この不法行為例外が適用されるのかどうかが争われた国際裁判の事例がある。イタリアとドイツがICJ・国際司法裁判所で争った訴訟だ。発端はイタリアの民間人が第二次大戦中にドイツに連行されて強制労働させられたとしてドイツ政府に損害賠償を求めた訴訟で、イタリア最高裁はドイツ政府に賠償支払いを命じた。ベルギー、スロベニア、ギリシャ、ポーランド、イタリア、フランス、セルビア、ブラジルで同様の訴訟が行われ、これらの国ではドイツの主権免除が認められるなどして原告は敗訴したが、イタリアの裁判所では主権免除が認められず、ドイツ政府に賠償支払いを命じる判決が確定したのだ。ドイツ政府は2008年、主権免除を理由にイタリア最高裁の判決を無効とする事を求めICJに提訴。イタリア政府は、国家による不法行為は主権免除の例外という国際慣習法があると反論するとともに、ドイツの行為は重大な人権侵害でありドイツ政府を相手取った訴訟しか被害者を救済する手段が無いため主権免除の例外になるとも主張した。

世界的に注目された国際司法裁判所の判決は2012年に言い渡され、ドイツが勝訴した。
ドイツ勝訴という事実だけを見れば、今回の慰安婦賠償訴訟でも当然日本の主張が認められると考えがちだ。だが、ICJの判決を詳しく見てみると、そう簡単ではない事が分かる。

日本政府は勝てるのか?

ICJがドイツ勝訴を言い渡した主な理由は「武力紛争中の軍隊の行為については主権免除が適用されるとの国際慣習法が存在する」というものだった。また他に救済手段が無いとのイタリアの反論については、「国際慣習法になっていない」と却下した。「国家による不法行為については主権免除が適用されない」というイタリアの主張については、判断を示さなかった。

慰安婦賠償訴訟の原告側が、日本軍のどの行為を違法だと訴えているのかまだ判明していないが「日本統治時代の朝鮮半島で、詐欺的行為で女性を連れ出した」などと主張する事が予想される。その場合、「当時の朝鮮半島は武力紛争が起きていないので、主権免除の対象とならない」などと主張してくる可能性がある。また韓国司法は徴用工訴訟で日本の統治自体を「違法・不法」と断じていて、慰安婦問題に関する日本軍の関与についても「不法行為」と判断するのはほぼ間違いない。そして原告側はイタリア政府と同様に「不法行為は主権免除の例外」と主張する可能性がある。

こうした主張がなされた場合、韓国司法がどんな判断を下すのか?あの徴用工訴訟の判決を下した韓国司法が、すんなりと日本政府の主張を飲むのだろうか?主権免除が否定されれば、日本政府は完全敗訴する事になる。ただでさえ悪化している日韓関係は完全に破綻しかねない危機的状況になるだろう。

韓国政府が「最終的かつ不可逆的な」解決に合意した2015年の日韓合意を遵守して、すでに解散した財団を復活させれば、元慰安婦は1人当たりおよそ1000万円の支給を受けられる。救済措置の枠組みはすでに存在しているのだ。そして安倍首相も日韓合意の中で明確に謝罪している。韓国司法はこうした側面も考慮し、日韓関係を破綻に追い込む判断は避けるべきではないか。裁判の推移を注意深く見ていかなければならないだろう。