「魏志倭人伝に登場する會稽東治が、夏の時代の太湖を中心とした狭い範囲の何処かであり、上海付近なのだ。」
という真実について詳しく発表します。

まず、魏志倭人伝では東治です。東冶は、あまり頭の出来栄えが良くはない人物が、魏志倭人伝よりも後の時代に、勘違いし書き直してしました。
そして、「魏志倭人伝に登場する會稽東治が、夏の時代の太湖を中心とした狭い範囲の何処だ。」という命題は、
>>14に説明し、完全に証明した「魏志倭人伝に登場する會稽が、夏の時代の太湖を中心とした狭い範囲の會稽なのだ。」という真実から導けます。
そして、東治は蘇州か、良渚城の東方の海岸か、今でも上海に地名として残っている中国大陸で唯一の「東治」のいずれかである可能性が高いです。