明清帝国
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日本では、明も清も人気がない
2つ合わせれば、それなりに話のネタもあるか? 仲が悪いは言いすぎにしても、山東省出身の宋文しゅう 宋文洲は、「日本で山東省出身者に会うと、同胞という感じがする。
四川省出身者を見ても、そういう意識はない」と言ってた >>441
南北の差はあるにしても、東北三省は一つのまとまりという意識がある
また山東への感情も、親戚のようなものだからで、北方全体での相互の親近感もある
よく聞く「隣同士は仲が悪い」みたいなのは民族が違って言語がまるで通じない場合で、
漢民族の間では隣の省は言語、風習、食文化などどこかに共通点があってそうならない
漢民族内部の多様性は確かにあるが、それは連続性を否定するものでもなく、
北端と南端で大きく違うというような話だろう 今はそうだけど、昔はガチで言葉が通じなかったらしい。
同じ広東省でも、広東語と潮州語では通じなかった。
同じ四川省でも、長江の沿岸と、山奥では食文化が大きく違った。
鉄道も省内で完結しており、「隣の省に貨物列車を送ったら、帰ってこない」
(つまり、車両をそのまま奪われてしまう)という話は有名だった。 >>434
仁川に中華街あるよ
ショボいけど一応ある >>435
台湾人?
キチガイか
華僑のほとんどは広東人だし、世界中のほとんどの中華街は広東人の街だ
もちろん、横浜神戸の中華街も広東人の街だ
長崎の中華街だけは世界でも極めて珍しい福建人の街だけど
台湾人の中華街なんて聞いたことが無い >>446
それぞれ事情が違い、省内で自然に分化したわけではない(確かに福建語や呉語は互いに通じないことが多いが)
潮州語地域はビン語(福建語)の飛び地群で(いかにも「海洋民族」みたいな分布)、
しかも福建省のビン語ともかなり違う
行政の都合で一緒にされているが、省単位で考えること自体にあまり意味がない
四川省は西半分が併合されたチベットの一部だし、
奥地の岷江語は巴蜀語という古い方言の名残りで実際は成都のような官話系ではなく、
その意味で単体で呉語、ビン語、粤語、客家語、晋語と同格の独自性がある
鉄道の話は軍閥が地の利を生かしていただけで、
どこの省境にも中間的な方言が分布していて連続体を成している
>>447
韓国は70年代の土地税制などで華僑を痛めつけてほとんど追い出した
今の仁川の中華街は90年代に中韓国交締結以後、
出稼ぎで韓国に渡った朝鮮族が中心になって再建したもの 福建語は台湾や海南島や雷州半島でも使われてるし
福建人は海洋民族みたいやな >>448
広東華僑が福建華僑を上回るようになったのは20世紀に入ってから
今でもフィリピン華僑の8割は福建人だし国によっては多数派だよ あと横浜神戸にも福建会館はあるし決して広東人だけの町ではないよ >>451
肥沃で広大な平野のある広東省とは異なり、福建省は山がちで人の住む場所は少ない 中国では広東省
インドではタミール
それぞれ、南端に海洋民族がいる >>455
日本でも南端の琉球人は海洋民族やな
清や東南アジアで手広く交易してたようやし
ただし海を越えて移民植民はやってない
せいぜい大阪の大正区くらいか 琉球で交易に従事していたのは福建から移住して来た久米村の華人で
琉球人はその船に一緒に積んで行ってもらってだけ >>427
英国もアイルランド島すら統治できてない有様だけどな ていうか、イギリスは、日本に例えれば、北海道と関西と九州が同時に独立運動してる状況だろ 中国でも、ウイグルとチベットでは独立運動が起きているが、
