日本のスーパーコンピューターの将来を光が照らしている。その名も「暁光(ぎょうこう)」だ。計算速度の世界ランキングで11月に3位に躍り出る見込みで、来年にはトップを目指す。開発を手掛けるのはベンチャー企業。「米中には負けられない」と強い使命感で突き進む。(原田成樹)

秋に世界3位へ

 年に2回発表されるスパコンの計算速度の世界ランクで今年6月、海洋研究開発機構・横浜研究所の暁光が69位に初登場した。まだ一部しか稼働していないが、11月までにフル稼働すれば国内トップの東大・筑波大を抜き、一気に世界3位となる見通しだ。

 ペジーコンピューティング(東京)を中核とするベンチャー企業グループが開発した。1つの演算処理装置に千個以上の回路を搭載して効率を高め、超高密度の半導体メモリーを採用。装置の冷却は従来のファンによる排熱ではなく、液体に丸ごと浸して強力に冷やす。日本の独自技術を詰め込んだ特注マシンだ。

 世界トップの座は日米中が激しく争ってきた。日本は2002年に海洋機構の「地球シミュレータ」が首位となったが、その後は米国が逆転。11年には理化学研究所の「京(けい)」が首位を奪還したものの、現在は8位に後退し、中国が9連覇中で独走している。

 各国が次の目標として狙うのは20年前後に登場する「エクサ級スパコン」で先陣を切ることだ。エクサとは1兆の100万倍を意味する言葉で、京の百倍もの計算速度を発揮する。

 国営新華社通信によると、中国は20年にエクサ級への到達を目指す。米国は「遅くとも21年の達成」を掲げ、政府がメーカーの開発を支援するプロジェクトを6月に立ち上げた。

「エクサ級」で先陣

 一方、日本は国家戦略として「ポスト京」の次世代スパコンを開発中だが、演算処理装置の設計変更などで運用開始は当初の20年度から1、2年遅れる見通しだ。そこに現れたのが暁光で、能力増強により来年にもエクサ級の世界一番乗りを目指している。

 ペジーコンピューティングを率いる斉藤元章社長(49)は医師で東大付属病院に勤務していた異色の経営者だ。10年に同社を創業した。

 開発を手掛けたスパコンの番付デビューは14年。独自の演算処理装置を搭載し高エネルギー加速器研究機構に設置された「Suiren(スイレン)」が369位に入った。先進性を示す重要指標の省エネ性能では2位に輝き、米国製部品を使い2連覇していた東京工業大の「TSUBAME−KFC」を上回った。

 スパコンは性能を決める主要部品の中央演算処理装置(CPU)などで米国製品の寡占化が進み、日本メーカーにとって逆風が続いている。

 気になるのは中国の動きだ。CPUの開発が本格化したのは2000年以降で日米と比べ“周回遅れ”とみられていたが、独自開発の「神威太湖之光」が昨年6月、いきなり世界トップで登場。省エネ性能でも3位の実力をみせた。

 スパコンの稼働台数は今や米国と並び、相当な国内需要があり、今後は世界市場に食い込む可能性もある。

 こうした状況を指をくわえて見ていては、日本はスパコンの技術基盤や人材を失うと斉藤氏は危惧する。

AIで科学牽引

 高性能スパコンの開発はなぜ必要なのか。斉藤氏は、人工知能(AI)が囲碁や将棋で人間には思いもよらない手を打つようになった点に注目する。

 現在の自然科学の研究では科学者が仮説を立て、実験で確認し、新理論が誕生するという流れが一般的だ。

 しかし今後は、スパコンに搭載したAIが大量のデータから多くの仮説を立て、これをシミュレーション(模擬実験)で検証し、次々に新理論が生まれていくとみる。一部の科学者らが真剣に議論する「AI駆動型科学」の到来だ。

 「2位じゃ駄目なんでしょうか」。高性能スパコンの開発は旧民主党政権の事業仕分けでやり玉に挙がったが、日本の競争力を維持する上で欠かせない。

 スパコンの回路設計はどんどん複雑化しており、次の世代を作るためにも高性能な機種が必要だ。斉藤氏は「競争に遅れると、科学技術全体が二度と追いつけなくなる時代が来る」と力を込めた。

http://www.sankei.com/premium/news/170806/prm1708060011-n1.html