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夏目漱石を読む・小説・その思想 [転載禁止]©2ch.net
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0001考える名無しさん
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2015/02/16(月) 07:28:56.230
主な著書(小説)
「坊ちゃん」
「吾輩は猫である」
(前期三部作)
「三四郎」
「それから」
「門」
(後期三部作)
「彼岸過迄」
「行人」
「こころ」

「道草」
「草枕」
「虞美人草」
「明暗」

「夏目漱石論」蓮實重彦
「夏目漱石」江藤淳
「夏目漱石を読む」吉本隆明
「漱石論集成」柄谷行人
0002考える名無しさん
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2015/02/16(月) 08:45:30.360
漱石名言集

女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。

もし人格のないものが無闇に個性を発展させようとすると、他を妨害する。権力を用いようとすると、
濫用に流れる。金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。随分危険な現象を呈するに至るのです。

世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから、他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。


のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。
その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。
登り詰めた揚句は、流れて雲に入って、漂うているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡に残るのかもしれない。

考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う
。悪くならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。

離れればいくら親しくってもそれきりになる代わりに、いっしょにいさえすれば、たとい敵同士でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう。
0003考える名無しさん
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2015/02/16(月) 09:14:42.100
漱石名言集

運命は神の考えることだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ

嫌な女も好きな女もあり、その好きな女にも嫌なところがあって、その興味を持っている全ての女の中で、
一番あなたが好きだと云われてこそ、あなたは本当に愛されているんじゃありませんか?

色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず。

自己を捨てて神に走るものは神の奴隷である。

真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。

真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行え。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となって現わるべし。

恐れてはいけません。暗いものをじっと見つめて、その中から、あなたの参考になるものをおつかみなさい。

自分の好きなものは必ずえらい人物になって、きらいなひとはきっと落ちぶれるものと信じている。

道徳に加勢する者は一時の勝利者には違いないが、永久の敗北者だ。
自然に従う者は一時の敗北者だが、永久の勝利者だ。

表面を作る者を世人は偽善者という。偽善者でも何でもよい。表面を作るという事は内部を改良する一種の方法である。

わざわざ人の嫌がるようなことを云ったり、したりするんです。
そうでもしなければ僕の存在を人に認めさせる事が出来ないんです。僕は無能です。
仕方がないからせめて人に嫌われてでもみようと思うのです

前後を切断せよ、みだりに過去に執着するなかれ、いたずらに将来に未来を属するなかれ、満身の力を込めて現在に働け。
0004考える名無しさん
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2015/02/16(月) 09:22:38.010
何年前の名言をひきづっているんだろうね。

今の道徳観は昔のそれとは違うでしょ。

体制に逆らう事が自己証明だと思っている愚か者達。

巨大な力を乗りこなせない永遠の反抗期だよ君らは。
0005考える名無しさん
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2015/02/16(月) 09:45:41.400
>>4
> 何年前の名言をひきづっているんだろうね。
>
> 今の道徳観は昔のそれとは違うでしょ。
>
> 体制に逆らう事が自己証明だと思っている愚か者達。
>
> 巨大な力を乗りこなせない永遠の反抗期だよ君らは。

ナンセンスなレスですね

漱石の作品は明治期から大正にかけての社会が舞台になっていますが、
主人公は専ら、社会に組み込まれた一般的な社会人ばかりです。
初期の「それから」の主人公代助などは、高等遊民として生きていますが、最後に兄貴に怒られて仕送りを止められて、
就職しています。

社会道徳なども今と重なっている部分が多く、世間などの人や問題も今とさほど変わりません
0006考える名無しさん
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2015/02/16(月) 09:53:01.590
社会に組み込まれた一般的な社会人、そういう表現を使ってしまう。

高収入サラリーマンと高等遊民(笑)

どちらが良いという事ではない。その内面は同列ということだ。

社会に組み込まれてしまった。などという表現が「上から目線」
現実的敗者の嫉妬をにじませている。
0007考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:00:54.750
代助君の家庭は裕福だったようだが、そうではない人達は漱石の前にまずハローワーク。

年収がひとつのステータスシンボル(能力の高さの証明)になる事実に変わりはない。
0012考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:12:55.280
所属不安がアジテーションに引っかかるというのはないと思う。
そうじゃなくて、そういう警鐘が人を荒廃させる。
0013考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:13:10.000
>>6

何を仰りたいのかよくわかりませんね。
社会に組み込まれたという表現が上から目線なのですか?
まったく不全感ですよこの人は
0014考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:16:13.310
煽られた側に忍耐と節度を求めるのはちと厳しいですよ。
0015考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:17:30.140
その煽り方が何とも人の節度がキャンセルされてしまうような種類のものに感じられる。
0016考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:19:29.180
全てがどうでも良くなるような煽り方なんだよね。
俺こんなじゃないのに。

良いスレなのに荒らして申し訳ない。
0017考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:23:59.420
受動的、奴隷化とも別視点によってはとれる。
年収=定期的にあるであろう収入は人間にとっての最重要課題「子育て」
におけるひとつの保証となる。

婚活において年収がひとつの目安になる。それは合理的判断だと言えるし当然の判断。
0018考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 10:27:13.040
別収入は重要じゃないとは誰も言ってないじゃないですか。
0019考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:28:03.820
社会に組み込まれていようがそうでなかろうが関係ない。
「年収」を上昇させる手段として社会を利用しているのであれば

そして「結果を出している」のであればとやかく言われる(内面のありかたに対する諸問題)筋合いはないってこと。
0020考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:31:58.810
逆に「それから」はいかに収入というものが何を意味するのかという事を、高等遊民を主人公にする事によって、テーマにして描いてる気もしますよ。
0021考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:37:03.710
代助君は読めば読むほどダメ人間すぎるね。裕福な家庭出なかった場合の彼を想像すると恐ろしくなるね。
0022考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:41:18.860
裕福な家庭でなければ普通の社会人をやってるんじゃないかな。
冒頭だけしか読んだ事ないけど。
0023考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:41:47.250
代助の軌跡。
自由気ままに親の金で生活する。友人の妻に好意を抱く。告白する。親父に感動させる。

「俺、これからがんばる」
0024考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:45:18.690
代助は社会的欲望が希薄な人なんじゃないかと思う。
高等教育は受けたけども、それを使って社会において何かをしようという欲望がない、幸か不幸か実家が裕福なので特に何もせずにも差し当たり暮らしていける。
そこに女性が出てきて全てが換わるようだけど。
0025考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 10:46:54.770
名誉も社会正義への興味もないが、なぜか人の妻に執着してしまう。
そこから色々変わりだすと。
0026考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:49:17.240
この女性は当然人の妻でないといけない。
社会通念に抵触しない普通の女性であれば、仮に代介がそれに執着し社会的に行動する事を余儀なくされたとしても、社会との間に亀裂は生じず、調和を取ったまますんなり社会に移行できる。
親の会社に就職するとか。
0027考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:55:12.860
代介は平穏な生活が望みのエピキュリアンかもしれない。
しかし何故か他人の妻を奪ってしまう訳だけど。
0028考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:55:50.760
漱石の初期三部作は主人公や登場人物、舞台装置は違いますが、
基本的には繋がっています。「それから」に次ぐ「門」で代助のその後がわかります。

主人公の名前は代助から宗助になり、代助が告白した女性はお米と名を変えて一緒になって暮らしてます。
宗助は親友の安いを裏切りお米と一緒になった社会道徳の罪人として、それを心に秘めて生きております。
宗助は迷いの境地に立ち最後に禅寺にいって、自分の迷妄や煩悩を振り払おうとしますが・・・
0029考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 10:56:01.160
そこから初めて彼における平穏が破られて外力が自己の領域に侵入してくる。
0030考える名無しさん
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2015/02/16(月) 10:59:08.680
「それから」というのは近代社会におけるエピキュリアン的生活の不可能性を描いてるのかもしれない。
0031考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 11:01:20.030
他人の所有物を欲する。そういった下衆野郎の心理を巧みに描いてるってこと。

どんなに理由をつけようが不倫は不倫。

主人公の内面は再犯防止の為に役に立つがそれを美化すべきではない。
0032考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 11:06:33.670
俺にもそういう所はある。
他人に自分を認めさせたい、他人の評価するものを手に入れてそれを見せたい。
ネットだとそういう部分が出てくる、
0033考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:10:32.780
ネットを見ると名誉が欲しくなるし出世したくなる。

代介が、他人から奪って妻にした三千代をそういう風に見ていたかどうかは、読んでないので分からない。
0034考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:12:03.420
冒頭だけ覚えてる。
起きてすぐ自分の心臓の鼓動を確認して安心する。それから鏡で自分の顔を見てまた安心する。
代介は劣等感が無かった人だと思う。
0035考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 11:13:53.690
しかしネットを見ると教養を武器に名誉を得てそれで自由に振舞う人を目にする。
そういう時に劣等感が出て来て、それに反抗したい、あるいは凌駕したいそういう欲望が出てくる。
0036考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 11:15:25.870
代介は縁側でぼうっとしててもなんの焦りも感じないそういう人なんだと思う。
0039考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:31:52.260
反知性主義とかヤンキーとかあったけど、教養がないと言われっぱなしじゃないですか。
0040考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:32:08.660
>>35
にちょっといやらしさを感じるね。劣等感だけではないでしょう。
自己顕示欲を刺激され購買意欲を呼び起こされる。

そこまで思考すれば「金のなる種を撒く」という発想に到達する。

>>30
手前あたりにフランスかぶれ、ポストモダン的印象を受ける。
いまどきその手法は流行らないんじゃないか?
0041考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 11:34:44.530
自分の場合は、劣等感から自己顕示欲が出るという事ですね。
0042考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:39:30.480
劣等感からそのままボケーッと縁側でオナニーしてたのが代助君でしょ。
自己顕示欲とは逆ですね。
0044考える名無しさん
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2015/02/16(月) 11:54:00.980
すまん、しかし言うけど、漱石と評論てこんな感じかとやったら失敗した。
0048考える名無しさん
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2015/02/16(月) 13:45:49.600
>>47

堅いこと言うなって。in哲板では重複してないし、2ちゃん全体で専用が一つなんて誰が決めたよ?

漱石の場合、思想的にも哲学的にも意義がある作家だし、論評も非常に多い。面白いやん
0049み"
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2015/02/16(月) 17:16:12.040
>>2
>女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。

私に優しい人がいい人で、私に厳しい人は悪い人か・・よくいるね
00501
垢版 |
2015/02/16(月) 19:22:08.290
オタクの考えるルールで細かいんだけど機能的でない場合が多々あるな。
2ちゃんのルールなんかも、そんなこといったら全部規制になるとか、そういった感じの不機能なものが多い
0051考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 20:06:36.740
川崎寿彦を読む、もこの仲間に入れてもらえぬかな
川崎も英文学者としては屈指だぞ
00521
垢版 |
2015/02/16(月) 21:16:31.710
>>51

どうぞ。なんか書いてみてください。


僕も実を言うと「行人」「虞美人草」「明暗」は読んでないのです。面白い場面があれば誰か書いてみてくださいね^ ^
0053考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 21:43:46.640
英文学者というと夏目漱石や斎藤勇が先ず思い浮かぶ。
漱石は批評の足場を東洋(日本文化や中国文化)に置いて、日英の文化を批判摂取しようとした人物、
斎藤勇、初代日本英文学会会長、はキリスト教という足場から英文学を理解しようとした人物、
川崎寿彦は英国人の考え方を貫くギリシャ古典とキリスト教思想を足場に、イギリス人の物の味方
日本人の物の見方を批評しようとした人物である、と大雑把にまとめることができるのではなかろうか。
いきなり大上段に振りかざすような論調になったが、多分正しいと思う。
0054考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 22:44:18.660
漱石の文明批判を見ておりますと、自分としてはその批判、批評が実際に正しいかどうかを私が理解したり納得したりできる器量を
持ち合わせていませんが、漱石の言う時代の病理というものも現在の社会が抱えているものとそんなに違わないように思います。

世間の見方というものや社会に生きる人々の問題も文明というよりは人間社会そのものの病理のような気がしてなりません。
それは普遍的というか西洋文化を受け入れた結果がどうなっているとか言うことはわかりませんし
封建社会と自由主義社会の違いは感覚として全然わからないのですが言葉をあやつる人間の病理として
私は受け取っています。
0055考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 22:55:42.770
吉本隆明が言うには、時代の病理を言う漱石にはパラノイアの傾向があって、それが文明批判に影響を与えていて
実際に言う漱石の時代の病理は実は、漱石自身の病理に置き換えられるということを仰っておりました。
だから、時代の病理はないとまで仰っられています。

柄谷行人は大真面目に時代の病理について論じていたような記憶があります(違ったかな?)
まあ、実際僕にはまったくわからないのですが、漱石の神経質な傾向についてはわかるような気はします
0056考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 23:18:36.810
>>49

女は人類愛があります。それは自分の子供や子供の種に対しての人類愛です。
万人に愛を注ぐという人類愛はないように思います。子供を持つ女性は世間に対して
子供を持つ自分が一番偉いという自負があるように思います。この自負は女としての生理的傾向が
出始めた時から始まります。
そういう女性ですから自分への特別扱いは男の義務だと考えております


漱石の小説は一貫して、2人の男がいて主人公が1人の女性を巡ってもう1人の親しい友人や肉親を出し抜いたり裏切ったりします。
それに対して主人公は神経症的に思い悩むという物語ばかりです。
例えば「こころ」のKと先生。例えば「門」の安井と宗介。「行人」の長井一郎と二郎
0057考える名無しさん
垢版 |
2015/02/16(月) 23:53:26.510
>>56
長らく文学について考えたことがなかったが、漱石の問題の一つにはエゴいうものがあった。
明治の日本人は封建の主従から抜け出して、いわば西洋的な一個の独立した存在としての個を確立
する必要に迫られていたが、個が主従から抜け出ようとしたとたん、今度は個と個の安定した関係
を破る要素としてエゴというものが前面にでてしまう、ということがあったんだと思う。
0058考える名無しさん
垢版 |
2015/02/17(火) 00:43:44.970
>>57
まあ、あんまりうまくは掴み取れませんが、近代のエゴイズムがあったとして
「こころ」の先生のような人のエゴイズムが近代のエゴイズムと関係していたということでしょうか?

先生がKに対して抱いた狡猾で残酷な感情が時代の病理となるのかどうかわかりませんが、
あのような感情を抱くことは日常に何度かありました。好きな女を友人と取り合いになった時に
ああいう風な人を出し抜くようなことをしようとしたこともある気がします。
これが西洋文化を取り入れた日本の病理になりうるか?あれ?そんなこと誰も言ってなかったかな?

夏目漱石に習って文学作品を一つ書けそうな気がするなあ。うーん。どうだろうな。
太宰治や三島由紀夫の文学は重いんだよな。理解しきれない部分がある。
人間にというか自分にはないなあと思うのですよ。ああいう文学は。わかんないなあ。あるのかなあ。
夏目漱石の人間は僕にもある。谷崎潤一郎の悪魔主義も僕にはあります。
中上健次も理解はできるけど僕にはないところが多いんだよな。そういった意味で夏目漱石て好きなんですよ
0059
垢版 |
2015/02/17(火) 07:34:09.500
しのちゃんも「行人」読むんじゃよ

みんなでBOOKshortだそうよ。賞金100万円

http://bookshorts.jp/
0060考える名無しさん
垢版 |
2015/02/17(火) 11:00:08.410
社会学者が嫌いとか我慢できないとか言ってしまったが全然そんな事は無かった
0061考える名無しさん
垢版 |
2015/02/17(火) 21:45:48.920
漱石と病気
漱石は、歳を重ねるごとに病気がちとなり、肺結核、トラホーム、神経衰弱、痔、糖尿病、
命取りとなった胃潰瘍まで、多数の病気を抱えていた。『硝子戸の中』のように直接自身の病気に言及した作品以外にも、
『吾輩は猫である』の苦沙弥先生が胃弱だったり、『明暗』が痔の診察の場面で始まっていたりするなど、
小説にも自身の病気を下敷きにした描写がみられる。「秋風やひびの入りたる胃の袋」など、病気を題材にした句も多数ある。

酒は飲めなかったが、胃弱であるにもかかわらずビーフステーキや中華料理などの脂っこい食事を好んだ
[35]。大の甘党で、療養中には当時貴重品だったアイスクリームを欲しがり周囲を困らせたこともある。
当時出回り始めたジャムもお気に入りで、毎日のように舐め、医師に止められるほどだったという[36]。

また、漱石は天然痘に罹っており、自分の容姿に劣等感を抱いていた。しかし当時は写真家が修正を加えることがよく行われており、
今残っている写真には漱石が気にしていた「あばた」の跡が見受けられない。
0062考える名無しさん
垢版 |
2015/02/17(火) 21:47:51.780
漱石と鴎外
望まれぬ末子として江戸の町方名主の家に生まれ、薄幸な少年時代を過した漱石が反官的(国家に反抗する姿勢)な態度を貫いた事に対して、
津和野藩典医の長男として早くから家族中の期待と愛情により育てられた森鴎外は死ぬまで国家官僚の職を歴任し、
官側の人間で在り続けた、という対照が在る(夏目漱石は「低徊派」、森鴎外は「高踏派」と呼ばれた)。

しかし、その一方では二人共、自然主義文学の姿勢≠ニははっきりした距離を保ちながら洋の東西を問わぬ広い知識を以て文学活動を進め、
歪んで行く近代化に於ける価値観の主流に於いても自分達の認識をしっかりと見据え、
後続の文学世代に相応の影響を与えた。
0063考える名無しさん
垢版 |
2015/02/18(水) 19:56:34.490
どんな本をお読みですか?と言われた時に、夏目漱石など読んでますというと微妙な空気が流れるな。本当に好きなのに
どんな音楽聴いてますか?と聞かれた時に、ビートルズ聴いてますと言うのと同じ感じ

オーソドックスすぎる名前なのと実際みんな読んでねーからまったく話しにならん。

ピース又吉が太宰太宰と連呼するのが胡散臭いのと同じでもある。
本当にこいつわかってるのかという感じ
0064考える名無しさん
垢版 |
2015/02/18(水) 20:11:11.850
古典というのは読んでみると趣深い。

ちなみに太宰治は人間失格だけを読んで感銘を受ける人間はおれはいいとは思わない。
太宰は中期の人間の善徳について書いた作品がある。吉本隆明も言ってたが、
人間失格には中期で突き詰めた人間の本質についての考えが何も書かれていない
人間失格は完全に自分を欺いて破滅へ向かってしまっている。中期の価値を最後の自伝に書かずに
最後まで道化を演じてしまったのは
作家としては物足りない。同じ無頼派に位置づけられる坂口安吾と比べると完全に物足りない
0066考える名無しさん
垢版 |
2015/02/18(水) 21:14:21.880
文学作品も学術書や哲学書も大量には読めない。
ああいったものを大量に読める人間は才能だよな。凡人は読み進められない。
実際文学も特別有名なのしか読んでない。そのなかでも夏目漱石はだいぶ読んだ方。
夏目漱石読んだら谷崎潤一郎と三島由紀夫を広く深く読んでみたいんだけど全部読む器量は自分にはないなあ。
横光利一と埴谷雄高も深く読みたいけど、はっきり言って読めない
0067考える名無しさん
垢版 |
2015/02/19(木) 00:23:12.800
門に出てくる御米と宗助の夫婦生活について

実にほのぼのとした絶妙な夫婦のやり取りが特徴的だが、宗助は親友の安井から御米を奪った経緯があって、
それについての社会通念や貞操の罪悪をずっと抱えていて世間に対して肩身の狭い生活を送っいる。

深い夫婦生活の描写から安井の影が近づいてくる主人公のパラノイア的な妄想を募らせ、市役所の職を休職して
禅寺に向かう宗助。平生の生活から離れて悟りを得ることで安井と御米の問題を乗り越えようとする。

で、寺でお師匠さんに色々なこと言われるんだが最後まで悟りに至ることなく、何らも答えを見出せぬまま日常に戻ることになる。

鎌倉の禅寺に向かう時に御米に「私も連れて行ってほしい」といって抱えている安井との問題を
密かに隠して言い訳をするシーン

最後に禅寺の門までいった宗助が開かずの門に開けてほしいと懇願するシーン
「叩いても駄目だ。1人で開けて入れ」と禅僧に断られる描写

最後に御米と季節を語り合うシーン
寒い冬が終わって暑い夏が来ますねに対して
「すぐにまた冬が来るよ」とか何とか

だいたいここらが趣深いかな
0068考える名無しさん
垢版 |
2015/02/19(木) 00:28:45.330
明暗の冒頭でポワンカレの偶然論が出てくる。

第1章 必然と偶然
なぜ偶然か/西洋哲学と必然性/アリストテレスの偶然論/アリストテレス的伝統/
必然性から確実性へ/アリストテレスの四原因論/デカルトの「懐疑」/デカルトの自然観/
ヒュームの「懐疑」/因果性を考え直す/因果性と時間/必然性と偶然性の本質/科学と因果的必然性/
ポアンカレの偶然論/バタフライ効果
/カオス理論と人生/九鬼偶然論を導きの糸にして/偶然と驚きの情/偶然と縁/偶然と事後的意味付与/偶然の主観性

偶然とは色々な要因が非常に複雑に重なりあっていて、偶然の重なり合いは必然になるとか何とか
この物事の偶然論に対して人間の意志の関与。
明日図書館で明暗をもう一度見てくるが、物語がそれに沿って進んでいく未完の小説
0069考える名無しさん
垢版 |
2015/02/19(木) 06:42:24.910
へえー、夏目そんなこと書いてるのか
こころ以外読んでなかったけど読んでみるか
0070考える名無しさん
垢版 |
2015/02/19(木) 07:34:05.820
漱石が哲学について書いている記述もいくつかあったように思うけど俄かには思いつかない。
哲学ていうと漱石よりも鴎外が結構書いているように思う。「ウィタセクスアリス」とか。内容はちょっと忘れたけど
哲学の学者先生の話で西洋哲学についてのことが書かれていたような気がする

漱石の場合は思想としたら晩年に至ったという則天去私かな。我を去り天に則り生きる。

あとは漱石の仏教観については「三四郎」「門」「こころ」なんかに面白い記述がある
0071考える名無しさん
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2015/02/19(木) 07:36:08.210
wikiから

『ヰタ・セクスアリス』(ウィタ・セクスアリス[1])は森鴎外の小説である。1909年(明治42年)に発表された。
題名はラテン語で性欲的生活を意味するvita sexualisから。

文芸誌「スバル」7号に掲載された当初は政府から卑猥な小説だと考えられ発禁処分を受けてしまうが[2][3]、
実際には性行為が直接描写されていることは無く、主人公の哲学者・金井湛(かねい・しずか)が、
自らの性的体験について哲学的視点から考える内容となっている。
0072考える名無しさん
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2015/02/19(木) 07:47:29.010
インターネットから取ってきた


則天去私

 自我と自我との対立に悩みながら、心理学や禅を研究しながら、創作を続けていたが、
漱石は、大正四年『硝子戸の中』連載の頃、真に偉大なものに気がついたと思われる。
『道草』五十七章に「金の力で支配出来ない真に偉大なものが彼の眼にはいって来るにはまだ大分間があった。」と書いている。
大正四年の『断片』に「大我」と「技巧」「絶対の境地」などの考察があり、禅の追求するところと同じところを考えていたことが分かる。
偉大なものに気がついてから、自分の過去を振り返って書いたのが『道草』であると思われる。
 漱石の晩年の境地は「則天去私」という言葉で表現される。
「不自然は自然には勝てないのである。
技巧は天に負けるのである。策略として最も効力あるものが到底実行できないものだとすると、
つまり策略は役に立たないといふ事になる。自然に任せて置くがいいといふ方針が最上だといふ事に帰着する。」
(大正四年『断片』)という言葉は大正五年『明暗』を書いている頃、十一月九日から言われた
。無私(無我)にて動くとき、天,おおいなる自然の意志の働きが出るということであろう。これは禅に通じる。

 『道草』夫婦のようなの我執(漱石はいっていないが、「去天則私」にあたる)の人と「則天去私」の人を対比させて著すのが小説『明暗』であるといわれているが、
未完成のため、残念ながら、「則天去私」の人については十分書かれていない。
体得すればその方がよい
0075考える名無しさん
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2015/02/19(木) 21:11:16.340
漱石の「こころ」の先生の遺書の中に日蓮の話が出てくるのだが、漱石の仏教観について知れるとても興味深い箇所である。

先生の若い頃、先生にはKという親しい友人がいた。Kは浄土真宗の寺の3男?か何かで医者になることを望まれたが、
Kには自分の考えがあって、医者になるように学問を学ぶフリをして学費を払い続けてくれていた養父?を欺いて自分の道についての哲学を持って
学校生活を送っていた。そして後に養父に欺いていることがバレて学費を止められてしまう。

それで先生は仕送りを止められたKを自分の下宿に住まわせる。下宿には未亡人の奥さんと娘さんがいて、Kも先生も娘さんを好きになってしまう。
物語は三角関係に発展するのだが、そんな折り先生とKは千葉県の房州へ旅にでる
0076考える名無しさん
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2015/02/19(木) 21:35:35.430
先生とKは銚子に行くのだが、「房州を離れない前」小湊という所に赴くシーンがある。
小湊には日蓮が生まれたと言われる村があり、そこに誕生寺という寺があった。
Kはその寺の住持に会ってみるといいだし乗り気でない先生を尻目に寺に上がり日蓮の話を聞く。
住持の話は日蓮は草書が大変上手で草日蓮と言われていたといった話をしている時に
Kはそんなことではなく深い日蓮を知りたがった。

「彼は寺の境内を出ると、しきりに日蓮の事を云々し出しました。私は暑くて草臥れて、
それどころではありませんでしたから、ただ口の先でいい加減な挨拶をしていました」

二人は宿に着いて寝る前に難しい問題を論じ合う。ここに漱石の思想と問題意識、宗教観がある。

こころ 三十一から
0077考える名無しさん
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2015/02/19(木) 21:50:43.090
「Kは昨日自分の方から話しかけた日蓮のことについて、私が取り合わなかったのを、
快く思っていなかったのです。精神的に向上心がないものは馬鹿だといって、何だか私をさも軽薄もののように遣り込めるのです。
ところが私の胸にはお嬢さんの事が蟠っていますから、彼の侮蔑に近い言葉をただ
笑って受け取る訳にはいきません。私は私で弁解を始めたのです。」
0078考える名無しさん
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2015/02/19(木) 22:30:25.730
「その時私はしきりに人間らしいという言葉を使いました。Kはこの人間らしいという言葉のうちに、私が自分の弱点の凡てを隠しているというのです。
なるほど後から考えれば、Kのいう通りでした。しかし人間らしくない意味をKに納得させるためにその言葉を使い出した私には、
出立点が既に反抗的でしたから、それを反省するような余裕はありません。私は尚のこと自説を主張しました。
するとKが彼の何処をつらまえて人間らしくないのかと私に聞くのです。
私は彼に告げました。➖君は人間らしいのだ。あるいは人間らし過ぎるかも知れないのだ。
けれども口の先だけでは人間らしくないような事をいうのだ。
また人間らしくないように振る舞おうとするのだ。

私がこういった時、彼はただ自分の教養が足りないから、他にはそう見えるかも知れないと答えただけで、
一向私を反駁しようとしませんでした。私は張合いが抜けたというよりも、かえって気の毒になりました。
私は議論を其処で切り上げました。彼の調子もだんだん沈んで来ました。
もし私が彼の知っている通り昔の人を知るならば、そんな攻撃はしないだろうといってチョウゼンとしていました。(↓)
0079考える名無しさん
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2015/02/20(金) 06:26:45.700
Kの口にした昔の人とは、無論英雄でもなければ、豪傑でもないのです。
霊のために肉を虐げたり、道のために体を鞭打ったりしたいわゆる難行苦行の人をさすのです。
Kは、私に、彼がどの位そのために苦しんでいるか解らないのが、如何にも残念だと明言しました。
Kと私とはそれぎりねてしまいました。云々」

非常に興味深い宗教観と哲学が書かれています。
0080考える名無しさん
垢版 |
2015/02/20(金) 07:08:44.860
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」Kの哲学は難行苦行によって向上していく高僧のような生き方であり、
それに対して私(先生)は人間らしい、人間らしくないを持ち出して弁解している。人間のおよそそれらしさと言うのは
そんなに向上して人間の肉の温かみみたいなものの冷えた状態なのかを疑問に持っていることがわかる。

