北朝鮮で何かことをなそうと思えば、必ず直面するのがワイロの要求である。進学や就職にコネが効くのは言うまでもないが、ここでもやはり、口をきいてくれる人へのワイロ(付け届け)が必須となる。

仕事だけではない。医療体制が事実上、崩壊しているために、病院でまともな診療を受けるにも医師たちへのワイロが必要になる。

ワイロを用意できなければ、麻酔なしで開腹手術をするといったような、身の毛もよだつ体験を強いられかねない。

また軍隊においては、男性の上官が権力を振りかざし、昇進をちらつかせたり不利益を与えると脅したりして、女性兵士に「性上納」を強要している。

ちなみにワイロとして使われるのは、金品だけではない。

牛肉などの高価な食べ物や、あるいは覚せい剤やアヘンなどの違法薬物が贈られることもある。

そして、北朝鮮において最もワイロの「集金力」が高い組織が、秘密警察の国家保衛省(以下、保衛省)である。人々をスパイ容疑などで捜査・逮捕し、政治犯収容所へ送る権限を握る保衛省ににらまれたら、北朝鮮ではほとんど何もできなくなってしまうからだ。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、最近、北朝鮮・新義州(シニジュ)在住の40代女性が遠く離れた東海岸の羅先(ラソン)で保衛省に逮捕された。

この女性は、中国から品物を取り寄せ北朝鮮国内に卸す商売をしていたトンジュ(金主、新興富裕層)だ。

北朝鮮で手広く商売をするには、権力機関とのコネが欠かせないが、彼女は何らかのいきさつで地元の保衛局の幹部と知り合い、莫大な額のワイロを手渡していた。

幹部は、それと引き換えに彼女を庇護し、受け取ったワイロを上役に上納することで、権力を謳歌し、財産の山を築いていた。つまり2人は共存共栄の関係にあったわけだ。

それを妬んだ別の幹部たちは、金正恩党委員長の方針で、解任に関する規制が強化されたことを利用し、この幹部を権力の座から引きずり降ろそうとした。

つまり、女性を拷問にかけるなりして、幹部の不正行為を洗いざらい吐かせようとしたのだろう。それを知った別の幹部が女性に「逃げろ」と耳打ちした。

7月中旬、女性は羅先に逃げ友人宅に身を潜めていたが、15日後に脱北未遂の容疑で逮捕され、新義州に護送された。一般人であれば、脱北未遂の明確な証拠がないため、軽い処罰で済むだろうが、この女性の場合はわからない。

なまじ保衛局に深く入り込み、幹部らの不正を知り抜いていただけに、もしかしたら口封じで処刑されることもあり得る。少なくとも、教化所(刑務所)送りは免れないだろう。

あるいはこの女性も、より多くの保衛局幹部を買収できるだけの資力があればこんな目に遭わずに済んだのかもしれない。

地獄の沙汰も金次第とは言うが、北朝鮮で「地獄の沙汰」をひっくり返すのには途方もないカネが必要であるようだ。

高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。

http://dailynk.jp/archives/94516