キリスト教は何故、日本で広まらなかったのか 2
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既に仏教や神道という既存の宗教が
あったからだろう。
なぜ日本人はアラビア文字を使わないのか?
既存の文字があるからだ。
それと同じでは? 近代合理主義は、キリスト教ではなくギリシャ哲学から生まれた。
もし、近代合理主義がキリスト教から生まれたのであれば、南米やアフリカのキリスト教諸国の迷走と腐敗ぶりを説明できない。
啓蒙思想家は、キリスト教の権威を否定するためにアダムとイブにまでさかのぼった。
近代合理主義に必要なのは環境に応じた柔軟な規範の使い分けと棲み分けであり、ゆえに一神教ではなく多神教への回帰が必要とされた。
明治維新後の日本に啓蒙思想の積極的な導入が必要なかったのは、多神教社会だったからに他ならない。
啓蒙思想とは、その大部分が一神教の悪を無毒化するための思想であると言っていい。
「神」とは信者共通の権威であり、信者の共同体社会の外にある権威(異教の神あるいは自然科学)を尊重しなければならなくなった時点で、
一神教の世界観は崩壊する。自然科学は、一神教や無神論ではなく多神教とのみ共存できる。
錬金術や化学の基礎である元素論は多神教社会で生まれた。元素を象徴する現象がそれぞれ「神」とされた。
多神教のように様々な価値(つまり神)が同時に存在しうることを受け入れるところから科学は始まる。
一神教徒は一神教から逸脱することでしか自然科学に踏み込めない。
イスラム教シンパが一つ自慢のように語るイスラム科学は、
周縁地域のスペインやイランの科学者が同調圧力の少ない自由な短い時代に活躍して実績をあげたにすぎず、
イスラム教がいよいよ熱心に信仰されるようになると、イスラム世界の自然科学は衰退した。
欧州は、宗教を口実にしなければ美術表現さえままならなかった社会だったことからもわかる通り、
迫害されることなく自然科学を扱うには宗教を口実にしなければならなかった。
この現実を知らない一部の日本人の学者が、一神教が自然科学の下地になったという虚構を広める愚行を続けている。
近代合理主義というか民主主義の実質的始祖は、ピューリタンじゃなくてフリーメイソンだよ
ピューリタンはアメリカ先住民の皆殺しに貢献した。 明治以後に、キリスト教を広めようとした人々は、故意に啓蒙思想とキリスト教を混同する布教活動を行った。
体系的に歴史を学んだ人なら、啓蒙思想とキリスト教が正面から対立するものであることを知っているが、
残念ながら大部分の日本人キリスト教徒はそうではない。
歪められたキリスト教観が日本人信者に広まっていることは無視できないだろう。
人権思想や啓蒙思想がキリスト教と両立しないことさえ、彼らは知らないのだ。
科学の発展には、唯一神信仰を必要としない。
一神教社会には唯一神への忠誠を強要する同調圧力があるというだけの話。
宗教者による科学的成果の横取りを許すべきではないだろう。
科学史を語るうえで政治的圧力を無視できない。
先人の作った統一的宇宙観を逸脱することによってのみ科学の発達が可能。
聖典を読んでさえいれば学問として成り立つ神学とは根本的に違う。それが科学。 >>数ヵ月前、面白い礼拝説教を聞いた。
話の流れは、ノンクリスチャンが何か素晴らしい事をしたらしい。
その話をした後の牧師の
先生の言葉は次の通りである。
「皆さん、本当だったらノンクリスチャンは、そういう素晴らしい事をしないで、クリスチャンが素晴らしいこと
をした・・と、言いたいですよね。ノンクリスチャンはダメで、クリスチャンだから素晴らしい事をしたんだと、皆からも思われたいですよね。
でも残念ななことに、この素晴らしい事をしたのはノンクリスチャンだったんです。」
(-""-;)(-""-;)(-""-;)
一瞬冗談だろうか?・・・と、耳を疑ったが、冗談ではないらしい。牧師の先生は、いたって大真面目にお話をされているようである。(-""-;) 82 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2018/07/19(木) 20:54:29.77 0
キリスト教が科学を弾圧したのに西洋では科学が発達したよね。
なんで多神教の国では科学が発達しなかったの?
83 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/19(木) 21:05:53.77 0
>>82
多神教国の多くは融和的であるがゆえに近隣諸国との持続的な戦争をせずに済んだので、科学の発展が遅れた。
一方、欧州はイスラム帝国との戦いが永続した。
特に、オスマン帝国による東欧侵略はキリスト教権威の失墜という形で欧州人に大きな心理的影響を与えた。
イスラム勢力拡大によるキリスト教権威の失墜と長引く戦争が科学の発展を後押しした。
もし、キリスト教が科学の発展を促したのであれば、
欧州がキリスト教を受容した3〜4世紀頃に科学の爆発的発展が起きていなければならないが、そうなっていない。
キリスト教の隆盛が科学の発展を促したのではない。キリスト教の衰退が科学の発展を促したのだ。
84 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/19(木) 21:08:02.52 0
他者の価値を認める多神教社会は戦争の機会が少なかったために、発展が遅れた。
常に戦争の脅威に晒されることが科学の発展を促すことは、近年のイスラエルの発展を見ればよくわかるだろう。
85 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2018/07/19(木) 21:14:14.07 0
>>84
多神教が他者を認めるから科学の発展が遅れるというなら
結局一神教のキリスト教は科学の発達には寄与したということになるんじゃない?
86 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/19(木) 21:32:41.80 0
>>85
戦争が科学の発展に寄与するのは、一神教に限った話ではない。
中国がもっとも発達したのは春秋戦国時代だった。
異なる意見を許さず戦い続ける社会のほうが、科学技術が発達するのはまぎれもない事実。
死の恐怖がある限り、科学に投資するパトロンは金に糸目をつけない。
大仏建立や教会に寄進して死の恐怖から逃れる平和な宗教優位社会では、こうはいかない。
実際、日本は幕末に米国の砲艦外交に屈服することで、平和を捨て拡張主義への道を歩んだ。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27) 99 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/19(木) 23:36:59.12 0
>>83
>イスラム勢力拡大によるキリスト教権威の失墜と長引く戦争が科学の発展を後押しした。
うんなわけねえじゃんおまえ思い込みで書いてるだろ
東ローマ帝国の滅亡時とか宗教改革すらまだ始まってねえ時代だぞ
>>98
多神教の啓蒙君主なんていたの?
1人でもいるならあげてみ
102 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/19(木) 23:45:06.36 0
>>99
>東ローマ帝国の滅亡時とか宗教改革すらまだ始まってねえ時代だぞ
そんなことはない。宗教改革が始まるきっかけはまさにキリスト教世界の軍事的敗北だ。
オスマン帝国拡大による欧州と東方世界の分断が、大航海時代を促したのは既知の通り。
>多神教の啓蒙君主なんていたの?
多神教という時点ですでに啓蒙君主。
モンゴル帝国皇帝をはじめとして、あげればキリがない。
多神教の皇帝が異文化の良い所を取り入れるのは、あまりに普通のこと過ぎて誰もわざわざ指摘しない。 >>9
アメリカ全土に自由の女神像はうじゃうじゃあるけど、どれ? >>10
もちろんニューヨークのリバティ島にある自由の女神像。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E5%83%8F_(%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF)
ピューリタンがアメリカ先住民皆殺しを担い、フリーメイソンが美しい思想宣伝を担う分業体制。 フリーメイソンの正体はサタニストなのでキリスト教とは真っ向から対立する ・強引で執拗な勧誘
・侵略ツールや思想統制として用いられてきた歴史
・世界中で異教徒の強制改宗を行い、魔女狩りや異端審問など
同じキリスト教徒相手でも異端と看做した相手には無慈悲な血の宗教
・現代でも日本のキリスト教団体が欧米や韓国の対日工作機関として機能してる実情
以上の事柄から神道と仏教と日本文化を信奉する一般的な日本人には、キリスト教のイメージが酷く悪い。
だいたい高校で世界史を履修していれば、カノッサの屈辱や十字軍等、増長しまくったキリスト教の悪行を嫌でも目にするはずだ。
「こんな宗教に誰が入るか!」と高校生たちは世界史を学びながら認識を新たにするだろう。
まだイスラム教の方が「ムハンマドが教祖で、後に後継者が大帝国を築いた」と素っ気なく記述されているのでマシな方だ。 日本にイエズス会(ザビエル)が広まらなくて良かったよ
スペインや南米の近代教育には20世紀に至るまで弊害を与えてきた いや、秀吉の禁教前は大流行してたろ
東北の辺鄙な村人でもキリスト教徒が誕生してた 仏教も日本で広まったと言えるのか
ぶっちゃけでたらめ仏教じゃん 神道かて明治に創始されたもんで古来の神社とは別モンやし 先住民虐待の銅像撤去へ 米サンフランシスコ - 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/180915/wor1809150006-n1.html
2018.9.15 07:41
米西部カリフォルニア州サンフランシスコ市は14日までに、
市庁舎付近に設置されている先住民を虐待する様子を表現した19世紀の銅像を「差別的」として近く撤去することを決めた。
地元紙サンフランシスコ・クロニクルなどが伝えた。先住民の活動家の訴えを受けて議論が続いていた。
報道によると、問題となっていたのは同州の成り立ちを伝えるモニュメントの一つ。
カウボーイとカトリック伝道者が先住民を踏み付けている場面を表現した銅像で、
ゴールドラッシュ時の入植者を描いた銅像などと並び観光スポットにもなっていた。
市当局は「早急に撤去する」としているが、具体的なスケジュールは不明。
先住民の活動家は地元紙に「三十数年の時間がかかったが、素晴らしい」と評価した。
一部博物館などが受け入れに興味を示しているという。
米国では先住民の権利向上を求める声が高まっており、
米大陸に到達した探検家コロンブスを先住民の虐殺者とする見方も拡大している。
(共同)
米サンフランシスコで、「差別的」として撤去された銅像=3月(AP)
http://www.sankei.com/images/news/180915/wor1809150006-p1.jpg 史上最大の悪魔・殺人鬼コロンブス、その悪魔・殺人鬼思想は現在も続いている
https://goo.gl/WZwCwM
サン・サルヴァドル島のタイノー族は異邦人を迎える時の習慣にしたがって、
コロンブスとその部下たちに贈り物を捧げ彼らを丁重にもてなした。
コロンブスがスペイン国王に送った書簡にはこう書かれている。
『これらの人々は非常に従順で、平和的であります。
陛下に誓って申し上げますが、世界中でこれほど善良な民族は見あたらないほどです。
彼らは隣人を自分と同じように愛し、その話しぶりはつねに優しく穏やかで微笑がたえ ません。
それに、彼らが裸だというのは確かですが、その態度は礼儀正しく、非のうち どころがないのです』
「私がインディアに到着するとすぐに、私が見つけた最初の島で、彼ら原住民(アラワク族インディアン)たちに、
私に差し出さなければならないものがこの品々の中にあるのかどうか教え込むために、私は力ずくで原住民の何人かを連行した。」
「彼らは武器を持たないばかりかそれを知らない。
私が彼らに刀を見せたところ、無知な彼らは刃を触って怪我をした。
彼らは鉄を全く持っていない。彼らの槍は草の茎で作られている。
彼らはいい身体つきをしており、見栄えもよく均整がとれている。
彼らは素晴らしい奴隷になるだろう。50人の男達と共に、私は彼らすべてを征服し、思うままに何でもさせることができた。」
「原住民たちは所有に関する概念が希薄であり、
彼らの持っているものを『欲しい』といえば彼らは決して『いいえ』と言わない。
逆に彼らは『みんなのものだよ』と申し出るのだ。
彼らは何を聞いてもオウム返しにするだけだ。
彼らには宗教というものがなく、たやすくキリスト教徒になれるだろう。
我々の言葉と神を教え込むために、私は原住民を6人ばかり連行した。」 インド・ユダヤ人の光と闇―ザビエルと異端審問・離散とカースト 単行本 - 2005/7/15
https://www.amazon.co.jp/dp/4788509547/
カスタマーレビュー
これまでの世界史の見方が一変した。
「アジアにキリスト教を広め、布教の苦難に耐え最後は中国布教を果たさず生涯を閉じた」という
「聖人」あるいは「殉教者」というイメージでのみ語られてきたザビエルが実は、
アジア(インド西岸のゴア)に異端審問を持ち込み、多数の改宗キリスト教徒(元ユダヤ教徒=マラーノ)を
火炙りの刑に追いやった張本人であるという事実に私は驚いた。
ザビエルがポルトガル王ジョアン3世に宛てた手紙は動かぬ証拠としてある。
最近、南インド(ゴアやコーチンを含め)を旅してきた者の一人として、
旅で見た光景や史跡の意味をもう一度問い直さねばならなくなった。
本書に紹介されている現在のゴア博物館の館長シロットゥカル氏の
「多くの人々の苦しみと残酷な死の原因となる非人間的な提言を行った」
というザビエル批判の言葉は従来のザビエル観だけではなく、従来の歴史の見方そのものの変更を迫るものだ。
コーチンの街で訪ねたユダヤ教会(シナゴーグ)やゴアで訪れたボンジェズ教会の周囲で、
かつてポルトガルによって何が行われたのか?シロットウカル氏が力説する
「ナチの蛮行をも凌ぐ異端審問所の犯罪行為については、もっと調査研究が行われてしかるべきである」
という提言は、歴史を学び、南インドを訪れた者にとって真正面から受け止めねばならぬものである。
聖人ザビエルのもう一つの顔
戦国時代の日本へ渡ったフランシスコ・ザビエルは、日本にキリスト教とヨーロッパ文明を伝えた聖人として尊敬されています。
日本では司馬遼太郎を始め多くの人々から高く評価されています。しかし、本書はそのザビエルの知られざる顔を明らかにしました。
それは日本に渡る前、インドのゴアで布教したザビエルは、スペイン・ポルトガルから追放されこの地に移住したユダヤ人たちを、「栄光の火で焼く」ことを提言したことです。
すなわち、ユダヤ人を火あぶりの刑で皆殺しにせよ、と言ったのです。彼の提言は実行され、多くのユダヤ人が焼き殺されました。 http://www.amazon.co.jp/dp/4122035813
中公文庫 完訳フロイス 日本史2 信長とフロイス - 織田信長篇U p112-113
信長はその(大坂本願寺)包囲の間、大坂から一里距たった天王寺という名の寺院と僧院を焼かせた。
それは日本で建てられた最初のもので、仏教の大いなる帰依者であった聖徳太子という名の皇子の創建したものであり、格別参詣者の多い霊場であった。
その寺院(四天王寺)が焼ける前、人々が僧院に放火し始めた時に次のような出来事があった。
彼らのなかには、かの地方でもっとも善良で確乎たるキリシタンの一人である若い兵士がいた。
彼は人柄は非常に勇敢な男で、たいへん貧しかった。
彼は仏像の中味がどんなものであろうかと訝っていたので、ただちに斧を手にし、
祭壇のところに行き、非常に高く、全身塗金してあったと言われる木製の偶像の上に登り、
足で踏みつけてその肩の上に立ち、偶像の頭を割り始めた。
彼はその頭の中に、この僧院と寺院の建立当時からの幾枚かの文書が入った非常に古い一つの袋を見出した。
彼はさらにその真中に書類の中に混じって、金製の小箱を見つけたが、
それには釈迦に遺骨の一部と言われている遺物が入っていた。
そのキリシタンは、その袋、文書および似而非遺物をこの一件の証拠品として司祭のところにもたらし、
司祭に全部焼いてもらうことにしたが、司祭も彼の希望どおりにした。
だがそのキリシタンは塗金した小箱は受け取りそれを売った金で一頭の馬、その他必要として品々を購入した。
そして彼は他のキリシタンたちに向かっては、皮肉ってこんなことを言った。
「私は仏にはなんの恩義もない。なぜなら、このようなちょっとした御恵みを与かるのに、
私はこの斧で仏の頭を割り裂かねばならなかったのだから」と。 宗教問題 23:「日本のキリスト教」という暗闇 単行本(ソフトカバー) - 2018/8/31
https://www.amazon.co.jp/dp/499100022X/
内容紹介
今年6月、国連の教育科学文化機関(ユネスコ)が、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界遺産に認定するというニュースがありました。
しかし今の長崎地方に暮らす「隠れキリシタン」たちは、日本のキリスト教界から「正しいキリスト教徒」と、必ずしもみなされていない現実があります。
日本におけるキリスト教徒は総人口の1%未満。
そんな小さな世界のなかでさまざまな軋轢、不祥事があり、そして仏教や神道以上の停滞傾向に襲われている――。
それが「日本のキリスト教」の偽らざる現実なのです。そういう暗く、小さな世界の課題を“宗教ジャーナリズム誌"としてレポートしました。
宗教問題Vol.23 目次
特集 「日本のキリスト教」という暗闇
特別対談 富岡幸一郎vs広野真嗣
隠れキリシタンの島から見えてくる「日本のキリスト教」の可能性
“限界集落化"するキリスト教会はこの先はたして生き残れるか……松谷信司
インタビュー 「昭和のキリスト教」をぶっ壊せ! ……関野和寛
リベラルの中心で保守を叫ぶカトリック信徒・野村勝美の軌跡……本誌編集部
聖職者たちの怠惰と錯覚が生む教会内での続発する性犯罪……三品純
クリスチャンプレス誕生で起きたキリスト教業界紙界の動揺……小川寛大
日本基督教団に理不尽解任された北村慈郎牧師の10年戦争……古川琢也 フィジーで信者400人を監禁暴行、韓国カルト指導者を逮捕
http://www.afpbb.com/articles/-/3184694
【8月2日 AFP】韓国の警察当局は1日、南太平洋の島国フィジーで信者約400人を監禁し、
儀式と称して暴行していたとされるカルト教団の韓国人指導者を逮捕したと発表した。
終末論を説く「グレースロード教会(Grace Road Church)」の
創始者シン・オクジュ(Shin Ok-ju)牧師は今週、他3人の教団指導者とともに、
ソウルの仁川国際空港(Incheon International Airport)に到着したところを逮捕された。
暴力で信者らにフィジー滞在を強要した疑いがもたれている。
シン容疑者は2014年、フィジーに移住すれば迫りくる自然災害から身を守れると信者らに信じ込ませた。
しかし信者たちは、現地に到着してすぐパスポートを没収され、悪霊を払うとの名目で殴打されたり野蛮な儀式を受けさせられたりしたという。
教団の農場から脱出してきた数人の信者は、教会から逃げようとした信者たちが公開処刑で激しい暴行にさらされたとメディアに語っている。
韓国のテレビ番組に出演した元信者らは、「息子が父親を100〜200回殴った」
「600回以上も殴打され、帰宅後に死んだ男性信者がいる」などと証言した。
人口の約半分がキリスト教徒の韓国では、複数のキリスト教系のカルト教団が急速に勢力を伸ばしている。
検察当局によれば、5月にもソウルで救世主を自称するカルト指導者が、
女性信者少なくとも7人をレイプした容疑で逮捕されたばかり。
(c)AFP 米聖職者、未成年1000人虐待 1950年代から、組織的隠蔽も - 産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/180815/wor1808150010-n1.html
2018.8.15 09:33
米東部ペンシルベニア州の司法当局は14日、
同州でカトリック聖職者少なくとも300人が1950年代から数十年にわたり、
千人以上の未成年に性的虐待をし、組織的に隠蔽していたと発表した。
実際の被害者数はさらに多い可能性があるとしている。
現在83歳になる被害者も含まれ、大半のケースは既に時効を迎えている。
米メディアによると、司法当局がまとめた報告書は、教会の指導部が悪評を避けるため、
聖職者による虐待の関与を知りながら警察に通報しなかったと指摘。
ペンシルベニア州のシャピロ司法長官は記者会見で、
虐待した聖職者らはこうした性的行為が「神聖なもの」であるかのように説き、
被害者らの「信仰心」を利用して告発をとどまらせていたと非難した。
(共同) ドイツでも聖職者の児童性的虐待が発覚、被害者3600人超
http://www.afpbb.com/articles/-/3189444
2018年9月13日 9:59
【9月13日 AFP】ドイツで1946〜2014年にローマ・カトリック教会の聖職者1670人が
未成年者3677人に性的虐待を働いていたことが、リークされた調査報告書で明らかになった。
カトリック教会をめぐっては世界各国で聖職者による児童性的虐待が明るみに出ており、報告書は教会にとって新たな打撃となった形だ。
調査を委託したドイツ司教協議会(German Bishops' Conference)の幹部は12日、「がく然とし、恥ずかしく思う」と述べた。
調査結果は今月25日に正式に公表される予定だったが、ニュースサイト
「シュピーゲル・オンライン(Spiegel Online)」など複数のドイツメディアがそれに先立って抜粋を報じた。
報告書の執筆者らは、一部の書類が破棄されたり、改ざんされたりしていたため、
性的虐待の規模は実際にはもっと大きい恐れがあると指摘している。
ドイツ司教協議会のシュテファン・アッカーマン(Stephan Ackermann)司教は協議会を代表して
「この調査によって示された性的虐待の規模を知り、がく然とし、恥ずかしく思っている」と表明した。
調査は「被害者のために教会の暗黒面に光を当てる」ことを目的に実施された。
教会が自らの過ちに気付き、そうした過ちを繰り返さないためにあらゆる手を打つためものでもあるとしている。
調査ではドイツの27教区の文書3万8000点を調べた。
被害者のほとんどは少年で、半数以上は被害当時13歳以下だった。
(c)AFP/Hui Min NEO 牧師が強制わいせつ容疑 聖路加病院で心のケア
https://this.kiji.is/413198051731702881
2018/9/14 14:06
聖路加国際病院(東京都中央区)で治療に伴い心のケアを受けていた女性にわいせつな行為をしたとして、
警視庁築地署は14日、強制わいせつの疑いで、ケアを担う同病院の40代の男性牧師を書類送検した。
捜査関係者への取材で分かった。
聖路加国際病院はキリスト教系の総合病院で、患者や家族を精神的にサポートするため、
心のケアを専門とする「チャプレン」と呼ばれる聖職者を複数配置している。
捜査関係者らによると、男性牧師はチャプレンとして勤務。
2017年5月22日、病院内にある牧師の控室で、抱きついて胸を触るなどした疑いが持たれている。
(c)一般社団法人共同通信社 >>もうひとつ、私の任務がありました。保証人を探すことです。ベトナムから逃れてきた難民たちを家庭や
地域で引きとり、住居や仕事を探す手助けをしてくれる人を見つけることでした。
ある青年の保証人になってくれていた女性が、ある日、その青年といっしょに難民キャンプに来て、
「一か月ほど面倒をみていたけれど、彼をこちらに戻したい」
と言いました。そして、顔をしかめながら、
「クリスチャンだと思ったんです」
と言い、口を結んだのです。
「クリスチャンではないんですか?」
「違います」
不満をあらわにしました。
「彼の宗教は何ですか?」
「仏教です。隠していたのよ!」
吐き捨てるように言いました。
「では、保証人になる前、どうしてクリスチャンだと思ったんですか?」
「やさしくて行儀がいいからよ。忍耐強くて、いつも敬意をもって接してくれたわ。そういう人はクリスチャンに決まっている」
ここではこのような宗教上の偏見や差別にしょっちゅう出くわしました。
(慈悲の瞑想 慈しみの心 春秋社
P69〜70) >>私が難民キャンプに来てからほどなく、地元の新聞に強固な口調
で書かれた論評が掲載されていました。
「米政府は、なぜ納税者の税金を、難民キャンプにいる異教徒の貧しいベトナム人を助けるために使うのか?もしあわれな難民たちがクリスチャンにならなければ-----筆者ははっきり言いたい----地獄に行かせろ、と。
われわれの税金を、悪魔の宗教を広げるために使うべきではない」
私は差別を受けた時はいつでも、慈しみで対応しています。相手の幸せを心から純粋に願い、執着も期待せず、無条件で慈しみを実践するのです。
(慈悲の瞑想 慈しみの心 春秋社 P70〜71) 仏教が東大だとするとキリスト教は○○国際と名がつくFランレベルだから 開祖の臨終の言葉がその宗教を体現する。
ブッダの臨終の言葉 「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」
http://www.intweb.co.jp/buda/buda_saigonotabi_2-9.htm
モーセの臨終の言葉 「あなたの神、主を愛し、御声を聴き、主につき従いなさい。それが、まさしくあなたの命である。」
http://blog.goo.ne.jp/maria_theresia/e/e93d093bf221669ce2c4f813683e9d07
イエスの臨終の言葉 「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/072wagakami.htm
ムハンマドの臨終の言葉 「預言者達の墓を礼拝堂にしたユダヤ教徒やキリスト教徒にアッラーの呪あれ」
http://www.muslim.or.jp/hadith/vol1-359.html >>3
つまりチョン国には神道がなかったから
キリスト教が広まったということか ひろゆきが宗教の中で仏教が一番マトモだと言っただけで、キリスト教徒たちが発狂しちまうからな。別に、キリスト教を貶してる訳じゃないのに。それに、ひろゆきは、仏教が完璧な宗教だとは言っていない。
それなのに何故、キリスト教徒たちはYou tube のコメント欄で反論するのか。
https://youtu.be/Q_IssiKSWkg > はじめまして
> 私はイエスキリストを信じている人間です
> 桃栗さんが嫌いな人種だと思いますが、よろしければ承認してあげてください
> 確かに、すべての人がキリストを信じれば世界は平和になるなどと的外れなことを言う人がいます
> そもそも、すべての人が信じるなら天国と地獄の意味がない
> 信じる人と信じない人がいるからこそ成立している、ということが何も分かっていないのだと思います
まさにこれですよ。
クリスチャンが救われる喜びに浸っていられるのは、
まさに大多数の「救われない人達」がいるからなのです。
特にクリスチャン人口の極めて少ない日本では。
だから、クリスチャンは救われる喜びに浸っていられるのです。
日本のクリスチャンは、日本のクリスチャン人口が少ないことを嘆きますが、
実は、自分たちが日本では「少数派」であることが心地良いのです。
その証拠に、エホバの証人のような積極的な伝道活動をしません。
本当に自分たちのキリスト教が正統派で、日本人に信じてもらいたいなら、
積極的に伝道活動をするはずなのに、
そんな活動もしないくせに、エホバの証人の戸別訪問を批判し、
自分達は正統派だと主張する割には積極的な伝道活動をしません。
それでいて、日本のクリスチャン人口が少ないと言って嘆く。
まったく見ていておかしくって仕方がありませんね。
クリスチャン人口を増やしたいのか増やしたくないのかどっちなのでしょう。
結局、自分たちが少数派であることで優越感を保っているだけです。
全員がクリスチャンになったら優越感に浸れませんから。 Re: 初めまして
> 私は一宮城県民です。幸いなことに3.11大震災で私の家族や家屋、親戚、殆どの友人は無事でした。行方不明になった知人が1人いますが、被災者でなかっただけで幸運でした。グラハムのことなら私も今年3月の記事「震災を利用する者たち」で取り上げています。
>http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/c546df8cba22d5db42c6e27be118b4eb
ご訪問ありがとうございます。
クッキングホイルさんおブログでmugiさんのお名前は拝見していましたが、
mugiさんのブログは一度も見たことがありませんでした。
しかし、その「震災を利用する者たち」の記事を読むと、
私と考え方が一致する部分が多いことに驚きました。
>昔から「タダくらい怖いものはない」というではないか。
>「見返り」 を求めない支援などあるのだろうか。
まさにこれは同感。
結局、あの手の伝道は震災に遭った人の弱みに付け込んでいるのです。
被災地に行って聖書を配るとはなんとおマヌケなのでしょう。
お金や食料や住宅よりも聖書が大事だと思っているアッパレな人たちですね。
そういう人たちは、何も食べないで聖書だけで生きて見せればいいのです。
> 私は小学三年生の頃、校門の前に陣取っていた白人宣教師に「キリストを信じない者は地獄に落ちるからね」と脅されたことがあります。それが私の耶蘇嫌いの原点でした
私は、この教えを小さい頃から教会で聞かされてきたがために、
ずっと死後の恐怖を背負いながら生きる羽目となってしまいました。
キリスト教とは、信者に死後への恐怖心を植え付け、教会につなぎとめる宗教なのです。
教会側は、「そんな風に教えたつもりはない」と言ってもムダです。
雰囲気や言葉遣いだけはきれいですが、
結局は死後への恐怖心を植え付けて献金や懺悔をさせるようにできているのです。 サヒーフ・ムスリム 懺悔の書 殺人者の懺悔を受け入れることについて
http://www.muslim.or.jp/hadith/vol3-647.html
アブー・ムーサーは伝えている
アッラーのみ使いは言われた。
「復活の日が来ると、アッラーは全てのムスリムに対し、ユダヤ教徒やキリスト教徒を一人づつひきわたし、
“これが業火から、あなたを守るための身代りになる”といわれる(注)」
(注)ユダヤ教徒とキリスト教徒は、彼らの誤まった信仰故に、業火に投げ込まれる故、その分だけムスリムが天国に入る余地が多くなる意
アブー・ブルダは彼の父から聞いて語っている
預言者は言われた。
「アッラーが、ユダヤ教徒、または、キリスト教徒を身代りとして業火に投げ入れるので、ムスリムはそこで死ぬことはない」
ウマル・ビン・アブドル・アズィーズは、アブー・ブルダの父がアッラーのみ使いから聞いたこのハディースを語ったのは真実であると述べ、
「彼以外に神は存在しないというその御方アッラーにかけて!」と三度繰返して唱え誓った。
前記と同内容のハディースは、アウン・ビン・ウトバによっても同じ伝承者経路で伝えられている 431 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/30(月) 21:25:08.04 0
ダンテの神曲は預言者を騙ったムハンマドが腹が裂けて糞袋剥き出し状態で地獄に居る様が描かれてるからなぁ。
トマスアキナスの神学大全の文学版と言われる神曲は当時のキリスト教徒のイスラム観が投影されてる。
腐敗した教皇も地獄に居るけどね。
435 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2018/07/30(月) 22:25:28.52 0
(略)
サヒーフ・ムスリム 高慢な者は地獄に、謙虚な者は天国に入ることについて
http://www.muslim.or.jp/hadith/vol3-708.html
アッラーのみ使いは言われた。
「私は、バニー・カウブの父、アムル・ビン・ルハ言い・ビン・カマア・ビン・ヒンデフが、地獄で自分の腸をひきずっているのをみた」
「アッラーのみ使いは、『私はアムル・ビン・アーミル・フザー言いが、地獄で彼自身の腸をひきずっているのをみた。
彼は、最初に、雌ラクダを偶像神に捧げた男であった。』と言われた」
サヒーフ・ムスリム 自ら善を行わない者に関して
http://www.muslim.or.jp/hadith/vol3-802-2.html
復活の日、或る男が連れ出され業火の中におとされる。
そして、自らの腸をひきずりながら、丁度、ロバが、石臼のまわりをまわるように、地獄をまわることになる。 もうこのスレは開くのやめよう
馬鹿馬鹿しいし、疲れる > ルカの方はベツレヘムが一時滞在なのにそこを「家」(マタ2:11)だと思ってヘロデが襲う事は可能なのだろうか。
ナザレ→ベツレヘム→エジプトの移動は470kmを超えるが妊婦にそんな過酷な大移動が可能なのか。
天使は幼児虐殺からイエス一家だけ救ってる場合なのか(神なら全員救えよと思いますが)。・・・
これも同感。
イエスが神なら、なぜわざわざエジプトに逃亡しなければならない
のでしょう。
しかも、そのせいでベツレヘムでは幼児が大量に虐殺されている
というのに、
教会ではそういう都合の悪い話は教えませんし、
その事件を知らないクリスチャンも多いでしょう。
ちゃんとマタイ2章を読めばわかることなのに。
> キリニウスがシリアを治めていた時(ルカ2:2)の人口調査は AC6か7に実際あり、この時期だとヘロデ
(紀元前に死んでいる)が襲えない訳ですが、原理主義者によると「キリニウスが2度シリア総督になっていたのは疑いの余地が無い」そうで BC7頃にもシリアを治めて人口調査を行ったそうです。
BC9-6 の総督はサトゥリヌスなのに何故軍事司令官(?)だかが人口調査できるんでしょうね。
>
> このように神の名を使った史実捏造という神聖な犯罪行為が彼らの信仰心なわけですが、不都合からは徹底的に目を逸らし、都合の良い部分だけつまみ
食いしているのが聖書主義者の奇特な生態なのですね。
まさにこれ。
キリスト教はつまみ食い宗教なのです。
先日、クリスチャンを
名乗る方から、
私が聖書の一部の言葉だけを抜粋するのは良くないと批判されましたが、
クリスチャンの方こそ、聖書の都合の良い言葉だけしか信じていないのです。
キリスト教は聖書の中の
都合の良い言葉だけをつまみ食いしているのです。 そういうのは仏教だって同じだけどね
釈迦はブッダだと言っても自分の部族が滅亡するのを救えなかった 皆さん、よく冷静に考えてください!
元なんちゃらとかいう牧師が運営する教会に騙された求道者や聖徒は多いです。
献金も毟り取られますし聖書ではなく自分の考え方を押し付け、
求道者や聖徒が信仰に従って疑問をぶつけると逆切れし、
クリスチャン面した古い付き合いの元ってヤツラを周囲に取り巻かせ、脅迫してきます。
彼らと付き合っても、少なくてもこの世的メリットは全然有りません。
寧ろ、少ない金を毟り取られタダ働きを強要され、不正にナマポなどを申請させられその金も巻き上げられます。
厄中の人間なんか彼らの食いものです。
厄中のヤツは人生をやり直せるなどと騙され、教会生活を表向きだけ従っても、何回も厄物使用で逮捕され出所すれば、彼らの言いなりです。
古巣でそのような弱者が親分の言いなりに犯罪を起こしてるのをみていればそんな強要は朝飯前でです。
どこかの教会のN田やH本は厄物の所為で頭がおかしく、N田などは再犯を繰り返しています。
彼らが唱える福音も彼らの醜い栄光を表す為です。
異端とも深く関わっています。
韓国から来た教会の一部が成功したので、いつかはビッグになって自業自得の負け人生を見返してやれと考えているだけです。
彼らの夢は野望というよりも、滑稽で惨めな自己の過去からの逃避であり、過度な期待による間違った幸福感で、その祈りは神にきかれません。
だから、いつでもやり直せるとかを強調するのです。
本当の信仰が有るなら、聖書的信仰の面で確かにそうです。
でも、そのやり直しはいつまで経っても幼稚なクリスチャンのままか、逸脱してカルトや異端に走る危険なものです。
しかし、信仰者で無い人間が見たら、社会的に挽回出来ると勘違いして、彼らと関わることが極めて多く、
彼らのいい食いものにされます。
でも、幸いに彼らのブームも去りつつあります。
信心したら金が入ってきて祝福されるという、繁栄の神学という間違った教理などを信奉してるからです。
聖書のごく一部を悪用し周囲を騙します。また、教団に属していてもそれは自分を大きく見せる為です。韓国から渡来した著名な教団に属していてもトンでもない異端と深く関わってる牧師が少なくない。性的犯罪やパワハラを起こす宣教師や牧師が後を絶たないのが実情です。 汝の隣人を愛せよ(他宗教であっても差別するな)と言っておきながら??
イスラムを信じたら「あれはバフォメットという悪魔を崇拝するものだ」??
とぶちかます詭弁。(バホメット=マホメット)??
大きな魚を神の使いと敬いながら、牛や羊を生贄にするのは躊躇しない。??
主を信じて出島から旅立った天草の民は、彼の地で奴隷として売り捌かれ??
その後の消息は不明。??
基本的に「支配者の独善」だよなあ。 キリスト教なんかが根付いたら要らぬ争いに巻き込まれるのがオチ ここはまともな人が多いから安心するわあ
俺は世間一般の人より知り合いにクリスチャンが多い立場だから言うが
やっぱクリスチャンは反安倍の人間が一定数いるぞ
友愛・反戦を邪魔する安倍憎し、って考えの奴が マジで
だから純粋にキリスト教に興味ある人に一言マジで言っておきたい
キリスト教を学んでいく過程で必ず「反安倍」的な人間と関わることになるぞ
純粋にキリスト教だけ学べると思って安易に足を踏み入れないほうがいい
日本が好きとか自衛隊が好きとかそういう人がいくと苦しむことになる確率が高いからな
それだけは先に知っておいてほしいね。 オランダのカトリック教会、聖職者の性的虐待を65年間隠ぺい 報道
http://www.afpbb.com/articles/-/3189785
【9月16日 AFP】世界各地でカトリック教会をめぐる不祥事が相次ぐ中、15日のオランダ日刊紙
「NRCハンデルスブラット」は、国内のカトリック教会について1945年から65年間、
聖職者らによる子どもへの性的虐待事実の隠ぺいに上位聖職者の半数以上が関与していたと伝えた。
NRCによると、オランダ人枢機卿、司教、補佐司教39人のうち20人が、
1945年から2010年まで聖職者らによる性的虐待の事実を隠ぺいしていた。
このため、同じ聖職者らが性的虐待を続け、さらに多くの被害者を生む結果になったという。
オランダ・カトリック教会広報のダフネ・ファンローゼンダール(Daphne van Roosendaal)氏はAFPに対し、
報道の一部は事実と認めてもよいと述べた上で、性的虐待を指摘された聖職者の多くは既に死去しており、全ての事件は時効が成立していると付け加えた。
NRCは、現在も存命している聖職者たちはコメントを拒否していると伝えている。
一方、フランスでも新たに聖職者による子どもへの性的虐待が明らかになった。
仏中部カンタル(Cantal)のカトリック教会の神父(64)が、
3歳から17歳までの兄弟4人に性的虐待を加えたとして、兄弟の家族に告訴された。
兄弟の弁護士が15日、明らかにした。
4人の兄弟は教会の聖歌隊に所属していたという。
虐待があった時期は不明。
カトリック教会をめぐる性的虐待被害の申し立ては、オーストラリアや欧州、北米、南米など世界全域に広がっている。
(c)AFP ダライ・ラマ、仏教指導者による性的虐待 「90年代から知っていた」
http://www.afpbb.com/articles/-/3189792
【9月16日 AFP】チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世(83)は15日、
訪問先のオランダで、仏教指導者らによる性的虐待があったことは1990年代から知っており「目新しいことではない」と語った。
世界の仏教徒ら数億人の尊敬を集めるダライ・ラマは、欧州歴訪の一環で4日間の日程でオランダを訪れている。
14日には仏教指導者からの性的虐待被害を主張する人々の請願に応じ、十数人ほどの被害者と面会。
「心と精神を開いて仏教に救いを見出だしたのに、仏教の名の下にレイプされた」
と請願書で訴えていた被害者たちに対し、虐待を知っていたと認めた。
ダライ・ラマはオランダ放送協会(NOS)が15日夜に放映した番組でも、
仏教指導者による性的虐待について「そういうことは既に知っていた。
目新しいことではない」と述べた。
25年前にインド北部ダラムサラ(Dharamshala)で開かれた西側諸国の仏教指導者会議で、性的虐待の問題を提起した人がいたという。
ダライ・ラマは、性的虐待を犯すような者はブッダの教えを尊重していないと批判し、
宗教指導者たちが性的虐待問題により強い関心を払うよう、11月にダラムサラで開催されるチベット仏教指導者の会合で協議する意向を示した。
また、欧州でダライ・ラマの代理人を務めるツェテン・サムドゥプ(Tseten Samdup Chhoekyapa)氏は14日、
「ダライ・ラマはこうした無責任かつ非倫理的な行為を、一貫して非難してきた」と説明している。
(c)AFP カトリックが日本にしてきたことを考えれば、
本来ならば、次のようなことをされても文句いえない。
●奴隷にされた少女像(以下「奴隷少女像」とする)が作成され、バチカン大使館前やカトリック教会前に立てられる。
●国内のみならず海外にも奴隷少女像が立てられ、「日本でも悪さしてたのか!」とカトリックの子女がムスリムから虐められる。
●「バチカン市国解体!」「スイス衛兵廃止!」「法王制打倒!」「法王フランシスコを許さないゾ!」というプロパガンダ活動を起こされる。
●挙句の果てに、カトリックの長に過ぎないのに「皇」や「王」を使うのは僭上の極みということから、貶める目的で「教酋」なる奇怪な造語が作られる。
●あまりの侮辱に耐えかねて、カトリック信者が抗議をしたら、「クリスチャン凹り隊」という謎の暴力集団から暴力を振るわれる。
しかし実際は、それとは正反対のことをされている・・・orz キリスト教は植民地統治に利用されてきたからね
キリスト教自らも植民地統治を利用して勢力拡大を試みてきた
忌避されて当然と言える Re: 酒とタバコとキリスト教
> 酒とタバコとキリスト教。大人にだって毒は毒、まして子供には、ということですね。
>
> 僕にも与えないでほしかった(笑。
もしかしてクッキングホイルさんはおタバコをお吸いですか?
私はタバコはまったく吸わないのですが、
クリスチャン・ホームに生まれ育った影響かもしれません。
ただ、私の職場の大半の人が喫煙者なのですが、
休憩中にタバコをふかして雑談している輪に入れないことに疎外感を覚えます。
自分がタバコを吸わない人間で良かったと思う気持ちと、
自分は「多数派」に属していたかったという気持ちとがあり、
複雑な心境です。 ひろゆきが宗教の中で仏教が一番マトモだと言っただけで、キリスト教徒たちが発狂しちまうからな。別に、キリスト教を貶してる訳じゃないのに。それに、ひろゆきは、仏教が完璧な宗教だとは言っていない。
それなのに何故、キリスト教徒たちはYou tube のコメント欄で反論するのか。
キリスト教徒には、気に入らない発言だったのか?。
https://youtu.be/Q_IssiKSWkg >>45
それは西方教会(カトリックとプロテスタント)で東方正教会は違う。
でもその東方正教会はイスラムにやられっぱなしだったが。 奇しくも同じクリスチャン
【政界徒然草】石破茂元幹事長の“過去”つつく麻生太郎副総理 「麻生降ろし」の恨みか…(1/4ページ) - 産経ニュース
http://www.sankei.com/premium/news/180917/prm1809170005-n1.html ユダヤ教から見るとイエスは、ただの異端者なんだが。この程度の扱いなのな。
イエス自体がユダヤ教の熱心な信者だったが、肝心のユダヤ教のラビたちからは認められていない。
>>ユダヤ教のラビたちが理想としたのは、地上に天の国を打ち立てることであった。
それははるかなる道のりであろうが、少なくとも不可能ということはないし、律法を順守して生きることの論理的帰結でもあった。
ラビたちから見れば、一気に地上の世界が終末を迎え、天の国が来るというイエスの教えは、ラビたちの常識に反するものであった。
ユダヤ教から見れば、イエスは幻想を見たのであり、ユダヤの伝統の中から咲きでたあだ花であった。 >>15
九州の端っこや東北の辺鄙な村だから流行る
開明度が上がってからはキリスト教なんて受け入れないわな 京で十字架を首から下げて歩くのが流行ってたのも知らないんだな 十月末に仮装して乱痴気騒ぎやったところで、別段、ドルイドに改宗したわけでもあるまいて Re: タイトルなし
> 教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
> 信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
> 救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
> 一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。
教会は自分たちに都合の良い人しか助けてくれません。
一般社会と何ら変わりません。
にもかかわらず、神を信じない一般社会を見下し、
自分達こそが正しいことをしているとのたまう姿が偽善的です。 中公新書
韓国とキリスト教
いかにして“国家的宗教”になりえたか
浅見雅一/安廷苑 著
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2012/07/102173.html
古本店で今日買ってきた。
ほかにもっと面白そうなのがあったのでこれは後回し。 >>59 マル幕府の時代は身分制度が有ってその反発から普及したけど
現代では金さえ在れば裕福に暮らせる。逆に家柄が良かろうが金が無く成ったら終わり
つまり身分制度が無くなったから普及しなくなった。
〇仏教や神道では葬式でも「ご冥福を祈る」の意味は『死者=仏』と定義してるから仏(死者)に直接祈ってる
この行為はキリスト教的には『偶像崇拝』で禁止行為
キリスト教的での葬式での祈りとは神に対して、死者に対しては祈らない
〇原始人の存在が証明されてる。アダムとエバとエデンの園の神話の嘘が暴かれてる
そもそもハルマゲドンで原始人は復活するのか?言葉も喋れないし信仰なんて持ち合わせてないぞ?
原始人が復活するなら信仰なんて要らない事に成るし、復活しないなら原始人には何でチャンスが無いんだよwww
…原始人の存在一つでロジックエラー(論理破綻)するからだよ!信じる奴は知恵遅れだろ! キリスト教の勧誘が来たから、英語の勉強も兼ねて色々質問してみたんだけど、支離滅裂だし全く論理的じゃなくてよく分からなかったな??
キリストと神の違いの説明もはぐらかされたし、??
