最 近 知 っ て び っ く り し た 事
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例のAAが連続投下されてもなお世界史でのびっくりした事が書かれてること。
>>1
乙 AA厨が降臨する前にびっくりネタがこぞって投下されるかと
思いきやそうでもなかったこと。
といいつつせっかくスレが立ったんで
革命後のザンジバルで独裁者となるカルメだけど,ザンジバル革命勃発当初は
消極的だったこと
www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/tanzania.html エロコピペを投下するだけの人生ってなかなかびっくりする事だな イギリスのサンドハーストやダートマスの修業年限は大学と同じかと思いきや
1年足らずだったこと。
昔は中等教育を終えてすぐの入学だったけど現在は大卒者が多いとか。 ウクライナのユシチェンコ元大統領もかつてはKGBに在籍していたこと。
在籍といっても徴兵でKGB隷下の国境警備隊に勤務してただけかw ユーシェンコの父親がアウシュヴィッツ(!)に送られていたこと
ttps://japanese-page.kiev.ua/jpn/question_to_president/biography.htm 初めて知った時びっくりしたこと
KGBが防諜・対外諜報や反体制取締だけでなく要人警備や国境警備も担当してたこと 現役軍人であるマウントバッテンがインド総督だった時の階級は少将だったこと。
(王族とはいえ)インド総督ということでてっきり大将あたりかと思ってた。 結構有名なんだろうけどそれでもびっくりだったこと
ヒトラーの甥っ子が第二次大戦期にアメリカ兵となっていたこと
ttp://cenecio.hatenablog.com/entry/2017/10/12/165850 かつてユーラシアを席巻し,ロシアにもその影響を残したモンゴルだけど
現在の人口は300万程度だったこと かつて統合軍制度を敷いていたカナダで再び統合軍が復活していたこと
統合軍とはいっても陸・海・空を廃した一軍制ではなく,陸・海・空の寄り合い所帯
である統合作戦司令部という形での復活でありますがw スタンダールことマリー=アンリ・ベイルの墓銘碑には彼の名のイタリア語読みも
刻まれてるけど,アンリの部分がエンリコではなくアリゴ(Arrigo)となっていたこと。
ミラノ人アリゴ・ベイレと書かれてる墓銘碑からして当時のミラノではこの形が主に
用いられてたってことなんやろか。
>>12
国軍本部である参謀本部とはまた別の組織で、参謀本部の下にこれが置かれてるな ウエストポイントを出てない南北戦争時の志願兵上がりが南北戦争後も
“高級将校“として軍に居座っていたこと。
同い年かつウエストポイント出のカスターより上の階級w 日本史(現代史)ネタだが
ttps://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/cea54952fb23c3da64af87c9c3df30be
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル スペイン語圏で最も多く用いられている姓の一つ・ガルシアが
バスク語由来だったこと。
さらに綴りGarciaの-iaがラテン語の接尾辞ではなかったこと。 共和制国家の元首が君主を務めてる国も存在すること
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E5%90%9B%E4%B8%BB%E4%B8%80%E8%A6%A7 その国の元首の片割れは、三人(数え方によっては二人)しかいない、君主の権能を持つ坊主のうちの一人である。 ユーゴ内戦期のクロアチア大統領、フラニョ・トゥジュマンだが
第二次大戦期はチトーのパルチザンのメンバーだったこと。 旧ソ連では空軍以外に防空軍という航空戦力も存在し、戦闘機も所有していたこと。
70年代半ば頃北海道に不時着したソ連軍パイロットが空軍ではなくそこの所属だったこと。 ttp://formosanpromenade.blog.jp/archives/2362097.html
満州国高官を務めた人物の中に台湾出身者もいたこと。
同じ日本の影響下にあった中国語圏なんで別におかしくも
ないだろうけどそれでもびっくり その蒋介石だけど軍人となるべく日本に留学したものの
陸軍士官学校へは進んでいなかったこと >>20
>70年代半ば頃北海道に不時着したソ連軍パイロット
ベレンコ中尉のことなら不時着やのうて亡命で勝手に強行着陸したんやぞ スペインの英雄、エル・シドことロドリゴ・ディアス・デ=ビバールの出身地ビバールが
現在もその名をとどめていたこと。
まあ英雄の里だしなぁ
ttps://es.wikipedia.org/wiki/Vivar_del_Cid
ttp://www.caminodelcid.org/localidades/vivar-del-cid-520222/ アルベール=カミュの異邦人に登場する悪友・レイモンだけど、
彼の姓であるサンテスはカミュの母方の姓でもあったこと。 第二次大戦時は当時から名の知られているハリウッドスターが米軍へ
志願してるのに朝鮮戦争期にはそういった傾向が見られないこと。
この頃は赤狩りのマッカーシーがハリウッドの映画人を標的にしてたっけか 意外と盲点だったこと
北大西洋条約・ワルシャワ条約が存在したこと。
条約機構そのものは広く知れ渡ってるけど、それが創設される
きっかけとなった条約については存在感が薄いような(気のせい?) 最近までなぜか勘違いしてたこと
ナポレオン3世の下でパリの大改造を行ったオスマンだが,大改造当時はパリ市長
ではなかったこと ttps://www.youtube.com/watch?v=3scgW-aghr4
