挑発行動をエスカレートさせている北朝鮮に対して、アメリカは宥和政策的な態度を見せ始めた。しかし、歴史をひもとけば、安易な宥和政策がナチスドイツの暴走を引き起こしたように、ひと安心できる話では決してない。(ノンフィクションライター 窪田順生)

金正恩はアメリカから「交渉」という言葉をもぎとった

 「過激な挑発行為をすればするほどおいしい見返りがある」と、さらに事態がエスカレートしていく恐れがはないだろうか――。

 日本列島の上空を飛び越え、グアムからわずか30〜40キロの海に着弾するという中距離弾道ミサイル発射実験をぶちあげた北朝鮮に対し、アメリカのティラーソン国務長官とマティス国防長官が、真摯な態度で核実験やミサイル発射を即時中止した場合は交渉をする用意がある、とウォールストリートジャーナルに寄稿した。

 この「シグナル」を受けて、北朝鮮の金正恩委員長は「愚かなアメリカの行動をもう少し見守る」と述べ、依然にらみ合いが続いているとメディアは報じるが、このギリギリの神経戦の末、アメリカ側から「交渉」という言葉をもぎとった意味は大きい。

 とりあえずテーブルにつくという姿勢だけでも国際社会に示せば、各国の制裁の取り消しを求めることができるかもしれない。また、アメリカと対等の立場で交渉するということなれば、反米を掲げる国からの支援を受けやすい。

 もし仮に交渉がスタートしても、いつものような無理筋の主張を繰り返して協議を長期化させることもできる。それは裏を返せば、アメリカ本土に届くICBMの開発をおこなう十分な「時間」が確保できるということでもある。

 つまり、「交渉」という言葉を引き出した時点で、北朝鮮はこれからのアメリカとの「神経戦」で、かなりのアドバンテージを得たという見方もできるのだ。

 そのような北朝鮮の戦略を見ていると、ひとつの疑問が浮かぶ。いくら駆け引きとはいえ、なぜここまで好戦的な態度を取り続けることができるのかということだ。

反戦平和のために核保有!日本人にはわかりにくいロジック

 「外敵」の脅威を煽り、国民の不満をそちらへ集中させておくというのは独裁統治の基本だが、歴史を振り返れば、挑発行為が武力衝突に発展してしまうケースは少なくない。本格的な対米戦争になれば、金正恩はフセインやビンラディンのように「斬首」される危険もグーンとあがる。

 もはやヤケクソのようにも見える好戦的なスタンスに、なにやら底知れぬ恐ろしさを感じる方も多いだろうが、実は彼らが好戦的になってしまうのはちゃんと理由がある。

 それは、北朝鮮という国が、よその国と比べ物にならないほど、強烈に「反戦平和」を追い求めているからだ。ややこしい話になってしまうが、どんな大きな犠牲を払ってでも、平和を維持したいという欲求が誰よりも強いがため、あの国は戦争も辞さぬという姿勢を先鋭化させているのだ。

 たとえば今、アメリカ国内では北朝鮮に持たせるか持たせまいかと議論が沸いている「核」などがわかりやすい。北朝鮮がNTP(核拡散防止条約)から脱退して、国際社会に対して核兵器の保有を宣言したのは2005年2月なのだが、その少し前の1月1日、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」と「朝鮮人民軍」「青年前衛」という3紙が共同社説として以下のような主張をおこなった。

 「反戦平和のための闘争を果敢に繰り広げなければならない」

 この国のメディアはすべて国のスタンスをそのまま広報するものだということは説明の必要がないが、そのなかでも1月1日の共同社説は特別な意味を持つといわれる。その年の方向性を人民に示しているからだ。

 要するに、アメリカという恐ろしい「悪」が攻めてきて戦争を仕掛けてくるので、平和を守るためには「核」を持つしかないというのが北朝鮮の根っこにある信念であり、金正恩も、その「反戦平和のための闘争」という基本路線を踏襲しているにすぎないのだ。

 「反戦平和のための闘争」というのは声に出してみると、その支離滅裂さに気づくが、北朝鮮に限らず社会主義国家では、こういう考え方はわりと普通だ。

http://diamond.jp/articles/-/138924

>>2以降に続く)