「もはや無効」−。よく、こんな玉虫色で完全防備された表現を思いついたものだ。日韓両政府が1965年に締結した日韓基本条約に盛り込まれた文言だが、日本の朝鮮半島統治を規定した日韓併合条約(10年締結)はもはや無効という趣旨だ。

なぜこのように、いかようにも解釈できる曖昧な表現になったかというと、日韓両政府の主張が180度異なり、妥協の余地がない中で何とか国交正常化を実現するためだった。

韓国政府は併合条約そのものが違法で、日本統治は初めから無効と訴え、一方、日本政府は合法的に条約が結ばれ、日本統治も合法的に行われたと主張していた。

併合条約が「もはや無効」という表現は、日本の立場からすれば締結当時は合法だったが国交正常化の段階で無効となったと解釈でき、韓国側からすれば締結当時から無効だったといえる。互いに都合良く解釈できる究極の玉虫色の文言が生み出されたのだ。

これまでの日韓両政府は、こうした外交上の知恵を絞りながら、何とか局面を乗り越えようとしてきた。

■対日外交を重視してきた韓国

東京大学で学んだ知日派の崔敬洛(チェ・ギョンナク)韓国国防大学院教授(当時)は共著「韓・日関係論」(85年刊行)の中で、対日外交の要諦をこう説いている。

日本人には建前と本音があることを紹介した上で、「その『本音』を探し出す方法が『根回し』だ。すなわち交渉がうまく成立するためには、前もって相手方の話をよく聞き、その真意(本音)を探り出して懸案の問題を解決する過程が必ず必要だ。よって時間は掛かるものだ」。実際、日韓国交正常化には足かけ14年もの歳月を要した。

くだんの対日外交本は三十余年前に韓国で出版されたものだが、当時、日本は米国に次ぎ、世界第2位の経済大国だった。

同書は、日本について「韓国とは一衣帯水の近隣国家として同じ自由民主主義を共通の理念として追求している国だ」とした上で、「両国が協力関係を維持していくことは韓国の国益のためにも重要なことだ」と断言している。

■日本を無視する文在寅政権

韓国の現政権は、果たして日本をそう見ているだろうか。歴史認識や領土問題で対日批判を強めた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下、日韓関係は最悪と評価された。続く李明博(イ・ミョンバク)政権下では大統領として初めて竹島に上陸するなど、さらに悪化。朴槿恵(パク・クネ)政権下では「史上最悪」と評された。

ところが文在寅(ムン・ジェイン)政権下で、日韓関係は「史上最悪」がさらに進み、「どん底」状態となっている。領土問題や慰安婦問題に加え、新たにいわゆる徴用工判決やレーダー照射問題が日韓の亀裂を広げている。

徴用工の請求権については、日韓両政府とも国交正常化に伴い結ばれた65年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決した」との立場だが、韓国の最高裁判所はこれを明確に否定した。

文大統領はその対応を知日家の李洛淵(イ・ナギョン)首相に丸投げし、いまだ解決に向けた具体的な動きがみえてこない。南北関係改善に躍起の文政権が、対北朝鮮以外にまともな外交を行っていないという批判さえある。

前韓国国立外交院長、尹徳敏(ユン・ドンミン)氏は「現政権は南北関係を中心に世界をみているのが問題だ。それに集中するあまり日韓関係は無視されている。日韓基本条約に基づく65年体制は崩壊しつつある」と危機感を募らせている。

日韓外交史に詳しい日本人研究者は文政権の対日外交の無策を批判しつつ、こう言い放った。「日韓関係は一度、破綻してしまえばいい。そうすれば文政権もようやく、その戦略的な重要性に気づくだろう」


2019.2.8 07:00
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