神の名前ってエホバだっけ?ヤハウェだっけ?って聞いたら神に名前は無いって言ってたんだけど、キリスト教で神の名前を出すのは禁忌なんか? 旧約聖書はキリスト教でも聖典とされていて、その中ではたしかに神はYHWHと名乗っているが
その名はみだりに唱えてはならないというのが戒律にもある
だがその全体がもうキリスト教にとってそれほど重要なポイントではないよな
キリスト教はユダヤ人のユダヤ教から生まれたが、異邦人伝道の過程で脱ユダヤ化したことで
世界宗教となった
神とユダヤ人との間の歴史は、イエス以後の神と世界人類との間の歴史とは異なるのだ 遺体トレーラー、たらい回し=悪臭に苦情相次ぐ−メキシコ:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018091900322&g=int
メキシコからの報道によると、西部グアダラハラ一帯で、
大勢の遺体を積んだ大型冷蔵トレーラーがたらい回しにされ、住民から苦情が相次ぐ騒ぎとなっている。
麻薬戦争に伴う治安の悪化で、身元不明の遺体が増え過ぎて安置所に収容しきれない実態が背景にある。
トレーラーは、西部ハリスコ州検視局の遺体安置所が満員となり、州が2年前から使っている。
100人近い遺体を載せ、郊外のトラケパケ市内に止められていたが
「臭いがひどい」「ハエが大量にわいている」と苦情が相次いだ。
このため、市長が13日に州に対応を要請。
別の市の空き地に移動したが、ここでもインターネット交流サイト(SNS)上で問題となり、グアダラハラ市の州施設に移されたという。
サンドバル州知事は「罰しなければいけない怠慢であることは明らか」と激怒。
18日にコテロ州検視局長を解任した。
コテロ氏は「検察の責任下に遺体はある」と反論、検視局の責任ではないと主張している。
遺体を積んだ冷蔵トレーラーは他にもあり、騒ぎは続きそうだ。
(2018/09/19-09:24) 宗教にハマる人間なんてこの程度の人間だよ。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/15987/20150504/my-life-jesus-ex-monk-pastor.htm
僧侶にたまに牧師に転向する人がいるけど、インタビュー記事を読むとアホかコイツとか思う。
僧侶から牧師に転向した松岡広和牧師のインタビュー記事読んだ。
読んだ感想は、コイツはアホかと。
仏教の源流を辿るために何故か韓国に留学して、ふとしたことで足を踏み入れた韓国の教会でキリスト教の信仰に目覚める。
仏教を勉強しに韓国に留学する時点でアホなのに、韓国のキリスト教で信仰に目覚めるとは。
韓国のキリスト教って、カルトで有名なんだよな・・・・。
カルト宗教にはまったと自分から言ってるようなもの。 >>2 に通じる中田考氏のつぶやき
飯山陽
https://twitter.com/IiyamaAkari/status/1042715516966658048
CBC とのインタビューで「イスラムは西洋の世俗的民主主義と矛盾しない」と
力強く主張するカナダのトルドー首相とコーランを典拠に「明らかに矛盾してますけど…」と指摘するイスラエルのメディア。
中田考
https://twitter.com/HASSANKONAKATA/status/1042734344832344064
聖書でも同じ指摘ができるけどね
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 失礼。 >>2 じゃなくて >>4-5 だった。
一神教とは多様性の否定。一神教と民主主義は馴染まない。 https://twitter.com/haradaiko1/status/1042049537462939649
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはボストン大学で神学の博士号を取得しているのだが、
実は博士論文の前半の45%と後半の21%を他者の論文から盗用している。
盗用は彼の死後に発覚したが、氏の名誉のためにボストン大学は博士号を撤回剥奪しなかった。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) マジレスすると、カトリックもプロテスタントも再渡来(明治期)の時に
布教方針として布教対象を知識層富裕層に限定してしまったから。
要はピラミッドの頂点を信徒にすれば自ずと裾野まで広がるという考えと、
ある程度の知識が無ければ教理を理解できないし、財力が無ければ献金も集まらない、
という理由で一般大衆への布教を後回しにした。
結果、教会は金持ちの社交場と化してしまい、設立当初は貧民救済が目的だった
ミッションスクールも当時の舶来志向の高まりと、教会側の献金欲しさによって
富裕層向けの学校となってしまった。
知識層も富裕層も内輪で固まってしまい、大衆に信仰を伝えるに至らなかったのが敗因。 キリスト教の宣教師が入ってきた時、織田信長、豊臣秀吉の家来衆や
側近にもキリスト信者が多かっやし容認していた。ところが、キリスト教は一神教で他の神の存在を認めず、寺院や神社を信者に壊させて回った。
物を大事にする日本人の精神と、日本の自然神や土地神
(岩や樹齢の高い御神木などまで)壊し、死んだ御先祖様を祀る寺まで壊して回ったから
(他国には日本の様に死んだ先祖を弔う風習がなく百数十回忌など考えもしない風習)
もあり日本人の倫理観に触れる問題になった。
時代が戦国時代ということもあり、日本は農耕民族で当時の兵士の7割近くは農民から徴兵されており、そういう兵士が「人を殺せない。
神様が守ってくれる」と動かなくなったら…領土は守れなくなる。キリスト信者が手引きして寺の門を内側から開け壊す者。日本人を騙して奴隷として誘拐する事件が
相次ぎ放って置けなくなった。
初めは宣教師以外の
布教を禁止し、その後、キリスト教の踏み絵などで完全に信者にを燻り出した。
キリスト教の宣教師は
マインドコントロールで、信者を洗脳する事に気がついた秀吉、家康によって完全
に排除された。近代は、
【良い教えの部分だけ道徳教育に使われている】という状況。
キリスト教が日本に根付かなかった理由は【亡くなった先祖への感謝と法要】と【物を大切にする心】
【他者の崇拝心を否定しない心】これらが無かった事とどこかしら【人種差別】を肌で感じとっていたからだと思いますね。 先祖を大切にすると言えば聞こえはいいが本来遡れば人類皆兄弟皆先祖であるはずだ
しかし実際は祖霊崇拝を行う信仰で祭祀の対象になるのは直系尊属のみである
つまりそこで言う先祖は家制度宗族制度の元作り出された人工的概念に過ぎず非常に政治的なものなのだ >>74
一神教は、多神教や祖先崇拝以上に権力一極集中の意図の元作り出された人工的概念に過ぎず非常に政治的なものなのだけどな。 >>73
うそぉん。
位牌とか周忌とかは、道教・儒教から北伝仏教に取り入れたものだろ。
少なくとも、箸・漢字圏には、そういう習慣があるわな。
それ以外でも、祖霊崇拝は世界各地に広くみられるものだ。
埋葬地・遺体そのものや、その代わりとなる位牌・廟などに決まった期日ごとに祭礼を行うというのは、
仏教・儒教・道教に限らず、結構広範囲に存在する信仰の形態だ。 自然即神の信仰を持つ日本人が反自然の宗教に親しみを持つ訳がない。わざわざ欲求不満の状況に追い込み、暴発して暴力的になるアブラハムの宗教は未開と言わざるを得ない。禁欲をするなら自発的な自由意志から行うのが日本人。神の要請からではない。 >>73
廃仏毀釈で仏教関連のもの破壊しまくったくせになに言ってんだキチガイか >>73が無知すぎてどこから突っ込めばいいのかわからん 日本ではキリスト教はお洒落とかファッション感覚で信仰する人がいるけど、こういったイメージは誰が作ったのか?。
欧州に行くと教会は年寄りばかりなんだが。
そう言えば金持ちのボンボンが通う私立高校もキリスト系が多いような。
でも、よくよく考えると変な話で。イエス自身が金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通すよりも難しいと言っている。
何故か日本ではカトリック=金持ちのイメージがあったりする。実際のカトリック圏の国は金持ちどころか貧乏国家ばかりだし。 >>80
カトリックのビジネスモデルは在来の仏教と同じで、
金持ちに名誉を売って散財させることで成り立っている。
自営業者や地主がお得意様で一般の信者はどうでもいい。
プロテスタントの方は日本では儒学の立ち位置に入ってきた。
インテリが西洋近代思想を学ぶための基礎教養として取り入れたもので、
創世記の内容なんてちっとも信じていないのがデフォ。
だからプロテスタント親米左翼なんていう手合いが出てくる。 >>81
その割には、地動説だの世界平面説だのインテリジェント・デザインを本気で信じているような行動をとる連中はプロテスタントの方ばかりだな。
暦法の誤りを認めずグレゴリオ暦の導入が150年くらい遅れたのもプロテスタント側。
まあ、原理主義だからなあ >>80
通すじゃなくて通るw
ラクダに裁縫させても無理っていうたとえじゃないから キリスト教に限らず何かの宗教に入信する人の話を聞いてると大抵は自己中な印象を受けるんだよな・・・・。
この中でも、キリスト教は特に自己中だ。 一般社会においては、「罪のない人たち」という表現を聞くことがありますね。
戦争、犯罪、自然災害などで多くの人が亡くなったときによく聞かれます。
例えば、「広島や長崎に原爆が落とされ、罪のない多くの人々が犠牲になった」
といった具合に、この表現を時々耳にします。
つい先日、東日本で大規模な震災が起こり、大津波で多くの方々が亡くなり、
死者は最終的には数万人単位になるとまで言われています。
これに関しても、「罪のない人たちが津波の犠牲になった」
と書いた記事を見かけました。
しかし、私がクリスチャンだったころは、
この「罪のない人たち」という表現に戸惑いを感じていました。
なぜなら、キリスト教では「人類はみな罪びと」だからです。
キリスト教の世界においては、人間はみな生まれながらにして罪を背負っています。
そして、罪を背負ったままでは死後、神に裁かれて地獄に行くことになっています。
したがって、全知全能の神と救い主イエス・キリストを信じ、
懺悔して罪を赦された者だけが天国に行けることになっています。
そんな宗教を信じる家庭に生まれ育った私は、
世間で言う「罪のない人たち」の表現に抵抗を感じざるを得ませんでした。 日本のクリスチャン人口は1%以下と言われています。
つまり、ほとんどの人が「罪を背負ったままの人たち」ということになります。
だから私は、例えば原爆で多くの人が亡くなったのは、
「それは、日本人が神を信じていないから神様が罰を与えられたのだろう」
と、自分なりにこじつけて解釈し、
なんとか頭の中でつじつまを合わせて正当化しようとしていました。
しかし、どうしてもつじつまが合わなくなってしまうのです。
なぜなら、原爆の犠牲者の中にもおそらく多くのクリスチャンがいるからです。
そうすると「では、なぜ神はクリスチャンを助けなかったのだろう」
という新たな疑問が涌き起こってしまい、
私の思考回路はジレンマに陥り、にっちもさっちも行かなくなてしまうのです。
私は、神に疑問を持つことは罪だと思っていましたから、
考えてもきりのない疑問を持ってジレンマに陥った時は、
その疑問を心の奥底にギュッとしまいこみ、
あまり深く考えないようにしていました。
もしも私が今でもクリスチャンだったら、
「津波で罪のない人たちが犠牲になった」という記事を見て、
やはり同じ疑問を持ってジレンマに陥っていたことでしょう。
あれだけの被害が大きければ、
地震や津波の被害を受けた教会も少なくないでしょうから。
さて、罪が赦されて天国行きが約束されているクリスチャンの皆さん、
一般社会において「罪のない人たち」という表現を聞いて何も感じませんか? 罪=原罪の罪の意味だから
罪を背負って生きてる=性行為前提に存在する生き物は罪人ってことだよ
だから処女懐胎は罪のない妊娠という考え 罪無き者は石を投げよ
って、マリアのお世話になった、大人の皆さんフーゾク童貞の皆さんは石を投げるのを慎みなさい
まっさらの童貞君は石を投げていいよ
ってことか? >>87-88
「キリスト教は切り捨て教」まで読んだ >>81
面白い見解だと思うけど、ちょっと精査が必要かなあ。
プロテスタントが内包する原理主義的発想を、日本の諸派がどう排除したのか、そこのところの説明が要る。
たしかに、アメリカ深南部のような天動説とノアの箱舟を本気で信じてるような新教宗派は、日本ではほとんどない。
でも、プロテスタント諸派のかなりの部分が米国由来だ。一体どうやって本国以来の教派の伝統と折り合いをつけたのか。 >>93
プロテスタンティズムの特性として原理主義的側面だけを強調するのは不自然で無理がある
ベンジャミン・フランクリンが自伝に記した十三徳のような合理主義、
何でも神のせいにしない自由意志による行動原理、
つまりは信仰を背景としても説明原理に頻用しない、つまりは道徳の独立性。
そこには18〜19世紀に確立した合理主義がある。
当時のプロテスタンティズムを支配していたのはむしろこっちの方だ。
それは徳育という点を通じて儒学教育でおのれを律してきた士族の気質に通じるものがあった。
ディープサウスって要するにケイジャンやヒスパニックのカトリックと接触し影響を受けたってことだろ。
そんなのが勢いを伸ばすのはベトナム戦争撤退によるアメリカの挫折の後だ。
ほかにもセイラム魔女裁判のような原理主義的志向は確かにあるが、それは全てではなく部分的現象にすぎない Re: おはようございます
> はじめましてかな?
> 元クリスチャンである私も「信じるものは天国…信じないのは地獄」って嫌いでした。
こちらこそ初めまして。
キリスト教の天国と地獄の教えは本当に私にとって「重荷」でした。
もう二度とあの世界に戻りたくはないです。
そして、クリスチャンはキリストを信じない者は地獄へ行くと信じているはずなのに、どういうわけか表社会では、非信者の死後の行方については明言を避けたがります。
結局、キリスト教の教えとは、「教会の中だけ」でしか通用しないのです。
教会の外の世界ではキリスト教の常識は通用しません。
> なぜなら生まれ変わりを強く信じてます…
> 前世とかいうとたいがいのクリスチャンは怒ります…
「前世」や「輪廻転生」という考え方は私は信じませんが、
かと言って否定もしていません。
それも一つの思想、文化だと思っています。
> あっ体大丈夫ですか?仕事とか無理しないでくたさいね。
残念ながら、一般社会では無理をしないとやっていけないのが現実です。
不景気=ヒマというわけでは決してなく、不景気であるがゆえに人員が減らされ、
少ない人数で大きな仕事を限られた期日でこなさなければなりません。
残業時間にも制限があり、制限を超えた部分はサービス残業になります。
そこまでしないと会社の利益が上がらないのです。
「コスト削減」と言えば聞こえはいいですが、おそらく多くの企業が、表面上は経営が順調に見えて、内側では多かれ少なかれ無理をしている部分があるのではないかと思います。
「自殺や過労死をなくそう」と世間では言われていますが、現実の企業社会では、精神的にゆとりのある職場を作る「ゆとり」がないのです。
でも、私はこの世に生まれた限りは図太く生きますよ(笑)。
クリスチャン時代は自分が死んだら地獄に行くのではないかと不安な生活でした。まるで自分が神の監視下に置かれているような気持でした。しかし、信仰を捨てて神も天国も地獄も信じなくなったら気が楽になりました。もう神の視線など気にしません。 Re: 公会議では
> こんにちは。私は神学を学んでいるものです。
>
> 「良心に従った生き方をした人は、宗教・時代を問わず天国に行く」とあります。
「どこに」そう書いてあるんですか?
聖書から根拠をお示しください。
> 「行いをするものが私の家族である」と聖書は述べています。また黒人奴隷達の苦しみはイエスの十字架に通じるものがあります。
>
> ですので、答えは「イエス。黒人達は天国に行っている」です。
しかし、キリスト以外に救いはないと聖書に書かれているのはどうなるのでしょうか?
(キリスト以外の)ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。
使徒言行録 / 4章 12節
> しかし頂けないクリスチャンですね。天狗になってはいけないと教会も聖書も言っているのですが…。代わりましてお詫び申し上げます。
私はこのブログで何度も発言していますが、クリスチャンはその場その場で聖書の中の「都合の良い言葉」
を抜き出し、
自分の考えを正当化する習性があります。私は、どんなに良い行いをする人でも、人間は生まれながらにして罪びとなのだから、キリストを信じないものは地獄へ行くと教わりました。
上の方では「聖霊体験さん」が(おそらく)黙示録を根拠にして「キリスト教の教義によれば、神を信じない者は救われない=地獄行きあまりに
単純すぎる。変なこと言わないで終末論もっと学んで下さい。」
と書いています。そしてぴーさんは、キリストを信じなかった黒人奴隷も救われて天国に行けるとのたまう。
では、いったい何を信じればいいのですか???黒人奴隷は天国に
行けたのですか?行けなかったのですか?終末論と何の関係が
あるのですか?人によって言うことがまちまちで訳がわかりません。
もしもぴーさんが、黒人奴隷が天国に行けたと信じているなら、あなたも奴隷になって殺されてみればいいのです。だって、あなたが望んでいる天国に行けるのでしょう? http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1098447070
Yahoo知恵袋で讃美歌「アメイジング・グレイス」の質問が出ていたので
突っ込みを入れてみました。
それに反応したクリスチャンがいますが、
やはり黒人奴隷の死後については明言を避けているんですよね。
黒人奴隷は天国に行けたのでしょうか?行けなかったのでしょうか?
答えは二つに一つでしょう?
キリスト教の教義によれば、神を信じない者は救われない=地獄行きですよね。
普段は教会ではそう教わっているくせに、
いざはっきりとした回答を求められたらクリスチャンは答えたがりません。
しかも「神は公正なお方ですから、すべては神にお委ねすればいいのです。」
と、クリスチャンのお決まりの逃げ方。
はっきりと「答えが分からない」と言えないものだから、
そうやって神の名を使って答えたつもりになっているのです。
おまけに信仰を捨てた私を小ばかにした発言。
そうやって不信仰なものを小ばかにするのがするのがキリストの教えでしょうか?
run_2_oxさんの発言にクリスチャンの典型を見た気がしました。 >>95
(広い意味での)アルミニアン的発想(の宗派)って、そんなに日本に入ってきてるかなあ?日本の主流とは随分方向性が違うと思うんだけど。
日本のプロテスタントは、全的堕落と予定説という新教のガチガチコア部分にこだわる人が圧倒的。
むしろここが、日本のプロテスタント信者の心をつなぎとめてるように見える。
よく言われるのは、「日本人のクリスチャンは新約しか読みたがらない。旧約も原罪のところしか読まない」という話。
俺は、日本のプロテスタントはむしろ、「消えゆく浄土教(阿弥陀仏崇拝)の残りカスの残骸を拾った」と考えている。
他方で、カトリックは「壊れゆく旧仏教信者の貴族的自己満足」の一部を継承したようにみえる。
儒教はそのまま、神道の国粋主義がまるごと「接収」して手放さなかった。俺の目には剽窃にすらみえる。 自分の肌感覚だと、イスラム教徒よりキリスト教信者のほうが
日本文化や天皇陛下などに対して極めて不寛容で、
やたら自分達の価値観を押し付け、変更を強要してくる印象なんだよね。
自国の日本を愛さず、隣人愛とか普遍性を説いても説得力が無いよな。
反日の売国奴と蔑まれているうちは、日本でのキリスト教批判は止まらないよ。
イスラムの方が酷いといわれても、どっちもどっちと言われるのがオチである。
現に日本の極左活動家・団体にキリスト教系がいっぱいいるしね。
プロテスタントだけでなく、一見保守的に見えるカトリックも極左のお先棒を担いでいる。
何と日本の国会でもカトリックの反日活動が取り上げられている。公安警察もカトリックを監視していることを否定していない。 >>101
それは、日本基督教団が、「出生の秘密」の罪悪感を突かれた結果、ウリストに浸食されてしまったことが大きい。
あそこは、結成の経緯をとても恥ずかしいと思っていて、それで反戦運動やら何やらに精を出す。
そうするとそこに「国際交流」があるウリスト牧師がつけこんで、うぶな日本人を洗脳してしまう。
つまり、大日本帝国に「協力したこと」が【宗教教団としての原罪】になってるんだよ。それでその反動で反日に精を出す。
この構造はカトリックの一部にも波及してしまったし、さらに興味深いことにそっくりの構造が浄土真宗大谷派にある。
もはや「念仏的唯物論」と揶揄される東本願寺の左翼っぷりの原点は「戦時中の活動への懺悔」にある。
俺が、日本プロテスタントは浄土教の残骸と考える所以。
この斜め上の懺悔から比較的遠いルーテル系と、もともと全的堕落論を採らない正教会は、基本的に反日活動をしない。
本国と結びついていて、そんなことはどうでもいい国教会もおとなしい。 >>100
>俺は、日本のプロテスタントはむしろ、「消えゆく浄土教(阿弥陀仏崇拝)の残りカスの残骸を拾った」と考えている。
消えゆく浄土教とはいったいどこの異世界の日本の話やねん
浄土真宗は日本の仏教で最大宗派やし
浄土宗かて3位の大勢力やで >>101
>現に日本の極左活動家・団体にキリスト教系がいっぱいいるしね。
>プロテスタントだけでなく、一見保守的に見えるカトリックも極左のお先棒を担いでいる。
極左なら「宗教はアヘン」やで
具体的に極左のキリスト教系団体ちうのを挙げてみぃ
キリスト教とプロレタリア独裁をどう折り合い付けてんねん >>105
プロレタリア独裁を肯定するような古典的な極左はあんまり反日でもないよね。
主流派はソ連式の民族自決を肯定するしトロツキストだって自らの民族性を否定するわけではない。
反日で突っ走っているのはユーロコミュニズムの影響を受けた環境、反戦、児童福祉に熱心な左翼で、
そっちに軸足を置いていると宗教右派と主張が紙一重になる。 >>106
>ユーロコミュニズムの影響を受けた環境、反戦、児童福祉に熱心な左翼で、
そんなん極左言わんわ
そういうのはせいぜい中道左派や >>106
そういう連中が今多様性、寛容を大義に暴れまくって問題になってるわけだな。
そのせいで先進国で右傾化が進行してしまった。 >>104
その浄土宗なり浄土真宗の檀家のみなさんで、【阿弥陀仏の実在】を信じてる檀家が何人いるかね?今やほぼゼロなんじゃないの?
浄土系の檀家が崇拝してるのは、いまや100%先祖霊だ。
浄土真宗の教義では本来誤りのはずだが、それでも檀家は先祖霊を信じてる。浄土宗は頭から肯定するから問題ない。
「南無阿弥陀仏」の意味をわかった上で、信仰告白として念仏を唱えてる浄土系の檀家なんてみたことがない。
浄土系の坊さんは、完全に「檀家の祖先崇拝の代行業」になってる。
僧侶の側でも、真宗大谷派の坊さんが「阿弥陀仏なんて方便。そんなものはない。」と言い放つことはわりと有名。
これこそ「念仏的唯物論」だw
ところが、プロテスタントの信者は基本的に真剣に神を信じてる。それも罪を救う神としての「天にいまします我らが父」を信じてる。
そしてそこにしかスポットライトが当たってない。
既に信仰として崩壊した日本の浄土教的な世界に救いを求めたいタイプの日本人がまだいて、
彼らが、救済する神としてすがってる先がプロテスタントのようにみえる。 >>100
そんな土俗的なw
それ韓国の福音派だろ
フランクリンの自伝は福翁自伝に空気がよく似ているよ
楽観的で前進的で啓蒙的
カトリックには改革派含め見られない
ましてや奥地の中世を再現した原理主義なんて世論では空気
明治の山の手のクリスチャンは、もっと楽観的に祝福をありがたがるファッション感覚だろ
そんな時代だから新教、旧教とともに許しの宗教と言われる正教も人気を三分した
あと「崇拝」とか「自己満足」とか根拠なく仏教に毒づくのをやめろ
日本仏教は明治の後半で盛り返しただろ >>107
フェミニズムの過激なやつって文明そのものを解体し滅ぼそうとしてるよね
少子化も自分らの成果だと喜んでいるだろう
結婚して子供を産むことが性奴隷化やレイプの結果だと言っている フェミニストが左派リベラル勢力で邪魔者扱いされるようになるとはな。 >>110
福沢はイギリスとの関係が深く、国教会に食指を伸ばしたこともあるが、結局はまることはなかった。
国教会の中でもアルミニアンっぽい集団には共感を抱いてたらしいから、論説に平仄がとれてるのは不思議じゃないけどね。
仏教をくさすというより、日本人の宗教観念が歴史的に変化したターニングポイントがあって、これは重要だと思うんだよ。
具体的にはおそらく江戸時代の半ば頃。
「仏さん」といって第一義として指すものが、阿弥陀如来などの本来の諸仏から、「先祖の霊」に変化してしまう。
ここで仏教は実質的な信仰を失ったんだ。祖先崇拝に変化した。
「阿弥陀崇拝」とわざわざ書いたのは、このこと(信仰の対象の重大な変化)を指摘したかったから。
江戸後期になっても、北陸の真宗の檀家は熱心に本願寺詣でをしてるが、内実は中世の一向一揆の宗教的情熱とは全然違う。 >>113
仏教と言ったところで、日本に伝わった時点で、既に内実は道教と儒教の根政体だったからな 逆に儒教が根付いていた韓国に戦後割り込んで
けっこう布教成功してるけどな >>116
韓国は土着のシャーマニズムを織り混ぜながら大衆を中心に布教したからな。 韓国はキリスト教の布教もカトリックもプロテスタント共に成功して左翼勢力も政権を担える位勢力を持っている、しかし日本はどちらも小金持ちのサロンクラブに成り果てた。
なんでや? >>110への続き。
ファッションとしてのキリスト教だったら、別にプロテスタントに限る話でもないし、そもそも洗礼を受ける必要もない。
キリスト教はどの宗派も基本的に「いつでもいらっしゃい」という態度をとるので、礼拝に参加することは出来る。
でも、「処女マリアより生まれ…」「3日後に復活し…」を毎回信仰告白するわけで、
内心「そんなことあるわけねえだろwww」と思っている限り、いくらファッションでも受洗は難しい。
ちなみに、ファッションとしてのキリスト教への開き直りはカトリックのほうが上で、
昔から非信者の結婚式も受け入れてるし、
12月24日の夜のミサに限り、東京都内の有名どころのカトリック教会は半分以上が非信者になる。
これは本当の話(パンとワインを受けに行かない=行けないからすぐにわかる)
プロテスタントの教会ではこんなことはない。 >>118
家制度に食い込めなかったから。今のキリスト教徒は、長崎のキリシタンの末裔を除いて、
明治にうっかり改宗しちゃった人の子孫が、「家の宗教」として代々守ってるだけ。
「うちは浄土宗」「うちは真言宗」「うちは神葬祭(復古神道)」と並行して、「うちはキリスト教」となる。
だから、仏教の檀家がどこでもジリ貧になっていくのとまったく並行して、キリスト教信者もジリ貧になってる。 >>116
根付いてねーよ。儒教は士大夫層だけ。庶民は土人丸出しだった。 キリスト教じゃない割に概念や神話の世界観が受け入れられている。 https://www.nippon.com/ja/people/e00105/
オーストリア人の神職だそうです。珍しいですね。國學院で神道を学んで神職になった、とありますから、神道世界のキャリア、とでも言うべき、いわばエリートですね。しかし、いかに日本が好き、といえども、外国人に日本の神職が務まるものでしょうか。
寝ても覚めてもつまらない迷信に振り回されながら暮らしし、大戸には注連縄、大神棚を始め、仏間には仏壇、不浄には烏枢沙摩明王、久度(竈)には
愛宕神社の札があり、季節季節にはうぶすなの祭りがあり、冠婚葬祭を報告する。
そのような神との関わりがあってこそ、初めて神職足り得るのではないのか、と思われたのではないでしょうか。
同様のことをもっと強く感じるのはキリスト教徒のようですよ。
米国人の知人が日本観光に来られたとき、カトリック信者だということでしたので、日本風建築で有名な、ある教会へ
ご案内したのですが、
「きれいな建築で、珍しいミサを見ることができて、とても良かったが、日本人の神父に告解したり、日本人の神父から聖体を拝領しようとは思わない。」
と言っていました。日本人のキリスト教徒は、まるでカルト信者
のようだ、とも、ミサが終わったのに、若い人がいつまでも教会から立ち去らないのが不思議、とも言っていました。
日本には日本の文化があるのに、どういう理由でキリスト教に
ハマってしまうのか、がわからない、のだそうです。
宗教は文化の一端でしかない。
本場のキリスト教徒はそのことをよく理解できているのです。 キリスト教は人間に必要か
Got Questions Ministries.という団体のサイトに、
なぜ神は、地震、ハリケーン、津波などの自然災害が起こるのを許されるのですか?
というページがあります。答えとして、最初、
神は、宇宙全体を創造し、自然の法則を定められました(創世記1:1)。ほとんどの自然災害は、これらの法則が働いていることの結果です。
ハリケーン、台風、竜巻は、様々な天候のパターンが衝突することの結果起こります。地震は、地殻の組成がずれることによって起こります。津波は海底地震が原因です。
と述べているのですが、次には、
人類が罪に陥ったことは、私たちが住んでいるこの世界をも含め、すべてのものに影響を及ぼしました。被造物のすべてが「挫折感」と「衰退」の影響を受けています。死と病気と苦しみの原因がそうであるように、自然災害の究極的な原因は罪なのです。
と言っています。
自然災害は、神の定めた法則に従って、機械的に発生しているに過ぎないのか、人間が神に逆らって罪を犯すから、法則には
無関係に神がわざと起こしているのか、どちらなのでしょうか。
では、ヴェスヴィオ火山噴火は、麓の同性愛者を懲らしめるための神の罰だった、と考えている人がいることをご紹介しましたが、今回の記事
からも、キリスト教徒は、『神は自然災害を利用して犯罪者を処刑している』、と考えていることがわかります。
そうならば、イエス様は何のためにこの世に来られたのでしょうか。
教会の理屈で言えば、全人類を、原罪を含むすべての死の軛から解放するために、人の世に生まれ、人の手によって死んで、復活した、つまり、そうであることを
誰にでもわかるように証明した、ということであるはずです。その理屈通りであるのであれば、罪が原因で発生する自然災害は、今はもう発生しない、ということになるはずですよね。
宗教なんてそんなもんさ、目くじら立てなさんな、とおっしゃる向きには
何も言いませんが、「神の業が人間ごときに正しく分析できるはずがない」と真剣に考えてているあなた、それなら「キリスト教」が存在する必要はありませんよね(笑)。 キリスト教だろうがイスラムだろうが、一神教で唯一絶対神なんて考えをしてるからバカなんだよ。
神様が何百・何億いたからって何か問題でもあるわけ?www
一つの教えや考えに固執して、それ以外は正しくないなんて考えをしてるからくだらない争いが生まれるんだよ。 >>114
日本書紀には「これに祈ればご利益がある」みたいなこと書かれてるから偶像崇拝なんじゃね >>125
神様の数の問題じゃなく、多くの神を把握するには偶像が必要
一神教の根本は「偶像を破壊せよ」だから結果的に多神教が破壊される 結局それで多神教側も「偶像などに力は宿らない、祈ってる人間は目の開かれていない土人だ」
が多数派になったから廃れた >>95>>110
みたいな話は、実際のプロテスタント信者(牧師含む)をみると、にわかに信じがたいんだよね。
彼らはおしなべて、精神的に繊細でナイーブで自罰的だ。自罰的なんだよ。
とってもいいひとたちなんだ。でもこれは致命的。
これが、ウリストを割れ鍋に綴じ蓋のごとく呼び寄せてしまうんだな。
ウリストの教義はとどのつまり、
「ウリは絶対的に正しいのに迫害されているニダ→ウリは東洋のイスラエルニダ→選民たるウリ民族に神の栄光」
これに尽きる。被害妄想と他罰感情が聖書にこじつけられてカルト化した。
このウリスト牧師がうずうずして拳を振り上げた他罰感情を、喜んで受け入れてしまう。
これで日本のプロテスタントのかなりの部分がボロボロになった。
もし、日本のプロテスタントがアルミニスト的な自由意志の強さを持っていて、
近代的教養としてキリスト教をうけいれたのなら、こんなバカげた話にはならないはず。 >>129
明治のクリスチャンと戦後のクリスチャンは体質がまるで違うんだよ
正教が日露戦争を境に激減してその後ずっと1万人前後で低空飛行しているが、
山の手の明治のプロ・カトだってそのままでは残っていないだろう
明治のクリスチャンの書いたものは面白い、暗くない、自虐的じゃない
>>119の下はファッションじゃなくて商業化だから別の話
明治のカトリックは北原白秋の詩に見えるようなエキゾチシズムの憧れに支えられていた
これも商品的と言えなくもないが、白秋はっ教団側の布教者ではなく文学の素材として当時の風潮を拾ったわけだから
>>113
福沢はほかにユニテリアンの施設をキャンパスに招き入れようとしたことがある
啓蒙主義の先の合理主義の帰結として三位一体否定で神をより抽象化、道徳律中心という
解釈からユニテリアンに好意的になるのはわからないでもない
日本でユニテリアンというとものみの塔みたいな庶民的な泥臭いイメージがあるようだが、
欧米では金持ちとインテリに人気のある、もっとアカデミックな教派がいくつもあるようだ
仏教の変化よりそもそも「崇拝」には軽蔑的な意味しかないよね。
カトリックの前でマリア崇拝と言うとマリア崇敬と言い直させられるし。 キリスト教自体廃れてるってんじゃないの?
他の宗教同様に。
ローマ法皇もお飾りで、最早過去の文化みたいな。
科学と経済が確立された世の中、宗教そのものに人が冷めてるだけなような。 >>130
誤解を与えているとしたらすまない。こちらとしては、崇拝というターミノロジーに他意はないよ。
書き手として価値観的な意味付けはない。「信仰」に置き換えてもまったく意味は違わない趣旨。
普通「祖先崇拝」というから、語彙を揃えて「阿弥陀崇拝」といっただけ。
阿弥陀信仰のほうが普通だと思うが、祖先信仰という言葉は座りが悪い。
祖霊信仰ならこっちの座りは良くなるが、1柱の「ザ・祖霊」を信じるのではなく、
具体的な祖先霊達(複数形。基本的にはその生前を知る親族の霊)に対して祈るという形を示したかったので、
「祖霊」といいたくなかったんだ。 何かなぁ?
誰のお役にも立たない不毛なディスりして楽しいんかな? この前までは鎖国だ攘夷だ言ってたのが世の中御一新となったら文明開化だ富国強兵だってなったり、
昨日まで天皇陛下万歳鬼畜米英でやってたのが今日は教科書に墨塗ってギブミーチョコレートが日本人だから、お上がキリシタンは邪宗門と言ったら邪宗門だし今日からキリスト教で行くって言ったらキリスト教なんだろ >>134
それはただのノイジー・マイノリティだろ。
ノイジー・マイノリティが暴走して破滅しかけるのが日本の病理。 日本で布教しているプロテスタント系は殆どがチョンのウリスト教
の系統だし。カトリックも半分もバチカンやイエズス会の方針に逆らって
共産党支援しているような奴らだから。 ■「カトリックは在特会よりも危険で監視対象である」by公安当局■
2014年(平成26年)3月19日に、カトリックの反日活動が国会で取り上げられて、その際に国家公安委員長が答弁したのがこれな。
「これは、まず一般論として申し上げますけれども、やはり、諸外国からいろいろな対日の諸工作が仮にあったということで、
そういったことは、実は平素から相当我々も関心を持って、
警 察 が 必 要 な 情 報 は し っ か り 集 め て い ま す 。」
↑
ちゃんと情報収集して監視しているそうだwww
正平協よ震えて眠れ。
ちなみに同年10月24日に在特会の件が取り上げられたが、警察庁警備局長は
「(在特会は)いわゆる監視の対象ではありません」とキッパリ明言している。
本当にカトリックが在特会よりも「安全な」団体ならば、
「まず一般論として・・・」と回りくどい説明をせずに、
素直に「カトリックはいわゆる監視の対象ではありません」と明言してもよいはずだ。
そうじゃないということは、公安上の危険性は「カトリック>在特会」とみなされている何よりの証である。 なお国家公安委員長があえて回りくどい説明しているのは、
バチカン市国との外交問題になることと、バチカン当局そのものが反日活動を使嗾しているわけじゃないからな。
バチカン当局も日本のカトリックを警戒して、これまで教皇選出で大きな役割を果たす枢機卿の任命を渋っていたからな。
前東京大司教の岡田武夫なんか2010年の時点で枢機卿に任命されるとwktkしてたのに任命されないでやんのwww
教皇がなかなか訪日しないのも、パヨチン化した日本のカトリックを増長させてはならないというバチカン当局の深謀遠慮からきている。
日本の正平協は好き勝手にやっているが、バチカンの目は節穴ではないぞ。
もっとも日本政府もヨハネ・パウロ二世の葬儀でかなり格下の弔問使※しか出さないことで、
「ちゃんと日本カトリックを躾けろよ」とバチカンに無言の圧力を加えているがなwww
また日本政府は「教皇」の称号と「聖下」の敬称を拒否し、「法王」「台下」を使い続けるなど、露骨にカトリックに嫌悪感を示している。
(なおコプト教会の長には、ちゃんと「教皇」と呼称しているwww。カトリックm9(^Д^)プギャー)
バチカン当局も日本政府の対応にgkbrして、日本カトリックを粛正しつつある。
・司教の中で一番パヨってない前田万葉大司教を枢機卿に任命
・さいたま教区司教の谷大二を更迭(書類上は自主的な退任)
・東京教区補佐司教の幸田和生を更迭(書類上は自主的な退任)
※カトリック信者の麻生太郎総務大臣(当時)がいたのにも関わらず、川口順子内閣総理大臣補佐官(当時)で済ましている。 10月24日の在特会の件は
本来ならば公安当局より「在特会は監視の対象」と言質をとって
ネトウヨm9(^Д^)プギャーってやりたかったんだろう。質問者がパヨク民主党議員だし。
でも実際には正反対の答弁がなされて、逆にカトリックの方が危ないということを証明してしまった。
正平協やパヨク界隈はさぞかし悔しかっただろう。
カトリックm9(^Д^)プギャー >>126
何かに祈って現世利益を求めるなんてガチ道教じゃないか >>135
例えそうでもサイレントマジョリティーが本当にサイレントでノイジーマイノリティに流さてれるのが日本人なんだろ >>142
日本のサイレントマジョリティは徹底してサイレントで何があろうと何も主張しない
筋金入りのサイレントマジョリティやからな
まるで宗教上の戒律で何かを主張することを厳禁されてるようなもんや >>134
攘夷派がいたのも開国政策に転じたのも
黒船の侵略的な来航→砲艦外交による不平等条約→日本の経済的混乱と破綻
という流れがあっての混乱と克服だろう
列強による侵略行為、すなわち不平等条約後の半植民地状態を語らずして日本近代史は語れない
なんでそれをふまえずに日本の混乱だけをあざ笑うバカが増えたかなあ 侵略があってもそこで右往左往するか堂々と迎え撃つかは日本人の問題だからな
元寇の際の鎌倉幕府は終始一貫した態度を取っていた キリスト教は人間に必要か
Got Questions Ministries.という団体のサイトに、
なぜ神は、地震、ハリケーン、津波などの自然災害が起こるのを許されるのですか?
というページがあります。答えとして、最初、
神は、宇宙全体を創造し、自然の法則を定められました(創世記1:1)。ほとんどの自然災害は、これらの法則が働いていることの結果です。
ハリケーン、台風、竜巻は、様々な天候のパターンが衝突することの結果起こります。地震は、地殻の組成がずれることによって起こります。津波は海底地震が原因です。
と述べているのですが、次には、
人類が罪に陥ったことは、私たちが住んでいるこの世界をも含め、すべてのものに影響を及ぼしました。被造物のすべてが「挫折感」と「衰退」の影響を受けています。死と病気と苦しみの原因がそうであるように、自然災害の究極的な原因は罪なのです。
と言っています。
自然災害は、神の定めた法則に従って、機械的に発生しているに過ぎないのか、人間が神に逆らって罪を犯すから、法則には
無関係に神がわざと起こしているのか、どちらなのでしょうか。
では、ヴェスヴィオ火山噴火は、麓の同性愛者を懲らしめるための神の罰だった、と考えている人がいることをご紹介しましたが、今回の記事
からも、キリスト教徒は、『神は自然災害を利用して犯罪者を処刑している』、と考えていることがわかります。
そうならば、イエス様は何のためにこの世に来られたのでしょうか。
教会の理屈で言えば、全人類を、原罪を含むすべての死の軛から解放するために、人の世に生まれ、人の手によって死んで、復活した、つまり、そうであることを
誰にでもわかるように証明した、ということであるはずです。その理屈通りであるのであれば、罪が原因で発生する自然災害は、今はもう発生しない、ということになるはずですよね。
宗教なんてそんなもんさ、目くじら立てなさんな、とおっしゃる向きには
何も言いませんが、「神の業が人間ごときに正しく分析できるはずがない」と真剣に考えてているあなた、それなら「キリスト教」が存在する必要はありませんよね(笑)。 誰だよ、広まってないなんて言うのは。
ちゃんと広まってるよ。
まず、クリスマスだろ?変な俗信でバブル期は女の子とエッチができた。
それとバレンタインデーだろ。
最近はハロウィンまで普及している。
十分、キリスト教は広まっているよ。 >>145
はいバカ発見
侵略の形によって、即迎撃できるか国家体制を変えてまで臨む必要があるかは異なる
知らないんだろうけど元寇は帝国主義戦争じゃないんだよ、おぼえとけ
即武力衝突の元寇と、
薩英戦争のような列強とのいくつかの小さな衝突を踏まえての富国強兵策、
そのための屈折した文明開化策、経済総力戦だった殖産興業策、
その全てがただの右往左往に見えるんだろうからそりゃ明き盲だわ
態度で侵略が防げるとかいちばん頭の悪い精神主義じゃん 日清・日露で勝って条約改正するためだけなら、
べつに本国でも無用の遺物になってるオカルト教に入信して
魂まで売る必要はなかったんだよな
軒を貸して母屋を取られる、本末転倒、
日本のクリスチャンは日本の歴史が生んだ最大の間抜けなピエロだよ 牧師・沼田和也
https://twitter.com/numatakazuya/status/1044403573138763776
もちろん牧師にも私人としての自由がある。わたしがツイッターで自由に意見を述べるように。
だが汲み取りトイレやシロアリと格闘しながら牧会してきた身としては、
ホテルのような礼拝堂で、中古でも300万以上するような車に乗っている牧師が差別や抑圧云々を語るのを聞くと、複雑な気持ちにはなる。
https://twitter.com/numatakazuya/status/1044409235868532736
認めたくないことだが、「誰が」「どこから」ものを言っているかで、
同じ内容が感動的にも、とことん不愉快にも、変容するんだな。
あなたが「わたしは排除された」とか言うてもなあ、
こんなにゆたかな老後を過ごしてるやん、若い人たちの上にあぐらをかいて、みたいな。
https://twitter.com/numatakazuya/status/1044410380519301120
どんなお金持ちでも、マイノリティになりたがるんだな。
喉から手が出るほど、マイノリティと呼ばれる権利が欲しいんだな。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>148
態度で侵略を防げると思ってたのが江戸幕府なんだけどなw
日本人が御祖法を守ろうがどうしようが攻めて来るもんは来るんだけどw
9条で侵略を防げると思ってる現代人もそれを笑えないのが悲しいとこだがw イスラム帝国もモンゴル帝国も強い被害者意識がモチベーションになって世界征服を実現できた。
憎しみを戦う力に変える被害者意識は利用価値が高い。 【天文台閉鎖、FBI】 アポロ捏造のキューブリックも真っ青、太陽に映ったのはマ@トレーヤのUFO
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1537840672/l50
バカウヨはそろそろサヨクに降伏しないと、あとあと土下座じゃ済まないぞ、命乞いのほうが得意かな?笑 >>151
江戸幕府だけ笑えば日本人全体を笑ったことになるのなら、
それこそ維新も要らなかったってことになるだろ 江戸時代は暗黒の中世だからな。
騒乱続きの鎌倉時代・室町時代のが進歩のある分まだマシ 宣教師が工作員だか何だか言うが、マンガやゲームしか知らんやつに限って工作員だとかスパイだとかを万能だと思い込んでる。
そういうのが有効なのはまともに戦争が出来るのが前提の話であって、基本的に軍事力が足りてないならどうにもならない。
当時の西洋の軍隊は対岸のモロッコを攻めるのですら補給が続かないのにどうやって日本まで兵隊を送るのか。
マカオやフィリピンから攻めるのか?
幕府は20万から動員出来るんだがそこには何人いるんだ?
大体通商再開を求めるポルトガルの使者を幕府は斬ってるんだが、それ自体本来なら外交問題であり開戦の口実になり得る。
軍事介入のために日本をセクト化するまでもない。
同君連合を組んでるスペインだって同じ事。
でも実際は何も出来なかったのは日本を攻める実力も根性も無いって事だ。 >>151
平安時代も武装をやめれば世の中平和になると思ってたな。
その結果自衛する必要から武士が発生。
>>155
あーた、明治の歴史家? 実際に中世以下だろ。
18世紀19世紀なんて世界中で食料事情が改善して人口爆増なのに、江戸時代の日本と来たら、人口停滞に飢饉で減少。
贅沢した挙句の出生低下ならマシだが、それどころか、世界中が畜力→風水力→熱機関と動力を移行させている中で、
畜力→人力への後退。
「勤勉革命」なんてなんだか良いことみたいな名称付けているけれど、畜力の中世から人力の古代へ逆行していたりもする。 >>158
17世紀に人口が増えすぎて開発できる土地が枯渇したからだよ 北海道開拓前の日本に大量に家畜を養える牧草地は無い >>156
帝国主義(18世紀から20世紀初頭ぐらい)の話の流れで
なんで大航海時代の話になるかなあ
16世紀頃のスペインやポルトガルは大規模な軍隊を送るようなスタイルじゃないだろ
まず交渉か購入か小規模な戦闘によって
現地の港を使う権利を得て商館と砦を置き、そこを拠点に商売する
ついでに布教したり奴隷貿易したり
大規模な土地を得ても使い道も守れる目当てもないから港の確保が最重要
マカオとか東チモールとかインドのゴアとか、アジアのポルトガルって港ばっかだろ
スペインだって似たようなもので、インカやアステカを滅ぼして広大な土地をまるごと得られたのは
武器の優位とユーラシア文明の総合的な優位、そして頂点の王をいきなり騙し討ちしたからだ
どちらも香辛料や貴金属といった小規模の輸送でを目的とし、大兵力を必要としない戦略ばかりだ
「何もできなかった」ってアホか?最初からする気のなかった愚策を侵略の唯一の方策だと思ってるのか? >>158
以上とか以下とか、いちいち優劣を論じたがる考え方
歴史と世界を語る知性がないんだよ >>159
江戸時代は、増えた人間を動力源に使うという後退ぶりだから、暗黒時代なんだよな。
たとえば、運搬。それまで、馬や牛で運んでたものが、背負子に駕籠。畜力から人力へ後退。
灌漑揚水は、17世紀頭に朝鮮の使節を驚愕させた、水力(川の流力)を利用した自動揚水々車から、
初期費用も安い・人なんかタダとばかりに足踏み揚水水車に取って代わられている。
16世紀には精々鉄砲くらいしか差の無かった技術力のヨーロッパは、日本が後退まっしぐらの同じ時期、
風力揚水からニューコメンの発明で熱機関の揚水機が発明され、その熱機関を運搬機器に組み込んで
鉄道だわな。
石で舗装した道に馬車の作る轍から道路の磨滅を防ぎつつ大漁高速輸送のための鉄軌馬車、さにに
馬を熱機関に換えての鉄道と進歩していく同じ時期に、鉄を量産せず、人力を駆使したタタラの鉄を、
これまた腰に佩く飾りになりさがった刀の切れ味の改良にしか知恵を注がない阿呆ぷりだ。 >>163
立ち遅れてることが認めたくないだけだろ。
どうあがいても、江戸時代は、後退期・停滞期じゃん。
社会制度は、封建制で、農奴制。幕藩体制下の百姓が農奴と認めたくないかもしれんけど、定義にあてはめたら、まさしく農奴。
領主からすると、生殺自由で、移動の自由なし、完全な名前を持つこともなく、まさに、領地のオマケ。
ついでに戸口管理を宗門に丸投げの寺請制。ヨーロッパだと中世前半じゃないか。
妙に識字率が高いと言っても、人治オンリー。基本、知らしむべからず寄らしむべからずで、法令は無く、断片的なお触書の発布のみ。 移動の自由が無いなら何で江戸が出稼ぎ人で溢れかえるんだよw
土地の付属物も何も日本の領主は行政権や徴税権を持ってるだけで、土地自体を経営してるんじゃないんだし。 おもしろいよね。
教科書に「庶民は苗字を持てなかった」とか「重い年貢で苦しくコメの飯は正月
くらいしか食べられなかった」「ぼろぼろのあばら屋に住んでいた」とか、
「うわー江戸時代ってひどかったんだなあ」と信じてたんだよw
神社の奉納とか先祖のお墓とかに苗字が書いてあるのを見てるのにさw
家だって江戸時代に建てた家が近所にいっぱいあるのにさ。
豪邸とは言わんが、ケヤキの太い大黒柱を使った結構立派な農家の住宅だ。 >>164
そもそもそういう方向の占領を行う理由がなかった
だからできる/できないを問う事自体に全く意味がない、ってまだ気付かないのか >>167
耕す農民がそこに居ればいいんだから、農地のオマケとしての耕す正丁がとりあえずいればいい。それが人質というか、土地から離れられない人。
余剰人員が流民になろうと、領主は関心は無いんだよ。
一家全員農業やめるとか、村まるごと町に出るとか、やろうとすると一罰百戒的に打ち首だよ。 >>168
苗字でなくて、屋号や字名だけれどな。
名前の字でなくて、地名の字な。田舎だと残ってるところもある、田んぼの名前だよ。 幕府はスペインやポルトガルを恐れてなかったし、寸土でも取られるなんて思ってなかった。
むしろスペインの方が呂宋などに日本人が攻めてくるのを恐れてた。
幕府が懸念したのは全面開国を続けて日本が国際的経済システムに組み込まれたら、インフレが進行し、土地と現物経済に依存してる武士階級の没落を招き、それは幕府の崩壊に繋がるということ。
当然幕府自体も武家政権なので、西洋列強のように没落した大名領を併合して絶対王政に移行し、重商主義を取るなんてのも無理。
そんな能力も発想もない。
それと医学が未発達の当時異人の自由な立ち入りを認めたら疫病が蔓延する。
だから貿易港を限定し出島を作って厳重な検疫体制を敷いた。
外国が攻めてくるとかキリスト教がとか本質的問題ではないのだ。 キリ教系の学校行ったけど、宗教主事はクズだった。キリ教信奉しても同じ人間で、高潔な人もいるしクズもいる。宗教は人の本質を変えない。
戦国時代のイエズス会士が、本国への報告で日本は貧しく、男は貧弱で女はブスだから、奴隷としても価値がないので、遠路航海して侵略するにはコスパが悪い、と言ってくれたおかげで、日本は大陸のように蹂躙されなかった。
どの民族にも一定数発生する宗教依存が、日本の場合はキリ教に向かわなくて良かった。。 東アジア(日本や中国)は他のアジア地域やアメリカ、アフリカ辺りとは国体が違う
例えキリスト教を受け入れても植民地になる事はあるまい
だが、鎖国も決して悪いシステムではない
政府が全体に網をかけて情報や物流を取捨選択できれば
国内秩序を維持するには理想的であると言える
ただし、それだけ政府の責任は重い
広く内外の情報を集め常に国益に適うように、より慎重な選択を求められる
そして国内外からの干渉を跳ね退けられるだけの軍事力を保持し続けなくてはならない
つまり鎖国のシステムに不備があったというより
幕府の運営者たる将軍や閣僚が恐ろしく無能、且つ努力も怠っていた事こそ大罪なのだ
それはそのまま現代日本に通じるものだけど
全てが穴だらけな分、現在の方が尚悪い状態だ
アメリカに頭を押さえつけられ中国韓国に足元から食われている状況で危機管理意識の無い政府
清々しい程に亡国のシナリオ
いっそ鎖国でもした方がいい 新井白石から見たキリスト教。
>>「凡其天地人物の始より、天堂地獄の説に至るまで、皆これ仏氏の
説によりて、其説をつくれる
所なれば、これ又ことごとく
論弁するに及ぶべからず」
白石は仏教の教えを
使ってもキリスト教の説は作れるわけで、とるに足らないという見解を示しています。
「其天戒を破りしもの、罪大にして自ら贖(あながう)ふべからず、デウスがこれを
あはれむがために、自ら誓ひて、三千年の後に、エイズス(イエズス)と生まれ、それに代わりて、其罪を
贖へりといふ説のごとき、いかむぞ、嬰児の語に似たる」
アダムとイブが天戒を破った罪を三千年もあとに
ゼウスがイエス・キリスト
という人間になってこの世に生まれて、罪をあながうことに
なったという話しなど赤ん坊の片言のようなものだ、と切り捨てています。
このほか白石はノアの方舟の話で洪水によって人類のほとんどを
溺死させたゼウスを、全能の神であり「大公の父無上の君」
が皆を善人に改良せず、キリスト教の教えに従わせることをせずに絶滅させるとは何事だ、と述べています。
白石は結局のところ「其教主の像につかへ、灌頂(かんじょう)・受戒・戒律・符呪・念珠等の事共有之候次第、一々仏家と相同じく候」
とキリスト教は仏教と同じ一宗教であろう、とします。そして「謀略の一事ゆめゆめあるまじき事」
とキリスト教には謀略の意図はなく、シドッティの来日にも侵略の意図はなく、ローマの使者として結論付け、その命を助けました。 ヨーロッパを見ればわかるように、教会は一つの権力体だ
受け入れれば必ず政治を左右する装置が一つ増えることになる
何より天皇と何の関係もなく外から絶対的な権威を名乗るものが加わることになるのだ
「日本がキリスト教を受け入れても大丈夫」なんてのんきに構えてられるわけもない >>176
鎖国の最大の理由は内政の統制のためでなく
外国からの干渉をはねのけるためだ
内政だけなら鎖国の必要はない
鎖国前の南蛮人も開国後の欧米列強も
日本に来てやったことは金銀相場の違いにつけ込んだ金の大量買い
どちらの時代も日本の経済に大きな混乱をもたらした
日本側にだって闇取引や地域限定の取引で協力する者もいるわけだから、(有名な奴隷貿易もそう)
手っ取り早い防止策はひとまず全面的な鎖国ということだったのだ
幕府だって内政の一環でたとえば灌漑や護岸や運河の掘削などの公共事業を行なっていて
それは米の増収につながっている
頭ごなしに上から無能だの怠慢だの、それこそコロンブスの卵を罵った阿呆を思わせる わずかでも門戸を開いて結構な交易してたらそれの利潤は莫大なものになったはず
一方的に利益を吸われる関係じゃなくそれなりの生活水準の上昇もあったはず
完全鎖国は比較対象もなくしてしまうが
実際当時で政策の二分があって、何かしら比較ができてたら
鎖国には至らないんじゃないだろうか う〜ん日本にもキリスト教の教会は沢山あるけどねえ。
唯一絶対神とか契約とかいう概念は束縛感が強くて良い
意味でいい加減な日本人には息苦しすぎるんじゃない。
だって、他を否定するんだもの。日本人は基本的に宗教で他を否定しないと思うよ。まあ、政治法曹医療教育やらに食い込んで
日本を動かそうという創価学会Souka-Gakkaiという宗教集団は危険だと思うけれど、その家庭に生まれついてしまった人たちは何の疑問ももってないし個人的にはいい奴もいる。
キリスト教は
日本人の感覚からすると狭量過ぎて受け入れさせるにはなぜキリスト教に入らねばならないかを納得させねばね。
そんな怖い神様なんか嫌だって言うんじゃない。
「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽い」
いやいや、うそうそ、厳しい厳しい。許すとは言うけどね。
レフトビハインド、選ばれし者みたいな脅しともとれることを話しても日本人は笑ってそうかいというだけだろね。
それとね一番大きいと思うのは、先祖代々の墓、お寺と縁を
切るということで誰が墓を守る!ということになる。これは日本じゃアウト。教会に対する日本人
のイメージは決して悪くはないけれど、収入の十分の一は基本的に献金として納めるということを知ればみんな退くよ。 1.ポルトガル商人とキリシタン大名の間で奴隷売買が行われていたことが発覚
2.他国を侵略するのにキリスト教を利用していたことが発覚
3.神道と仏教で特に支障がない キリスト教やイスラム教が無かったら、歴史が1000年早かったよ。
産業革命なんて5世紀とか7世紀に起こってたよ 結局徳川家は幕府を強くするのではなく他を弱める事で体制の維持を図る言わば「貧国弱兵政策」を施いたのである
結果、徳川幕府は細々と生き抜く事は成功したけどただそれだけでしかない
外圧がかかって慌てふためき国防を指示したけど
どこの藩も痩せ細っていて役に立たず、日本全体を巻き込んで200年越しの壮大な自爆を遂げたわけだ >>179
どっちも一緒じゃん。
現代なら、北朝鮮。自国民に外国の事情を知られないようにすることで体制維持を図ってる。 >>186
それやったらなによりもまず書籍の輸入が厳禁されるはずや
徳川時代に日本に輸入された書籍の量は何千万部にも及ぶんやで >>188
その割には、江戸時代に輸入された洋書なんて古書店に全く出てこないよね。
つまらん瓦版やら草子物はウジャウジャあるのに >>189
洋書やないわ
徳川時代に輸入された書籍はほとんど清からの輸入や
なんで突然洋書の話になんねんあほ >>190
衰退まっしぐらの清国の文物を有難がってるようではそりゃ衰退するわけだわ。 江戸時代は衰退期だろう
安土桃山時代の金ピカ豪勢とも違うし世情も暗い
飢饉が多く、また庶民に至るまで肉食を禁止したために
江戸時代の日本人は歴史上一番体が小さかった 身体が小さくて何か不幸せなことがあったのか?
今よりずっと簡単に結婚できたし子供も作れた
背丈ばっか気にして優越感や劣等感にとらわれるなんて朝鮮人かよ 江戸期は文化破壊が意外と行われている。
奢侈禁止の名目で安土桃山文化系の建築物は
改築されず制約により消えていくことになる。
城郭などは最たるものだが修理も改築とみなされ
改易の理由付けに使われたことが特に多い。
徳川家でも家光などは、父の建てた東照宮を全て
破壊し新たに作り替えたという話だ。権力者の自己
顕示欲は、浪費を際限なくさせるものらしい。
古代の遺産もこの時代、破壊盗難の害にあっている。
古墳のいい加減な分け方や、正倉院の御物の
流出など江戸期に集中しているのだ。
縦割り行政で連携がなかったことと、行政区分で
盗掘者の扱いなどを調整できなかったのだろう。
平時となり古物を珍重する風潮が広まったことも
盗掘や御物流出につながったのかもしれない。 >>192
何百年も前の内容の判ってる本しか輸入できないような情報統制してりゃあ、そりゃあ、社会は衰退するわなあ。
社会が衰退し過ぎて、書籍の複製もままならなくなったのか? >>195
家康が贅沢大嫌いな人やったから桃山時代の絢爛豪華なもんを憎んでたし
その贅沢大嫌いな家康がキンキラキンの東照宮に祀られたのも皮肉なもんや
きっとあの世で憤慨してるやろな >>194
簡単に結婚できてなかったろ。
貧困層の女は人身売買でフーゾク行き。結婚できない男はフーゾクで抜く。
遊郭大繁盛のフーゾク繁栄社会。
そこそこ豊かな結婚できる層でも、相手は、親や上役が決める。
好きな相手と結婚したくばあの世で、とばかりに、心中が流行る流行る。
今の日本は、20歳以上の年齢なら双方の合意だけで結婚できるし、
嫌な相手と結婚しない自由もあるでよ。
と、体が小さくて困るんでなくて、困ってるから体が小さい。
遺伝子に刻まれてる大きさにまで成長できなかった結果。
原因は栄養不足。 >>197
爺ちゃん大好き・跡取孫大好きの関係だった家光は、襲位するや、上方や飛騨から職工を大集合させて、
家康廟(東照宮)の拡張造営。日本一豪華な廟を造れ、と。 >>198
現代は、晩婚、少子、高齢化
自由なんて家庭と家族をぽいっと捨てる自由でしかない >>190
17世紀後半からは、西ヨーロッパ圏が、科学・技術・文化・社会制度・軍事に於いて、世界の先頭を走ってるからな。
一応、たった一港で対オランダ一国だけど西ヨーロッパ圏の国と関わりを持っていたんだから、そこは書籍の輸入ったら
オランダを介して西ヨーロッパ圏のものが入ってこなきゃあ話にならんよね。 >>201
お前は西洋人じゃないし、お前が偉いわけでも世界の先頭を走ってるわけでもない
お前はみじめな追随者 >>200
ナニナニする自由というものは、ナニナニしない自由と、一体のものだよ。
江戸時代は、結婚する自由もしない自由も無い時代。
親が決める、上役が決める、親の上役が決める、相手と問答無用で結婚或いは、結婚でなく妾に囲われる。本人の意思関係無し。
貧困層の女はは遊郭に売られ、余った結婚できない男は遊郭で性欲発散。
対して、今は結婚する自由も結婚しない自由も好きに相手を選ぶ自由も行使し放題、 >>202
誰が偉いとか言ってるわけでは無いんだけれどw
江戸時代に幕府の情報統制で国力が弱化したと言ってるだけ。 鎖国の悲しさ。無駄もたいへん多い。既得権益と封建主義で
それぞれが癒着していたために暴利を貪る藩官僚とその癒着商人
の強固な繋がりが流通を阻害していた。外国からの資源や技術も
入らず、独占商人によって価格は思いのまま。
カルテルも多く、むしろ談合でしか動かない状態となっていく。
それらは権力者ですら触れられない禁忌となり(官僚はカルテル側に癒着)
改革はほとんど効果を出せなかった。冗談のような話だが松前で産する
北海道の物産が琉球経由で江戸に流通するという事態まであったという・・・
江戸と松前の独占商人が流通量をコントロールしたために高値で暴利だった
のだ。暴利であったために独占外の日本海から琉球にまで回るルートの方が
安いという矛盾が出て結局そのルートがシェアをとったという。
今でも沖縄に昆布料理とかが多いのは、その余波だという話だ。 >>167
江戸時代の大名や旗本の領地の安堵状には、何国何郡何郷田畑何町何石百姓何戸って風に書いてあるのよね。
つまり、農家は田畑のオマケ。田畑を耕す戸数があってそこに各戸一人の成人男の耕し手がありば、それ以上は要らないわけ。
最低限の多が仕手としての男が居なくなるとそれは領主として困るし、耕作放棄の逃亡だと酷い罰せられ方するけれど、
それ以上の人員は搾取の邪魔だからむしろ居ない方が良い。
>>168
苗字じゃないよ。何処の何某という、住所だよ。
集落名や、耕作している田んぼの名前や、戸の屋号。
たとえば、新大和川掘削の中甚兵衛は、屋号が「中」、名が「甚兵衛」。
子孫は、明治の苗字令の際に「中」を姓にしたけれどな。 >>188
江戸幕府公認の思想が儒教で朱子学と陽明学が特に推奨。
チャイナが儒教の本場なものだから、明国や清国から儒教関連の書籍を持って来るのは無制限。
他に農学・薬学は、既に噴飯ものの迷信になってるのに、何故か大国とみなしているからチャイナから持ち込み放題。 >>205
まあ、自由流通でも、定期的に或る程度以上の分量が生産・消費されるような物品は何でも、生産地の近くで値段が高く、中継地や大消費地で値段が安い、
という性質があるんだよね。
一度輸出して出戻ってくる逆輸入品とか、貿易摩擦の口実にされるダンピングとかいうものは、商業流通としては当たり前の現象。
江戸時代なら殆どの藩での主要産物であり、消費品目である、米穀も、定期的に大量に生産・消費される、独占や流通コントロールの利かない、自由流通に
近い状態でのやりとりがされていたけれど、大産地の藩は、地元で飢饉が起こっている中、当然、地元での米穀の値段が高騰している折に、せっせと値段の安い
中継地で大消費地の大坂へ送り出していたんだよね。 >>208
清で流行の考証学が流行れば、江戸漢学でも科学的合理主義が流行したのにな ハリス「彼らはみなよく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も
貧者もない。これが恐らく人民の本当の幸福というものだろう。私は時として、日本を
開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する
所以であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国に
おけるよりもより多く日本において見いだす。生命と財産の安全、全般の人々の質素と
満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる。」彼は江戸城内で将軍家定に
謁見した際「大君の衣服は絹布でできており、それに少々の金刺繍がほどこしてあった。
だがそれは、想像されうるような王者らしい豪華さからはまったく遠いものであった。
燦然たる宝石も、精巧な黄金の装飾も、柄にダイアモンドをちりばめた刀もなかった。
私の服装の方が彼のものよりもはるかに高価だったといっても過言ではない。」
オールコック「封建領主の圧制的な支配や全労働者階級が苦労し呻吟させられている抑圧
については、かねてから多くのことを聞いている。だが、これらのよく耕作された谷間を
横切って、非常なゆたかさの中で所帯を営んでいる幸福で満ち足りた暮らし向きの良さそ
うな住民を見ていると、これが圧政に苦しみ、過酷な税金をとりたてられて窮乏している
土地だとはとても信じがたい。むしろ反対に、ヨーロッパにはこんなに幸福で暮らし向き
のよい農民はいないし、またこれほど温和で贈り物の豊富な風土はどこにもないという
印象を抱かざるをえなかった。」
ちょっと時代は下るがチェンバレンによると
「この国のあらゆる社会階級は社会的には比較的平等である。」「一般に日本人や極東の
人々は、大西洋の両側のアングロサクソンよりも根底においては民主的である」「金持ち
は高ぶらず貧乏人は卑下しない。・・・ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だ
と心底から信じる心が、社会の隅々まで浸透しているのである」 >>211
昭和40年頃にプータン国に農業の技術指導に行ってた人も、そういうようなこと本に書いてたな。
ちなみに、ブータン国は割と最近まで所謂最貧国。 貧しければいいのであれば、南米やフィリピンでも同じこと言えそうだけどどうなの? 以下のニュースを見てもわかる通り、東北地方の人々は、 >>211 に該当しないと思う。
東北地方の人々は、貧しいことを殊更強調する自己憐憫や嫉妬が強い傾向がある。
キリスト教が蔓延したり226事件の参加者が多かったり会津観光史学があったり。
とくに会津地方からは、陰鬱で一神教っぽい朝鮮人に似た印象をうける。
「貧食」のカレー、復刻し大当たり 東北大の真の狙い:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL9V4F4ML9VUNHB005.html ブラジル大統領選挙、中南米の新たな脅威
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54193
政界の腐敗に国民うんざり、極右候補に票が流れる恐れ
2018.9.26(水) The Economist まぁ...カンボジアで国民の1/3を虐殺している時代に
赴任した朝日新聞の記者も”言われてるような残虐行為もなく
国民は豊かに過ごしているようにみえる”って書いてたり
するしな。見ようとしないものには、暗黒とは、見えないもの
らしい。 ●キリスト教のカルト教義「聖絶」とは何か●
ヨシュア記
「この町と、その中のすべてのものは、主への奉納物として滅ぼされなければならない。」
「そして町にあるものは、男も、女も、若い者も、老いた者も、また牛、羊、ろばをも、ことごとくつるぎにかけて滅ぼした。 」
「子供だから助命しよう」「神の声を騙ったサタンの囁きでは」などと考えるのは神に対する背信行為であり、その者も聖絶の対象である。
全知全能の神が「○○人を殺せ」と命じれば、敬虔な信者は忠実に実行しなければならない。
これがキリスト教のカルト教義「聖絶」である。
「聖」がついているので何か素晴らしい行いに見えるかもしれないが、
何のことはない、ただの「民族浄化」を正当化したイデオロギーである。
まさにオウム真理教でいうところの「ポア」と同義語である。
ポアの教義をもってオウム真理教をカルトと断罪するならば、
キリスト教も聖絶の教義をもってカルトと断罪されるべきである。 もしアドルフ・ヒトラーが史実よりも「神がかった男」で、人種よりも宗教を前面に出して
神聖社会主義ドイツ労働者党(Heilige Sozialistische Deutsche Arbeiterpartei、略称: HSDAP、別称: Hezis)を結成し、
ドイツ国民に「神のお言葉によってドイツを救済する」と説いて、預言者兼独裁者となり、
そして神のお言葉として「ユダヤ人を殺せ」と世界中のキリスト教徒に命じた場合、
もちろん「何が預言者だ、このニセ預言者が!」と無視する者もいるだろうが、
決して少なくない数の「敬虔な」キリスト教徒が、率先してユダヤ人を虐殺するだろう。
キリスト教の教義には、そういう危険性が常に付きまとっているのだ。
イスラム教はそういう危険性を回避すべく、教祖ムハンマドを最後の預言者としているのだ。 「ヒトラーなんぞを預言者と認めるわけねーだろ、馬鹿が!」と言うかもしれない。
でもそれは、奴の正体を現代の我々には分かっているからである。
もし数々の奇蹟なるものを起こし、いかにも徳のある人格者を装った預言者だったら、コロッと心服し預言者と認めてしまうだろう。
そして、その預言者が
「これはヘイトスピーチなのかもしれないが、神のお言葉なので預言者の義務として皆に伝えなければならない。『ユダヤ人を殺せ』と神は仰せられた。」
と言ったら、すっかり信じ切ってしまい、ユダヤ人を虐殺するのがキリスト教クオリティなのである。
そういう点で、ヴァジラヤーナの教えと称して信者に殺人を唆したオウム真理教と共通点がある。
キリスト教徒には死刑になったオウム信者を嗤う資格はない。同類の宗教として猛省すべきである。 「白人をつるせ」 仏ラッパーが人種差別的MV、非難殺到
http://www.afpbb.com/articles/-/3191233
【9月27日 AFP】フランスで、ほぼ無名のラッパーが「白人をつるせ」
と歌う曲を作り、白人男性を拷問して銃で撃ち、
最後には木につるすシーンを含むミュージックビデオ(MV)を公開して、国内に怒りが広がっている。
カメルーン系のニック・コンラッド(Nick Conrad)によるこのビデオは、
コメディアンで、過去に反ユダヤ的で言動で有罪判決を受けているディユドネ・ムバラ・ムバラ(Dieudonne M'bala M'bala)が
自身のフェイスブック(Facebook)上にリンクを貼ったことで拡散し、ユーチューブ(YouTube)上で数千回再生された。
26日には削除されている。
白人をつるせという意味のフランス語「pendez les blancs」の頭文字をとって
「PLB」というタイトルのこの曲のMVには、コンラッド本人とその仲間が歩道で白人男性を引きずり、頭を蹴る様子が映っている。
これは、米国のネオナチ(Neo-Nazi)による黒人虐待問題を描いた映画『アメリカン・ヒストリーX(American History X)』の
ワンシーンを意図的に模したものとみられている。
コンラッドはこの曲の中で、「託児所に行き、白い赤ん坊らを殺す。
すぐに捕まえてやる、そして親の首をつるすんだ」と歌っている。
バンジャマン・グリボー(Benjamin Griveaux)政府報道官は
「悪意に満ちたおぞましい歌詞」を「これ以上ない最も強い言葉で」非難すると表明。
ジェラール・コロン(Gerard Collomb)内相も、このビデオの「卑劣な発言と不名誉極まりない攻撃」を猛批判した。
パリ検察当局が調査に乗り出しており、
コンラッドは同国の厳格なヘイトスピーチ(憎悪表現)規制法の下、憎悪扇動容疑に問われる可能性がある。
反人種差別・反ユダヤ差別国際連盟(LICRA)は警察に正式な申し立てを行い、コンラッドの芸術活動の自由は
「肌の色を理由に、白人をつるすよう呼び掛ける自由」を許容するものではないと糾弾している。
(c)AFP 「最後の預言者」ってのはただの生存バイアス。
迫害や暗殺の脅威を退けて新教団を創設拡大できれば、誰でも「最後の預言者」を上書き可能。 戦後の高度成長期は、世界中で一般にみられるものを日本固有のものと決めつけて日本を貶めたり腐したりするのが流行った。
今は一般人も色んな情報にアクセスできるようになったから騙される人が減った。左翼が非武装中立を唱えなくなったのと期を同じくする。
今どき山本七平とか名前を出したら失笑もの。
山本は、日本に溶け込めず、かといって本場キリスト教社会にも溶け込めず、偏った知識と体験をもとに日本社会にマウンティングしようとした愚かな作家。 山本七平は「キリストの幕屋」の手島郁郎とは接点がなかったんだろうか
キリスト教とユダヤ人と日本人の愛国心に関しては考え方が極めて近いように思う
いずれ戦前に国民教育を受けた宗教者は愛国的な傾向があり、
子供や娘婿に跡を継がせると戦後教育の効果もあって反日的になるのはよくあること
手島の場合は外遊・巡礼の後に日本文化を尊重するように方向転換したが 世界最強知能指数養成法、
将棋は、ハムとラピュタ玉で慣れると良好。
https://i.imgur.com/vitnXVi.png >>215
真顔で平然とただの偏見を語るのってただの間抜けだよ >>210
もちろん考証学書もたいがい日本に輸入されてる
日本では考証学ではなく古学というものが流行したが (仁齋や徂徠など)
日清どちらも公認の学は朱子学だった 光明皇后ゆかりの経典だった…来場の研究者指摘 : 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20180928-OYT1T50100.html?from=tw
2018年09月28日 17時41分
聖武天皇の妻・光明皇后(701〜760年)が、両親の冥福を願って写経生に書き写させた経典「一切経」の1巻が、
高野山真言宗の古刹・法道寺(堺市)で見つかった。堺市博物館などが確認した。
4年前に展示していたが、調査し直したところ、皇后ゆかりの写経とわかった。
「雑阿含経巻第三十六」(縦約27センチ、横約10メートル51)。
巻末が切り取られ、そこに書かれていたとみられる願い事や願い主、
写経の日がわからず、市博物館は2014年に展示した際に「平安〜鎌倉時代の経典」と説明していた。
展示を見た研究者から、「光明皇后の経典では」と指摘を受け、市博物館などが調査。
文字がやや平らで整った書体、「言偏」の第2画が長いなどの特徴が、
奈良国立博物館(奈良博)に寄託されている重要文化財「雑阿含経巻第三十九」などと類似していることから、
これらと同様に、743年(天平15年)5月11日の日付をもつ「五月十一日経」の1巻と判断した。
(ここまで426文字 / 残り217文字) キリストはもう死んでいるから広まりようがないという、リゾートなりの流行。 >>197
>>197
贅沢嫌いな割には、死ぬほどテンプラ食いまくってんじゃん >>197
同時代の記録には、
「秀吉は建物が派手好き」「家康は衣服が派手好き」
というのがありましてね。
たしかに、家康は、エリザベス1世が着用したような、舶来品の女性向け巨大レース襟飾りを愛用したり、衣服は派手好きだった。
でも衣服は建築と違って後世に残りにくいので、家康の派手服飾好きは忘れられてしまった。 >>234
それは違う。
家康はあらゆることを自分で実際に体験して確認する性格だったので、舶来の派手な服装を試すことがあったに過ぎない。
旗本・御家人の間で人気になっていた遊女を召し寄せて、人気の理由について知ろうとする好奇心も持ち合わせていた。
キリスト教についても実際に様々な意見を聞くなどして、十分に考えた末で禁教に踏み切っている。 >日本は封建社会だったので神の下に人類は平等とかいう教えは幕府としては気に入らなかったとからしい
いや、その手の「幕府(やら大名やら)は全て悪夢の独裁者で民衆は抑圧され思想や言論を厳しく統制されていた」的な見方はアカバカ系の教師の与太話w
当時のキリスト教ってのは、神は絶対の存在であり、その神に祝福された白人こそが真の人類であり至上である
有色人種は類人猿に近い亜人類で、平等なのは人類である白人同士だけだが、亜人類であっても神を信仰し白人に仕える事で神の国へ近づける、みたいな感じでね
その教義でもって日本人を信者として洗脳して海外に連れて行き奴隷として売ってたのが発覚してたのよ
中には奴隷商人と結託して領民の娘を売っては火薬やらなにやらを買い込んでた大名やら豪族なんてのがいてね
そんな大々的に人身売買なんかされたらそりゃ幕府だって怒るだろと >>237
日本に宣教師がやってきた頃は西洋人は陸ではトルコ人にかなわなかったんだから白人至上主義なんてあり得なかった。
アメリカ人女性は黒人男性の前で平気で着替えたけどスペイン人男性は先住民との間に子供を作って通訳にした。
奴隷貿易だって元々奴隷市場のあった場所で新たな販路を開いただけだし。 江戸時代は平等社会だ
日教組にだまされてはならない >>239
民衆が良い生活を送れた地域もあったしそうでない地域もあったので、一概に言えない。 おめーら過去にキリストの名の下に散々悪事働いてきたじゃねーかw
十字軍然り奴隷貿易しかり・・・なんてことない、神様に責任押しつけているだけで自分の行動に関しては抑制できていないってだけじゃねーか。
そもそも懺悔すれば贖罪されるなんて都合の良い事をずっとやってきて、あまつさえ免罪符だかを金で買ってたんだろ?
「地獄の沙汰も金次第」なんて言葉がこっちにはあるが、少なくとも何かやらかしたら地獄行決定されている時点で、現世での金で免罪されるよりかは遥かに道徳的だ。 免罪符を自己批判できるキリスト教はまだましだろう。
イスラム教はサダカ(喜捨)を制度化しており免罪符どころではないが、誰もイスラム教のサダカを批判しないではないか。 >>242
贖宥状の問題は全くの神学論争で、
イスラム教でこれに対応するのは最後の審判の日のとりなしの問題だと思う。
物質的な貧民救済は立教以来のイスラム教の根幹の一つだから、
ザカートやサダカを否定するなんてあり得ない。 追善供養ねぇ。どうだろう。
イスラムへの改宗を頑なに拒否した恩人アブー・ターリブに対してムハンマドが取りなしたハディースもあるにはあるが。 キリスト教の教義は多分善人が作ったんだろうが
ゆえに矛盾に至る
イスラムは偽善者や悪人が作ったのだろう
だから国政にもいかせる キリスト教徒が虐殺したらキリスト教のせいにされるがモンゴル人が虐殺してもテングリが悪いとは誰も言わないんだけどな モンゴル帝国は大量殺人の正当化に宗教を利用してないだろ。 >日本は封建社会だったので神の下に人類は平等とかいう教えは幕府としては気に入らなかったとからしい
ヨーロッパかて封建社会やったやん
特にドイツは封建制終わったの日本より遅いで ヨーロッパは領主もキリスト教徒だからな
キリシタンの民が異教徒の領主には従わないって状況が生じたらお上は困る >>246
モンゴル帝国は異教徒の排除とか聖地奪還とかを大義名分にしていなかったしなあ。
それどころか信仰の自由の保障をしている。ジンギスカンのヤサ法典の第一項が、「互いの信心を尊重しあうべし」だよ。
政庁や有力者の屋敷は破壊しまくっても、神殿や廟や寺は壊さないんだよ。 文字文明を持たない原住民ばっか洗脳して数を稼いでるくせによくいうわw >>246
クビライ大王って、母親はキリスト教徒、自身はテングリ信仰、帝師にチベット僧、廷臣・官僚にイスラム教徒がいっぱい
って具合だっからなあ。 キリスト教の神は他を排斥する異教徒というドグマを持っている、異教徒は殲滅
日本は神という言葉はあるがそれについての教義もなく教祖も居ない、居るか居ないかの言及も無い、人智を超えたアンタッチャブルだがそこから離れてはならないとする意識がある
そもそも、Gotを神と訳したこと自体に大きな問題がある、ブッタは仏、キリスト教はゴット、イスラムはアッラー、神は神とすべきであった
Gotを神と訳したことは、アメリカを日本と訳したようなモノで混乱誤解は避けられない キリスト教は異教徒討伐と称して十字軍を結成し、罪の無い人達を
次々に残虐していった。そんなの神として信じるか?
あと、ザビエルが日本にキリスト教を布教したとき、
「信じれば救われる」と言われた農民達は、
自分だけ助かっても意味が無い。先祖はどうなるうだ?と聞いたら
信じた人達だけ救われると聞いて、全ての人を救わない
お前の神は随分心が狭いんだな。と一蹴されたそうだ。
そういえばキリスト教のプロテスタントはよく事件を起こすよね。
そんな危ない宗教、誰が入るの。 >>258
イスラム教も、初期にそういう問答に遭遇しているよね。
マホメットの叔父で養父のアブタリブはマホメットを後見し支援しながらもついぞイスラム教に入信することなく旧来の多神教の信徒のまま死去。
大変な人格者でハーシム一門の重鎮長老、マホメットも大恩のある人だが、そのアブタリブは天国に居るのかと問われたマホメットが答えに窮した。
ハーシム一門やその縁故者たち大勢の怒りを買って、メッカからメディナに落ちのびる原因となってる。 昨日牧師の説教聞いてきた。
あそこまで人間に対して自虐的な宗教だと何の感慨も共感も湧かないもんだな。
昔の人間はきっと業が深かったのだろう。 >>261
それは違う。
メディナに逃れる直接の原因になったのは、ムハンマドが語った「夜の旅と昇天」の神秘体験談だよ。
カアバ神殿近くにある従姉妹のウンム・ハニ宅でその神秘体験をしたことで姦通を疑われてメッカでの社会的信用が失墜した。
ムハンマドは実娘ファーティマを伴っていたのでウンム・ハニとの情交はなかったと思われるが、
年上妻ハディージャを失って日が浅い時の出来事だったので余計にこじれた。 モンゴルのテングリ信仰は漢民族の「天」崇拝と基本的に同じものだよ
人格のないシステム的な神だ
覇権を執った帝王はいつでも天意を代行できる >>257
神よりもっと適切な訳語あるで
天主や
教会でも一時期神を天主に改めようとしてたけど、すでに神が普及してたからなかなか受け入れられんで結局言い換えは諦めた
中国ではYHWHを天主と訳してるし漢訳聖書でも天主になってるんやけど >>257
>>265
でも、ラテン語のdeusも英語のgodも、本来は土着の多神教の神々を指す単語だったんだよなあ。
欧州のどの民族も、YHWHなるものを知ったとき、多神教の「神様」という単語の単数形が転用された。
godは「かみ」ではないという話、ドヤ顔で語る評論家が多数いて、中学や高校の国語のテストに出たりするけど、
語源をちょっとは調べたらどうなんだ?と思う。 >>267
「わたしのほかに何者をも神としてはならない」 >>267
それは誤訳ではない
意図的な新定義による命名だ
何度も繰り返されてきた
新しい例ではアイヌ語訳聖書でKamuyはGodの意味で使われている
誤訳っていうのはモリソンがGodを「上帝」と訳して現地人に誤解されて
拝上帝会と太平天国ができちゃったようなやつだ
当時「帝」「皇帝」の下に「王」という官職があって地方を統治するという概念があったせいで
洪秀全は「上帝」に遣わされて地上を治める「天王」を名乗ったのだ
いろんな神様が官僚制の序列関係で組織された道教の神学体系のように >>266
だから、DevsにはDeva、GodにはGodessという女性形があるよね。 一語一義しかないと思ってる奴には難しすぎるだろ>神の訳語問題 キリスト教が世界各国の植民地支配の前段階で宣教されていったの
には理由がある。それはキリスト教会の教えが服従の構造を生み出してくれるからである。
キリスト教は神、キリストへの服従、愛、受容(または寛容)、忍耐を教える。これら一つ一つは
素晴らしい道徳であり、これらを守り生活すればより豊かな人生を歩めるだろう。しかし、これは個人レベルの話しである。
民族とか国家という大きな枠組みでキリスト教の教えを受け
入れてしまったならば、それは悲劇をもたらすことになる。
支配者にとって被支配者はなるべく自分たちに従順であることが望ましい。その次に望ましいのは
不満を持ちながらもそれを爆発させずに反抗しない被支配者である。
キリスト教の教えは被支配者に服従の構造を与えてくれる。
たとえ、自分たちの支配者が自分たちに不利益な行いをしようと、愛と受容と忍耐を教え込まれた被支配者たちは、支配者たちに抵抗することは無い。
それは、抵抗することは教会が教える愛の精神に反するからである。殴られたら殴り返すのではなく、ただ無抵抗に耐えるのが教会が教える愛と受容と忍耐である。 また、この世での不満があっても、キリスト教は御国=天国という次の理想的な世界を教えてくれる。この世が不条理であっても、死んだ後は何の不満もない理想的な世界が待っている。ならば、この世では不条理を耐え忍ぼう。生きている限り我慢しよう。
その様な精神を生み出してくれる。キリスト教の教えは御国=天国という来世の餌をぶら下げることで、被支配者の現世での不満を抑え込む構造を持っている。
もう一つ、キリスト教は人間を超えた、神やキリストという
存在を教える。そのような教えを受け入れた信徒たちからすれば、この世で不条理な抑圧を受けても、その様な存在がいつかは自分たちを救ってくれるという
淡い期待を持つ。これは心の治療薬であり、多少なりとも不満を和らげる効果がある。
これらの要素が絡まり、キリスト教は被支配者に服従の構造をもたらし、支配者たちにとって都合のよい
「良い被支配者」を作り出してくれるのである。 日本の神道の定義だと、おそらく、
・人智を超越した力を行使し得る存在
・現世と常世とを自由に往来する
くらいのものは、神。
キリスト教での、天使、悪魔、精霊も「神」の範疇に入ってしまう。
人の世に悪影響を及ぼす神も、荒ぶる神、まつろわぬ神、祟り神として存在しているので、
悪魔も神なわけよ。 人間を超越し超自然的な力を持つ存在が、
人間の道徳を基準に、人間中心に作られ序列化されていると考えるのが間違いで、むしろ滑稽 だから戦国末期にキリスト教がやってきた時、
デウスを神とは訳さず、天主かデウスのままで
布教活動。 いくらザビエルガー戦国時代ガーと言ってもなあ、新約聖書のオリジナル原文が、のっけからこれなんだぜ?
Arche tou euaggelion Iesou Christou huiou "theou" .(Mark1:1)
【神】の子イエス・キリストのありがたいお話の、はじまりはじまり(マルコによる福音書1:1)
ギリシャ語の原文がこれ。いきなりこれだ。もちろんこれが書かれた西暦紀元1世紀ごろ、
Theosとは、ギリシャ神話に出てくるゼウスだのポセイドンだのの多神教の神々のことだ。
誤訳ガーどころか、翻訳もへったくれもない。原文オリジナルの著者自体が、
theosという単語をそのままYHWHを指すものとして転用した。 宣教師たちはいきなり土着の日本語で神を呼ぶのがためらわれたんだろうか
まだ強固にカミの概念が残っている状態で、
カミという語形のままでは唯一絶対の創造主を住民に理解させるのが困難だったのかも知れない
自分たちの感受性の問題として、土着の概念とは別のものにしたかったのではないか
土着の多神教の神を指す語がYHWHに使われるまでには、
教化の過程でそれなりの時間と慣れが必要だったのかも知れない
ペルシャ語のホダー、ロシア語のボーク、ゲルマン語のゴッドの類、みな多神教の普通名詞の神だ 新たなデウスという概念を持ち込もうにも、一神教なんてはなから知らん社会の人にそういう単語を植え付けたところで、
既存の神々の一つにあてはめて、デウスという名前の夷神の一柱くらいにしか理解しないわなあ 昔キリスト教の宣教師が朝鮮のシャーマンにキリスト教を紹介したところ、
「ではイエスと言う神も一緒に祭ります」と返された
一神教というものを知らなければそういう発想になる
宣教師は頭抱えただろうけど 一神教の神の概念だってかなり幅があるわけで。
出エジプト記に出てくる嫉妬深い神と一周回って無神論になりかねないイスラム教の神じゃ全然違う。 創世記には「神がこっちに向かって歩いてきた」なんて部分もあるし
一神教といえど小難しい神学やら以前の時代には
多神教の神様と同じような肉体を持った「神様」だった
それを深く追求していくと
全宇宙の創造主で自然からも論理からも超越した全知全能の存在が
姿形のある神様ではおかしいということになったわけで 北米インディアンのスー人とかダコタ人の、英訳するとTHE GREAT SPRITという信仰対象も
一神教で且つ汎神教。 仏教でも大日如来は全宇宙を包摂する無限の存在で永遠不滅の真理そのもの
これはもうほとんどYHWHと変わらないくらいの超越者やろ 旧約の神は本来厳密な唯一神ではなかったんだよ
他の民が拝む神の存在は認められてた
ただヘブライ人が仕える神はYHWHのみであるというだけ >>288
大日如来は宇宙そのものだけど宇宙の外に存在するわけではないし宇宙を創造した存在でもないので微妙に違う >>289
そんな3000年前の場合を持ち出してもね >>289
北イスラエルが滅ぼされた理由知らないとか聖書エアプだろお前 >>283
多くの場合、多神教の神だといっても固有名詞ではなく普通名詞を使っているので
「たくさんあるうちの一つ」にはなりえない
>>284
今ではハヌニム(神様)になっているけどな
ただしそれはハヌル(天)+ニム(敬称「様」)という言葉
そしてキリスト教徒だけはよく「ハナニム(直訳:ひとつ様)」というちょっと違った語形を使う ハヌニムって桓因(釈提桓因=帝釈天)の朝鮮語読みだと思ってたけど関係ないんだな >>295
外来語は導入に際して意味の範囲が変わることなんて多々あるんですけれどね。 キリスト教はオカルト全開だから教育を受けた人間に広まる筈がない
ヨーロッパでの信仰心の衰退は顕著 >>295
言ってる理屈が俺にはわからんw
普通名詞だからこそ、デフォでは数あるもののうちの1柱つまり"a god"として取り込まれちゃうんじゃないの?
