人間って4んだらどこに行くの?
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>>1
死んでもどこにも行かない、腹は空かない、眠らない、しかし性欲はある >>13
だって前世をまとってないもん
そう考えるのが自然じゃないの? >>26
ディープインパクトの子供とは言ってないぞ
悪意で広まっていくに勝手に誤解されているだけだ たいてい火葬場だな
たまに森や林に埋められたり海に沈められる奴もいるけど 寝て起きた時夢見ない時あるよな?
気づいたら朝みたいな。
つまり眠るとは死と同じだと思う。
違う? >>38
山陰地方で鳥葬の看板を揚げてる葬儀屋があった。
マジで鳥葬?日本で?と思ったが、単に名前の略だったらしいと聞いて納得した。 >>39
うんそれで正しいよ つまりノンレム睡眠の状態ね
夢を見ない深い眠りの状態 完全に「個」の「意識」が存在しない状態
死んだら永遠にあれが続くだけだよ
何の驚きも何の斬新さもない ただそれだけだ 珍しいパターンだと硫酸で溶かされたり
破砕機で魚のエサになったりな まあ何かはあると思うけどね
宇宙誕生の瞬間とか外から誰かしらの意思が働いたわけだから生き物の生死も当然意味がある ものすごく引き伸ばされて無になるともすべてになるとも
どっちにも解釈できるような状態になる
とかかねえ >>44
>宇宙誕生の瞬間とか外から誰かしらの意思が働いたわけだから
いや別に誰の意思も働いてないと思うけど・・
人間は宇宙を誕生させた「エネルギー」がどうやって生まれたのかがわからないだけであって、
「誰かの意思」とかいうとらえ方はちょっと違うと思われる
>生き物の生死も当然意味がある
いやないだろうね・・
「生命」ってのはこの宇宙における単なる物理現象の一端というだけだろうね
昨日NHKでやってたけど、近い将来人間は「人工生命」を作ることが出来るらしい
であれば尚更生命は「単なる物理現象」ということになる
人間みたいなゲス生命体が作れる「生命」なんて何の意味もないということだよ
もしも「生命」が人間ごときには絶対に作れない高貴で崇拝的なものであったならば、何らかの意味はあるんだろうけどね・・ 直径500キロの隕石が地球に落ちても、そんな眠たいこといってられる余裕あるのかよ >>49
そのエネルギーが生まれるのが自然現象では有り得ないんじゃないの
無から有は生まれない >>51
いや完全な「無」なんて存在しないはずだよ
現代科学において、「真空」からエネルギーが発生する現象は既に確認済みだしね >>53
科学的な事は解らんが
俺の中の死んだら「無」は意識レベルという解釈でいる
脳が活動を停止する事で何も感じなくなる
今は火葬だけど、肉体もやがては朽ち果てる
あの世なんて存在しない 生きとし生けるもの全てに魂が宿るなら
地球が消滅したらどうなるんだ?
地球の寿命は後10億年程度かね?
この広大な宇宙には知的レベルで無くても生命は必ず存在していると思っている
今までに数多の星が消滅しているけど、その中には生命が存在した星も有ったと思う
その生命の魂はどうしているんだ? 自分がいなくなったらこの世界もなくなるよ。
俺が認識してるからこの世界があるわけだから。 >>56はある意味確信を突いていると思う
今自分が生きているからこそ、この世界にある全ての「存在」を認識出来るわけで・・
そう考えた場合、遠い将来、地球は寿命によって膨張した太陽の熱で溶けてしまうわけだが、
地球(の生命)という「自我」が消滅した場合、その後の宇宙は何の為に、誰の為に存在するのだろうか?
なんか怖い・・・。 目が閉じた後目が開いた所に行くんだよ
夜寝た世界と朝起きた世界は似てるようで実は違う >>57
>>56はある意味確信を突いていると思う←×
>>55と>>56はある意味確信を突いていると思う←〇 死んだらどこ行くかより、自我が目覚める前の意思はどこにいたんだ のほうが気になる 死んだら肉体は終わる
しかし 魂は宿る
宿らない人も要る
私の母は 臨死体験した
10時間意識無し
目覚ました時 問いに答えた
母「一面の花畑を進んで居た!すると遠くから水の流れてる音が聞こえた!其処で目覚めた!」
私「川を見たの?」
母「見て無い!サラサラ水の流れる音だった」
この話と同じく語る芸能人テレビ出た!
また 丹波哲郎の話にも 出た!
細木数子の話にも 出た! 私の祖父の母の亡くなった命日(35歳亡)に 祖父の嫁は産まれ
祖父の嫁(他府県産まれ)に成った!因縁めいて要るね!かなり!
更に私の長男の誕生日は 嫁の伯父さん(1歳亡)の月日同じ!
因縁って 有るんだなと! 老いは、死と事情がよく似ている。
人によっては、こともなく老いに立ち向かうがそれは彼らが他人より勇気があるからではなくて、想像力に乏しいからだ。
人は愛するものを否認してこそ、初めてそれを作り出すことができる。
恐らくは、 私の書く本もまた、私の生身の肉体と同様に、いつかは死ぬことになるだろう。
けれども、死んでゆくのはやむを得ないことを認めなければならない。
十年後には自分自身がいなくなるだろう、百年後にはもはや自分の本もなくなるだろう、という考えを人は受け入れる。
永遠の持続は、作品にも人間にも約束されていないのだ。 行くとこなんかねーよ
そもそも生きてても行くとこねーし 我々を含む全ての地球上の物質は地球が生んだものであり、我々もその辺に転がっている石ころも同じ地球が生み出した物質に過ぎない!
我々だけが特別な存在だと思っているのはその人の脳内だけで起こっていることであり、其れを多くの脳内で共有すると其れが現実として錯覚される! >>56
デカルトもそう言ってるよね
これを克服するのは難しいぞ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています