《パフォーマンス学の権威として知られる佐藤綾子氏が、「リーダーたちに学ぶ伝え方」として、各界の第一線で活躍するリーダーの所作を通じ、社内でのプレゼンテーションや営業トークといったビジネスの現場で役立つテクニックを伝授します。産経ニュースへの特別寄稿です》

強調したのは「民族の統合と繁栄」

 今年5月、世界中が注目する中で韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(64)が誕生しました。まず、その就任演説を見てみましょう。そこにはバランス感覚が見えます。集まった人々に均等に視線を送りながら穏やかな口調で演説した文氏。

 同じ就任演説でもトランプ米大統領が16分20秒の間に112回もOKサインを繰り出し、両手をバンバン振り上げたのとは対照的に、両手は体側に自然に垂らしたまま、一度も腕を振り上げることはしませんでした。

 特に声を大きくすることもなく、どちらかというとフラットな口調で演説を終えました。多分、これが彼の目的だったのです。

 穏やかなジェントルマンという感じの演説の中で彼が強調したのは、「民族の統合と繁栄」です。今までの人々の苦労に触れることも忘れませんでした。多くの若者が犠牲を伴って作りたかった理想の大韓民国を畏れの感情をもって作っていくというので、非常に謙虚なビジョンの提示です。

 それを具体的にするために、話し合いを重視すること、重要な案件は常にマスコミにブリーフィングすること、北朝鮮とも話し合いをすること、都市名まで挙げました。平壌にもワシントンにも東京にも必要に応じて飛んでいくと言うのです。

 そして演説をイメージ付けた低姿勢は言葉でもその通りに言いました。「国民目線で、低い視線で、仕事をしていく」と言ったのです。清廉潔白な大統領になる。全身全霊をかけて国民の自慢となるような大統領になるというのです。

 これについては彼より前の2人の大統領の悲劇がおそらく意識されています。在職中なのに逮捕されて、結局、大統領の座を追われた朴槿恵(パク・クネ)氏。

 せっかく大統領になったのに政権末期は実兄らの不祥事で支持率が低迷し、その座を追われるようにして去らねばならなかった李明博(イ・ミョンバク)氏。この2人、あるいはそれ以前の全ての大統領の終わり方をイメージして、自分は故郷に帰って平和な話し合いができる大統領になるという宣言です。

 皆さん、よく注目してください。大統領就任演説としてはかなり変わっています。一体どこの国のどの大統領が、それ以前の大統領について「不幸な歴史が続いていた」と明言するでしょうか。

 清廉潔白な大統領として国民目線で国民の自慢になる大統領として終わりたいと、始まったばかりで終わり方について話をしたでしょうか。この辺りが、韓国の国民と大統領の歴史の特異性を物語っています。

ネクタイの色ではないところに心理作戦

 不幸な歴代大統領の上に自分が誕生したこと、自分は派閥を持っているわけでもなく、大金持ちでもない。この点、父親が大統領だった朴氏とは大きく違います。李氏が貧しい中で母親を助けながら食料が不十分な中で育ってきて、韓国ビジネスで大成功したこととむしろ近いかもしれません。

 でももっと注目すべきは弁護士になるのが天文学的に難しい韓国で弁護士試験に合格して弁護士をやっていたという頭の良さです。大金持ちの出身ではない。政治家の家に生まれたわけでもない。祖母は北朝鮮からの脱北民である。

 しかし弁護士になった。そういう人が大統領の座に着いたわけです。当然用心深く、現在置かれた環境を全て利用しようと細心の注意を払います。それがもっともよく現れたのが7月7日でした。

 7月7日(日本時間)、独ハンブルクでの日米韓首脳会談を見てみましょう。

http://www.sankei.com/life/news/170808/lif1708080002-n1.html

>>2以降に続く)