これをTHE god、あるいはGodにするためには、一神教の宗教狭義を、その言語社会に徹底的に浸透させなければならない。
そうして、他のgodを社会から抹殺して、ひとまず布教が完成することになる。 >>297
別に珍しいとも唯一無二の例だとも言っていないんだが >>299
言ってることがさっきと違うぞ
>デウスという名前の夷神の一柱
にはなりえない、ということだよ
どこの多神教でも、それぞれに固有名を持つ神がいて、
それとは別に神々全般を指す普通名詞としての「カミ」がある
この普通名詞を唯一絶対の創造主として「定義し直す」のがキリスト教布教者の行なってきたこと。
こうすることで、数ある神の一つを(他の固有名を持つカミとは別の)デウスやカミと呼ぶという
新しい習慣は生じ得ないということだ >>301
はぁ。
けど実際に、織田信長が四条烏丸通に切支丹宗の南蛮寺の建立の許可をルイスフロイスに対して出していたり、
五島や高槻の隠れキリシタンは、聖母子像を慈母観音の一種として崇めてたり、それよかずーッと昔の飛鳥時代には
聖徳太子が隋に伝わってた仏教以外の夷神、景教回教?教摩尼教等々一緒くたに祀る今宮戎神社を勧進しているしなあ。 一神教の神が全知全能なら、何故こんなにも世界は不完全なのだろう?
って、宗教勧誘してくる奴らに問うてみたい。 >>302
それは情報不足による習合や、無知による固有化だろう
伝道が続かなくなったことによる変容を一般的な布教の過程とごっちゃにするな
景教なんて説教師や聖典すら来なかったじゃないか
伝来したうちに入るかよ >>305
かくり世からこの世界に影響を及ぼしている超越的存在は全知全能のデウスただ一柱のみですよ
なんてことがそう簡単に受け入れられるものでもあるまいに。
南蛮人から直々にカトリック神学を学びラテン語を修めてローマくんだりまで行って法王に謁見まで
して、太閤豊臣秀吉の召し出しを断って司祭を志した四人のうち一人(千々石清左衛門紀員)ですら、
教義が受け入れられず、投げ出しているのに、そこらの無学の衆々が簡単に理解できるかよ? >>306
たった一人しか生んでないのに伝道したうちに入るかよ
だいたいセミナリオでラテン語を教えたって言うけど
日本語研究もそこそこにラテン語で神学文献を読み漁るなんてことすらできるわけもない
まだまだ交流の蓄積が必要だったんだよ
今の日本のカトリックの司祭が聞いたら怒るぞ 仏教も徳川王朝と長州帝国に滅ぼされたろ
日本に残ってる宗教は原始宗教の神道だけ
而もこれが邪教淫祀の類い 日本のクリスチャンとは何故ここまで日本が嫌いなのだろうか。
私は長年キリスト教会の世界で生きていたので身に染みるほど感じたが、日本の教会とクリスチャンは
徹底的に日本が嫌いなようである。ほとんど画一化された傾向である。
クリスチャンである限り、日本を嫌いにならなければならないというのか。
徹底的に日本を非難し、貶める。よくもまあここまでやるなと思うぐらいである。
私はその様な風潮に飽き飽きしている。クリスチャンであっても何故、日本を好きであると言って
はならないのか?日本人なのだから、日本が好きであっても良いではないか。
しかも、彼らが日本のことが嫌いなのは、事実誤認、改竄された歴史が理由になっている。
真実や事実に基づいた上での「好き・嫌い」なら分かるが、そうでないものに基づいて断罪されるのはたまらない。
彼らにとっては、クリスチャンになるということは、日本人を辞めるということなのだろう。
教会は多様な考えを受け入れない。特定の思想に支配されている。その思想に従わない限り、教会に属し、クリスチャンとして生活は出来ない。
恐ろしい場所である。言論統制が敷かれている
社会である。まるで、あの社会に生きているようである。
以前の投稿でも書いたが、教会は極左的思想を持った
団体であり、反社会勢力である。
日本人であることと、クリスチャンであるということは両立できないのか。 「シュテム・クリスチャニアを習っている」まで読んだ でもジミン党ってキリスト教異端日本会議とキリスト教異端統一教会だらけじゃん >>309
なんで日本という「国」を中心にしかものが考えられないの?
その「国」が世界のどこでもあるような虐げる者と虐げられる者でできているとしたら、
一体どちらの味方をするつもりなんだ?
日本が好きか嫌いかっていうことは生存よりも大事なことなのか?
そもそも左翼って日本が嫌いだっていう感情でできているわけじゃないよ
じゃあ好きかって言うと、「そんな事はどうでもいい」が結論だ >>312
日本会議って生長の家の右派じゃん
あれって教派神道だろ
キリスト教じゃないよ キリスト教ってガチで侵略者やからな
学問の進んでいない国に宣教師を派遣して、上手い事キリスト教を広めてそこの歴史や文化を自分達の思想で上書きして乗っ取っていったんやで
それが世界の歴史的事実や
キリシタンを弾圧したのは間違いなく正解やと思う
神様がどうとか言う問題ではない
欧米共の腐った価値観なんて今もそんなに変わってないと思うし、イスラム教と変わらん扱いでええと思うで。 キリスト教とイスラム教に限らずユダヤ教を含むアブラハム啓典宗教は、排外主義と差別思想の塊だよ。 >>309
>以前の投稿でも書いたが、教会は極左的思想を持った
>団体であり、反社会勢力である。
世界同時革命とプロレタリア独裁を主張してるキリスト教会というものを挙げてみてくれ 「極左」とまで言うてるんやからもちろん「宗教はアヘン」も説いてるんやろな 俺の婆ちゃんは日曜礼拝を欠かさないクリスチャンだったが毎年初詣も行ったし普通に神仏に手を合わせてたよ。
小さい頃に語って貰った物語もキリスト教の逸話よりも記紀神話の方が圧倒的に多い。 >>315
文化侵略を跳ね返せるだけの思想的バックボーンをきっちり持ってりゃいいだけだろ
水は高きから低きに流れるもんだから 日本に一神教は相容れないのよ。
神を信じれば救われるとかってのは自然災害大国の日本ではね…
神様を信じました、どれだけ熱心に信じても毎年台風や地震やその他の災害でボロッボロにされるからねwww
信じても救われない宗教じゃ信者は増えないのは当然
今世紀入ったくらいから、ようやく、受け入れの素地ができて来たような気はする。・・・神を畏れ(敬う)ってのが無くなって対等な契約系の考えが増えて来た感じがするからね >>321
ヨブ記など見ても、信じればその場で救われないのは確か
キリストの弟子達やその後の信者も非業の死を遂げた
信者に絶対的服従を求める教会も多い
曽野や麻生、ワタミなどのネトウヨ・クリスチャンはこういうキリスト教の反動的な体質を支配に利用している 他の宗教潰そうとして反感食らったんだろ
ローマ帝国と同じだよ。 単純に日本人形而上の考えができない奴らが多いだけの話だな
即物的にしか理解出来ないから >>317
解放の神学も知らないとか、お前らってほんと、世紀単位で情弱なガラパゴス馬鹿だよな >>318
矛盾を突いて一貫性を持たせようとしているんなら、
それが原理主義の第一歩だ
頭で考えるだけの本で読んだ浅い知識でオカルト優先にするから平気で人を殺す
人を殺さない、どんな相手とも仲良く取引する、異教徒だろうが近所付き合いもちゃんとする
それが原理主義とは正反対の生き方 >>321
そう言われると逆に否定してやりたいね
たかが1%、されど1%だ
日本人が日本的であることにいくらあぐらをかいても、
キリスト教徒の数はここ数十年減りもしていない
地震や台風でボロボロの時に炊き出しや救難で頑張ってるのが教会
寺は何やってるの?神社は?
お賽銭で経済の上前をはねてるだけじゃ愛想つかされてなくなるぞ 宗教問題 23:「日本のキリスト教」という暗闇 単行本(ソフトカバー) - 2018/8/31
https://www.amazon.co.jp/dp/499100022X/
内容紹介
今年6月、国連の教育科学文化機関(ユネスコ)が、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界遺産に認定するというニュースがありました。
しかし今の長崎地方に暮らす「隠れキリシタン」たちは、日本のキリスト教界から「正しいキリスト教徒」と、必ずしもみなされていない現実があります。
日本におけるキリスト教徒は総人口の1%未満。
そんな小さな世界のなかでさまざまな軋轢、不祥事があり、そして仏教や神道以上の停滞傾向に襲われている――。
それが「日本のキリスト教」の偽らざる現実なのです。そういう暗く、小さな世界の課題を“宗教ジャーナリズム誌"としてレポートしました。
宗教問題Vol.23 目次
特集 「日本のキリスト教」という暗闇
特別対談 富岡幸一郎vs広野真嗣
隠れキリシタンの島から見えてくる「日本のキリスト教」の可能性
“限界集落化"するキリスト教会はこの先はたして生き残れるか……松谷信司
インタビュー 「昭和のキリスト教」をぶっ壊せ! ……関野和寛
リベラルの中心で保守を叫ぶカトリック信徒・野村勝美の軌跡……本誌編集部
聖職者たちの怠惰と錯覚が生む教会内での続発する性犯罪……三品純
クリスチャンプレス誕生で起きたキリスト教業界紙界の動揺……小川寛大
日本基督教団に理不尽解任された北村慈郎牧師の10年戦争……古川琢也 >>330
解放の神学は極左だよ
無差別テロで大量虐殺するのが極左だと思ってるお前はお子ちゃまネトウヨwww 「国の好き嫌い」「親中/反中・親米/反米・親韓/反韓」の組み合わせが
右翼や左翼だと思ってるからネトウヨは幼稚なんだよ 例えば反原発が必ず左翼かと言うと先祖から受け継いだ国土を汚すから原発は許さんという右翼も有り得るわけだ >>328
3.11の時の仏教界の活動を知らんのか。 キリ教系の学校行ったけど、宗教主事はクズだった。キリ教信奉しても同じ人間で、高潔な人もいるしクズもいる。宗教は人の本質を変えない。
戦国時代のイエズス会士が、本国への報告で日本は貧しく、男は貧弱で女はブスだから、奴隷としても価値がないので、遠路航海して侵略するにはコスパが悪い、と言ってくれたおかげで、日本は大陸のように蹂躙されなかった。
どの民族にも一定数発生する宗教依存が、日本の場合はキリ教に向かわなくて良かった。 牧師が病気になり話もヘンになってきたので教会行くのを辞めていたら
一人の信徒から小学生みたいな手紙もらったよ。
婦人会に着てください。メンバーは〇〇さん、〇〇さんetc..です。
(精神病患ってる牧師とそのちょっと妄想系の婦人+全盲で耳も聞こえないの信仰あるのかないのかわからん婆さん+
鬱病の本人+子供が障害者の母親が主なメンバーだそう)
次の特別伝道集会は癌を患った牧師の闘病生活の話です。
こういうのはなかなか聞く機会がありませんね!とかいう内容。
しかもその手紙、家の呼び鈴も押さず玄関に入ってきてそっと置いていった模様。
あーーうぜえええええええ!!
気持ちわりーんだよ!氏ね! >>328
Re: タイトルなし
> 教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
> 信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
> 救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
> 一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。
教会は自分たちに都合の良い人しか助けてくれません。
一般社会と何ら変わりません。
にもかかわらず、神を信じない一般社会を見下し、
自分達こそが正しいことをしているとのたまう姿が偽善的です。 >>334
俺は当時いろいろ調べてヲチしてたけど、一言糞だったわw
まるで動いていない。個人としてごく少数の僧侶が動いてた。地元の坊さんは当然不自由な中犠牲者の弔いと遺族の慰めに必死だった。でもそこまで。
2chで問い詰めたら、僧侶がスレに降臨してきて「仏教、特に浄土真宗はそういうことは教義上無理だから。期待するな」と言われたさw
浄土真宗が慈善的活動と教義上無縁というのは、その時初めて知った。 西インド諸島に渡った宣教師「彼ら有色人種は獣か人間か、いかに見立てたらよいでしょう?」
パウロ3世「彼らは獣と見なしたらよろしい、ただしキリスト教に改宗させたら人間と見なせ」
こんな価値観、普通にドン引き案件だよなあ。
日本に来たスペイン・ポルトガルの宣教師たちが日本地図を持ち帰った時も、アウグストゥス4世は近畿地方あたりに線引きして「そこから東と北の部分はスペインに、西から南はポルトガルにくれてやる」って公式の文書で明言してるでしょ。
そういう一神教の独善性とか侵略の意志とか、当時の日本には色々と見抜かれてたんだよ。 結局さ、「信じてくれ」と言われて何を見るか、だよ
キリスト教の歴史を見て、どっかに信用に値する行動したことあった?無いだろ?
信じてくれ本当なんだという言葉だけじゃ、話にならないの
特にキリスト教はあまぁ〜い戯言の様な綺麗なお題目を掲げているじゃないか
それに見合った、美しい美談ばっかりなの?
血塗られたまがまがしい歴史ばかりだろ?
だから信用しないんだよ、行動が信用に値しないから出来ないの
理解したらキリスト教国じゃない日本以下の犯罪率になってから出直しな
ということで、論外。 >>339
そういうデマというかデタラメの知識はどこから仕入れてくるのかな?
すでに1537年5月、インディオ保護の指示を発していたパウルス3世、1537年6月、彼ら新発見地の土着民は全て「真の人間」(veros homines)であり、
決して彼らを奴隷にすることなくその「自由と所有する財産」を保護し、「イエス・キリストの信仰に導くために」彼らに「神の御言葉を説き教え」よ、との勅書を発する。 >>338
Re: 初めまして
> 私は一宮城県民です。幸いなことに3.11大震災で私の家族や家屋、親戚、殆どの友人は無事でした。行方不明になった知人が1人いますが、被災者でなかっただけで幸運でした。グラハムのことなら私も今年3月の記事「震災を利用する者たち」で取り上げています。
>http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/c546df8cba22d5db42c6e27be118b4eb
ご訪問ありがとうございます。
クッキングホイルさんおブログでmugiさんのお名前は拝見していましたが、
mugiさんのブログは一度も見たことがありませんでした。
しかし、その「震災を利用する者たち」の記事を読むと、
私と考え方が一致する部分が多いことに驚きました。
>昔から「タダくらい怖いものはない」というではないか。
>「見返り」 を求めない支援などあるのだろうか。
まさにこれは同感。
結局、あの手の伝道は震災に遭った人の弱みに付け込んでいるのです。
被災地に行って聖書を配るとはなんとおマヌケなのでしょう。
お金や食料や住宅よりも聖書が大事だと思っているアッパレな人たちですね。
そういう人たちは、何も食べないで聖書だけで生きて見せればいいのです。
> 私は小学三年生の頃、校門の前に陣取っていた白人宣教師に「キリストを信じない者は地獄に落ちるからね」と脅されたことがあります。それが私の耶蘇嫌いの原点でした
私は、この教えを小さい頃から教会で聞かされてきたがために、
ずっと死後の恐怖を背負いながら生きる羽目となってしまいました。
キリスト教とは、信者に死後への恐怖心を植え付け、教会につなぎとめる宗教なのです。
教会側は、「そんな風に教えたつもりはない」と言ってもムダです。
雰囲気や言葉遣いだけはきれいですが、
結局は死後への恐怖心を植え付けて献金や懺悔をさせるようにできているのです。 >>341
日本はキリスト教なんかよりもずっと長い歴史を持ってる
「生臭坊主」「破戒僧」って言葉だってあるし、宗教を騙る奴の胡散臭さや危険さは身をもって知ってるさ
まして、禅問答のように物事に矛盾を見出してそれについてあれこれ考える事を良しとしてきた日本人にとって、聖書が真理だ疑問を持つな信じろみたいにゴリゴリ押し付けてくる宗教なんて、殊更に胡散臭いだろうよ。 キリスト教が明治維新と共に解禁された際、信徒や理解者に知識人や富裕層が多かったことから
「キリスト教は金や学のある連中の宗教で一般の信徒は西洋かぶれのミーハーや捻くれ物」
というイメージが広まってしまった、それでも地道な活動が理解され大正期から信徒数は増えていった。
更に終戦から約十年近くの間、先行きの見えない日本で宗教ブームが起きる中でにキリスト教も若者を
中心に信徒数が増えたのだが高度成長期に入ると信徒数も頭打ちになり現在にいたっている。 >>328
>>私は学生なんですが、2月の終わりごろから大学の人の誘いで、キリスト教系のボランティア団体に関わり始めました。
最初の頃はキリスト教の素晴らしい
(上辺だけの)教えに
感動しました。でも、あの3月11日から彼らの本性がわかりました。
彼らは当たり前のように「東北地方は偶像崇拝(寺や神社など)が多いから天罰がくだった」「「神様を信じない人たちに対する神の裁きだ!!
再臨の日は近い!」といった発言をクリスチャン内でするんです。
その光景を見てからはキリスト教に疑問を持つようになって、また上述以外にもクリスチャンの信じられない
現状を知ったので、一週間前にそのボランティア団体とは関わりを絶ちました。
だから私は北白川スーのエッセイをただの冗談とは思えません。 和辻的に言って宗教と風土は切り離せないし
稲作民族は家族・地域労働が必須だから根本的にキリスト教的個人主義と相容れないし
どこでも誰にとっても変わらない一つの特定の真理があるっつーキリスト教的・開拓民的価値観がそもそも合わないとも言える
そんなことを信じてるから布教するわけだが、「布教される」ということがすでに日本人にとって矛盾なのだ
雑多な価値観の一つとしては受け入れられるが、今度はキリスト教の本質と矛盾する。 ユダヤ教やキリスト教といった一神教の特徴となるのは、神と人との「契約」という概念である。
ユダヤ教徒にとってはタルムードやトーラーに示された戒律を守ることが神との契約であり、キリスト教徒にとってはイエスの十字架における贖いと復活が罪の赦しと信じることが契約である。
人は神との契約を履行することで神による救いに与れるのである。
聖書のこのような思想が根底にある西洋の社会は、人間相互の関係も契約とそれに基づく権利と義務という概念で規定される。
王は所領への貴族の権利を安堵しているから貴族を臣従させて軍役を課すことができるのである。
貴族は領民の安全保障を請け負う代わりに領民から地代や賦役を取れるのである。
農奴だろうが乞食だろうがそれぞれに応じた権利は持っているのであり、身分の上下と言っても契約において得ている権利義務の差異であって、契約の主体である「個人」としては対等なのである。
西洋で立憲君主制や議会制民主主義が起こってきたのもその延長で考えれば当然の事である。
然るに日本をはじめとする多神教世界ではこのような神との契約という概念は存在しない。
多神教世界の神はただそこにいて気まぐれに恩恵や災害をもたらす存在でしかない。
人が神に成し得るのはただ供物を捧げて機嫌を取ったり怒りを宥めることのみである。
何において神に義とされるかといった葛藤も存在しない。
そしてそれは人同士の関係においても同じである。
多神教世界にあって支配者はただ偉いから偉いという以外の何でもなく、下々の者は「お上」の慈悲にすがって生きるしかない。
そこに何らの権利義務の関係は成立しないのである。 \>>314
日本会議教団の議員はキリスト教徒だらけだよ
アベも麻生も石破も小泉親子もキリスト教徒 >>337
古代ローマが崩壊していく中で、
けが人や病人を助け、飢えた人に炊き出しを行ったのはキリスト教会
もちろん人員や予算のできる範囲内だったろうけど、
もし彼らが異教徒を助けなかったら教勢は国教になるほどではなく、
世界にも広まらなかっただろう
寺社が経営する病院はいくつある?大学は?
どちらも教会経営のほうが多いのはなぜ?1%しかいないのに >>343
デタラメな情報を平気で書いたりするのは批判じゃなくてただの誹謗だよねってこと イスラム教スレにいたヤツらがこっちに流れてきたんか >>348
安倍、麻生、石破、小泉親子はべつに日本会議じゃないだろ
しかもお前は日本会議から出た議員について名前すら挙げていない
お前が言ってることは印象操作のデタラメだ >>349
>>350
キリスト教徒のボランティア精神なんてこの程度です。創価学会以下だよ。
Re: タイトルなし
> キリスト教の協会とか修道院とかが組織的に被害者救済に動いてくれているのならばまだしも……そんな話は聞いたことが無いんですよね……。
かのフランクリン・グラハム大会のように、
信者獲得のためには躍起になるのに、
こういう災害時の被害者救済のために
教会が組織ぐるみで動いた話は確かに聞きませんね。
ただし、もしも教会がそれをやったら、
マタイ6章冒頭の教えに矛盾するというジレンマを抱えることになります。
「善意は人前で見せるためにすべきではない」という教えがありますから。
もっとも、教会が組織ぐるみで救済活動を行わないのは、
その教えの影響かどうか知りませんけど。
なお、「主の祈り」が登場するのはまさにその箇所の直後です。 キリスト教団体のボランティアなんて偽善だって。キリスト教を宣伝しに行ってるに過ぎない。
本当の意味での善意ではない。創価学会と同じ発想で、ボランティアをやっているのがキリスト教。
Re: 初めまして
> 私は一宮城県民です。幸いなことに3.11大震災で私の家族や家屋、親戚、殆どの友人は無事でした。
行方不明になった知人が1人いますが、被災者でなかっただけで幸運でした。グラハムのことなら私も今年3月の記事「震災を利用する者たち」で取り上げています。
>http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/c546df8cba22d5db42c6e27be118b4eb
ご訪問ありがとうございます。
クッキングホイルさんおブログでmugiさんのお名前は拝見していましたが、
mugiさんのブログは一度も見たことがありませんでした。しかし、その「震災を利用する者たち」の記事を読むと、
私と考え方が一致する部分が多いことに驚きました。
>昔から「タダくらい怖いものはない」というではないか。
>「見返り」 を求めない支援などあるのだろうか。
まさにこれは同感。
結局、あの手の伝道は震災に遭った人の弱みに付け込んでいるのです。
被災地に行って聖書を配るとはなんとおマヌケなのでしょう。
お金や食料や住宅よりも聖書が大事だと思っているアッパレな人たちですね。
そういう人たちは、何も食べないで聖書だけで生きて見せればいいのです。
> 私は小学三年生の頃、校門の前に陣取っていた白人宣教師に「キリストを信じない者は地獄に落ちるからね」と脅されたことがあります。それが私の耶蘇嫌いの原点でした
私は、この教えを小さい頃から教会で聞かされてきたがために、ずっと死後の恐怖を背負いながら生きる
羽目となってしまいました。キリスト教とは、信者に死後への恐怖心を植え付け、教会につなぎとめる宗教なのです。教会側は、「そんな風に教えたつもりはない」と言ってもムダです。
雰囲気や言葉遣いだけはきれいですが、
結局は死後への恐怖心を植え付けて献金や懺悔をさせるようにできているのです。 キリスト教ってマジで差別宗教なんだな。
>>もうひとつ、私の任務がありました。保証人を探すことです。ベトナムから逃れてきた難民たちを家庭や
地域で引きとり、住居や仕事を探す手助けをしてくれる人を見つけることでした。
ある青年の保証人になってくれていた女性が、ある日、その青年といっしょに難民キャンプに来て、
「一か月ほど面倒をみていたけれど、彼をこちらに戻したい」
と言いました。そして、顔をしかめながら、
「クリスチャンだと思ったんです」
と言い、口を結んだのです。
「クリスチャンではないんですか?」
「違います」
不満をあらわにしました。
「彼の宗教は何ですか?」
「仏教です。隠していたのよ!」
吐き捨てるように言いました。
「では、保証人になる前、どうしてクリスチャンだと思ったんですか?」
「やさしくて行儀がいいからよ。忍耐強くて、いつも敬意をもって接してくれたわ。そういう人はクリスチャンに決まっている」
ここではこのような宗教上の偏見や差別にしょっちゅう出くわしました。
(慈悲の瞑想 慈しみの心 春秋社
P69〜70) >>349
仏教の僧侶は自分が乞食をやって在家に功徳を積ませるのが役目なんだから、
慈善活動をやるとしたら在家仏教団体の役割になる。
でも日蓮系と真宗系は雑行を嫌うから密教系か禅系じゃないと難しい。 異教徒を何で助けるんだと言ったキリスト教のボランティア精神(笑)。
偽善じゃん。自分たちさえ良ければいい。これが、キリスト教徒の本音。
日本のキリスト教徒も、自分が良い人間だと思ってるだけ。キリスト教なんて、この程度の宗教。
>>私が難民キャンプに来てからほどなく、地元の新聞に強固な口調
で書かれた論評が掲載されていました。
「米政府は、なぜ納税者の税金を、難民キャンプにいる異教徒の貧しいベトナム人を助けるために使うのか?もしあわれな難民たちがクリスチャンにならなければ-----筆者ははっきり言いたい----地獄に行かせろ、と。
われわれの税金を、悪魔の宗教を広げるために使うべきではない」
私は差別を受けた時はいつでも、慈しみで対応しています。相手の幸せを心から純粋に願い、執着も期待せず、無条件で慈しみを実践するのです。
(慈悲の瞑想 慈しみの心 春秋社 P70〜71) 雑誌の言葉を鵜呑みにして長文コピペ貼りまくっとるアヘアヘ右翼さんおるやんけ >>353>>354は
どこからどこまでが自分の考えで、
引用もどこが地の文で
どこが引用中の引用なのかも判然としない
脳内のぐちゃぐちゃをぶちまけただけの散漫としたキチガイカキコ 基地外さん今お昼食べてるから連呼出来ないのかな?
そのまましんでくれて結構だぞ >>361
これだから、日本のクリスチャンはキチガイ扱いされるんだよ。 キリスト教は弾圧されて当たり前だったからな。秀吉や家康の政策は正しかったわけ。
むしろ、キリシタンが可哀想だと思ってる人間はお花畑。
当時の欧州は、キリスト教を利用して植民地を広めてた訳だし。 経済的にも日本はキリスト教徒相手だと不利益しかでてないな
明治初期や戦後のユダヤ人相手だと利益しかでてない
ユダヤ人は長期的に安定した利益くれるところとくっつく 当時の日本の状況を現代の欧州に合わせて説明しよう。
仮に欧州の外からやってくる宗教をxyz教としよう
そして欧州の中の架空の国A国というものを使って話そう。
欧州から遠く離れた国で信仰されているxyz教という宗教があった。
xyz教は世界は自分達のものだと思っていて、欧州を征服するために善良な宗教家のふりをした宣教師を欧州のA国に送り込んだ。
A国ではxyz教に洗脳された白人のxyz教徒が出てきて「欧州はキリスト教国ではなくxyz教国になるべきだ」と考えるようになった。
そしてA国B州の州知事にxyz教徒が選出されて、そのxyz教徒の州知事は「私の州はxyz教を歓迎します」と宣言してxyz教徒を受け入れ始めた。
そのせいでxyz教徒が組織的にA国B州の女性を誘拐して性奴隷にしても、xyz教徒がA国B州のキリスト教の教会を破壊しても、A国B州の州知事はxyz教徒を逮捕せずに庇った。
それどころかA国B州の州知事は住民に対して「xyz教に改宗するか、改宗しなければ奴隷になるか?死か?」を強制するようになった。
それに怒ったA国の政府と軍隊と国民はxyz教の布教を禁止して、B州の州知事を罷免し、xyz教徒の犯罪者を逮捕して罰して、A国はxyz教国出身の外国人の入国を禁止した。
400年後、A国だけはキリスト教国のまま残ったけど、欧州の他の国はキリスト教も教会も消えてxyz教を信仰する国になった。
上の文章を次の単語に入れ替えて考えてみると・・・
・xyz教→当時のキリスト教
・キリスト教→神道・仏教
・欧州→アジア
・A国→日本
・xyz教に洗脳されたA国B州の州知事→キリシタン大名
・A国の政府と軍隊→徳川幕府と侍
私は邪悪なカルト宗教・キリスト教を撲滅した徳川幕府を評価するし、日本の歴史を誇らしく思うね。
日本は自国の宗教と国民を守るために立ちあがって、裏切り者を罰した。 >>352
アベ、麻生、小泉親子、小池、石破
皆、日本会議教団構成員でキリスト教徒
日本会議教団の門徒じゃ無いのなんて二階だけだよ >>368
安倍晋三はクリスチャンじゃないよ。
妻はクリスチャンの家系らしいけど。
小泉進次郎の宗教は不明。小池って小池百合子のことか?。調べたけど、クリスチャンではないみたい。 押尾学もクリスチャンだからな。たしか、カトリックだったような。 https://www.nippon.com/ja/people/e00105/
オーストリア人の神職だそうです。珍しいですね。國學院で神道を学んで神職になった、とありますから、神道世界のキャリア、とでも言うべき、いわばエリートですね。しかし、いかに日本が好き、といえども、外国人に日本の神職が務まるものでしょうか。
寝ても覚めてもつまらない迷信に振り回されながら暮らしし、大戸には注連縄、大神棚を始め、仏間には仏壇、不浄には烏枢沙摩明王、久度(竈)には
愛宕神社の札があり、季節季節にはうぶすなの祭りがあり、冠婚葬祭を報告する。
そのような神との関わりがあってこそ、初めて神職足り得るのではないのか、と思われたのではないでしょうか。
同様のことをもっと強く感じるのはキリスト教徒のようですよ。
米国人の知人が日本観光に来られたとき、カトリック信者だということでしたので、日本風建築で有名な、ある教会へ
ご案内したのですが、
「きれいな建築で、珍しいミサを見ることができて、とても良かったが、日本人の神父に告解したり、日本人の神父から聖体を拝領しようとは思わない。」
と言っていました。日本人のキリスト教徒は、まるでカルト信者
のようだ、とも、ミサが終わったのに、若い人がいつまでも教会から立ち去らないのが不思議、とも言っていました。
日本には日本の文化があるのに、どういう理由でキリスト教に
ハマってしまうのか、がわからない、のだそうです。
宗教は文化の一端でしかない。
本場のキリスト教徒はそのことをよく理解できているのです。 >>371
>しかし、いかに日本が好き、といえども、外国人に日本の神職が務まるものでしょうか
それだけなら人種的な偏見だ
神道で定まった儀式をすべて済ませているのだからその地位にいるのだろう
神罰も下っていないのに人間に排斥されるとか理不尽にも程がある
>日本風建築で有名なある教会へご案内したのですが
それは選択ミス。相手は日本のエキゾチックなものを見たがっているかも知れないが、
それとカトリックの教会というドメスティックな存在との共存を見たらむしろ不安になるのではないか
そこは日本人未信徒に対して土着な記号とキリスト教との融合を見せて引き込む、
いわば布教の最前線にある勧誘装置だろう。その外国人には逆効果。
>「きれいな建築で、珍しいミサを見ることができて、とても良かったが、
>日本人の神父に告解したり、日本人の神父から聖体を拝領しようとは思わない。」
ほら変わった教会で教義まで変わっていると誤解した。連れて行くべきではなかったね。 >外国人に日本の神職が務まるものでしょうか
つまり、日本人にカトリックの司祭が勤まるのか、ということか? Re: ほとんどのキリスト教徒は天国へは行けないんじゃね?
> キリスト教嫌いの私の意見ですからかなり的外れかもしれませんけど、
> 信仰歴の長さが救済に比例しないとするのはあくまでも教会が触れないだけで、クリスチャンになれば誰でも天国へ行けると勘違いしているか、もしくは教会があえてそう教えている
詐欺的商法に引っかかった人の主張だと思うんですよ
> 桃栗さんも分かってるんだろうけど、キリスト教が信仰歴に触れないのはただ単に教会の経営戦略だと
思います。改宗しても最後の審判で神に裁かれますって言えば、誰もクリスチャン
になって募金なんてしないですよね。何も知らずに天国へ行けると盲信してる
人が神に裁かれる(いると信じてんなら裁かれるよね)なら、滑稽じゃね?
やはり、信仰歴の長さと救われるか救われないかの可能性については、
教会ではタブーになっているのか誰一人として触れないのです。
そして、クリスチャンが死んだら、
なぜかそのお葬式では
天国に行けたことにされているのです。
死の直前に病床で
洗礼を受け(させられ)て一度も教会に来たことがない人も、
やはり天に召された
ことになっていましたから。
キリスト教は、その場その場の都合でなんでも美化してしまう宗教です。 キリスト教にとって都合の悪いことは・・・・・・
ノ´⌒ヽ,,
γ⌒´ ヽ,
// ""⌒⌒\ ) 聞かザル
i / ⌒ ⌒ ヽ )
lj⌒i, (・ )` ´( ・) i/、 批判は聞きません
/ ノ (__人_) | .j
/ 〈ヽ ヽ、__( //
\ /
ノ´⌒ヽ,,
γ⌒´ ヽ,
// ""⌒⌒\ ) 言わザル
i / ⌒ ⌒ ヽ )
!゙ (・ )` ´( ・) i/ 真実は言いません
| (__人_) |
\ /⌒l⌒\/
/ / 人 \
ノ´⌒ヽ,,
γ⌒´ ヽ,
// ""⌒⌒\ )
i / ⌒ ⌒ ヽ ) 見ザル
!゙ /⌒)` ´(´`ヽi/
У ,イ__人_) \ `、 現実は見ません
| く `ー' | |
ゝ " /
本当に分かりやすい単純馬鹿、キリスト教徒 Re: おはようございます
> はじめましてかな?
> 元クリスチャンである私も「信じるものは天国…信じないのは地獄」って嫌いでした。
こちらこそ初めまして。
キリスト教の天国と地獄の教えは本当に私にとって「重荷」でした。
もう二度とあの世界に戻りたくはないです。
そして、クリスチャンはキリストを信じない者は地獄へ行くと信じているはずなのに、どういうわけか表社会では、非信者の死後の行方については明言を避けたがります。
結局、キリスト教の教えとは、「教会の中だけ」でしか通用しないのです。
教会の外の世界ではキリスト教の常識は通用しません。
> なぜなら生まれ変わりを強く信じてます…
> 前世とかいうとたいがいのクリスチャンは怒ります…
「前世」や「輪廻転生」という考え方は私は信じませんが、
かと言って否定もしていません。
それも一つの思想、文化だと思っています。
> あっ体大丈夫ですか?仕事とか無理しないでくたさいね。
残念ながら、一般社会では無理をしないとやっていけないのが現実です。
不景気=ヒマというわけでは決してなく、不景気であるがゆえに人員が減らされ、
少ない人数で大きな仕事を限られた期日でこなさなければなりません。
残業時間にも制限があり、制限を超えた部分はサービス残業になります。
そこまでしないと会社の利益が上がらないのです。
「コスト削減」と言えば聞こえはいいですが、おそらく多くの企業が、表面上は経営が順調に見えて、内側では多かれ少なかれ無理をしている部分があるのではないかと思います。
「自殺や過労死をなくそう」と世間では言われていますが、現実の企業社会では、精神的にゆとりのある職場を作る「ゆとり」がないのです。
でも、私はこの世に生まれた限りは図太く生きますよ(笑)。
クリスチャン時代は自分が死んだら地獄に行くのではないかと不安な生活でした。まるで自分が神の監視下に置かれているような気持でした。しかし、信仰を捨てて神も天国も地獄も信じなくなったら気が楽になりました。もう神の視線など気にしません。 >>377
ここはお前の自己肯定を目的としたお前個人の日記帳じゃないんだよ
恥ずかしいという感覚を取り戻せ 日本の根幹にある宗教観は自然信仰だし、天皇の存在も大きい
現在知識と自然信仰が合わさると信仰心なんてほとんど生まれなくなるだろう
基本的には無神論者になる可能性が嫌でも強くなる
あとは真面目に考える人にとっては
キリスト教が如何にいい加減で都合のいい宗教家は歴史が証明している
これを信仰する馬鹿はいないだろう
「信仰するべき宗教」としてならイスラムとかみたいな戒律がしっかりしてるものの方が適任
実際は宗教なんていらないになるが… 意図的に、ほとんどの民衆を文盲にさせて
教会に都合の良い嘘ばっか吹き込んでたのが、中世ヨーロッパじゃないっけ
で、ルターが誰でも読める聖書を書いて宗教改革が始まると
そして宗教戦争が始まり、篤い信仰心によって人口が激減する。 日本人から見たら キリスト教なんて新興カルト宗教でしょが
カルト宗教洗脳入信しちゃう白痴が日本には少なかった ご先祖様達に感謝 ご先祖様達は神様 自分も神の子孫 悪い祟り神等になっちゃいけんのよ。 >>385
ユダヤ教から見るとイエスは、ただの異端者なんだが。この程度の扱いなのな。
イエス自体がユダヤ教の熱心な信者だったが、肝心のユダヤ教のラビたちからは認められていない。
>>ユダヤ教のラビたちが理想としたのは、地上に天の国を打ち立てることであった。
それははるかなる道のりであろうが、少なくとも不可能ということはないし、律法を順守して生きることの論理的帰結でもあった。
ラビたちから見れば、一気に地上の世界が終末を迎え、天の国が来るというイエスの教えは、ラビたちの常識に反するものであった。
ユダヤ教から見れば、イエスは幻想を見たのであり、ユダヤの伝統の中から咲きでたあだ花であった。 殺人危機に陥った中南米、犠牲者1日400人
https://jp.wsj.com/articles/SB10409681559895564521504584492464160208606
2018年9月25日 13:42 JST
世界の殺人の25%が集中
世界中で発生する殺人のほぼ4分の1が、ブラジル、ベネズエラ、メキシコ、コロンビアの4カ国に集中している。
ブラジルでは昨年、過去最悪の6万3808人が殺害された。
メキシコも過去最悪の3万1174人を記録し、今年これまでの殺人件数はさらに20%増えている。
ちなみに国連の集計によれば、2016年の殺人事件被害者数は中国が8634人、欧州連合(EU)は5351人、米国は1万7250人だった。
凶悪犯罪は経済発展を遅らせ、米国への移住に拍車をかける。
米州開発銀行(IDB)の2016年の調査によると、中南米諸国の国内総生産(GDP)は
暴力によって平均3%押し下げられており、それは先進国の2倍の水準だ。
犯罪で失われた代価をIDBは1150億ドル(約13兆円)〜2610億ドルとみているが、
これは同地域全体のインフラ支出、あるいは中南米の最貧困国下位3分の1の所得合計額に匹敵する。 >>385
日本は浅い歴史だと思うが、ヨーロッパのほとんどの国は日本以下なのはなんでだろう >>388
ヨーロッパの主要国で歴史が日本より短いのはロシアくらいだろ? ヨーロッパ諸国はローマ帝国に征服されることで文字が伝来して歴史の記録が始まった。
それ以前の歴史は口伝の神話。 >>389
フランス共和国が日本より歴史が古いとは知らなかった
大革命は紀元前だったのか フランスは前一世紀にガリア戦記によって歴史性を得たからな
日本は3世紀の三国志によってなんとか歴史性を得た >>394
ガリア戦記の時代にフランス共和国があったのですか? >>394
三国志みたいな他国、他共同体によって記されたものは自国の歴史とは違うだろう >>396
>ヨーロッパの主要国で歴史が日本より短いのはロシアくらいだろ?
ここから始まってるんやから国の歴史の話しやろ >>394
皆が言ってるけど君何言ってるかよく分からないよ >>398
389だけど、俺はその地域が歴史時代に入ってからの長さのことを言ってる。
>>394に近い立場。(3世紀の日本列島は歴史時代とは呼べないと思うけど) >>402
地域じゃなくて国の歴史の話をしてんたんだろ ヨーロッパ最古の国はサンマリノで301年建国
だがこれはあくまでも伝承だから日本の歴史を神武天皇から始めるのと同じ
301年なら衰えたとはいえまだまだローマの時代だからイタリア半島に独立国が存在したとは考えられない 現フランスにつながるのはどう頑張って解釈してもメロヴィング王国(486)からだろう ザビエルが1549年11月5日にゴアに滞在する宣教師らに対して宛てた書簡
“ここから日本に関する経験を述べる。まず、今まであらゆる民族の人々と話してきたが、日本人こそ一番良い発見であった。
キリスト教以外の宗教を信仰する民族の中で日本人に勝てる他の民族はいない。
何故なら、彼らの話し方はとても丁寧だし、その殆んどが悪気のない優しい人々であり、名誉を重んじた素晴らしい人々である。何よりも名誉を大事にする。
http://www.token-net.com/thesis/thesis-04.html キリスト教の伝道会?みたいなのに行ったことあるけど、日本の宗教(仏教、神道)の非難が必ず出てくるの。仏教神道は日本の生活に結びついてるわけで、その悪口を聞かされるんだから心象がすこぶる悪くなる。とりあえず表立って日本の宗教の非難を止めた方がいいと思うよ。 ナザレ(ポルトガル)のイエスキリスト教は、
正確には、イエズスキリスト教なので、偽物のキリスト教なのです。
まず、世界中で民族を迫害しては、歴史捏造を繰り返している
悪名高い”ローマカソリック教”が、本物の”キリスト教"であるのかどうかの問題です。
これが、"キリスト教"ではなく"悪魔教"であるというのなら納得ですが。
ここが重要で、ローマ帝国の歴史は、”キリスト教”の迫害なんです。
嘘と犯罪に汚染されているのが”カソリック教”。
とはいえ、世界に"ローマカソリック"の信者は12億もいるようなんで。
これが謎なんですね。"救いがない"とわかっている宗教になぜこれだけの信者がいるのか?
一種の精神病的なものなのか? 宗教嫌いの日本人には理解しがたいですね。
カトリックの教会内に"イエズス会"という修道会があり、
どうやら、これがキリストの神ではなく、悪魔教の神を拝んでいるようなんです。
悪魔教の神は、古代エジプトの太陽神です。
なので、太陽崇拝が悪魔崇拝であることは誰の目から見ても明らかなのですが・・・
この書物は、キリスト教関係者が、キリスト教の普及をはかるために書かれた本。
日本人は、このような悪魔崇拝者の汚い手口に嫌気が差しただけのことでは?
「世界人類 みんな、兄弟」という考え方が"グローバル主義者"の最大の罪。
このような計画があるのでしょう。人口削減 → 移民導入 → 治安悪化
これでは、国防もあったもんではない!
人の国に土足で乗り込んで邪教を布教するとは、まったく迷惑な話です。 日本もヨーロッパの中世、カソリック・キリスト教が
支配していた時代と同じく、暗黒の中世時代になる可能性があった。
キリスト教では無く、一向・本願寺教団によってだけどね
現在の大阪城にあった石山本願寺は城と言って良く、多くの僧兵が居た
加賀(越前)は、百姓の国(本願寺教団)と言われていたし
当時の徳川家康の領土、名古屋、浜松、駿府も本願寺教団が
大きな勢力を持っていた、当時の侍は土地を安堵してもらう替わりに
百姓の次男、三男などが武士として戦闘集団に参加するから、
武士、足軽身分にも本願寺教団が深く食い込んでいた。
織田信長の石山本願寺の焼き討ち、織田信長+柴田勝家による加賀の
一向派討伐で壊滅させた・・・
当時の宗教ってのはそんな側面(そんな勢力)もあった。
当時のカソリックは布教名目での侵略(蛮族が信仰してる宗教は全部を
焼き払え・・・現在のバルト3国に侵入して、異教徒ってことで文字通り、男、女、子供の区別の無い大虐殺をやってる)、異教徒を平定したら、当時のヨーロッパでは合法だった奴隷貿易に積極的に手を出してる
武闘派の宗教を薙ぎ払った信長、キリシタンを禁止した秀吉、家康に
我々は感謝すべきかもね。 >>349
生活の一部になっているものを全部ぶっ壊してキリスト教に入信するやつなんてそうそういないでしょう
ぶっ壊さなくとも、信教と日本的な世界観を両立できるでしょうが。
神道も仏教も、日本的な世界観と矛盾するところがあるが、入信してるでしょ。壊さなくても文化を受容、応用、活用できるのが日本文化だ。
キリスト教があまり広まらなかった理由ではない。しいていうなら、壊さないから、他の宗教とか団体とか地域組織が健在であり、そのため競争相手がおおくてキリスト教
がその競争のなかで魅力の上で圧倒できなかったから・・つまり喰うか喰われるかの宗教のシェア争いがなかった、穏やかな競争だったから、一神教のメリットを
活かせられなかったから、メジャーになれなかったというなら、納得できる。
キリスト者が
例外なく胡散臭い・・例外なく・・これ暴言だし事実と違う。
特殊な例を一般とする論をたてている人のほうが、よっぽど胡散臭い。 しかし、日本の子女を売り払ったイエズス会と
日本人ネトウヨを両立出来る奴がいる
反日カルトの統一教会と日本のネトウヨを両立出来る奴もいる
ワタミのエホバ、ケント・ギルバートのモルモン教、この辺も含めて日本ネトウヨのクリスチャン神学とは何かを探求する必要があるのではないか?