上海や広東省といった内中国では、北京に対する反感はあるけど、本気で独立しそうな気配はない 淮河を挟んで北が中華人民共和国、南が中華民国でも良いなぁ >>440
苦力を組織的に斡旋するブローカーを「客頭」というんだが、
20世紀末以降登場する密航斡旋犯罪組織である「蛇頭」と連続してるんだろうか? 台湾の歴史の本(中国語)を見てたら、
清代の客頭の多くは「全無良心」(良心がまったくない)で、
密航者を壊れた船に乗せるので、よく沈没する。
これを「灌水」と呼ぶ。
また「餌魚」ともいう。溺死者が魚の餌になるから。
台湾の海岸に到着するや否やすぐに下船させるので、
岸に上る前の海砂泥の中で死んでしまう者が多く、
これを「種芋」と呼ぶ。
上陸後も原住民との衝突で命を落とす。
俗に「六死、三留、一回頭」と言う。
10人中6人が死に、3人が留まり、故郷に無事に帰れるのが1人だけ。
これが実際の比率かどうかは知らぬが、
海外渡航は人命消耗の活動でもある。 >>460
日本に例える意味がない
日本のそれらの土地には侵略された独自の言語も民族もない >>459
英国はかなり特殊。
本国自体は島国で、面積と人口と兵力のどれも決して大きくない。
それが世界の陸地と人口の1/4を支配する最強の世界帝国になっちゃう。 >>465
英国と日本、似てるところもあるよ。
大陸の端っこの島国で、
隣の大陸側に侵攻したけど失敗した。
但し英国は島の中も統一できてないというのが日本より不利な点。 【パスまわし、九条″】 無謀な勝負に出て失点 <奇襲、玉砕、特攻> 専守防衛で攻めずに時間稼げ
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1530671116/l50
西野監督を、防衛大臣にしよう! >>467
>隣の大陸側に侵攻したけど失敗した
英国の歴史を、かなり誤解してないか? >>467
百年戦争の原因は、フランスの地方貴族が英国王「も」兼任し継承してきたこと
英国王がフランスの地方貴族に「なった」のではなく、その逆
このフランスの地方貴族がフランス王位を狙い、英国から兵を連れてきた
これを「英国が大陸を攻めた」とは言えない
また「統一」とは「本来一つだったものが分裂しているのを『元の状態に戻す』」というニュアンスで使われる
ブリテン諸島は民族に関して「一つ」だったことなどない
よって「統一できる/できない」という、「統一」を前提とする尺度で語るのが間違い イングランド国王が、フランスに広大な領土を持ったのは、結婚と遺産相続のおかげ
後のハプスブルク帝国と一緒で、侵略によるものではない むしろイギリスを侵略したのはフランス人のほうだろ
ノルマン人はフランス人の一部だよ フランス人から見たらノルマン人は後から入ってきた異民族です イギリスとフランスを2つの国に分けたのは、百年戦争
百年戦争の途中から、英語をしゃべる土着化したイギリス王が登場した
それまでのイギリス王は、フランス語をしゃべるフランス人
リチャード獅子心王も、本名は「リシャール・ド・プランタジュネ」で、治世の大半をフランスで過ごした 世界史板だからいいんじゃない
俺は西洋史は詳しくないけど面白い 実は俺もオモロイと感じてるんだが、流石に脱線しすぎだろ。
世界史雑談スレみたいに思ってる。 王朝末期の衰退は
人口は幾何学的に増加するが、
食糧生産は算術的増加に留まって、
貧困が生まれるという
古典経済学のマルサスの罠によるものだろうか?
