2012年9月30日 読売新聞 文化面
『消えたヤルタ密約緊急電』 岡部伸著
評・山内昌之(歴史学者 明治大特任教授)

この小野寺信少将は、ヤルタ会談でドイツ降伏後90日以内にソ連が日本に参戦する密約が結ばれた
事実を掴み、最高機密を本国に緊急電で知らせた。
 この情報は日本に届かなかったとされているが、著者は各種の史料や聞き取りを通して、電報が
参謀本部に届いていたのに、作戦課の思惑で握りつぶされた事実をほぼ確実につきとめた。無視した
理由は、政府が進めていたソ連を仲介者とする和平工作が頓挫し、ソ連不戦を前提に計画された
陸軍の本土決戦の青写真が崩れてしまうからだった。
 この責任者はほぼ瀬島龍三中佐だったと推定される。もし作為がなく早期降伏が実現していれば、
回避できた悲劇は多い。沖縄戦、原爆投下、シベリア抑留、中国残留孤児問題、北方領土問題。
これらの一部あるいは全部を避けられたかもしれない。