しかし、この問答の後に私(先生)はKに残酷な言葉を浴びせて、それがKの自殺の一要因になるところに至る。
一体、この向上というものと人間らしさと言うものの意味について非常に深い洞察と
人間の善悪の綾が物語にうまく組み込まれいて非常に興味深い。日蓮をこの問答の因縁に組み込んでいるのも面白い
0081考える名無しさん
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2015/02/26(木) 00:36:17.680
矢倉喬士 Takashi YAGURA @yu_ichi_japan · 14時間 14時間前
漱石は自分が知るかぎりの自然科学と文学の繋がりを信じ、無手勝流の文学を展開した。
それをわかった上で読まれるようになったのは「やっと、ここ七、八年」のこと。
しかも漱石が英訳されて逆輸入されて初めて「ひょっとして漱石はデリダ以上ではないか」と知らされた。
「これ、なさけない」(高山宏)
0082
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2015/02/28(土) 02:15:22.050
文学繋がりで言うと、埴谷雄高の『死霊』は非常に面白そうなんだけど、本当に読み進められん小説やなあ。
何度も挫折したわ。横光利一の「機械」がおれの小説としては最も理想的なかたちなんだがなかなかあんなには書けないわ。
肌に合うのが梶井基次郎と夏目漱石と志賀直哉だな。憧れは有島武郎と大西巨人あたり。あと谷崎と三島と武田泰淳はまず
ああいうものは書けないわ
0083考える名無しさん
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2015/03/09(月) 22:02:27.700
吉本隆明が講演で言っていたことなんだが
破局的な三角関係の系譜みたいなものがあるらしい。

夏目漱石→芥川龍之介→小林秀雄と中原中也だそうだ。

一人の女性を巡って親しい友人や兄弟が対立し、やがて三者三様バラバラに道を辿りやがて破局的な局面を迎えるという
系譜。漱石のほとんどの小説の主題になるザ・文学。
0084考える名無しさん
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2015/04/17(金) 02:36:38.890
肉欲の哲学
0085考える名無しさん
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2015/04/18(土) 19:16:39.810
 ((カンタベリー物語の))序歌(General Prologue)のなかでチョーサーは、巡礼の旅に出発する前夜の旅宿の食卓で浮かれてにぎやかな一行を眺めわたす。
彼の横顔はおだやかな、そしてとても楽しそうな微笑をたたえていたことであろう。その澄んだ目は、すこしおかしく、すこしかなしく、そしてとても愛す
べき人間たちの姿を、じっと見つめている。そして品のよいヒューマーをこめながら、しかも1人ひとりの個性の輪郭をくっきりと際立たせて、巡礼たちの
人間くさい姿を描いている。彼らは、たとえば騎士、女子修道院長、托鉢修道士、宗教裁判召換係・・・というふうに、まさしく中世の職業のオンパレ
ードだが、その1人ひとりの個性のあざやかさは、われわれがふつうルネサンス以後の文学に期待するものに近い。そもそも彼らがおこなう巡礼という行為
が、敬虔な宗教行為というよりは、人間くさい物見遊山だったのだから。
 いよいよ馬をつらねて旅に出て、一行のお話がつぎつぎに始まると、それはにぎやかなこと。しかも1人1人のお話は、話し手の個性にぴったりである。
たとえば騎士の語るのは、高貴な騎士道精神にかなった悲恋物語だが、次にしゃしゃり出た卑わいな粉屋の語るのは、ポルノまがいの寝取られた亭主の物語・・・。
 おちょぼ口で気どった女子修道院長(the Prioress)が意外におしゃれに身をやつすさまも微苦笑をさそうが、乱杭歯のバースのおかみ(the Wife of Bath)
の自由奔放なセックス談義も、中世の女性のもう1つの側面を堂々と白日の下に引き出してくれた。一読忘れがたい人間造形であるが、これをウーマンズ・
リブの主張のはしりとみるか、そのパロディとみるか・・・。そのどちらとも読めるところにチョーサーの文学の豊かさがあるといえよう。17世紀の大詩
人ドライデン(John Dryden, 1631-1700)が"here is God's plenty"(なんと豊かなことか)と賛嘆したのもむべなるかなである。後世英文学への影響ははかり
しれない。(川崎寿彦「イギリス文学史 pp.9-10」(成美堂版))
0086考える名無しさん
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2015/04/18(土) 20:33:12.750
 ((カンタベリー物語の))序歌(General Prologue)のなかでチョーサーは、巡礼の旅に出発する前夜の旅宿の食卓で浮かれて
にぎやかな一行を眺めわたす。彼の横顔はおだやかな、そしてとても楽しそうな微笑をたたえていたことであろう。その澄んだ
目は、すこしおかしく、すこしかなしく、そしてとても愛すべき人間たちの姿を、じっと見つめている。そして品のよいヒュー
マーをこめながら、しかも1人ひとりの個性の輪郭をくっきりと際立たせて、巡礼たちの人間くさい姿を描いている。彼らは、
たとえば騎士、女子修道院長、托鉢修道士、宗教裁判召換係・・・というふうに、まさしく中世の職業のオンパレードだが、その
1人ひとりの個性のあざやかさは、われわれがふつうルネサンス以後の文学に期待するものに近い。そもそも彼らがおこなう巡礼
という行為が、敬虔な宗教行為というよりは、人間くさい物見遊山だったのだから。
 いよいよ馬をつらねて旅に出て、一行のお話がつぎつぎに始まると、それはにぎやかなこと。しかも1人1人のお話は、話し手
の個性にぴったりである。たとえば騎士の語るのは、高貴な騎士道精神にかなった悲恋物語だが、次にしゃしゃり出た卑わいな粉
屋の語るのは、ポルノまがいの寝取られた亭主の物語・・・。
 おちょぼ口で気どった女子修道院長(the Prioress)が意外におしゃれに身をやつすさまも微苦笑をさそうが、乱杭歯のバースの
おかみ(the Wife of Bath)の自由奔放なセックス談義も、中世の女性のもう1つの側面を堂々と白日の下に引き出してくれた。一
読忘れがたい人間造形であるが、これをウーマンズ・リブの主張のはしりとみるか、そのパロディとみるか・・・。そのどちらと
も読めるところにチョーサーの文学の豊かさがあるといえよう。17世紀の大詩人ドライデン(John Dryden, 1631-1700)が
"here is God's plenty"(なんと豊かなことか)と賛嘆したのもむべなるかなである。後世英文学への影響ははかり
しれない。(川崎寿彦「イギリス文学史 pp.9-10」(成美堂版))
0087考える名無しさん
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2015/04/18(土) 20:34:17.450
川崎には好評を得た研究社版とこの成美堂版の二つのイギリス文学史がある。成美堂版は彼の死の前年に出版されたものだが、
その自在な筆の運び、作家や作品の思想的な背景の簡潔にして的確な解説は他に類を見ない、まさにこの本の「はしがき」にも
あるような作品を読む上での正確な地図となっている。
0088考える名無しさん
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2015/04/18(土) 21:12:41.710
夏目漱石についてはメレディスとの関連で以下のように触れている。

 メレディス(George Meredith, 1828-1909)は、しかし、比較的うまくこの(ダーウィンの進化論)の衝撃を吸収し同化した作家で
あった。彼はダーウィニズムが〈進化〉を説く、そのポジティヴな側面に光を当てて解釈したのである。人間社会はこれまでも進
化してきたし、これからも―――人間が理性的に行動することを学べば―――無限に進歩するだろう。そのためには盲目的な自己
主張の衝動に従わず、理性的な〈利他〉の精神を発揮すべきである、と。
 メレディスの文学はヴィクトリア朝人の〈利己主義〉をたびたび取り上げた。それを否定するために取り上げたのである。『リ
チャード・フェヴレルの試練』(The Ordeal of Richard Feverel, 1859)は、父親の身勝手で自己中心的な権威主義が、息子を不幸
におとしいれていく過程の克明な描写。『利己主義者』(The Egoist, 1879)は、完全に利己的動機から結婚相手を探し続ける男が、
相手の女も不幸にするが、結局は自分自身も屈辱的な体験を余儀なくされる物語。どちらの作品も人間の不幸を描いたが、それは
作者の裏返しの真実、すなわち〈利他精神〉が人間の究極の幸福をもたらす可能性を信じていたからである。
 かれの文学はその時代には評価が高く、ヴィクトリア朝の最後の時期にロンドンに留学した我が国の夏目漱石も、大きな影響を
受けている。しかし今日から振り返れば、やはりその根底に横たわる楽天性が思想全体のそこの浅さを感じさせるというべきだろ
うか。(川崎寿彦「イギリス文学史 pp.130-131」(成美堂版))
0089考える名無しさん
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2015/04/19(日) 09:17:53.350
http://l2.upup.be/GkuG1YdX7S
朝日新聞1000年の科学者人気投票1位野口英世
http://m2.upup.be/qH7YjpjAGW
日本人最初のカラー写真、野口英世(大正3年アメリカで撮影)
http://m2.upup.be/J5TKlS3Tuv
会津若松 野口英世像
http://l2.upup.be/URtREuwovc
大阪箕面公園 野口英世像
http://l2.upup.be/fsBzFV9tSv
上野恩賜公園 科学博物館前 野口英世
http://l2.upup.be/L7754PcZX5
ペルーの野口英世像
http://l2.upup.be/5WK28nQgaD
エクアドルの野口英世像
http://l2.upup.be/j8uCClWmYB
アフリカガーナ 野口英世像
http://n2.upup.be/iicUdYVTe6
ロックフェラー大学図書館 野口英世像
http://n2.upup.be/SXjVXCUU4Q
メキシコの野口英世像
http://l2.upup.be/TAmKVQxDp2
外国発行の野口英世切手
http://l2.upup.be/zyXR5RXdko
猪苗代城跡 野口英世像
http://l2.upup.be/O6mjvE1unJ
エクアドルに上陸した野口英世
http://m2.upup.be/rb4kNpZiqs
アフリカに上陸した野口英世
http://m2.upup.be/WirPOLb99A
野口英世の死を伝える朝日新聞
http://m2.upup.be/y1QccqlQcI
野口英世の死を伝えるニューヨークタイムズ
0090考える名無しさん
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2015/04/19(日) 23:37:39.040
>評論家から作家になったプルーストやジョージ・エリオットという
>超一流の作家がいてだな…

スピノザの翻訳も手がけたという、作家ジョージ・エリオットの根底にある思想って
どんな内容なのかな、だれか教えてくれない。
英文学の川崎寿彦は『ミドルマーチ』に盛り込まれた思想は「絶望しないこと、義務を果たし続けること
------人間の生き方はここにしかない」ということだ、と書いているが。
0091考える名無しさん
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2015/04/20(月) 20:57:31.550
耳の穴掘つてもらひぬ春の風
菫ほど小さき人に生まれたし
むつとして口を開かぬ桔梗かな
0092考える名無しさん
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2015/04/21(火) 12:23:17.540
夏目漱石「余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、善かつたと思つた」
0093考える名無しさん
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2015/04/21(火) 13:57:18.790
夏目漱石「韓満所感」(抜粋)

「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、
伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、
現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

「歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
0094考える名無しさん
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2015/04/21(火) 22:07:52.420
夏目漱石の「私の個人主義」から(No.1)

「近頃自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴(ふちょう)
に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのがたくさんあります。彼らは自分の自我をあくまで
尊重するような事を云いながら、他人の自我に至っては毫も認めていないのです。いやしくも公平の
眼を具し正義の観念をもつ以上は、自分の幸福のために自分の個性を発展して行くと同時に、その
自由を他にも与えなければすまん事だと私は信じて疑わないのです。我々は他が自己の幸福のために、
己(おの)れの個性を勝手に発展するのを、相当の理由なくして妨害(ぼうがい)
してはならないのであります。私はなぜここに妨害という字を使うかというと、あなたがたは正しく
妨害し得る地位に将来立つ人が多いからです。あなたがたのうちには権力を用い得る人があり、
また金力を用い得る人がたくさんあるからです。」
0095考える名無しさん
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2015/04/21(火) 22:09:41.360
夏目漱石の「私の個人主義」から(No.2)

「第一に自己の個性の発展を仕遂(しと)げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。
第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。
第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴(ともな)う責任を重(おもん)じなければならないという事。
つまりこの三カ条に帰着するのであります。
 これをほかの言葉で言い直すと、いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、
権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないという事になるのです。それをもう一遍(ぺん)云い換(か)えると、
この三者を自由に享(う)け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。
もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他(ひと)を妨害する、権力を用いようとすると、濫用(らんよう)に
流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。ずいぶん危険な現象を呈(てい)するに至るのです。そうしてこの三つの
ものは、あなたがたが将来において最も接近しやすいものであるから、あなたがたはどうしても人格のある立派な人間になって
おかなくてはいけないだろうと思います。」
0096考える名無しさん
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2015/04/21(火) 22:53:47.340
>>88のメレディスの考え方の背景を知るにはダーウィニズムについてもう少しはっきりさせておく必要がある

【ダーウィン思想とヴィクトリア朝後期の文学】
ヴィクトリア朝期の知識人たちは、ほとんど例外なく、伝統的西欧キリスト教思想の根本的な変質と解体を
体験しなければならなかった。それは個人個人にとって、強弱さまざまの、またいろいろな内容の、思想的
危機をもたらしたといえる。しかし最大の、決定的な打撃は、ダーウィンの進化論(Charles Darwin,
On the Origin of Species, 1859)によって与えられた。それまでの聖書が説いてきた、唯一絶対神による
宇宙・自然・人間の創造という教義は、1片の神話と化した感があった。しかしその教義はじつはかなり以前
から疑われていたこと。(たとえばジョージ・エリオットを懐疑主義に誘った〈聖書高等批評〉を考えるとよい。)
それよりもはるかに強い衝撃は、ダーウィニズムが新たに説いた〈適者生存〉の原理による〈自然淘汰〉という
考え方からきた。自然界全体が完全に無目的な淘汰のメカニズムによって動いており、種としての人間は偶然にも
一つの適者として生存競争に生き残ってきたにすぎないのだとすれば、それまで西欧の思想が絶対視してきた人間
の優位は、完全に相対化される。簡単にいえばサルと親戚ということだろうから。さらに人間社会の内部でもこの
〈適者生存〉の原理が作用し、弱者が淘汰されるのは必然の成り行きということになれば、何の根拠があって善を
教え、愛を説くことができようか。まずしい労働者の子供たちが飢えてしんでゆくのも、当たり前ということにな
ってしまうではないか。
 この新しい思想の衝撃は、ヴィクトリア朝後期の思想を暗くする。反論もいろいろなかたちで展開されたが、い
つもダーウィンはの勢いにかなわなかった。(川崎寿彦「イギリス文学史 p.130」(成美堂版))
0097考える名無しさん
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2015/04/21(火) 23:09:14.490
川崎寿彦「イギリス文学史」(成美堂版)について

このイギリス文学史は1988年1月10日に初版が印刷されている。そしてぼくの手元にある
版は1995年1月15日の重版の1冊である。ところが今日新たに1冊を取り寄せてみると、
それは2014年8月28日の第35版であった。

文学史の類の本が20年そこそこの間にれほど版を重ねること稀なことであろう。この事実はこの
本の質を十分に物語っていると思う。皆さんも一冊手元に置かれてはいかがでしょうか。
0098考える名無しさん
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2015/04/21(火) 23:14:50.100
中世の伝聞では石が割れてカエルが出てきたりすることって
けっこうポピュラーなんでしょお
0099考える名無しさん
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2015/04/21(火) 23:18:25.240
かなりよく出来た活字だと思います          
                   ・・・・・・ 電波ですね
0100考える名無しさん
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2015/04/21(火) 23:54:03.140
錬金術というから、ほんの石くれだと思っていたものが純金の塊であったりダイヤの原石であったりすることは
頻繁にあったろうし、現にあるんじゃない
むしろ錬金術という言葉のほうが本質を取り違えて使われてるようだね
0101考える名無しさん
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2015/04/22(水) 00:08:10.490
alchemyのことですね(以下Wikipedia)
Alchemy is an influential tradition whose practitioners have, from antiquity,
claimed it to be the precursor to profound powers. As described by Paul-Jacques
Malouin in The Encyclopedia of Diederot it is the chemistry of the subtlest kind
which allows one to observe extraordinary chemical operations at a more rapid pace;
ones that require a long time for nature to produce.[1] Defining objectives of
alchemy are varied but historically have typically included one or more of the following goals:
the creation of the fabled philosopher's stone; the ability to transmute base metals into
the noble metals (gold or silver); and development of an elixir of life, which would confer
youth and longevity.
0102考える名無しさん
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2015/04/22(水) 00:36:51.420
>かなりよく出来た活字だと思います

レベル、追いつけないようですな
0104考える名無しさん
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2015/04/22(水) 00:49:33.150
サイボーグも文房具も同じようなもんだし
0105考える名無しさん
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2015/04/22(水) 00:56:27.500
好物が落花糖でしょ 胃までやられちゃって ・・・・  電波
0106考える名無しさん
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2015/04/22(水) 04:39:59.450
>>104
私は一個の他者であります。真鍮が目覚めてラッパであることが判ったとして
それは真鍮の落ち度ではありません。このことは私には明白です。
・・・・・ダークエナジー
0107考える名無しさん
垢版 |
2015/04/22(水) 09:21:00.310
漱石が神様のような存在になったのは昭和、とくに特に戦後のことではなかろうか。太平
洋戦争における反省が、国家や大衆の流れに距離を置く漱石の姿勢に共鳴し、変わり身の
早い国の教科書検定方針と岩波書店の営業政策が大きくそれに影響したのではなかろうか。
だが僕は、蓼食う虫も好き好きと言えばそれまでだが、ドストエフスキーの「カラマーゾ
フの兄弟」、トマス・マンの「魔の山」、シェークスピアの諸作品、安部公房の「砂の女」
などの方が漱石よりはるかに面白い。

漱石の作品で幾度も読み返したのは「草枕」。俳画的と評されたり、ヌーボー・ロマンと呼
ぶ人もいたりで、いささか他の小説とは趣が異なるからだ。だが、智に働けば角が立つ情
に棹させば流される、で始まるこの小説、冒頭部分はとても魅力的だが全体として僕には
よくわからない。なぜだろう、どなたかこの小説の面白さを解説してくれませんか。面白
くなければ捨てておけ、というのではなぜかちょっと困るんです、こだわりがあるんです。
0108考える名無しさん
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2015/04/22(水) 09:44:25.070
満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた。
歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼蹐(きょくせき)してゐる間は、日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。
同時に、
余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、
真に運命の寵児と云はねばならぬ」
「満洲日日新聞」明治42年11月5日掲載の夏目漱石の随筆『韓満所感』
0109考える名無しさん
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2015/04/22(水) 11:02:43.410
『韓満所感』なんてのがあったんだ
『満韓ところどころ』というのもあるね
韓満と満韓は、どう使い分けたらいいのだろう?
0110考える名無しさん
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2015/04/22(水) 12:44:15.460
>>108
漱石は満韓・支那に対して、>>96にあるダーウィニズムの〈適者生存〉の適者の側に立ち、
わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だ、という印象を抱いている。
ところが欧米に対しては〈淘汰〉されそうで何とかしなければ、
日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまい、と強烈に感じているわけだ。
『韓満所感』が1909年、「私の個人主義』が1914年であることを考えると、
漱石の心のなかでは外向きの考え方と、内向きの考え方に対立する大きな矛盾点があること明らかになる。
これは同時に一般に民族主義に立つ民衆の心理を映し出しているのかもしれない。
0111考える名無しさん
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2015/04/22(水) 13:14:54.120
>>110
外向きの考え方と、内向きの考え方に
⇒日本の国境を境に、外向きの考え方と、内向きの考え方に
0112考える名無しさん
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2015/04/22(水) 16:31:28.160
夏目漱石「韓満所感」(抜粋)

「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
0113考える名無しさん
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2015/04/22(水) 16:38:08.390
1885年3月16日、福沢諭吉が「時事新報」紙上に掲載した社説を「脱亜論」と呼んでいる。

 世界交通の道、便にして、西洋文明の風、東に漸し、至る處、草も気も此風に靡かざるはなし。蓋し西洋の人物、
古今に大に異なるに非ずと雖ども、其擧動の古に遅鈍にして今に活發なるは、唯交通の利器を利用して勢に乗ずるが故のみ。故に方今当用に國するものゝ為に謀るに、
此文明の東漸の勢に激して之を防ぎ了る可きの覺悟あれば則ち可なりと雖ども、苟も世界中の現状を視察して事實に不可ならんを知らん者は、世と推し移りて共に文明の海に浮沈し、共に文明の波を掲げて共に文明の苦樂を與にするの外ある可らざるなり。
文明は猶麻疹の流行の如し。目下東京の麻疹は西國長崎の地方より東漸して、春暖と共に次第に蔓延する者の如し。
此時に當り此流行病の害を惡て此れを防がんとするも、果して其手段ある可きや。我輩斷じて其術なきを證す。
有害一遍の流行病にても尚且其勢には激す可らず。況や利害相伴ふて常に利益多き文明に於てをや。當に之を防がざるのみならず、力めて其蔓延を助け、
國民をして早く其氣風に浴せしむるは智者の事なる可し。西洋近時の文明が我日本に入りたるは嘉永の開國を發端として、國民漸く其採る可きを知り、
漸次に活發の氣風を催ふしたれども、進歩の道に横はるに古風老大の政府なるものありて、之を如何ともす可らず。政府を保存せん歟、文明は決して入る可らず。
如何となれば近時の文明は日本の舊套と兩立す可らずして、舊套を脱すれば同時に政府も亦廢滅す可ければなり。然ば則ち文明を防て其侵入を止めん歟、日本國は獨立す可らず。
如何となれば世界文明の喧嘩繁劇は東洋孤島の獨睡を許さゞればなり。是に於てか我日本の士人は國を重しとし政府を輕しとするの大義に基き、又幸に帝室の神聖尊嚴に依頼して、
斷じて舊政府を倒して新政府を立て、國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。
0114考える名無しさん
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2015/04/22(水) 16:39:19.050
 我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。
然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云ふ。此二國の人民も古來亞細亞流の政教風俗に養はるゝこと、我日本國に異ならずと雖ども、
其人種の由來を殊にするか、但しは同様の政教風俗中に居ながらも遺傳教育の旨に同じからざる所のものある歟、日支韓三國三國相對し、
支と韓と相似るの状は支韓の日に於けるよりも近くして、此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。
交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、
一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、
尚傲然として自省の念なき者の如し。我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。
幸にして其の國中に志士の出現して、先づ國事開進の手始めとして、大に其政府を改革すること我維新の如き大擧を企て、先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども、
若しも然らざるに於ては、今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。
如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、
空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。輔車唇歯とは隣國相助くるの喩なれども、今の支那朝鮮は我日本のために一毫の援助と爲らざるのみならず、
西洋文明人の眼を以てすれば、三國の地利相接するが爲に、時に或は之を同一視し、支韓を評するの價を以て我日本に命ずるの意味なきに非ず。
0115考える名無しさん
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2015/04/22(水) 16:41:04.350
例へば支那朝鮮の政府が古風の専制にして法律の恃む可きものあらざれば、西洋の人は日本も亦無法律の國かと疑ひ、
支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、西洋の學者は日本も亦陰陽五行の國かと思ひ、支那人が卑屈にして恥を知らざれば、
日本人の義侠も之がために掩はれ、朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、日本人も亦共に無情なるかと推量せらるゝが如き、是等の事例を計れば、
枚擧に遑あらず。之を喩へば比隣軒を竝べたる一村一町内の者共が、愚にして無法にして然も殘忍無情なるときは、稀に其町村内の一家人が正當の人事に注意するも、
他の醜に掩はれて湮没するものに異ならず。其影響の事實に現はれて、間接に我外交上の故障を成すことは實に少々ならず、
我日本國の一大不幸と云ふ可し。左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、
其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。
我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。


                        『時事新報』1885(明治18)年3月16日
0116考える名無しさん
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2015/04/23(木) 11:04:43.610
>>112->>115
これらの引用をどう評価するの
引用に対する君の評価・判断がなけねば、引用しても何も意味をなさない、と思うが
0117考える名無しさん
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2015/04/23(木) 12:38:59.800
>國中朝野の別なく一切萬事西洋近時の文明を採り、獨り日本の舊套を脱したるのみならず、亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し、
>主義とする所は唯脱亞の二字にあるのみなり。
>我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。

現在は福沢諭吉から1世紀半も時が経っている、と言えなそれまでだが、
西欧の機械文明はとことん利用させてもらうが中華思想は守り抜く、という中国人は日本人より相当上手だな。
これを読むと日本人の意識の部分は西洋に乗っ取られてしまっている(精神は・・・西洋の文明に移りたり)、
フロイトじゃないが意識は西洋、無意識は日本(亜細亜)じゃ、人間分裂状態で、漱石発狂という噂もむべなるかな、だ。
もっとも諭吉の方は、頭はまるっきし経済のことしかないから、無意識に悩まされることもなかったろう、
福翁自伝に「神棚のお札を踏ん」づけた、とわざわざ書きこんだくらいだ。
0118考える名無しさん
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2015/04/23(木) 14:29:18.100
>>79
>霊のために肉を虐げたり、道のために体を鞭打ったりした

これは日本人本来の発想ではないね
キリスト教的な、物質より精神を、現世より天国を、肉体より精神を尊ぶ考え方のコピーですね
0119考える名無しさん
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2015/04/23(木) 15:25:41.760
日露戦争直後の1906年、「武士道」の著者であり人道主義者の新渡戸稲造が朝鮮半島を旅行している。
彼は朝鮮人(韓国人)を「政治的野心に欠けた、かの脆弱な女性的国民」と評して次のように述べている。

「山野は実に墳墓に充ち、予の今過ぎる所の路傍にも土饅頭を列ねて、また、やがて埋葬されるべき棺を列ぬ。
(朝鮮衰亡の原因は)その国の気候に非ず。
 また、その土壌に非ず。かく死と密接なる国民は自ら既に半ば死せるものなり」
「枯死国朝鮮」 キリスト教徒 新渡戸稲造 (国際連盟事務次長)
満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた。
歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼蹐(きょくせき)してゐる間は、日本人程あわれな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だたのもしい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた。
同時に、
余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、
真に運命の寵児と云はねばならぬ」
「満洲日日新聞」明治42年11月5日掲載の夏目漱石の随筆『韓満所感』
0120考える名無しさん
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2015/04/23(木) 15:29:59.760
>>116
福沢諭吉の脱亜論(現代語訳)

福沢諭吉「脱亜論」 1885年3月16日 時事新報

日本の不幸は中国と朝鮮だ。この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。

地球規模で情報が行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。

国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。

「東アジア共同体」の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。

この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである
0121考える名無しさん
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2015/04/23(木) 19:03:17.680
全く訳になってないな
STAPの小保方よろしく
自分の好き勝手を書いているだけじゃないか
そうなら福沢諭吉の袈裟を着ず、堂々と自己主張したらどんなもんだ
君のようなやつを見て、漱石や諭吉が泣いてるぞ
0122考える名無しさん
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2015/04/23(木) 22:14:46.080
ここもネトウヨの巣窟になりそうだな
まともに議論もできず困った連中だ
0123考える名無しさん
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2015/04/24(金) 02:37:20.670
>>121
吉田松陰幽囚録

原文編集
日不レ升則昃、月不レ盈則虧、國不レ隆則替、故善保レ國者、不二徒無一レ失二其所一レ有、又有レ増二其所一レ無、今急修二武備一、艦略具、礮略足、則宜開二-墾蝦夷一、
封二-建諸侯一、乘レ間奪二加摸察加隩都加一、諭二琉球一朝覲會同比內諸侯、責レ朝-鮮納レ質奉レ貢、如二古盛時一、北割二満州之地一、南牧二台灣呂宋諸嶋一、
漸示二進取之勢一、然後愛レ民養レ士、慎二守邊一、固則可レ謂二善保一レ國、矣不然坐于群夷爭聚之中、無二能舉レ足揺一レ手而國不レ替者其幾與、
0124考える名無しさん
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2015/04/24(金) 02:40:44.250
>>121
読み下し編集
日は升
のぼ
らざらば則ち昃
かたむ
き、月は盈