織田信長は一向宗に矛先が向いていた時代はイエズス会の支持を受けたが、信長神社を建てて
反発されたのではないか?
キリシタン大名が天下を取ったら仏教は間違いなく弾圧されるだろう
薩長も元々キリシタン大名だったから、皇室と仏教の関係を断ち切る発想が出たのではないか
日独伊とバチカンの同盟は必然的だったのかもな キリスト教会に、12年近く行きましたが、ほとんどの奴らが、
人の幸せなど願わない、クズどもだとわかりました。
「戒め」を守る私って、清らかでしょ?
「イエス・キリスト」の福音を知らない人って、かわいそう。
「ほどこし」をする私って偉いわ。 みたいな。
選民思想と虚栄心が渦巻く、吐きそうな世界でした。
その後、いくつかの教会を見てきましたが、「信仰」という言葉とは
ほど遠い人たちが、いっぱいいました。もちろん、
誠実な人たちにも、たくさん会いましたが、それは少数派ででした。 ヨブ記を受け入れられるかがキリスト教徒になれるかどうかの分かれ目だと思う
ヨブと言う誠実で真面目で信心深い男は
にもかかわらず悪い事ばかり起きて、遂に
神に何故なのかを問いかける
そこで神は因果応報的な自己中心主義を捨てるように諭す
その神の正体は何かを知りたいが、キリスト教徒にとって神とは戦時中の天皇陛下や北朝鮮の首領様と同じで、問うのではなく絶対的に信仰しないといけないものなのだ
疑ってはいけない ヨブと対話したのはひょっとして幻聴か人間じゃないかと疑う
俺は純粋に絶対的存在なるものを賛美は出来ないな
疑う事を許さない部分が支配層には都合が良かったのだろう >>412
嘘を書くな。島津氏も毛利氏もキリスト教嫌いで有名な大名だった。
特に、大内氏滅亡後に山口を手に入れた毛利氏はキリスト教排除に尽力した。 徳川のイメージが悪すぎんだよな
だから反動で徳川に弾圧されてたキリスト教が開明の象徴になった >>418
日本人の徳川に対するイメージは悪くない。そもそもキリスト教が開明的とも思った日本人は当時も今も少ない。
あなたはキリスト教の信者だからバイアスかかっているのだろうけど、多くの日本人がキリスト教に向ける視線は否定的なままだよ。 徳川幕府の江戸時代を暗黒時代とは・・・・。
歴史を知らないんだな。江戸時代に花開いた文化とかも無視ですか?。 キリスト教は表面的な口当たりは良いが、日本人を騙すにはちょいと矛盾だらけすぎたな。
あと、日本人さらって奴隷にしてたのが秀吉にバレたのも大きかった。
もっと言うと、その国に内乱させてどんどん食い込んでいくと言う手口が通用するほど、日本人がアホでなかった。 キリスト教を昔の人が弾圧してくれて良かったと思うよ。
キリスト教の国にならなくて良かったと心底思うね。 信長もクロスしたりしてたけど、どっちかって言うとただのファッションだったからね。キリシタンファッションw
当時キリスト教を信仰していた日本人たちがいたのは、ただの流行り神みたいなところもあったんじゃないかな
キリスト教やってた日本人も、宣教師から熱心にありがたいお言葉をいただいた後、帰り道にあった地蔵にも手を合わせると言うことも度々あって、宣教師が肩を落としたなどと言う話もあるらしいし…
日本人は無宗教と言われるけど、実際は善くも悪くも信心深い民族だと思う。 キリスト教信仰が原因で領内に不和が起こり弱体化した大友家や宇喜多家のような例もある。
キリシタン大名が勢力拡大するのは難しかっただろう。 >>418
それ誰が言ってんの?
著名人や歴史家が言ってんならまだしもお前個人の偏見だろうが 米ロサンゼルス市が「コロンブスデー」を「先住民の日」に変更
https://jp.reuters.com/article/indigenous-idJPKCN1MJ0G7
2018年10月9日 15:12
[ロサンゼルス 8日 ロイター] - 米ロサンゼルス市は8日、これまでの
「コロンブスデー」ではなく、ネイティブ・アメリカンの歴史や文化を祝う
「先住民の日(Indigenous Peoples Day)」を初めて迎えた。
同市議会は昨年、10月第2週の月曜日を従来のコロンブスのアメリカ大陸発見を祝う
「コロンブスデー」から、「先住民の日」に変更する決議を採択。
これまでと同様、役所や裁判所、銀行や多くの企業が休みとなった。
この日は、伝統衣装を着た先住民族の人々による日の出の儀式から始まり、
ワイアンドット族である市議会議員を先頭に、市の中心地で5キロのマラソンが行われた。
1990年代以降、米国の多くの都市でコロンブスデーを先住民の日に置き換える動きが増えており、
すでにサンフランシスコ、デンバー、シアトル、ミネアポリス、アンカレジ、
フェニックス、ポートランド、アルバカーキなどが実施している。
サウスダコタ、ハワイ、バーモント、ミネソタなどの州でも同様の動きがみられる。 時代劇の舞台って大半は江戸時代だよな。その次に戦国時代。
江戸時代のイメージが悪かったら、時代劇の舞台になるはずないし。 キリスト教取り締まりを担ったのが幕府や藩の役人だったこともあり、
日本社会でキリスト教を嫌っていたのは支配者層が中心と誤解する人も多いだろうけど、
キリスト教を忌避する感情は被支配者層の方がはるかに強かった。
キリスト教が解禁されてもさほど広まらないのが何よりの証拠。 >>429
閉鎖的村社会が江戸期に完成したからな
お上が禁じたキリシタンは絶対悪だという洗脳状態 >>430
洗脳はすでに解けているよ。
好きなだけ白人本位なキリスト教の教えに従えばいい。
好きなだけ中東に政治介入して宗教史大河オナニーに浸ればいい。 でも神道教団日本会議の構成議員はキリスト教徒だらけだからな
神道教はキリスト教の下位宗教 このスレ自演多すぎだろ
口調とか文体くらい変えろや 今のキリスト教と違ってガチの侵略者だったんだからそりゃ追い出されるに決まってんじゃん
奴隷貿易もサンフェリペ号事件も知らずに想像だけで語らずちょっと史実を調べりゃいいのにな。 >>421
内乱真っただ中の日本に、鉄砲を売り込んでもっと混乱させてやろうと画策してたら、
作り方教えもしないのにあっちゅう間に鉄砲を自作し出すは、
その鉄砲を使って内乱を収めにかかる戦上手が出てくるは、
あらかた内乱が収まると宣教師や信徒が追放されるは、
思惑外れまくり。 大坂の陣当時、大砲の性能は欧州の方がはるかに高かったから、
イギリスやスペインがその気になれば、江戸湾に乱入して大砲で江戸城を破壊することだってできた。
ま、当時の欧州の軍艦では日本刀や薙刀を使いこなす侍に夜襲をかけられたら、お手上げだけど。 >>421>>442
古代末期から近世迄の日本国は農奴と奴隷が人口の過半数を占め
奴隷自体国内に百数十万人居たよ
火縄銃も最初の発明と発想は難しいけど量産なら
それ程年月掛からず明でもオスマンでもやってる
>>443
南蛮人と紅毛人は報告書で日本の軍は強く本国の全軍でも勝ち目が無い
明軍は更に脅威と見ていて全キリスト教国が連合しても手も足も出ないと綴ってる 当時の西欧はオスマン帝国にガクブルする日々だったのに
19世紀頃と勘違いしてるんやろか そら全国で日常的に殺し合いしてて
槍や刀を持った物騒なオッサンがそこら辺の道平然と歩いてる時代だし
他国からしてみたらこんな戦闘民族なんて真正面から侵略したくはないわな >火縄銃も最初の発明と発想は難しいけど量産なら
>それ程年月掛からず明でもオスマンでもやってる
量産に至るまでに何人が暴発で死んだことか 自演しねーと盛り上らないのだから必要悪と考えようぜ こんにちは。
先日は私のブログに来てくださってどうもありがとうございます。
キリスト教に疲れ、人生を狂わされている人も少なくないことを、
もっと広く知ってもらいたいですね。
私はクリスチャンの家庭に生まれ育ち、
普通の子供とは違う価値観を植え付けられてきたので、
学校生活では人付き合いにずいぶん苦労しました。
それを社会人になっても引きずったままで、
今、職場で人間関係に戸惑う毎日です。
本当に毎日逃げ出したくなるような気持ちです。
そんな時、自分の生い立ちが恨めしく感じます。
私がクリスチャンの嫌いなところは、
キリスト教に欠点があることを絶対に認めないことです。
私の体験談を話しても、
「それはあなたの信仰が足りないから」
と言われるのがオチです。
信仰でなんでも解決するなら苦労しません。
私の身近なところで、自殺したクリスチャンを知っています。
そういえば、長崎のスポーツセンターに押し入り、
銃を乱射させて多くの人を殺し、
挙句の果てに教会で自殺したクリスチャンもいましたよね。
にもかかわらず、クリスチャンはキリスト教の欠点を絶対認めない。
本当に腹立たしく思います。
キリスト教は、あくまでも世界中に多数ある宗教の中の
一つに過ぎないことを分かってもらいたいです。 自演は致し方ないとして分かると興ざめするからバレないようにやれよ 自演というより単に同じ人が書き込んでるだけじゃないの? 「歌舞伎町のイエス・キリスト」が本当にクリスチャンになった日|李小牧(り・こまき)|ニューズウィーク日本版
https://www.newsweekjapan.jp/lee/2018/10/post-37.php
2018年10月10日(水)12時35分
4カ月前のことだ。私はある在日中国人の友人に誘われて、新宿百人町にある淀橋教会で、有名な中国系アメリカ人牧師の説教を3時間聴いた。
驚くべきことに3時間後、私は泣きながら教会の舞台に上がり、4人の台湾人信徒たちと一緒に讃美歌を歌っていたのだ。 沖に見ゆるはパッパの舟よ 丸にやの字の帆が見える
江戸時代、長崎の隠れキリシタンがひそかに口ずさんでいた唄
「7代耐え忍べば、ローマからパパ様(教皇)が来てくれる」との予言を信じていたという。
「丸にやの字」はマルヤ(マリヤ)のこと。実際に「丸屋」などとも書かれていた。 オウム真理教の麻原彰晃と
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に共通のモーセやヨシュア の
共通点。どちらも
(1)圧倒的影響力のある指導者が、
(2)宗教的理由付けによって殺人を正当化し、
(3)それを命令し、
(4)信奉者たちが、その命令にしたがって殺人を実践した。
(5)殺人命令を受けた信者たちは、もしその命令を 実行しなかったら、彼ら自身が
ひどい目に遭うであろう、と 脅されました。
もし、オウム真理教の信者であれば、坂本弁護士の家族は、そのままほっておけば、
悪行を重ねて地獄に堕ちてしまうので、シヴァ神の指示にしたがって、
ポアすることによって、善趣へ転生させてやるのが慈悲の行為になります。
もし、旧約聖書の神を神とする信者であれば、ヤハヴェ神の命令に従って、
幼児殺しとミデアン民族を絶滅させることが信者の取るべき正しい行動となります。 LGBTに対するヘイト思想は言論や良心の自由に含まれるというイギリスの判断。
同性婚ケーキ作り拒否は「差別でない」 英最高裁が判決:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASLBC736YLBCUHBI03K.html
2018年10月12日06時32分
同性婚を支持するメッセージが込められたケーキ作りをケーキ店が拒めるかが問われた裁判で、
英国の最高裁判所は10日、拒むのは差別ではないとする判決を出した。
言論や良心の自由を守る判断として店側は歓迎する一方で、原告の男性は同性愛者への悪影響を懸念している。 自演を指摘されてから何も書き込めなくなり勢いを失った哀れなスレだな 日本人なら聖書読めば感じると思うけど、おとぎ話や歴史書、道徳や社会規範、人心救済の部分はありきたりで普通に読めるけど、どうやったて独善性排他性や残虐性、論理的矛盾の部分で拒否反応起こすよ。
あれを無抵抗に受け入れられる奴はおかしい。 「聖なる、真実な主よ。いつまでも裁きを行わず、地に住む者に
私たちの血の復讐をなさらないのですか。」
額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された。
四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放たれた。
口からは火と煙と硫黄とが出て、人類の三分の一は殺された。
「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。
主は永遠に支配される。」「万物の支配者、常にいます神である主。あなたが、
その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。諸国の民は怒りました。
しかし、あなたの御怒りの日が来ました。死者の裁かれる時、あなたの僕である
預言者たち、聖徒たち、また小さい者も大きい者もすべてあなたの御名を恐れ
かしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。」
「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」
第一の鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々に、
ひどい悪性の腫物ができた。第二の鉢を海にぶちまけた。すると、海は
死者の血のようになった。海の中の命あるものは、みな死んだ。第三の鉢を
川と水の源とにぶちまけた。すると、それらは血になった。
「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、
このような裁きをなさったからです。彼らは聖徒たちや預言者たちの
血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。
彼らは、そうされるに相応しい者たちです。」
獣と偽預言者は、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
残りの者たちも、馬に乗った方[キリスト]の口から出る剣によって殺され、
すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。
(ヨハネの黙示録より) 自分に酔った内容のない長文ばっかりでつまらないスレになったな 天国の描写
玉座があり上に座っている方は、碧玉や赤めのうのようである。玉座の周りには
エメラルドのような虹が輝いている。また、玉座の周りに二十四の座があって、
それらの座の上には白い衣を着て、頭に金の冠をかぶった二十四人の長老が
座っている。玉座からは、稲妻、さまざまな音、雷が起こる。また、玉座の前には、
七つのともし火が燃えている。また、玉座の前は、水晶に似たガラスの
海のようである。この玉座の中央とその周りに四つの生き物がいて、前にも後ろにも
一面に目がある。第一の生き物は獅子のようで、第二の生き物は若い雄牛のようで、
第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようである。
この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りにも内側にも、
一面に目がある。彼らは、昼も夜も絶え間なく
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、
今おられ、やがて来られる方。」 と言い続ける。
東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門がある。都の城壁には
十二の土台がある。この都は四角い形で、長さと幅と高さが同じで、天使が物差しで
都を測ると、一万二千スタディオンである。また、城壁を測ると、
百四十四ペキスである。これは天使が人間の物差しによって測ったものである。
都の城壁は碧玉で築かれ、都は透き通ったガラスのような純金である。
都の城壁の土台石は、あらゆる宝石で飾られている。
第一の土台石は碧玉、第二はサファイア、第三はめのう、第四はエメラルド、
第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七はかんらん石、第八は緑柱石、
第九は黄玉、第十はひすい、第十一は青玉、第十二は紫水晶である。 また、
十二の門は十二の真珠であり、どの門もそれぞれ一個の真珠でできている。
都の大通りは、透き通ったガラスのような純金である。
(ヨハネの黙示録より) キリスト教は井沢元彦(逆説の日本史など)に言わせると
「幕末・維新と太平洋戦争の敗戦。歴史上にスペシャルチャンスが二回もあったのに結局信者数横ばいなんだから、よっぽど肌に合わないとしか言いようがない」 >>1
日本国は愚かなチョン王が君臨してなかったから 飢饉で人肉を食べる機会が多ければ、もっと日本にキリスト教徒が増えていたと思う。 キリスト教はレイシズムとアパルトヘイトの精神的な支柱。
異教徒をジェノサイドするとき軍属区の牧師、神父たちが励ましと神の
祝福を与えつづける。
戦後になってもユダヤ人の改宗の祈りをずーっと続けていた。
教義を変更するのは戦後になってから。
偶像崇拝の仏教徒、多神教の神道、先住有色民族の3つ入ってる日本人は
ユダヤ人以下の神から祝福されるエスニッククレンジングのターゲット。
奴隷化してもいいし、国際法も守らなくてもいい、と考えていた。
原爆ホロコーストにおいても
エノラゲイにジョージ・ザベルカ神父が搭乗して
ホロコーストを励まし、祝福した。
先住民へのジェノサイドの時と同じ。
女性子供老人達を生きたまま丸焼きにする =(ホロコースト)
450年前にクリスチャンに出会ってすぐにキリスト教の本質を見抜いていた。
根本的な教義を変更するのは戦後になってから。
アメリカが黒人へのアパルトヘイトをやめるのが60年代になってから、
先住民の人権を認めるのは70年代に入ってから。
日本人の人種差別撤廃運動、太平洋戦争の功績。
アメリカがユダヤ人に対するのと異なり、
日本人女性子供老人に対する原爆大空襲ホロコースト
を美化し正当化するのはレイシストだから。
民族浄化はキリスト教信者の伝統文化。 >>466
戦国末期〜江戸初期もあわせた3回だろう 軌範意識の違いによる争いの種になるのなら、それは統治の邪魔でしかない
多分それを日本の統治者も理解してたんだろうな
すなわち「布教される側の弱体化」に繋がるわけだ
実際に当時のキリシタン大名が仏教徒を迫害した記録も残ってるし
重い年貢が直接の動機にもかかわらず、キリスト教を中心に結束した島原の乱など
反社会的な御旗となるものは排除したかったのだろう。 教科書にいきなり出てくる島原の乱も相当記述がおかしい。洗脳レベル。
本当は、浪人、農民、キリシタンの複合一揆だった。
その中で、同じ圧政に苦しんでる仲間である人間を
異教徒だからと言って、殺したりしたのはキリシタン。
嫌われて当たり前!要は、宗教洗脳されていて害悪でしかなかった。
キリシタン大名も、火薬の代わりに奴隷貿易に手を染めた。
キリスト教に汚染された奴は、日本国内で碌な事をしていない。 新井白石の話も出てるが
他にもルイス・フロイスが日本の農民に宣教した時の事を書いた手紙に
日本の農民は頭が良く自然科学方面の話には興味を示し理解が早いけど
キリスト教の宗教的な理念の話になると合理的でないと聞く耳を持たず
日本に派遣する宣教師はこのことを理解して、天文や自然科学の知識があって
かつ論理的な人物でないと難しいとある
日本人はもともと
全知全能のはずの神なのに、信じる者は救われる=信じない者は救わないと言う考え方に懐疑的だったってこと。 一神教の教義的に神以外を崇拝するのは悪いこと
だがイエス・キリストを崇拝したい
そこで捻くり出した屁理屈が三位一体 モーセの戒律が厳しすぎて守れない→キリスト(人物)を預言者とかじゃなく神にしてしまえ
→キリストの言葉をでっちあげて戒律に
だから神じゃないと教義を作れない 羊の飼主がメリーさんで、人造人間の怪物を作った人がフランケンシュタイン氏なのに、
羊の名前がメリーさんで、怪物の名前がフランケンシュタインだと、勘違いしている人多いだろ。
そういう勘違いと同類のものが三位一体だ。 >>478
キリスト教信者よりはマシだなといえる。 だいたいキリスト教徒の方が、先に九州の神社仏閣をぶっこわしてる。
さらにイエズス会に日本侵略計画の記録が残っている。
これで追放されない方がおかしい。 大学で初めてキリスト教に接して「素敵!改宗しちゃおうかしら!」と思った
無垢な自分の考えを打ち砕いた理由は、キリスト教学講師のアメリカ人老夫婦が
ニコニコしながら教義を説いていた最中に、他の教派のことを話す時に
「彼らは地獄に落ちる」「あんな教えを信じるものは救われない」と苦々しく語ったから。
その瞬間、憑き物が落ちるようにストンとキリスト教に対する憧れが消えて、単なる
キレイな賛美歌を歌える時間としか思えなくなったよ。
日本人には「あれもこれもみーんな神様。悪人すらちゃんとお祀りしないと祟るよテヘッ」
の方が性格的に向いてる。千と千尋の世界がスッと受け入れられる世界のほうが楽。 モーセの十戒において際立っているのは、「殺してはならぬ」という戒めが、
十戒においては六番目という極めて低いところに位置づけられていることです。
モーセの十戒においてもっと重要な戒めはむしろ、神への忠誠なのです。
第一の戒めも、第二、第三、第四の戒めも、すべて神への忠誠に関するものです。
これは、神が絶対君主だからです。
したがって、例えば神がモーセやヨシュアに殺人を命令する時、
神が命令した殺人は正義になります。神の意志が正義を決定するのであって、
わたしたち人間が正義だと思っていることなど神にとっては関係ないのです。
「ここに書いてある神を神とする宗教」の信者であれば、
神の命令に従って、殺人を忠実に行うことが信者の取るべき
正しい行動となります。
聖典である聖書の神自身が殺人や戦争を命令するのですから、
歴史における頻繁な宗教殺人や宗教戦争は、
聖書の教えに忠実であったがゆえになされたと考えられます。 ・強引で執拗な勧誘
・侵略ツールや思想統制として用いられてきた歴史
・世界中で異教徒の強制改宗を行い、魔女狩りや異端審問など
同じキリスト教徒相手でも異端と看做した相手には無慈悲な血の宗教
・現代でも日本のキリスト教団体が欧米や韓国の対日工作機関として機能してる実情
以上の事柄から神道と仏教と日本文化を信奉する一般的な日本人には、キリスト教のイメージが酷く悪い。
だいたい高校で世界史を履修していれば、カノッサの屈辱や十字軍等、増長しまくったキリスト教の悪行を嫌でも目にするはずだ。
「こんな宗教に誰が入るか!」と高校生たちは世界史を学びながら認識を新たにするだろう。
まだイスラム教の方が「ムハンマドが教祖で、後に後継者が大帝国を築いた」と素っ気なく記述されているのでマシな方だ。 神道は、そもそも地祇や祖霊が信仰対象で村ごとに祀る神様が違うのが当たり前。雑多な信仰の総称だから、お祭りの作法が違うのも当たりまえ。
お正月の三社詣りのようなのも、隣の村の人たちと仲良くするために両隣の村の神様にも挨拶をしておこう、というくらいの鷹揚さ。
アッラーもヤーベもデウスも、隣の村の神様が違うように、異国の神さんやお祭りの作法がもっと違う、くらいの感覚だからな。 問い合わせID:4696df7200f59535
ホスト:KD182251247002.au-net.ne.jp
名前: [Φ|(|´|Д|`|)|Φ] BBxed!! 世界@名無史さん
E-mail:
内容:
キリストと合わせるのが難しいのが日本の仏教というのは、神を忘れ去る事が用意であるのは人に沿う事が神から離れていった要因。
問題ありなんだよ。 マタイ10:14
あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に
耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、
足の埃を払い落としなさい。はっきり言っておく。裁きの日には、
この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。
マルコ16:16
信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。
ヨハネ3:36
御子を信じる者は永遠のを持つが、御子に聞き従わない者は、
いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。
ヨハネ8:24
だから、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになると、
わたしは言ったのである。「わたしはある」ということを信じないならば、
あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。
第2テサロニケ1:7
それは、主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。
その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に
聞き従わない者たちに報復し、そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から
退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。 キリスト教の気違い狂気のカルト宗教的危険性は、
自分自身の信じる宗教的な異常さを指摘すると、
殺戮や裁きの拷問や地獄をイメージしてその本性の悪魔性質をギラギラさせて、
神の名前を使って、敵を非難する蛮行だ。
これを平気で許可する宗教は野蛮な気違い狂気のカルト宗教である。
信じない者は殺しても殺されても然るべしと本気で信じて、
残虐性質を肯定してしまえる気違い狂気のカルト宗教である。 >>482
正しくは十戒はユダヤ人のみに適用される
「なんじの隣人を殺してはならない」というのは本来「同胞」と約されるべきで
自民族を殺してはならないが他民族にはその制約は及ばない まぁキリスト教宣教師やイスラム教徒が「この国の国民は善良でありキリスト教(もしくはイスラム教)が布教されれば必ずや良質なキリスト教徒(もしくはイスラム教徒)になるだろう」なんてコメントが残されている半面、
日本人側からは遠藤周作の沈黙みたいに「この国は(すべてのものを腐らせていく)沼だ」という見識が日本側にあるのも事実ではある。
が、実態とは関係のない話だな。
そもそも仏教や儒教、ヒンドゥーのようにスピリチュアルな要素に頼らない体系だった宗教が既にあった地域ではキリスト教はあまり普及しなかったし日本に限った話では。
あと戦国時代の日本人の布教実態だがキリスト教が広まっていたかどうかは眉つばだからね。
当時のイエズス会は信者の水増しが行われていてザビエルがインドの現状に幻滅するほどの有様になってる。
キリシタンが現世利益的な信仰形態になっていっていたことからも
正確な布教がされていたかどうかは…
あとインドでも偶像燃やしてたんで加筆した。 「今日の食事がいただけることを天のお父様に感謝します」みたいな
お祈りがあります。キリスト教ではよくある食事前のお祈りです。しかし、
この食事を作った人がいます。その材料は農家や漁師の人たちの努力によって得られ、
様々な流通関係者の手によって届けられます。また、その食事をするためのお金は
働き手が得たものです。つまり、私たちの日々の生活は様々な人の活動によって
支えられているわけです。神に感謝するよりも、人に感謝すべきではないでしょうか。
三浦綾子氏は「旧約聖書入門(光文社文庫)」の中で、空には無数の星があり、
それらが一つの法則にしたがって運行している(これも造物主のなせる技)、
それに比べたら月に行ったと言っても大きな顔は出来ない、と言うようなことを
書いています。しかし、人類を月に送ったのはもちろんのこと、
三浦氏が言及している宇宙の星々の運行(さらに銀河の構造)を解き明かしたのは
人間(科学者たち)です。神も聖書も何も教えてくれず、何の手助けもしてくれません。
このことを三浦氏はどう考えているのでしょうか。
何もしてくれない神や聖書を持ち出して、何かをなし得た人間を不当に低く評価する、
私には非常に傲慢なことのように思えます。 箱根山、駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人、捨てた草鞋を拾う人あり >>493
仏教徒や婆羅門教徒のことを偶像崇拝だとバカにするけれど、キリスト教徒の方がよっぽど偶像崇拝的だよね。
たとえば、寺に助けを求めてきた凍えてる遭難者のために仏像を割いて撒きにして暖を取らせた僧の話は、美談の扱いで、僧を非難するような話ではない。
これは、仏教が礼拝に神像のようなものを用いても、神像そのものを崇拝しているわけではなく、あくまでも形式や道具に過ぎないからだ。
対して、幕府のやってた踏み絵。キリスト教徒はイコンを踏ませるだけで簡単に看破できる。
イコンそのものが信仰対象の偶像崇拝だから、足蹴にすることができない。異教徒の持つ形の似た贋物であろうものでも、踏むことができない。
仏教徒なら信心を保つことが重要で道具に過ぎない像を踏むなんてわけないはず。
聖骸布だの十字架にジーザスを張り付けにしたときの釘だのザビエル等々の高僧の遺骸の一部だの、有難がって祀ってるようなものが、なんで偶像崇拝
だと判らないんだろう? 十字架の形を互省大切にして拝んでることからして、偶像崇拝だろうに。 弾圧される前もたいして流行ってないぞ、天草事件は宗教戦争じゃないしな一揆に近いもの浪人との
重税をかけられた農民の不満が爆発した、とわいえ素直にそう言えば綺麗な
感じがしないからキリスト教の戦いみたいにしたアメリカのテロとの戦いと同じ、隠れキリシタンはキリスト教からも自分たちの名前だけ利用したカルト扱いだったし。 日本は識字率も高かったしね
何より一神教ってのがやっぱり合わないよ
台風や地震も多いし川の氾濫なんかもあった
自分はやっぱりキリストなんかよりも自分の祖先の方が守ってくれる気がするし自分の親が異教徒だったらその親の望む宗教で送ってやれないってのはやっぱりおかしいと思う。 ・戦国時代は、キリスト教徒によって日本人が奴隷として海外に輸出されたり、キリシタン大名に神社仏閣を破壊されていたから、こりゃやばいとなって禁じられた。
・江戸時代は、禁教。
・大日本帝国時代は、西洋文明を取り入れる中で上流階級はキリスト教になっていき普及も始まったが、結局国家神道に統制されたおかげで途絶えた。
・戦後は、新興宗教系、特に創価学会系が受け皿となることで、キリスト教化を防ぐことができた。
・現代は、オウム事件によって宗教自体への忌避が高まる事によって、団体に強制されない個人的な信仰へと原点回帰した。 >>498
主導者の天草ふらんしすことか耶蘇耶蘇してるし >>500
>大日本帝国時代は、・・・上流階級はキリスト教になっていき普及も始まったが
馬鹿も休み休み言え!
上から目線の宣教師ばかりよこして日本人の反発を買ってる。
派遣したアメリカの教会は日本人信徒が全然増えないと頭を抱えていたんだがな。 一向宗
真言宗立川流
日蓮宗不授布施派
等々が江戸幕府によって禁止されてるで。 幕府が一向宗禁じたなら京都駅の前にある本願寺はなんやねん
あれは幕府が滅びてから再建したんか? >>506
訊いてみりゃあいいじゃん。
本願寺は、徳川家康以前からある古い教派では例外的に対外積極策をとっていて布教熱心だから、電話でもしてみ。
寺や教派のの正式名称や歴史、一向宗との関係、等々、問い合わせに懇切丁寧に教えてくれるよ。 京阪電車の五条の駅で降りて東向きに歩いて行くと清水寺に至る前に浄土真宗のデカい寺の横かすめて通るだろ 十戒には「人間が造りあげた神像を崇拝してはならない」という
第一番目の掟があります。
自分の救いに都合のよいように心の中に造りあげた<神像>を崇拝することは、
神でないものを神として崇拝する罪です。
聖書を書いた人々は頻繁にこの罪を犯しています。
彼らは心の中に造りあげた神について<勝手な思い込み>で書いているからです。
神について色々と説明する宗教指導者は、神について自身の勝手な思い込みを
語ってますので偶像崇拝していることになります。 ユダヤ人自身がユダヤ教を「文字(ことば)の宗教」といってるがな
偶像崇拝は像を全くつくらなければ起こらない
キリスト教はかつて十字架を拝み、聖人を拝み
聖人の墓に触れて病気を治すなどと言っていた
そこまでいくとほぼ多神教時代の偶像崇拝だ
それもイコンなどから生まれているもの
聖書にかかれている「この地上天上いっさいのものの形を作ってはならない」
これを守ればほぼ偶像崇拝には行き着かない 同じくユダヤ教から派生して、偶像崇拝を禁じるとしてるイスラム教。
信徒の前でコーランの本を棄損すると、その本の所有者でもないのに、怒る怒る。
近代的な印刷技術で作られた安価な写本の1冊でも、な。
その教義を一字一句違えずに経本とせよ、詠みはマホメット当時の発音に従え、翻訳も禁ずる
というような、まさしく言葉の宗教の教義なのに、本の内容や誦ずるべき言葉ではなく、
形になった本の方に対して信心があるかのような振舞だ。
本の形の物に対して信心をはたらかせるっちゃあ、それはそれで偶像崇拝的だろ 懺悔すれば悔い改めればイエスが全部、罪をかぶってくれて、赦され、
天国で永遠の命なのです。
通常なら、罪の意識の直面に伴い、持ち合わせる筈の、悔悟や逡巡を経て、
成長するはずが、毎度毎度、イエスに神に、悔い改めさえすれば罪が赦され、
万事解決とする習慣・精神構造の中で生きてるので、永遠に、人間的成長の機会を
喪失するのです。
罪や過ちを神の名のもとに何でも正当化できるです。
キリスト教やイスラム教が世界に広まったのは、この「都合の良さ」が
あるからです。罪の赦しが、犯罪を正当化するのです。
だからイスラム国なんかでも、虐殺・誘拐・テロを神の名で正当化してます。
熱心なイスラム教やキリスト教の国が治安が悪く犯罪を止めない理由の根源は、
神による罪の赦しなのです。 >>522
仏教もどんな悪人でも阿弥陀如来にすがれば往生できるで >>523
私が念仏以外に何か別の極楽往生の方法を知っていて、またその方法が説かれている
秘密な経典を知っていながら、わざとそれを隠していて、その奥にあるものを
知りたいとここまで訪ねて来られたとすれば、大変な間違いであります。もし
そう思っていらっしゃるなら、奈良にある興福寺や、叡山にある延暦寺を
お訪ねなさるがよろしい。そこには、ちゃんと学問をなされた偉い学者さんが
どっさりいらっしゃいますから、その人たちにお会いになって、極楽往生の秘訣を
よくよくお聞きになるがよろしい。
私は、ただ念仏をすれば、阿弥陀様にたすけられて必ず極楽往生ができるという、
あの法然聖人の言葉を、馬鹿正直に信じている以外に、別の理由は
何もないのであります。念仏をすれば、本当に極楽浄土に生まれる種を
まくということになるのでしょうか。それとも、それは嘘偽りで、念仏すれば
かえって地獄に堕ちるという結果になるのでしょうか。残念ながらそういうことは
私はとんと知ってはいないのであります。たとえ法然聖人がおっしゃったことが
デタラメであり、私は法然聖人に騙されて念仏をしたために地獄に堕ちたとしても、
ちっとも後悔はいたしはしません。といいますのは、私が念仏以外の他の行を
一生懸命勤めて、その結果仏になることが出来るような身でありながら、
念仏をした為に地獄に堕ちるというならば、法然聖人に騙されたという後悔も
起こり得ましょう。しかし、私はそんな知恵も徳行もなく、念仏以外の
他の行によって仏になることなどはとっても期待できない身でありますから、
念仏の行によらなかったら、永遠に地獄にいるより仕方がない身なのであります。
だから皆さん、以上の私の言葉をとっくりお考えの上、念仏をなさるもよろしいし、
念仏を捨てなさるのもよろしい。全く皆様の自由勝手、皆様方がご自分で
お決めになることであります。
--- 親鸞『歎異抄』 バチカンは未だに中絶を禁止してる
そんなもの日本人が受け入れねえっての >>528
一揆を行う現場の人が考えたスローガンにすぎない。
「欲しがりません勝つまでは」が国家神道の教義でないのと同じ。 >>482
もちろん、神の殺人命令は直接来るのではなく、モーセやヨシュアのような
人間を通してやってきます。もっと正確に言えば、モーセやヨシュアは、彼らの
殺人計画を、「これは神の命令である!」、と権威づけて、彼らの追従者に
半ば強制したのです。
実は、ここに、信仰者のための、おそらく唯一の、救いの可能性があります。つまり、
神への信仰を棄てずして、自分の良心にしたがって、殺人命令を否定する方法です。
それは、神の意志と、神の代理者であるとみなされている人間の意志とは、必ずしも
同じとは限らない、という事実を認めることです。神の意志と教会の方針とが
必ずしも同じだとは限らないという事実を認めること(例・ルターの宗教改革)です。
聖書も創世記から黙示録に至るまですべて人間が書いたものです。聖書は神の言葉だ、と
書いたり言っている者たちもみんな人間です。現代の教会を運営している方々が、
たとえ立派な人々ではあったとしても、この人々の意志が完全に神の意志と
一致しているわけではないように、初期のキリスト教会やイスラエル国家を
運営した人々(聖書を書いた人々)の意志も、必ずしも完全に神の意志と
一致しているわけでもないと考えるのは当然と言えるでしょう。これは、実は、
神以外のものを神としない、という聖書の根本的な教えにもなるのです。
こうして、信仰者は、神への信仰を棄てることなく、もし、自分の良心に逆らう命令
(神の意志とは思えない命令)であれば、神の代理者として、自分の前に立ちはだかる人々の
命令を堂々と拒否することができるのです。そして、なによりも、神の前で、
頭をあげて自分の取った行動を釈明することができます。 カトリックには堅信があります。
15歳までにこれを受けると一人前のカトリック信者になります。
それまでは、一人前の信者としてみなされません。
昔は、キリスト教ではない者は人間ではない、という考えがあったので
児童・幼児に対する虐待も、それを引きずっているのかもしれません。 ラーメン屋の店長が、こっそりチンポをスープに浸けてるって知ると、どの店も信じられなくなるだろ?
それと同じなんだよ。 ゴールドラッシュ時代のカリフォルニア、日本が黒船とか戊辰戦争でてんやわんやしている時分ね、
清国人の移民というか半分奴隷みたいなもの、鉱山の採掘とか田畑の所有は禁止されていたけれど
サービス業は比較的自由だった。
洗濯屋と飲食業が多かったんだけれど、しばしばスープに尿をいれたとして、縛り首にされていた。 >>531
カトリック司祭は女犯戒あるから男の子で代用
日本の仏僧かて女犯戒あった時代には男の子で代用してたで カトリックは一番変わりました。
異教・異端は殺してあたりまえ。教会が率先して神の名のもとに処刑をおこなった。
異端狩り十字軍、帝国主義による侵略、植民地支配・・・・・
カトリックの総本山バチカンのローマ法王は
「神の名の下に、先住民に対したくさんの深刻な罪が犯された」
「アメリカ大陸征服の際、先住民に行われた犯罪行為について
謙虚に謝罪したい」と示している。・・・・・そして
「誠実な心で神を探し求め、また良心の命令を通して
認められる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動によって
実践しようと努めている人々は、救いに達することができる」
ローマ教皇のコメント
「諸宗教の行動と生活の様式、戒律と教義を、
まじめな尊敬の念をもって考察する。それらは、当教会が保持し、
提示するものとは多くの点で異なってはいるが、
『真理』のある光線を示すことがまれではない。」
・・・・・となりました。
カトリックが存続できるのは、科学に限らず思想も常識も時代にあわせて
変遷させて存在を維持しているから。
現代では、神の名のもとの処刑から真逆の「人間の尊厳」を言い出し
新しい時代の風潮に合わせて次々に変遷して延命をしている。
そのくせ児童の人間性抹殺になる性的虐待については加害者をクビにし
「被害者に寄り添う祈り」と言っている。
それでバチカンは生き残れる。 ラーメンのスープにチンポ浸けて販売しても許してくれる? >>535
ホモは禁止ちげーのかよ
ホモが多い町2つが神の怒り触れて天罰で絶滅したとか言うソドムとゴモラの教訓はどうしたよ ホモは少年期にホモにホモセクハラされて連鎖する
ショタはホモの継承点
わかっててそれを否定するバカは呪われろ 異性愛・恋愛を禁止しています。
マタイ5:28
女を見つづけてこれに情欲(エピスミア・愛)を抱く者はみな,
すでに心 の中でその[女]と姦淫を犯したのです。
世を愛することも世にあるものを愛すことも禁止しています。
ヨハネの手紙一 2 :15
世も世にあるものも、愛してはいけません。世を愛する人がいれば、
御父への愛はその人の内にありません。
そして去勢をススメています。
マタイ19:12
天の国の為に自ら去勢した人もいる。これを受け入れることが
出来る者は受け入れなさい。 >>542 十戒〜キリスト教で禁じている「姦淫」とは、婚外の対象との性行為。
結婚していれば罪には問われない。
イエスはそれを徹底させるため、心の中で恋愛感情・性衝動を抱くことも禁止した。
自分が結婚していない相手や、他人の結婚相手に対して
恋愛感情・性衝動を抱いてはいけないということだ。
決して結婚相手に対する愛を否定などしていない。
その「世」とは、キリスト教集団の外側にあるものを指す
すなわちイエスの磔を要望し黙認し実行した当時の周辺世界の体制、
ローマ帝国と、ユダヤ教徒自治集団のサンヘドリン体制だ
引用箇所の続きを読むといい
「16節 すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、
父から出たものではなく、世から出たものである。17節 世と世の欲とは過ぎ去る。
しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる。」
「肉の欲、目の欲、持ち物の誇」とはギリシャやローマの異教世界の文化、経済体制、
それと妥協するサンヘドリン・ユダヤによる繁栄であり、父から出たものとはイエス教団と未来のキリスト王国のこと。
去勢は「できるならやれ」「それぐらいの覚悟をしろ」ということ。ラクダが針の穴を通れるなんてイエスもさすがに思っていないのに言う、いつもの極論 >>542
で、死海文書の発見でそれが覆った
禁欲宗教はエッセネ派との関係を決定づけてしまう 運命共同体である我々の中だけの規則です。
それを書いただけなのです。
他の諸部族にはそれぞれ信じられている神々があるけれど、
他の部族に何かを強要するわけではありません。 スープにチンポ浸けたラーメン屋の店長は、どうなるの? 「人の子」というキリストを表すことばはエッセネ派の聖典であるエノク書に頻繁に出てくる
つまり本来キリスト教とはエノク書の予言の成就としてあらわれた宗教だった キリスト教の起源は一つではない
「奇跡のラビ」説話、「とんちラビ」の系統の説話、それに
ゾロアスター教、アトン崇拝などオリエントの古代宗教いくつか、
それとは別にパンと魚とワインの地中海カルトがあったらしい パンとワインの聖餐はエッセネ派もそのままやってる
罪の浄化のための洗礼もそう 最初のキリスト教も、様々な教えをする教団がありました。
それが4世紀に正統派に1本化され、その教えに従わない教団は
異端とされ、悪いものとして排除されました。追放や死刑にされ、
ローマ帝により教えの文書を燃やすよう命令され残っていない。
正統を正統たらしめる権威---それは反対派を死罪にできる権威---が無くなってからは、
また最初の状態が出現した。人間の宗教心の特性はそういう多様性を持つものです。
人の神への理解は多様に花開くものです。 仏教の陰に隠されていたから意外に信徒は多いはずだ。宗教を改宗までつなぐには
歴史的時間がかかる。 初めまして。
難しい事は全然分かりませんが、私は12年前にカトリック教会で洗礼を受けた者です。
実は、何と12年かかって、キリスト教が大嫌いになりました。
教会での差別的仕打ち、イジメ、そしてクソ真面目に聖書の教えを守ろうと必死にがんばって、
ハッキリ言って人生酷い目に会いました。
神父からも「ストレス発散の対象」ばりに冷たくされ、シスターからは「離婚経験者」ということで、ゴミクズのように言われました。
何か「福祉的」な活動にやたら駆り出された挙げ句、「あんたはこれやっててね、私はミサに出てくるから」と、教会の建物の外でミサの間中雑用。
そんな事がしょっちゅうでした。
さらに、散々お世話した「代母さん」が、老人施設に入ってしまったので、お見舞に行こうと思って施設に念のため電話したら、
「教会関係の人だからって、別に来ていいわけじゃありませんけど?」
・・・他の信者さんは行ってるのに。
しかも、散々お世話したはずの自分が、「余計者」扱い。
馬鹿馬鹿しくて、ついにキレました。
キリスト教関係のもの(ロザリオ、絵、ミニチュアイコンなど)全て段ボールにしまって、今後一切キリスト教には関わりたくありません。
何か愚痴になってしまいました、ごめんなさい。
とにかく腹立つ。教えも、今となっては
「きれいごと言ってんじゃね〜よ、偽善者の集まり!!」
としか思えない。 テメーら全員クタバレと言ってあげなさい。神はあなたを優しく見ておられます。 自伝によると、M.ガンディーは少年時代はキリスト教が嫌いだったそうだ。一部抜粋する。
「私の父にはムスリム(イスラム教徒)やパールシー(拝火教徒)の友人がいて、よく父は彼らの宗教の話に耳を傾けていた。
しかし、私はキリスト教は嫌いだった。何故なら宣教師たちはヒンドゥーの悪口ばかり言っていたからだ。
キリスト教に改宗したヒンドゥーは西洋の服を着て、肉を食べるようになったので、キリスト教とは服を変えさせ、肉を食べさせる宗教なのだと思っていた。こうして私の幼年期のキリスト教嫌いが出来上がった」
もちろん成人した後はキリスト教のよい点を認めるように
なったのだから、さすがマハートマー(偉大なる魂)の尊称に相応しい。
一凡夫の私も子供時代、キリスト教に関しては不快な思い出がある。
小学三年生の頃、校門前で外国人のキリスト教宣教グループが
説教してるのを見かけたので、好奇心から近寄っていった。ちょうど下校時のためか、すでに大 勢の子供たちが集まっていた。外国人たちが掲げていたキリストの
磔刑や復活の絵は大きくて派手なので目を引いた。
彼らが何を説教したのかまるで記憶にない が、最後に言った文句だけは憶えている。
「みんなも地獄に落ちたくないでしょう?キリストを信じない人は地獄に落ちるからね」。
こう言った若い白人女の端正だが厳しい横顔は今でもはっきり思い出せる。
この人たちの言っている事はおかしい、間違っていると、強烈な嫌悪感を覚えたが、 悲しいことに
無知な子供ゆえ理を持って反論など出来るはずもない。とにかく不快でならなかったので、その場を離れるのが関の山だった。
「××を信じないと、地獄に落ちる」は宗教の脅し文句の常套手段なのだが、“マハートマー”の精神など皆無の私は未だにキリスト教の長所をほめる気にはなれない。 究極的にはキリスト教の思想の根本には「審判」の思想があります。
聖書は「救いかそれとも滅びか」と迫ります。
片方の道は「死」「永遠の滅び」「地獄」「悪」の道です。
それゆえ、聖書とは、それをまじめに読む者に「信じるか死か」と迫る
一つの「逆踏み絵」であるとも言えます。
かつて、キリシタンたちは「棄教か、さもなくば拷問と死」の選択を
迫られましたが、聖書を読む者も、「信じるか」さもなくば
「火と硫黄の池に投げ込まれる」(ヨハネの黙示録20:10)か、という
選択を迫られているからです。
心の底から納得しているわけでもないときにも、信じなければならない
--- そういうふうに自己を追い込む一つの強制的装置のようなものが
聖書の思想の構造にあります。 旧約聖書の創世記を要約すると↓
エデンの園でアダムが言った。
「神様、聞いてください。ここは美しい楽園です。でも、私は孤独で
しょうがなく、リンゴを食べてしまいそうです」
「分かった」神は答えた。「では、私はお前のために、女を作ろう」
「女って何ですか?」アダムは尋ねた。
「彼女は、穏やかで優しく受容的な性格の生き物だ。
お前の言いつけを守り、決して逆らわず、勤勉で、倹約家でもある。
しかも、彼女は魅力的で、美しい。
洗濯をしたり、料理をすることが出来る。それに
ベッドの中で、彼女はとても素敵なことをしてくれるだろう」
「なんだか面白そうだな」とアダムは言った。
「よしよし、では女の創造にとりかかるとしよう。
そのためにはお前の肋骨を12本、それに心臓と胆のう、それと
片方の目を材料として取り出さねばならぬ」
「えっ、それは困るなぁ。なんとか肋骨一本くらいに節約
できませんか?」
「う〜む、少し難しいがやってみよう。
そのかわり、出来の方は保証しかねるぞ」
こうして女ができた。 神と人類の間の断絶を生んだアダムの罪が重ければ重いほど、断絶が深ければ深いほど、
イエスの死の価値が上がります。
「悔い改めて神に立ち返れば、そこに神の導きと祝福がある」という旧約聖書、
「悔い改めよ、神の支配は近づいているのだから」というイエス自身の教え。
「アダムの罪は神と人類の間に、我らの教祖であるイエスの死を仲介にしなければ、
取り戻すことのできない決定的な断絶を生んだ、よって、我らの教祖を信ぜよ」という
教えがキリスト教。 そのアダムの罪とはなんだったか?