清代のグラフを見る限り、
一人当たりの耕地面積が小さくなる一方で、
もちろん土地の生産性は向上してるとは思うのだが、
追いつかない感じがする。
ちょっと話題を明清に絡めました。。。 >>403
あと資本集積の結果だったような気が
英国の場合は東欧や産業化の遅れた国が資本収奪の対象になって、英国に比較的楽に資本が集まり、産業化が進展したのに対して
清は江南以外の地方に殖産興行してしまって、江南の産業が他の地域との競争にさらされてしまい資本の集積が上手くいかなかった
これでは前提としてヨーロッパと中華を同じ規模のものと考えてます >>478
だから確か明清って相対的に恒常的に飢餓なんですよね……
何かの論文で読みましたが、中国が明清交代期の戦争や明末のいわゆる「郷紳の横」とかで荒れたせいで17〜8世紀くらいに日本の方が農業生産性で上回るんだそうですね
あと個人的に明清調べてて思ったのが、牛耕よりも人力作の方が発展してると見られるってのは意外でしたね
その方が生産性高いらしいですし >>403
地理的な影響で資源が得られやすい云々の話はどちらかと言うと銃病原菌鉄とかの話では無いでしょうか? >>473
今どきそうは考えないんだよ
バスク人もアルザス人も国民国家に入れて何百年経ってると思ってる >>477
英国と日本は同じだなんてぬるい事言うやつが出るからいけない >>481
その場合の生産性は土地生産性な。
土地が足りなくて労働力が余ってたから人力を際限無く投入して収量を増やすのが合理的になる。 江戸時代の農村で
人口の増加と
家畜の減少と
労働集約型による生産向上を
観察した歴史人口学者の速水融により
提唱されたのが勤勉革命論。
同時期のイングランドでは逆に
資本集約・労働節約型の生産革命になり、
産業革命へとつながる。
両国の違いは人口あたり利用できる土地の広狭に原因があるとする。
土地が余ってるか、人が余ってるかの違い。
明清は人余りなんだろうな。
だから移民も進む。 >>481
清代は世界で例をみないほどの人口大爆が興った時代なんですけど
乾隆帝 (在位1735〜1795) 一億七千七百万人
道光帝 (在位1820〜1850) 四億千三百万人
新大陸から生産量が高く山間部でも育つトウモロコシが伝来したことや農業技術の革新で
ようやく人口一億の壁を越えれるようになった
日本も未曽有の人口増加があったのは確かだが享保年間で停滞して以来明治時代まで横ばいと清と比べると対したことない >>487
「俺も行くから君も行け 狭い日本にゃ住みあいた
海の彼方にゃ支那がある 支那にゃ四億の民が待つ」
(「四億」はシオクと読むので頭韻を踏む)
の元になった数字が出たのは道光年間か
『馬賊の歌』が流行した1910年代はもう5億になっていたようだ >>486
同じ島国でも、山岳国家の日本とは異なり、イギリスは平原だからなあ。
もともと土地の広さが違う。 イギリスは牧畜がメインなので、労働集約的な農業という発想はあるまい 中国でも、労働集約的な稲作をやってる南部の人口密度が高いというイメージを持ってる人は多いのだが、実際にはそうでない
本当に深刻なのは、黄河流域の人口過密 日本と面積が同じくらいの華北平原に、4億の人口が集中してるのは異常
大平原といっても、もっと広い平原国家のフランスは人口6千万 中国は、国全体での人口密度はヨーロッパと大差ないのだが、地域による偏りがひどいので、人口過剰が遥かに深刻 清の時代には、黄河は今ほど水が涸れてなかった
そのときの人口爆発が現在の状況につながっている 人命が軽い。
洪水で何千人が死んでも、大したことない。
人がいくら死んでも、すぐに増えちゃうから。
死刑も簡単に執行しちゃう。
王朝崩壊で人口激減?
ちょっとしたリセットだよ。
戦乱で何百万人犠牲が出ても、すぐに増えて元に戻る。
なんか怖いと感じちゃう。 日本でもリアルタイムで死刑執行中
中国でも報道
オウムのことを「邪教」と言ってて
そのまんまだけどさすが宗教で
何度も国を転覆されてる国は言葉も簡潔 中国ではチベット仏教とチベットの民族文化を弾圧する理由付けに
ずっと日本のオウム事件を利用してきた経緯がある
2ちゃん/5ちゃんでよく見かけられる極端で過激な反仏教・仏教弾圧支持の言説には
中国の五毛党も明らかに混じっている >>496