たざれば則ち虧

け、國は隆
さか
んならざれば則ち替
すたれ
る。故に善く國を保つ者は、徒
いたずら
に其れ有る所を失うこと無からず、又た其れ無き所を増すこと有り。今ま急に武備を修め、艦略具
そな
え、礮略足らし、則ち宜しく蝦夷を開墾して、諸侯を封建し、間に乘じて加摸察加カムチャッカ
隩都加オホーツク
を奪かちと
り、琉球を諭し朝覲會同し比ひ
して内諸侯とし、朝鮮を責め、質を納め貢を奉る、古いにしえ
の盛時の如くし、北は滿州の地を割
わり、南は台灣・呂宋
ルソン諸島を牧おさ
め、漸に進取の勢を示すべし。然る後に民を愛し士を養い、守邊を愼みて、固く則ち善く國を保つと謂うべし。然らず坐して群夷が爭い聚まる中、能く足を擧げ手を搖すこと無けれども、の替
すたれざらん者は其の幾
きと與
とも
なり。
0125考える名無しさん
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2015/04/24(金) 02:44:07.100
>>121
現代語訳編集
日が昇らなければ沈み、
月が満ちなければ欠け、国が繁栄しなければ衰廃する。よって、国を善良に保つのに、むなしくも廃れた地を失うことは有り得て、廃れてない地を増やすこともある。
今、急いで軍備を整え、艦計を持ち、砲計も加えたら、直ぐにぜひとも北海道を開拓して諸侯を封建し、
隙に乗じてカムチャツカ半島とオホーツクを取り、琉球を説得し謁見し理性的に交流して内諸侯とし、朝鮮に要求し質を納め貢を奉っていた昔の盛時のようにし、
北は満州の地を分割し、南は台湾とルソン諸島を治め、少しずつ進取の勢いを示すべきだ。その後、住民を愛し、徳の高い人を養い、防衛に気を配り、しっかりとつまり善良に国を維持すると宣言するべきだ。
そうでなくじっとしていて、異民族集団が争って集まっている中で、うまく足を上げて手を揺らすことはなかったけれども、国の廃れないことは其の機と共にある。
0126考える名無しさん
垢版 |
2015/04/24(金) 12:26:57.940
夏目漱石「韓満所感」(抜粋)

「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
0127考える名無しさん
垢版 |
2015/04/24(金) 19:35:24.280
夏目漱石「韓満所感」(抜粋)

「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
0128考える名無しさん
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2015/04/24(金) 19:40:04.840
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
とあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたん
「歴遊の際もう一つ感じた事は、

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、

「韓満所感」(夏目漱石)
0129考える名無しさん
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2015/04/24(金) 19:42:18.630
http://hideyo-noguchi-mri.com/council
あの神の手、福島孝徳脳外科医も野口英世支持者だ
http://m2.upup.be/j3GS6yJ1hv
野口英世と大隈重信
http://l2.upup.be/CfE8fOSdgr
野口英世と東郷平八郎
http://m2.upup.be/qH7YjpjAGW
日本人最初のカラー写真、野口英世(大正3年アメリカで撮影)
野口英世

学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。称号はブラウン大学名誉理学博士、イェール大学名誉理学博士、パリ大学名誉医学博士、サン・マルコス大学名誉教授・名誉医学博士、エクアドル共和国陸軍名誉軍医監・名誉大佐。
1907年(明治40年) - ペンシルベニア大学名誉修士
1918年(大正7年) - エクアドル陸軍名誉軍医監 名誉大佐、グアヤキル大学名誉教授、キトー大学名誉教授
1920年(大正9年) - サン・マルコス大学名誉教授 名誉医学博士
1921年(大正10年) - ブラウン大学名誉理学博士、エール大学名誉理学博士
1925年(大正14年) - パリ大学名誉医学博士
受賞歴
1913年(大正2年) - 勲三等(スペイン)、勲三等(デンマーク)
1914年(大正3年) - 勲三等(スウェーデン)
1915年(大正4年) - 勲四等旭日小綬章
1920年(大正9年) - ジョン・スコット・メダル名誉章(フィラデルフィア)
1924年(大正13年) - レジオンドヌール勲章(フランス)
1925年(大正14年) - 正五位、コーベル賞牌
1928年(昭和3年) - 勲二等旭日重光章、防疫功労金牌(フランス)
0130考える名無しさん
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2015/04/24(金) 19:44:44.610
http://m2.upup.be/J5TKlS3Tuv
会津若松 野口英世像
http://l2.upup.be/URtREuwovc
大阪箕面公園 野口英世像
http://l2.upup.be/fsBzFV9tSv
上野恩賜公園 科学博物館前 野口英世像
http://l2.upup.be/L7754PcZX5
ペルーの野口英世像
http://l2.upup.be/5WK28nQgaD
エクアドルの野口英世像
http://l2.upup.be/j8uCClWmYB
アフリカガーナ 野口英世像
http://n2.upup.be/iicUdYVTe6
ロックフェラー大学図書館 野口英世像
http://n2.upup.be/SXjVXCUU4Q
メキシコの野口英世像
http://l2.upup.be/TAmKVQxDp2
外国発行の野口英世切手
http://l2.upup.be/zyXR5RXdko
猪苗代城跡 野口英世像
http://l2.upup.be/O6mjvE1unJ
エクアドルに上陸した野口英世
http://m2.upup.be/rb4kNpZiqs
アフリカに上陸した野口英世
http://m2.upup.be/WirPOLb99A
野口英世の死を伝える朝日新聞
http://m2.upup.be/y1QccqlQcI
野口英世の死を伝えるニューヨークタイムズ
0131考える名無しさん
垢版 |
2015/04/24(金) 19:49:07.580
統治者は憲法に定義されている。
憲法を最初に作った者は偉大であるし、法と政治を形成する。
国家は「善」を目的としているし、法と政治は人間と領土を治める。
人間は男女がお互いに影響を与えあっており、縄張りが生じる。
日本国の市民と国家の関係は今となっては各自が国家の知のイメージを形成しやすくなっている。
子供は未成熟なために大人の監視が必要だし、女性はよく考えているが権威がないため男性の監視が必要だ。
男は「本質に反していなければ」統治者にふさわしい。
このような地道な政治学の構築がアレキサンダー大王のペルシャ侵略につながったのだ。
明るい魂を必要としている国が侵略を受け入れるのだ。

行政機関や司法機関に奴隷は参加できない。
しかし、彼らにも満足が必要だ。
人間とは政治的動物だからだ。
日本でいうと在日や部落であろうか。
奴隷は侵略によって生み出される(一向一揆や日露戦争など)が、高貴な人生を望んでいる。
しかし、主人が必要なのだ。

ダンテと大日本帝国の侵略。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1325367/439553/99208959
0132考える名無しさん
垢版 |
2015/04/24(金) 20:00:26.870
世界の存在とは、差し当り認識の静的な断面図としては

一、目の前の或るもの(四角いモノ)が
二、パソコン(なる意味のモノ)として
三、その意味(社会的使用法)を知る者としての
四、この俺に対して、在る

との根本構造を有する。

一を所与 (主語的与件)、
二を所識 (述語的意味)
三を所識(者) (判断主観一般)
四を能知(者) (具体的個人)

と術語化し、一般的には
(世界は)「所与が それ以上の或るものとして、誰かとしての或る者としてある」
または
「所与が所識として、能識者としての能知者に対して在る」
と定式化する。
これが四肢的構造論、その認識論に於ける第一原理でありんす。
0133考える名無しさん
垢版 |
2015/04/24(金) 20:03:25.080
ダンテと大日本帝国の侵略

嘆きの町を通りがかった時、あなたは永遠の痛みを味わう。
そこに正義はない。
権力だ。
最高の叡知、深い愛。
なにも生み出さず、なにも救わず。
永遠、永遠だけを俺は耐えた。
「この門をくぐるものは希望を捨てよ」
「先生、意味がわかりません」
「お前がここを去らないようにするためだ。俺はお前の魂をみる。みじめさの中で知恵はなくなる」
そして俺はこの門をくぐった。
星の見えないその町にはいろんな言語が入り乱れていた。
汚い言葉もあった。
なんだ、この呻き声は?
そこには称賛も批判もなく、病気だけがあった。
天使はいたが、抵抗はむなしく、そこは神にとって真実でなく、俺たちにも真実ではなかった。
ただ、天国によって四方を囲まれ、生きているところでは贅沢も深みもなく、地獄だった。
他者の栄光は空しく天に昇った。
なぜ嘆く?
彼らの栄光は嫉妬に満ち、希望もなく、盲目な人生だけが待っている。
俺たちはただ通りすぎればいいだけだ。決して語ってはならない。
俺はただ旗がはためくのを見た。
それはとどまることなく、多くの人の無駄な死を思うと、俺の心は魂にみなぎった。
時には人の死を見た。
命は影に覆われ、恐怖の表情を浮かべた。
神は彼の部族が嫌いだったし、彼らの敵も憎んでいた。
死体はハゲ鷹につつかれ、涙の血が流れた。
やがて蛆に覆われた。
「先生、ここに救いはあるのでしょうか」
やがて我々の地はアケロンによる侵略を受けるだろう。
0134考える名無しさん
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2015/04/24(金) 20:06:03.270
アリストテレスはレスボスで女の政治を学び、アレキサンダー大王の先生になっている。
ペルシャの征服に参加し、アレキサンダーの死後、マケドニアコネクションを活用し、政治学を完成させた。
魂よりサイエンスをという立場をとり、物理学・形而上学・政治学を対象にした。
市民の幸福・高貴な行動を探求した。
市民の幸福には価値があるが、国家の利益は神聖で高貴だった。
軍事・家族の統治・レトリックを研究した。
たとえば、軍事における家族の幸福とは「隣のお兄さん死なないかな、死んだあとセックスしたいな」
という女性の発想が戦争を誘発し、
隣のお兄さんは戦場に行くというカサブランカを経験する。これは高貴な行動だ。
背景には倫理学(楽しいことの探求)がある。
男が死ねるとき「拳銃〜カサブランカ」
イリザは、リックと愛し合っていた。
リックはカサブランカからポルトガル、そしてアメリカへと渡る通行証発行権限を持っていた。
イリザは、リックに後ろから拳銃を向ける。
ビクターと共にアメリカに渡るためにリックと付き合っていたのだ。
リックは本気でイリザを愛していたし、職務に熱心だった。
「撃てよ、俺のために」
これが美しい女性イリザとリックとの間にある「拳銃」の存在だ。
0135考える名無しさん
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2015/04/25(土) 00:14:28.060
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
とあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたん
「歴遊の際もう一つ感じた事は、

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、

「満所韓感」(漱石夏目)
0136考える名無しさん
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2015/04/25(土) 00:19:42.840
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵児と云はねばならぬ」
日本人も甚だ頼母しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
とあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼蹐してゐる間は、日本人程憐れな国民は世界中にたん
「歴遊の際もう一つ感じた事は、

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

希有の兇変と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
哈爾浜は余がつい先達て見物に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前に余の靴の裏を押し付けた所だから、
筆を執りながら二三行認め出すと、伊藤公が哈爾浜で狙撃されたと云ふ号外が来た。
「昨夜久し振りに寸閑を偸んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、

「満所韓感」(漱石夏目)
0137考える名無しさん
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2015/04/27(月) 13:32:49.530
杉寅之助の以下のような馬鹿げた考え方に同調するオタワケが未だにいるんだね、驚いてしまった

こんなタワケは今すぐ南シナ海で中国軍と戦って名誉の戦死をしてください
戦死は名誉ですぞ

「天下は万民の天下にあらず、天下は一人の天下なり」と主張して、藩校明倫館の元学頭・山県太華と
論争を行っている。「一人の天下」という事は、国家は天皇が支配するものという意味であり、
天皇の下に万民は平等になる。但し、天皇のために万民が死にもの狂いで尽くす事が必要である。
0138考える名無しさん
垢版 |
2015/05/03(日) 18:55:07.930
天皇万歳、こう叫びながら多くの若者が戦争で命を失いました
天皇万歳、ネトウヨの皆さんも東シナ海で中国海軍と戦って名誉の戦死を遂げましょう
天皇万歳、杉寅之助万歳
ネトウヨの皆さんも戦歿者246万余柱を祀る靖国神社の英霊に仲間入りしましょう
幕末の志士、吉田松陰や坂本龍馬・高杉晋作も君たちが英霊の仲間入りするのを今か今かと待っておりますぞ
0139考える名無しさん
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2015/06/08(月) 23:46:08.510
叫んだのかなぁ
0140
垢版 |
2015/07/01(水) 21:15:51.750
「みんな金がほしいのだ。そうして金よりほかなんにもほしくないのだ」
こう考えてみると、自分が今までなにをしてきたのかわからなくなった。
(「道草58」夏目漱石)
0141
垢版 |
2015/07/08(水) 20:28:30.970
『道草』読み終わった。これぞザ・文学て感じだな。
終始金の貸し借りと夫婦の不仲の話だった。ただ、文学て感じだなあ〜
0142清見
垢版 |
2015/07/08(水) 20:58:30.900
文学好きだよ
そんな話をするのも悪くない
0143
垢版 |
2015/07/09(木) 04:38:29.090
文学といっても、実はそんなに多量には読めない。
なので、まあ大概なのは読むけど、漱石を中心にして読んでいく。

清見はそんなに多く哲学書読めるの?時間掛からないか?
0144
垢版 |
2015/07/09(木) 04:46:37.180
文学や哲学書、理学書など凡そ教養に関わる本を多量に読むにはたぶん訓練が必要なのはわかる。

つまり背景知識が豊富であればあるほど、より速く、より多く、より細部まで読めるようになる。
ただ、小説は人の性質によるんだな。読める人は好きでスラスラ読むし、読めない人はまったく物語が頭に浮かばない
おれは、それほど多量には消化できない。深く狭く読むことしかできない。凡人だと思うよ。
0145清見
垢版 |
2015/07/10(金) 11:02:54.790
ここ10数年はちゃんと読んでないよ
全部、昔とったきねづか

ハマったマンガのシーンを覚えているように、
昔、学問にハマった時の文章は覚えちゃうだけの話

それを字面を覚えるんじゃなくて、図形にして覚えちゃう感じかな
本を読む時は、字面から図形を読み取る感じ
図形を読み取れないような、わけわからん文章は飛ばす
0146
垢版 |
2015/07/10(金) 20:11:54.500
俺も哲学書と格闘したのは、もうかれこれ10年以上前やわ。体系的に学びたかったが、何せ時間が掛かるからな。
これでもカミュとサルトルについては結構論争したんだぜ。もう、頭空っぽやわ。哲学の手の字も頭に残ってない。
今哲学書読むのは時間の無駄に思うわ。文学なら素養は哲学よかマシだから、書くために読んでる。

つくづく教養ねえでやんの。・゜・(ノД`)・゜・。
0147考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 05:13:01.550
漱石の独特の臭味が耐えられない。
0148考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 06:14:08.680
漱石も確かに「人間」を教えてくれる。
実存哲学より取りつき易い。
現実の漱石は、生まれも、性格も、厳しく、暗い。悩みも絶えない。
友人の子規も病気で暗い。共に「弾きあう感性」があったらしい。
漱石の妻「鏡子夫人」は「女性が強すぎ」て、漱石には重荷がち。
悩みは絶えない。
精神病跡学者は「混合精神病?」とも言う。
0149考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 06:27:30.240
漱石は「仏教的済度」を「禅」に求めた。どこまでも「自力」で立ち
上がりと希んだらしい。
実存哲学が「神の倫理」から離れ「人間実存」に戻った。
漱石は「空思想」から「則天去私」に至ったと言う。
これは「禅の不生不滅」とどう違うのだろうか。
0150考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 06:36:43.510
二大文豪。漱石と鴎外。
漱石は難解で、日本で愛読されている程には、海外に知られていない。
翻訳、紹介も少ないと聞く。
漱石も鴎外も当時のエリートとして、共に「留学」している。
漱石は外国でも悩み続けて病気同然で帰国している。
0151考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 06:50:35.410
鴎外は外国でも、育ちの良い旧家のお坊ちゃん故、異国の乙女に一途な
恋をしている。だが、帰国命令が出ると、乙女を捨てサット帰国してい
る。捨てられた「異国の乙女」は、鴎外を恋したい、今の様に飛行機も
無い時代に、鴎外を追ってはるばる汽船で幾日もかけて日本まで来たが
鴎外の「親戚一族」は乙女を横浜に留めて、鴎外を諦める様、入れ替わり
立ち代り説得して、乙女は無くなく一か月後に帰国している。
0152考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 07:06:05.840
鴎外はこの間一度も横浜には行かず、そのひと月後に「家と家」との
結婚をしている。そして、この出来事をヒントに名作「舞姫」を書き
文芸世界での成功の道を歩き、他方軍医としても、栄光の道を歩いて
いる。ここには漱石の様な「闇」は無い。これも、人生。これも人間。
だがこれも「実存哲学」。深刻なばかりが人間では無い。
0153考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 07:17:42.910
鴎外の罪は明白なんだけどね。
0154考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 08:54:48.050
  ↑  この「異国の乙女」は実在したとの報告も有ります。
 明治期の「軍人の精神」からは、「女ごときに」と言う男尊女卑
 の時代背景も有る。旧家と言う「ほこり」が一族にも、鴎外にも
 有ったのは、当然とも言える。
  だが、当時も、今もこの「異国の乙女の切ない思い」に、涙する
 日本人は多い。鴎外の「非情」は、「自己本位」は、避難されても
 止む無しと言える。
0155考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:22:47.550
これは悲劇だろうからなんとも言えない

現代においてこれをなぞったら滑稽だとは思う
0156考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:25:45.520
現代は女性の立場も向上してきているし、家という様な、個人の生き方を規定するような慣習も緩まってきている
鴎外がエリスを捨てたとしても、実利もあったろうけども鴎外は慣習に従ったので、その不合理を恐らくは悲劇として描いたので、そこを考えるべきと思う
0157考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:26:20.060
そういう意味で、鴎外もまた悲劇的な明治人であるといえると思う
0158考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:37:08.030
豊太郎のエリスへの思いには複雑なものがあったかもしれない
愛しながらも同時に疎ましいと思う所があり、そこに友からのエリスとの別れと帰国の勧めがまるで渡りに船の様にやって来た
それに抵抗を示しながらも従い、エリスは発狂し、それを残して自分は日本に復帰する

愛しながらも疎んだ女性を他人の助言への追従によって発狂に追いやり、自身は安定を得、全てが丸く収まる

ここで謂わば第三者としてその鷗外を救いまた貶め彼から主体性を結果的に奪う事になる友相沢謙吉の一言
だからこそwikiにあるように、
「相沢謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり。」
と両義的に書かざるを得ない。

鷗外はこの不合理を内に止める事が出来なかったのだろう。
0159考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:43:38.980
エリスとの別れと日本への帰国、これは林太郎の望みなのかそうではないのか、それに林太郎自身がそうする前に、
一面では林太郎の望みに沿い、他方で彼のロマンを消す、善意の友人の計らいによって、エリスの発狂によって結論が出てしまう

林太郎はこの自らの葛藤に決着をつけるべく自ら決意してこの薦めに乗ったのではない、そうする前に、愛し、あるいは疎んじたエリスは発狂してしまう
自分の望みが、或いは反発すべき結果が、自分が行動を起こす前に、叶えられてしまう
0160考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:45:11.370
それを起こすのは「相沢謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり。」
にある、友人相沢の忠告
0161考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:48:51.010
現代だったら正直に言ってエリスには同情できないし、そういう気にもなれない
そうしていたらこういう事はまた避けえるものさえ避けえなくなるから
0162考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 09:51:10.130
現代人としてこういう事件を見たらどっちもどっちと思う
0163考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 10:14:19.640
一歩間違えればストーカーでもあり、現代においてはこの悲劇はさけるべきだと思った
0164考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 17:27:10.450
鴎外の罪は、そんなところにあるのではない。医学者としての罪だ。
0166考える名無しさん
垢版 |
2015/07/15(水) 17:55:25.270
鴎外というのは美人というだけで熱を上げるけど、家に逆らうことはできない。

家の復興に人生を賭けた鴎外と、家を嫌悪の対象として見た漱石と、好対照だね。
0167考える名無しさん
垢版 |
2015/07/16(木) 20:18:45.050
図書館で寺田農の朗読で「舞姫」聴いてみ
それはもう綺麗だから
0168考える名無しさん
垢版 |
2015/07/16(木) 21:10:53.310
前期三部作の「三四郎」は青年期の青春時代を描いていて、恋愛はみねこが嫁ぐことにより、淡い恋愛物語として幕を閉じるが、
「それから」は親友の細君を奪うかたちで終わるし、「門」はその後に、東京で隠れるように生きる夫婦生活を描いているが、
現代でみれば略奪愛、失楽園で兄貴や親に縁切りされて、社会的に成功している父親のすねかじりしながら、
社会批判しながら高等遊民として生きてきたが、金も縁も切れた途端に社会に出て働くと言う非常に
情けない主人公を描いている。
「野分」「坑夫」では金持ち批判しておきながら前期三部作で、その金持ちを親類に設定して、その親類から援助してもらって
高等遊民の主人公が不道徳なことをして失敗する物語になっている。全体構造からみると「こころ」まで続くが、最終的には白も黒もないような、そんな主人公になるんだな。
0169考える名無しさん
垢版 |
2015/07/25(土) 14:19:24.450
最近「三四郎は柔道小説ではない!」とか言い張る奴が多くて困る
「文豪漱石の作品をそんな安易なジャンル付けでは捉えられない」と言いたいのはわかるのですが
逆にそれは柔道小説を侮蔑しているのではないですか?
三四郎にあこがれて柔道を始め大成した人も多いのですから
臆することなく三四郎も柔道小説と呼んでいいと思います
0171考える名無しさん
垢版 |
2015/08/01(土) 09:11:18.750
柔道小説じゃねえし
0172考える名無しさん
垢版 |
2015/08/01(土) 09:54:40.90O
おいおい、小説を思想や階級や善いことした悪いことしたとか、
そんな下らないもので読むなよ。
描写や細部や語り口でどう読者を操るかに注目して読んでやれよ。
小説家の苦心に報いてやれよ。
0173考える名無しさん
垢版 |
2015/08/01(土) 21:21:19.980
>>172
どう読んだって、文学なんて、大学の科目から消滅することになるんだよ・・・
0174考える名無しさん
垢版 |
2015/08/01(土) 21:47:34.070
夏目漱石の言葉使いはすごいな
「道草」「彼岸過迄」両方とも、その情景描写、人物の描写、心理描写、そのどれをとっても自由自在。
現代作家でああいう描き方でかるのは今の所みねえな。
0175考える名無しさん
垢版 |
2015/08/12(水) 19:06:02.800
「彼岸過迄」読了しました。

主人公は敬太郎とも須永市蔵とも言えないけど、どちらも主体になって物語に登場するから、どちらも主人公なんでしょう。
市蔵と千代子の付かず離れずの恋愛関係は、とても切なく読み応えのあるものでした。
それにしても市蔵は千代子に対して考えすぎじゃないかなあ、と思わせるようなところがたくさんあります。
須永の話からは観念論みたいな言葉がたくさん出てきて「僕と千代子がくっつくと(心が)ああなる。関係はこうだ」とか
出てきますけど、千代子をもらってしまえば、また色々な喜びや哀しみを共有できる間柄になっても
おかしくないのにと思います。最後は市蔵の出生の秘密が叔父の松本から敬太郎に伝わり、
結末へと向かいますが、是非市蔵は千代子と結婚して欲しいですね。
ああだこうだ観念のなかを行き来するんじゃなくて、向き合ってみて欲しいと思います。

場面では市蔵が千代子に翻弄される場面が2.3出てきますが電話口での押し問答と
最後に千代子が市蔵に向かって「あなたは卑怯よ」「だったら何故あたしと高木さんのことで嫉妬なさるの」
という場面が印象深いものでした。あとは市蔵が出生の秘密を知り涙を流す場面です。

さすがに文豪の文章は読み応えがありますね
0176考える名無しさん
垢版 |
2015/08/25(火) 22:01:35.630
好きな夏目漱石も全部読んでるわけじゃないから偉そうなことは言えないけど、最近は芥川賞全集を読み始めてる。
今15巻(高橋三千綱、高橋揆一郎、重兼芳子、青野聰、森禮子、尾辻克彦、吉行理恵)読んでる。
今まだ「伸予」(高橋揆一郎)を読んでるところだが、最近の芥川賞は随分文章が変わったなという感じを受けるな。
まあ、読みやすくなったといえば聞こえはいいが、随分軽いものばかりだな。
それから風潮としては純文学でもミステリー要素が多くなった気がする。たぶんそうじゃないと売れなくなっているんだろうな。
売れる小説はラノベとミステリー小説ばかりだからな。

夏目漱石を随筆まで全部読んだら、谷崎潤一郎と三島由紀夫に取り掛からんと、なかなか・・・
小説も哲学書もすらすら読める人は羨ましいよ。凡人であることに恨みすら覚える。・゜・(ノД`)・゜・。
0177考える名無しさん
垢版 |
2015/08/27(木) 19:41:28.630
第79回芥川賞 高橋揆一郎「伸予」(昭和53年上半期)は50くらいの女の人の恋愛を描いた小説。
物語にでてくる人物は主人公の伸予の他、武藤善吉という伸予が教師をしていた20歳の時分に15歳だったブリキ屋の善ちゃんという中年男。

伸予が20歳の教師時代、武藤善吉に恋をして、それから30年後に再会したという設定。
伸予は結婚して何人かの子供がいるのだが、旦那には先立たれ淋しい人生を送っている。

善吉がまだ15歳の時に恋をして以来、それを忘れることができずにいた。
そうやって50になって武藤善吉と再会して、二度会って一度関係を持つのだが、渡していた家の合鍵が家に送られてきてしまう。

物語の終盤、伸予は自分の身体の老いたのを鏡で見て、この身体を善吉は抱いたのかと思って
暗澹たる人生の闇を感じて、親父さんの声を聞いて物語が閉じられる。

まあ、美しかった女が初老に差し掛かって、男に執着するが、終いには男の女になれなかったことを悟る物語だな。
悲しいかな女というものは老いの苦しみがある。前にあったものがない。
それでも男を求める。淋しさは精神疾患というかたちで表れてくる。
0178考える名無しさん
垢版 |
2015/09/28(月) 03:22:46.920
月が綺麗ですね
0179考える名無しさん
垢版 |
2015/10/05(月) 08:22:54.120
>>175
市蔵に全く魅力を感じないし千代子もアホだなくらいにしか思えない。
そもそも二人ともが疑似恋愛してるだけでしょ。
千代子は市蔵の気を引いているらしいことだけにしか興味がないし
市蔵は許嫁なのでなんとか恋愛らしい独占欲で千代子に興味を持とうとしているけど
実は下働きの下女に対しての方が市蔵は素直に興味があるんだよね。
市蔵の根っこの部分の性については市蔵自身理解していない。

あるいは高木に対して激しい嫉妬を感じているけど
あれは千代子を介して高木に強く憧れ同性愛的な嫉妬をしているように見える。
高木は千代子に対して別に興味のあるそぶりもしていないし市蔵が嫉妬するほどの理由もない。
市蔵はヘテロな愛を恐れているんじゃないかなあ。
どのみち市蔵にとって千代子は性の対象でもないしどうしても手に入れたい対象でもないんだし
恐れというのは女性との性生活なのだと思って読むとなるほどと思うわ。
0180考える名無しさん
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2015/10/05(月) 08:53:30.740
あと千代子が叔父である松本と肉体関係があったかどうか。その辺も重要
父親の田口は娘が処女かどうか、義理の弟の松本と肉体関係がありそうかどうかと敬太郎に探偵させて聞くんだけど
敬太郎がよくわからないと言うと話を変えちゃう。
完全に探りをいれてるよね。
田口が実業家でやり手の成金というところが実は市蔵と同じく千代子も田口の愛人の子であるともとれなくもない。
娘が血の繋がらない叔父とただならぬ関係であることを知って探偵を雇い
それを知った松本が激怒。千代子を淫売呼ばわりして田口に叩き返すという行動に出そうになるけど
結局敬太郎の知恵で回避する。松本は愛人である千代子を市蔵に託して逃げ切ろうとしているんじゃないのか。
男に宝石をせびるあたり千代子は処女じゃない。
市蔵は童貞かつホモ。どうしたって二人が上手く行かないことは松本もよく知っているはずだしね。
0181考える名無しさん
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2015/10/08(木) 19:16:57.570
現在「吾輩は猫である」に取りかかっている
0182考える名無しさん
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2015/10/08(木) 19:30:31.880
>>178-179

