>>154 九州での最後の戦場では、撤退の途中猛吹雪のなかで凍死寸前
の商人を発見して救ってやるなど、仁愛に厚い武将の顔も見せた。
敵に対する酷薄非常な闘志をむき出す反面、慈愛に充ちた性格を
物語る逸話を多く遺しているところは父元就に似ている。
何よりも元就の資質を継いでいるのは、元春が「鬼吉川」といわれる
養家の伝統に恥じない猛将のはたらきをする一方で、まれな読書家で
あり、文人の側面をもっていたということである。『古今和歌集』
『伊勢物語』『源氏物語』『太平記』や『論語』などを愛読していた。
富田城の包囲戦が長期にわたったころ、元春は洗骸城の陣中で『太平記』
四十巻を、流麗な筆で写し終わった。『太平記』はこの吉川本のほかに
南都本・北条本・天正本・神田本などがある。そのうち最も古型を
とどめているのは神田本だが、二十六巻しかそろっていない。
吉川本は四十巻の完本である上に、神田本と内容が酷似している点で
貴重とされ、水戸光圀の収集により、水戸彰考館の所蔵となっている。
『吉川本太平記』は、戦国の猛将吉川元春が、現世に伝えた文化遺産である。