【演歌の活況】歌唱で聴かせるかわいい女性演歌歌手はだれ? [無断転載禁止]©2ch.net
あの昭和の歌謡界、演歌の復興を担うのは、やはり、歌唱で聴かせるかわいい女性演歌歌手だ。 やはり、コロンビアレコードの3人娘でしょう。
美空ひばりさんは「人生一路」、島倉千代子さんは「東京だよおっかさん」が心を打ってきます。
都はるみさんは、いい曲がたくさんあり過ぎて・・・とりあえず「涙の連絡船」を挙げておきます ID:aqNAATnQ
お前半年ROMってから書いてるのか?
文体がまず変だし内容も空気読まず独り善がり、気持ち悪いんだよね 銀河の宇宙の果てまで届きそうな歌声、そんなパワーと広がりと深みのある歌声が『都はるみ』の【天才歌唱】。 >>1
ハイハイ都はるみ都はるみ
こう言って欲しいんだろ
もう結論出た
おしまい >>2
3人ともかわいくないし、美人ともいい難い。
特にはるみは! 演歌というジャンルは昭和40年ごろから本格的に言われ始めたらしい。
それ以前は流行歌といわれ、歌手のことを流行歌手と言っていました。
艶歌、怨歌とも言われた。
艶歌は青江美奈、八代亜紀に、怨歌は藤圭子に代表される。
都はるみのコロンビア3人娘もデビュゥして暫くは流行歌手と呼ばれ、
本人も狭い領域の演歌歌手と呼ばれるのは本意ではなかったらしい。 >>8
ファンでもないのに他の歌手を巻き込むのは迷惑だからやめろ
都はるみだけ語っていればいいんだよ 故人や70近いオバサンを引き合いに出して、かわいいもないだろにw 昭和、平成に活躍した、または活躍している歌唱で聴かせるかわいい女性演歌歌手。
昭和、平成の歌謡史を彩る歌唱で聴かせるかわいい女性演歌歌手を話題にして、
全国民的な掲示板となり回を早急に重ねていければいいと思っています。 >>8
ここのスレタイは「歌唱で聴かせるかわいい女性演歌歌手」
だから、はるみは失格わかるかな? 歌唱で可愛く聴かせるのは、島倉千代子が真っ先に思い付く。 市川昭介のデビュー曲はトップクラスにかわいい曲だな 「恋しているんだもん」は、島倉千代子にしかあの雰囲気は出せない。
都はるみが歌ったら、唸っちゃって、絡ませていた小指が折られそう。 可愛いという印象を受けるのはあくまでも主観の問題で、事実、コンサートでは多くの観客が「かわいい」と連発しています。
今でも、5000人収容の国際ホーラムAホールを満席にできる極少ない女性演歌手の魅力を「かわいい」からとも言えます。 ファンにコンサートで「かわいい〜」とかけ声されるから可愛いって…大抵の女性歌手はされるぞ
例えば着飾った衣装を客に見せて「どう?」と言ったとしたら普通「かわいい〜」と声が掛かる
それに不細工女芸人でもかわいい〜とよくかけ声をされるがあれと同じで単に煽てるだけの意味しかない >>16
違います 怖いもの見たさです。
お化け屋敷と同じこと、爺さんのお好きなあの歌手は・・。
それからついでに言えば2000人収容のホールでせいぜい6,7割くらいかな。 初期の【都はるみ】をご紹介させていただきます。
昭和23年2月22日、京都市上京区作庵町(西陣)で生まれ育ち、子供の頃は喧嘩の強いガキ大将だった。
血液型B型。
京都の習わしで、芸事は6歳の6月6日から始めると大成すると言われていて、早くから長女「春美」の歌の才能に気づいていた母は、
人一倍、機織りの仕事をこなし月謝を捻出して、そのときから歌をはじめ様々な稽古事に通わせた。
1963年、第14回コロムビア全国歌謡コンクールで優勝。
64年、「困るのことョ」(作詞:西沢爽/作曲:遠藤実/編曲:安藤実親)1964年3月10日発売で歌手デビュー。
2曲目、「てれちゃう渡り鳥」(作詞:森山としはる/作曲:市川昭介/編曲:市川昭介)1964年8月20日発。
実家の資金が底をつき、歌手を断念して帰郷させようと母が上京するが、都はるみは3曲目に命運をかける。
3曲目、「アンコ椿は恋の花」(作詞:星野哲郎/作曲:市川昭介/編曲:市川昭介)1964年10月5日発売。
「アンコ椿は恋の花」はミリオンセラーになる大ヒットになり一躍脚光を浴びる。
第6回日本レコード大賞・新人賞を獲得する。
「はるみ節」と呼ばれる、うなり声のような力強いこぶし回しや、波打つような深いビブラートが独特で、
昭和40年代〜50年代にかけて数多くのヒット曲を生み、名実ともに日本を代表する女性演歌歌手となった。 【都はるみ 紅白歌合戦】
初出場以来一時引退するまで紅白連続20回出場、復帰後連続9回の合計29回である。
その中から今回は以下の7回の紅白の映像をご紹介いたします。
『演歌の雛型』『演歌の教科書』『演歌の虎の巻』『演歌歌謡のバイブル』、