まったく滑稽だ。少々詮索が過ぎるんじゃないか?粋を逸脱しているため下品な作品詮索になっている。
高木への嫉妬は同性愛によるところがあるというのは故吉本隆明氏が言っていた通りのことだね。
まあ確かに市蔵にホモジーニアスな部分がないとはいいきれない。深く掘り下げればそういうことになるかもしれない。
漱石が市蔵と千代子の関係性を文学的にどう描こうとしたか、それを考えるととても松本の叔父と千代子に関係があるなんて
昼ドラみたいなドロドロがあるとは思えない。
0183考える名無しさん
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2015/10/08(木) 23:45:39.000
>>182
松本が千代子を高級淫売呼ばわりすること自体
田口が千代子を処女かどうか他人に聞くこと自体気持ち悪いよ。
年頃の娘の血縁者がそこまで踏み込んだ話をすることが気味が悪い。
そこにはドロドロとした何かがあると思うけどね。
叔父と歩いていただけで肉体関係を疑うような発言を他人にする父親なんて女からしたらありえないね。
0184考える名無しさん
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2015/10/09(金) 02:14:59.190
宵子の死はなんらかの原罪の象徴かなと思った。
宵子を可愛がっていた千代子
千代子の下で死んでしまった宵子
これは松本と千代子の背負うべき罪の象徴とも取れなくもない。
元々行き来があった仲なら男女間でなにか起こっても不思議ではないよね。
それを下世話だと思うなら確かにそうなんだろうけど。
夜中に平気で出歩く娘と二人きりで食事に出掛ける中年男。
松本の妻から見れば若く魅力的な姪の存在は相当忌々しいと思う。
0185考える名無しさん
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2015/10/09(金) 05:38:18.510
なんとも言えんわ。
物語の構造として宵子の死がどのような意味があるのかということだけど、松本と千代子の関係の原罪としての宵子の死?
文学板で言ったらだいぶ叩かれるだろうな。
0186考える名無しさん
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2015/10/11(日) 10:08:49.850
夏目漱石の小説は、まあ正直退屈なところ4割。
あとの6割は作者が乗り出してきて白熱するから面白い。

退屈度
夢十夜>虞美人草>吾輩は猫である>坊ちゃん>三四郎>草枕>炭坑>門>道草>それから>明暗>彼岸過迄>行人>こころ
0187考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:32:49.640
夏目漱石「こころ」32

「それのみならず私わたくしはお嬢さんの態度の少し前と変っているのに気が付きました。
久しぶりで旅から帰った私たちが平生へいぜいの通り落ち付くまでには、万事について女の手が必要だったのですが、
その世話をしてくれる奥さんはとにかく、お嬢さんがすべて私の方を先にして、Kを後廻あとまわしにするように見えたのです。
それを露骨にやられては、私も迷惑したかもしれません。場合によってはかえって不快の念さえ起しかねなかったろうと思うのですが、
お嬢さんの所作しょさはその点で甚だ要領を得ていたから、私は嬉うれしかったのです。つまりお嬢さんは私だけに解わかるように、
持前もちまえの親切を余分に私の方へ割り宛あててくれたのです。だからKは別に厭いやな顔もせずに平気でいました。
私は心の中うちでひそかに彼に対する※(「りっしんべん+豈」、第3水準1-84-59)歌がいかを奏しました。
0188考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:35:14.140
やがて夏も過ぎて九月の中頃なかごろから我々はまた学校の課業に出席しなければならない事になりました。
Kと私とは各自てんでんの時間の都合で出入りの刻限にまた遅速ができてきました。私がKより後おくれて
帰る時は一週に三度ほどありましたが、いつ帰ってもお嬢さんの影をKの室へやに認める事はないようになりました。
Kは例の眼を私の方に向けて、「今帰ったのか」を規則のごとく繰り返しました。私の会釈もほとんど器械のごとく簡単でかつ無意味でした。
 たしか十月の中頃と思います。私は寝坊ねぼうをした結果、日本服にほんふくのまま急いで学校へ出た事があります。
穿物はきものも編上あみあげなどを結んでいる時間が惜しいので、草履ぞうりを突っかけたなり飛び出したのです。
その日は時間割からいうと、Kよりも私の方が先へ帰るはずになっていました。私は戻って来ると、そのつもりで玄関の格子こうしをがらりと開けたのです。
するといないと思っていたKの声がひょいと聞こえました。同時にお嬢さんの笑い声が私の耳に響きました。私はいつものように手数てかずのかかる靴を穿はいていないから、
すぐ玄関に上がって仕切しきりの襖ふすまを開けました。私は例の通り机の前に坐すわっているKを見ました。しかしお嬢さんはもうそこにはいなかったのです
0189考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:39:19.760
私はあたかもKの室へやから逃のがれ出るように去るその後姿うしろすがたをちらりと認めただけでした。
私はKにどうして早く帰ったのかと問いました。Kは心持が悪いから休んだのだと答えました。
私が自分の室にはいってそのまま坐っていると、間もなくお嬢さんが茶を持って来てくれました。
その時お嬢さんは始めてお帰りといって私に挨拶あいさつをしました。
私は笑いながらさっきはなぜ逃げたんですと聞けるような捌さばけた男ではありません。
それでいて腹の中では何だかその事が気にかかるような人間だったのです。
お嬢さんはすぐ座を立って縁側伝えんがわづたいに向うへ行ってしまいました。
しかしKの室の前に立ち留まって、二言ふたこと三言みこと内と外とで話をしていました。
それは先刻さっきの続きらしかったのですが、前を聞かない私にはまるで解りませんでした。
そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になって来ました。Kと私がいっしょに宅うちにいる時でも、
よくKの室へやの縁側へ来て彼の名を呼びました。そうしてそこへ入って、ゆっくりしていました。
無論郵便を持って来る事もあるし、洗濯物を置いてゆく事もあるのですから、
そのくらいの交通は同じ宅にいる二人の関係上、当然と見なければならないのでしょうが、
ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのです。
ある時はお嬢さんがわざわざ私の室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。
それならなぜKに宅を出てもらわないのかとあなたは聞くでしょう。
しかしそうすれば私がKを無理に引張ひっぱって来た主意が立たなくなるだけです。私にはそれができないのです。
0190考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:45:53.140
中略

34

「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。
Kはそうではないと答えました。真砂町まさごちょうで偶然出会ったから連れ立って帰って来たのだと説明しました。
私はそれ以上に立ち入った質問を控えなければなりませんでした。しかし食事の時、またお嬢さんに向って、
同じ問いを掛けたくなりました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方をするのです。
そうしてどこへ行ったか中あててみろとしまいにいうのです。その頃ころの私はまだ癇癪かんしゃく持もちでしたから、
そう不真面目ふまじめに若い女から取り扱われると腹が立ちました。ところがそこに気の付くのは、
同じ食卓に着いているもののうちで奥さん一人だったのです。Kはむしろ平気でした。お嬢さんの態度になると、知ってわざとやるのか、
知らないで無邪気むじゃきにやるのか、そこの区別がちょっと判然はんぜんしない点がありました。
若い女としてお嬢さんは思慮に富んだ方ほうでしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところも、
あると思えば思えなくもなかったのです。そうしてその嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私の眼に着き出したのです。
私はそれをKに対する私の嫉妬しっとに帰きしていいものか、または私に対するお嬢さんの技巧と見傚みなしてしかるべきものか、
ちょっと分別に迷いました。私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。私はたびたび繰り返した通り、
愛の裏面りめんにこの感情の働きを明らかに意識していたのですから。しかも傍はたのものから見ると、ほとんど取るに足りない瑣事さじに、
この感情がきっと首を持ち上げたがるのでしたから。これは余事よじですが、こういう嫉妬しっとは愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、
この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代り愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです。
0191考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:49:58.850
 私はそれまで躊躇ちゅうちょしていた自分の心を、一思ひとおもいに相手の胸へ擲たたき付けようかと考え出しました。
私の相手というのはお嬢さんではありません、奥さんの事です。奥さんにお嬢さんを呉くれろと明白な談判を開こうかと考えたのです。
しかしそう決心しながら、一日一日と私は断行の日を延ばして行ったのです。そういうと私はいかにも優柔ゆうじゅうな男のように見えます、
また見えても構いませんが、実際私の進みかねたのは、意志の力に不足があったためではありません。Kの来ないうちは、
他ひとの手に乗るのが厭いやだという我慢が私を抑おさえ付けて、一歩も動けないようにしていました。Kの来た後のちは、
もしかするとお嬢さんがKの方に意があるのではなかろうかという疑念が絶えず私を制するようになったのです。
はたしてお嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい出す価値のないものと私は決心していたのです。
恥を掻かかせられるのが辛つらいなどというのとは少し訳が違います。こっちでいくら思っても、向うが内心他ほかの人に愛の眼まなこを注そそいでいるならば、
私はそんな女といっしょになるのは厭なのです。世の中では否応いやおうなしに自分の好いた女を嫁に貰もらって嬉うれしがっている人もありますが、
それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ愛の心理がよく呑のみ込めない鈍物どんぶつのする事と、当時の私は考えていたのです。
一度貰ってしまえばどうかこうか落ち付くものだぐらいの哲理では、承知する事ができないくらい私は熱していました。つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。
同時にもっとも迂遠うえんな愛の実際家だったのです。
 肝心かんじんのお嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長くいっしょにいるうちには時々出て来たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、
そういう事は許されていないのだという自覚が、その頃の私には強くありました。しかし決してそればかりが私を束縛したとはいえません。日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、
相手に気兼きがねなく自分の思った通りを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです。
0192考える名無しさん
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2015/10/11(日) 20:58:18.810
というわたくし(先生)とKとお嬢さんの三者三様破滅に向かう物語。

わたくし(先生)の嫉妬、疑念、怨嗟、煩瑣による思い込み。彼岸過迄に見られる高木と千代子への嫉妬。お嬢さんへの愛というよりは
Kを出し抜こうとするわたくしのホモジーニアスな性質。

現実あるあるだな。
0193コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/11(日) 21:06:04.840
先生は好きなら好きと言ってしまえと思った
kと先生の関係はそれで壊れる程度の関係なのか
0194
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2015/10/11(日) 21:08:41.800
前期三部作の「三四郎」「それから」「門」は物事が自然に消失していくような
ものだけど後期三部作「彼岸過迄」「行人」「こころ」は物事が最後に消失せずに
主人公達に身の破滅やどこにも行き当たらないままの葛藤で終わるヘビーな物語である。

漱石は晩年「則天去私」の発言をしているが後期三部作は主人公達が破滅に向かう。
前期の方が則天去私っぽくて後期は流れが破滅的になるのだが何故だろう。

おれは今後期三部作を歩んでいる気がする
0195コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/11(日) 21:10:22.370
kという競争相手がいるからこその焦がれで、実現したら冷める事に先生は気づいていて三角関係からぬけたくないのか
その様な三角関係は馬鹿げていて、消極な内省と快楽をもたらす幻想的な欲望は消してしまえと思った
0196コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 21:16:20.520
明治天皇の崩御と先生の自殺が同時だったというのは示唆的かもしれない
0197コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 21:29:46.560
先生とお嬢さんとの関係にkという他者が現れて結婚という終止符が現実的になった。
先生はkが現れたから慌ててお嬢さんに結婚を申し込もうとしようとはしない。

そこから初めてお嬢さんを巡る先生の内省が始まる。結婚を巡る問題は、舞姫の豊大郎の様に、kの自殺という他の可能性の消去によって決着がつく。
残念なのは先生とお嬢さんの結婚生活が幸せそうではない事だ。
0198コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 21:33:34.380
舞姫における豊大郎とエリスの場合は豊大郎の友人の行動で破局が決まり、先生とお嬢さんの場合はkの自殺で結婚が決まる。
事が成った後における豊大郎と先生の所在なさげな態度はいかに類似している事か。
0199コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/11(日) 21:41:55.190
自分は、代助が一度傍観ながら後に奪ってしまい尻に火がつくそれからの方が好きだ。
しかしこころの方が深い
0202考える名無しさん
垢版 |
2015/10/11(日) 21:52:31.460
鴎外の舞姫の物語の幹はアリスとの破局にはないだろ。終いには破局するのだが、漱石の物語の構造と鴎外の物語の構造を
比較するのは無理があるわ。行人の一郎とこころの先生を比較しようか
0204コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:06:45.680
舞姫については以前読んだ。

そこで思ったのは、豊太郎は留学をし恋に落ち国境や身分さのズレに伴うロマンスを抱き行動を取るのだが、
それは何一つ自ら結果を結ぶ事無く、保守的で同じ官僚でもある同僚の配慮によって、外国人エリスとの結婚は無くなってしまい、
将来を約束された国家官僚として豊太郎は日本に帰国する。

舞姫を読んで自分が思ったのは、ロマンスも行動も何だったのだろうかという事。
好きなのに何もせず、破局も自らが決めたものでもなく他人の手によって成ってしまい、その破局も自らが望んでいた事かもしれない。
そこにおいて豊太郎に生じるのは自己消失であろうと思う。
0205コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:15:33.290
「こころ」の引用を読んで、鷗外の「舞姫」にによってかつて喚起された自己消失を思い出した。
それによって「舞姫」と「こころ」が後からリンクする。

「こころ」は「舞姫」よりも深いだろうと思う。
0206コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:22:21.190
>>191にあるように先生は臆病から声をかけられなかったのではないが、
結婚と共に妻となったお嬢さんへの愛情が、Kなき生活において失われていったというのもあり、お嬢さんを愛していたとも思えない。
だからあえて言ってしまえ、言えるだけのものがあるのか、そう思った。
0207コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:26:46.600
連投になってすまない。

>>191では、お嬢さんが本心を明かさないだろうという事なのだが、分かってるがそこは簡単に読み替えた。
0208コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:28:43.620
お嬢さんの本心は永久に分からない、分からない以上先生はお嬢さんに求婚できないという事。
それでも先生はお嬢さんと結婚するのだけど。
0210コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:40:28.310
読み替えたというか、お嬢さんの気持ちは原理的に分からず、お嬢さんとの結婚を決めるに当たって先生の意志力は用をなさない。
だから先生は臆病じゃないという事なのだが、何となく分かってたけど面倒で読んでなかった。
0211コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/11(日) 22:45:48.250
>>209すまない

論点は>>192にあるように、意志力を発揮できない先生、本心を明かせないお嬢さん、内容のある事は何も語らないK
この三者が相互に恋愛関係におかれながら、自家撞着的になってしまうという事だと思う。
0212
垢版 |
2015/10/12(月) 21:53:14.440
精神医学上の研究対象
漱石は、神経衰弱やうつ病あるいは統合失調症を患っていたとされているが[37][38]、
このことが当時のエリート層の一員であり、最上級のインテリでもあった漱石の生涯および作品に対して如何に影響を及ぼしているのかが、
精神医学者の病跡学上の研究対象となっており、実際にこれを主題としたいくつかの学術論文が発表されている。
0213考える名無しさん
垢版 |
2015/10/12(月) 22:03:15.090
死者は語らないから研究に便利なんだよ
幾らでも創作できるから
精神医学なんていまだにデタラメが平気でまかり通る世界ですよ
0214考える名無しさん
垢版 |
2015/10/12(月) 22:06:28.180
吉本隆明が夏目漱石はパラノイアだとひたすら言い続けていたが、
おれもパラノイアについては身に覚えがあるために他人事には思えない部分がある。
パラノイアといっても学者であるので作品の中にはパラノイアの症状を思わせるような
はっきりとしたことは出てこない。しかし暗に他人の内面を自分の精神の外部に繋げてしまう
ようなものがないでもない。

おれも他人をみるとき随分詮索をして、そいつの思惑を疑う癖がある。
知っててやってるのか知らずにやってるのか、それさへ疑うことがある。
0215
垢版 |
2015/10/12(月) 22:14:43.940
>>213

精神医学がデタラメだというのはいささかなんかの本の影響を受けすぎてないか?
というのも精神医学は薬学と臨床とに分けられるが、だいぶ症例やDATAが蓄積されているもので、
成果だってちゃんとあがっている。臨床はまったく駄目でデタラメだというのは中身を知らなさすぎる人の戯言だろう。

ただ臨床は水物であり、人間は再帰的にどんどん変化していくものだから、急に内面が変化することがある。
臨床がうまくいっていてもだんだん不味くなり、うまくいかないまま続いても急によくなることもある。
0216
垢版 |
2015/10/12(月) 22:30:15.140
人の思惑を見破るというのはパラノイアの始まりだからね。
実際はあいつ何考えてるのか詮索するのはみんなやることだけど、それを完璧に見破ることは不可能。
もっともっと内面てのは深く複雑である。おれはそれでも相手の内面を断定する癖がある。
断定していくということは思い込みであり、それこそがパラノイアだ。スキゾイドのように相手の内面なんて関係なく
相手に接する方がよっぽど自分の願望が通りやすい。が、おれはそうではない。
相手を考え抜こうとする。考えて考えて徒労に終わってきた20代。30代は極力相手の実存を半分残して、本質をみるようになってきた。
0217
垢版 |
2015/10/12(月) 22:48:22.550
世の中には聖域と俗世間があるが、実際にはもう少しある。グレーゾーンと黒い世界だ。

人の輪や関係性を縁起という。わたしにも友人がいて友人にも他の友人がいて、そうやってわたしに繋がっている。
辿ろうと思えばみんな縁起によって、どれだけでも辿っていける。しかし実際はみんな縁がきれぎれで縁が閉じられている。
だからみんな縁には苦労する。ともすればグレーゾーンに行き当たる。グレーゾーンは黒い世界の入り口だ。

縁が広ければ広いほどグレーゾーンにかかりやすい。
黒い世界は俗世間の人間にとってはめちゃくちゃな世界だ。
知れば絶望するだろう。
0218
垢版 |
2015/10/12(月) 22:54:58.570
そうはいってもだいたいのことが掴めてりゃ安全だ。

夏目漱石は俗世間をうまく描いている。俗世間にいきている人間も黒い世界どうようみんな狡猾で根性が悪い。
漱石は田舎の人間は都会の人間より悪いようなものだといっていたが、まったく同感だ。
0219考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 01:07:10.63O
>>215
あなたの方こそ本の影響を受けすぎなのでは?本当に精神医学の現場を知ってるんですか?精神医療の世界はいまだに「カッコーの巣」のまま。酷い世界なのを知ってるのかなあ?
0220考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 12:15:39.630
>>219
そうなんだよね。

普通の病気は、多くは体の病変がわかるから原因を特定できるし、対応もできる。
心の病気は、少数の例を除いて原因の特定ができない。
このことは素人にでもわかる根本的な違い。

かりに漱石がパラノイアだったとしても、一群の言動から特徴をまとめただけで、原因も対応方法もわからない。
現代でも、経験上この薬を飲ませれば気分が良くなる、程度のことしかできない。

>>215は、ちょっとカッコイイこと言って見たかっただけだろう。
0221考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 19:50:05.030
僕は緑に電話をかけ、君とどうしても話がしたいだ。話すことがいっぱいある。はなさくちゃいけないことがいっぱいある。
世界中に君以外に求めるものは何もない。君と会って話がしたい。何もかもを君と二人で最初から始めたい、と言った。
緑は長いあいだ電話の向こうで黙っていた。まるで世界中の細かい雨が世界中の芝生に降っているようなそんな沈黙がつづいた。
僕はそのあいだガラス窓にずっと額を押しつけて目を閉じていた。それから緑が口を開いた。「あなた、今どこにいるの」と彼女は静かな声で言った。
僕は今どこにいるのだ?
僕は受話器を持ったまま顔を上げ、電話ボックスのまわりをぐるりと見回してみた。 僕は今どこにいるのだ?
でもそこがどこなのか僕にはわからなかった。見当もつかなかった。いったいここはどこなんだ?
僕は目にうつるのはいずこへともなく歩きすぎていく無数の人々の姿だけだった。僕はどこでもない場所のまんなかから緑を呼び続けていた。

「ノルウェーの森」村上春樹
0222考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 20:17:19.410
上野千鶴子は村上春樹「ノルウェーの森」について「下手くそな恋愛の描き方」として酷評していて、
文芸評論家の批判も多いが物語の構成としては、この最後の部分に主人公の生への決意がなされているわけだ。
死の象徴としての直子の死により、彷徨ったあげく緑(=草木の色=生)に生への方向性を問う、この部分を私はいつもイメージする。
女と接する時、緑をイメージするものの、女が私に与えるのは死への誘い。女ってのはみんな暗い生き物だ。
ただ今まで生きてきたなかで緑を思わせてくれた女性も少なからずいた。
彼女たちはみんな笑顔が正気に満ちていて、おれは生へ向かおうとする。しかし、うまく入っていけない。
本質を思わせてくれた緑のような女の子は私に飛躍を強いる。私はまだずっと彷徨い続けている。
草木の色ばかりの森のなかで私は何も得られず死んでいくだけなのだ。
0224考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 20:44:34.430
でもやっぱり恋愛は「ノルウェーの森」の主人公のようにみっともなく緑に「君しかいない」と言い続けるしかないのだなあと思う。
それは付き合った後も言い続けるしかないんじゃないかな。男は女に問い続けていくしかない。
非常にみっともなく、歯の浮くような言葉ではあるが、それを女に言い続けていく以外にはない!
それこそがピュシスへの飛躍。哲学で言うところの連続性なのだろう
0225考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 20:47:16.230
山奥精神病院のホラーといえばトーマス・マンの「魔の山」だな。ハンス・カストルプか。もう内容もほとんど覚えていないよ・・・
0227考える名無しさん
垢版 |
2015/10/13(火) 23:39:43.250
ああ感無量だ。僕はもう満足ですよ。このままフリーズして世界を止めていたいくらいだ。
だけど時間は刻一刻と刻まれているんですよねー。

ダスティン・ホフマンの出ていた「卒業」という映画がありましたが、まっすぐに自分の思ったこと言ったりやったりしたらスッキリして
その後のことなんか考えられなくなりますね。男とはそういうものです。ホモジーニアスの世界はや(やまなし)お(おちなし)い(意味なし)と言う
言い方があるけどオチとは何でしょうね〜

答えは風が知っているのでしょうかー
0228
垢版 |
2015/10/14(水) 02:35:03.370
今日はほろ酔い気分だ。
月がきれいですねか。おれも埼玉に戻って生活がしたい
0229
垢版 |
2015/10/14(水) 07:27:49.080
2001年はそれでもいろいろあった年だった。
1人の女の子との出会いがあった。ライターとは何かというアカデミー(専門学校)の口座を受講したのだ。
週一回12回の口座を4カ月受けた。そこでいろいろな人との出会いがあり、出版業界のノウハウや取材やインタビューなどの課題が出されみんなでそれらに取り組んだ。
いろいろな事情の人がいていろいろな刺激を受けた(断わって置くが、卒業して出版業界とは無縁の生活を送っている。
僕が初めて就職したのは総合物流の業界だった。それはさて置き)
そのなかに非常に大人しい学習院の女の子との出会いがあった。その子とはうまく仲良くなれた。
0231考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 12:52:09.520
あげ
0232考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 20:39:22.950
横光利一「機械」

ここの仕事は初めは見た目は楽だがだんだん薬品が労働力を根柢から奪っていくということに気がついた。
それで明日は出よう今日は出ようと思っているうちにふと今迄辛抱したからにはそれではひとつここの仕事の急所を
全部覚え込んでからにしようという気にもなって来て自分で危険な仕事の部分に近づくことに興味を持とうとつとめ出した。
ところが私と一緒に働いているここの職人の軽部は私がこの家の仕事の秘密を盗みに這入(はい)って来たどこかの間者だと思い込んだのだ。
彼は主人の細君の実家の隣家から来ている男なので何事にでも自由がきくだけにそれだけ主家が第一で、よくある忠実な下僕になりすましてみることが道楽なのだ。
彼は私が棚の毒薬を手に取って眺めているともう眼を光らせて私を見詰めている。私が暗室の前をうろついているともうかたかたと音を立てて自分がここから見ているぞと知らせてくれる。
全く私にとっては馬鹿馬鹿しい事だが、それでも軽部にしては真剣なんだから無気味である。彼にとっては活動写真が人生最高の教科書で従って探偵劇が彼には現実とどこも変らぬものに見えているので、
このふらりと這入って来た私がそういう彼にはまた好箇の探偵物の材料になって迫っているのも事実なのだ。殊に軽部は一生この家に勤める決心なばかりではない。
ここの分家としてやがては一人でネームプレート製造所を起そうと思っているだけに自分よりさきに主人の考案した赤色プレート製法の秘密を私に奪われてしまうことは本望ではないにちがいない。
しかし、私にしてみればただこの仕事を覚え込んでおくだけでそれで生涯の活計を立てようなどとは謀(たくら)んでいるのでは決してないのだが、そんなことをいったって軽部には分るものでもなし、
また私がこの仕事を覚え込んでしまったならあるいはひょっこりそれで生計を立てていかぬとも限らぬし、いずれにしても軽部なんかが何を思おうとただ彼をいらいらさせてみるのも
彼に人間修養をさせてやるだけだとぐらいに思っておればそれで良ろしい、そう思った私はまるで軽部を眼中におかずにいると、その間に彼の私に対する敵意は急速な調子で進んでいて
この馬鹿がと思っていたのも実は馬鹿なればこそこれは案外馬鹿にはならぬと思わしめるようにまでなって来た。
0233考える名無しさん
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2015/10/14(水) 20:41:37.020
(続き)

人間は敵でもないのに人から敵だと思われることはその期間相手を馬鹿にしていられるだけ何となく楽しみなものであるが、
その楽しみが実はこちらの空隙になっていることにはなかなか気附かぬもので私が何の気もなく椅子を動かしたり断裁機を廻したりしかけると
不意に金槌が頭の上から落(おっこ)って来たり、地金の真鍮板が積み重ったまま足もとへ崩れて来たり安全なニスとエーテルの混合液の
ザボンがいつの間にか危険な重クロムサンの酸液と入れ換えられていたりしているのが初めの間はこちらの過失だとばかり思っていたのに
それが尽く軽部の為業(しわざ)だと気附いた時には考えれば考えるほどこれは油断をしていると生命まで狙われているのではないかと思われて
来てひやりとさせられるようにまでなって来た。殊に軽部は馬鹿は馬鹿でも私よりも先輩で劇薬の調合にかけては腕があり、
お茶に入れておいた重クロム酸アンモニアを相手が飲んで死んでも自殺になるぐらいのことは知っているのだ。
私は御飯を食べる時でもそれから当分の間は黄色な物が眼につくとそれが重クロムサンではないかと思われて箸がその方へ動かなかったが、
私のそんな警戒心も暫くすると自分ながら滑稽になって来てそう手容(たやす)く殺されるものなら殺されてもみようと思うようにもなり自然に軽部の事などはまた私の頭から去っていった。
0234考える名無しさん
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2015/10/14(水) 20:48:35.420
(中略)

それから間もなく反対に軽部の眼がまた激しく私の動作に敏感になって来て仕事場にいるときは
殆ど私から眼を放さなくなったのを感じ出した。思うに軽部は主人の仕事の最近の経過や赤色プレートの
特許権に関する話を主婦から聞かされたにちがいないのだが、主婦まで軽部に私を監視せよといいつけたのか
どうかは私には分らなかった。しかし、私までが主婦や軽部がいまにもしかするとこっそり主人の仕事の秘密を
盗み出して売るのではないかと思われて幾分の監視さえする気持ちになったところから見てさえも、
主婦や軽部が私を同様に疑う気持ちはそんなに誤魔化していられるものではない。
そこで私もそれらの疑いを抱く視線に見られると不快は不快でも何となく面白くひとつどうすることか
図々しくこちらも逆に監視を続けてやろうという気になって来て困り出した。
丁度そういうときまた主人は私に主人の続けている新しい研究の話をしていうには、
自分は地金を塩化鉄で腐蝕させずにそのまま黒色を出す方法を長らく研究しているのだが
いまだに思わしくいかないのでお前も暇なとき自分と一緒にやってみてくれないかというのである。
0235考える名無しさん
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2015/10/14(水) 20:51:24.660
(続き)

私はいかに主人がお人好しだからといってそんな重大なことを他人に洩して良いものであろうかどうかと思いながらも、
全く私が根から信用されたこのことに対しては感謝をせずにはおれないのだ。いったい人というものは信用されてしまったらもうこちらの負けで、
だから主人はいつでも周囲の者に勝ち続けているのであろうと一度は思ってみても、そう主人のように底抜けな馬鹿さにはなかなかなれるものではなく、
そこがつまりは主人の豪いという理由になるのであろうと思って私も主人の研究の手助けなら出来るだけのことはさせて貰いたいと心底から礼を述べたのだが、
人に心底から礼を述べさせるということを一度でもしてみたいと思うようになったのもそのときからだ。だが、私の主人は他人にどうこうされようなどとそんなけちな
考えなどはないのだからまた一層私の頭を下げさせるのだ。つまり私は暗示にかかった信徒みたいに主人の肉体から出て来る光りに射抜かれてしまったわけだ。
奇蹟などというものは向うが奇蹟を行うのではなく自身の醜さが奇蹟を行うのにちがいない。それからというものは全く私も軽部のように何より主人が第一になり始め、
主人を左右している細君の何に彼に反感をさえ感じて来て、どうしてこういう婦人がこの立派な主人を独専して良いものか疑わしくなったばかりではなく出来ることなら
この主人から細君を追放してみたく思うことさえときどきあるのを考えても軽部が私に虐(つら)くあたってくる気持ちが手にとるように分って来て、彼を見ていると
自然に自分を見ているようでますますまたそんなことにまで興味が湧いて来るのである。
0236コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:00:56.720
こころと併せて読まれるべきは横光「機械」だよな。
俺も実はそう思ってた。
0237考える名無しさん
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2015/10/14(水) 21:05:47.880
(中略)

あんなに早くから一にも主人二にも主人と思って来た軽部にも拘らず新参の私に許されたことが
彼に許されないのだからいままでの私への彼の警戒も何の役にも立たなくなったばかりではない、
うっかりすると彼の地位さえ私が自由に左右し出すのかもしれぬと思ったにちがいないのだ。
だから私は幾分彼に遠慮すべきだというぐらいは分っていても何もそういちいち軽部軽部と彼の眼の色ばかりを
気使わねばならぬほどの人でもなし、いつものように軽部の奴いったいいまにどんなことをし出すかと
そんなことの方が却って興味が出て来てなかなか同情なんかする気にもなれないので、
そのまま頭から見降ろすように知らぬ顔を続けていた。
すると、よくよく軽部も腹が立ったと見えてあるとき軽部の使っていた穴ほぎ用のペルスを私が使おうとすると
急に見えなくなったので君がいまさきまで使っていたではないかというと、使っていたってなくなるものはなくなるのだ、
なければ見附かるまで自分で捜せば良いではないかと軽部はいう。それもそうだと思って、私はペルスを自分で捜し続けたのだが
どうしても見附からないのでそこでふと私は軽部のポケットを見るとそこにちゃんとあったので黙って取り出そうとすると、
他人のポケットへ無断で手を入れる奴があるかという。他人のポケットはポケットでもこの作業場にいる間は誰のポケットだって同じことだというと、
そういう考えを持っている奴だからこそ主人の仕事だって図々しく盗めるのだという。いったい主人の仕事をいつ盗んだか、
主人の仕事を手伝うということが主人の仕事を盗むことなら君だって主人の仕事を盗んでいるのではないかといってやると、
彼は暫く黙ってぶるぶる唇をふるわせてから急に私にこの家を出ていけと迫り出した。
0238コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:07:50.820
これを読んだときは、設定も町工場と地味だし主人公も軽部も屋敷も何だか意固地だとしか思わず、この小説は特に印象に残らなかった。
0239考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 21:09:37.110
これは難しい小説で知的でないと読めないものだと思う。
0240考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 21:09:50.820
(続き)

それで私も出るには出るがもう暫く主人の研究が進んでからでも出ないと主人に対してすまないというと、
それなら自分が先きに出るという。それでは君は主人を困らせるばかりで何にもならぬから私が出るまで
出ないようにするべきだといってきかせてやっても、それでも頑固に出るという。それでは仕方がないから出ていくよう、
後は私が二人分を引き受けようというと、いきなり軽部は傍にあったカルシュームの粉末を私の顔に投げつけた。
実は私は自分が悪いということを百も承知しているのだが悪というものは何といったって面白い。軽部の善良な心がいらだちながら
慄えているのをそんなにもまざまざと眼前で見せつけられると、私はますます舌舐めずりをして落ちついて来るのである。
これではならぬと思いながら軽部の心の少しでも休まるようにと仕向けてはみるのだが、だいいち初めから軽部を相手にしていなかったのが
悪いので彼が怒れば怒るほどこちらが恐わそうにびくびくしていくということは余程の人物でなければ出来るものではない。
どうもつまらぬ人間ほど相手を怒らすことに骨を折るもので、私も軽部が怒れば怒るほど自分のつまらなさを計っているような気がして
来て終いには自分の感情の置き場がなくなって来始め、ますます軽部にはどうして良いのか分らなくなって来た。
全く私はこのときほどはっきりと自分を持てあましたことはない。まるで心は肉体と一緒にぴったりとくっついたまま存在とはよくも名付けたと思えるほど
心がただ黙々と身体の大きさに従って存在しているだけなのだ。
暫くして私はそのまま暗室へ這入ると仕かけておいた着色用のビスムチルを沈澱さすため、試験管をとってクロム酸加里を焼き始めたのだが軽部にとっては
それがまたいけなかったのだ。私が自由に暗室へ這入るということがすでに軽部の怨みを買った原因だったのにさんざん彼を怒らせた揚げ句の果に直ぐ
また私が暗室へ這入ったのだから彼の逆上したのももっともなことである。彼は暗室のドアを開けると私の首を持ったまま引き摺り出して床の上へ投げつけた。
私は投げつけられたようにして殆ど自分から倒れる気持ちで倒れたのだが、私のようなものを困らせるのには全くそのように暴力だけよりないのであろう。
0242コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:26:28.240
拗れて互いに暴力的になりながら、その中で異人的で優れた屋敷が事故で死んで、
その事故は誰かによる故意だったのではないか、その誰かとは自分だったのではないかというのは面倒で馬鹿らしいと思う。
ちゃんとコミュニケーションをとって、事故は起こすなと思う。
0243考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 21:41:20.220
主人公と軽部のやりとりは一見、軽部が馬鹿で主人公が軽部をやり込めていっているように
見えるが実はそうではない。軽部の心理状態が主人公には最後まで不可解で不気味であり、主人公は軽部の他者性を
ずっと測っているがどこまでも掴めずに最後に軽部が死ぬまで自分を喪失し続けているのである。
軽部が何故そこまで自分に執着して攻撃の対象にするのか、主人公はその軽部の情動を観察し続け、
理解しようとしてコミカルに掴みかけては離れ、また掴みかけては離れして、最後の軽部のドジによる死により
自分が一体軽部という人間をどうみていてどう扱ってどう彼を思っていたのか、また恨んでいたのかわからなく
なっているのである。物語の登場人物として屋敷が物語中段で現れるが、屋敷の心の動きを探っている主人公が
今度は軽部の側に立ってみると、ますます軽部に対して自分が抱いているものが殺意だったのかそうでなかったのか
わからなくなっている。まあ、屋敷の構造上の役割はいろいろあるけど、人が人の心の動きを読むということはいっそう
自分というものの心の動きや願望を喪失するものだということだろう。
0244コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:48:02.850
主人公は軽部で暇つぶしをしてるだけじゃないかな。
その暇つぶしによって空虚を埋めている。
主人公の軽部の暇つぶしはからかいであって、それは暴力をもたらしかねないし、スリルの放置を楽しんでる。
0245コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:49:35.050
でも機械細工としての軽部をからかって暇を潰すというのは、遊戯としての余りよろしくはないし、機械に巻き込まれて終わりますね。
0246考える名無しさん
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2015/10/14(水) 21:51:01.290
軽部の攻撃性の置き換えも不可解だが、社会に出るとこちらは何とも思ってなくても
急に足を引っ張るやつが出てくるのは日常茶飯事であることはみんな経験があるだろう。
何故なのか?どうして何もしていない私に敵意むき出しでこの人はいるのだろうか?
何を思ってこの人は私の敵側に回って陰湿にも裏で手を回したり足を引っ張ったりするのか?
それを私は推し量ろうとする。そうすると自分が相手に敵意を向ける以外何も無いことに気づく。
もし敵意を向けないとすれば、この機械の主人公のように何がなにやらわからなくなってしまうのである。
最後に軽部を殺したのは自分なのか?自分は一体軽部に何を思っていたのか?
0247コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:51:37.950
軽部の内面を読もうとはしてないですよ。
何か投げかけて機械の玩具としての軽部がどう反応するかによって暇を潰しているだけ。
しかしそれを遊戯ではなく仕事においてするので、おかしくなる。
余り読んでないけど。
0249コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 21:55:20.900
主人公は軽部を殺す事はない、軽部は玩具でしかないのだから。
事故で死ぬのは屋敷で、主人公はそれが自分がやったのではないかと思ってしまう。
0250考える名無しさん
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2015/10/14(水) 21:55:44.020
>>245
暇つぶししておもしろがっている様に見えるが心底、軽部に対する敵意を
ひたすら見せない主人公の空なるこころが軽部を殺したのではないか?
軽部にこのやろうおまえはおれの敵か。ならばこちらにも考えがあるというのが
普通の心理状態ではないか?それがないから殺すまでしでかしたのだとしたら
0253コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 22:11:24.890
主人公は主人によって機械にされ、軽部は主人公によって機械にされる。
そこに屋敷がやってきて、機械としての主人公に人間性が芽生え、しかし処理できずに恐らくは屋敷を殺す。
0254コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 22:23:50.820
主人に主人公も軽部も自我を持たない機械の様にされている。
主人公と軽部は機械どうしてじゃれあっているだけ。

屋敷は忙しい時期に雇われた臨時の職員で主人に心酔しておらず、機械になっておらず
機械における自我を持った独立した異物として存在している。
主人公がその内面を気にするのは独立した異物としての屋敷であって軽部ではない。
機械としての社内で、一つの機械でもある歯車として動きつつ、機械の中で機械でない屋敷の内面に不安と憧憬を惹起させられる。
0255コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 22:31:48.910
その屋敷とて機械の動きの中からは逃れられず、三者は文字通り三つ巴の取っ組み合いを始める。
これは機械のごとく、力学的な釣り合いが取れるまでナンセンスに殴りあう。
0257コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/14(水) 22:40:04.530
倫理かナンセンスかは分からないがともかく殴り合い何事もないかのように和解し、仕事をしたり酒を飲む。
しかしその機械の様な円滑な関係の中で、屋敷が事故で死んでしまう。
この事故は機械の故障であるが、そこで主人公は自らが殺したのではないかと不安を感じつつ思考を放棄する。
0258考える名無しさん
垢版 |
2015/10/14(水) 23:09:48.150
漱石の登場人物は、みんな考えすぎである。
『それから』の書生(門野)みたいな人物をもっと登場させるべきだった。
0260コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/15(木) 06:18:01.200
「機械」と「舞姫」はたまたま読んでた。
あとは春樹と安悟の青春論、堕落論くらいか。
他の小説は読んでない。
0261コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 06:34:41.340
主人公が屋敷を殺害をしたかしていないかは分からないが、主人公がどこかで屋敷の死を願ってはいた。
屋敷の死は自らの願望に一致し、主人公は屋敷の死は自分がもたらしたものなのではないかという疑心にとらわれる。

機械の中で機械化されている人間は、自分に対しても他人に対しても自由を持つ人間に対して不安を覚える。
自己原因的な人間になれるのか、なろうとした時にその困難が主人公を襲い、上記の焦れる様な不安に囚われる。

自己が分からず、他者も分からず、分かる事は困難だが、機械のままでいる事も許されない。
機械から離れて人間になろうとするもなれず困難だけが自覚され、それによってかつて自らがその一部としてあった機械に「じりじりと狙われている」ような焦れる不安を感じる
自分が横光「機械」をかつて読んだときに思った面倒さは、人間になる困難において生じる機械から「狙われる」様な圧迫感によるのだと思う。
0262コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 06:44:56.390
機械の頂点にいるのは機械も人間も超越した神の様な主人。
神によって機械化された生活を送っている限り、殆ど不可能な自らが、そして互いが人間である事の困難において機械から突きつけられる焦れる様な不安は感じずに済む。
人間であろうとすると、不可能性の困難を突きつけられ、焦れる不安に圧迫される。

もう止めたい、自分も主人公と同じくどうしたらいいのか分からないが即席的な発散は止めアイデンテティを得たい。
0263コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 06:51:13.890
余り読んでない。
主人公は主人に機械化されたというより、どちらにせよ機械としての資本主義社会の一部として生きざるを得ない。
主人にせよ主人公を拾う主人の妻にせよ、機械としての資本主義の意味を問おうとはせず、主人は気ままで妻は機械の円滑な運行を担うのみ。
その運行の実務に携わるのが主人公で彼は機械の中で機械化されている。
0264コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/15(木) 06:54:58.090
かつて読んでも面倒だとしか思わなかった「機械」は、文学者横光の仕事なのだと今は思う。
0268コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 10:47:48.950
主人は仙人というよりは普通のきままな人間で、それでは工場は成り立たないので変わりに彼の妻が代理の主として工場の取り仕切る。
主人の妻は家庭人であり、主人の代理と言っても謂わば工場の経営を委託を行う程度で、会社は主人無き機構としての機械となってしまう。

主人公はこの気ままな工場の主人と、その形式的代理の位置にいる妻とによる機械としての工場に雇われるのだが、
彼は機械の部品となるにふさわしく、無個性で無履歴である。

主人公は機械的な人間であるが、それ故に実務を任され、権力を期せずして得てしまう。
しかし彼は機械的で権力性にも権力の用途にも無頓着であり、やはりまた工場は機械化してしまい、
権力を持ち、実質的に主人となってしまった主人公に対する同僚軽部との間の諍いにおいて、軽部のなすがままに任せるのみである。
0269コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 10:53:59.980
主人は機械における主人公の自我不安によって聖化されるものであると同時に、主人公の将来でもある。
恐らく主人公は、特に何かが起こらない限り後に何かの名目上の主人となり、気ままに振舞いつつ彼を聖化しながら機械的に働くものを雇い入れるだろう。
機械の故障によってそうはならず、主人公は自我不安を引き受けるとば口に立たされる。
その先に主人公は自らの人性の主人となり、社会の一員として他人をそういう人間として関わる他ないのではないか。
0271コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:24:39.380
作品を読んで機械化に抗うか機械化をメタに容認するかについては単純に前者が良いと思ってしまった。
機械化がダメだとは思っていないのだが、それもそう批判されるべきではないかもしれない。
やはり近代をどう考えるかという事になっていくのだろう。自ら人になり他人もそう扱うというのは近代の市民観だろう。
それを称揚するだけなら何も小説を書く事はないが、「機械」は小説だ。
0272コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:31:47.560
>>269はエディプスコンプレックスを思い出してつい書いてしまった。
上に明らかな通り俺は才能はないが色々やってみたいと思う。2ちゃんは控えたい。
0273コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:40:00.940
才能はないが最終的には機械化のメタ容認をするようになると思う。
そのためにも一度色々やりたい。才能無いしどうでもいい。
悪い連投は止めたい。
0274コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:42:02.400
批判するつもりは全く無く、寧ろ止めようかと思ったのだが自分の「機械」の感想として書いてしまった。
0275コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:44:12.500
上の人性は人生のタイプミスなのだがそれはともかく、同僚の屋敷の死は主人公による人性の目覚めに関連するので「機械」は人性批判でもある。
0276コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 11:56:41.180
×同僚の屋敷の死は主人公による人性の目覚めに関連するので「機械」は人性批判でもある。
同僚の屋敷の死は、直接の関連は無いにせよ、主人公による人性の目覚めに彼の意識においては関連していて「機械」は人性批判でもある。
0277コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 12:01:17.070
主人公と軽部のケンカや、後に主人公が主人になりそこでも同じケンカが繰り返されるというのにはため息が出る。
色々やるしかない。
0279コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 12:10:38.260
「機械」は父も予言を逃れようとする息子もおらず、エディプスコンプレックスではない。
機械における単なる役柄の継承があるだけでエディプスコンプレックスとは言えないと思うが、
「機械」的継承にもため息が出た。
闘争的エディプスコンプレックスも「機械的」継承もどちらもため息は出る。

俺もおかしくてこういう連投が一番ダメ。
0280コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 20:01:43.000
エディプスコンプレックスとソポクレスの「オイディプス王」は違うが止めよう。
0281コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 20:55:12.010
俺が自分に拘るのは無気力によるもので、俺は俺に興味は余りない。
0282コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 21:12:19.510
今は虚しい。
自分には興味を持つべきだろうと思う、安易に空虚な自分に逃げないようにしたい。
消えよう。
0285コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/15(木) 21:41:21.910
最近少しマシになったかと思ったが、2ちゃんに書き込むとついこうなる
控えたい
0286コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/16(金) 10:22:04.040
自分は屋敷の事故死について主人公の様に自分がやったのではないかという疑念は抱かないな

屋敷が嫌いでないのに彼を殴るとか、過去それに類する事を殆ど無意図でやってしまったら、
過去の否定と罪悪感によって上のような場面を見て、倫理的な行動をとるという事はある
0287コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/16(金) 10:26:26.610
意図して殴っても後で後悔するとは思う

他の人間に度を超えた害を加えるのは人に許されていないと思う
それをやったら意図的かそうでないかによらず後で後悔する

他人を嫌う権利やそれに基づいて批判を行う権利というのも残されるべきだと思うが

また批判は自らの感情的な好悪とは別になされうるものであるとも思う
0288コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/16(金) 10:37:54.840
人が殴られるのを主人公が止めたとしたら、それは彼が殴りたいという願望を持っているという事への不安ではなくて、不可解さと罪悪感のせいであると

これは飽くまで日本国内での話で、欧米先進国はともかく、中東等の紛争地域ではこうも言っていられないと思うが
0291考える名無しさん
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2015/10/16(金) 19:08:06.950
若きウェルテルの悩み ゲーテ(高橋義孝役割)

学問のある学校先生や家庭教師の方々は、口をそろえて、子供たちというものは自己の欲求の
拠ってきたる所以を知らぬとおっしゃるのだが、大人だってそうじゃないか。
子供たちと同じこの地上をよちよち歩きまわってさ、どこからやって来てどこへ往くのか知りはしないし、
本当の目的に従って行動しもしないし、ビスケットやお菓子や鞭であやつられているわけなんだが、
不思議だね、誰もそういう実情を信じたがらない。ところが、こんなにはっきりしていることはないじゃないか。
0292考える名無しさん
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2015/10/16(金) 20:48:24.390
中原中也と小林秀雄、長谷川泰子の三角関係

ある日、部屋に中原中也がやってくる。そして、またやってくる。何回もやってくる。
気がつくと、妙なぐあいに三角関係ができていた。散歩のおりに、
中原中也が甘えたように泰子のほうに寄り添ってきて、キスをねだる。キスをしてくれという。
泰子は、小さな中野公園の隅っこの芝生の上に寝転び、彼を久しぶりに受け入れてやる。
彼はもう中学を卒業し、顎には髭も生え、いっぱしのダダイストの存在になっていた。
山口にいたころの中原中也とは大違いだった。横光利一みたいな新感覚派気取りの帽子をかぶり、
手には大学ノートを持ち、いつでも詩が書けるようにいつもそれを持ち歩いていた。
とうぜん、キスだけで終わる話じゃなく、昼間の公園の木陰で、いつの間にか性交してしまう。
泰子は妊娠を恐れて中出しを拒んだ。彼はしかたなく、
泰子の腹の上に出した。泰子はやさしく中原中也のものを拭いてやった。
彼女は、満足する間もなく、果ててしまったことを恨みに思うことはなかった。彼が年下だったこともあって、
母性が反応してしまったらしい。中原中也には、いつもやさしく接した。小林のセックスは、
中原中也とはまったく違い、泰子は小林と出会って、女の幸せを感じた。
長谷川泰子は、生涯を通じて、小林秀雄との生活が唯一幸せだったと自伝に書き記している。
それくらい性の快楽を堪能したようだった。――中原中也は、大人になっても子供のような気持ちを捨てなかった。泰子のまえでは、
甘えん坊だった。彼は泰子と出会って、いい詩が書けた。
0293考える名無しさん
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2015/10/16(金) 20:53:58.900
中原中也と小林秀雄、長谷川泰子

ある日、部屋に中原中也がやってくる。そして、またやってくる。何回もやってくる。
気がつくと、妙なぐあいに三角関係ができていた。散歩のおりに、中原中也が甘えたように
泰子のほうに寄り添ってきて、キスをねだる。キスをしてくれという。
泰子は、小さな中野公園の隅っこの芝生の上に寝転び、
彼を久しぶりに受け入れてやる。彼はもう中学を卒業し、顎には髭も生え、いっぱしのダダイストの存在になっていた。
山口にいたころの中原中也とは大違いだった。横光利一みたいな新感覚派気取りの帽子をかぶり、
手には大学ノートを持ち、いつでも詩が書けるようにいつもそれを持ち歩いていた。
とうぜん、キスだけで終わる話じゃなく、昼間の公園の木陰で、いつの間にか性交してしまう。
泰子は妊娠を恐れて中出しを拒んだ。彼はしかたなく、泰子の腹の上に出した。泰子はやさしく中原中也のものを拭いてやった。
彼女は、満足する間もなく、果ててしまったことを恨みに思うことはなかった。彼が年下だったこともあって、母性が反応してしまったらしい。
中原中也には、いつもやさしく接した。小林のセックスは、中原中也とはまったく違い、泰子は小林と出会って、女の幸せを感じた。
長谷川泰子は、生涯を通じて、小林秀雄との生活が唯一幸せだったと自伝に書き記している。
それくらい性の快楽を堪能したようだった。――中原中也は、大人になっても子供のような気持ちを捨てなかった。泰子のまえでは、
甘えん坊だった。彼は泰子と出会って、いい詩が書けた。
0294考える名無しさん
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2015/10/16(金) 21:00:54.960
三角関係(三者三様の破滅)

小林は、泰子に「こんど芝居を観にいこうか」といった。泰子はきゅうに嬉しくなり、「ええ!」と、声も弾んでしまった。
その計画はじきに実現し、小林といっしょに日本橋の三越でやっていたチェーホフの「桜の苑」という芝居を観に行った。
劇場のなかは、お座敷になっていて、小林は泰子に寄り添いながら、あぐらをかいて舞台を観ている。
そのうちに、小林の手が伸びてきて、泰子の手をにぎりはじめ、ときどき何かの合図のように、ぎゅっと強く握ってくる。
泰子は、身を硬くしながら、小林のやることをゆるしていた。この人は、「もしかしたら、わたしのこと、
好きと違うか」と思う。好きなら好きと、男らしくいったらどうなの、と思って待っていると、芝居が終わり、
劇場を出ていくとき、彼は「ぼくの部屋にいってみるかい?」と誘った。
泰子は「行ってみたい」と思う。
だが、落合の部屋では中原中也が待っている。いや、待っているのではない。
ただ、いるだけだと思いなおし、小林のあとについて、いつの間にか小林の部屋にやってきた。待っていたのは、猛烈な接吻の嵐だった。
それだけでは済まず、肉体までいきなり奪われてしまった。
ところが、その性交は思いのほか、すばらしかったので、「人にはいえない、思い出となりました」とのちに綴った。
それからは、こんどは小林秀雄との同棲がはじまった。
からだの関係ができて同棲するのは、
泰子にははじめてだった。いままでは子供が相手だったが、こんどは大人の男が相手になる、
そう泰子は思う。それに、小林の話はおもしろく、映画の話とか、アントン・チェーホフの舞台劇とか、
浄瑠璃とか、歌舞伎のおもしろい話などをしてくれて、泰子は小林とはもう離れられなくなった。
0295
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2015/10/16(金) 21:05:05.440
吉本隆明が夏目漱石の絶望の三角関係の系譜は、芥川龍之介に繋がって、その後中原中也と小林秀雄、長谷川泰子に繋がると言っていた。
中原中也の詩集読んでいるが、あまりよくわからない。
0296考える名無しさん
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2015/10/16(金) 21:33:49.390
小林秀雄て言うと批評家であり、理知的な人で、中原中也というと詩家であり感性の人だと単純に見えるのだが、
女が受け入れたのは小林秀雄らしい。長谷川泰子の性質によるところが大きいのだろうが、そういうものかねえ。

かわいい方を選びそうなものだが、そうでもない。
0297考える名無しさん
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2015/10/17(土) 00:35:14.600
夏目漱石の「吾輩は猫である」読んでいるが、本当につまらん小説だな
くしゃみ先生、酩酊先生、かんげつくん、金田夫人。こいつら何言ってるのかさっぱりわからん。
「三四郎」も実は退屈だったけど、何とか最後まで読めるレベルだった。「吾輩は猫である」の退屈さは酷すぎる。
今猫が金田夫人の家で酩酊のホラを揶揄しているところまで読んだが、何を言ってるんだというレベル
0298考える名無しさん
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2015/10/17(土) 00:38:04.490
訂正:今猫が金田夫人の家で酩酊のホラを揶揄しているところまで読んだが、



今猫が金田邸に忍び込み、金田夫人が酩酊のホラを揶揄しているところまで読んだが、
0299考える名無しさん
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2015/10/18(日) 06:06:27.820
I love youを「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさい、というのは優美ではあるけど些か格好つけすぎだね。
それに「月が綺麗ですね」と言って相手にアイラブユーとして通じるわけもなく、意訳がすぎる。

相手に好きだと言わない。言わないままで過ぎていく日々は10代の学生時分今でもありがちなことだけど、
そういった想いを心に留めておくことはわれわれの文化としては完成されている。

まあズカズカオラオラエロエロしてく連中もいるわけで、相手に近づかない、好きだが何も言わない、気高く屹立してある存在というものは日本人としてはよくわかる。

しかし、恋されている方はというとその期間、いい気になって自分が上にいて、人生で一番たるんで過ごしているわけで、
恋をする方は滑稽でもあり甘いと言えば甘いよな
0302考える名無しさん
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2015/10/19(月) 17:52:14.130
中原中也 

我が祈り −小林秀雄に

神よ、私は俗人の奸策ともない奸策が
いかに細き糸目もて編みなされるかを知つております
神よ、しかしそれがよく編みなされてゐればゐる程、
破れる時には却て速やかに乱離することを知つてをります。

神よ、私は人の世の事象が
いかに微細に織られるか心理的にも知つてをります。
しかし私はそれらのことを、
一も知らないのか如く生きてをります。

私は此所に立つてをります!・・・・・・
私はもはや歌はうとも叫ばうとも
描かうとも説明しようとも致しません!

