0001右大臣・大ちゃん之弼 ★@無断転載は禁止
2017/07/06(木) 18:47:33.50ID:CAP_USER1996年における中国の名目GDPは8672億ドルで世界第8位。第2位日本の18%、第1位アメリカの11%に過ぎなかった。それが20年後の2016年には13倍の11兆2182億ドルに拡大、世界第2位まで順位を上げている。この間、日本はわずか2%しか増えていない。その結果、2016年における中国の名目GDPは第3位日本の2.3倍に膨張しており、第1位アメリカの60%に達している(データはすべてグローバルノートより)。
返還当時、香港最大の強みはレッセフェール(自由放任主義)であると言われていた。香港は、中国を背後に持つことに加え、“世界で最も自由な地域である”ことから、欧米金融機関が群がり、アジア有数の金融都市として繁栄した。
当時、多くのエコノミストたちが、香港返還と共に香港の魅力は低下するだろうとみていた。逆に本土金融市場は国際化、自由化が進み、香港の国際金融都市としての位置付けは、やがて上海に取って代わられるだろうと予想していた。
しかし、結果は違った。香港は、欧米金融機関にとってはアジア最重要拠点に成長し、本土金融市場は上海を含め、依然としてローカル色の強い市場に留まっている。香港は中国取引の窓口として発展し、上海は国内市場の中核として発展している。それぞれの役割分担は20年経っても大きく変わっていない。
7月3日、香港では海外投資家が香港証券取引所を通じて中国本土の債券を売買できる「債券通」が始まった。海外投資家に対して、直接本土市場を開放するのではなく、香港証券取引所を窓口として、海外投資家の売買を明確に区別し、管理する方法で市場参入を認めている。
こうしたシステムは株式でも同様である。外国人個人投資家の取引は、上場銘柄の一部に限られ、1日の取引量には制限(市場全体の総額)がある。香港証券取引所が注文を受け、それを上海、深セン市場に繋ぐ仕組みである。外国人の注文を区別し、管理する方法で取引を認めている。機関投資家は海外適格機関投資家制度を利用して取引することもできるが、こちらの方法でも、窮屈な規制が存在する中、当局から厳しく監督管理される。
本土の投資家が海外に投資する場合も同様である。債券については売買できるのは機関投資家だけで、国内適格機関投資家制度を利用しなければならない。株式については、国内機関投資家制度を除けば、上海、深セン市場が窓口となる方法でしか海外株を買うことができない。しかも、買うことのできるのは一部の香港株のみである。
人民元通貨の動きを国家がコントロールするためには、どうしても、オフショア、オンショアで市場を区別して、分離しておかなければならない。そのためには、株式、債券などの金融取引も分離しておかなければならないのである。
金融市場はの自由化に伴うリスクは計り知れない
中国がかたくなに金融資本市場の完全自由化を拒むには理由がある。香港返還直後に発生したアジア通貨危機が最大の要因である。欧米機関投資家による“悪意のある投機”によって、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国、香港などの金融市場は大きなダメージを受けた。一方で、一部の欧米機関投資家が巨額の利益をむさぼった。金融市場はまず、国家発展のために存在すると考える中国にとって、自由化に伴うリスクは計り知れない。
日本では1996年11月、当時の橋本政権が提唱した金融ビッグバンにより、資本の自由化、国際化が進展した。その過程で、銀行による株式保有、事業会社による持ち合い構造が崩れ、それと共に株価は大きく調整するとともに、海外投資家が主要プレーヤーとしてさらにプレゼンスを高めることになった。
現在の日本市場は、株価を支えるためにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などの公共法人や日本銀行が多額の株式を買い支えている。結果的に、かれらの買い支えが、規模の大きな“悪意の投資家”から資本市場を守っているのだが、その姿は、自由、公正、国際化といった金融ビッグバンの精神からは大きくかけ離れている。
20年という大きな時間軸でみれば、日本経済は依然として不振の域を脱していない。中国、香港の発展を見る限り、日本経済の不振の一端は金融資本市場発展戦略の失敗にあるのではないかと思う。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサル ティングなどを行うTS・チャイナ・リサーチ代表。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」、メルマガ「週刊中国株投資戦略レポート」も展開中。
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2017年7月6日 16:00