日本のインターネットの中で、未だに無視することのできない勢力を保ち続けている「ネット右翼」。その活動はネット上だけにとどまらず、街宣活動やデモと、現実世界にも侵食を始めて久しい。彼らの主張はどのように生まれるのか? いつ、誰がこうした言説を発信し始めたのか? 

気鋭の保守論客がその知られざる歴史を解き明かす本連載。今回は序論として、「ネット右翼とは何か」をまず考察・定義する。

「右傾化」では言い尽くせない

思想的内戦――。この言葉が、現下の日本社会を形容するうえでぴったりくる。右翼と左翼の対立がここまで激化した時代、そしてそれがネット空間を苗床として、いまや至る所で頻発するのは、日本史上初めてのことかもしれない。この原因の一端が、「ネット右翼」(ネトウヨ)にあることは言うまでもない。

2002年の日韓共催W杯を契機に、インターネット世界に繁茂しだしたネット右翼。その歴史は、今年でもう十五年になる。

インターネット上の掲示板やSNSを観れば、未だに中国や韓国、或いは民進党への呪詛で溢れている。ネット「だけ」を覗けば「日本は右傾化した」と観測されるのも仕方がない。その「右傾化」の中核を担ってきたのが、ネット右翼と呼ばれる一群の人々である。

実際には、彼らの数的実力は限定されている。よって「右傾化」とはネット空間の中にのみ限局されたものだ。しかし、国民皆ネット社会になり、彼らネット右翼の言説が時として実勢を大きく上回る力を得るようになったこともまた事実である。

何故、彼らネット右翼はここまで伸長したのか。あるいは、逆に言えば何故「この程度」でその影響は頭打ちになったか。ネット右翼は外部から見ると巨大に思えるが、内部から見ると実寸に見える。この奇妙なねじれは如何にして発生したか。

真相は、「右傾化」という三文字では到底説明することのできない歴史の積み重ねに求められる。

ネット右翼誕生から、十五年。この数字的区切りの良さを一つの奇貨として、この発生から現在に至るまでの期間を、ひとつの通史として総覧し、纏め、世に問うてみたい、という思いで出発するのが本稿である。

実は激しい「内部対立」

私はこれまで、数えきれないほどのネット右翼と呼ばれる人々と接してきた。当初は、私自身も些かネット右翼的性質を持っていたがために、寧ろ彼らを微温擁護する「身内の側」としての立場で、言い換えれば単純な知人・友人関係に近い、同じ目線での付き合いであった。

しかし、やがて数年を経て私は彼らの思考的狭隘性、偏向性を痛感し、彼らと距離を置きだし、むしろ彼らの特異な世界観を格好の分析対象・観察対象とするようになった。本稿は、ネット右翼との関係性が切り替わることとなった、私のここ十年弱の個人的体験をも踏まえてのものである。

何故私と彼らネット右翼の関係性がこのように変化したのかは、長躯となるので後述する。

まず今回、通史に入る前に、基礎的ないくつかのネット右翼にまつわる前提、「了解事項」を整えておこう。結論から言えば、ネット右翼は「保守系言論人や文化人」の理論に寄生する熱心な消費者のことを指す。

巷間の「通説」では、ネット右翼とは、「インターネット上で右派的、保守的な世界観を開陳し、盛んに発信する人々のことを言う」といった教科書的解説がなされる場合があるが、私はこの定義を採用していない。

これではあまりにも雑駁で、もはや古典化したネット右翼の定義づけに過ぎない。「ネット右翼=ネット上で右派的なことを述べる人々」という粗雑な定義では、彼らの実情を十分に捉えることはできない。いまやネット右翼といっても、必ずしもインターネット世界の中に自閉した存在ではないのだ。

それが根拠に、ゼロ年代中盤ごろから「行動する保守」と自称するネット発の運動団体が結成され、街に繰り出し、嫌韓(嫌在日コリアン)・反中の怪気炎を上げる各種示威的デモをくり返すようになった。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52434

>>2以降に続く)