>>81
それが、統一新羅時代とか高麗時代には黄海の海運の主力を担う開かれた交易国家で、
高麗時代に貨幣経済への移行は済ませているんだな。

一般に、衣料品や穀物を交換財として使う経済に後退したのは
モンゴル侵攻による戦乱期とされているけど、
あれほど商業経済に力を入れていた大元ウルスのクビライ政府の藩屏に
高麗が組み込まれていた時期に貨幣経済が復調していた可能性は検証する価値があると思う。

朝鮮半島の貨幣経済に最終的にとどめが刺されたのは、元末のモンゴル帝国全体を覆った
汎ユーラシア的な社会と経済の混乱によるところが大きいんじゃないかと思う。
実際、この混乱の危機対応政権として登場した大明政権は中国大陸での貨幣経済や
大元ウルス時代の銀本位制を停止して、事実上衣料や穀物による物々交換経済に経済を後退させている。
大明が先代時代の銀本位制を復活させるのは、日本やメキシコからの銀が大量に流入して、
民間で勝手に銀建て経済が復興してきたのを追認したことによる。

ところが、李氏朝鮮ではこの大明での貨幣経済復興に連動した経済復興が起きなかった、
という視点でこの王朝での貨幣経済の不成立を論じるべきなんじゃないかな。