ベトナム中部のお年寄りは今でも韓国人を怖がり、許さない

ところが、そうはなっていなかった。「文氏が謝罪した」と報じた現地メディアは、調べた限り、皆無だったのだ。ベトナムの全国紙「トイチェ新聞」でカメラマンを務めるチャン・フー・コア氏(30歳)が語る。

「文大統領は、ホーチミン市で開かれたベトナムと韓国の交流イベント『ホーチミン=慶州エキスポ2017』に寄せた祝辞(ビデオメッセージ)の中で発言したようです。式典会場には関係者以外は入れず、市民はグエン・フエ通りに設置された複数のテレビモニターを通じて文大統領のビデオを目にしただけでしょう。私は式典会場で撮影していましたが、文大統領がメッセージの中で『謝罪した』という記憶はありません。ベトナムと韓国の将来について話したという記憶はありますが」

現場で取材したメディア関係者でさえ気付かないほどの言葉を「謝罪」と言えるのだろうか。ホーチミン市在住の「グイラオドン新聞」の若手記者(23歳)に、韓国メディアは「謝罪した」と報じたことを伝えると、「文大統領の『心の借り』という発言は、ベトナムと韓国の将来と経済発展のためだけに発言したものだと思う」と語った。

◆これからも韓国を許さない

ベトナムと韓国の経済関係は近年強化される一方で、過去の虐殺事件について両国間で問題とされることはない。被害者や遺族に対しては、手が差し伸べられていないのが実情だ。共産党政権の統制下にあるベトナムの新聞・テレビでは、これまで韓国軍による虐殺事件が報じられたことはほとんどなかった。

しかし、当事者の抱く感情は別だ。

地元紙「フーイエン新聞」のファン・タン・ビン編集長(58歳)も昨年11月の文大統領の「謝罪」を知らなかった。

「韓国はベトナムとの経済交流をさらに進めていくと思う。でも、本当に友好関係になれるのか疑問だ。多くの虐殺事件が起きたベトナム中部のお年寄りは、今でも韓国人を怖がっているし、これからも韓国を許さないだろう。韓国人のベトナム戦争での行いは、決して忘れることができないものだ」

歴史が好きなビン編集長は、かつて2年かけて「フーイエン省の歴史書」を編纂した。その中で「韓国軍による虐殺の実態」も克明に記録している。

村人を一か所に集め、次々に銃で殺害し井戸に放り込んだ事例や、村人にすがる少女の髪を引っ張って引き離し、数人の兵士で輪姦したあと、銃剣で女性器をかき回して殺害した事例など、目を覆いたくなるような韓国軍の蛮行の数々を、記録に残している。

フーイエン省の虐殺現場の一つで、37人が犠牲となったドンホア県ホアヒエップナム村ダグウのトゥアさん、サックさん夫妻は、こう口を揃える。

文大統領がどこで何を言ったのかは知らないが、被害者らに直接話したほうが良い。支援はベトナム政府を通さずに直接するべきだ」

42人が殺された同村ソムソイのタオさんは、「韓国の文大統領の名前を聞くと、虐殺事件のことを思い出して怒りが湧いてくる。昔のことはもう忘れたい」と口をつぐんだ。

フーイエン省の北に隣接するビンディン省。ここにも韓国軍による虐殺事件の現場がある。なかでも、韓国軍の虐殺でベトナム最大の被害者数1004人を出した「ゴダイの虐殺」が知られている。

ゴダイの虐殺から50周年を迎えた2016年2月26日、慰霊碑の前に立った犠牲者代表の男性は、「韓国政府はベトナム人民に謝罪しなければならない」と訴えた。この男性は、2015年4月、韓国の民間団体の支援で訪韓した際、政府による謝罪を求めた。この男性にも、文大統領の「謝罪」は届いていなかった。

慰安婦問題で日本に求める「心からの謝罪」「自発的で誠実な謝罪」とは程遠い振る舞いを、韓国はベトナムにしているのではないか。

●むらやま・やすふみ/1968年兵庫県生まれ。立命館大学中退後、フォトジャーナリストとして主にベトナム問題を取材。

※SAPIO2018年3・4月号

ソース:NEWSポストセブン  2018.03.20 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20180320_656337.html