また、朝日新聞だの時事通信だのが、「強権支配の安倍政権が、大量に死刑執行中」とかなんとか、海外にむけて宣伝しそうだな(笑) >>498
俺は反安倍だけど今回のは違うよな
新天皇の即位の前にやらないといけないことだわ
ついでに今上陛下に太祖のように日○会議のメンバーを
粛清して頂きたいけど 胡惟庸の獄も天皇が皇居護衛官使って内閣総理大臣その他の閣僚を粛正して奪権したようなもんだしな
今のレイシスト右翼の総理はさながら紅巾の生き残り 例えば移民が実質的に解禁になって、チベットやウイグルから日本にやって来たら、日本の地で独立抗争が起きたりする可能性もあるんだろうか。 日本の真言宗はチベット人にはどう見えるだろうか
どっちも真言密教だけど、仲間と思うか、それとも全然違う別物に見えるか 真言宗もチベットの主要な教派も一見するとずいぶん違うけど
基本は密教というより顕教で、大乗の立て直しのために密教を手段としているような所がある
それに多くのチベット人にとっては仏教であること自体が大事で、宗派の違いとかよりまずそこでホッとする
というかアジアの他の国から日本に来た外国の仏教徒は、まずそこに親しみを感じるので宗派はその先の話という感じ インドのスマナサーラ長老は、「日本には、意外にもインド本来の仏教が残っている」と驚いた。
いくら日本とインドが遠くて、国民性が正反対とはいえ、さすがに大昔の日本で仏教を研究してた連中は精鋭ぞろい。
遣唐使も、「大陸の進んだ文明を学びました」という面ばかりが強調されるが、確かにそういう面もあるんだけど、当時の日本人が最も熱心に求めたものは、仏教の経典だったことを忘れてはいけない。
平安時代には「日本辺境論」が盛んになったが、どこに対して日本が辺境なのかといえば、聖地インド。
インドが、世界の中心。 キリスト教が、中東に生まれて欧州で発展したように、仏教も、インドに生まれて中国で発展した なぜ、清では仏教が衰退したのか
歴史の謎のひとつだ >>149
福沢諭吉の父親は「上諭条例」入手してるよ 明って運用面はともかく建前では米による俸禄制だよね
明会典29
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%98%8E%E3%91%B9%E5%85%B8_(%E5%9B%9B%E5%BA%AB%E5%85%A8%E6%9B%B8%E6%9C%AC)/%E5%8D%B7029
正一品の月俸米八十七石以下、従九品の月俸五石まで >>510
太祖が稲作地帯出身の農本主義者だからな >>508
清どころか宋から仏教の衰退は始まってるよ
そもそもなぜ唐代にあれほど仏教が大流行して、さまざまな宗派が栄えたのかというと
中国の伝統思想である旧儒教には哲学が無かったから
唐代には仏教のみならず、清真教やら摩尼教やら景教やら多くの外来宗教が流行し繁栄した
それら外来宗教は旧儒教には無い哲学がある
哲学の無い旧儒教は「世界の根本は?」などという問いに答えられない
そんな状況に対する儒教側の答えが宋学だった
宋学は旧儒教とは違って哲学を備えていた
そして儒教が哲学を求める需要に応えられるようになって
仏教をはじめとする外来宗教の多くは廃れて行った
まあ、それでも宋代には禅が盛行してまだまだ仏教も盛んではあったが
それでも宋代から少しづつ、確実に、仏教は衰退して行った 諸子百家と易を生んだ中国に哲学がないとはひどい物言いだ
そもそも仏教は「世界の根本」なんて説いてないじゃないか、バカバカしい
排仏思想だってべつに朱熹からではなく、
韓愈の論仏骨表に始まって李?(コウ・Ao2)に継がれている流れがある
南北朝あたりからの中国の歴代皇帝が仏教に心酔したのだって「哲学」を求めたんじゃなくて、
「どうか安寧な統治ができますように」っていうオカルト的な願望からにすぎない
つまり皇帝たちは膨大な仏典を理解なんかしていない、翻訳されてもやっぱり難解なのを
わからないまま有難がっていただけ >>514
仏教では全ては縁起によって存在すると説いてる
それは立派に「世界の根本」であろう
易は元々五経の一つだったが、宋学はそこから哲学を抽出したわけだ __
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r┤ ト::::: \___/ || 坊主、ハゲ、托鉢と言う者共
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| _)_ノヽ\ ハ // / ヽ
ヽ____)ノ  ̄ ̄ ̄ / ヽ >>516
かつてハゲ頭の坊主で托鉢をされていた朱元璋陛下だ。
開天行道肇紀立極大聖至神仁文義武俊徳成功高皇帝万歳!万歳!万万歳! 永楽帝の第一の功臣である姚広孝は
道衍と号す僧侶で浄土信仰に関する仏教著作を多数残す。
仏教擁護に熱心な僧だったのだ。
そんな彼が燕王をそそのかして反乱を起こさせ、
軍師として建文帝軍を打ち破る功績を挙げた。
道衍が故郷に戻った時、
誰も彼に会おうとしなかった。
姉からは「和尚は道を過った」と罵られ、ガックリ。
抜群の才能と度胸を発揮して権勢を手中にした道衍は
故郷では一番の嫌われ者だった。 >>517
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r┤ ト::::: \___/ || 朕を素早く讃えた功績に公爵位を授ける。
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ 一方で黒歴史を蒸し返してるので、その後は死刑。
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__ 俸禄出すのがもったいないしな。
| _)_ノヽ\ ハ // / ヽ
ヽ____)ノ  ̄ ̄ ̄ / ヽ >>506
原理主義的な南伝仏教と違って日本は北伝仏教の系統だし最早ユダヤ教とキリスト教ぐらいちがう
そもそも日本の仏教は中国仏教の支流で南都六宗も中国十三宗から派生したもの
請益僧も唐へ留学した者はいてもインドへは向かおうとすらしてないでしょ >>520
経典の中身なんかどうでもいい
そんなのは暇な屁理屈厨にでも言わしとけばいい
仏教は記号の集積であり、僧がいて伽藍があって読経の響きがあればそれでいっしょなのだ
そういう逆説があるんだよ ほかにも大陸の先進的な芸術や建築や学問を導入する役目もあったけどね
朱子学も五山僧が伝えたものだし >>515
縁起説は原理を説いたに過ぎず、それはすべての発生ではなくその後の発展の道理だけだ
神話的なものを含んでいないぶん、諸々の成り立ちの出発点は如何という問いに答えていない
朱熹が抽出・合成したものは四書であり、論語や孟子が五経の外側にあったぶん、
「五経から哲学を抽出」には当てはまらない
論語は孔子と門人が五経のたぐいに接する姿を描いた外典であり、孟子は諸子の一つに過ぎない
しかし宋明性理学の流れはむしろこちらから出ていて、五経の陰は薄くなる >>520
南伝仏教と北伝仏教の違いはユダヤ教とキリスト教なんてレベルじゃないよ
ワシの感想としてはユダヤ教とキリスト教とイスラムの違いなんて
浄土宗と浄土真宗の違い程度だ >>524
宋学の哲学要素は周易を下敷にしてるんだよ
易を太極図で視覚化してそれに解説付けた太極図説
それが宋学の基礎になってる 陳隋辺りの岳州と荊州ってどう違うの
中国語からっきしだからよくわからん 日本仏教は、仏教を道教から救い出したという側面があるよね。
中国仏教は、実際にはどこまでも道教の変則的一流派でしかなかったといってもいい。
というより、漢代にはおおよそ知的思考の基礎が固まっていた漢民族は、仏教を道教的にしか理解できなかった。
大和民族は、道教のような高度で抽象的な思想を何も持っていなかった分、
仏教経典に触れた時、経典をそのまま素直に読むことができた。
>>526
易経って、ただの占いの本ですよ。それもケースブックで、さらに言えば、中身は一種のことわざ集。
日本の現行のおみくじの言葉よりもっと世俗的・具体的で、もはや「教育かるた」か何かに近い雰囲気。 >>521
むしろ記号の集積なのは神道だろうw
あれこそ、神主が幣をフサフサ振って暗記した祝詞を読み上げれば、全部同じだ。
超自然的存在としての祭神はともかくとして、
現実の聖職者集団としての神主というのは完全に記号化されていて、そこには教義としての中身が全く何もない。
日本仏教も、その大半が位牌の前で読経するだけの記号的存在に堕しているというのなら、まあそうかもしれないがw >>521が言ってるのは仏教に分類される範囲が広すぎて見た目でしか仏教が定義できないという話だろう。
