スターリンからの電話! スターリンが映画監督のドヴジェンコに電話をかけた。
スターリンが作家のエレンブルグに電話をかけた。年に一、二回、モスクワ中にそんな噂が流れたりした。
 誰それに賞を与えてやれ、住宅を与えてやれ、あいつのために科学研究所を建ててやれ!
スターリンにはそんな命令を発する必要がなかった。そんなことを口にするには、彼はあまりにも偉大すぎた。
そういうことはすべて、彼のとり巻きがやったのである。
とり巻き連中は、スターリンの目の表情で、声のイントネーションで、その意向を察知した。
スターリンは人に気さくな笑顔を見せるだけでよかった。
すると、その人の運命は変わるのであった――闇の中や無名の状態から抜け出て、
その人には名声、尊敬、力が雨のように降り注いだ。
そして、大きな勢力をもつ何十もの人が、その幸運な人の前で頭を下げるのである――
なぜならスターリンが彼に微笑みかけたのだから。電話で話しながら冗談を言ったのだから。

 スターリンの一言で、数千、数万の人々を殲滅できた。
元帥、人民委員、党中央委員会メンバー、州委員会書記など、昨日は軍や方面軍を指揮し
地方や共和国や巨大工場を支配していた人々が、今日はスターリンの怒りの一言によって、
とるに足らぬ人物やラーゲリの塵となったり、小さな飯ごうをガチャつかせながら
ラーゲリの炊事場で薄い粗末な雑炊を心待ちにしたりすることがありえた。

人生と運命 3
ワシーリー・グロスマン著 齋藤紘一訳 (みすず書房刊)P246-247より