で挙がってる「黒い瞳のコサック娘」という歌がロシア民謡ではなく、
1960年代半頃に作曲された比較的新しい物だったこと↓
ttp://krasnayaarmiyakhor.web.fc2.com/lyric/008_black-eyed_kossack_girl.html クロアチアのアドリア海沿岸の街、ドゥブロヴニクの綴り。
スラブ系言語ってチェコのDvorak(ドヴォルザーク)とかロシアのDmitriy(ドミトリー)
みたくD+子音で始まる物が見受けられるんでドゥブロヴニクもそうかと思いきや
”Du”brovnikとDの後に母音が入ってたのがむしろ意外 ノルマン系のビザンツ貴族だけど先祖がヴァリャーグ親衛隊か十字軍騎士かと
思いきやそうではない人もいた事。
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Raoul_(Byzantine_family) ttp://constantinople.ehw.gr/forms/fLemmaBodyExtended.aspx?lemmaID=11589
南イタリアに勢力を築いたロベール・ギスカールの使節として派遣された人が先祖か ttps://www.youtube.com/watch?v=E66oM2iAMwM
ブレジネフのこんな一面が映像記録として残ってたこと。 書記長在任中、自軍による旅客機撃墜事件がおこったアンドロポフだけど,
ベレンコ中尉亡命事件は(軍を見張る立場でもある)KGBの議長在任中に
おこっていたこと。
どっちも防空軍がらみか 太平洋戦争終了後まで極東某国に存在した防諜・反体制取締機関が
秘密警察ではなかったこと。
ttps://oplern.hatenablog.com/entry/2018/07/21/204026
その機関の長が太平洋戦争後に発足した航空戦力の長を務めていたこと。
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%91%E5%81%A5%E5%A4%AA%E9%83%8E はじめて知った時びっくりしたこと
KGBの名称が国家保安”委員会”だったこと。
ユーシェンコが兵役で所属していた国境警備隊は国境警備”総局”という
総局組織だったこと。 優秀な人材を輩出してるイメージのある客家だけど,かの朱徳将軍も
その一人だったこと 乙女座の由来は冥府の妃ペルセポネ、もしくはその母デメテルだったこと
母親を乙女と呼んで良いものか デメテルがあがったんで
意外と盲点だったこと
正教圏で見受けられるディミトリという名前がギリシャ神話のデメテルに
由来していたこと 海軍少将の呼称は英語圏だとRear Admiral、それ以外のヨーロッパ語圏では
Counter Admiral系統の表現だけどオランダの場合はSchout bij Nacht
なる表現が用いられていたこと。 さらにこのSchout bij Nacht系統の表現が一時期,北欧諸国やロシアでも
用いられてたこと
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Rear_admiral#Netherlands
この頃のオランダは強国だったから他国にも影響を与えてきたんやろな。 「マッチ売りの少女」は作者の意図としては想像力の勝利というハッピーエンドだったこと フランダースの犬は現地では惨めな敗北者の話として全く人気が無いこと sageないヤツがいること
てのはおいといてオランダの人達もかつては自分たちの言葉を"ドイツ語"と
自称してたこと(英語でオランダ語をDutchと呼ぶのはこういう背景からか?)
ttps://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/48733/1/ARCS136-2.pdfのP.72な フランダースの犬が日本でのアニメ化以前にアメリカで映画化されてたこと。 ジョセフ・マッカーシーが赤狩りで追及した人物の中には
本当にソ連の手先だった者がいたこと 旧宗主国フランスと対峙したセク・トゥーレのギニアだが,
彼の治世下でもフランスへの国費留学がおこなわれて
いたこと。
オスマン・サンコンがそうだったか。 フランス領アフリカ諸国のエリートを輩出したウィリアム・ポンティ高等師範学校だけど,
学校名の由来となった人物は哲学者カルロ・ポンティの親族であったこと。
ttps://gw.geneanet.org/garric?lang=en&m=N&v=merleau+ponty
そのウィリアム・ポンティ高等師範学校は現在,一部が刑務所の施設として用いられてたこと。
ttps://iihanashik.exblog.jp/26508081/ びっくりはしないけど最近知ったこと
キュリー夫妻の娘・イレーヌが姉さん女房だったこと。 エッフェル塔のエッフェルの綴り。
Effelかと思いきやEiffelだったとは… しかしプログラミング言語Eiffelはなぜかアイフェルと読まれることが多い エッフェルはアルザス出身のドイツ系フランス人なので、本来のドイツ風発音だとアイフェルになる。 そのエッフェルが自由の女神の骨格を設計していたこと ソ連軍の名狙撃兵ヴァシリ・ザイツェフだけど元々は海軍の
経理係だったこと。 キュリー夫人の旦那、ピエールがエコール=ノルマルといった
グランゼコールの出身じゃなかったこと。 エッフェル塔のエッフェルが学んだ中央工芸学校だけど,
彼がそこで専攻したのは建築ではなく化学だったこと。 田中角栄が学んだ中央工学校と似てるな
なんか関係あるん? 日本の現代史だがあえて
角栄が(角栄の10年後に活躍する)中曽根と同い年だったこと。
中曽根より年上かと思ってた。 他の板では同名だけどノンジャンルだから、多少は良いんじゃない?