しかし、噫(ああ)!やがてお恵みが下ります時には、
やさしくうつくしい夜の歌と
櫂歌(かいうた)とをうたはうと思つてをります・・・・・
0303考える名無しさん
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2015/10/19(月) 21:34:29.870
古本を買って川崎寿彦の「ダンの世界」を読んだ
超エゴイスト詩人ダンが自我の囲いを取っ払い聖ポール寺院の主席司祭として聴衆に語りかけるまでになる内的成長過程を辿ったもの
実質的に彼の処女作であったようで、優れた作家の処女作はその後の作品のあらゆる要素を含む、といった観をまさに呈す作品だった
270ページほどの本だが内容的には500ページの本にも相当し
関連するプラトニズム、ネオ・プラトニズムやイギリス17世紀の思想的背景等の解説も素人の私にもわかりやすかった
また謙虚で誠実な川崎の人柄にも触れることができた
0305考える名無しさん
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2015/10/19(月) 22:04:57.990
詩というものに僕は無学で、昔ボードレールとマラルメを読んだのですが、まったくわかりませんでした。
中原中也についてもあまりよくわかりません。詩というものは詩家の内面から発生したものですから、
その詩家の時代背景、歴史的意義や国や地理、人間関係の把握が必要だと思います。

だから詩を学ぶということは非常に知識がいるものだと思います。書くとなると簡単ですが、どうなんでしょうか?
0307考える名無しさん
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2015/10/20(火) 21:54:38.950
>>306
もちろん漱石のスレですね
だけど「私の個人主義」や「則天去私」を例に引くまでもなく漱石の生涯にわたるテーマの一つは
近代日本においていかに個我を確立するかということだったとおもう
ここに多く書き込みがある漱石の男女の三角関係のテーマも行き着くところ個我(自我)の確立の問題
ヨーロッパではシェークスピアのハムレットやデカルトのコギトが近代的自我確立の一つの目安という考えもあるけれど
ダンはデカルトとまさに同時代の人
強烈な自意識から逃れ、徹底的な無私・聴衆中心主義を説教の壇上で理想としたというのだから
時の隔たりはべつにして、これは漱石ともおおいに関係があるのではないか
漱石がダンを知っていたという話は聞かないが彼の則天去私とはまさにダンの無私・聴衆中心の考えだとおもう
こうした意味でダンと漱石は現代のわれわれにとって比較の対象となりうるし
戦後の日本に漱石が言う個人主義を確立出来たかどうかの検証の手段にもなりうるとおもう
0308考える名無しさん
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2015/10/20(火) 23:22:43.170
>>307
自分が読んで面白かったからといって、なんでもかんでも漱石に結びつけるのはどうかなあ?
漱石と結び付けたいなら、どこがどう比較の対象となって、検討の手段になるのか、きちんと説明しないとね。
曖昧な物言いは漱石がとても嫌っていたことでもある。

>則天去私とはまさにダンの無私・聴衆中心の考え

そもそも、漱石の著書にも講演にも「則天去私」という言葉はでてこない。
確か弟子の小宮豊隆かなんかが、漱石から聞いた話にあったとして広めたものに過ぎない。
弟子たちが漱石の「則天去私」という言葉をどういう文脈で聞いたのかもはっきりしないし、本当に「則天去私」と言ったのかすら不明なんだ。

ところで君は、漱石の「個人主義」と、いわゆる「則天去私」はどういう関係だと思ってるの?
0309コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 00:14:02.120
上からの外発的近代化が急激に進められた近代日本に生きた漱石が、制度を超越する個我というものについて戸惑ったのは当然と思う
自意識が固着化していた自分の自己喪失と、比較的自由な自意識をもっていたであろう漱石の自己喪失は違と思うが、
それはともかく近代人が個我について考えるのは当然だし(自分はこの考える主体としての個我が拘束されていたが漱石にはある)、
個我について思索をした結果「個人主義」と「則天去私」という近代宗教的な境地に達したとしても不思議ではない。
0310コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 00:17:15.290
「個人主義」及び「即天去私」が、デカルト-近代的なのかマルクスを学びつつ近代批判をした広松渉に代表されるような超近代なものかは検討をしなければ分からないが、
ともかく近代以後の更には後発帝国主義国の知識人として、漱石の思索はいいものであろうと思う。
0311コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 00:29:36.750
広松の名前を挙げたのは恐らくマルクスは哲学者ではなく、認識論や存在論について哲学的に思考した広松の名を挙げるべきだろうと思った
0312コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 00:36:08.710
マルクスが哲学者かどうかという事との関連で言うのではないが、漱石は文学者だろう
近代以後において文学とはいかなるものぞと考えた人だろう
0313コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 00:38:56.070
近代以後において漢学はもう成り立たない
それとは異なる西洋文学というものがある 
哲学でもなく科学でもないこの西洋文学というものが何だかよく分からない、
ここは西洋、東洋の冠を取り払い文学について考え、文学者として文学を書くという事をしたのではないか
それが一連のエッセイであり、小説である
0314コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/21(水) 00:42:36.660
批評家は文芸批評家なのだと思う
文学には批評が必要だが、哲学や科学には批判はいるかもしれないが批評は必要ない
なぜなら哲学や科学は含意をひきだすようなものではないから
0315コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/21(水) 01:07:26.400
これは文学、哲学、科学や批評についての皮肉ではなく、
風俗を描く小説を主とする近代文学の難しさを提起したかった
0317コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 01:25:01.230

これは文学、哲学、科学や批評についての皮肉ではなく、
風俗を描く小説を主とする近代文学の難しさを提起したかった

日本において文学の難しさを引き受けたのが漱石で、近代の日本における文学者である彼には近代文学の難しさ難しさを体現するような難しいところがあると思った
0318考える名無しさん
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2015/10/21(水) 10:23:17.600
>>317
とにかく他人の議論に割り込むのだけは、めてくれないか?

書いてることもでたらめ過ぎる。
0320コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 10:51:38.180
悪い。

すまん。

これは柄谷行人だが、漱石は一般-特殊が排除する普遍-単独において小説、エッセイを書こうとしたと思う。

漱石やその小説群を論じるのに「個我の確立」や恣意的な比較による漱石論は、
文学作品によって単独において普遍を示すと思われる彼の作品を否定するような「でたらめ」であると思うが、その様に介入してしまった。

307氏は単独性において漱石論が可能な人であると思うし俺は黙っていれば良かった。
0321コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
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2015/10/21(水) 12:48:58.070
漱石を論じるに当たっては何をテーマにするにせよ作品の具体性においてそうしなければならないというのは当然
307は漱石やその作品についての問題提起として良くて、そこから強いて漱石論を求めなくてもいいではないかと思った。
そこで擬似漱石論をやってしまった自分は最悪だった。
0323コーヒー ◆Ci3UmwhFqY
垢版 |
2015/10/21(水) 12:54:08.250
議論を切ったので割り込みはそうだし、擬似漱石論なのででたらめなのもそう。
0324
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2015/10/23(金) 19:20:07.420
有島武郎『小さき者よ』

深夜の沈黙は私を厳粛にする。私の前には机を隔ててお前たちの母上が坐っているようにさえ思う。
その母上の愛は遺書にあるようにお前たちを護らずにはいないだろう。よく眠れ。
不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、
寝床の中から跳り出して来い。私は私の役目をなし遂げる事に全力を尽すだろう。私の一生が如何いかに失敗であろうとも、
又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。きっとする。
お前たちは私の斃れた所から新しく歩み出さねばならないのだ。然しどちらの方向にどう歩まねばならぬかは、
かすかながらにもお前達は私の足跡から探し出す事が出来るだろう。
 小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。
そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
 行け。勇んで。小さき者よ。
0325考える名無しさん
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2015/10/24(土) 23:15:43.950
>この後どうなる? 表面の一部がくっついた2連星発見

>二つの恒星が近づき、表面の一部が融合している珍しい2連星を発見したと、欧州南天天文台(ESO)が
>発表した。このまま融合が進むと、超高速で回転する一つの特殊な巨大天体になるか、二つの連なった
>ブラックホールができる可能性があるという。

>この2連星は、16万光年離れたタランチュラ星雲にある「VFTS352」。二つ合わせた質量が
>約60倍ある似た大きさの恒星が、地球の1日とほぼ同じ周期でお互いの周りを回っている。中心部の距離
>は約1200万キロしか離れておらず、巨大な天体としては極めて近い。実際に二つの天体が融合する姿を
>確認できたわけではないが、位置関係や表面温度などから、一部が融合しているとみられるという。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6178564

ロレンスは「恋する女たち」の中で、お互いの周りを一定の距離を保ちつつ回る連星をイメージした、男にとって
都合の良いエゴイスティクな恋愛関係を提示した。
だがこのタランチュラ星雲の連星はお互いが一つに融合しつつあるという。恋愛の一つの理想像だ。
0326
垢版 |
2015/10/25(日) 10:33:26.150
小説のなかで最もしの実存に近い物語調の小説。
梶井基次郎「ある崖上の感情」
梶井基次郎というと「檸檬」が代表作だけど、この小説が一番自分にはしっくりくる

 ある蒸し暑い夏の宵よいのことであった。山ノ手の町のとあるカフェで二人の青年が話をしていた。
話の様子では彼らは別に友達というのではなさそうであった。銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、
孤独な客が他所よそのテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。
そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうした二人らしいのであった。
 一人の青年はビールの酔いを肩先にあらわしながら、コップの尻でよごれた卓子テーブルにかまわず肱ひじを立てて、
先ほどからほとんど一人で喋しゃべっていた。漆喰しっくいの土間の隅すみには古ぼけたビクターの蓄音器が据えてあって、
磨り滅ったダンスレコードが暑苦しく鳴っていた。
「元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないという質たちに生まれついているらしいんです。
その友達というのは手相を見る男で、それも西洋流の手相を見る男で、僕の手相を見たとき、
君の手にはソロモンの十字架がある。それは一生家を持てない手相だと言ったんです。
僕は別に手相などを信じないんだが、そのときはそう言われたことでぎくっとしましたよ。とても悲しくてね――」
 その青年の顔にはわずかの時間感傷の色が酔いの下にあらわれて見えた。彼はビールを一と飲みするとまた言葉をついで、
「その崖の上へ一人で立って、開いている窓を一つ一つ見ていると、僕はいつでもそのことを憶おもい出すんです。
僕一人が世間に住みつく根を失って浮草のように流れている。そしていつもそんな崖の上に立って人の窓ばかりを眺めていなければならない。
すっかりこれが僕の運命だ。そんなことが思えて来るのです。――しかし、それよりも僕はこんなことが言いたいんです。
つまり窓の眺めというものには、元来人をそんな思いに駆るあるものがあるんじゃないか。
誰でもふとそんな気持に誘われるんじゃないか、というのですが、どうです、あなたはそうしたことをお考えにはならないですか」
0327考える名無しさん
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2015/10/25(日) 10:37:13.210
 (続き)


もう一人の青年は別に酔っているようでもなかった。彼は相手の今までの話を、
そうおもしろがってもいないが、そうかと言って全然興味がなくもないといった穏やかな表情で耳を傾けていた。
彼は相手に自分の意見を促されてしばらく考えていたが、
「さあ……僕にはむしろ反対の気持になった経験しか憶い出せない。
しかしあなたの気持は僕にはわからなくはありません。反対の気持になった経験というのは、
窓のなかにいる人間を見ていてその人達がなにかはかない運命を持ってこの浮世に生きている。
というふうに見えたということなんです」
「そうだ。それは大いにそうだ。いや、それがほんとうかもしれん。僕もそんなことを感じていたような気がする」
 酔った方の男はひどく相手の言ったことに感心したような語調で残っていたビールを一息に飲んでしまった。
「そうだ。それであなたもなかなか窓の大家だ。いや、僕はね、実際窓というものが好きで堪たまらないんですよ。
自分のいるところからいつも人の窓が見られたらどんなに楽しいだろうと、いつもそう思ってるんです。
そして僕の方でも窓を開けておいて、誰かの眼にいつも僕自身を曝さらしているのがまたとても楽しいんです。
こんなに酒を飲むにしても、どこか川っぷちのレストランみたいなところで、
橋の上からだとか向こう岸からだとか見ている人があって飲んでいるのならどんなに楽しいでしょう。
『いかにあわれと思うらん』僕には片言のような詩しか口に出て来ないが、実際いつもそんな気持になるんです」
「なるほど、なんだかそれは楽しそうですね。しかしなんという閑のどかな趣味だろう」
「あっはっは。いや、僕はさっきその崖の上から僕の部屋の窓が見えると言ったでしょう。
僕の窓は崖の近くにあって、僕の部屋からはもう崖ばかりしか見えないんです。
僕はよくそこから崖路を通る人を注意しているんですが、元来めったに人の通らない路で、通る人があったって、
全く僕みたいにそこでながい間町を見ているというような人は決してありません。実際僕みたいな男はよくよくの閑人なんだ
0328考える名無しさん
垢版 |
2015/10/25(日) 10:42:20.830
(続き)

「ちょっと君。そのレコード止してくれない」聴き手の方の青年はウエイトレスがまたかけはじめた「キャラバン」の方を向いてそう言った。
「僕はあのジャッズというやつが大嫌いなんだ。厭いやだと思い出すととても堪らない」
 黙ってウエイトレスは蓄音器をとめた。
彼女は断髪をして薄い夏の洋装をしていた。しかしそれには少しもフレッシュなところがなかった。
むしろ南京鼠なんきんねずみの匂いでもしそうな汚いエキゾティシズムが感じられた。
そしてそれはそのカフェがその近所に多く住んでいる下等な西洋人のよく出入りするという噂うわさを、少し陰気に裏書きしていた。
「おい。百合ゆりちゃん。百合ちゃん。生をもう二つ」
 話し手の方の青年は馴染なじみの
ウエイトレスをぶっきら棒な客から救ってやるというような表情で、彼女の方を振り返った。そしてすぐ、
「いや、ところがね、僕が窓を見る趣味にはあまり人に言えない欲望があるんです。
それはまあ一般に言えば人の秘密を盗み見るという魅力なんですが、僕のはもう一つ進んで人のベッドシーンが見たい、
結局はそういったことに帰着するんじゃないかと思われるような特殊な執着があるらしいんです。
いや、そんなものをほんとうに見たことなんぞはありませんがね」
「それはそうかもしれない。高架線を通る省線電車にはよくそういったマニヤの人が乗っているということですよ」
「そうですかね。そんな一つの病型タイプがあるんですかね。それは驚いた。
……あなたは窓というものにそんな興味をお持ちになったことはありませんか。一度でも」
 その青年の顔は相手の顔をじっと見詰めて返答を待っていた。
「僕がそんなマニヤのことを言う以上僕にも多かれ少なかれそんな知識があると思っていいでしょう」
 その青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎたが、そう答えて彼はまた平気な顔になった。
0329考える名無しさん
垢版 |
2015/10/25(日) 10:46:18.060
(続き)

「そうだ。いや、僕はね、崖の上からそんな興味で見る一つの窓があるんですよ。しかしほんとうに見たということは一度もないんです。
でも実際よく瞞だまされる、あれには。あっはっはは……僕がいったいどんな状態でそれに耽ふけっているか一度話してみましょうか。
僕はながい間じいっと眼を放さずにその窓を見ているのです。するとあんまり一生懸命になるもんだから足許もとが変に便たよりなくなって来る。
ふらふらっとして実際崖から落っこちそうな気持になる。はっは。それくらいになると僕はもう半分夢を見ているような気持です。
すると変なことには、そんなとき僕の耳には崖路を歩いて来る人の足音がきまったようにして来るんです。
でも僕はよし人がほんとうに通ってもそれはかまわないことにしている。しかしその足音は僕の背後へそうっと忍び寄って来て、
そこでぴたりと止まってしまうんです。それが妄想もうそうというものでしょうね。僕にはその忍び寄った人間が僕の秘密を知っているように思えてならない。
そして今にも襟髪えりがみを掴つかむか、今にも崖から突き落とすか、そんな恐怖で息も止まりそうになっているんです。
しかし僕はやっぱり窓から眼を離さない。そりゃそんなときはもうどうなってもいいというような気持ですね。
また一方ではそれがたいていは僕の気のせいだということは百も承知で、そんな度胸もきめるんです。
しかしやっぱり百に一つもしやほんとうの人間ではないかという気がいつでもする。変なものですね。あっはっはは」
 話し手の男は自分の話に昂奮こうふんを持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも
知れない挑いどんだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。
「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、
そんな自分の状態の方がずっと魅惑的になって来ているんです。何故と言って、
自分の見ている薄暗い窓のなかが、自分の思っているようなものでは多分ないことが、僕にはもう薄うすうすわかっているんです。
それでいて心を集めてそこを見ているとありありそう思えて来る。そのときの心の状態がなんとも言えない恍惚こうこつなんです。
いったいそんなことがあるものですかね。あっはっはは。どうです、今から一緒にそこへ行ってみる気はありませんか」
「それはどちらでもいいが、だんだん話が佳境には入いって来ましたね」
0330考える名無しさん
垢版 |
2015/10/25(日) 10:50:10.180
 

(続き)

そして聴き手の青年はまたビールを呼んだ。
「いや、佳境には入って来たというのはほんとうなんですよ。僕はだんだん佳境には入って来たんだ。
何故なぜって、僕には最初窓がただなにかしらおもしろいものであったに過ぎないんだ。
それがだんだん人の秘密を見るという気持が意識されて来た。そうでしょう。すると次は秘密のなかでもベッドシーンの秘密に興味を持ち出した。
ところが、見たと思ったそれがどうやらちがうものらしくなって来た。
しかしそのときの恍惚こうこつ状態そのものが、結局すべてであるということがわかって来た。
そうでしょう。いや、君、実際その恍惚状態がすべてなんですよ。あっはっはは。空の空なる恍惚万歳だ。この愉快な人生にプロジットしよう」
 その青年にはだいぶ酔いが発して来ていた。そのプロジットに応じなかった
相手のコップへ荒々しく自分のコップを打ちつけて、彼は新しいコップを一気に飲み乾した。
 彼らがそんな話をしていたとき、扉をあけて二人の西洋人がは入いって来た。
彼らはは入いって来ると同時にウエイトレスの方へ色っぽい眼つきを送りながら青年達の横のテーブルへ坐った。
彼らの眼は一度でも青年達の方を見るのでもなければ、お互いに見交わすというのでもなく、絶えず笑顔を作って女の方へ向いていた。
「ポーリンさんにシマノフさん、いらっしゃい」
 ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出した。
そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋しゃべり合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、
それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった変な魅力が生じた。
「僕は一度こんな小説を読んだことがある」
 聴き手であった方の青年が、新しい客の持って来た空気から、話をまたもとへ戻した
0331考える名無しさん
垢版 |
2015/10/25(日) 10:54:47.150
(続き)

「それは、ある日本人が欧羅巴ヨーロッパへ旅行に出かけるんです。英国、仏蘭西フランス、
独逸ドイツとずいぶんながいごったごたした旅行を続けておしまいにウィーンへやって来る。
そして着いた夜あるホテルへ泊まるんですが、夜中にふと眼をさましてそれからすぐ寝つけないで、
深夜の闇のなかに旅情を感じながら窓の外を眺めるんです。空は美しい星空で、
その下にウィーンの市が眠っている。その男はしばらくその夜景に眺め耽っていたが、
彼はふと闇のなかにたった一つ開け放された窓を見つける。その部屋のなかには白い布のような塊かたまりが明るい燈火に照らし出されていて、
なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ち騰のぼっている。
そしてそれがだんだんはっきりして来るんですが、思いがけなくその男がそこに見出したものはベッドの上にほしいままな裸体を投げ出している男女だったのです
。白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ち騰のぼっている煙は男がベッドで燻くゆらしている葉巻の煙なんです。
その男はそのときどんなことを思ったかというと、これはいかにも古都ウィーンだ、
そしていま自分は長い旅の末にやっとその古い都へやって来たのだ――そういう気持がしみじみと湧いたというのです」
「そして?」
「そして静かに窓をしめてまた自分のベッドへ帰って寝たというのですが――
これはずいぶんまえに読んだ小説だけれど、変に忘れられないところがあって僕の記憶にひっかかっている」
「いいなあ西洋人は。僕はウィーンへ行きたくなった。あっはっは。それより今から僕と一緒に崖の方まで行かないですか。ええ」
 酔った青年はある熱心さで相手を誘っていた。しかし片方はただ笑うだけでその話には乗らなかった。
0332
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2015/10/25(日) 11:13:09.050
>>325のレスは非常に面白いね。ロマンティックアイロニーというやつですね。

>ロレンスは「恋する女たち」の中で、お互いの周りを一定の距離を保ちつつ回る連星をイメージした、男にとって
都合の良いエゴイスティクな恋愛関係を提示した。
だがこのタランチュラ星雲の連星はお互いが一つに融合しつつあるという。恋愛の一つの理想像だ。

男のロマンティシズム、殊に日本人の男のそれはまさに上述の通り、一定の距離を保ち続けて、それを維持しようとする
エゴイスティックな恋愛観に満ちたものが多いわけです。クールジャパンのマンガなどは、こういった恋愛観に満ち満ちている。
一定の距離というものにも黄金比というものがあり、男はそれによく酔ってしまう。
酩酊してそれをずっと保とうとするわけです。つまり性関係を留保して付き合うわけですね。あるいは付き合う前の段階です。

これってよく考えるとエゴイスティックですよね。だって女にはそんなエゴに付き合う時間などないのだから。
勿論女は「もういいや」になるわけです。女は短い時間を生きてるわけですから、関係が黄金比になったって関係ないわけです。
待たないわけですよ。ずっとクルクル回って何もない。そういう世界観です。
0336考える名無しさん
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2015/10/25(日) 12:35:40.230
漱石門下は沢山いますので、その弟子や関係者含めて、この際よしにしましょう!
0337考える名無しさん
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2015/10/30(金) 11:00:07.210
・・・英文学の社会に対する関心の深さというものには改めて感心さ
せられる。社会主義の魔に取り込まれてしまったところが日本文学の
巨大な陥穽だったと思うけれども、近代文学の厚みがやはりイギリス
は違うので、深刻なぎりぎりのところまで追い詰められ方もまた違う
けれども、その時代その時代のテーマというか問題性もまた明瞭であ
るような気がする。日本の場合はその時代の問題性というよりも、非
西欧社会に西欧近代を移植した根本的な問題性が常に先に立ってしま
うので、より問題が複雑かつ重層的になりある問題の解決が他の問題
の解決を阻害するという方向性の分裂が厳しくなってしまうという宿
命のようなものがある。第二次世界大戦の破滅に突き進んだのもその
宿命に引き裂かれた面が強いと思うし、そのあたりの考察が文学でも
社会科学でも十分に行われてきていないのが日本の最大の問題なのだ
と思う。
http://honsagashi.net/life/igirisubungakusi.html
0339
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2015/11/07(土) 19:52:01.250
夏目漱石「道草−六十五」より


二人は両方で同じ非難の言葉を御互の上に投げかけ合った。そうして御互に腹の中にある蟠わだかまりを御互の素振そぶりから能く読んだ。
しかもその非難に理由のある事もまた御互に認め合わなければならなかった。
 我慢な健三は遂に細君の生家へ行かなくなった。何故行かないとも訊きかず、また時々行ってくれとも頼まずにただ黙っていた細君は、
依然として「面倒臭い」を心の中うちに繰り返すぎりで、少しもその態度を改めようとしなかった。
「これで沢山だ」
「己もこれで沢山だ」
 また同じ言葉が双方の胸のうちでしばしば繰り返された。
 それでも護謨紐ゴムひものように弾力性のある二人の間柄には、
時により日によって多少の伸縮のびちぢみがあった。
非常に緊張して何時切れるか分らないほどに行き詰ったかと思うと、
それがまた自然の勢で徐々そろそろ元へ戻って来た。
そうした日和ひよりの好いい精神状態が少し継続すると、
細君の唇から暖かい言葉が洩もれた。
「これは誰の子?」
 健三の手を握って、自分の腹の上に載せた細君は、彼にこんな問を掛けたりした。
その頃細君の腹はまだ今のように大きくはなかった。
しかし彼女はこの時既に自分の胎内に蠢うごめき掛けていた生の脈搏みゃくはくを感じ始めたので、
その微動を同情のある夫の指頭しとうに伝えようとしたのである。
「喧嘩けんかをするのはつまり両方が悪いからですね」
 彼女はこんな事もいった。それほど自分が悪いと思っていない頑固がんこな健三も、微笑するより外に仕方がなかった。
「離れればいくら親しくってもそれぎりになる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵かたき同志でもどうにかこうにかなるものだ。
つまりそれが人間なんだろう」
 健三は立派な哲理でも考え出したように首を捻ひねった。
0340考える名無しさん
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2015/11/10(火) 06:43:49.590
あげ
0342考える名無しさん
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2015/11/19(木) 20:11:50.760
>>341
活字とパソコン表示の字に慣れた現代人には、見ただけ読む気がなくなるよね。
こういう手紙も、古文書みたいに専門家しか読めなくなるんだろうか?
0343考える名無しさん
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2015/11/19(木) 20:24:42.480
高校は知らんけど、文学部だと古典の読解コースなんかあるだろう?
その世界に入ればなんてことない、と思うぞ(笑 どうかな?
0344考える名無しさん
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2015/11/19(木) 20:30:23.540
>>343
授業で影印本をやったけど、そんな程度で身につくものでもないな。
古文書と近代の崩し字はぜんぜん違うということもあるし。
0345考える名無しさん
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2015/11/19(木) 21:26:02.860
慣れもあるらしいけどな。
明治あたりだと、印刷物でも変体がなや合字なんかが出てくるから、
ちょっと面食らうけど、やっぱり印刷は偉大だ。

泉式部日記の影印本は見たことがあるけど、授業で何使った?
0346考える名無しさん
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2015/11/21(土) 13:22:45.140
大正終わりに坊国立大学を受けた曾祖父は、入試が筆書きだったと言ってたな
0347考える名無しさん
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2015/11/22(日) 02:00:08.020
「世の中に片付くなんてものは殆どありやしない。一遍起つた事は何時迄も続くのさ。
たゞ色々な形に変るから他(ひと)にも自分にも解らなくなる丈の事さ」 『道草』百二
0349考える名無しさん
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2015/12/10(木) 18:06:12.440
夏目漱石「それから」におもしろい箇所がある ↓

「君はさっきから、働らかない働らかないと云って、大分僕を攻撃したが、僕は黙っていた。
攻撃される通り僕は働らかない積りだから黙っていた」
「何故働かない」
「何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、
大袈裟おおげさに云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。
第一、日本程借金を拵こしらえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。この借金が君、何時になったら返せると思うか。
そりゃ外債位は返せるだろう。けれども、
そればかりが借金じゃありゃしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行ゆかない国だ。それでいて、
一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、奥行を削って、
一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なお悲惨なものだ。牛と競争をする蛙かえると同じ事で、
もう君、腹が裂けるよ。その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、
頭に余裕がないから、碌ろくな仕事は出来ない。悉ことごとく切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、
揃そろって神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。
考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊こんぱいと、身体しんたいの衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、
道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。その間に立って僕一人が、
何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。僕は元来怠けものだ。いや、君と一所に往来している時分から怠けものだ。あの時は強いて景気をつけていたから、
君には有為多望の様に見えたんだろう。そりゃ今だって、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於おいて健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。
0350「それから」(続き)
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2015/12/10(木) 18:08:30.740
そうなれば遣る事はいくらでもあるからね。そうして僕の怠惰性に打ち勝つだけの刺激もまたいくらでも出来て来るだろうと思う。然しかしこれじゃ駄目だ。
今の様なら僕は寧むしろ自分だけになっている。そうして、君の所謂いわゆる有のままの世界を、有のままで受取って、その中うち僕に尤も適したものに接触を保って満足する。
進んで外の人を、此方こっちの考え通りにするなんて、到底出来た話じゃありゃしないもの――」
 代助は一寸ちょっと息を継いだ。そうして、一寸窮屈そうに控えている三千代の方を見て、御世辞を遣った。
「三千代さん。どうです、私の考は。随分呑気のんきで宜いいでしょう。賛成しませんか」
「何だか厭世えんせいの様な呑気の様な妙なのね。私わたしよく分らないわ。けれども、少し胡麻化ごまかしていらっしゃる様よ」
「へええ。何処どこん所を」
「何処ん所って、ねえ貴方」と三千代は夫を見た。平岡は股ももの上へ肱ひじを乗せて、肱の上へ顎あごを載せて黙っていたが、
何にも云わずに盃を代助の前に出した。代助も黙って受けた。三千代は又酌をした。
 代助は盃へ唇を付けながら、これから先はもう云う必要がないと感じた。元来が平岡を自分の様に考え直させる為の弁論でもなし、
又平岡から意見されに来た訪問でもない。二人はいつまで立っても、二人として離れていなければならない運命を有もっているんだと、
始めから心付ているから、議論は能いい加減に引き上げて、三千代の仲間入りの出来る様な、普通の社交上の題目に談話を持って来ようと試みた。
 けれども、平岡は酔うとしつこくなる男であった。胸毛の奥まで赤くなった胸を突き出して、こう云った。
0351「それから」(続き)
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2015/12/10(木) 18:10:50.000
「そいつは面白い。大いに面白い。僕みた様に局部に当って、現実と悪闘しているものは、
そんな事を考える余地がない。日本が貧弱だって、弱虫だって、働らいてるうちは、忘れているからね。
世の中が堕落したって、世の中の堕落に気が付かないで、その中うちに活動するんだからね。君の様な暇人ひまじんから見れば日本の貧乏や、
僕等の堕落が気になるかも知れないが、それはこの社会に用のない傍観者にして始めて口にすべき事だ。つまり自分の顔を鏡で見る余裕があるから、
そうなるんだ。忙がしい時は、自分の顔の事なんか、誰だって忘れているじゃないか」
 平岡は饒舌しゃべってるうち、自然とこの比喩ひゆに打ぶつかって、大いなる味方を得た様な心持がしたので、其所そこで得意に一段落をつけた。
代助は仕方なしに薄笑いをした。すると平岡はすぐ後を附加えた。
「君は金に不自由しないから不可いけない。生活に困らないから、働らく気にならないんだ。要するに坊ちゃんだから、
品の好い様なことばっかり云っていて、――」
 代助は少々平岡が小憎らしくなったので、突然中途で相手を遮さえぎった。
「働らくのも可いいが、働らくなら、生活以上の働はたらきでなくっちゃ名誉にならない。
あらゆる神聖な労力は、みんな麺麭パンを離れている」
 平岡は不思議に不愉快な眼をして、代助の顔を窺うかがった。そうして、
「何故なぜ」と聞いた。
0352「それから」(続き)
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2015/12/10(木) 18:13:34.070
「何故って、生活の為めの労力は、労力の為めの労力でないもの」
「そんな論理学の命題みた様なものは分らないな。もう少し実際的の人間に通じる様な言葉で云ってくれ」
「つまり食う為めの職業は、誠実にゃ出来悪にくいと云う意味さ」
「僕の考えとはまるで反対だね。食う為めだから、猛烈に働らく気になるんだろう」
「猛烈には働らけるかも知れないが誠実には働らき悪いよ。食う為の働らきと云うと、つまり食うのと、
働らくのと何方どっちが目的だと思う」
「無論食う方さ」
「それ見給え。食う方が目的で働らく方が方便なら、食い易やすい様に、働らき方を合せて行くのが当然だろう。
そうすりゃ、何を働らいたって、又どう働らいたって、構わない、
只麺麭が得られれば好いいと云う事に帰着してしまうじゃないか。
労力の内容も方向も乃至ないし順序も悉く他たから制肘せいちゅうされる以上は、その労力は堕落の労力だ」
「まだ理論的だね、どうも。それで一向差支さしつかえないじゃないか」
「では極ごく上品な例で説明してやろう。古臭い話だが、ある本でこんな事を読んだ覚えがある。織田信長が、
ある有名な料理人を抱えたところが、始めて、その料理人の拵えたものを食ってみると頗すこぶる不味まずかったんで、
大変小言を云ったそうだ。料理人の方では最上の料理を食わして、叱しかられたものだから、その次からは二流もしくは三流の料理を主人にあてがって、
始終褒められたそうだ。この料理人を見給え。生活の為に働らく事は抜目のない男だろうが、自分の技芸たる料理その物のために働らく点から云えば、
頗る不誠実じゃないか、堕落料理人じゃないか」
「だってそうしなければ解雇されるんだから仕方があるまい」
「だからさ。衣食に不自由のない人が、云わば、物数奇ものずきにやる働らきでなくっちゃ、真面目な仕事は出来るものじゃないんだよ」
「そうすると、君の様な身分のものでなくっちゃ、神聖の労力は出来ない訳だ。じゃ益ますます遣る義務がある。なあ三千代」
「本当ですわ」
「何だか話が、元へ戻っちまった。これだから議論は不可ないよ」と云って、代助は頭を掻かいた。議論はそれで、とうとう御仕舞になった。
0353考える名無しさん
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2015/12/15(火) 21:08:46.670
三四郎を読んだ。ビルドゥンクスロマンとしては三四郎の腰が引けてるというか、何か物足りない感じが
した。小説冒頭の「汽車の女」や美禰子との肉体関係を三四郎が持つ筋書き、つまり生きた若い男女が互い
のなかに深く踏み込む交渉が主人公の観念に鋭く反映された物語が展開されたならば随分と面白い小説に
なったろうと思うのは僕だけか。これでは戦国時代の戦を将棋盤の上で血も流さずやってるようなものだ。

この作品の特質を簡単にいえば、間接的に描かれた美禰子の心情は悲劇的であるのに対し、直接的に描かれた
三四郎のそれはどちらかといえば道化ている、ということだろう。三四郎も、広田先生も、明治時代の知識人
のタイプとして、その肌の体温がこちらにじかに伝わってくるほど見事に造形されているが、人生のモラルに
切り込むという点では、なにかものたりないというしかない。(これは『三四郎』の続編ともいうべき『それ
から』の大助でもおなじである。)もし漱石が、キリスト教的な悪魔をメメント・モリとする人物を主人公に
し、脱俗的な「水密桃」をメメント・モリとする人物を主人公にする人物をせいぜい副主人公にするような小
説――簡単にいえば、美禰子が主人公で、三四郎が副主人公であるような小説――を書きえたら、日本の近代
文学の系譜も変わっていたと考えられるのだ。

第十二章の終りの教会の場面にでてくる「我はわが愆を知る。わが罪は常にわが前にあり」の言葉を踏まえ上で
このように述べた人もある。漱石にジッドになれと言っているわけではあるまい。そしてぼくの考えは三分の一
程度はこれと重なっていると思うがどんなものだろう。
0354考える名無しさん
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2015/12/16(水) 11:49:45.580
>>353
「このように述べた人」は誰?
「ぼく」というのは誰?
「三分の一程度」というのは具体的にはどこ?

無教養の僕にはわからない。
0355考える名無しさん
垢版 |
2015/12/17(木) 20:39:51.540
そういう場合は先ず自分を明らかにしてから問うのが礼というもの
「無教養の僕には」という言葉には大変な匕首が隠されているわけで「覚悟して発言せい」といわんばかり

だがそれはそれとして
僕は、漱石は現代日本語の基礎を作った、イギリスでいえばシェークスピアにも匹敵する位置にも立ちうる
極めて優れた文学者だと思っている、文学の入門者
入門者だから思いつきに近い発言も多いだろうがそれはそれで意味のあることと考えている
また相手にする人物は僕のグルー、千歩の開きを一歩でも二歩でも近付きたいと思っている人物
0356考える名無しさん
垢版 |
2015/12/17(木) 20:54:15.360
>>355
君が>>353書いた人?
覚悟した発言なんかいらないけど、内容以前に日本語として意味がとりにくいから聞いたんだよ?
誰かの著作を踏まえての話なら、その著作を確認することで補足できるから、誰かの文なのかを聞いた。

もし、>>353を自分の考えとして書いてるなら、まず日本語として意味が通じるように、主語と述語を明確にした方がいいと思う。
0357考える名無しさん
垢版 |
2015/12/17(木) 20:59:39.470
漱石は国家を無くし地球市民になるべきだという考えですか?
あと、ベジタリアンですか?同性愛に肯定的ですか?
これらの事は知識人としての最低限の要素ですよ。
0358考える名無しさん
垢版 |
2015/12/17(木) 21:09:18.480
「このように述べた人」=イケメン
「ぼく」=イケメン
「三分の一程度」=イケメン
0359考える名無しさん
垢版 |
2015/12/18(金) 12:04:54.780
漱石とシェークスピアを比較しちゃ駄目だよ、あらゆる点で格が違いすぎる。
0361考える名無しさん
垢版 |
2015/12/18(金) 13:05:00.210
太宰によれば、足音の大きさだそうだ。

太宰自身の作品との違いのことだけど。
0362考える名無しさん
垢版 |
2015/12/18(金) 17:57:37.920
>>357
夏目漱石はベジタリアンじゃなかったっけ?
0363考える名無しさん
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2015/12/18(金) 23:22:44.770
ジベタリアンだろ、漱石の低回趣味って言うじゃない
0364考える名無しさん
垢版 |
2016/01/01(金) 21:35:22.440
やっちゃえニッサン!
0366考える名無しさん
垢版 |
2016/01/04(月) 21:24:03.510
夏目漱石の「それから」をiBookの朗読で聞き流しているんだが、あらためて壮絶だな。

略奪愛。それも非常にまずいかたちで終わっている。
代助と平岡と美千代は三者三様に破滅している。
酷すぎるな
0367考える名無しさん
垢版 |
2016/01/04(月) 21:32:55.510
それから不貞を働いた代助に対しての代助の親父や兄貴の疎外は壮絶だ。
許してやらんのだな。
0369考える名無しさん
垢版 |
2016/01/06(水) 00:48:59.390
小林秀雄の「モオツァルト」をひき込まれるように面白く読んだ。
だが風呂にはいりながらちょっと考えてみると、小林という人は古典的な作家や作品を、
既に定まった評価を土台にしてそれに対抗するような形で自分の考えを述べることが多
かったのではなかったろうか。
音楽で言えば、バッハ・ハイドン・モーツアルト・ベートーヴェン等々は批評の対象に
なるが新ウイーン派の作曲家や現代作曲家は対象にならない。画家においてもゴッホや
セザンヌ等々の近代画家は対象として採りあげられたが、モンドリアン・クレー・ポロ
ック等には触れていない。文学作家にしても現代の作家や作品についての批評があった
だろうか。
僕たちとしては身近な時代の作家や作品に関するよき批評・評価を参考に知りたいこと
も多いと思うが。
0371考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 19:11:27.520
漱石は西洋音楽には関心がなかったの?この時代に生きていたらこのフランスの作曲家のことをどう考えただろうね?

>仏作曲家のピエール・ブーレーズ氏死去

>現代音楽の巨匠の一人とされ、指揮者としても著名なフランスの作曲家、ピエール・ブーレーズ氏が
>5日、自宅のあるドイツ南西部バーデンバーデンで死去した。90歳だった。

>1925年に仏中部モンブリゾンで生まれる。パリ国立高等音楽院で学び、40年代半ばごろから本格的に
>作曲を開始。55年に代表作の一つである「マルトー・サン・メートル」を発表し、現代音楽家として
>確固たる地位を築いた。

>50年代後半からは指揮者としても活躍し、米クリーブランド管弦楽団や英BBC交響楽団など各国の楽団
>を指揮した。
0373考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 22:57:14.610
「それから」

僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」
 代助の言葉には、普通の愛人の用いる様な甘い文彩あやを含んでいなかった。彼の調子はその言葉と共に簡単で素朴であった。寧ろ厳粛の域に逼せまっていた。
但ただ、それだけの事を語る為に、急用として、わざわざ三千代を呼んだ所が、玩具おもちゃの詩歌に類していた。
けれども、三千代は固より、こう云う意味での俗を離れた急用を理解し得る女であった。
その上世間の小説に出て来る青春時代の修辞には、多くの興味を持っていなかった。代助の言葉が、
三千代の官能に華やかな何物をも与えなかったのは、事実であった。三千代がそれに渇いていなかったのも事実であった。
代助の言葉は官能を通り越して、すぐ三千代の心に達した。三千代は顫える睫毛の間から、涙を頬の上に流した。
0374考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 22:58:59.250
僕はそれを貴方に承知して貰もらいたいのです。承知して下さい」
 三千代は猶泣いた。代助に返事をするどころではなかった。袂たもとから手帛ハンケチを出して顔へ当てた。
濃い眉の一部分と、額と生際はえぎわだけが代助の眼に残った。代助は椅子を三千代の方へ摺すり寄せた。
「承知して下さるでしょう」と耳の傍はたで云った。三千代は、まだ顔を蔽おおっていた。しゃくり上げながら、
「余あんまりだわ」と云う声が手帛の中で聞えた。
それが代助の聴覚を電流の如くに冒した。代助は自分の告白が遅過ぎたと云う事を切に自覚した。
打ち明けるならば三千代が平岡へ嫁ぐ前に打ち明けなければならない筈はずであった。
彼は涙と涙の間をぼつぼつ綴つづる三千代のこの一語を聞くに堪えなかった。
0375考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 23:00:48.650
中原中也と小林秀雄、長谷川泰子の三角関係

ある日、部屋に中原中也がやってくる。そして、またやってくる。何回もやってくる。
気がつくと、妙なぐあいに三角関係ができていた。散歩のおりに、
中原中也が甘えたように泰子のほうに寄り添ってきて、キスをねだる。キスをしてくれという。
泰子は、小さな中野公園の隅っこの芝生の上に寝転び、彼を久しぶりに受け入れてやる。
彼はもう中学を卒業し、顎には髭も生え、いっぱしのダダイストの存在になっていた。
山口にいたころの中原中也とは大違いだった。横光利一みたいな新感覚派気取りの帽子をかぶり、
手には大学ノートを持ち、いつでも詩が書けるようにいつもそれを持ち歩いていた。
とうぜん、キスだけで終わる話じゃなく、昼間の公園の木陰で、いつの間にか性交してしまう。
泰子は妊娠を恐れて中出しを拒んだ。彼はしかたなく、
泰子の腹の上に出した。泰子はやさしく中原中也のものを拭いてやった。
彼女は、満足する間もなく、果ててしまったことを恨みに思うことはなかった。彼が年下だったこともあって、
母性が反応してしまったらしい。中原中也には、いつもやさしく接した。小林のセックスは、
中原中也とはまったく違い、泰子は小林と出会って、女の幸せを感じた。
長谷川泰子は、生涯を通じて、小林秀雄との生活が唯一幸せだったと自伝に書き記している。
それくらい性の快楽を堪能したようだった。――中原中也は、大人になっても子供のような気持ちを捨てなかった。泰子のまえでは、
甘えん坊だった。彼は泰子と出会って、いい詩が書けた。
0376考える名無しさん
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2016/01/08(金) 23:01:24.230
僕は三四年前に、貴方にそう打ち明けなければならなかったのです」と云って、憮然ぶぜんとして口を閉じた。
三千代は急に手帛から顔を離した。瞼まぶたの赤くなった眼を突然代助の上に※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはって、
「打ち明けて下さらなくっても可いいから、何故」と云い掛けて、一寸ちょっと※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)躇ちゅうちょしたが、思い切って、
「何故棄ててしまったんです」と云うや否や、又手帛ハンケチを顔に当てて又泣いた。
「僕が悪い。勘忍かんにんして下さい」
 代助は三千代の手頸てくびを執って、手帛を顔から離そうとした。三千代は逆おうともしなかった。
手帛は膝ひざの上に落ちた。三千代はその膝の上を見たまま、微かすかな声で、
「残酷だわ」と云った。小さい口元の肉が顫う様に動いた。
「残酷と云われても仕方がありません。その代り僕はそれだけの罰を受けています」
0377考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 23:03:53.700
三千代は不思議な眼をして顔を上げたが、
「どうして」と聞いた。
「貴方が結婚して三年以上になるが、僕はまだ独身でいます」
「だって、それは貴方の御勝手じゃありませんか」
「勝手じゃありません。貰おうと思っても、貰えないのです。それから以後、宅うちのものから何遍結婚を勧められたか分りません。
けれども、みんな断ってしまいました。今度もまた一人断りました。その結果僕と僕の父との間がどうなるか分りません。
然しかしどうなっても構わない、断るんです。貴方が僕に復讎ふくしゅうしている間は断らなければならないんです」
「復讎」と三千代は云った。この二字を恐るるものの如くに眼を働かした。
「私わたくしはこれでも、嫁に行ってから、今日まで一日も早く、貴方が御結婚なされば可いいと思わないで暮らした事はありません」
と稍やや改たまった物の言い振であった。然し代助はそれに耳を貸さなかった。
0378考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 23:05:23.230
いや僕は貴方に何処どこまでも復讎して貰いたいのです。それが本望なのです。今日こうやって、
貴方を呼んで、わざわざ自分の胸を打ち明けるのも、実は貴方から復讎されている一部分としか思やしません。
僕はこれで社会的に罪を犯したも同じ事です。然し僕はそう生れて来た人間なのだから、罪を犯す方が、僕には自然なのです。世間に罪を得ても、
貴方の前に懺悔ざんげする事が出来れば、それで沢山なんです。これ程嬉うれしい事はないと思っているんです」
 三千代は涙の中で始て笑った。けれども一言も口へは出さなかった。代助は猶なお己れを語る隙ひまを得た。――
「僕は今更こんな事を貴方に云うのは、残酷だと承知しています。
それが貴方に残酷に聞こえれば聞こえる程僕は貴方に対して成功したも同様になるんだから仕方がない。
その上僕はこんな残酷な事を打ち明けなければ、もう生きている事が出来なくなった。
つまり我儘わがままです。だから詫あやまるんです」
0379考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 23:12:49.100
残酷では御座いません。だから詫まるのはもう廃よして頂戴ちょうだい」
 三千代の調子は、この時急に判然はっきりした。沈んではいたが、前に比べると非常に落ち着いた。然ししばらくしてから、又
「ただ、もう少し早く云って下さると」と云い掛けて涙ぐんだ。代助はその時こう聞いた。――
「じゃ僕が生涯黙っていた方が、貴方には幸福だったんですか」
「そうじゃないのよ」と三千代は力を籠こめて打ち消した。「私だって、貴方がそう云って下さらなければ、生きていられなくなったかも知れませんわ」
「そうじゃないのよ」と三千代は力を籠こめて打ち消した。「私だって、貴方がそう云って下さらなければ、生きていられなくなったかも知れませんわ」
 今度は代助の方が微笑した。
「それじゃ構わないでしょう」
「構わないより難有ありがたいわ。ただ――」
「ただ平岡に済まないと云うんでしょう」
 三千代は不安らしく首肯うなずいた。代助はこう聞いた。――
「三千代さん、正直に云って御覧。貴方は平岡を愛しているんですか」
 三千代は答えなかった。見るうちに、顔の色が蒼あおくなった。眼も口も固くなった。凡すべてが苦痛の表情であった。代助は又聞いた。
0380考える名無しさん
垢版 |
2016/01/08(金) 23:16:21.560
では、平岡は貴方を愛しているんですか」
 三千代はやはり俯うつ向いていた。代助は思い切った判断を、自分の質問の上に与えようとして、
既にその言葉が口まで出掛った時、三千代は不意に顔を上げた。その顔には今見た不安も苦痛も殆ほとんど消えていた。
涙さえ大抵は乾いた。頬の色は固もとより蒼かったが、唇は確しかとして、動く気色はなかった。
その間から、低く重い言葉が、繋つながらない様に、一字ずつ出た。
「仕様がない。覚悟を極めましょう」

夏目漱石「それから」より
0381考える名無しさん
垢版 |
2016/01/09(土) 21:21:35.690
漱石の作品を写してみても仕方ないんじゃなかろうか
0382考える名無しさん
垢版 |
2016/02/01(月) 18:52:17.220
雪国を読んだ

最初の汽車の窓に映る夕景色の場面を過ぎると結末近くの縮作りの場面になるまで
どこかポルノ小説を読んでいるような気分であった

この小説が人間の意識の重層性・心の歴史的重層性の表現たりえてることを理解するには
縮織りの場面まで待つ必要があった
ここではじめて雪国の長く厳しい生活から生み出される縮織りと
貧しい大家族の一員として生をうけ、芸者として必死に生きる娘の生活とがはじめて一体となる印象だった

冬空にあってどこまでも透明で美しい天の川と、哀しくも透き通った声をした葉子の火災での死
それは駒子の純粋な生き方のひとつの死を象徴したのではないのか
結末の「この子、気がちがうわ。気がちがうわ。」という言葉は濁り一つない冬空のような駒子の心が崩れる時の悲痛な叫びではなかったのか
だからこそ、さあと音を立てて天の川が流れ落ちたのだ
0383考える名無しさん
垢版 |
2016/04/05(火) 21:10:00.490
岩波の「文学」が11月に休刊(実質廃刊)。「国文学」(学燈社)や「国文学 解釈と鑑賞」(ぎょうせい)は既に休刊(廃刊)。
日本人の感性と認識力とが急速に衰えつつある証拠ですね。なんともならないだろうな。
0385考える名無しさん
垢版 |
2016/04/05(火) 21:21:23.790
日本人は自由が嫌いだから、文学のように自由を希求しなければ成立しない学問は消えていくな。

政権が文学の廃止を主張しても、声をあげる学者もいない。
0386考える名無しさん
垢版 |
2016/04/06(水) 05:17:43.780
漱石とか芥川の幼少期に問題あるのが似てるなぁから
演じきる芸人と辿りきれない素人みたいな流れで
どう時間かけすぎて有散霧散みたいな状態
かつポルノ表現習作中なの??
0387
垢版 |
2016/04/06(水) 19:34:35.840
渡部直己と丹生谷の対談から

渡部

絶対、口が裂けても、中上健次の傍らに三島の名は出さない、と。桂さんはあっさり、「文化防衛論」は疎外論批判だ、とか書いちゃうわけで 略
、それはむろん卓見なんだけど、僕がやるとしたら、谷崎を絡めた別のバイアスが必要ですし、仮にやるとしてもまだ十分な用意がないのです。
ただら、例えば天皇をめぐる大江と三島の対抗関係なら三島につく、という中上健次の態度はさしあたり理解できます。
丹生谷さん、どこかで大江健三郎は「田舎の優等生」だってさらっと書いてましたよね。あれは決定的に正しい(笑)
実際、「万延元年のフットボール」以降、大江さんの作中人文たちは、、そのつど何だか「故郷に錦を飾る」って感じで、あの四国の森に帰っていくわけですね。
村の住人がなぜかイェーツを原書で読んだりして。その「錦」が可能なのは、主体をはじめ、さまざまなことがらに関して、
結局は実体論を手放さないからですね。イマージュの問題にしたって何にしたって。
0388
垢版 |
2016/04/06(水) 20:21:21.070
(続き)

そこが仮に「田舎者」の、それこそノーベル賞的な強みがあるとすれば、これに対して、三島の方が実体論からはかなり飛んでいた面がある。
彼のいう「アナーキズム」は、丹生谷さんが無数の水滴群のランダムか衝撃や変動・偏差として示すアフェクションに近接しかけてますね。
しかし、彼の場合、その情動をはらんだ「雲」の全体を「天皇」と呼ぶ。これが許し難いのだけれど、困ったことに、中上にもそのけがある。
しかし、これでゆくと、すべてを天皇が独り占めするわけで、個々の発生がそのまま、式年遷都や折口信夫のいう「新嘗祭の本義」にすっぽり回収されかねない。
折口的な天皇の身体というのは、「天皇霊」がそれこそ世世の消費財として使うという形になるわけですね。
これをどう考えるか。この点、蓮實重彦の「大江健三郎論」も実は巧妙で、あそこでは、さまざまな「数の祝祭」と、固定しきった数字としての天皇制、
つまり「万世一系」との対比が描き出され、後者への批判と抵抗を前者が担いうるといった文脈になっている。
あそこでもまた、三島と「文化防衛論」の名がいつ出てきても不思議ではないわけですが、ともかく、これが悩みの種で、本来なら「雲」はどこにでも、
世界中の空に浮かんでいるわけですよね。その、どこにでも生起する事態に、「枯木灘」の作家までもが天皇を持ち込んでくるという姿勢の、想像力の閉域。
もちろん、彼自身のある種の思い込みや、大逆事件のことなんかもあったんだろうけども、「68年」の心意気からすれば、
中上健次は万事にもっと無頓着になれたはずですよね。だって「発生」なんて、そもそも無頓着な出来事として、
無方向に繰り返されるしかない。責任と対になった無責任ではなくて、「外の思考」のフーコーのいう無頓着。
この意味で乱暴にいうと、例えば、前衛の限界が無責任と結託することだとすれば、中上健次の最良の一瞬、
とりわけそのその細部感覚は無頓着の賜だったと見えるわけだけど。逆に伺いますが、丹生谷さんがわりと三島にこだわっているのは、どこから来るのだろう?
0389考える名無しさん
垢版 |
2016/04/06(水) 20:43:27.210
太宰治をめぐるストーリー
・太宰治生家炎上
・リスペ芸人受賞
・編集者が嫁と寝ちゃう。資本が勝ち、作家はただの道具ゥ
0390
垢版 |
2016/04/06(水) 22:03:53.590
上の対談は中上健次の「路地」「うつほ」と「がらんどう」についてがお題だが、
渡部と丹生谷の話し聞いていても何言ってるのかさっぱりわからん。わからんのだが結構中上健次の認識の部分でディスる。中上健次だけじゃない。大江健三郎とか三島についてもディスる。
中上健次なんかはドゥールーズなんかに精通していて、「路地」や「うつほ」を構造化して認識していたが、
アカデミズムの先生や専門家はかなり作家の認識を馬鹿にする。まあ馬鹿にするというよりは小説家は何言っても認識の部分で専門家を超えられない。
そればかりを言うな。本当に文芸批評家は捻くれているよ。
0391考える名無しさん
垢版 |
2016/04/06(水) 23:02:38.250
恋愛の負の面とか結婚の負の面がみえないしチャソって
どう小説かきあげられない幻影につつまれ存在である
ワケナノ??
0392考える名無しさん
垢版 |
2016/04/08(金) 21:52:22.230
付き合ってみると大変なんだろうなと思う。
男女の仲なんて、そもそもが赤の他人だからな。
0393考える名無しさん
垢版 |
2016/04/08(金) 22:03:43.580
>>392
血縁者との関係のほうが、大変ともいえるんじゃない?
漱石だって子供に対するDVがあったわけだし。
0394考える名無しさん
垢版 |
2016/04/09(土) 01:01:22.750
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              l l '''''''''''''''''''''''''''''''''''''' ̄l |             |

https://www.youtube.com/watch?v=dFj6B-dIKY8
0395考える名無しさん
垢版 |
2016/04/14(木) 02:16:20.410
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。
僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。
結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎない
僕にとって文章を書くのはひどく苦痛な作業である。一ヶ月かけて一行も書けないこともあれば、
三日三晩書き続けた挙句それがみんな見当違いといったこともある。それにもかかわらず、
文章を書くことは楽しい作業でもある。生きることの困難さに比べ、それに意味をつけるのはあまりにも簡単だからだ。
もしあなたが芸術や文学を求めているならギリシャ人の書いたものを読めばいい。真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。
古代ギリシャ人がそうであったように、奴隷が畑を耕し、食事を作り、船を漕ぎ、
そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む。芸術とはそういったものだ。」

「風の声を聴け」村上春樹 冒頭

村上春樹さんは、「この作品の冒頭の文章が書きたかっただけ」と語っています。
ガッ作家としてのキャリアを積み重ねてからも、自分を見失った時に読み返し、勇気づけられているそうです。
0396考える名無しさん
垢版 |
2016/04/14(木) 14:35:57.610
今の日本人には、美は我がうちにのみあるものじゃあない。わが手のすぐ先にでも
普通にある者さ。手が縮んで何もかもが分からなくなつているのさ。
0397考える名無しさん
垢版 |
2016/05/02(月) 10:04:44.780
川崎寿彦の「草枕」の評論、『漱石における東洋と西洋』は骨太で何百年の風雪にも耐えうる素晴らしいものだ。
岩波書店も版権を得てこういう評論を「草枕」の解説として掲載しなくちゃ。
でなきゃ、日本文学は衰退するばかり、文学どころか日本人の感性や批判力もおとろで日本人は流浪の民に成り果てちゃうよ。
文学関係の評論家や大学の先生たちはもっと頑張ってくださいよ、
文学は明日の文明から完全に消されちゃいますよ。
0398考える名無しさん
垢版 |
2016/05/02(月) 22:20:12.500
>>397
その評論が簡単には手に入らないのなら、どこがどう凄いのか、紹介してくれないか?
0399考える名無しさん
垢版 |
2016/05/09(月) 00:22:19.560
その論文は川崎の『薔薇をして語らしめよ』に収録されている
興味があれば購入すべし
価格:5,940円 (2016年5月7日現在)
0401考える名無しさん
垢版 |
2016/05/13(金) 23:06:13.570
小説
0402考える名無しさん
垢版 |
2016/05/14(土) 05:10:02.010
田山花袋「蒲団」と太宰治「人間失格」は比べるものではないが、
文学的には田山花袋は自然主義文学で、太宰治は無頼派とか言われるが、
文学としては太宰治の人間失格はちょっと信じられない。
嘘をついているとまでは言わないが、どうも本当のことを書いているとは思えない。
それに比べると田山花袋の「蒲団」はまあ本当のことを書いているなというながわかる。
太宰治の「斜陽」の直治もどうも怪しい。直治の思想信条や手紙から窺える言語は人間の本当のことを
言っているとは思えない。
そういった意味で太宰治とあと川端康成なんかも好きになれないなあ。
中上健次もちょっと読みづらい。
0404考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 21:06:48.270
純文学は基本的に本当のことを書くべき
0405考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 22:46:08.410
>>404
そうすると、漱石、芥川などの作品は純文学ではない、ということになるが?
0406
垢版 |
2016/05/25(水) 23:00:22.060
>>405

ほう。具体的に言ってほしい。
0407考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:07:43.040
>>406
え?