アウグスティヌスは性行為と言ってる
つまりアダムとイブが性行為という死に至る悪徳を生んだゆえに人間に悪徳が芽生えた
故にキリストの教えにしたがって、修道院に入り、性行為をたち、ただしく生きれば天国へ行ける
という
エッセネ派と同じ競技だったのが初期キリスト >>56
そのくだり、ほとんどそのまんますぎて長さ的にちっとも「要約」になってないだろう
長文なのは構わないけど、なんでお前の書く文章ってこうだらだらして中身がないの ガンジーはこれ(神=キリスト教徒自身(=ほぼ悪魔))を見抜いていたようです。
『西洋のキリスト教が実際に行っていることを考えるに、キリスト教ヨーロッパは、神の、あるいはキリスト教
の精神を代表していない、むしろサタンの精神を表している、というのは私の堅い信念である。
そしてサタンの成功が最大のものとなるのは、その口に神の名をのせて現れるときである』 (ガンジー)
ろくに修行もせず努力の
必要性を投げ捨てている愚者だけが
即・神と直通になれるなら、人間が神によって腐り切ってしまうのも
仕方がない… 自己の願望・自己愛が神の名で増長していくだけの、愚かで無効な信仰がキリスト教です。
「三位一体の神の御名において、売れる奴隷という奴隷をどんどん送り続けよう」(コロンブス) 自伝によると、M.ガンディーは少年時代はキリスト教が嫌いだったそうだ。一部抜粋する。
「私の父にはムスリム(イスラム教徒)やパールシー(拝火教徒)の友人がいて、よく父は彼らの宗教の話に耳を傾けていた。
しかし、私はキリスト教は嫌いだった。何故なら宣教師たちはヒンドゥーの悪口ばかり言っていたからだ。
キリスト教に改宗したヒンドゥーは西洋の服を着て、肉を食べるようになったので、キリスト教徒は服を変えさせ、肉を食べさせる宗教なのだと思っていた。
こうして私の幼年期のキリスト教嫌いが出来上がった」
もちろん成人した後はキリスト教のよい点を認めるように
なったのだから、さすがマハートマー(偉大なる魂)の尊称に相応しい。
一凡夫の私も子供時代、キリスト教に関しては不快な思い出がある。
小学三年生の頃、校門前で外国人のキリスト教宣教グループが
説教してるのを見かけたので、好奇心から近寄っていった。ちょうど下校時のためか、すでに大 勢の子供たちが集まっていた。
外国人たちが掲げていたキリストの
磔刑や復活の絵は大きくて派手なので目を引いた。
彼らが何を説教したのかまるで記憶にない が、最後に言った文句だけは憶えている。
「みんなも地獄に落ちたくないでしょう?キリストを信じない人は地獄に落ちるからね」。
こう言った若い白人女の端正だが厳しい横顔は今でもはっきり思い出せる。
この人たちの言っている事はおかしい、間違っていると、強烈な嫌悪感を覚えたが、 悲しいことに
無知な子供ゆえ理を持って反論など出来るはずもない。とにかく不快でならなかったので、その場を離れるのが関の山だった。
「××を信じないと、地獄に落ちる」は宗教の脅し文句の常套手段なのだが、“マハートマー”の精神など皆無の私は未だにキリスト教の長所をほめる気にはなれない。 キリスト教が世界各国の植民地支配の前段階で宣教されていったのには
理由がある。それはキリスト教会の教えが服従の構造を生み出してくれるからである。
キリスト教は神、キリストへの服従、愛、受容
(または寛容)、忍耐を教える。これら一つ一つは素晴らしい道徳であり、これらを守り生活すればより豊かな人生を歩めるだろう。しかし、これは個人レベルの話しである。
民族とか国家という大きな枠組みでキリスト教の
教えを受け入れてしまったならば、それは悲劇をもたらすことになる。
支配者にとって被支配者はなるべく自分たちに従順であることが望ましい。
その次に望ましいのは不満を持ちながらもそれを爆発させずに反抗しない被支配者である。
キリスト教の教えは被支配者に服従の構造を与えてくれる。
たとえ、自分たちの支配者が自分たちに不利益な行いをしようと、愛と受容と忍耐を教え込まれた被支配者たちは、支配者たちに抵抗することは無い。
それは、抵抗することは教会が教える愛の精神に反するからである。殴られたら殴り返すのではなく、ただ無抵抗に耐えるのが教会が教える愛と受容と忍耐である。 また、この世での不満があっても、キリスト教は御国=天国という次の理想的な世界を教えてくれる。
この世が不条理であっても、死んだ後は何の不満もない理想的な世界が待っている。ならば、この世では不条理を耐え忍ぼう。
生きている限り我慢しよう。その様な精神を生み出してくれる。
キリスト教の教えは御国=天国という来世の餌をぶら下げることで、被支配者の現世での不満を抑え込む構造を持っている。
もう一つ、キリスト教は人間を超えた、神やキリストという存在を教える。
そのような教えを受け入れた信徒たちからすれば、この世で不条理な抑圧を受けても、その様な存在がいつかは自分たちを救ってくれる
という淡い期待を持つ。これは心の治療薬であり、多少なりとも不満を和らげる効果がある。
これらの要素が絡まり、キリスト教は被支配者に服従の構造をもたらし、支配者たちにとって都合のよい
「良い被支配者」を作り出してくれるのである。 Re: 嘘八百
> 世界大戦の殆どはキリスト教が原因
そう言うと、クリスチャンは決まってこういう反論をします。
「戦争を起こすのは人であって、キリスト教ではない」
逆に、クリスチャンによって何か都合の良い出来事が起こると
「キリスト教のおかげ」だと誇らしげに言います。
都合が良い時はキリスト教のおかげ、
都合が悪くなるとキリスト教は関係ないとのたまうのがクリスチャンです。
> アダムとエバは不良品
>
> 不良品を造った神は無能
>
> になりませんか…
全くその通り。
旧約聖書の神の性格をそっくりそのまま人間に当てはめると、
実に怒りっぽくてわがままな人にしか見えません。
クリスチャンは息を吐くのと同じように「神の愛」とよく言いますが、
聖書に書かれていることと同じことが目の前で起こった場合、
本当にその神の御業に感動するのかどうかは疑問です。
旧約聖書の初期の時代では、人間は常に神に監視されていて、
罪を犯す者を容赦なく罰していました。
クリスチャンは本当にそんな世界に生きたいと思うのでしょうか。 文章がダラダラして長ったらしく、そのくせ中身が何も無いのは朝鮮人の特徴 そろそろ日本で広まらなかった話をしない?
明らかに宗教板でやればいいレスばかりだよ。 古代イスラエル民族は、強力な古代エジプト王国やアッシリア王国やバビロニア王国に
そして後のローマ帝国などの強国に囲まれて、翻弄され続けてきた弱小民族でした。
今、虐げられている自分たちを救ってくれる本当に強い王がいる、やがてその王が
支配者となって、わたしたちの敵を滅ぼしてくれる、という強い願いです。
彼らにとって、王=救い主=油を注がれた者=メシア=キリスト、なのです。 真の自己を規定する永遠不変の絶対者が、どこか自己の内か外にあるとするような
独善的絶対主義につながる考え方は、絶対神を信じたことのない日本人の人間観から
あまりにもかけ離れた思想である。無常の思想であり、縁起の思想であり、
無我の思想である仏教が日本に深く根を下ろし、
絶対神の思想であり、永遠の魂の思想であり、
独善的排他主義の思想であるキリスト教が日本に根を下ろすことが出来なかったのは、
日本人の根本的人間観が和の思想のそれであったからである。
人間は皆凡夫であり、それゆえ誰も自己の正義や価値観を他人に押し付ける権利を
もたない、また他人の意見が自分と違うからといってそれを排斥してはならない、
むしろ、皆和して衆議によって得られる理によって共同体を運営せよ、という
思想が日本人の根本的人間観・社会観であったからである。 ■朝鮮化した各キリスト教教団を警戒せよ■
朝鮮化したキリスト教といえば、「赤い十字架のウリスト教」「西早稲田2-3-18」というものがよく知られている。
逆に言えば「普通の十字架」で「西早稲田の教派とは別」であれば、無害と言い切れるのだろうか。
例えばカトリックや聖公会のように総本山が韓国でなかったり、日本発祥の教派であれば大丈夫なのだろうか。
残念なことに、一世紀近くソ連共産主義の弾圧を受け続けていた東方正教会以外は朝鮮化(ウリスト教化)されているといっても過言ではない。
SEALDsに多くの人材(笑)を排出し「偏差値28」の由来ともなったキリスト教愛真高校は内村鑑三が関係する日本発祥の教派の学校である。
なぜ日本国内のキリスト教はウリスト教化するのだろうか。その答えは聖職者の人材難である。
日本のキリスト教徒の比率は1%で禁教令が敷かれていない国としては世界最低である。一方韓国は総人口の3分の1がキリスト教徒である。
日本国内のキリスト教各教団は多くの聖職者のポストがある。しかし日本人信者の絶対数が少ないので、日本人で全てを占めるのが不可能である。
そこで各教団が目を付けたのが韓国人聖職者である。韓国人は日本語を解する者が多く、またキリスト教に纏わりつく欧米的なバタ臭いイメージを払拭するのには最適である。
しかし、ここにいる皆さんもご存知の通り、韓国人は反日カルト民族であるww。
韓国人聖職者は「説教」と称して反日ヘイトスピーチを繰り返し、教団の反日政治団体化を推し進めていった。これが反日キリスト教の正体である。
心ある日本人信徒は直ちに団結して、教団の正常化を図らなければならない。そうしないと他の日本人から「反日カルト宗教」と白眼視され、いつまで経っても1%の壁を乗り越えることはできないだろう。
それどころか万が一、キリスト教徒による反日テロリストを排出しようものならば、キリスト教徒はオウム真理教信者同様の扱いを受けることになる。テロリストの巣窟として迫害されて当然の存在に成り下がるのである。 キリスト教には、人類の悪の歴史にラディカルな終わりが来て、イエス・キリストが再び
この地上に戻ってきて、キリスト自身が王として千年間支配する新しい時代が来る、
という終末思想がある。それが「キリスト千年王国時代」の思想である。彼らにとって、
その未来の社会は民主主義社会ではない。「民主主義社会よりもっと良い」
愛と正義によるキリスト独裁社会においては、すべての人の人権は
完全に尊重されるからである。キリスト教信者がそのような
「キリスト千年王国時代」の到来を信じているわけではないけれど、日本人には
信じがたいほど、そのようなキリスト教信者がいる。
日本国家の政治史のほとんどが、天皇主義や幕府主義のような、政治・政体に
支配されてきたにもかかわらず、会議を重視する衆議主義がその中で根強く生き続けて
きた事実には理由がなければならない。
日本人が衆議主義を捨てることがなかったのは、あるいはまた、天皇陛下の勅令でも
幕府の国家政策でもないにもかかわらず、民衆から国家の政策にかかわる者に至るまで
「和」というものを日本人が価値あるものとして現代に至るまで受け継いできたのは、
もっと根本的な何か、つまり、日本人の人間観にあると考えなければならないと思う。
それが、人間は純粋に賢人でも愚人でもなく、賢愚あわせもつ「凡夫」である、という
人間の見方である。それは人間を「悲しい存在」として見ると同時に、そういう人間を
受け入れる無言の相互理解の上で人間関係が成り立っていることを意味するもので
あって、日本を代表する宗教や芸術にも深く浸透している人間観なのである。
このような人間観を持つ社会では、神からの絶対的真理を預かっている
預言者の言葉ではなく、相互の話し合いによる決着が、その決定機関とならざるを
得ないであろう。和の思想にとって衆議主義は論理的に必要とされているものなので
ある。 キリスト教がひろまらないのは、単純に理屈に合わんからやろなぁ。
上でも言われているようなアニミズム、自然現象である災害や万物に宿る多神は生活に関わりがあって、それぞれ性質も対処法も違うことを実感しているが、
そこに一神教が来て乱暴にそれらを全部一絡げの人格にして「唯一神を崇めなさい」って言われても「ハァ?」でしょ
そんなペテンに乗る程、日本人は馬鹿じゃなかったってだけ。 べーつに、キリストの考えが悪いわけじゃねえんだけど
キリスト教やってる奴に悪い奴が多すぎたんだよ
博愛主義で自分の身を犠牲にすんのはかまわねえが
博愛主義を他人に求めたらそれ侵略だから
まず自分がぶん殴られても反対の頬を差し出し、無抵抗を示すんならいいが
手を上げろ、我々に従えってやってきたのが白人よ
自分達がキリストの教えを守るのではなく
他の連中に教えを無理やり押し付けてきたのがキリスト教。 1,異教徒を認めない、フェニキア宗教は基本他宗を邪道視、独善的で敵を生産する
2,自分も生き物のひとつであるにも関わらず人間は特別としその他の命を蔑視する独善排他性
3,占領軍の宗教であったため土着文化を認めず殲滅してきた、その為今もって土着できない浮遊宗教
4,神を絶対視して強引に支配したため文芸復興やヒューマニズム、プロテスタント、共産主義、資本主義など多くのアンチカトリック主義を発生させ世界に混乱に拍車をかけた
5,今もってピューリタンが幅を利かせ排他主義により世界を混乱させている
6,キリスト教の最大の矛盾は救い主であるイエスを木にかけ殺したことである、これの矛盾を解決するための手段が贖罪とか三位一体論とかの難解な言い訳になった ルソンを侵略して奴隷貿易をし、神社仏閣を壊すキリスト教徒に警戒を抱くのは当然だろ。 博愛を口では言いながら、手では暴力を振るうというやり方ははた目から見れば異様だろ。 不殺生を掲げながら兵隊囲う宗教が一番ポピュラーな国ってどこだっけ?w そもそも、キリスト教の教義に問題があると思います。
人間はすべて生まれながらにして罪びとだとか、
信じない者は救われないから地獄に行くとか、
キリスト教は表向きには良いイメージなのに、
言っていることを文字通り解釈するとカルトだと思います。
こんなことを何も知らない子供に吹き込むのはやめてもらいたいです。
大人は経験上善悪の判断ができますが、
人生経験もない純真な子供たちは
「フィルターなしに」何でもかんでも素直に聞き入れるのですから。 キリスト教は自分たちに都合のいい聖書解釈をして
何万何十万何百万の人間を殺してきた
殺人宗教団体だよね
そんな宗教のどこがいいのさ? クリスチャンが「〜のために祈ります」と言っているのは、
要するに自分が質問に答えられないのをごまかしているだけのことなのです。
私も牧師さんに悩みを打ち明けたことがありますが、
結局は「あなたのために祈っています」とお茶を濁されました。
良いことが起こったときだけ
「ほら、神様のおかげですよ、神様は本当にいるのですよ、
神様は祈りを聞いているのですよ、だから神様を信じましょう」
と、得意げに胸を張って神の正当性を説くのに、
悪いことが起こると
「神の御心は私たちには分からない」「〜のために祈りましょう」
などとごまかすのがクリスチャンの習性なのです。
今回のローマ法王の発言で皆さんよく分かりましたね?
日本のクリスチャンは日本でキリスト教が普及しないことを嘆いていますが、
クリスチャン人口を増やしたいなら、
誰もが納得できる答えを用意してはいかがですか?
しかし、「神の代理人」でさえこの程度のことしか言えないのですから、
これで神の愛を信じろと言われても無理です。
あきらめてください。 まだ二千年程度だが、死刑の成り行きが評判が悪いのが穴だな。
人が最初に墓をくぐったわけじゃない。それがキリストだ。 日本人のキリスト教徒は、不味い料理をブランドイメージだけで美味しいと言ってる人間に似てる。
キリスト教=西洋ブランドなんだよ。これが、崩れたらキリスト教など何の価値もない。 キリスト教徒で不思議なのは、災害が起きたら略奪が当たり前だし人殺しも平気なところ。
こちらでいうお天道様が見ている、すなわち(キリスト教の)神が見ていると言う発想がまるで無い。
少なくとも災害だらけの国にこれはミスマッチだろう。 キリスト教が最も反人間中心主義(アンチ・ヒューマニズム)である。
キリスト教は人間が原罪を持つとする。
よって人間が生み出したヒューマニズムに基づく文化や制度とは根本的に衝突する。
それがこの信仰の本質。
その闇が覆った中世から復興させたルネッサンスは、
ただ文芸の復興というものではなく人間性の復興だった。
しかし忘れてはいけない。
キリスト教は人間は生まれながらに罪の中に居ると教える。
そうである限り人間性を否定するのがキリスト教の根源であり、
それを多くの欺瞞的言辞と活動で覆い隠しているだけだ。
神に従わない者は抹殺して信徒だけの神の世界になるのを待望する本質は
何も変わっていない。
現代では[イスラム国]がやっていることと同じことを
キリスト教が再開してもおかしくはない。本質はそうなのだから。 もともと仏教優勢なのと現代日本で布教してるのが胡散臭いからじゃね。うさん臭い冊子配るやついたり、胡散臭い看板を自宅にはってたり、小学生の頃そんなの見て警戒心生まれた。 いや、十分広まってると思うよ
日本の他の神々より知名度高いし
ただ、他の八百万の神々を排除してキリスト教の神だけを信じる事はしないよね
新しい神はただ追加されるだけだから 日本の根幹にある宗教観は自然信仰だし、天皇の存在も大きい
現在知識と自然信仰が合わさると信仰心なんてほとんど生まれなくなるだろう
基本的には無神論者になる可能性が嫌でも強くなる
あとは真面目に考える人にとっては
キリスト教が如何にいい加減で都合のいい宗教家は歴史が証明している
これを信仰する馬鹿はいないだろう
「信仰するべき宗教」としてならイスラムとかみたいな戒律がしっかりしてるものの方が適任
実際は宗教なんていらないになるが… キリスト教徒は、地球がGODによって造られたり、人間が土から造られたり、女が男のあばら骨から作られたり、キリストが処女のマリヤから生まれたり、死んだキリストが生き返ったり、こうした話を真面目に信じている人たちです。
多くのの日本人は、そんな有り得ない、ヘンなコトを真面目に信じられる人はアタマが狂っていると思います。
もう一つは、キリスト教のみが最高で他の宗教は劣っているとする、独善性です。
それは日本人からすれば、鼻持ちならないイヤな奴です。あなたも、きっと周りの人にバカにされ、友達もいない人、変わり者として思われているでしょう。 いや聖書読んでみたら分かるけど人名とか地名とか、あと細かい考え方とか前提とされている文化習慣とかね、完全に異国でなんか感覚的に全然分からんって感じるもんだから。極度に舶来モノが好きなミーハーな人しか信じるのは無理だよ、あれ。 ●仏教の場合
親鸞「おまいは私の言うことが聞けるか?」
唯円「もちろんです。親鸞聖人のおっしゃることなら、私は何でも行います。」
親鸞「それでは人を千人殺してこい。そうすれば極楽浄土に行けるぞ。」※
唯円「ちょwww聖人様www。それはいくら何でも無理でございます。」
※もちろん親鸞は千人殺せば極楽浄土に行けるとは本気で思っていない。
もし唯円が「かしこまりました。これから人を殺してきます」などと言ったら
「ちょwwwおまwww。」と親鸞は言って止めさせるだろう。
●ユダヤ教・キリスト教の場合
預言者「おまいは私の言うことが聞けるか?」
信者「もちろんです。預言者様のおっしゃることなら、私は何でも行います。」
預言者「それでは人を千人殺してこい。そうすれば天国に行けるぞ。」
信者「かしこまりました。預言者様のおっしゃることならば、一万人でも一億人でも殺してみせます。」
これがユダヤ・キリスト教クオリティwwwww >>591
そりゃ、宗教が必須の中世の前半に、ユダヤ教かぶれキリスト教かぶれ自称メシアのマホメットが、
そういうものを統合してやると意気込んで作ったものだから、弱点は或る程度克服されてるわな。 キリ教系の学校行ったけど、宗教主事はクズだった。キリ教信奉しても同じ人間で、高潔な人もいるしクズもいる。宗教は人の本質を変えない。
戦国時代のイエズス会士が、本国への報告で日本は貧しく、男は貧弱で女はブスだから、奴隷としても価値がないので、遠路航海して侵略するにはコスパが悪い、と言ってくれたおかげで、日本は大陸のように蹂躙されなかった。
どの民族にも一定数発生する宗教依存が、日本の場合はキリ教に向かわなくて良かった。。 >>594
●仏教の場合
尊師「おまいは私の言うことが聞けるか?」
林郁夫「もちろんです。尊師のおっしゃることなら、私は何でも行います。」
尊師「それでは人を千人殺してこい。そうすれば解脱できるぞ。」
林郁夫「かしこまりました。尊師のおっしゃることならば、一万人でも一億人でも殺してみせます。」
注:たとえ話でもなんでもなく実話です 教会にお試しで通ってみた感想だけど、最初は耳障りのいいことを言う。嘘は良くないとか人に優しくしようとか。
でも少し聖書を読み進めるとすぐにきな臭くなる。信仰心を試すとか言って息子を生け贄に求める、親父はなんの疑いも持たずに捧げようとしてるし。
そもそも全知全能と言うわりにはソッコーで楽園に蛇が入り込んでるし。警備の天使何してた。
人に優しく、隣人を愛せ、ここで言う「人」とはクリスチャンのこと。異教徒は犬扱い。犬にパンはあげられないとか言い出して相手がテーブルからこぼれたパンくずならよろしいでしょうかとかへりくだってやっと人間扱い。(パンとは恵みのこと=クリスチャンになります) 神を信じる善人は救われ、悪人は地獄に落とされ永遠に苦しむ。
それを分ける審判の日は近い。
と、言い続けて2000年経ちました。
未だに審判の日は来てません。
日本人 まだ、信じているんですか?
神学者 永遠の存在である神にとって2000年などは一瞬だ。
日本人 じゃあ、何千年待てばいいの?
神学者 だから、もうすぐだから。
日本人 だめだ、こりゃ。 > キリスト教はたしかに大勢の人を殺してきました。だからキリスト教はダメだ、っていうんじゃなくて、そんな過去の過ちも受け入れて反省することが大事だと思います。
そして同じ過ちを犯さないようにしようと頑張っていくことが大事で、今のキリスト教はそのために日々頑張っていますよ。
いえ、キリスト教はダメです。
世界の治安にどう貢献したのでしょうか。
どういうわけかキリスト教圏に限って治安が悪く、
例えば中南米は
クリスチャンが多いのにどこも著しく治安の悪い国ばかり。
アメリカでも銃撃事件が日常茶飯事ですよね。
日本に原爆を落としたことを絶対に謝罪しないくせに、
慰安婦の捏造話を信じて韓国の味方をして日本に謝罪しろと言ってくる。
ヨーロッパは
今や難民が大勢押し寄せ治安が著しく悪くなっています。
私がクリスチャン時代だった時にも
難民のための募金活動がよく行われていましたが、
あんな奴らのために募金していたのかと思うと腹が立ちます。
キリスト教があちらの社会にどう貢献しているのでしょうか。
むしろクリスチャン人口の極端に少ない日本の方が治安が良いです。
> なんせカインとアベルの話かを引き合いに出すのはちょっと暴論だと思います。それに50%じゃなくて25%ですよね。
アダムとエバの時代なら犯罪率100%ですよね。 Re: タイトルなし
> 教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
> 信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
> 救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
> 一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。
教会は自分たちに都合の良い人しか助けてくれません。
一般社会と何ら変わりません。
にもかかわらず、神を信じない一般社会を見下し、
自分達こそが正しいことをしているとのたまう姿が偽善的です。 東アジアで最もキリスト教を受容した朝鮮社会がその後どうなったかはごらんのとおり。
朝鮮の人々が誇るところの少ない祖先の隷属の歴史を消し去ってくれるキリスト教に雪崩を打って駆け込んだのは、無理もない事だろう。 キリスト教会に、12年近く行きましたが、ほとんどの奴らが、
人の幸せなど願わない、クズどもだとわかりました。
「戒め」を守る私って、清らかでしょ?
「イエス・キリスト」の福音を知らない人って、かわいそう。
「ほどこし」をする私って偉いわ。 みたいな。
選民思想と虚栄心が渦巻く、吐きそうな世界でした。
その後、いくつかの教会を見てきましたが、「信仰」という言葉とは
ほど遠い人たちが、いっぱいいました。もちろん、
誠実な人たちにも、たくさん会いましたが、それは少数派ででした。 >>600
> キリスト教があちらの社会にどう貢献しているのでしょうか。
ヘイトクライムで治安対策や軍事産業への景気刺激。
キリスト教やイスラム教がもたらす常態的な治安の悪化は、軍事技術の発達に大きく貢献する。 治安が悪く蔑むべき異教徒や異民族が身近にいると、一神教の信仰の素晴らしさを感じることができる。
攻撃性や残忍性や差別思想を忌むべきものではなく良いものとして肯定してくれる宗教、それが一神教。 信仰のすばらしさを感じるには治安の悪化が最も効果的。
健康のすばらしさを感じるには病気になるのが最も効果的なのと同じ。 人々の信仰心を呼び覚ますには、天変地異や治安悪化が最も効果的。 >>599
落語でそれに似た噺があったよね。
万年活きる亀を買い求めて買い始めたら翌朝に死んでしまったとかいう 日本にキリスト教が伝来してから450年も経つが、今に至るまで日本ではキリスト教徒が人口の1%を超えたことすら無い。
どんなに布教しようが、GHQの占領政策によって強制的な欧米化を進めようが完全に失敗した。
それほど日本人の中にある日本文化、神道文化は深く強固なのである。(そして面白いのが、当の日本人が世界で一番その自覚が無いww)
一方、すぐお隣の韓国では、なんと国民の3割以上がキリスト教徒となっている!
しかもこれは、第二次大戦後からという異常なスピードである。
韓国でこれほど短期間に、異常なまでにキリスト教が普及したのは、朝鮮人の特有の姑息な『事大主義』によるものである。
つまり、万年属国民族とも言われる朝鮮人特有の奴隷精神。
もしイスラム教の教勢が拡大してきたら、
「これからはイスラームの時代ニダ。キリスト教は<゚听>イラネニダ」
「神道というカーフィルが巣くう悪魔の国・日本は消毒ニダァ〜」
朝鮮人の宗教観は非常に分かりやすい。 動物に魂はなく天国に行く資格が無いから
これはキリスト教のれっきとした教え。人間原理主義。
動物愛護をうたうキリスト教信者は教えにそむいている。 日本じゃもう、キリスト教だけじゃなくて宗教に傾倒しているだけで胡散臭い人扱いだから無理だと思う。
それにキリスト教が国教の国って戦争ばかりしてるし。 クリスマスとかのイベントは楽しむけどキリスト教の教義を真面目に実行するの面倒くさいもん。
聖書も教養として読んだけどもやもやする話多い。
元は中東で生まれた宗教が日本人に浸透しないの仕方ない。
キリスト教国でも犯罪がいっぱいあるの見たら何信仰してたって悪人はいなくならないのを実感する。
災害の多い国じゃ運が悪けりゃ死ぬ時はどうしようもない自然の力で死んだりあるし、八百万の神様をなんとなくゆるく祀るんでいいと思う。
皇族の人がキリスト教系の大学入っても別に入信してるわけじゃないし、最近の学習院はお金はあるけど良からぬ家庭の子供も入学してるとかで避ける気持ちがわからないでもない。 戦争するからこそ科学が発達し女性や黒人の権利運動が高まる。
戦争こそがもたらしてくれたにもかかわらず、日本人クリスチャンはキリスト教が科学の発達や女性や黒人の権利向上をもたらしたと曲解して喧伝する。
罪深い。 一神教は融和の心を捨てて戦い続ける勇気と力を与えてくれる。
戦い続ける勇気と力が文明を発達させる。 アメリカ人ですらキリスト教徒であってもほとんど信じていない
日本と同じでクリスマスをやるのと結婚式と葬式を教会でやるくらい
そしてキリスト教の正しさについては1000年近い異端審問で批判が禁じられてた分だけ否定論が山ほどある
中には裁判で間違っていると論じられた事もある
しかし、日本でクリスチャンと言うと大半が在日なんだが
日本人が胡散臭いと思うのがまずそこ 幕府がカトリックアンチな英国人とオランダ人を外交ブレーンにしたのもカトリック布教を阻んだという言説がありますね。 カトリックは多分受け入れられない
受け入れられるとしたらプロテスタント系か
マジック・ジョンソンみたいなちょっと羽目を外す人格者のが日本ではうけやすいだろな 主要宗教になるのは、国の支配者、支配階層に取り入るのに成功した時のみで、教義は関係ない
ローマ皇帝に取り入り、ヨーロッパ布教に成功したキリスト教、王子の言ったことを宗教化したのが仏教
したがって選挙でトップが決まり皇帝や王のいない現代ではどの国でもすでに不可能
日本は江戸幕府将軍に取り入れなかったので到底無理
大友宗麟で成功しかけたが軍事で負けて滅亡
インドや日本では貿易の利や軍事技術とセットで布教していたから、日本が分裂していたら危なかった 「イエスという方が罪の贖いの犠牲として十字架上で死んだ」「三日後に復活した」
「父なる神のもとである天国に帰った」「永遠の命が与えられる」
科学や理性や常識に照らし合わせると、とても矛盾に満ちています。
自らの心を麻痺させるほどの何かがなければ、とても、そのまま事実であると
信じることはできません。いったい、キリスト教の何が信者の心を
麻痺させるのでしょうか。それは、大きな見返り(救い)の約束であると、
考えています。それぐらいの見返りを得ることができるのでなければ、
人はそう簡単に自らの心を裏切って、信じることなどできはしないと思います。 洋ピンだとアヘってるおねぃちゃんは「イエス!イエス!」て絶叫するよね オウムとかパヨクを見てると、六十年代だかのアメリカのヒッピームーブメントとか思い出す。
あれってどういう顛末になったかご存知でっか。
ラブ&ピースとか言っててコミューンはカルト化、独裁化したんやで。内部がヒジョーに剥き出しの力関係になった。
男女平等もクソもなく、やっぱ男が独裁者になって、お山の大将が一夫多妻とかやり出しーの。社会実験としちゃ貴重な記録だ。
カルトと言えばアメリカでは人民寺院とかヘヴンズゲートとか集団自殺系の新興宗教があった。
オウムもこっち方面に行きゃ良かったのに。人様を殺すんじゃなく。
でもパヨチンのご先祖様の新左翼も総括といってリンチ殺人してるし、日本のキチガイ集団の特徴なのかも。 友愛ってやつか。民主党政権時には代議士の変死多かったよね 広めないストイックさも信仰の順序、改宗教養のなさがよく、
掬いが遅れるようにだけは気を配るとよいのかもしれません。 >>622
人民議員もヘヴンズゲートもグノーシスだとすれば
キリスト教本来の形もそうなんだろう
一部仏教も キリスト教の気違い狂気のカルト宗教的危険性は、
自分自身の信じる宗教的な異常さを指摘すると、
殺戮や裁きの拷問や地獄をイメージしてその本性の悪魔性質をギラギラさせて、
神の名前を使って、敵を非難する蛮行だ。
これを平気で許可する宗教は野蛮な気違い狂気のカルト宗教である。
信じない者は殺しても殺されても然るべしと本気で信じて、
残虐性質を肯定してしまえる気違い狂気のカルト宗教である。 日本のキリスト教会は教派が無数にあって
どれが主流でもないのが弱体化の一因
神道・仏教もそうかも知れんが、バラバラでまとまりが無い 「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。
あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
マタイによる福音書 / 5章 10〜12節
キリスト教批判するといきり立ってファビョる奴(中の人の正体かもしれないがww)がいるが、
神も己への迫害を喜べと言っているんだから、喜んだらどうだ?
何で不快感を露わにするんだ。
つまり己の信仰はその程度だということなんだよ。
かの日本二十六聖人はイエスと同じ磔刑で、刑場がゴルゴタの丘に似ているということで大いに喜んだそうだぞ。
聖人のように死ねとまでは言わないが、偉大な先人に学んだらどうだwwwww >>622
新左翼は一夫多妻まがいの強姦事件もやってるぞ。
四トロが有名(加害者多数)。 神の為なら殉教する必要があります。
ヨハネの黙示録 2の10
あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。
見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。
あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。
そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。
ヨハネの黙示録 12の11
彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。
ヨハネの黙示録 14の13
書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。
然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。
神の為に殉教した者は、永遠の命が与えられるのです。 >>630
貧乏になりなさいとキリストは言ってるが
プロテスタント諸国の多くは蓄財を推奨してるね
なんでかわかる? カトリック教会の神父らが数千人単位の児童に性的虐待を行っていたとして世界中で抗議の声が寄せられているが、ローマ教皇はこれを「悪魔のせい」だと糾弾している。
ローマ法王によると、”悪魔”がカトリック教会の品位を下げるべく日夜活動を続けているようだ。特に世界中で報じられた教会の性的虐待事件は、”魔王サタン”に責任があるのだと言う。
法王は先月29日、教会の児童虐待事件に触れ、”悪魔”に負けないようメッセージを出した。
「カトリック教会は悪意ある攻撃、”偉大なる告発者(魔王サタン)”、愚行、腐敗行為から救われなければなりません」
性的虐待問題への怠慢でローマ法王に辞任を要求されたカルロ・ マリア・ビガノ元大使は、このメッセージに不快感を示している。
法王が「偉大なる告発者」という表現を用いたからだ。
これにより諸悪の根源は性犯罪者ではなく、悪魔の仕業になってしまった。
なおローマ法王は教会内部の腐敗や性犯罪が「魔王サタンの手引きによるもの」だと信じ切っているため、大天使ミカエルに救済を求めているのだという。
http://yurukuyaru.com/archives/77804909.html >>630
あ、そ
んじゃ貴殿から先ず殉教してくれ 宗教板からの遣いに何言っても無駄だぞ
マジモンの基地外なんだから エホバの証人は前千年王国説をとっています。
まずキリストが空中に再臨し、クリスチャンを空中にひきあげ(携挙)
その後大きな困難が地上を襲う(患難時代)患難期の最後に
ハルマゲドンの戦いが起こり、そのときキリストは地上に再臨し、
サタンと地獄へ行くべき人間を滅ぼし、地上に神が直接統治する
王国を建国する。千年が終わった後に新しい天と地(天国)が始まる。
この世はサタンが支配している王国であって、それに対して、来るべき
新天新地は天の父の御国である。その間の過渡的段階において
地上にキリストの千年王国が確立される。 戦国時代のキリスト教徒は博愛を口では言いながら奴隷貿易やってるし、
神社や仏閣は壊すし、如何わしさは感じたんじゃないか? 日本にキリスト教が伝来してから450年も経つが、今に至るまで日本ではキリスト教徒が人口の1%を超えたことすら無い。
どんなに布教しようが、GHQの占領政策によって強制的な欧米化を進めようが完全に失敗した。
それほど日本人の中にある日本文化、神道文化は深く強固なのである。(そして面白いのが、当の日本人が世界で一番その自覚が無いww)
一方、すぐお隣の韓国では、なんと国民の3割以上がキリスト教徒となっている!
しかもこれは、第二次大戦後からという異常なスピードである。
韓国でこれほど短期間に、異常なまでにキリスト教が普及したのは、朝鮮人の特有の姑息な『事大主義』によるものである。
つまり、万年属国民族とも言われる朝鮮人特有の奴隷精神。
もしイスラム教の教勢が拡大してきたら、
「これからはイスラームの時代ニダ。キリスト教は<゚听>イラネニダ」
「神道というカーフィルが巣くう悪魔の国・日本は消毒ニダァ〜」
朝鮮人の宗教観は非常に分かりやすい。 日本の各地でザビエルは布教するのですが、出会った日本人が彼に決まって
尋ねた事があります。
それは、「そんなにありがたい教えが、なぜ今まで日本にこなかったのか」
ということでした。 そして、「そのありがたい教えを聞かなかった
われわれの祖先は、今、どこでどうしているのか」ということだった。
つまり、自分たちは洗礼を受けて救われるかもしれないけれども、
洗礼を受けず死んでしまったご先祖はどうなるのか、
やっぱり地獄に落ちているのか・・・・・
当時の日本人はザビエルにこういう質問を投げかけた。
元来、キリスト教においては、洗礼を受けてない人は皆地獄ですから、
ザビエルもそう答えました。すると日本人が追求するわけです。
「あなたの信じている神様というのは、ずいぶん無慈悲だし、無能ではないのか。
全能の神というのであれば、私のご先祖様ぐらい救ってくれてもいいではないか」
ザビエルは困ってしまいまして、本国への手紙に次のように書きました。
「日本人は文化水準が高く、よほど立派な宣教師でないと、日本の布教は
苦労するであろう」と。当時の中国にも、韓国にも、インドシナにもこうした
キリスト教の急所(?)を突くような人間はいなかったわけです。 地方からソウルに移住する人はみな地方の両班の血筋だと嘘を付く
地方の平民出身ですなんて言ったら露骨にバカにされるからね
その際に嘘がばれないように檀家の寺と縁を切る
そして都会のキリスト教会に入信するのが偽両班のパターン 『もし神様が天地万物を造ったというなら、なぜ神様は悪も一緒に造ったのか?
(神様がつくった世界に悪があるのは変じゃないのか?)』
などと質問され答えに窮していたようです。
ザビエルは、1549年に日本に来て、2年後の1551年に帰国しますが、
日本を去った後、イエズス会の同僚との往復書簡の中で
「もう精根尽き果てた。自分の限界を試された。」と正直に告白しています。
集団原理の中で生きてきた日本人にとって、魂の救済という答えは個人課題ではなく
先祖から子孫に繋がっていくみんなの課題であったはず。
「信じるものは救われる」=「信じない者は地獄行き」といった、答えを個人の
観念のみに帰結させてしまうキリスト教の欺瞞に、当時の日本人は本能的に気づき、
ザビエルが答えに窮するような質問をぶつけたのではないでしょうか。 韓国人がいまエホバの証人に入信する信者が増えたのは、
兵役免除されると最高裁判決が出たらしいね 日本人にとって先祖の霊もみな家族だからね
目に見えない霊に洗礼は不可能だから、
日本人独特の宗教感にキリスト教はお呼びでなかったと。 その程度の想定問答集も持たずに宣教に来るのが悪い
本国でどんだけぬるい勉強してたんだよ ザビエルは、安国寺恵瓊や伊東マンショと同じく有力豪族の出自。 洋の東西問わずその頃の聖職者なんて貴族や郷士の次男三男ばかりだろ キリスト教はレイシズムとアパルトヘイトの精神的な支柱。
異教徒をジェノサイドするとき軍属区の牧師、神父たちが励ましと神の
祝福を与えつづける。
戦後になってもユダヤ人の改宗の祈りをずーっと続けていた。
教義を変更するのは戦後になってから。
偶像崇拝の仏教徒、多神教の神道、先住有色民族の3つ入ってる日本人は
ユダヤ人以下の神から祝福されるエスニッククレンジングのターゲット。
奴隷化してもいいし、国際法も守らなくてもいい、と考えていた。
原爆ホロコーストにおいても
エノラゲイにジョージ・ザベルカ神父が搭乗して
ホロコーストを励まし、祝福した。
先住民へのジェノサイドの時と同じ。
女性子供老人達を生きたまま丸焼きにする =(ホロコースト)
450年前にクリスチャンに出会ってすぐにキリスト教の本質を見抜いていた。
根本的な教義を変更するのは戦後になってから。
アメリカが黒人へのアパルトヘイトをやめるのが60年代になってから、
先住民の人権を認めるのは70年代に入ってから。
日本人の人種差別撤廃運動、太平洋戦争の功績。
バチカンとアメリカがユダヤ人に対するのと異なり、
日本人女性子供老人に対する原爆大空襲ホロコースト
を美化し正当化するのはレイシストだから。
民族浄化はキリスト教信者の伝統文化。 朝鮮の場合1895年に春生門事件という、ロシア軍・米軍がソウルで首相を暗殺しようとした事件があった。
このとき国王を守ったのがプロテスタント系の宣教師で、ここに国のトップとキリスト教が
結びつき、一気に布教が拡大した。
国のトップの一方に肩入れして食い込むのは他国でもやった常套手段 >>644
鎌倉仏教の前だったら布教は容易かったんだろうがなー 香山リカさんRT『ネトウヨの抗議でBTSがMステ出演中止、とか日本クソすぎでしょ。』→ 香山さん「ネトウヨさん、どんだけネタに困ってるんだろ?」
https://snjpn.net/archives/77097 祖先を否定するキリスト教は儒教的には本来相容れないはずだが、
儒教が士大夫階層に限定された価値観であったので、
儒教の国でも祖先を崇め、祀る風習の無い階層には受け入れられたのかもしれない。 >>644
>>653
つっても、16世紀末の日本の庶民は、そこまで祖先崇拝的じゃなかったんだけどね。
ザビエルの報告を、江戸以降的な「御先祖様ガー」の文脈で読むのは誤解を招く。
ザビエルが直面したのは、
「亡くなって間もない(遺族としての自分の記憶にある)親族が、福音を知らないというだけで煉獄行きになってしまう」
ことへの不満だったと考えるのが、今の日本史の知見に合致する。
まあ、江戸期ガーと書いたけれど、
実はこの話は今でも伏流するわけで、あれほど国学者や国家神道が国学の名のもとに儒教的「御先祖様」を煽っても、
「33年で原則として年忌はおしまい」という仏教の伝統はどうしても覆らない。
33年というのは、故人を具体的にイメージできる遺族が多数生存できる限界なので、
結局、日本人は自分が生前を知ってる親族以外には先祖としてのイメージが及ばない、ということがわかる。 蘇我馬子 → 我蘇りし馬屋の御子
厩戸皇子 → 厩で生まれた御子
聖徳太子 → 聖なる徳の高い大いなる御子
冠位十二階 → 十二支族、十二使徒
聖徳太子の逸話(十人の声を聞き分けた)→失われた十支族をまとめる長、レビ族 キリスト教は広まってないけどキリスト教由来の文化や制度はパクリまくってるよ キリスト教由来の文化ってそもそもないでしょ。
クリスマスは、欧州の冬至の日に太陽の誕生を祝う多神教のお祭りが起源だし。 キリスト教の文化というより、欧米の文化かっこいい!
ってことでありがたがってるんじゃないの? >>655
祖先ってなんなのだって話はしてるのかw >>651
ここではホロコーストしか言わないが、ホロコーストのは大量虐殺のこと、神の元での大量虐殺のこと。
これからの予言の言葉なんだよw >16世紀末の日本の庶民は、そこまで祖先崇拝的じゃなかったんだけどね。
>ザビエルの報告を、江戸以降的な「御先祖様ガー」の文脈で読むのは誤解を招く。
だから「祖先」「家」を意識しない階層には浸透しやすかったんじゃないか?
中国朝鮮では儒教を重んじる士大夫や両班では抵触したが、民間ではそれほど問題にならなかったらしいし。 江戸幕府の檀家制度はキリスト教を受容させないように
わざと「祖先」や「お家」を農民層にも意識させるように仕向けたという見方もできる。 >>665
日本人が祀る祖先は自分が見知ってる範囲内やぞ
墓参りして10代前の祖先に想いを致す日本人はおらんわ イエスは神であるが、人間の罪の贖いのために、人間として十字架にかかった、
というわけです。こうして、イエスは神人融合体になってしまいます。そして、
「イエスはキリストであり完全に神であり、完全に人間である」という、
誰も理解できない教義がキリスト教の正統となり、キリスト論は知的袋小路に
入ってしまいます。すなわち、伝統的キリスト教に従えば、「神のミステリー」という
言葉でしか十字架の贖いは「説明」できなくなってしまったのです。そして、
このことで、日本人にとって、十字架の贖いを理解することが、
二重に困難になってしまってしまいました。
日本人にとって、十字架の贖いが理解できにくいのは、それが、
「神の怒りをなだめるための生け贄」という、日本人にとっては極めて異質な
古代イスラエルの宗教的伝統に基づいたものだからです。十字架の贖いの思想の背後には
生け贄の血を見なければ人類を赦すことのできない神の姿があります。このことは、
「イエスはキリストであり神である」というもう一つの教義によって、
紛らわしくなってはいますが、生け贄の論理が成立するためには、どうしても
そのような絶対的支配者・王としての神の存在を前提にしなければなりません。
ところが日本では、神々や仏を相対化して平和共存させて、唯一の絶対的支配者としての
神の思想が育つことはありませんでした。しかも、生け贄を要求するような
一方的な強者は「悪者」と見なして、それを退治することを弱者を助ける正義と考え、
生け贄行為が美化されることはなかったのです。支配よりも平和共存(和)を
理想とする日本人の数千年にわたる長い伝統が、十字架の贖いの思想に大きな違和感を
抱かせるのだと思われます。 >日本人が祀る祖先は自分が見知ってる範囲内やぞ
>墓参りして10代前の祖先に想いを致す日本人はおらんわ
いや、だからキリスト教は一神教で、神以外を祀っちゃだめだし、
日本人とはいっても皇室や藤原氏や源平に連なる氏族は氏神を祀るだろ。 当時の日本人だって、ぶしつけに「汝悔い改めよ!」とか言われたら引くんじゃね? 数年前、旦那寺の行事「五重相伝会」に参加した。
そこでたっぷりと聞いた仏教教義に比べると、キリスト教の
教義はなんと薄い内容であることか。 >>670
キリスト教の教義が薄くはないが・・・
さしあたってこれでも試してみるかな。
http://www.books-ohta.com/images/ekc286x01.jpg
おたくの一年分の余暇を全部つぎ込んでも足らない分厚さだろう。 >>671
仏教はお経だけで8000巻くらいあるんだが。それに、解説書まで含めると分厚くなるのはどの宗教でも当たり前のこと。
神学大全読んだことあるけど、言い訳にしか感じなかったね。 キリスト教ってやっぱり浅い哲学にしか感じないんだよな。 旧約聖書は全編が物語で、読んでて面白いのだが、
新約聖書は説教臭くて、うそつけ!という話が多くて、読んでて馬鹿馬鹿しくなることもある。 文明が衰退したら、かえって信仰が高まるような気もするが >>676
旧約聖書長すぎだわ
モーセ五書だけ読んで後はペラペラーだわ >>667
>イエスは神であるが、
そこがそもそもの間違いの始まり
「唯一神」定義にも偶像崇拝忌避にも基本的なところで反している >>678
>後はペラペラーだわ
一瞬?と思ったが、パラパラー、ねw キリスト教はイエスを崇拝する人々が作り上げた
(決してイエス本人が作ったわけではない)
キリスト教徒はイエスを崇拝してるわけやが
アブラハム教の教義的には神ならぬ人間を崇拝するなど許すべからざる大罪や
そこで三位一体という屁理屈を捻くり出してイエス崇拝を正当化してしもた
三位一体によりイエス=神やからこれで大っぴらにイエスを崇拝できる >三位一体によりイエス=神やからこれで大っぴらにイエスを崇拝できる
そこにイスラム教がつけ入るすきがあったのだ >>682
それはない
1番面白いのは創世記。原点にして頂点だ 三位一体でイエスが神なら旧約聖書の神は、イエス・キリストなのか?。
イエス・キリストが人類を大量に虐殺したってことになるぞ。
神、イエス、精霊が一体って時点で論理的に有り得ないし。 >>686
そやから屁理屈なんや
そんな屁理屈こねてまでイエス崇拝したいんやったらアブラハム教から離脱して新宗教創始したらええねん
そんなんイエス本人は激怒しそうやけど 一言で言うと神学って言うのは聖書の辻褄合わせだろ。屁理屈。神学者の仕事は、屁理屈を考えることだろ。 >>689
悪事の正当化が仕事。善事でわざわざ神学の出る幕なし。 >>686
神は一つだけど旧約の神とイエスは別人だから洪水起こしたりしたのはイエスじゃないんだとさ
イミフ 旧約で妬む神とか言っといて異教徒虐殺と侵略と女の捕虜を肯定してたバリバリの戦闘狂が新約では異教徒も愛しなさいになるのは草しか生えんわ >>692
新約でもイエスは異教の祭りで屋台ひっくり返して暴れたりしてるけどな イエスは人を殺したり、殺人をそそのかしたりしてないからセーフでしょ。 >>694
ユダヤ神殿を荒らしたんだろ
当時今のメッカみたいにエルサレム巡礼が恒例行事になってて通貨を交換しないと神殿にいけないようになってた
イスラエルにとっては重要な産業だったわけだが
その施設を荒らして回ったらそら捕まるわ ユダヤ視点で見ればイエスはキチガイだったんじゃないのか?。 当時エルサレムで主流だったサドカイ派とファリサイ派どちらの教派も否定して改革を実施しようとしたのだから仕方ない
いつの時代も新興勢力は保守派や伝統的権威から嫌われる
キリスト教が凄かったのはイエスの死後の使徒達の布教活動だろう。ヨハネ以外の主要な使徒達は全員殉教したが キリスト教がインド周辺やアフリカを中心に信仰されてる宗教だったら、だれもキリスト教に関心なんて示さないだろう。
キリスト教は、西洋補正がかかってるから良く見えるだけであって、言ってること自体はたいしたことない。 >>700
印度発祥の仏教は?
わざわざ国禁を破ってまで印度に仏教を学びに行った玄奘みたいな人まで居るのに >>1
>キリスト教は何故、日本で広まらなかったのか
>イスラム教は何故、日本で広まらなかったのか
自分なりの答えは
「東洋におけるキリスト教とは模擬イスラームだから」だな
東洋で単にキリシタンと言えば、イエズス会イデオロギーの信奉者でしょ
イエズス会や南蛮人の著しい性質は概ね
A. 政教一致(あるいは征布一致)
布教目的で侵略を繰り返した。今でも中南米やフィリピンでカトリック優勢
B. 信条差別
反抗的な先住民を奴隷にしたり虐殺した
C. 文化革命
征服地の在来文化を蔑んで破壊と再建を図る
テノチティトランを更地にしてメキシコシティを建てた様に
D. 信条浄化
本土イベリアで異端審問を行い、異教徒や異端を摘発、半島から排除した
E. 無限征服
限界を決めずに海洋進出した >>700
西洋補正というのはつまり経済力軍事力補正のこと、つまりマネーの宗教
最近は原油でうるおう宗教が伸張 これらを踏まえてイスラーム教典の代表的聖業を挙げると
a. 預言者ムハンマドはメッカ市民布教の為にヤスリブ軍を率いた
b. 気に入らない先住異教徒(クライザ族)を部族丸ごと抑留
成年男子を皆殺しに、女子供は生かし(て奴隷にし)た
c. 占領地メッカのカアバ神殿を接収
アラビア多神教の中心をイスラーム最大の聖地に作り変え、多神教徒を追い払った
d. アラビアを統一して盟主の座に君臨した預言者は
全異教徒(主にユダヤ・キリスト教徒)を半島から追放した
e. ペルシアやビザンツへの侵攻を企て、世界席巻を遺訓した
イエズス会のロールモデル全てはムハンマドに行き着く
イスラームの教勢拡大は武力が伴った
南蛮が武力で戦国大名に敵わなかったって事だろ だから、来日/在日/国民ムスリムにとって、大体の日本人は奴隷候補の先住民
【埼玉】難民申請中のトルコ人2人逮捕 女性(30)を強姦、強盗★2
http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1456146767/
ttp://www.muslim.or.jp/hadith/vol2-493-2.html
この折、アッラーは、これに関する次のような啓示を下された。
「あなた方に禁止されている者は、夫のある女である。ただし、あなた方の右手の所有する者(奴隷の女)は別である」(クルアーン第2章24節)
彼女らのイッダ(再婚禁止期間)が終っていれば、彼女らとの性行為は許されるという啓示であった。
ttp://livedoor.blogimg.jp/the_radical_right/imgs/8/9/89c76725.jpg
浅草寺の仏像を破壊、サウジアラビア人の慶應大院生(31)を逮捕 「ほかの寺でも壊した」
http://hayabusa3.5ch.net/test/read.cgi/news/1402480533/ 日本のキリスト教徒たちは否定するだろうが、よくよく見ればキリスト教徒もオウム真理教も信者の考えや質は大差がないのがわかる。
だって、日本のキリスト教徒ってオウム真理教の信者そっくりだし。 口では博愛や人類愛を説きながら奴隷貿易に手を染める、という精神構造がいまいち分からん。
「口で善を唱え、手で悪事を行う」というのがキリスト教の流儀なのか? 人間の真意を判断する基準として
「その人間の言っていることよりもやっていることを見ろ」
というのは洋の東西、宗教を超えたものがある。 >>706
アンバランスな比較しとるな
オウムと比較するんやったらキリスト教の○○教会やろ
キリスト教と比較するんやったら仏教やろ Re: 聖書によると全世界をクリスチャンにするのが目標では?
> 桃栗さんお久しぶりです。お元気ですか?そうですねえ。僕が嫁さんに付き合って行ってた教会もクリスチャンは異教徒より優れた人間だ。
みたいな感じでしたね。だから全世界がクリスチャンになったら平和になるとかゆう発想になるんでしょうねー。
僕は逆に世界中がこんな排他的な人達ばっかりになったら戦争ばっかりになる様な気がしますけどね
全くその通りですね。
クリスチャンは、とにかく自分たちが特別な存在だと思いたがって
いるのです。
まるで、雲の上から物を言うような人たちです。
全人類がそんな人ばかりになったら余計におかしくなります。
そもそも聖書を読んでみると
平和だった時代なんて一度たりともありませんから。 >>707
キリスト教徒じゃないものは人類じゃないから
言行不一致なんじゃなく物事のカテゴリーが違うという認識 「ヨハネの黙示録」6の9〜19の21、に記載されている
<未来のキリスト>の姿は、「自由人と奴隷、小さい者と大きい者」を
剣で殺して行ったり火と硫黄の中に投げ込んで行ったりする軍神「王の王」です。
この神の「御怒り」は、新約聖書「ヨハネの黙示録」の神です。
激しい復讐心にかき立てられて書かれた<復讐の書>です。
わたしはキリストである。
(麻原彰晃、『キリスト宣言:キリストの教えのすべてを明かす』
『キリスト宣言 Part2:再臨・裁き・終末』より、未見)
自分たちの教えに反逆する者は、最終的に殺されて当然、神の目から見て正しい、
とするオウムの考えは、新約聖書(キリスト教)の教えそのものです。
新約聖書の教えにそのまま盲目的に従えば、自分の生き方をキリストの生き方と
同一視する者が、自ら武器をもって、自分の教えを信じない者たちを
大量殺人(最終戦争)で処理しようとしても、なんの不思議もありません。
弟子たちに対する国家の弾圧は、はたしてこれから迎えるであろうハルマゲドン
[新約聖書、ヨハネの黙示録、15章16節]において、日本をどのような方向に
導くのか、わたしはそれを考えると非常に悲しく、そして哀れみの心が
出てくるのである。(麻原彰晃、『亡国日本の悲しみ』、197頁)
ここに潜んでいる問題は、「何が正しいか」を、自分で判断せず、神の判断
(神の言葉、聖書、教祖の言葉)に従う(自分の生き方をキリストの生き方と
同一視する)ことの危険性なのです。 まーた宗教板からの使者か
このスレはろくに話も出来んのか >キリスト教徒じゃないものは人類じゃないから
いや、日本に布教しに来た宣教師は
「お前ら異教徒有色人種は人間じゃねぇ!俺たち白人キリスト教徒が地上の主人なんだ!」なんて説いていない。
あくまで口先ではキリスト教の隣人愛、人類愛を説いている。しかし実際やってることは上の通り。 日本人もそうかもしれないが、西欧人も、
その人間の行いを確かめもせずに、口先だけで正義をいう人間に同調し、
安易に支持してしまう傾向がある。 宣伝は重要だよね。
昔の日本人が中国を礼賛したのは、中国について美化した古典のおかげ。
知識人ほど騙された。
中国に関する学問知識と醜い現実の著しい隔たりを自分の目で知る機会を得られる日本人は多くなかった。 広めない広まらない方が信仰に余剰があっていいのでは? Re: タイトルなし
> 教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
> 信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
> 救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
> 一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。
教会は自分たちに都合の良い人しか助けてくれません。
一般社会と何ら変わりません。
にもかかわらず、神を信じない一般社会を見下し、
自分達こそが正しいことをしているとのたまう姿が偽善的です。 宗教やってる奴って、みな、言ってることもやってることもそっくりだね。
キリスト教も、日本では胡散臭い宗教扱いだが。キリスト教の中で異端扱いされているエホバもモルモンも一般のキリスト教と大差ないからな。 「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。
あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
イエスは、完全な統合失調症患者。その症状としての誇大妄想から、
己が神になりたい、なった積りになっただけ。
彼にあるのは、先任者創造主が創造したあるがままのすべての人間に対する畏敬と愛の欠如。
彼は、「平和ではなく剣と敵対をもたらすために来た」
「俺を信じるためには、親も子も棄てよ」「俺を信じない者は、死すべき存在」などと」ほざいている。
十戒の「殺す勿れ」という無条件の戒めを否定した。
他の宗教でも、キリスト教の影響を受けると、例外なカルト化しているのが実態。
麻原も、キリスト教の影響がなければ、あそこまではやらなかっただろう。
ハルマゲドンは、聖書の言葉である。
中国最大の内乱であり、推定犠牲者数5000万人といわれる「太平天国の乱」の原因は、
首謀者洪秀全がふと手にした一冊の聖書だった。
太平天国は今でいうところのイスラム国である。
史上そして現在も、最も多く人間を最も残酷な方法で殺したのが、キリスト教である。
現在、カトリックがプロテスタントよりもマシなのは、
カトリックが、多くの聖人、マリア崇敬、荘厳な儀式、壮大な教会などの「人間的要素」を取り入れて、
イエスの狂気の直接の影響を防いでいるからである。
プロテスタントは、「信仰のみ、聖書のみ」で、現在まで続く新旧両教間の、
血で血を洗う大殺戮を生み出した。
イスラム教もマルクス主義も、イエスの「肉体(生命)を忘れた精神性という狂気」から発生したもの。
かの現実的叡智溢れる多神教国ローマ大帝国も、キリスト教によって国民の精神を破壊され、滅びた。
キリスト教とは、イエスの狂気の集団的一大感染という精神医学的現象以外の何物でもない。 そもそも言葉ではなく行動でユダヤ人をユダヤ教徒を解放したのは異教のキュロス2世だった、
という事実を糊塗するためにいろいろな理屈を「旧約聖書」に書いたんじゃないか?
例えイエスが教義の上で、どう言おうがこう言おうが、
結局メシアとしての業績は、クリスチャンには失礼かもしれないが、
キュロス2世には到底及ばない。 ユダヤ教やイスラム教が存在すること自体がイエスがメシアじゃない証拠だと思うんだが。
もし、イエスが本当にメシアだとしたらユダヤ人たちも認めてるし。ムハンマドがイスラム教を立ち上げることもなかっただろう。 文字が読めないムハンマドですら、キリスト教の三位一体はオカシイと言ってるくらいだからな。
キリスト教の教義なんて、この程度だよ。新井白石に馬鹿にされてたくらいだから。
西洋で信仰されてる宗教だから、西洋崇拝で神学とかちょっとかじってれば凄いと思う人もいるようだが。 キリスト教神学 = イエス崇拝を正当化するための屁理屈 近代帝国主義の成立以前でキリスト教が武力制圧してキリスト教を支配宗教にしたのってフィリピンぐらいじゃね? キリスト教の教え自体が元々そんなに良い教えじゃないだろ。ただ、西洋かぶれの日本人クリスチャンが自分は西洋の宗教を信仰してるから優れた人間だと思い込んでるだけで。 現代では毒にも薬にもならないことが決定的な長所になっているけどね。
イスラム教やレーニン教は優秀過ぎた。 中学の時、学校で聖書配られていて読んでみたらそら理不尽で読んでいて気分が良くない内容ばかり。
その頃、色々な神話読み漁ってたけど聖書が一番胸焼けしたわ。カインとアベルの話、アレもナチュラルに人間見下し感凄くてどの小話も不快。
とにかく、胡散臭いねん一神教。クリスチャンじゃなきゃ救われないなら南無阿彌陀仏唱えて極楽行きますわ。 >>735
その割には、アラビア人の羊飼いを追っ払って共産圏やらエチオピアから農家を大々的に誘致して
西岸地区で囲い込み運動の逆みたいなことやってたよなあ。 旧約聖書に出てくる紀元前のユダヤ人はってことやろ
今のイスラエルにいる世俗化したユダヤ人とは考え方が違う 神道と仏教は好きかな、キリスト教はどうでもいい、ってか関わりたくない
日本も明治政府が廃仏毀釈で白人と似たようなことやってっからそれも嫌い
無理に近代化させてった政府嫌い、江戸のまま強くしてけばよかったのに。 天草四郎についに最後まで奇跡が訪れずキリスト教徒が決戦に敗れたからだろう。
もしも桶狭間の戦いのように奇跡的で伝説的な勝利を飾って
いたらキリスト教はそれなりの地位を要求できたでしょう。
奇跡が起きないキリスト教なんてクリープを入れないコーヒーですよ。 >>727
神学っていうのは信じていることを全体にした学問だから >>735-736
農業蔑視してようとユダヤ人かて食料無かったら生きられんがな 北森嘉蔵の神学入門を読んだことあるけど、特にこれといったことも言ってないね。
むしろ、この手の神学の本を読めば読むほどキリスト教にたいする疑問がわいてくる。それと、同時にキリスト教を信じるは、やっぱり無理って思うね。
西洋崇拝とか西洋かぶれの人間でもない限り信じることは出来ないだろ。 あくまでも個人の意見だけど。キリスト教の神学よりもインド哲学の本でも読んだ方がためになると思う。
聖書の内容を大まかに知ってれば十分だと思った。欧米人も、キリスト教のことをたいして知らないからね。
アメリカ人なんて、聖書の内容をよく知らないし。一部の神学を学んでる人は知ってるだろうが。 >>735
古代ヘブライ人の歴史って、とどのつまり
「世界に冠たる農耕民族大帝国のヒエラルキー底辺として、時にこき使われたり、あるいは拉致されたりする苦難の歴史」
というだけだもんなあ。
エジプト帝国にこき使われ、新バビロニア王国に拉致され…そしてそこから救ってくれたのは、
遊牧体質が色濃い「オリエント新参者」のペルシャ帝国だったわけだから。 キリスト教嫌いの皆さんは、「人権」や「人命」についてどう考えているんですか? 人権思想は貴族の特権を一般国民に拡大したのが起源でキリスト教徒は何の関係も無いだろ キリスト教は反人権活動です
磁石みたいに一方向に向かせるのは人権と相入れません キリスト教と関係あるといえばあるよ。
キリスト教による迫害があればこそ、それに立ち向かう人権概念が誕生した。
LGBT運動が起きているのは、一神教由来の差別や迫害に立ち向かう人権思想や啓蒙思想が今も必要とされている証拠だよ。 勉強してようがしてなかろうが税金納めてようがなかろうが一人一票与えることを正当化できるのは一神教だから >>749
珍説はやめなさい。平等主義は、一神教ではなく一神教と対立する国民国家の概念。
宗教によらず一人一票を与える政策は、世俗主義の国民国家でなければ実現できない。
宗教権威の影響力を削ごうとする意図があればこそ大衆を政治参加させる選挙権の導入に踏み切った背景がある。 日本人のキリスト教徒は、社会変革を求める少数派としてのキリスト教しか見ていない。
多数派になって既得権まみれになって抑圧の象徴になるキリスト教を現実として認識できていない。
なので、悪魔崇拝やヘビメタなどのサブカルチャーの芸術表現の根底にある反キリスト教の抵抗思想を理解できない。 >>748
王権神授説のような、平等とは対極の概念をカトリックも正教会も出してきてるけれど >>752
否定的な意味で「関係ある」と言ったんだけど。 カノッサの屈辱もそうだけど、昔はローマ法王の権威って凄かったから。
いまじゃ余程宗教熱心な人間でもない限りバチカンの言うことなんて聞かないけどな。
バチカンが反対しても、安楽死とか中絶とかが法律で認められるし。 「それは神のみがなしうる創造の御業であり人間に理解できることでは無い」
としてバチカンはビッグバンの研究を禁じてるが
それで研究やめた物理学者は居るのか? >>754
天皇制積極存続のガチ右派だけれど、親政にして律令制にするなんてこと始めようとしたらガチで暴れる 「イエスという方が人間の罪の贖いとして十字架上で犠牲死した」「三日後に復活した」
「その後は父なる神がいる天国に帰った」「永遠の命が与えられる」
科学や理性や常識に照らし合わせると、とても荒唐無稽で矛盾に満ちています。
このような主張を、何の不安もなく、そのまま事実であると信じると言う人は、
自分を誤魔化すことのできる人だけだろうと思います。 >>757
単性説と三位一体説では捉え方は違うと思う
ただ聖書を盲信している人にその信仰は誤りと言っても、多分並行線になる
キリスト教はイスラム教の前身レベルの宗教で、その違いはイエスの後の預言者を認めるかでしかない
異端、異教に対しては本質は同じ >>758
全然違う
イスラムはイエスをただの人としている
神は唯一神ヤハウェ=アッラー(神)のみ
異端はキリスト教はグノーシスなどの禁欲宗教も異端としてるが本質的に禁欲修道宗教
イスラムはそういう要素ほぼない
中世の段階でキリスト教はユダヤ教からはアブラハムの宗教とは認められなかったが
イスラムはユダヤ人からも認められた
今でもユダヤ人はアラブ人をイシュマエルの民と認めているし
「神がイシュマエルを大いなる民にする」という予言とともに本国イスラムもある程度認めている >>759
うそぉん。
コーランで、五大預言者の一人として位置付けてるで。
神の啓示を受け人民に伝達する使命を帯びてる、特別な存在が、預言者。
イスラム教でいう、五大預言者は、ノア、アブラハム、モーセ、イエス、マホメット。
ユダヤ人というかユダヤ教も、イスラム教自体は認めていない。
アラビア人がアブラハムの子孫だということをは認めている。別段イスラム教の成立≒アラビのア人成立ではないから。
そもそも、アラビア人自体、古代エジプトの早い時期から認識されていて、紅海沿岸の砂漠の人口希薄地帯やそこ当たりに居る遊牧民を
アラブと呼んでいた。 >>760
三位一体なんて信じてないんだからキリスト教の福音書なんて当然受け入れてない >>760
コーランにはユダヤ人はユダヤ教信じてれば天国いけるって書いてるからな
本来たもとを分かつ必要なかったが、結局レバントあたりのユダヤ人はイスラムになったと言われる >>762
マホメット若い時分にユダヤ教に入れ込んでたので、その頃の言動を憶えてた人が言行録に入れてたんだろうなあ
マホメットの死後15年くらい経って今の形に編集されてるから、新旧の現行ごちゃ混ぜだろうし。
メッカ・メジナからユダヤ教徒アラブ人のカイヌーカ部族を虐殺して殲滅したり、自発的入信を勧めるの寛容措置と
いいながら、すんごい重税をかけたり、跪礼する頭に足を乗せたりと、いじめたりしてたから、どうなんだろうね。 ムスリムの人たちは、晩年になるほど残忍で偏狭になっていったムハンマドの言動についてどう思っているんだろう。 直接お言葉を聴くことのできる機会がある肉も拘わらず真の新興に辿り着けない阿呆どもは殺して当然 >>760
ただの人って神とか神の子とかそういうのじゃないよという意味だと思うぞ こんにちは。
先日は私のブログに来てくださってどうもありがとうございます。
キリスト教に疲れ、人生を狂わされている人も少なくないことを、
もっと広く知ってもらいたいですね。
私はクリスチャンの家庭に生まれ育ち、
普通の子供とは違う価値観を植え付けられてきたので、
学校生活では人付き合いにずいぶん苦労しました。
それを社会人になっても引きずったままで、
今、職場で人間関係に戸惑う毎日です。
本当に毎日逃げ出したくなるような気持ちです。
そんな時、自分の生い立ちが恨めしく感じます。
私がクリスチャンの嫌いなところは、
キリスト教に欠点があることを絶対に認めないことです。
私の体験談を話しても、
「それはあなたの信仰が足りないから」
と言われるのがオチです。
信仰でなんでも解決するなら苦労しません。
私の身近なところで、自殺したクリスチャンを知っています。
そういえば、長崎のスポーツセンターに押し入り、
銃を乱射させて多くの人を殺し、
挙句の果てに教会で自殺したクリスチャンもいましたよね。
にもかかわらず、クリスチャンはキリスト教の欠点を絶対認めない。
本当に腹立たしく思います。
キリスト教は、あくまでも世界中に多数ある宗教の中の
一つに過ぎないことを分かってもらいたいです。 欧州のキリスト教徒はどんどんキリスト教が嫌いになっていって
無神論者が増え仏教寺院が増えペイガニズムの集会が広まっていってるのに
辺境にいる欧米白人の伝道者はそんな事実を無視したままで
野蛮な異教徒をヒステリックに嘲笑し続けているよね
必死すぎて痛々しい ユダヤ人・イスラエルがイランを徹底的に敵視するマインドって、
実は韓国人の反日意識に近いんじゃないか?
助けてもらった相手に対するやっかみ、嫉みにたいな。 韓国人やユダヤ人はいじめたら恨むし、助けたらやっかむ、という難しい相手なのかもしれない。 いや普通にアメリカと歩調合わせてるからじゃないのか? 単なるイランに対する敵意に留まらず、
ユダヤ・イスラエルのペルシャそのものへの悪意が
韓国が日本へ抱く悪意になんとなく被るように見える。
ユダヤ教では滅びるべきだとされた異教徒に救われたことが却ってユダヤ人にとっては屈辱だったのだろうし、
チョッパリと馬鹿にしていた日本に頼り、助けられている現実が韓国人の矜持を歪ませたんだと思う。 >>769
その割にイラン・イラク戦争でイランを支援してたよな。
イランの方は「イスラエルに死を、アメリカに死を」ってずっとプロパガンダしてたのに。 ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖典である旧約聖書の神は
イスラエルの民に与えたとされるカナン人の土地への侵略と殺人を命令しています。
(申命記7章1〜2節)(申命記7章1〜2節)(申命記20章10〜17節)
(ヨシュア記6章16〜21節)(ヨシュア記8章1〜26節)
(ヨシュア記10章22〜26節)(ヨシュア記10章29節〜11章15節)
(民数記25章)(民数記31章1〜3節)(民数記 31章14〜18節)
オウム真理教の麻原彰晃と、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に共通の
モーセやヨシュアの共通点。どちらも
(1)圧倒的影響力のある指導者が、
(2)宗教的理由付けによって殺人を正当化し、
(3)それを命令し、
(4)信奉者たちが、その命令にしたがって殺人を実践した。
(5)殺人命令を受けた信者たちは、もしその命令を実行しなかったら、
彼ら自身が酷い目に遭うであろう、と脅されました。
−−−
もし、オウム真理教の信者であれば、坂本弁護士の家族は、そのままほっておけば、
悪行を重ねて地獄に堕ちてしまうので、シヴァ神の指示にしたがって、
ポアすることによって、善趣へ転生させてやるのが慈悲の行為になります。
もし、旧約聖書の神を神とする信者であれば、ヤハヴェ神の命令に従って、
幼児殺しとミデアン民族を絶滅させることが信者の取るべき正しい行動となります。
神が命令した殺人は正義になります。神の意志が正義を決めるのです。
「ここに書いてある神を神とする宗教」の信者であれば、神の命令に従って、
殺人を忠実に行うことが信者の取るべき正しい行動となります。
キリスト教イスラム教の聖典である聖書の神自身が、殺人や戦争を
命令するのですから、キリスト教イスラム教の歴史における頻繁な
宗教殺人や宗教戦争は、聖書の教えに忠実であったがゆえになされたと考えられます。 イスラムによってイランから「ペルシャ的」なものが貶められ、否定されることを
イスラエルは望んでいるんじゃないだろうか。 >>774
それはイラクがフセイン政権の下で核開発を行おうとしてたからだ
隣国が核を持てば脅威になるし中東戦争後でアラブ諸国と国交を正常化してないイスラエルは敵対せざるを得なかった
対イラクというイランとイスラエルの利害が偶然にも一致しただけだ イスラム革命はイランからペルシャ的なものを否定し、貶める、という側面もあり、
共産革命がその国の伝統を否定し、貶めることに近い。 中東はイスラエル史しかやってないからあれなんだが、ホメイニ師が出てこないで白色革命が続行されてた方がイランは良かったんじゃないか
政教一致政策でまた中世に逆戻り Re: 不思議だよね、
> 離婚と同時に20年通ってた教会に行かなくなった。
> DVあったんだけど、牧師からは「妻は夫を支えて・・・」って言われ続けたもんで
> 自分が壊れる寸前までビクビクしながら10年以上暮らしたよ。
> 通っている間は、教会から離れたら地獄に行くみたいに思ってた。
> 私にはすんごい高いハードルの宗教だった。
私も、教会から離れたら神の罰を受けるかもしれないとビクビクしていました。
教会側としては、そういう風に教えたつもりはないと言うでしょうけど、
どうもキリスト教には人の心を縛り付ける魔力のようなものがあるように思えます。 縛り上げた自分の心の鬱屈を晴らすために、異教の地で宣教して報復感情を満たす代替行為が盛んになる。
異教の地を混沌に陥れ征服することで勝利者の達成感を得る。これが一神教が拡大できた秘訣といえる。
窒息を逃れるためにもがいて泳ぎ続ける感覚。こういった強迫観念は勢力拡大に必要不可欠。 モンゴルって多神教だけど、一神教をフルボッコしまくったが、あれは異例か? 軍事的に強い多神教民族というのはモンゴルあたりまでかな
そのちょっと前のヴァイキングも多神教、もう少し前のヴァンダル人、
キリスト教化したあとのローマをも苦しめたゲルマン人もまだ多神教
あと、ブリテンを制圧中のアングロサクソンはまだ異教からキリスト教に移行する途中で、
ケルト系住人のほうが先にキリスト教化して文字文明が進んでいたが
(ドルイドがいたのはカエサルの時代だから500年前の話)
軍事的には弱かった
ここ500年ほどはアメリカインディアンが一時的に頑張ったぐらいだが、
それでも新大陸の先住民はみなキリスト教勢力に押され、
土着の宗教は失われたか風俗習慣の一部に残る程度
ブードゥー教のような異教はあとから創造されたもの
という時代の違いがあるね アメリカって白人崇拝の覇権主義なの?
西部開拓時代だってそこまで行ってなかったよ Re: 不思議だよね、
> 離婚と同時に20年通ってた教会に行かなくなった。
> DVあったんだけど、牧師からは「妻は夫を支えて・・・」って言われ続けたもんで
> 自分が壊れる寸前までビクビクしながら10年以上暮らしたよ。
> 通っている間は、教会から離れたら地獄に行くみたいに思ってた。
> 私にはすんごい高いハードルの宗教だった。
私も、教会から離れたら神の罰を受けるかもしれないとビクビクしていました。
教会側としては、そういう風に教えたつもりはないと言うでしょうけど、
どうもキリスト教には人の心を縛り付ける魔力のようなものがあるように思えます。 織田信長の部下たちが比叡山焼き討ちを行った時も同じような恐れの感情を持っただろうね。 >>792
残念ながら叡山焼き討ちなんてあんまり珍しくないのだよ 歴史的によくあることでも、本人らにとっては初めてのことだよ。 キリスト教の思想の根本には「審判」の思想があります。
聖書は「救いかそれとも滅びか」と迫ります。
片方の道は「死」「永遠の滅び」「地獄」「悪」の道です。
それゆえ、聖書とは、それを真面目に読む者に「信じるか死か」と迫る
一つの「逆踏み絵」であるとも言えます。
かつて、キリシタンたちは「棄教か、さもなくば拷問と死」の選択を迫られましたが、
聖書を読む者も、「信じるか」さもなくば「火と硫黄の池に投げ込まれる」
(ヨハネの黙示録20:10)か、という選択を迫られているからです。
心の底から納得しているわけでもないときにも、信じなければならない
--- そういうふうに自己を追い込む一つの強制的装置のようなものが
聖書の思想の構造にあります。 「最後の審判」の概念はもともとゾロアスター教からユダヤ教が取り入れたのがキリスト教に派生したんじゃないか? >>797
その思想自体も色々発展してるよね
「キリストを信じなければ地獄」であれば
キリストの教えが伝わる前の日本人とかどうなんだ?みたいな話になる
それに対する反論で「キリスト教知らない地域は地獄に落ちない」みたいな意見も出てきて
それに対してドストエフスキーは「棄教者は死の間際にはそれを放棄してるのだから地獄にも落ちない」みたいなことを書いていた そういやカトリックは本来キリスト教が禁じてる偶像崇拝やりまくってるけどあれどういう理論なの?
伝統派って謳っておきながら思いっきり聖書に背いてる気がするんだが もうキリスト教では無いからな
豚肉も食うし、チンコの皮も切らないし カトリックの説く十戒では偶像崇拝禁止が削除されている >>801
神以外を連想するものは駄目だがそれを見て神を連想するものは許されるというこじつけ理論
出エジプト記ではシナイ山ふもとで金の雄牛を崇拝したモーセの兄弟アロンを含めたイスラエルの民を罰したが、その後十戒を封印した契約の箱の上に二体の天使像を作れと言ってる
つまり聖母や天使のような三位一体で語られてるものはオッケーというのがカトリックの認識 本当はヨーロッパで布教活動をする中で、当時のヨーロッパは土着神やアニミズムの風習があって偶像崇拝が普通だったから目に見えない神の信仰は簡単に受け入れられなかった
だから簡単に布教できるように十字架や聖母の偶像を使って布教したのがそもそものきっかけ。アイルランドやスペインみたいな熱心なカトリック国は聖人信仰が今でもすごい なんかカトリックの話しばっかりしてるな
偶像崇拝なら正教のほうがもっと酷いのに 慰安婦像や徴用工像がそうであるように遺恨は偶像になりうる >>807
レオン三世が聖像禁止令を出してる
その後もイコン崇拝の風潮が酷くなるたびに禁止令が出てるし
イスラムからも正教のイコンは常に非難されてた 正教のイコンは教会が公認したデザインのものしか認められずカトリックみたいに勝手にいろんなイメージで作る事は許されない >>809
日に五回、カーバの黒い石に向かってお祈りしなさい。できれば一生に一度はカーバに詣でて間近で拝みなさい
って、イスラム教も大概に偶像崇拝なのにな カネのかかる偶像崇拝とカネのかからない偶像崇拝の違いでしかないでしょ。 >>812
仏教も、道教も、婆羅門教も、エジプトやギリシャ・ローマやスラブやノルドのペイがニズムも、神像・神画にはそれぞれにお約束事があって、
一目で何の神様か判るようにデザインされてるよ。
で、大抵は、宗教美術品はその土地その時代の最高レベルの芸術性・技術で作られる。
なのに正教会のイコンって見劣りするよねえ。小学生に描かせた似顔絵レベル 写実的ならいいってもんじゃないんだよ。
縄文時代の土偶と同じで意図的な簡略化を重視する宗教もある。 チベットやモンゴルの仏画とか、古代エジプトの神像・壁画とか、おもくそ簡略化してるのに、芸術性高いじゃん。 イコンが芸術的に見劣りする?
何言ってんの?
似顔絵レベルってなんか勘違いしてんじゃないの? ただ似顔絵レベルでなくて、小学生の描く似顔絵レベル >>813
あれは「対多神教戦勝記念碑」なんだよ。 え?カアバ神殿の黒石は多神教時代からあったでしょ。黒石のまわりに偶像360体が置かれていた。 カーバ神殿とソロモン神殿はサイズが全く同じらしいね 口では隣人愛とかもっともらしい綺麗ごとを言うくせに
やってることが奴隷商売とか汚いことをやらかすので、邪教と断じたんだろう。 >>825
隣人愛って同じキリスト教徒だけが対象じゃなかったっけか
ローマ信徒の手紙でもパウロは異邦人にはかなり優しかったが異教徒には辛辣にあたってたような >隣人愛って同じキリスト教徒だけが対象じゃなかったっけか
布教の際には「キリスト教徒だけが人間であり、異教徒のお前らは奴隷」などと公言はいていなかったようだ。 カトリックは十字架そのものに祈らせ、願い事させたり
聖人の墓に触れたらなんか起きるみたいな
そもそも考え方が偶像崇拝
同じように文字書かれた御本尊に祈る創価も偶像崇拝でしかない
石だったらOKとか枝だったらOKとかないから >>822
黒い石は、マホメットが、天使ギブリールから預言者の持ち物として、授けられた記念品だろ。
アダムもノアもアブラハムも貰ってた。
カーバが多神教時代から神殿だったというけれど、それ、別段、珍しくないし。
イスラム教は他宗教の信仰を挫く目的で、宗教施設を乗っ取ったり破壊したりは、あちこちでやってる。
キリスト教の総本山を乗っ取ってモスクとして使ってるイスタンブールのハギアソフィア聖堂とか、な。
信徒がみんなして改宗したからってことではなくて、征服者のイスラム教徒がキリスト教の信仰を挫くために
そういうことをやった。
アテナイのパルテノン神殿もオスマン帝国時代にはモスクにされてたし、カイロのモハメドアリのモスクは
ピラミッドの外壁の白い石の化粧石を剥がして造ったし、エルサレムの岩のドームもユダヤ教の聖地を
壊して建てられてる。 キリスト教は昔からイスラム教には強いよね。自力で追い返せたくらいだし。
その変わり仏教には弱い。その仏教は、イスラム教に弱い。
いま、動物愛護とか叫ばれてるけどカトリックは動物愛護の宗教じゃないから。
いまだに、動物に魂はあるのか動物は天国にいくのか議論してる宗教だから。
プロテスタントの方は知らん。 >>831
まあ全ての国に当てはまるわけじゃないが大体的を得てると思うよ
120年前に書かれた書物だけど、流石先人は偉大だよ >>832
「プロテスタントの方は」なんていう言い方したら
まるでキリスト教がカトリックとプロテスタントの二つに二分されてるみたいやん
正教はどうした? わたしはここでユダヤ教やキリスト教の宣伝をしているのではない。
聖書を知らない以上は世界を理解できないという事実を述べているだけである。
教養とは、結局は古代の中国官僚の処世術にすぎない論語を読んで身につけるものではない。
論語は世界の文化を形成していない。教養を身につけるとは、世界を形成してきた聖書を読むことなのである。
何を独学するにしても、聖書を読まずに始めるならば、あらたな偏見を自分の中につくるだけに終わる。
そういう人が多すぎる。すると、さきほどの評論家のようにギリシア神話も聖書も区別がつかなくなる程度の頭になってしまうのである。
つまらない誤解がある。聖書は、ユダヤ教やキリスト教に人々を勧誘するための書物ではない。
また、聖書にはありがたい教えばかりが書かれているのでもない。聖書に描かれているのは、人間への神の関わりである。
神はたえず人間にかかわり、教えてきたのである。
法律の原型も神から教えられている。法律の原型は聖書の成立よりも古いハンムラビ法典にあるように思われているが、
他人から害を受けても復讐をせずに賠償ですませよという法律の基本も聖書で教えられている。
為政者や知識人や学者が考案したものではないのだ。世界には聖典だの経典だのというものがあまたあるのだが、
その中でも世界の形成に事実として寄与してきたのは聖書だけである。
キリスト教信者が世界で圧倒的多数を占めたために現代世界が形づくられたわけではない。
世界の土台が聖書にあるのだから、そこに何がどのように書かれているのか知っておくかどうかで世界の見方が変わるのは当然のことだ。
仏教経典をいくら読んだところで世界は少しも理解できない。しかし、聖書を読んでいれば、仏教経典に何が書かれているかさえ理解できるようになるのである。
(白取春彦「勉学術」) >>829
どう屁理屈をつけても、あれは明らかに多神教の「御神体」由来だろうにw
神道の御神体と同じ。「石神」だな。
石神への崇拝要素を、敢えてほんの少しだけ残すことで、
メッカにおける信者の取り込みと教義の安定化を図ったんだろうね。 ハッジはイスラエル、ユダヤ教にも見られた
離散ユダヤや軽い改宗者が何万人もエルサレムへ巡礼した
お金もうかるしセム系の思想だろう サヒーフ・ムスリム 巡礼の書 黒石への口づけに関して
http://www.muslim.or.jp/hadith/vol2-353.html
サーリムは彼の父からきいて伝えている
ウマル・ビン・ハッターブはカアバの黒石に口づけしたあと、次のようにいった。
「アッラーに誓って、私はお前が、ただの石にすぎないことを知っている。
もしもアッラーのみ使いが、お前に口づけなさるのをみなかったら、私は決してお前に口づけはしないだろう」
ハールーンは「これと同内容のハディースをザイドもその父アスラムからきいて伝えている」と述べている。
イブン・ウマルは伝えている
ウマルは黒石にキスしながらこういった。
「私はお前にキスするが、勿論、お前が単なる石塊にすぎないことを知っている。
ただ、私は、アッラーのみ使いがキスなさったのをみたことがあるため、このようにお前にキスするのである」 キリスト教を世界宗教にしたてあげた主要な国々
ローマ帝国・スペイン・ポルトガル・イギリス・フランス・アメリカ
これらの帝国主義の世界戦略(植民地)合理化のために都合の良い
イデオロギーを提供したのがキリスト教です。
普遍的価値観+他人を助ける善人意識=帝国主義のイデオロギー
という公式が世界史においては成立します。
自分の価値観を普遍的なものと思い、かつ、世界にそれを広めなければ
世界は良くならない、というような種類の考え方なのです。
あなた方は行って、すべての民をわたしの弟子としなさい。
(マタイの福音書 28:19)
これは、「行って、世界の人々を私の追従者にせよ」、という命令なのです。
他人の考え方や生き方を変えてやろうとする、それが、布教・宣教・伝道なのです。
他人の考え方や生き方を変えてやろうなどという傲慢な態度を捨てることが、
キリスト教を捨てるということの本当の意味です。 >>837
幕末の日本人もやたら伊勢神宮や熊野大社に詣でたがって幕府も大名も領民の巡礼を止められない
雇主も丁稚や女中の休暇願を断れないで全国から大挙して伊勢・南紀へなだれ込んでいた。
セム系だね 仕立て上げたもんじゃないから違うかな
イスラエルは第三神殿を作ろうとしてる
第三神殿は世界からユダヤ人、ユダヤ教シンパを大量に集めるようになるだろう
エルサレム巡礼は再開される 黄色人種じゃん。
黄禍論とか、ユダヤ人やらトルコ人やらアラビア人やらインド人やら支那人やらチョヅいてて困るわーってのだし。 >>844
アラブ人がモンゴロイドって、どんな世界に生きてるんだおまえ >>845
モンゴロイドとは言ってないよ?