中曽根と同い年というイメージは無いからビックリ 早くからNATOに加盟していたポルトガルだが,時の独裁者サラザールは
加盟に躊躇していたこと
ttp://army2ch.html.xdomain.jp/faq19m.html 親中・反トランプなトルドーJr政権下のカナダが今年のリムパックに参加していたこと
中国を参加させなかったことに抗議してカナダも参加をしないのかと思ってた。 空軍の戦闘機もアメリカから買うのがイヤでオーストラリアから
お下がりをもらったんだっけか>トルドーJr政権下のカナダ 映画「空軍大戦略」でロバート・ショーが演じた役名”スキッパー”が
この映画でも登場するキース・パーク少将のあだ名でもあったこと。
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Keith_Park シカゴの国際空港に名が冠してる人物の父親がアル・カポネの商売仲間であったこと
ニューヨークの国際空港に名を冠してるケネディも親父がギャングと付き合いあったそうだから
別にびっくりすることでもないがあえてw 低脳アメーバが見つけられないからバッチリ機能しているけどな ベルサイユ条約
じつはベルサイユで作られてなかった、、、 sage進行とか意味ねーよ
荒らしは明らかにスレを選んでやってる ブラジルの首都をブラジリアへと移転したクビチェック大統領が
ロマの血を引いていたこと ドレフュス事件の当事者、ドレフュス大尉がサンシール出じゃなかったこと。 ウィリアムズ症候群の由来となったウィリアムズ氏がニュージーランドの出身だったこと。
ttps://en.wikipedia.org/wiki/J._C._P._Williams ふだん見かけるダンゴムシ
実は外来生物だった、、、 かのイルゼ・コッホの夫であるブーヘンヴァルト強制収容所所長は
第二次大戦後に連合軍が処刑したのではなく,大戦末期にドイツ側が
処刑してたこと。
てっきり前者かと思ってた。 ロシアスレの荒らしはこのスレの荒らしと違って検索能力があったこと プシェミスル・オタカルのオタカルという名がオスカーではなく
かのオドアケルと同源だったこと。 太平洋戦争後の日本にはアメリカ兵だけでなくオーストラリア兵も
駐留してたこと。 ヨーロッパでのコーヒー文化は第二次ウィーン包囲がきっかけだったこと。
退却したトルコ軍の置き残したコーヒーが定着して広まっていったって
どっかの書籍に書かれてたおぼえがある。 最近思い出したことだが
ヴィルヘルム1世とヴィルヘルム2世との間にもう一人ドイツ帝国皇帝がいたこと。 CIAの長官・副長官を務めた後にアメリカ空軍やアメリカ海兵隊のトップとなった人がいた事。
ヴァンデンバーグ:CIA長官→空軍トップ
クッシュマン:CIA副長官→海兵隊トップ
CIAの長官・副長官に軍人が就くことはあるけど、その後軍種のトップになった人もいたとは… へえ、それは意外。CIA長官は閣僚級だから、軍の制服組トップより格上だと思ってた。 C.I.A.
いろいろと情報が揃っちゃうんでしょうかねww ウルムルがsageを知っていたこと
>>90
その人物がフリードリヒ”1世”ではなくフリードリヒ”3世”だったこと
前者じゃないのな >>52 ちなみにサンコンさんは最近「三婚」目の奥さんをもらったそう(離婚した人は除いて)
https://www.sanspo.com/geino/news/20180820/mrg18082005010001-n1.html
重婚したかったら可能な国に帰化して、宗教も変えるのがなお可かw オバマが最初に通ったオクシデンタル大学だけど,近年の学内は治安が
良くなかったこと。
ttps://news.ameba.jp/entry/20150321-497
オバマが通ってた頃の治安は存じませぬが。 ナポレオン3世の時代にパリの大改造をおこなったオスマンが
コンセルヴァトワールで音楽を学んでいたこと レス98で挙がってるコンセルヴァトワールには
ttp://nichi-nichi-france.com/conservatoiresenfrance/
↑のようにいろんな種類の物があったこと。
オスマンが学んだのはどのタイプだったかは知らんけど。 >>96
ヨンコンさんは何コンさん目の子なんですかね? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています