つい先日の話ですが、夏休みがもう終わろうという8月29日の早朝に、北朝鮮が津軽海峡上空を越えて弾道ミサイルを発射しました。

これによって全国瞬時警報システム(Jアラート)というシステムが作動し、主に東北を中心に携帯電話などから警告が鳴り響いたり、鉄道各社が運行を見合わせるなど、一時的に日本各地で混乱が発生しました。

もちろんこのニュースを聞いて

「またミサイル発射実験か」

と感じたかたもいらっしゃるとは思いますが、今回が前回までと違ったのは、北朝鮮が予告なしに実験を行い、しかもJアラートが実際に鳴らされたという点です。

とりわけこのJアラートの作動は、それを聞いたほとんどの国民に対して「警戒すべきだ」という心理的なインパクトを与えたように思えます。

幸か不幸か、私の住んでいる地域ではJアラートは発動しなかったのですが、今回ネットの意見で極めて印象的だったのが、この発動に対して、日本政府、もしくは安倍政権に対して極めて批判的な声が多かったことです。

その典型が、ホリエモンこと堀江貴文氏がツィッターに「こんなんで起こすなクソ」と書いて炎上したケースでしょう。

たしかに早朝の朝6時前後に突然前触れなしに警報を鳴らされたら誰かに文句の一つも言いたくなるのはわかります。私も少しだけ、彼に同情したい。

ところが私が問題だと思ったのは、その怒りの矛先を、ミサイルを発射した当事者である北朝鮮、もしくはその指導者である金正恩に向けず、なぜか日本政府と安倍政権に向けた人がけっこういたという点です。

世界中のどの国にも、政府に対して不満を持つ層が一定数いることは当然なのですが、それにしても、なぜ今回は、ミサイルを発射した北朝鮮ではなく、批判すべきは日本なのか。

このような疑問について、私も長年その理由を色々と考えてきたわけですが、従来の保守系のメディアなどでは、今回のような批判的な態度をとる人々に対して、

「日本のことを本気で邪悪な存在だと見なしている」

という、いわゆる「反日派」というものや、

「彼らの故郷は北朝鮮だ」、「北朝鮮にシンパシーを感じている」

という意見が長年にわたって展開されてきたわけです。

ところが私は個人的に違うなぁと感じておりまして、なぜ違うのかいくつか理由を考えていたわけですが、今回なんとなくまとまったので、ここで簡単に披露してみたいと思います。

???

まず、今回の北朝鮮に絶対に悪口を言わず、その代わりに日本政府に対して批判的な人々は、大きくまとめると、以下のような五つの「学派」(school of thought)に分かれるのでは、というのが私の分析(といってもそんな大げさなものではないですが)です。

一つ目は「無視学派」です。

いきなり「無視」と言われても意味不明かもしれませんが、簡単にいえば、彼らは今回のように北朝鮮にミサイルを発射されても、そもそもそのような実体(エンティティー)は彼らの中に存在しないので、北朝鮮を批判する、というところまで意識が行かないのです。

つまり、北朝鮮を存在を無視している、もしくは見えないわけです

これはエドワード・ルトワックが私の訳した『自滅する中国』や『中国4.0』の中で展開しているような、いわゆる「大国の自閉症」(the great power autism)とそっくりな現象。

彼らの世界観の中には日本だけしか存在せず、外からミサイルが飛んできても、それは日本政府が全て悪い、という形で脳内変換されてしまうのです。

二つ目は「日本大国派」です。

日本政府に批判的な界隈の人からよく聞く言説として、「日本が挑発的な行動をとるから悪い」というものがありまして、今回の案件では慶応大学の金子勝氏の「北朝鮮も怖いが、”戦時放送”を流す安倍政権も怖い」というのがその典型。

彼らにとって、あくまでも北朝鮮の暴走を誘発しているのは日本側の態度であり、日本こそが戦争を挑発しているのだ、というロジックになるのです。

ところがこれは、実際は実に傲慢な態度だといえます。

http://blogos.com/article/243699/

>>2以降に続く)