骨相と肌の色とは別じゃん >>846
アラブ人の肌の色そもそも黄色じゃない
そしてインド人(特に北インド)はアーリア人(コーカソイド)
ペルシア(イラン)人も、当然ながらアーリア人
何か勘違いしてるんじゃねーの 聖書のセムの広がり、国、民族みても
モンゴロイドが含まれるわけがない それ言ったら、日本人や支那人やモンゴロイドの本場モンゴルの人も、肌の色は黄色ではないけれど? 心の不安は無知から生じるものです。本当は何も知らないのに、まるで
知っているかのごとく「聖霊様も、導きも、永遠の命もあります」と信じ込んで、
無知にも関らず「心の平安」を得たりするのは、知的良心の麻痺状態を
あらわしています。知らないときは知らないことを認めるのが
知的良心というものです。信仰は知的良心を麻痺させます。
聖書は、徹頭徹尾、人間の立場から読まねばなりません。どんなに
「神様の御胸は何か」と尋ねても、人間が人間であるかぎり、それは、
「神様の考えはこうであろう」と考える人間の考え、でしかないからです。
そのことに思い至らなければ、一人の人間の一つの解釈にすぎないものを、
「神の考えそのもの」だと思い込んでしまうでしょう。キリスト教信者が、
自らを神と非信仰者の仲介者の立場に置き、しばしば、非信仰者に対して
上から見下げるような態度で臨むのは、彼らがそのことに気がついていないからです。
人々が「聖書は真理だ」と信じるためには、彼らが聖書を研究しないこと
(自分の都合に悪いところには目をつむる)が必要です。キリスト教信者は、
聖書に関する書(信仰者に都合のよいことしか書いてない)は読みますが、
聖書そのものはあまり学びません。教祖信仰を支えているものが
教祖に対する無知であるのと同じように、聖書信仰を支えているものは、
聖書に対する無知であり、真実を知ろうとする探求心の欠如です。 >>852
ok。
「私はお前にキスするが、勿論、お前が単なる石塊にすぎないことを知っている。」まで読んだ。問題ない。 「エリシャはそこからベテルに上った。彼が道を上っていくと、町から小さな子供たちが出て来て彼を嘲り、「禿げ頭、上って行け。禿げ頭、上って行け」と言った。(2:23)」
「エリシャは振り向いてにらみつけ、主の名によって彼らを呪うと、森の中から二頭の熊が現れ、子供たちのうちの四十二人を引き裂いた。(2:24)」
感動すら覚えるわ のぼっていけってのは天にめされろの意味で死ねってことらしいな 古代イスラエルは砂嵐と常食がカシュルートでパサパサの羊肉やから育毛には最悪な環境やからな、そらハゲるやろうな |
| 彡⌒ミ
\ (´・ω・`)また髪の話してる
(| |)::::
(γ /:::::::
し \:::
\ 宣教師たちは自身を「隣人愛と博愛の人々」と日本人に印象付けをしたかったようだが、
うまくいかなかったようだ。 日本の歴史や文化を理解しようとしないでキリスト教を押し付けてきた無能宣教師達が悪い
先祖崇拝自然崇拝が当たり前の中でただ唯一神のみ信じろというのは無謀に近い
未開の島国や小国なら力づくの布教でもなんとかなったが如何せん日本に来るのが遅すぎた イエス・キリストは復活したのではなくて、仮死状態から生き返ったにのに過ぎないだろ。 近年は動物愛護とかいわれてるけど。動物愛護って、キリスト教の反するんだよな。 欧米で動物愛護を唱えている人たちは
ヒッピー運動の流れでヒンドゥー教にハマった人たちだろう 全ては神の被造物で動物も自然も神が人間に与えたものだからね
犬猫なんて可愛がったり飼ったりなんかしたらそらもう火炙りよ 日本にキリスト教が広がらなかったのは浄土教のせい。
事実上の一神教である浄土宗や真宗のような浄土教が日本で一番教勢が強い。
韓国などは浄土教はない。
キリスト教に引かれる層は浄土教が吸収した。 世界各地のキリスト教を受容した地域・民族の、受容した時期の開明度を比べてみろよ。
土人そのものの野蛮時代か、精々古代レベルだぞ。
中世型封建制にまで達していて国・地域ぐるみでキリスト教を受け入れたところは無い。
南蛮人が来た時代、日本は既に歴史が進みすぎていて、キリスト教を受け入れるほど未熟でなくなっていた。 >>868
浄土系よりは日蓮宗のほうが一神教っぽいぞ >>861
暗黒の中世の退廃した教会制度で聖職者達が無教養化したのがデカイわな
古代の使徒達はクリスマスだのヨーロッパ各国の土着宗教を上手く組み込んで同化させていったのに1000年後の使徒達はそれが出来なかった >>870
多神教は本来ハレとケみたいなタブーが多く複雑な儀礼を伴う。
一神教は単純明快。単純明快なほうが安心して信仰できる。その需要は多かったはず。
念仏が事実上一神教というのは指摘があって久しい。 >>873
それはごもっともだが浄土宗という所詮仏教の一派がキリスト教の防波堤になったとはとてもじゃないが考えられない 浄土教とキリスト教の共通点は、
「宗教的な罪の観念」を煽った上で、「至高的存在がその罪から救ってくれるから信じろ」
という内容の救済宗教ということだよ。
戦国末期の日本人信者の大半は、この感覚で入信したと思われる。
中世日本人の宗教観念とはとても適合的だった。
一神教的というのとは微妙に違う。
救ってくれる存在が何柱もあると布教上不都合なので、一神教的になるけどね。
一神教でも、イスラム教にはこのような意味での救済宗教性は乏しい。 イスラム教は
ひたすら神を畏れ崇め祈れば
もしかしたら審判で天国へ行けるかもしれないっていうもの
それって救いじゃないの? イスラム教は地上の楽園を建設する方に関心があって神様はぶっちゃけ二の次。
信仰の要素はスーフィーの修行や聖者崇敬で補っていたけど、これも内面的な救済という方向ではない。 いや神様あっての共同体だろ
救済だって喜捨による社会活動的なものが義務付けられている
個人の内面は礼拝で神と対話すればいいだけのこと >>872
キリスト教自体、組織として固まっていたから現場の判断で何かを引いたり加えたりという事が出来なかった。
実際、ガリアやゲルマン、ケルトの文化圏に布教する際には「偶像」を使用を容認するかどうかで教会が分裂した訳だし、現場の勝手な判断で異端認定されたり破門されたりでもしたら、そっちの方こそ大問題。
宣教師には基本的に「自由」は無い。
決められたマニュアルによってのみ布教が可能。
ちょっとした拡大解釈は許されるかも知れないが、根本的なものは変動不可。 けどキリスト教ってとても偶像崇拝的だよね。
イコンを持ってきて踏ませるという、踏み絵で信徒を炙り出せるくらいに。
仏教はお寺の拝殿にほぼ必須で立派な像が据え付けられていて、その像に向かって日々礼拝しているけれど、
拝んでる対象がその像ではなく像の先にあるものと僧も信徒も理解しているから、金属の必要な事態で銅製の
像を鋳鎔かしても非難されなかったり、凍えて助けを求める人があった際に僧が木製の像を割って薪とし話を
美談としたりする。、 本来見えなかったはずの神を目に見えるイエスだと言い出した時点で偶像崇拝になっていくのは必定 その点についてはマホメットは用心深いよな。
預言者たりとて人は人。
しかも神の姿・神の声は見えず聴こえずで、天啓は天使ギブリールを介してもたらされた。
どうして、悪魔悪霊ではなくギブリールだと判ったか、もたらされたものが本物の天啓だと判ったか、
という疑問には、それが判るのが預言者だ、と。 >>881
>けどキリスト教ってとても偶像崇拝的だよね。
しかし、幕末明治期に日本に来たアメの宣教師どもは日本人をさして
いちいち「これら偶像教徒は云々」と・・・ >>874
日本仏教では念仏は最大勢力だよ。
密教のように複雑な儀礼やタブーを伴う事もなく禅のように難解でもない単純明快に阿弥陀一仏を信じるだけで救われるとする。
需要と供給の法則で一神教的供給は念仏がしてたから相対的に同じ布教市場にあるキリスト教は需要が少なかったのだと思う。
禅宗系の曹渓宗が9割を占める韓国ではキリスト教徒が多いし。 >>882
正教会ではイコンは偶像に当たらないとしてる。
偶像だと決め付けられてイコン破壊された時代もあるがそれは一時だった。
カトリックはイエスやマリアの像まで偶像ではないとしてる。 >>887
韓国ではキリスト教が目立っていて
市内の山の上から見下ろすと真っ赤な十字架ネオンだらけで驚くが
それでも仏教と拮抗していてそれぞれ30%ずつだという >>890
まぁ信仰上の方便だろうね。
イコンのような絵画やカトリックのイエスやマリア像のような像があった方が一般信者には分かりやすい。
プロテスタントになるとカトリックの像も廃して十字架のみをシンボルにする場合も多いけどね。 >>887
そうかもしれんがそれだけが普及しなかった原因じゃないだろ
1番の要因は>>861だと思うんだが >>861
>>880
でも、「上書きによるすり替え」はできるよね。特に暦と年中行事の擦り替え。他の文化圏における布教の王道中の王道。
新嘗祭をクリスマス、春の彼岸会を復活祭、端午の節句をペンテコステ、七夕またはお盆を聖母マリア被昇天…
と上書きしていくことは余裕でできたはず。つうか、古代のヨーロッパでキリスト教がやったことはこれだった。
実際、キリスト教の年中行事の大半は地中海北岸から西ヨーロッパにかけての多神教行事が上書きされたもの。
そして、湿潤な北半球中緯度地帯の場合、農耕と気象に基づく行事はユーラシア大陸の東西を問わず結構揃うので、
ここに書いたように、よく似た時期に日本の伝統行事がかぶる。
少なくとも明治以降の日本のキリスト教はまったくこれをやらない。もはや無能だと俺は思う。 なお、なぜかこのやりかたをやたらと警戒してるのが+のネトウヨのみなさん。
彼らによれば、
バレンタインデーは紀元節を上書きする陰謀で、ハロウィーンは明治節を上書きする陰謀らしい。
まあ、あいつらは案外わかってるのかもしれん。
紀元節に明治節、伝統の射程が短すぎて「草生える」けどさ。 >>891
十字架の形が崇拝対象の偶像なのよ。
自分らがそういう偶像に心を縛られてしまってるから、偶像崇拝でも何でもない仏教が偶像崇拝に見えたり、
逆卍をことさら排斥したりするんよ >>892
単純に19世紀末〜20世紀頭の朝鮮の歴史進歩度が低かったからだろ。
制度的に律令時代、日本の政治・産業顧問団が行って見た感想は「貧窮問答歌そのもの」、つまり、飛鳥時代化奈良時代のレベルの古代。 >>888
そういうことを確認すればするほど
十戒の偶像禁止は
信仰というものに対する無理解を露呈するだけの
愚かな教えだということがわかるな
一部のセム人は美術的な文化を根本的に欠いている
それこそ遺伝子レベルの欠陥なんじゃないかと思うぐらいに
キリスト教にせよイスラム教にせよ、
ひとたびユダヤ人やアラブ人の手を離れるや
大なり小なり美術的な文化の花を咲かせることでわかる
ペルシャのミニアチュールしかり、ブルーモスクしかり イコンは偶像とは扱っていないし、絵画も同じ
同じベクトルで考えれば神像も偶像でなくすことができる
しかし明らかに十字架は偶像
●キリスト教徒は偶像禮拜者なり。彼等十字架の前に跪く故なり。<キムヒ法師>
●カトリック教司祭が手に持つ銀の十字架及び香を焚く香爐は偶像礼拝に属するもの
なり。<アシェル法師>
考え方を間違ってはいけない
創価の文字かいた本尊のほうがイコンより偶像なんだよ ユダヤ人でもキリスト絵画を指して偶像であるとはしていない
キリスト教徒も聖書読んでて警戒してるんだからある程度は理解してる
しかしそれでも十字架の首飾りを持ち上げてそれに願をかけるなんてことを許容していた
結局気づかぬまま偶像崇拝を行ってしまっていた
それ故聖書にかかれている
「この地上にあるもの、天にあるものいかなるものの形をも作ってはならない
それにひれ伏してはならないから」 >>896
いくらなんでもそれは無い。
経済的には鎌倉時代並みというのが当時の評価で、
しかも学問などは貧しい割には進んでいた(これは今の北朝鮮にも共通する)。
で、欧米からの伝統的なキリスト教の宣教はあまり成功していない。
独立後の韓国でキリスト教が成功したのは韓国独自のスタイルに脱皮したから。 それでも酷いな、鎌倉時代並って。
元寇とかバチバチやりあった時代だろ、しかも高麗は攻め側。大モンゴル帝国の支邦。
モンゴル帝国っちゃあ、ビザンチンや回教圏を通ってきた西洋人も仰天の豊かさだった当時の大先進国。
鎌倉時代に経済・文化を比べたら、高麗の方がはるか上のはずよ。
それがどうして、600年の内に、後退したんやら。 >>894
そんなの聞いたことない
相変わらずの一枚岩ネトウヨ観が浅すぎ
すべての伝統は5分前に作られた
長さに意味はない >>898-899
イコンはただの偶像でFA
詭弁にもなっていない、ただの強弁 イコンは偶像「崇拝」ではないが昔の十字架は完全に偶像崇拝
絵画も偶像とは限らないし彫刻も偶像とはかぎらない(どちらもイスラエルにある)が
パワーストーンのが偶像崇拝 >>902
こういうことらしいよ。今年のN速+のハロウィン関係スレで、よく似たレスを何度も見かけた。以下転載。
317 名前:名無しさん@1周年[] 投稿日:2018/11/02(金) 19:43:23.01 ID:yZVmZODr0 [6/15]
401名無しさん@1周年2017/10/28(土) 13:56:26.19ID:xgv0eY3e0
>>264
確か、神道の重要な日にかぶるように
キリスト教由来の行事をぶつけて、マスゴミ(あと製菓業界)がごり押ししてる向きがあるんだよな。
歴代天皇および今上陛下への尊敬を忘れさせ、陳腐化する狙いが見て取れる
・バレンタインデー(2/14)→紀元節(2/11)
・イースター(3月下旬〜4月上旬)→神武節(4/3)
・ハロウィン(10/31)→明治節(11/3)
・クリスマス(12/25)→今上陛下御生誕日(12/23)
・ジーザスレインズ(8/15)→終戦記念日(8/15) <New!>
467名無しさん@1周年2017/10/28(土) 15:04:46.12ID:xgv0eY3e0
>>456
ハロウィンの仮装パレードを日本で始めて大々的に開催したのは川崎市。
ハロウィンやイースターで特にお菓子をごり押ししてるのが
ロッテとディズニーランド(運営会社はそうかそうか)
これだけで御察し
あと、一番新しいジーザスレインズではもっとやばい事
(キリストが日本の王として統治する→天皇否定)をやらかしてる
ttp://jesusreigns.jp/movies >>904
「崇拝」という言葉自体に貶める意味がある
だから正教のイコンだろうとカトリックのマリアだろうと
崇拝とは言わせないと言うだけ
マリアについては「崇敬」という言葉を使う
英語でworshipというのも異教にしか使わない
だから仏教や神道についてworshipという
言葉を使っているのを見たら日本人は怒っていい パウロ書簡に偶像崇拝禁止と書かれてて初期キリスト教は偶像破壊してたのに
絵画も像も全部崇拝みたいに拝んでると思うか?
絵かいたら偶像崇拝か だから崇拝しようがしまいが偶像を作った時点でアウトなの >>910
ユダヤ人画家いないことになるがな
偶像崇拝者は目の開かれていない土人
彼らは何が偶像崇拝かも理解できない >>912
有名なのはいないよ
強いて言えばシャガールだが、
メッセージ性が強すぎて
絵画というよりは壁画だよ
つまり文字と絵、文章と美術が未分化
さんざんユダヤ性が疑われているアシュケナージだが、
皮肉にも有名な画家がいないという事実によって
ものすごくユダヤ的な民族だということがわかっている >>913
著名画家とかじゃなくても
ユダヤの生活を書いた絵画とかあるがな
何も形づくってはいけない=何も書いてはいけない
そのまま受け取るとそれも禁止 あなたはいかなる像も造ってはならない。
上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。
あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。 >>915
だから絵かいた時点でだめか?という話
いかなる像も作ってはいけないというのはそれが結局偶像崇拝に行き着くから
キリスト教は聖書に散々書かれている偶像とその祈りを否定した
当然偶像崇拝にはならないと思っていたんだろうが
絵画も像も芸術やただの指標としておいただけだったが
十字架は偶像化してしまった
十字架を握りしめてそれに祈る、願いをかけるなんてのは完全な偶像崇拝だからユダヤ教徒に指摘うけてる
「いかなる像、形も作ってはならない」はそういう隠れた偶像崇拝を産まないためのいましめ キリスト教は何故、日本で広まらなかったのか
ってあるけど、日本だけでなくアジアでも広まらなかった、中印東南アジア
原始宗教しかない地域に一番乗りできたか、
武力征服できた地域にのみ他の宗教が広まる
もともと無理なことをできるように言うスレタイトルは間違い 朝鮮半島には広まったでしょ。ピョンヤンはかつて「東洋のエルサレム」と呼ばれた。
キリスト教は、民度の低い民族や祖先の歴史を忘れた民族にはすぐに広まる。 >>914
風景画や静物画は問題ないんだよ
動物の絵だって崇拝しなきゃ今ならどうってことないだろう
問題は人物像だろ キリスト教も地方のさびれた宗教なんだよ。エルサレムが世界首都になるぐらい
出世してほしい。 まずは東エルサレムの土人を何とかしない限り発展は見込めない キリスト教が抵触したのは祖先を重んじる価値観だった。
家系を重んじる支配層からは概ね拒絶されたが、祖先を特に意識しない庶民層では広がった。 エルサレムはイスラム教の聖地でもあり、最初のキブラ(礼拝の方向)でもあった
後にムハンマドが新しい啓示によってキブラをメッカに変更したが、
聖地の1つであることには変わりない 悪人正機説は、絶対唯一の正義を重視する朝鮮の価値観に馴染まない。 韓国人がキリスト教の「汝の敵を愛せ」「善きサマリア人のたとえ」
を理解していたら
日本人を人間扱いしない反日行為なんてとっくに終わっている >>928
それは違う。韓国の人々は、「汝の敵を愛せ」で北朝鮮を愛している。
日米は韓国に攻撃してこないからこそ安心して日米を憎むことができる。
すぐに報復してくる中朝と違って日米は恐くない。恐くない相手はそもそも敵ではない。よって愛する必要もない。 >>929
冷戦が終わって東西陣営による対立関係でなくなり、
南北朝鮮はとっくに敵国関係ではなくなっている
敵視する必要がないんだから、愛する必要もないだろう
…そもそも「愛する」って「必要」があってすることなのか?
そっちが先に言ったことだが 隣人を愛せよ→ウリ訳→お前は隣人である俺を愛せよ
思いやりが足りない→俺を思いやれ
絶対に自分自身が愛したり、思いやったりする、にはならず、
相手に愛や思いやりを要求するのがK国的な解釈。 したがって
日本の敵である韓国を日本は愛さなくてはならない、という思考になっているのだろう。 東洋のキリスト教国は土着宗教や倫理観が根付いてなかった文化衰退国家やから
韓国フィリピンがまさにそう 文明の進歩具合が中世に達したら、宗旨替えなんてあんまりやらないものよ。
モンゴル帝国さんガチで高麗を支配していたのに、なして、朝鮮半島が中世にまで進化させなかったのやら。
明の属州になってしまったから一緒に後退したのかな? >>936
逆だよ。モンゴル帝国の蹂躙を免れた日本や欧州だけが、封建社会の中世へと進化できた。
高麗は三別抄がモンゴル帝国に滅ぼされて封建制度の萌芽が摘まれて古代のまま近世を迎えた。 インドマレーシアインドネシアは宗主国の支配が何百年もありながらキリスト教化しなかったからなあ
といってもマレーシアインドネシアはイスラム教だけど 第二次世界大戦が終わった後、キリスト教徒を支援して共産主義を抑えようとする米国の動きが悲劇を生んだ。
台湾、韓国、ベトナム、いずれも米国の後援を受けたキリスト教徒の政治家によって大量虐殺が引き起こされた。 ●キリスト教のせいで南ベトナムは滅んだ●
南ベトナム初代大統領のゴ・ディン・ジェムは
「ベトナム共和国を聖母マリアに捧げる」と宣言するほどのカトリックの狂信者で、
事あるごとにカトリックを優遇し、仏教徒を弾圧し続けてきた。
高官になるためにはカトリック信者になることが必須であり、カトリック教会が国内最大の地主であった。
政府の式典には南ベトナム国旗とともにバチカン市国旗も掲げられてきた。
抗議の焼身自殺をした仏僧に対して「人間バーベキューm9(^Д^)プギャー」という暴言を弟の嫁が吐いたことは特に有名である。
ゴ・ディン・ジェムは後にクーデタに遭遇し殺されたが、初代大統領がこういうキリスト基地外だったために、
南ベトナム政府に対する国民の信頼度は地に落ち、後に北ベトナムに滅ぼされることになった。
韓国の初代大統領李承晩もプロテスタントのキリスト教徒であったが、
李承晩がキリスト教優遇を前面に出した政策を取らなかったことと、クネ(別名:囚人番号503)の父ちゃんの政治手腕によって、
かろうじて韓国は北朝鮮に滅ぼされることなく、国民を結束させて躍進を遂げることになった。
キリスト教のせいでベトナムは共産政権下に置かれることになったのである。 朝鮮は、むしろ二次的に無宗教化が徹底されたため、近代以降にキリスト教が入り込んだんだよね。
東アジアの中で、完全に儒教式の礼教体制を徹底させたのは李朝しかない。
Iバード女史が書いている通り、李朝は、一種の「無神論国家」だったんだよ。
本家の中国(台湾含む。またベトナムも同じ)では、民間信仰のレベルでは道教と共存してる。
祖先祭祀と家族制度は儒教でも、個人の幸福は道教の神々に祈った。
廃仏は何度もあったが、道教はむしろ隆盛した。
宋以降の道教は、神様の総合商社のようななんでもありの多神教なので、祈る対象はいくらでもある。
日本(本土)では江戸時代まで仏教が強かった上に、
儒教といっても、宗教としては神道の衣を纏った形でしか普及しなかった。
もちろん神道から神々を消してしまう訳にはいかない。
沖縄にも儒教的家族制度が入ったが、古代的琉球神道を合理化するという形で入ったので、
やはり神々は消されていない。 >>943
いや、儒教は宗教じゃん。祖霊崇拝というすんげえ原始的な。 儒教は無神論の宗教。
ところで、今クリスマス・イブを祝ってる人は明日は教会へ行くんだろうね、当然。 >>945
スレチです
クリスマスはキリスト教の祭りではありません >>945
神の定義にもよるけど、祖霊が崇拝対象になってる以上無神論とは言い難いな キリスト教の宣教師なんてテロリストと変わらないだろ。 日韓併合以前の朝鮮には遺体を縄で手足を縛り長時間晒してから埋葬する習慣があった。呪術を伴う風葬の一種だろう。 クリスマスはあくまでキリスト教の記念日の1つやで、誕生祭ちゃう
1番大事なのはイースターやで
せやから別に僻まなくてええで、クリスマスが特別な日っていうのは商業PRの賜物や
せやから今セックスしたり高級料亭やらディズニー行ってる輩はメディアに踊らされとる無知な大衆や
僻まなくてええんやでワイらが正しいんや僻まなくてええ >>947
神を祀るには神がいますが如くせよ、と論語に言う
心霊は存在なんてしないんだ、って思ってもいいんだよ
拝礼の形式を保つことで、親戚や本家の顔を立てる
皇帝が豊作を祈願することで人民の人気を維持する
そこに霊魂は実在しなくていい
殷から周へ、春秋から戦国へと移るごとに、迷信は消え、
信仰体系は政治システムになっていった
曲阜の孔子廟付近には孔姓のガイドが数百人はいるが、
その1人が団体旅行客に「孔丘は典型的な唯物論者でした」
と説くのを俺は聞いたよ >>951
曲阜も中華人民共和国の支配下にあって、中華人民共和国は共産政権。数ある共産政権のなかでもいっとう凶暴な性格の物。
現に、毛沢東時代には、あらゆる宗教施設を破壊し、宗教家を弾圧し虐殺した。
その中で、共産政権にシッポ振った一派は生き残ってる。
仏教ならダライラマは国外に亡命佐瀬るを得なかったが、シッポ振って靴舐めたパンチェンラマとその派閥は公認。
キリスト教も、バチカンの叙階を受けた司教や信徒はなんやらよく解らん罪状で捕縛され行方不明、共産政権が任命した司教の
天主教愛国会の祭礼は許可。いまだに中世の叙任権闘争のような間柄。
儒教も同じ。毛沢東時代には孔廟も破壊されまくり。封建悪弊の残渣として攻撃される中で、共産政権側に寝返った者有り。
便宜的に唯物論を主張したりもその一環 >>952
よくできました^〜パチパチ
でもそんな解釈が可能なのが儒教だ
生き残ったほうが正当だとも言える
そのガイドは批林批孔時代の生き残りだから
必死にそんな言い回しを覚えてるってこと
でも儒教における霊魂の話はそれとは別の話
日本人は神道を見るような目で儒教を眺めてうっかり誤解してしまうが、
孔子像への拝礼に霊魂の存在を信じることは必須ではない
単に儀礼に過ぎず、儀礼止まりであっていいのだ
「子、怪力乱神を語らず」とはあるかないか実証できないものは言及しなかったということで
恐れて口にしなかった(=存在を信じていたから)ということではない
どんな信仰を持っていようと、孔子廟が付属している書院のたぐいは
孔子像に礼儀として拝礼するだけだ
湯島の聖堂が宗教法人ではないのも、霊魂の存在を前提としないからだ >>953
孔府は台湾に引っ越していて、本家(衍聖公、大成至聖先師奉祀官)も今は台湾に居るよ。
中共に寝返ってるのは、異端。 儒教の影響下にあったのは支配階層で、祖先や家系を意識している階層でもあり、
逆に庶民においては儒教的な祖先崇拝という概念は薄く、キリスト教が広まる素地はあった。 >>954
そのご本家衍聖公だって別に何かの霊魂を信じているわけじゃない
道教とは根本的に違うんだよ 根本的に違う? 何いっんてだが。
道教と儒教、併宗可能というか、道教の信徒は儒教の信徒を兼ねてるよ。どっちか一方だけの信者なんて滅多にない。
孔子は老子の弟子だったしな。
香港映画の霊幻道士のキョンシーの着てるものとかな。儒教の葬式の死装束だろ。 キョンシーの格好は、満州族の民族服がもとになった死者の礼装だよ。
生きている漢人は満州服を着ることが許されなかった。 官服に模した死装束というところが、儒教の発想なんだよ 併存可能だからこそ違う教えなんだよ
孔子廟で願い事するのは勝手だが、叶えるのは自分
廟の周辺にベタベタ御札なんて貼らないし、柱を真っ赤に塗りたくりもしない
そこ行くと中国の仏寺や道観はずっと派手で俗っぽいが、
それは超自然的な力でもあることにしないと叶えられないような願い事を受け止めるから
仏教が難解ゆえにオカルト的な誤解をされているのは日本と同じだしね 信じれば救われるのなら麻原も天国に行けるのか?。
アホらしいだろ。 韓国のキリスト教徒は29.2%、日本のキリスト教徒は1%未満
「秋田の聖母マリア」は、教区司教によって認可された数少ない聖母出現の一つであり、
日本より海外での知名度の方が高い。バチカン(教皇庁)の教理聖省長官の
ラッツィンガー枢機卿(後の教皇ベネディクト16世)によって正式に受理された。
韓国に聖母出現もないし奇跡もおこっていない。何故なのか?彼等が邪悪だからだ。
ローマ法王が韓国民に「倫理的に生まれ変わるよう望む」と言ったは正当だろう。
バチカンは日本に神が現れ韓国は神からも否定されているのを知っているのだ。 偶像崇拝禁止の癖にイエス・キリストの像や肖像画はOKの不思議な教義の宗教だよな。
偶像崇拝禁止なら、イスラム教のモスクみたいに模様しかないはずなのに。
初期の仏教も仏像を作ること偶像崇拝は禁止されてた。だから、釈迦の姿を仏足石や法輪で表していた。
You tubeで何で偶像崇拝禁止なのに教会の壁の宗教画やキリスト像はよいのか?と質問したら、人間の姿をしていれば偶像崇拝にあたらないとワケわからん答えが返ってきた。
旧約聖書には、はっきりと神は人間を似た姿に作ったと書いてある。
どう見ても、偶像崇拝だろ。 仏教てお釈迦様尊崇してるんかあやしいで
坊主呼んだってお釈迦様の話なんかしたこと無いわ
阿弥陀如来の話ばっかりや
お釈迦様が仏教の開祖てほんまなんか?
なんで坊主は阿弥陀の話しかせんねん >>966
マジレスすると大乗仏教ではお釈迦様は沢山いる仏の一人。
これ以上書くとスレチになる。 >>965
聖書は「天の上のいかなるものも下のいかなるものも形作ってはならない」だろ
それを像に限定すればイスラムだが
イスラムだって絵は書くだろ
ユダヤ人も画家は少ないかもしれないが、庶民の生活を書いた絵は残っている イスラムでは非アラブ的な国・人物ほど絵を描く
しかも肖像そのものを目的とした「絵画」は少なく、
陶芸や書物の挿絵などの他の主要目的のある物の上に描かれたものがほとんど
ユダヤ人も中東を離れた周縁諸国の混血度の高い者ほど人物画を描く キリスト教徒は閉鎖的だと言われると怒るよね。宣教師とかは、いまでも他宗教の悪口を言ってるのに。 多神教社会に合わせ天使信仰を導入するべきだった。
「ミカエル」火と知性を司り、東を守護する。
「ガブリエル」水と天啓を司り、北を守護する。
「ラファエル」風と癒しを司り、西を守護する。
「ウリエル」土と裁きと予言を司り、南を守護する。
中二病の日本人には最適な解である。 ところでYou tubeのコメント欄でクリスマスは、本来はミトラの誕生日だが、これはキリスト教が土着信仰を受け入れたんだろ?って聞いたら、言い訳ばかりしてたな。往生際が悪いなと思った。
どう見ても、元々あった祭りや土着信仰の取り入れなんだがな。
何故、キリスト教徒はそのことを認めないのか。取り入れたのなら取り入れたでいいだろ。 クリスマスってケルトの冬至祭じゃないの?
ミトラス教関係ないだろ 75考える名無しさん2019/01/14(月) 07:00:23.960
聖書じたいが論理矛盾してるんだよなあ。
「私のほかに神はない」と創造主は仰るが、その一方で
「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」「ヘブライ人の神」
といった「〇〇の神」という言い方、「全能の神」「妬む神」と
仰るなら「〇〇以外の神」「全能でない神」「妬まない神」も必然的
に存在することになるじゃないか。「あなたたちの神、主は神々の中
の神、主なる者の中の主…」(申命記10:17)とかどう見ても格下の
神々の存在を認めてるじゃん。つまり、天地を造った全能の三位一体
の神以外の神々を含めた広義の普遍的な神の定義がどうしても必要になる。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12164076317
古代イスラエル人の宗教は実態としては多神教で唯一絶対の神とされるYHWHでさえ、
エルとかいと高き神と呼ばれる神が産みだした神々の一人に過ぎなかったそうです。
また、イエスが父と呼んだ神が本当にYHWHを示しているのかさえ怪しいとか。 戦国からの流れが徹底してたからだろう
鎖国がやっぱ効いてるし自意識が高いわ日本人は
国土が動く事もなかったし 具体的には戦国時代はまだ天皇家と律令制の国家観が続いていた
諸大名は天皇を尊重するという建前を守ることで己の地位を保っていた ブログ、いつも読ませてもらっています。
私はクリスチャンなんですが、教会にはずっと行っていません。理由は色々ありますが…
私は今クリスチャンでありながら仏壇店で販売の仕事をしています。病気のため体力もなく、長い時間働いても支障なく家から近場でと探しました。家計の事情もあるわけで、何よりも体がきつい。比較的楽な仕事を選んだわけですが、はっきり言って教会からすれば
他宗教のものを売る=偶像崇拝なのでしょうね。
他のクリスチャンにどこで働いているのかしつこく聞かれ仕方なく教えたところ、その仕事は駄目だ、それでは幸せになれない、私が他の仕事を探してあげるから、とまるで
脅された気分になり、不安と不信感にさいなまれています。
仕事まで制限されるなんて
神様ってそんなに心の狭い方なんでしょうか?
形より気持ちを大事に考えるなら、今の私の状況、病気とか
家計のことも考えてくれるべきでは?と思ってしまう私が間違っているのでしょうか。
それともクリスチャンとしてのお手本になれなければ教会の
お荷物なんでしょうかね。
心の拠り所と思いたい場所がどうにも足かせになっているとしか思えなくなっています。 Re: 善きサマリア人
> 【桃栗さんへ】
> >裏を返せば「神に自分の都合の良いようにしてほしい」が本音なのです
>
> とご指摘の部分が聖書では違うと言うことを伝えたかったのです。
> 多くのキリスト教徒や他の宗教の人々の多くがそうだとしても、
> 聖書はその様な願い方をせよとは教えていないのです。
ですからね、建前では「そういう信仰をしてはならない」と言っていても、
そういう信仰をしているクリスチャンが多いのが「現実」なのですよ。
>
> >クリスチャンは他の宗教を「ご利益宗教」と称して見下し、
> 自分達の宗教のみが正しいと言い切る姿が傲慢だということです。
>
> 見下すのは傲慢です。
> ただそれが聖書の教えであるとは思わないでください。
ですからね、聖書がそう教えていなくても、
そういう態度を取るクリスチャンが多いのが「現実」です。
聖書の教えは法的拘束力がありませんから、
クリスチャンはみんな自分の都合の良いように信仰しているのですよ。
そして、神に自分が聖書の教えを守れていないことを懺悔すれば、
自分の罪が赦されてチャラになるわけですから、
本当に便利な宗教ですよね。
> 善きサマリア人のたとえにあるように、
> キリスト教徒だから正しいのではないと聖書は教えているのです。
ですからね、クリスチャンたちは、
自分が正しいことをしているかのように錯覚しているのが現実です。
キリスト教はそういう性格の宗教なのです。「一神教」ですから。とにかく、貴方のおっしゃることは建前ばかりです。現実をよくご覧ください。 マルコ(AD65-70頃)
9:1・13:24〜
マタイ(AD80-85頃)
16:27・24:29〜
ルカ(AD85-90頃)
9:27〜・21:27〜
ヨハネ手紙一(AD100頃)
2:18〜
マルコ著者マタイ著者ルカ著者ヨハネ第一手紙著者は、
「審判が来る時に、今、生きてる者たちの一部は、まだ生きている」と書いています。
しかし、著者たちの思い込みは間違っていました。
「太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。
その時、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくるのを、人々は見る」
--- そんな「時」は、彼らの時代に来なかったのはもちろんのこと、その後
2000年間、今日に至るまで、一度も起こりませんでした。
ある著者たちの勝手な思い込みを述べたものにすぎませんでした。 キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなた方がこんなにもはやく離れて、
他の福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。
(ガラテヤ人への手紙 1:6)
わたしたちがあなた方に告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば
呪われるがよい。わたしたちが前にも言っておいたように、今また、わたしは
繰り返して言います。あなた方が受けたものに反する福音を告げ知らせる者がいれば、
呪われるがよい。
(ガラテヤ人への手紙 1:8-9)
あなた方は聖なる方から油を注がれているので、皆、真理を知っています。
わたしがあなた方に書いているのは、あなた方が真理を知らないからではなく、
真理を知り、また、すべて偽りは真理から生じないことを知っているからです。
偽り者とは、イエスがメシヤであることを否定する者でなくて、誰でありましょう。
(ヨハネの手紙第一 2:20-22)
この書物の預言の言葉を聞く者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、
神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。
(ヨハネの黙示録 22:18)
真理というものが神からだけ来る、と信じる宗教は、このように、真理の言葉を
閉じなければ収拾がつかなくなります。しかし、真理の閉じられたシステムは
正統と異端を生み出します。閉じられたシステムである聖書は、この正統と異端を
区別するための道具として機能することになります。
著者はイエスを救い主と認めない者を「偽り者」と断定することに何の躊躇もしません。
聖書のメッセージは、ほとんどいつでもこのように、
真理を偽りから区別することを強調し、それを読む者に真剣に訴えます。 教祖が突然殺されて困り果てた信者たちが、教祖の死を正当化するために
言い触らした様々な努力が「新約聖書」となります。そうなると、
神と人類の間の断絶を生んだアダムの罪が重ければ重いほど、
断絶が深ければ深いほど、彼らの教祖の死の価値が上がります。
「悔い改めて神に立ち返れば、そこに神の導きと祝福がある」という本来の旧約聖書の
メッセージや、「悔い改めよ、神の支配は近づいているのだから」というイエス自身の
メッセージのかわりに、「アダムの罪は神と人類の間に取り戻すことのできない
決定的な断絶を生んだ、神は我らの教祖をアダムの罪を贖うための犠牲の死、
犠牲の小羊の為に我らに送ったのだ、我らの教祖を仲介しなければならないのだ、
よって、我らの教祖を信ぜよ」というメッセージが大いに宣伝されることになります。 クリスチャンはアホ
クリスチャンって愛とかなんだ言ってるけど結局は「ただ地獄に行きたくないから信じる」っていうのが根本にあると思います。
結局「苦しいの嫌だー」なんですよねえ・・・
私だったら、「愛とかいらないから。天国行ければそれでいいから」って言います。
だってもし人類全員がなんの条件なしで天国に行けたとしたら、今クリスチャンの人はキリストなんか信じずに自由に生きるでしょう。
彼らは、そういう下心を愛とか奇跡とかで誤魔化していることに気づかないんでしょうね。
イエスの弟子たちのように、そこらへんのクリスチャンや牧師を捕らえて拷問にかけ、「イエスは神じゃないと言えば解放してやる」って言ったらすぐに降参するでしょうね。本当にあいつらの爪をはがして膝を割ったりして拷問にかけたい気分です。それほど腹が立つ連中です。 カトリック信徒の自分が言うのもなんだけど、
日本にはキリスト教のようにワザワザ博愛や礼儀を説かなくても、
日本の古代から現代にいたり社会や日常理生活に根付いている。
ハッキリと書いてしまえば日本にはキリスト教は必要ない。
(これを実感したときはキリスト信者の自分はショックだったけどね)
自分が属している地区は韓国カトリック教区との
交流も深いから『民衆の神学』のこともわかるけど、
あの運動の一つの理由は昔から韓国(朝鮮)社会には
人権とか社会制度が非常に低かったから、
さきに書いたように日本には日常の生活レベルで根付いていたから
民衆の神学のようなものは必要なかっし起きる下地すらなかった。
逆に民衆の神学のような運動は『解放の神学』のように共産主義勢力の
テロ反社会的活動の温床になってしまい問題にもなってる。 日本聖公会、日本キリスト教会など政教分離を訴え声明 2019年3月11日
日本聖公会主教会、正義と平和委員会は2月21日、今回の天皇の代替わりに関する一
連の行事も、基本的な考え方や内容は、大嘗祭を公的な行事と位置づけ国費を支出した
前回を踏襲するとの閣議決定を受け、抗議声明を安倍晋三首相に宛てて送付。声明では
大嘗祭を公的な行事とし国費を支出することが日本国憲法20条の「信教の自由の保障・
政教分離」に反すると指摘。また大嘗祭を公的な行事と位置づけることにより、天皇が
特別な存在であること、さらに神格化のイメージを植え付けることを危惧し、強く抗議
した。
(中略)
同日、日本パブテスト連盟性差別問題特別委員会は安倍首相に宛てて声明を送付。天
皇の皇位継承が男性天皇、男系天皇しか認められていないことなどを指摘し、天皇制が
性差別、セクシャルマイノリティ差別などのあらゆる差別をつくり出していると批判。
代替わりを前に、一人ひとりの人権が大切にされる歩みへ踏み出せるよう求めた。
http://www.kirishin.com/2019/03/09/23767/ 日本のキリスト教はカトリック=主に右派、プロテスタント=主に左派
と思っていたが、日本カトリック司教団の声明は左派そのものであり、
カトリックは麻生、曽野、渡部に近いスタンスという訳ではなさそうだ
クエーカー派は左派かつ親皇室ではないのかな
聖公会は英国聖公会の流れをくむ宗派で親皇室と考えていたので、
日本聖公会が皇室行事を政教分離の原則で反対するのは意外だ
佳子様が入学したのは国際基督教大学だろ 皇室周辺はキリスト教徒が多い感じだし
もう少し皇室行事に柔軟な対応をしても良さそう
モルモン教は右派、というか自民党やフジ産経G、文春に近そうだな ブログ、いつも読ませてもらっています。
私はクリスチャンなんですが、教会にはずっと行っていません。理由は色々ありますが…
私は今クリスチャンでありながら仏壇店で販売の仕事をしています。病気のため体力もなく、長い時間働いても支障なく家から近場でと探しました。家計の事情もあるわけで、何よりも体がきつい。比較的楽な仕事を選んだわけですが、はっきり言って教会からすれば
他宗教のものを売る=偶像崇拝なのでしょうね。
他のクリスチャンにどこで働いているのかしつこく聞かれ仕方なく教えたところ、その仕事は駄目だ、それでは幸せになれない、私が他の仕事を探してあげるから、とまるで
脅された気分になり、不安と不信感にさいなまれています。
仕事まで制限されるなんて
神様ってそんなに心の狭い方なんでしょうか?
形より気持ちを大事に考えるなら、今の私の状況、病気とか
家計のことも考えてくれるべきでは?と思ってしまう私が間違っているのでしょうか。
それともクリスチャンとしてのお手本になれなければ教会の
お荷物なんでしょうかね。
心の拠り所と思いたい場所がどうにも足かせになっているとしか思えなくなっています。 ・元々民間伝承が下敷きだから他民族には馴染みにくい(古代ローマが特殊)。
・宗教の教えは生活の知恵なので、生活環境が違うとピンとこない。
・キリスト教化した国は基本的に軍事的にキリスト教国家に下ったところ。異なる文化地域を支配するツールとして宗教が使われてきたが、日本は第二次大戦まで占領・植民地化されていないし、占領時のアメリカはキリスト教化の政策を取らなかった。
・神道と仏教でだいたい事足りたから。
ざっと思いついただけ。 日本にキリスト教が広まってたら強硬な反米国家になってたと思う。 神社仏閣も拝んで良い、とか戒律を日本式に改変させることが可能ならそれなりに普及したんじゃないか? 宗教や文化の伝搬は、権力や軍事力、生活レベルに差があると伝わってくるものだから、
当時生活レベルがそれほど違わない日欧間に宗教は伝わらない、仏教も欧州に伝わらなかったし
生活レベルがもっと上だったイスラムにはまったく伝わっていない
生活レベルが同程度は、津波の防潮堤の役割 プロテスタントの私が考察してみた
キリスト教、特にローマ・カトリックは純粋にユダヤ的一神教ではなく
ヨーロッパの多神教や哲学を取りこんだためヨーロッパでの普及に成功したのだろう。
カトリックからマリア崇敬や聖人崇拝、煉獄などを除外したものがプロテスタント
だとすると、ヨーロッパ人の信仰形態が多神教から一神教に変容するためにはやはり段階
を踏む必要があったと言える。日本でのプロテスタントの布教はその過程を無視したもの
で非現実的なのだろう。
もう一つ、あなたの若い日にあなたの造り主である神を知りなさいとか、子供のように
ならなければ人は神の国に入れないというような聖書の言葉からすると、それぞれの国、
民族に独自の、聖書と異なる神話や信仰がある以上、そのような環境でキリスト教徒を
増やすためには、大人よりも子供への布教(悪い言い方をすると洗脳)のほうが効果的
であると考えられる。三つ子の魂百までとでもいうか大人になってから幼少期から慣れ
親しんだ教えと異なる宗教を受け入れるのは心理学的に難しいに違いない。
もう一つ、なぜか分からないのだが、日本のプロテスタントの牧師は誰でもいいから
とにかく教会に引っ張って来て定着させようとか、信者どうしの結婚を世話して次世代へ
信仰を継承しようとかそういう熱心さが欠けていて、ただ自分の言いなりになるお人好しな人
だけが来るのを待っていて、自分と意見の合わない人、自分に向かって何か提案する人は一人で
も教会にいて欲しくないという人をよく見かける。モルモン教やエホバの証人のほうが伝道に熱心だ。
幸福の科学や創価学会も熱心だ。なのに…。そんな聖職者の下では教会員がなかなか増えない。
なぜ我儘な非民主主義的独裁者タイプの人間が教会のトップに立つのかこの理由を研究したい。 BSワールドニュースの通訳さんがやたら鼻声、まで読んだ 【週刊実話】韓国文在寅大統領の“思想”に似ている日本の一部のカトリック教会組織〜ネットの反応「ウリスト教に斬りこむ週刊実話…これぞジャーナリズムだ」
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