
換価性に優れていることと、それが高価であることは、論理的には必ずしも関係がないし、
食物としての効用を高く認められていることとも、必ずしも関係がない。
江戸期においても、小麦は基本的に地場の流通だけだったようだが、
それは小麦食が米食に比べて味が劣ると考えられていたことを意味しない。 中間じゃねえよ。
社会制度的にバリバリ中世型封建制の江戸時代には、お米は貨幣だよ。基軸通貨だよ。 >>969
>「現代の法律によれば」
はて脳内で妄想されているのでしょうか
抽出レス数:1なんですけどw
>現代的な意味で呼ぶならば
これもどこにかかってるんだw
まず日本語を勉強しろ。マジモンの中卒やんけw
コメ以前に市民に関する基礎知識もなく論じなさんな。
中間、奴でさえ忠誠心はないのに大工が誰に「忠」があるんですかね
当時の忠義は特定個人に捧げられるものですがw
しかし現実ではもう交流できないほど頭が悪い人と交流できる貴重な場
むしろありがとう。貴重な体験だ >>934
加工用が多くなったと言うよりか、
江戸時代の『米』は半分 実質通貨みたいなものだから、
藩の経済力の分として 『物納で、生産地から→蔵屋敷(藩や商人)→消費地』と回る訳だが、
経済が活性化してる時は まぁいいんだけど、
いったん不作とか不景気とかが重なると 米価が跳ね上がって 供給不足になって、
→それを見て売り惜しみで 蔵に米を貯めこむと言うような
供給不足と 米価の不均衡がより顕著になってくる。
小判や銀とか蓄財できる層はいいんだけど、
江戸時代の商人は物流、(物を仕入れて売りさばいてナンボだから (北前船とか etc)
米を仕入れて 売ったりとか (仙台藩は 自分の藩で米中心に作って江戸に売ってた)、
商人が儲かってたかと言うとそうでもなく 破産や打ちこわしや取り潰しとか色々苦労してる。
米価が安くなりすぎると江戸市中とかにお救い米が出たりするけど
(江戸は各藩江戸屋敷の普請や 支払いその他が多いので その決済分の米が集まってくる)
そういう安い時に買い付け出来る藩とかはほとんどない訳で
貧乏な藩や貧困してる藩は 経済力がないので ますます米が回らなくなる。
そういうの食えるのは大工や鳶とか駕籠かき 日雇いのドキュン層とかで
そういう人たちも 今日は食えるけど やはり体力勝負なので 体を壊して早死にするひとが多かった
米以外の副菜を食えないひととか 疫病が広まった即コロリだし… >>981
江戸は普通に信用貨幣が流通してますが。
金、銀地金と貨幣の相場が違う
貨幣的にも使われてますが商品でもあることに相違ない >>984
幕府発行の小判は、金貨とは言い難い品位で、或る意味、信用貨幣だな。
一両に保障されてる金の量がどんどん減ってきてる。
まあ、補助貨幣だから、その時に発行数・発行額麺を水増ししても別段困らないわけで、
米将軍吉宗公の時代の元文小判はそれまでの金の分量が半分。 >>986
ある意味もなにも幕府の役人がそのように認識してたんですが
>>985
一体なにを言ってるのやら
機軸通貨がコメというなら意味不明です
兌換性の面で圧倒的に金銀貨が貨幣ですよ
米を生産力の基準にして重要だったのはそうですけど
価値の尺度は米もその役割をにないましたが、交換の媒介、価値の蓄蔵機能は金銀銅貨に移ってますよ 米は結局食べてしまうものだから、価値の保存ができず、貨幣たり得ないんだよなあ。
しかも、江戸時代には金銀銅の真正の貴金属貨幣が、定量的にも定性的にも問題なく整備されていた。
これらの相場は自律的に決まっていた。これら、国内で問題なく通用していた金属貨幣を差し置いて、
米が江戸期日本の唯一の本位貨幣だったとは到底言えないw
この問題、江戸時代において「土地は誰のものか」という問題と絡んでいるように思う。
今どきこんなことをいうと、逆に化石左翼に認定されそうだが、ww
場所によっては徹底的に形骸化していたはいえ、土地を持っていたのは依然として「領主」だったんだよ。
土地を持つことの経済的リスクは、あくまで封建時代らしく領主が負っていた。
農民は本百姓でもこのリスクを直接には負っていなかった。あくまで秀吉が確定した直接耕作者でしかない。 >>987
一両の金の分量が保証されていなくて兌換性が無いから小判は信用通貨なんじゃあないの?
兌換性のある本位通貨なら、金の分量が保証されてるわいなw
で、お米の一石の量は京も大坂も江戸も薩摩も松前も同じ一石。経済指標も、公務員の俸給も、庶民の課税も、お米。
それなのに、江戸幕府政治圏での本位通貨で基軸通貨がお米じゃないってどういうことよ? >>989
どっちも中学レベルの知識無いから同じ人の自演だろうね >>982
スゲー低脳がファビョってるw
2チャンネルで「日本語がおかしい」って言う奴は、たいてい頭がおかしいんだが、
こいつはまさに典型的な精神失調者だわな笑えるw
ねえ「中間、奴でさえ忠誠心はない」って、どこのラノベに書いてあったの?w
それともたまたま見ていた時代劇のセリフかな?アホw >>982
中間だの奴だのが家紋入りのハッピを着ているのは、藩を後ろ盾にしているからだ
だから奴らが大騒ぎしても、江戸の捕り方は手出しができない
江戸に赴任してきた諸藩は治外法権とされるからだ
まあさすがに「刃傷沙汰」を起こしたら黙認されるわけにはいかないが、
そうした度を超した場合には「藩からの追放」すなわちクビにされてしまう
そうなった場合は無宿人と同じ扱いで、即捕縛されてしまう
無宿人はそのままでも佐渡金山送り、何かしでかしていたら獄門打首である
本当に中間奴に「忠誠心が無かったならば」クビにされても文句は言えない、
もちろんそれは単なる「ポーズ」なのであって、結局は藩の命令に従うしかないのだ
藩の命令に従うならば、客観的に見て「忠誠心がある」と言えるわな
いわば酔ったサラリーマンが粋がって会社に文句を言っている姿と同じなんだよ
同様に江戸の町人たちも公儀=徳川幕府を後ろ盾にしている
江戸に赴任した諸藩に手出しできないように、諸藩の侍も江戸の町人に手出しできない
もちろん町人たちにもそのことがよく分かっているから、徳川様の恩に報いろうとする
この姿も「客観的にみれば」忠誠心があると言えるであろう
>大工が誰に「忠」があるんですかね
もうこの言葉だけで、こいつが時代劇を見て歴史の勉強をしたと勘違いしてるバカで、
江戸時代の町人を「自由な個人」だと思いこんでいるキチガイだと丸わかりなんだがw
しかしこんなキチガイが現実に存在していると教えてくれている貴重な場
むしろありがとう。貴重な体験だ
バーカww >>988
なんで?
前近代には消耗品が本位通貨だったことはいっぱいあるじゃん。
古代ローマやクビライ皇帝以降のモンゴル帝国は食塩が本位通貨だったろ。
前近代は穀物が通貨として通用していたのは当たり前だし、アケメネス王朝なんて年貢の納付証の粘土板が通貨として通用していた。
リディアの金貨も偽造されにくい納税票としてのものから出発しているし、支那の殷州の布銭も税として納める布を代わりに誰かが納めた証明から
始まっている。 >>993
町があって消費経済が巡ってるから、そこに集まってくるわけで、別段幕府への忠誠だの将軍の徳を慕ってのものではないだろ。
現に、打ちこわしは頻発していて、襲撃の対象は御用商人に集中していた。
武家への奉公人は人気が無く、日雇いに近い業態の工場制手工業に労働力が飲まれていた。 >>995
どうやら西洋の「自由都市」かなんかと勘違いしているようだが、
江戸の場合は「そこに集まって」きたからといって、勝手に住めないのですが
京都とかの古い街ならばともかく、というか古い街だからこそ勝手に住めないんだが、
わかりやすく新興都市江戸に限っていえば、江戸は最初から軍事都市として造られた
江戸の城下に集められた武士と町人たちは江戸城を守るためのものであり、
その比率は武士7割と町人3割で、最初のころは新たな流入は防がれていた
これは当然なことで、次の戦争がいつ始まるのかわからなかったし、
敵軍がこっそりと城下に潜入する可能性もあったからだ
ただし初期の大慌てで作った江戸城を本格的に完成させるために、
新たに職人が集められたせいで、一時的に町人の数は増加しているが、
城が完成してしまったあとは、ずっと町人の数は横ばいのまま
だから江戸城下に住める人間は人別帖でちゃんとリスト化されていて、
契約中の季節労働者いわゆる出稼ぎ以外は無宿人としてハントの対象になっている >>995
この出稼ぎ労働者たちは、予想以上に江戸の平和が続きすぎて、
経済が活発になって生産力が上がったために労働力が足りなくなってしまい、
人手不足を解消するための一時しのぎとして、しぶしぶ認められたもの
ちゃんと身元引受人がいないと江戸城下に入れさせてもらえなかった
もちろん契約が切れたら地元に帰らなければならない
とうぜんこれらの出稼ぎたちは「町人」として勘定に入れられていない
たしかに出稼ぎたちは銭が欲しくて来ているので、忠誠心とは無縁かもしれんが、
町人たちは「幕府に許されて」江戸に住めて飢饉とも無縁に暮らせるのだから、
徳川様への恩義を感じているほうがむしろ当たり前であろう
それとさすがに江戸時代の後半も幕藩体制がガタガタになるであろうが、
そのことは以上に述べたことへの反駁にはなっていません >>996 現代中国の都市戸籍と農村戸籍みたいなもんか
ひょっとして中国共産党は国づくりにあたって江戸幕府の支配制度を研究した? >>998
世界史スレにいるくせに頭悪すぎない?
明の戸籍制度を真似たのが江戸の戸籍制度なんだが
なおこの知識は平均的な高校生なら誰もが知ってるレベル >>998
世界史スレにいるくせに頭悪すぎない?
>>998は>現代中国の都市戸籍と農村戸籍
が何から研究したのかを質問してるんだが
おまえの会話能力のレベルは、平均的な日本人と比べてかなり低すぎる レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。