現在活躍されておられる女性歌手の誰もが親しんでこたれた『凄すぎる歌唱、愛くるしく可愛すぎる歌唱』。
@17回(さよなら列車)
A21回(男が惚れなきゃ女じゃないよ)
B24回(涙の連絡船)
C26回(北の宿から)
D30回(さよなら海峡)
E31回(大阪しぐれ)
F34回(浪花恋しぐれ)
http://www.dailymotion.com/video/x2t5sz0
特に24回『涙の連絡船』は歌の神様が降臨したと言われて、『涙の連絡船』では、
後にも先にもこれ以上の歌唱はないかもしれません。 >>26
「現在活躍されておられる女性歌手の誰もが親しんでこたれた『凄すぎる歌唱、愛くるしく可愛すぎる歌唱』。」
の文中「親しんでこたれた」は「親しんでこられた」の誤りです。 >>22
お前こそ、いちいち反論すんなよキモいジジイ 1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15号により起こった、日本国有鉄道(国鉄)の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故である。
死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大の惨事となった。
この犠牲者の中に、歌唱力が一番と目されていた、コロムビア全国歌謡コンクール北海道代表者がおられた。
1953年の落選を経て、1954年、コロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、同社と専属契約。
島倉 千代子(1938年(昭和13年)3月30日 生まれ。出身は東京府東京市(現:東京都)品川区北品川、愛称は「お千代さん」。
16歳の初秋であった。
1955年3月、16歳、本名「島倉千代子」で歌手デビュー。デビュー曲「この世の花」は半年後に200万枚達成、人気歌手になる。
1955年23曲、1956年34曲、1957年37曲、1958年33曲と驚異的な速さで新曲を発表。
1957年、19歳、「東京だョおっ母さん」が150万枚のヒット。 往年の歌手から新人歌手まで様々な歌手を見聴きしてきましたが、最終的に行き着くのはやはり島倉千代子さんですね。
容姿、声質、歌唱法、仕種に話しぶり、そのどれをとっても本当に可愛らしいです。
その証拠に可憐な島倉千代子さんがいたからこそ生まれた可愛い曲が沢山あります。 大月みやこだって20歳前後はいい声してたからな やはり女性歌手は可憐な高音が魅力だよな >>30
正確に言うと、島倉千代子は可愛らしい歌手を演じきったということだろう。
実際は、後輩には厳しく接していた。
都はるみも島倉に楽屋で怒られたと話していた。 細く柔らかく優しい高音は好きだけど、アイドル声優みたいな作り声、声楽家のような人工的な高音、硬いキンキン声は苦手 母親が芸事を厳しく仕付けたからそれを継いでいるんだよ 今はそんな母子がいない
学校の勉強が先で本物のプロが育たない >>32
小林幸子さんと都はるみさんが楽屋で追いかけっこして遊んでたら隣の楽屋の島倉千代子さんが
「楽屋は遊ぶところじゃないのよ」と怒られた話ですね
島倉さんも先輩に注意して来いと言われて行ったそうですが
先輩が指導するのは同じ世界で生きていく後輩の為ですから有り難いことですよね 39歳の「千代子」さんの「NHKビックショウ」の画像に、その一年間に身に降りかかった、
とんでもない試練(その具体的な事は伏せて)に対する心境やこれからの決意を、
言葉を必死に探しながら思い詰めるように切々と語っていました。
子供のころから歌一筋で世間知らずの国民的歌手の彼女たちを守り、
様々な危険な事を教える大人が少なかった為、多難な試練の波瀾万丈が彼女たちの人生に待っていました。 どんな困難も投げ出さずに歌うことで乗り越えたんだから本物だと思う
可愛らしく健気であっても芯は強いという古き良き日本女性の典型 内実はよくは分かりませんが、妻、母となりながら、あまりの無理のない歌の道というのはなかったのか。
後進のためにも業界、国民の意識改善が願われます。
幸せの夢を歌っている歌手自身が娘から妻、母、おばあちゃんの人としての心情路程を歩めないのは淋しいのではありませんか。 >>37
「うるせえんだよ死ね」こんな事しか言えない哀れなガキ。 >>40
売れっ子歌手にそんなプライベートに向ける時間は無いからさ
デビューして10年ほどで、やっと東海道新幹線ができたから、全国回るのも大変な時代な時代だ
結婚してもすれ違いなのに、子どもを育てるなどまず不可能
仕事を取るか結婚を取るかの時代だからな