ほとんど日本だけの問題で、大陸の仏教は上座部から密教まで一定の枠の中に入る。
神社神道は全く話が別で、神話も浄不浄も誰も信じていないことを前提に儀式と卜占に特化してしまったことに特徴がある。
多様性は多神教としてはむしろ少ない方だろう。(前近代は別) >>529
易を儒学に取り入れた程伊川は、「ワシは占いなどやらぬ」と生涯、言い張り続けた 宋の儒学というのは、現代人から見ると、本当に宗教っぼくて怪しい。
「精神統一して心の曇りを磨き、神聖なる経典を読んで大宇宙の理と一体化し、聖人になる」という宗教。 儒教と、日本の新興宗教は、教義が似ている
「仏教とキリスト教を統一した」と自称しつつ、中身は儒教
それが、日本の新興宗教にアリガチなパターン オウム真理教には当てはまらないが、統一教会と幸福の科学は、思いっきり儒教だった
ほかにも霊友会とか、仏教系なのに先祖供養がメインになってるのは儒教の影響 そんな儒教も、清の時代には宗教色が薄れた
どっちかっていったら、「古典を文献として研究する」ってのがメインになった
清では仏教も衰退した
じつは、近代ヨーロッパと同じく、脱宗教がすすんだ合理主義の時代 そもそも中国人に宗教を真面目に信仰している奴なんているのかね
所詮実利だろ >>529
神道は後から出来たものだが、古神道にはすでに経典があった
(「神道には経典がない」という俗説は信者が読んだことがないからというだけ)
中国仏教には道教、それに儒教の影響もあったが、純仏教に近い流れもあった
密教には道教の影響の痕跡は薄いし、
四川省の寺には中国とチベットの僧がともに生活し翻訳を通じてともに研究する所があった >>526
それは「玄学」の部分だが、科挙にも四書に基く普遍化された教育にも関係ない
普遍化とは宋代以降清に至るまでの初等・中等教育におけるスタンダードになったということ
四書は中国・朝鮮・日本・ベトナム共通の儒教の必須科目になった
易の言語は易を語るときにしか使われない、神秘の言語であり続けた
神秘的な欲求に応えたと言うだけ >>530
神道に教義がないというのはただの偏見
お前が知らないということを自虐的に正直に言っていればいいものを
「形だけ」の宗教と言うなら古代ギリシャ・ローマの宗教はどうなる
形の重要性を舐めるな
もちろんギリシャ・ローマの宗教も「形だけ」などではない >>531
神話はお神楽などでも公開され、穢れと清めの思想は参拝の作法にも反映している
信じるとは神社で無作法を働かないことや祭りの後始末などの作法も含む
それらを「無い」とは何も見ていないに等しい
仏教が記号の集合体だというのはべつに悪口ではない
日本に嫁いできたベトナム人の女性が、初めて連れて行かれた東京の大きなお寺を
菩提寺のように大切にその後も通って参拝し続けた話(『サイゴンから来た妻と娘』)や、
チベット独立派の亡命中の人を宗派の違う善光寺の僧が「今まで大変でしたね」と慰めて
その一言で亡命者が泣いて感謝した光景も、寺と僧形の寄与した部分がある
また日本の(「宮型」の)霊柩車を見て「これこそ現代に生きる仏教の姿だ」と感激したモンゴル人が、
最初は移動寺院として、のちにやはり霊柩車として中古車を買い取り活用していると言う話など
また日本仏教の団体や個人が海外の仏教国に友好や修学のために訪れ、ともにこだわりなく
滞在し読経する姿など、その馴染み方の速さは記号あってこそだ
経典が違う、宗派が違うと騒ぐのは浅い学問かじって頭だけで語ってるやつで、そういうのが原理主義に陥りやすい >>538
古神道の経典笑だとかやめてくれwwww腹筋が崩壊するwwww
どれもこれも、江戸時代の新興カルトが作った偽書じゃねえか。
上代8母音体系で書かれてる「古神道の経典」が何一つ存在しないのが、その明白な証左。
全部、まぎれもない江戸時代以降の音韻体系ベースで書かれてる。
つうか、場合によっては江戸時代どころか昭和だからな。
>>537
結局、どこまでも現世絶対主義というか、現世極楽主義なんですよね>漢民族
これは殷周の昔から変わらない鉄板の伝統。
インド人とは現世に対する根本的な見方が違うので、漢族の手に係ると解脱すら延命に化けるw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています