飛び交う「不穏な憶測」、背景に経済政策めぐる習近平との路線対立 (福島香織:ジャーナリスト)

ー前略ー
 このころ、ネットでは習近平が失脚し李克強が復活すればよいのに、という意見が少数ながら散見されていた。

・死因についてネットで憶測が飛び交う
 習近平第3期目が始まって以降、中国経済の激しい低迷、国際社会での孤立、相次ぐ大災害などで、国民生活の不満が高まっている。
さらに外相、国防相が相次いで失脚、解放軍の原子力潜水艦事故の噂、非常識な台湾への挑発行動が問題視されるなかで、
東欧、中東で戦争が勃発し、習近平の「戦争準備」発言など好戦的な姿勢への懸念も党内外で出ていた。

 こうした中で、李克強の復活待望論が水面下で盛り上がっていたことは想像にかたくない。
李克強は上海で休養中であったが、医療関係者の話では健康状態、精神状態はすこぶるよく、水泳が趣味でよく泳いでいたようだった。
この李克強の突然の訃報は、李克強のカムバックによって、中国を立て直すという一部党内の淡い期待も消えてしまった。

 中国のネット上では、この李克強の心臓発作を「被心臓病発」(心臓発作させられた)という表現を使う投稿もあった。
これは心臓発作ということにして、李克強が何者かに消されたのではないか、という憶測だ。
また、こうした暗殺陰謀説ではなく、李克強の現役時代、習近平に対する李克強への「いじめ」があり、
そのストレスが死因になったのではないかと考え、李克強の早死には習近平のせい、という見方をする声もあった。

 あるブログでは「上海は先端医療水準が一番高い都市。68歳で死ぬのか。死因は『1カ月1000元6億』(李克強の発言)だろう」
といったコメントを投稿し、李克強の死を悼む文章を投じていた。

 李克強死去の在外華字サイトのニュースに付くコメント欄では、「残念だ。もっとも好きな政治家だった」「逝くべきでない人が逝った」
「死去させられた!」「心臓発作させられた!」「これで習大大は気に入らない人物を完全排除できた」
「水は非常に深い(真相は深いものがある)」「彼は知りすぎたのだ」「習近平はデスノートをもっていた?」
「中共は毒殺の手法で心臓発作を起こすことはよくある。だがそれはニュースではない」
「共産党幹部は毎年臓器を変えて長生きするのに、68歳は若すぎる死だ」「ウィニー・プー(注:くまのプーさん=習近平のことを指す)のせいだ」
といった声が並んでいた。

 こうした様々な憶測を中国国内に巻き起こしているのは、それだけ習近平政権に対する不満が民衆の間に蓄積してきているということだろう。

・天安門事件の契機となった胡耀邦の死と類似
 李克強の死から胡耀邦の死を連想する人もいた。

 在米華人評論家の鄭旭光はラジオフリーアジアにこうコメントしていた。

「李克強に対して当局がどのように評価するかは、民間がどのように反応するかも関係する」
「訃報に関する当局の表現が悪かったら、おそらく大きな問題がおきる。なぜなら、この李克強の死は胡耀邦の死の状況とよく似ているからだ。
李克強の死のタイミングは習近平に大きな問題をもたらしかねない」

 1989年の天安門事件につながる学生の民主化運動は、ケ小平に失脚させられた胡耀邦の失意の中の病死がきっかけだった。
追悼に集まった学生たちから、民主化希求の運動に発展し、最終的にケ小平の命令による武力鎮圧事件、6月4日の「天安門事件」
の虐殺となった。

 このため、李克強の死を公式発表する「訃告」の扱い、表現の仕方によっては、民衆から強い反応が出る可能性がある。
習近平の政治に対する水面下の不満が、李克強の死を悼むという民衆の行動になった場合、
その民衆の反応をコントロールできるかどうかによっては、天安門事件の再来につながる可能性もあるかもしれない。
 合掌。

全文はソースから
JBpress 2023.10.27(金)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/77654