>>357
「自我を安全に保つ為の強迫観念」
病院(精神科)への入院をお勧めします。

経歴にそんなに興味ありますか?
現役→東大「理1」不合格/東京学芸大学合格
1浪→東大「理3」不合格/東京外国語語大学、某私立大学外国語学部に合格

学芸大学は当時は教師の柄ではないとの気持ち、東大への未練から半年で辞める。
高校入試の時/合格発表の時に初めて見たのが一橋大学だった所為か大学のイメージが刷り込まれ地味な国立大学には拒否反応があった。

取り敢えず通学に楽な私立大学に通い、卒業したら、一旦就職し、3年自宅より通勤し、1000万円貯まったら「筑波大学医学専門学群」に入学する予定だった。
筑波大学医学専門学群は学力試験は共通一次試験のみ(1000点満点で860点がボーダーライン)、二次試験は論文、これは私の超得意分野。

大学通学中も調査書多めに貰っていたので隠れ受験、900点は確保出来ていた。

ところが誤算が。予備校が辞められない。3年目校舎長になり、「辞めるなら後輩を育ててから辞めろ」と言う。仕事も会社も肌に合っていたし、「ま?、いっか!」。
そうこうするうちに、上場企業となり(当時の社員全員が2000株の株主に、バブルの時は¥60,000,000の資産に)「予備校化(高校部は以前から有り)」が一気に進む。
組織での仕事に嫌気がさし(当時課長、年収¥8,000,000)、確か90年に講師に転身。
会社始まって以来の「円満退社」、1年間だけ、社員時の年収が保障された。