大して売れなければ家庭に入ったろうけど、デビューから大ヒット連発した超売れっ子歌手に、一般的な家庭生活など無理だよ 美空ひばりも島倉千代子も、私生活は決して幸せではなかった。
ま、それが歌の肥やしにもなるんだろう。 女優なら子育てが一段落してから仕事復帰もできるけど
歌手は歌わないブランクがあると、声帯がダメになるから
都はるみも森昌子も、復帰後は休業前の声が出なくなって劣化したからさ
歌手は常に仕事で歌ってないと、歌がダメになってしまう 歌わなくてもダメ 歌い過ぎてもダメ モチベーションが低くてもダメ
若いうちはメチャやってもなんとかなるが25歳も過ぎれば節制して自分との闘い
スポーツと同じだが声帯はより微妙だからな 下手すりゃすぐおばさん声になってしまう 島倉千代子は外見も綺麗だけど内面的にも美人だからな
どんなに売れっ子になっても謙虚で、気遣いができて、悪口はいわないし、
先輩は立て、後輩の面倒は見、分け隔てなく人と接して本当にいい人なだけに
そこへつけ込んだ悪い奴らのせいで、無理に働いてストレス溜めて声が出なくなる等影響うけたんだから許せんわ 島倉千代子は、石川さゆりが紅白初出場で緊張してたときも、そばに来て手を握って励ましてくれたそうだし
優しさが歌にも表れてたな
ひばりの歌より好きだったわ ストレス多い現代社会に、可憐な歌声で癒やしを与える歌手が演歌復興に必要なのは間違いない。
でもこのタイプの歌手は天性の声が必要なので案外少ない。 天性の声はもちろん大事だか顔も不細工じゃ駄目だしな 清純派で声もよくて歌も上手いが揃わないと 「ソン ソフィ」という17-8歳のトロット民謡歌手がいますが、この人が正に、天性の声と抜群の声量と歌唱力と、
そして、見栄えの良い容姿とを備えているように思います。
韓国の『都はるみ』と言えます。
日本も10代に才能を見いだすのでは遅く、『都はるみ』が6歳のときから歌や芸能の習い事を始めたように、
幼い才能を見いだし「国の宝」となるように磨きをかけていかなければ国民を癒してくれる『都はるみ』はそうそう現れないでしょう。 先週末の団地祭の盆踊りでも何度も何度も都はるみの「好きになった人」がかかっていました。
先祖の霊の鎮魂、慰霊の曲のようでもあります。 >>55
そこの団地の自治会長がはるみファンか、「好きになった人」が好きな曲なのかだろう。
確かに踊れない曲ではない。志村けんのだいじょぶだぁでも、番組内で踊ってたし。 水森かおりがあんなに売れてる理由が分からないな
美声でもないし大して上手くもないのに、結局長良の力か 盆踊りで都はるみの「好きになった人」が盛んに用いられるのは、様々な情報で私の知る限り、
ここ団地祭に限った事ではなく、広く行われていることである。 都はるみ「好きになった人」1985年10月3日、姫36歳、引退を大みそかに控えたコンサート「帰去来」でのやはり、エンディング歌唱。
https://www.youtube.com/watch?v=GLVWOHASpno
1990年5月10日、復帰コンサート、姫42歳。ともにNHKホールにて。
https://www.youtube.com/watch?v=WLR7YEBmDHw はい! お待たせしました。
『都はるみ姫』の「どこがどう可愛いと思うのか説明しろよ」との事ですが、
答えは至って簡単で当たり前の内容になります。
『都はるみ姫』のすべてが、どうにもなく可愛いのです。 今日も空気読めないボケジジイは気持ち悪い書き方で自己満足か
さっさと消えろ >>62
他人にわかる様に説明しないと話しにならん
ダメだこりゃ 62は具体的にどこが可愛いか、自分でも言えないんでしょう。
例えば、鼻くそみたいなほくろが可愛いとか、ね。 森山愛子は話し声がアニメ声でもあまり生かされてないな 『都はるみ姫』の歌声と歌い方は大変に個性的ですが、20代30代は特に、
色彩鮮やかな艶(つや)と満ち溢れるような量感のある、七色の絹の歌声と言え、
非常に素直で軽快で、濁りなく明るく澄み切っています。
『都はるみ姫』の迷いのない自信と確信に溢れる強烈で強靭な歌声は軽妙な音調に乗り、
山紫水明麗しき日本の風景のように刻々と姿を変え、大きな感銘と感動を聴く者にもたらしてくれます。
『都はるみ姫』の「歌唱」には一般で見る標準の、100倍のクオリティとパワーが凝縮されています。
『都はるみ姫』が、全身全霊で歌い舞台狭しと縦横無尽に忙しく歩き回るその姿と愛くるしい表情は喜悦に満ちていて、いとあわれ。 終末末世の人類史上、神が満を持して御心を託したその名、
黄金の光背と七色の虹のアーチを戴いた永遠に輝く栄光の名は、
ああ〜苦海に彷徨える過ぎ去りし魂達、
今日を生きながらえた魂達よ、歓喜を持って聞こう!
