今思うに、奴にとって自分が育てているものは「草ごとき」ではなかったのだ。
自分の一番身近にいた者ですらその気持ちを理解していなかった。それを知ってしまって
絶望したのだろうな。・・橋の上で水面を眺めていた自殺志願者の背中を、わしは
押してしまったのだよ。

自分の愛した草を残していくのは心残り。さりとて託せる相手もいない。
結局、花と無理心中したのだな・・結局、奴はあまりにも生真面目すぎたのだ。

貴公も草ごときに過度に思い入れをすれば、その身を滅ぼすぞ。
ああそうだ。「草ごとき」だ。わしにとって植物とは、自分の欲望を満たすための
道具にすぎぬ。園芸などしょせんは暇つぶしの娯楽、命を削ってまでやるものではない。
花を愛したがゆえに苦しむのなら・・

愛などいらぬ。

そう言って茶をあおった貴族の顔は、どこか寂しそうに見えた。

次回「その21」