「吾輩は猫である」も「坊ちゃん」も「門」も「こころ」も、きりがないからこのくらいにしておくけど、などのどこに「本当のこと」が書いてあるんだ?
芥川も、あげればきりがないw

太宰を例にあげてもいいぞ?
0408考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:16:23.410
ああ、なるほど。
確かにそうかもしれない。

ただ本当のことについて問いたい。
本当のことっていろいろあるけど、本当のことの本質はどこに置いている
0410考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:31:52.990
純文学は筆者が芸術性を追及していくものだとすると、
必ずしも本当のことを書かなくてもいいものだな。
そうなると本当のことを書かなくてはいけないという発言は撤回せざるをえない。

だが言い方を変えよう。
偽善的なまたは偽悪的な人間心理を描いてはならない。
0411考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:33:23.490
いやまだ違う。作品の本質のなかに偽善的なまたは偽悪的な人間心理を持ち込んで書くべきではない。
0412考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:48:30.550
>>411
さて、偽善的というと、漱石が描くところの漱石の養父、養母を思い出すな。
偽悪的といえば、放蕩三昧で早世した漱石の兄かも知れない。
どちらも作品に出てくる。

偽善、偽悪というのをことさら掘り下げないとしても、文学との関係を簡単にはいえないんじゃないだろうか?
0413考える名無しさん
垢版 |
2016/05/25(水) 23:55:46.690
まあ有り体に言えば、作品の本質的な部分とは筆者の主観や内面独白の部分のことだがな
0414考える名無しさん
垢版 |
2016/05/26(木) 13:27:05.270
人間の機微の結晶化したものが含まれているのがいいよね。
0415考える名無しさん
垢版 |
2016/06/07(火) 19:32:27.940
中上健次論
丹生谷と渡部直己の対談

渡部 丹生谷さんの「天皇と倒錯」の一節に、「思い出」は「記憶の抹消である」という
ドゥールーズの言葉が引かれていますが、あれで言えば、『灰色のコカコーラ』『十九歳の地図』
から『岬』『枯木灘』に至る段階では「路地」は「記憶」なんです。
つまりは、忘れられないはずなのに、言葉にできないと。『枯木灘』末尾近くの有名なくだりで、
そうだ「路地」かあった、何故それに気づかなかったんだという思いに、秋幸は貫かれる
0416考える名無しさん
垢版 |
2016/06/07(火) 19:38:33.670
(続き)

しかし、その時点では、秋幸も作者自身それがどんなものだからわからないし、
わからぬが故に記憶として、言葉の、絶句すれすれの呟きのすぐ裏側に何かが張り付いている、
その感触を書いているっていう感じがありますね。

ところが、その後、露骨に「聖と穢が還流する日本的自然」と、その濃度に充たされる「路地」
といった形でこれが形成されるとき、それは「思い出」になってしまう。
0417考える名無しさん
垢版 |
2016/06/07(火) 19:46:51.550
(続き)

たやすく表象可能なものになり、結果、「路地」だからこう生きて死ぬんだという形におさまる。
その「思い出」を、作家はやがて、足もとの紀州熊野から、日本全国、さらには東アジアへと探しに行く。
秋幸は逆です。あれは、だからこれは「私」なのだ、という事後性を生き抜く場所であり、
そこに形成されると同時に消費される主体です。

そうした「思い出」と、言葉にできない「記憶」とがその場で衝突し軋みあうという意味では、
八十三年の『地の果て 至上の時』が、ひとつリミットを示していると思う。
そこから、消費ではなく、消耗路線になってきたような気がする。
0418考える名無しさん
垢版 |
2016/06/07(火) 19:56:49.380
(続き)(中略)

丹生谷 まあここでジジェク風の図式は出したくないんだけども、いわば初期から『紀州』くらいまで、
中上はいわば「現実界」のなかにいて・・・というかそこに密接して、
そこに自身の「書くこと」を見出していた。しかし「うつほ」「聖と俗」という図式を外在的な枠として
導入することによって、彼は「想像界」あるいは「象徴界」の方へと自分の場所を転移させてしまう。
中上=現実界的絶対異物であったものが・・・桂さんか渡部さんどっちが言ったのかはともかくとして。

渡部 僕は「現実」としか言ってないよ
0419
垢版 |
2016/06/07(火) 20:32:40.220
愛は「聖と穢」を含んで膨張する。クレヨンしんちゃん的な象徴界のなかで
0420
垢版 |
2016/06/07(火) 21:42:00.280
(続き)

丹生谷 ともかくジジェク風に言えばそんな感じがするわけで、「がらんどう=現実界」的なるものだった
中上の場が、それを外から描く象徴界的な場に移行する。それについてお聞きしたいのは、
その移行は何故起こったのかということです。中上に内発する何かのきっかけがあったのか
あるいは時代的っていうか、何か外からの要因があったのか?(中略)僕はそこのところがよく把握できない。
中上さんって、粗爆に直感的な人だったけれど、一方で不思議なくらない方法的に自覚的な人でもあったから‥

渡部 「路地を書く」動機としては、目の前でその生地が消滅しはじめるという
現実的な事態があったわけですね。この衝撃に促された「路地」の発見と仮構というドラマ
(その功罪がいま問われているのですが)があり、同時に、先ほどいった「兄」の美学化という切実さが重なる。
これがたぶん、中上作品における「路地」成立の要因だと思います。
0421
垢版 |
2016/06/07(火) 22:07:42.940
(続き)

で、次に、『日輪の翼』以降、みずから作り上げた「路地」の拡散的消滅を描き続けるうちに、
そのエクリチュールに一種の貧しさと消耗が露呈するわけですが、
これについては、例えば浅田彰が『異族』などを捉えて、現実がこんなに戯画化しているんたから、
後期の作品がスカスカになるのもやむをえないといった視界を提出するのも、
あながち否定しきれない。いかに粗雑で貧しい形ではあれ、目的語としての「路地」およびその拡散消失をあえて書く、
その消耗じたいが、現実的なんたとらいう捉え方、僕はなかばわかるんですよ。

丹生谷 図式としてはね、そりゃあその通りどろうけど。
0422考える名無しさん
垢版 |
2016/10/03(月) 22:39:03.250
夏目漱石「韓満所感」(抜粋)

「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」

「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」

「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた 同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」
0423考える名無しさん
垢版 |
2016/10/20(木) 07:45:30.340
ぼっちゃん
0424
垢版 |
2016/10/20(木) 18:48:10.380
先生と私
0425
垢版 |
2016/10/23(日) 00:21:01.990
夏目漱石は文学の象徴だな。
日本国の象徴のようなものだ。
天子さまのような存在。
0426考える名無しさん
垢版 |
2016/10/23(日) 22:46:22.690
野茂英雄みたいな人だね。
この人が口語文を使い始めてから、我も我もと口語文使う人が増えた。
近代文学の祖みたいな人だ。
0427考える名無しさん
垢版 |
2016/10/27(木) 15:23:49.45O
どうも漱石とは馬が合わないのか、何度試みても挫折する。
鴎外は読みやすく心地良いんだが。
鴎外が石見の人で、漱石が江戸っ子だからかね。
漱石原作の映像作品は楽しく見られるので、恐らく漱石の文体が合わないのだろう。

というのはもう二十年以上昔の話で、最近はとんと文学作品を読まない。
あれは、気持ちと時間と懐の全てにゆとりがないと読めないね。
0428
垢版 |
2016/10/28(金) 04:55:34.580
 彼人々は余が倶ともに麦酒ビイルの杯をも挙げず、球突きの棒キユウをも取らぬを、
かたくななる心と慾を制する力とに帰して、且かつは嘲あざけり且は嫉ねたみたりけん。
されどこは余を知らねばなり。嗚呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、怎いかでか人に知らるべき。
わが心はかの合歓ねむといふ木の葉に似て、物触さやれば縮みて避けんとす。我心は処女に似たり。
余が幼き頃より長者の教を守りて、学まなびの道をたどりしも、仕つかへの道をあゆみしも、
皆な勇気ありて能よくしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、
人のたどらせたる道を、唯ただ一条ひとすぢにたどりしのみ。余所に心の乱れざりしは、
外物を棄てゝ顧みぬ程の勇気ありしにあらず、唯たゞ外物に恐れて自らわが手足を縛せしのみ。
故郷を立ちいづる前にも、我が有為の人物なることを疑はず、又我心の能く耐へんことをも深く信じたりき。
嗚呼、彼も一時。舟の横浜を離るるまでは、天晴あつぱれ豪傑と思ひし身も、
せきあへぬ涙に手巾しゆきんを濡らしつるを我れ乍ながら怪しと思ひしが、
これぞなか/\に我本性なりける。此心は生れながらにやありけん、又早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
 彼かの人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふびんなる心を。
 
0429
垢版 |
2016/10/28(金) 04:55:59.190
赤く白く面おもてを塗りて、赫然かくぜんたる色の衣を纏まとひ、珈琲店カツフエエに
坐して客を延ひく女をみなを見ては、往きてこれに就かん勇気なく、高き帽を戴き、眼鏡に鼻を挾ませて、
普魯西プロシヤにては貴族めきたる鼻音にて物言ふ「レエベマン」を見ては、往きてこれと遊ばん勇気なし。
此等の勇気なければ、彼活溌なる同郷の人々と交らんやうもなし。この交際の疎うときがために、
彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑することゝなりぬ。
これぞ余が冤罪ゑんざいを身に負ひて、暫時の間に無量の艱難かんなんを閲けみし尽す媒なかだちなりける。
 
0430
垢版 |
2016/10/28(金) 04:56:14.130
或る日の夕暮なりしが、余は獣苑を漫歩して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、
我がモンビシユウ街の僑居けうきよに帰らんと、クロステル巷かうの古寺の前に来ぬ。
余は彼の燈火ともしびの海を渡り来て、この狭く薄暗き巷こうぢに入り、楼上の木欄おばしまに干したる敷布、
襦袢はだぎなどまだ取入れぬ人家、頬髭長き猶太ユダヤ教徒の翁おきなが戸前こぜんに佇たゝずみたる居酒屋、
一つの梯はしごは直ちに楼たかどのに達し、他の梯は窖あなぐら住まひの鍛冶かぢが家に通じたる貸家などに向ひて、
凹字あふじの形に引籠みて立てられたる、此三百年前の遺跡を望む毎に、
心の恍惚となりて暫し佇みしこと幾度なるを知らず。
 今この処を過ぎんとするとき、鎖とざしたる寺門の扉に倚りて、声を呑みつゝ泣くひとりの少女をとめあるを見たり。
年は十六七なるべし。被かむりし巾きれを洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、
着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面おもて、
余に詩人の筆なければこれを写すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁うれひを含める目まみの、
半ば露を宿せる長き睫毛まつげに掩おほはれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。

森鴎外『森鴎外』青空文庫より
0431考える名無しさん
垢版 |
2016/11/20(日) 22:30:54.730
サルトルの「嘔吐」やカミュの「異邦人」なんか皆さんはどう思われてるだろう
昔なんかその気分になって翻訳を読んだことがあった
そして今は、「嘔吐」はハイデガーの「時間と存在」のなかの『不安』をモチーフにした小説だということ(当時からわかっていたかもしれない)
「異邦人」はサイコパス的人物を北アフリカの砂漠の環境に置いたような、そこで青年になったランボーを描いたような作品だと思っている

日本にはこのような抽象的な着想を肉付けして作品化したものは少ないですよね
「砂の女」や「箱男」の安倍公房、「金閣寺」の三島由紀夫、等でしょうか
少なくとも漱石にはこういう面白さはないですよね
時代の制約でしょうか
0432考える名無しさん
垢版 |
2016/11/21(月) 09:54:48.470
空虚で意味のない分析だね
ただ登場人物を例えるだけで小説がなにをテーマにしているのか伝わらない
或いはきみが感じた心の情動もね

サイコパスの話と言いたいだけなの?
ただそれだけ?
0433
垢版 |
2016/11/21(月) 19:47:36.000
安倍公房の『砂の女』ね。『箱男』『壁』とかしか読んでないけど、出口のない世界、入り込んで出られない世界ね。
コンセプトはおもしろいし、だいぶ難しい小説だよ。実存主義的な哲学お持ちのようで、
東大医学部の芸術家だよね。
0434
垢版 |
2016/11/21(月) 20:30:11.230
おれひとつ疑問がある。おれって一般的に言えば二十歳の頃から結構小説も学術書も読んだと思うんだけど、
はっきりいって浅く広く読んでんだよね。それでも随分難しい本読んできたり、純文学読んだけど、本当の読書家とは言いがたい。
いつまででも小説読めたり、思想書読んだりする人いんじゃんね。博学のある人。
大学院出た人。小説家、思想家、学者や専門家などなど。全然読書量が違う。かといって、しのちゃんそんなに大量に本読めないんだよね。
本読むより人と関わり合いたい願望がある。芸能界のことも好きだし、人の顔とかキャラクターに興味がある。
そんなんで小説書けるのかなあと思う。まあたぶん文章力磨けばおもしろいもの書けると思うけど、
山田詠美がいっていたけど、世界文学全集全部読んでから書いてほしいようなこといっている。
だけどそんな大量の読書はできない。おれの気質的に2時間読書したら、もう外に出ていろいろな経験したり、
文章を書いたりしたい。昔から情報量が脳に貯まると自動的に1人になって、ジッと考えごとしたくなる。
読書もっとしなくちゃなとは思うけど、無理にでも詰め込んだ方がいいかなと思う。
0435考える名無しさん
垢版 |
2016/11/27(日) 13:34:36.250
異色の哲学小説が大ヒット中!元アイドル・原田まりるさんはなぜ、「哲学小説家」を目指したのか?

https://job.yahoo.co.jp/
0436考える名無しさん
垢版 |
2016/11/27(日) 13:55:04.790
漱石みたいに人生最後の十年に書き出したのはすごい
0437考える名無しさん
垢版 |
2016/12/09(金) 14:03:10.160
>>434
才能というやつだな。どんな分野についてもそうだ、その分野で才能のあるやつが秀でるんだ。
受験だってそう、受験の才能のないやつがどんなに頑張って勉強しても東大には入れないよ。
才能を運の一つと言うとも可能だけどね。
0438考える名無しさん
垢版 |
2016/12/10(土) 02:30:15.560
>>437
試験に受かるかどうかは、勉強が好きかどうかによるな。
勉強が好きな奴は勉強を頑張るなんて意識はまったくない。
ただ好きなことをやってるだけ。

どの分野でも、要するに好きであれば、それを才能というんだよ。
0439考える名無しさん
垢版 |
2016/12/10(土) 16:39:35.850
才能には、親から貰った遺伝的な頭の良さもあることも事実としてある。
大学受験にしても、多くの受験生は皆、“必死”になって勉強をしている。
にも関わらず、生まれつき頭の良い人は、すんなりと受かっている。別に勉強が好きでも
嫌いでもないのに合格しているのである。 親から貰った頭の良さを、これも才能の内と言って
しまえばそれまでではあるが。
0440考える名無しさん
垢版 |
2016/12/10(土) 21:00:44.260
>>439
「遺伝的な頭」の良し悪しはたしかにあるだろうが、自分の周りの東大卒はみんな勉強が好きだな。
仕事に対して「勉強」的に粘着するし、リタイア後でも、いくつもの趣味の「勉強」に余念がない。
好奇心とも少し違う、「勉強」することが好きな人たちしかいないな。
0441考える名無しさん
垢版 |
2016/12/11(日) 08:56:46.450
まあ、見立てが違うな。

東大に入っている人間は小さい頃から受験に必要な訓練を受けられた人か、本当に自頭がいい人間のどちらかだ。

大概誰でも小さい頃から、訓練を受ければ東大に入れる可能性は高いだろう。
それに比べて、普通にすごしてきて東大に入った人間は地方であれば、街一番になってその地域で1番の進学校
に入り、その進学校のなかで10番以内に入れた人だと決まっている。
0442考える名無しさん
垢版 |
2016/12/11(日) 09:58:42.150
>>441
地頭とかいうのは、ある種のスーパーマン妄想だね。

将棋の米長名人は、兄は馬鹿だから東大に行き、自分は頭が良いから将棋指しになった、と公言していた。
その米長が園遊会で得意げに国旗掲揚運動を自慢してたしなめられた。
頭の良さとは、所詮その程度。

お笑い芸人の又吉は東大生より優れた文学者になった。
「地頭」を自慢していた東は、いまだに同人誌レベルの雑誌の主催者に過ぎない。

普通に過ごしていたというのは、毎日楽しく勉強していただけのことだろう。
ある東大合格者は勉強が好きだったので、勉強時間を制限するのが大変だった。
徹夜で漫画を読む子供と同じことだった。

少数の例ですべてを語ることができないのと同じように、一大学の合否で「地頭」などという幼児のような妄想を持ち出しても、なんの意味もない。
0443考える名無しさん
垢版 |
2016/12/16(金) 18:55:44.170
漱石の本格的な議論が少しもないないブログだな
文学中年のセンズリ専用のかな

頭の良しあしが話題になってるようだが
好きなことに没頭できるってのは幸運ってことだよ
目覚めたらラッパになっていたとしても誰の落ち度でもない、と言った奴がいたが
頭がいいってことはその程度のことだよ
ところで、ランボーは自分は頭がいいと思ったことがあったろうか
0445考える名無しさん
垢版 |
2016/12/16(金) 19:08:56.760
>>443
リア充の男は自分が頭がいいと思ってる。

リア充の女は自分が美人であるか人気者だと思ってる。
0446考える名無しさん
垢版 |
2016/12/17(土) 14:56:51.950
ハイデガ−ではないが、「人間は、生まれたときには既に、自分では決めたわけでもない
一定の時間空間的状況の中に否応なしに投げ込まれ、そこから抜け出すことができない。」と
述べているが、生まれつき頭の良い人は多々見受けられる。それを運命と言ってしまえばそれまでではあるが。
0447考える名無しさん
垢版 |
2016/12/17(土) 14:59:57.800
>
0448考える名無しさん
垢版 |
2016/12/17(土) 15:07:07.410
ハイデガ−ではないが、「人間は、生まれたときには既に、自分で決めたわけでもない一定の時間的空間的状況の
中に否応なしに投げ込まれ、そこから抜け出すことができない。」と述べているが、 生まれつき頭の良い人は多々
見受けられる。それを運命と言ってしまえばそれまでではあるが。
0449考える名無しさん
垢版 |
2016/12/17(土) 18:44:11.510
>>448
人間の頭の働きというのは、身体とは比較にならないくらいの可塑性があるんだよ・・・
0450考える名無しさん
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2016/12/17(土) 21:14:55.520
漱石名言集

女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。

もし人格のないものが無闇に個性を発展させようとすると、他を妨害する。権力を用いようとすると、
濫用に流れる。金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。随分危険な現象を呈するに至るのです。

世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから、他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。


のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。
その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。
登り詰めた揚句は、流れて雲に入って、漂うているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡に残るのかもしれない。

考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う
。悪くならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。

離れればいくら親しくってもそれきりになる代わりに、いっしょにいさえすれば、たとい敵同士でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう。
0451考える名無しさん
垢版 |
2016/12/17(土) 21:15:45.130
漱石名言集

運命は神の考えることだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。

人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ

嫌な女も好きな女もあり、その好きな女にも嫌なところがあって、その興味を持っている全ての女の中で、
一番あなたが好きだと云われてこそ、あなたは本当に愛されているんじゃありませんか?

色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず。

自己を捨てて神に走るものは神の奴隷である。

真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。

真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行え。汝の現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となって現わるべし。

恐れてはいけません。暗いものをじっと見つめて、その中から、あなたの参考になるものをおつかみなさい。

自分の好きなものは必ずえらい人物になって、きらいなひとはきっと落ちぶれるものと信じている。

道徳に加勢する者は一時の勝利者には違いないが、永久の敗北者だ。
自然に従う者は一時の敗北者だが、永久の勝利者だ。

表面を作る者を世人は偽善者という。偽善者でも何でもよい。表面を作るという事は内部を改良する一種の方法である。

わざわざ人の嫌がるようなことを云ったり、したりするんです。
そうでもしなければ僕の存在を人に認めさせる事が出来ないんです。僕は無能です。
仕方がないからせめて人に嫌われてでもみようと思うのです

前後を切断せよ、みだりに過去に執着するなかれ、いたずらに将来に未来を属するなかれ、満身の力を込めて現在に働け。
0452考える名無しさん
垢版 |
2016/12/18(日) 09:52:53.910
脳の可塑性 :脳の可塑性とは「発達段階の神経系が環境に応じて最適の処理システムを作り上げるために、
よく使われるニューロンの回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという現象」のことであり
「発達期の脳において顕著にこの性質が観察される」(「ある科学論文の誕生」より)。
0454考える名無しさん
垢版 |
2016/12/18(日) 20:41:14.740
阿部公彦著作
『モダンの近似値――スティーヴンズ・大江・アヴァンギャルド』松柏社、2001年
『即興文学のつくり方――オスカー・ワイルド、T・S・エリオット、W・C・ウィリアムズ、W・H・オーデン、ピーテル・ブリューゲル、チャールズ・トムリンソン、夏目漱石、小島信夫、大岡信、蓮實重彦、村上春樹、野球、サッカー』松柏社、2004年
『英詩のわかり方』研究社、2007年
『スローモーション考――残像に秘められた文化』南雲堂、2008年
『英語文章読本』研究社、2010年
『小説的思考のススメ――「気になる部分」だらけの日本文学』東京大学出版会、2012年
『文学を〈凝視する〉』岩波書店、2012年
『詩的思考のめざめ――心と言葉にほんとうは起きていること』東京大学出版会、2014年
『英語的思考を読む――英語文章読本II』研究社出版、2014年
『善意と悪意の英文学史――語り手は読者をどのように愛してきたか』東京大学出版会、2015年
『幼さという戦略――「かわいい」と成熟の物語作法』朝日選書、2015年

なんか受験参考書のタイトルが並んでいるという感じだね、発想が受験参考書的とでもいうか
この調子だと『文学のわかり方』『ノーベル賞文学の書き方』なんて本も書けそうだね

1998年に「荒れ野に行く」という小説で早稲田文学新人賞受賞をとったということだが
文学者より5流小説家をやってたほうがよさそうだよ
1997年にケンブリッジで博士課程を修了したようだが、かの地で一体何をやってたのやら
まさかここが「荒れ野」というわけじゃないだろうね
0455考える名無しさん
垢版 |
2017/01/01(日) 12:34:15.700
あげ
0456漱石の「元旦」青空文庫より
垢版 |
2017/01/01(日) 13:10:45.340
元日を御目出たいものと極めたのは、一体何処の誰か知らないが、
世間が夫れに雷同しているうちは新聞社が困る丈である。
雑録でも短篇でも小説でも乃至は俳句漢詩和歌でも、苟くも元日の紙上にあらわれる以上は、
いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないに極っている。

一昨年の元日に虚子が年始に来たから、東北と云う謡をうたったところ、虚子が鼓を打ち出したので、
余の謡が大崩になったという一段を編輯へ廻した。実は本当の元日なら、余の謡はもっと上手になってる訳だから、
其の上手になった所を有の儘に告白したかったのだが、如何せん、筆を執ってる時は、元日にまだ間があったし、
且虚子が年始に見えるとも見えないとも極まっていなかった上に、謡をうたう事も全然未定だったので、
営業上已を得ず一年前の極めて告白し難い所を告白したのである。
此の順で行くと此年は又去年の元日を読者に御覧に入れなければならん訳であるが、
そうそう過去のまずい所ばかり吹聴するのは、如何にも現在の己に対して侮辱を加えるようで済まない気がするから
故意と略した。それで猶のこと塞えた。

実を云うと十二月二十三日である。家では餅もまだ搗かない。町内で松飾りを立てたものは一軒もない。
机の前に坐りながら何を書こうかと考えると、書く事の困難以外に何だか自分一人御先走ってる様な気がする。
それにも拘らず、書いてる事が何処となく屠蘇の香を帯びているのは、正月を迎える想像力が豊富なためではない。
何でも接ぎ合わせて物にしなければならない義務を心得た文学者だからである。
もし世間が元日に対する僻見を撤回して、吉凶禍福共にこもごも起り得べき、平凡且乱雑なる一日と
見做して呉れる様になったら、余も亦余所行の色気を抜いて平常の心に立ち返る事が出来るから、
たとい書く事に酔払いの調子が失せないにしても、もっと楽に片付けられるだろうと思う。
尤もそうなれば、初刷の頁も平常に復する訳だから、とくに元日に限って書かねばならぬ必要も消滅するかも知れない。
それも物淋しい様だが、昨今の如き元日に対して調子を合せた文章を書こうとするのは、
丁度文部大臣が新しい材料のないのに拘らず、あらゆる卒業式に臨んで祝詞を読むと一般である。
0457考える名無しさん
垢版 |
2017/01/02(月) 05:46:23.560
因みに、元旦がめでたいのは、神武天皇が元旦に即位したとされるから。
日本の歴史は前にも書いたとおり、~の世と人の世がつながった、世界でも唯一の歴史体系。
神武天皇は、天照大神の五代目の子孫、と言うことになっている。
その、人の世の初代の神武天皇が即位された日が元旦。

これは事実かどうか、なんて穿鑿をするのは無意味なわけで、半分が神話の世界だ。
重要なのは、先人たちがそれを長きにわたってうけいれ、我々の知見として育ててきたこと。
つまり、それがわが国の文化を構成するもの。

帝国主義時代には国威発揚のために大いに誇張され、大東亞戦争敗戦後は
反日売国奴が数千人規模でアカポス入りしたことで、大いに歴史歪曲卑下自虐に走って現在に至っている。
嘆かわしいかぎりだ。
0458考える名無しさん
垢版 |
2017/01/16(月) 00:16:25.640
カナダのピアニスト、グレン・グールドは晩年『草枕』を愛読してたそうだね
0460考える名無しさん
垢版 |
2017/01/22(日) 18:42:09.840
>>459
謡は好きで、師匠を自宅に招いて稽古に励んだけどね。

音痴だったらしい・・・
0461考える名無しさん
垢版 |
2017/03/04(土) 09:33:43.600
漱石の小説を読むと、いろいろな金のやりとりの場面が出てくるけど、明治期の人て、臆面もなく縁ある人に金をせびるんだな。
『道草』の島田とか、どのツラ下げて漱石に金の工面を申し出るのか。貸す漱石も漱石だけど。

今の時代だと親戚にいっても金なんて貸してくれないのに、昔の人はなきゃないである人のところにいく、みたいな。
0462学術 
垢版 |
2017/03/04(土) 12:15:04.990
削除 。低レベル過ぎる。
0463
垢版 |
2017/03/04(土) 12:19:17.110
何が。だったらなんか書いてみろ低脳
0464学術  芦原。
垢版 |
2017/03/04(土) 12:33:34.080
書けばいいのか?高能と。
0465学術  芦原。
垢版 |
2017/03/04(土) 12:34:12.330
高能哲学。
0466美魔女
垢版 |
2017/03/04(土) 20:11:42.510
夏目漱石のスレがあったんですね。

素敵ですね😃

子供の頃読んでいた時の時間が戻りそうで

深く懐かしく浸れるの
0467学術  shinscake adnei
垢版 |
2017/03/04(土) 20:13:00.760
猫でも低レベルは。人間の責任の。
0468考える名無しさん
垢版 |
2017/03/08(水) 10:14:22.270
>>461
島田って、養父だろ?

幼少時の数年間は、漱石をなに不自由なく育てたんだぞ?
0470469
垢版 |
2017/03/08(水) 10:40:42.980
間違った

>>468
に言った。
0473考える名無しさん
垢版 |
2017/03/11(土) 04:47:26.380
夏目漱石の「こころ」

先生とk

先生は自殺に見せかけてkを殺した
自殺に見せかけた殺人だった

先生は罪の意識にさいなまれて自殺した
0474考える名無しさん
垢版 |
2017/03/11(土) 10:24:07.960
>>472
かりにも養父だからなあ。

それに、養父は、不行跡によって没落をしたというより、時代に翻弄されただけともいえそうだ。
漱石自身も時代の波に抗っていたから、養父の没落には同情的だったのだろう。

智と情の両面から対応しているから、住みにくい世に向かい合わなければならなかったのだろう。
0475考える名無しさん
垢版 |
2017/04/30(日) 14:37:17.630
文学は剣より強いのか??
いじめ殺しを許さない社会にしようぜ!!!!
       ↓
上松煌(うえまつあきら) 作
★「九月の葬奏」(1作目「友だちを〜」と共に、作者の出生の本懐です)★
https://slib.net/71188

『作品紹介から』
 初作の『友だちを殺した』と共に、作者の出生の本懐といえるものです。
世間を震撼させた「多摩川・中学生虐殺事件」に衝撃を受け、日本社会に警鐘を鳴らし
たくて書きました。
時間のないかたは、後半〜末尾にかけての主人公の「独白」をごらんください。
社会のあり方、人間の人間たる倫理正義・矜持襟度・慈悲情愛の大切さを、死をもって
訴える場面です。 問題提起の性格上、過激・苛烈な表現があります。 2015年。
作順では5番目。

プロフィール ←作品けっこう意識高いぜ。命は大事にしろ。
http://slib.net/a/21610/

社会が傍観者ばかりになったら、コワイでぇ!
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