神託の栄光のその名は『都はるみ』、この人なのだ。 >>70 『いとあわれ』の『あわれ』は古語で、現代語に訳すると、以下の意味として用いました。
しみじみとした思いだ。趣深く感じる。しみじみと心打たれる。すばらしい。しみじみとかわいい。いとしい。尊く、ありがたい。 >>57
同意。下手とまでは言わないが。
同じ長良なら寿美の方がよっぽど上手い。 田川寿美は森山愛子と同じ話し声と歌声にギャップがあるタイプだな。歌声が太くて可愛いくない 寿美もそれほど上手くないけどな
岩本公水、川野夏美らと一緒に歌ったのがあるけど、2人に比べるとおちるわ 曲によりけりだが総合的にみたらその2人よりも上てすわ。
川野とはまぁ良い勝負だけど、岩本は大したことない。 まぁ寿美も25〜30位が一番良かったけどな。
今、飛び抜けて上手い歌手なんていないからねぇ。 『平成の都はるみ』は1年間の御休養中ではありますが、いたって、お元気のようです。 寿美さんは、時々歌詞を忘れて、頭が真っ白になって
、しばらく静止するようだが、歌詞のメモは持っていた方がいい。 細川と寿美は良く忘れるよな。細川にはひばりがよく怒ってたよ。 細川は弟子の杜このみにもネタにされてるし、もともと記憶力が弱いんだろ 最近デビューする歌手って民謡系が多いけど、民謡系歌手の歌声はあんまり可愛くないし似たような歌声ばかり 民謡系は声を張りすぎる傾向があるから、歌の幅が狭い
若手に限らずベテランにも言えることだな 演歌はマイクとか機器が出来て以降の歌唱法だが、民謡は機器のない時代からの伝統芸だからみんな声量はあるな。 このみは声を張り上げる系は上手だけど演歌や歌謡曲はまだまだだね。
かもめの海峡赤盤と緑盤買ってみたが、民謡入りの方は聞き惚れてしまうほど良かったけど、真っ赤な太陽と夢一夜は物足りなかった。
特に夢一夜は低音が全く出てなかったよ。 このみは子供の頃から民謡一本で、ポップス歌謡曲は、民謡の邪魔になると殆ど歌うことはなかったんじゃないかな 船村徹も、声を張り上げて歌う細川たかしの矢切の渡しを嫌ってたな 杜このみのブログ読んでたら「思い出さん今日は」が音域広い上、可憐に歌わなくてはならず大変だったと書いてあったから
動画見てみたら確かに高音も低音も出てなくて四苦八苦してた。民謡の経験が全く生きないタイプの曲はダメだな。 杜このみの歌声を聴いていたら、ソン ソフィイ(17-8歳)のあの天才的歌唱が思い出されてきた。
楽曲の中でなんとなく似ているなと感じる曲があります。
https://www.youtube.com/watch?v=YhMMiMpPJxw ソン・ソフィイは韓国の演歌の女王イ・ミジャの代表曲「椿姫」も歌っていてアルバムに収録されている。
彼女が日本で活躍できれば「美空ひばり」と「都はるみ」の再来となるだろう。 島倉千代子の初期の曲は16〜8歳の女子高生演歌だからな。
時代も違うし、可憐さなんて表現できるとしたらモンゴルあたりの女子高生に歌わせるしかない。 モンゴルの女子高生は、みんな朝青龍みたいな顔してそう。 >>97
そーだそーだ40のおばさんに歌わせるなよ 杜このみは、島倉千代子やちあきなおみの歌で練習すればいい
このみの東京だょおっ母さんなんて、聴けたもんじゃない