>>516

> Q:シュル・アンシーズはもともと5分ほどのピアノ曲であったのを45分の作品に拡大されたものですが、
> アンテームなども含めてこのように限られた素材を増殖させて長大な作品を形作るという作風は
> 近年のブーレーズさんの一つの特徴だと思われますが、
> なぜそのようなことになったのか少しお話いただけませんでしょうか。
>
> A:はい、このような考えは私が指揮の活動をしている上で得た経験が元になっています。
> ここにいるみなさんはご存じでしょうが、フランスの作曲家たちは比較的短い曲を書くのが伝統としてありました。
> ドビュッシーも晩年のソナタ群を例に挙げるまでもなくそうですし。ラヴェルもそうです。
> 例外としてダフニスとクロエがありますが、あれはバレエ音楽でそれだけの尺が必要だということもあったと思います。
> ともかくもフランスの伝統では物事を切り詰めて単純化したところに美を見いだすようなところがあるように思います。
> 私は70年代後半からマーラーの交響曲やワーグナーの指輪を指揮するようになったのですが、
> そうしているうちに私もこのように長いものを書くことができるし、書くべきではないかと思うようになっていきました。
> 若い頃にはアイデアがたくさんあってもそれを発展させるということにはあまり熱心ではありませんでした。
> 発展させる能力がなかったともいえます。指輪でも最後に書かれた神々の黄昏とはじめの2編(ラインの黄金とワルキューレ)との間には
> 明らかな差があって神々の黄昏においてはモチーフの扱い方に大変な進歩が見られます。
> つまりはそういうことです。
> シュル・アンシーズはおっしゃるとおり元々はピアノ曲で作曲家のベリオとピアニストのポリーニが主に関わったイタリアのピアノコンクールのために書いたものです。
> 彼らが何か書いてくれというので引き受けたものですが、コンクールの審査基準として重要なvirtuosityとsonorityの二つの要素を満たすために、
> 最初の部分は響きのために後半は演奏者の名技を発揮させるべく心得て書きました。そのときにはそれだけのことだったのです。
> それからしばらくして、私はポリーニのためにピアノ協奏曲を書きたいと思いました。
> この協奏曲というのも名ばかりのもので、オーケストラとピアノを対峙させるようものにはならないということは明白だったわけですが。
> そこで出てきたのがアンシーズを拡大させるというアイデアです。私はまずこの曲を3つのピアノのために書き換えました。
> つまり真ん中のピアノを主体として、その両脇に鏡をおくようなことをイメージしたのです。
> そしてすぐにそれだけでは音響として弱いということに気がつきました。そこでピアノの音響を補うために打楽器を用いたのです。
> このような形態の作品にはバルトークの2台のピアノとパーカッションのためのソナタがありますし、ストラヴィンスキーの狐は4台のピアノですが、
> 私の作品がピアノ3台であるのは先ほどお話したとおりで、別に2と4の間をとったというわけではありませんよ。
> ともかくそのようにして打楽器を付け加えて、もっと響きの多様さを演出したくなったのであとからハープも足すことにしました。
> なぜハープという柔らかで優雅な響きの楽器をピアノとパーカッションに付け足すことになったのか。
> 私も一般的なイメージ通りのハープのグリッサンドのような表現を取り入れようとは思いませんでした。
> コンテンポランのハーピストはとても優秀で、柔らかな響きはもちろんですがとても硬い響きを生み出すことができます。私はハープのそのような側面を利用しようとしました。
> こうして9人の演奏者によるアンサンブルとなったのですが、これによって縦と横、二種類の組合わせを駆使することができるようになりました。
> すなわちハープ、ピアノ、パーカッション3種類の楽器という横の線3本による組み合わせ、そしてこの3種類の楽器を一つと考えたときにできる縦の線が3本というわけです。
> これによって先ほどリハーサルでも聴いていただいたような多様な響きを作り出すことができました。
> これはパウル・ザッハーの90歳の誕生日に捧げた曲ですが、90歳と9人をかけて語呂あわせをした、というわけではありません。それは偶然そうなったにすぎないのです。