フッサールについて語ってくれ [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2016/05/27(金) 12:02:55.440
勉強中ゆえたのまーす

183考える名無しさん2018/01/27(土) 12:47:47.580
>>181
論及 ー> 論考

失礼。

1842018/01/27(土) 20:09:05.800
>>180
>いつも逃げの言葉を最初に持ってくるんだねw
それは君の主観だな。逃げというよりバカバカしいのでウンザリというか。

>「言葉によらない(エポケーという)態度や(精神の共通性のような)超越論的主観性を設定するフッサールとは無関係だし、真逆と
「私」をどう捉えるか、という問題では、比較することは当然可能。
そして俺はその点で挙げたのみ。

>ヴィトゲンシュタインは、哲学は言葉に過ぎないと指摘している。
おそらく論理実証主義は(ジャーゴンとかいうなよ、知らないなら検索しろよ)
その点でヴィトゲンを重視した。

だが俺の関心は、ヴィトゲンが言葉で捉えられないのは何かを問題にしている点。

>つまり、ヴィトゲンシュタインとフッサールの「私」を、同類の「私」としてとらえているわけだ。
なんでそうなるか理解に苦しむ。

例えば永井均はこう書く。「私自身は、ドイツ観念論や現象学の主格的で反省的な
自我理解にまったくリアリティを感じないのに対し、ヴィトゲンシュタインには、
ほとんど肉感的といえるほどのリアリティを感じるのである」。

わりと俺の実感に近い。私の把握、という点で、ヴィトゲンに共感するのは、
同類にしていると同義ではない。

185考える名無しさん2018/01/27(土) 20:11:29.900
>>172
>超越論的主観に対応する概念として、超越論的客観 なんてもってくると
新たな二元論を作り出しているのではないか、という批判は免れない。

>自己(主観)と外界(客観)とは、日常的な普段の生活において密接に関連している。そして、
超越論的主観(自己)と超越論的客観(外界)も、“方法的懐疑と現象学的還元”を通して密接に関わりあっている。

だから、超越論的主観(自己)と超越論的客観(外界)は、日所的な生活次元に関わっている主観(自己)と客観(外界)との
延長線上にある。

私は、超越論的主観(自己)と超越論的客観(外界)は、“一つのもの”であり、両概念を例えて言えば、コインの表と裏の連関にあると捉えている。

1862018/01/27(土) 20:15:21.980
>カント的認識論てなに?

純粋理性批判のカントの関心は、人間の認識がどこまで
およぶもので、どこからが認識で捉えられないものかにある。
悟性や理性という言葉がでてきた理由。物自体という概念などを考えるといい。

ヴィトゲンも言葉にこだわったりはしているが、どこからが言葉で捉えられないか
を問題にしている。

>なみに論及から探求へと変化したのではなく、論及を具体的な現実に当てはめたのが探求だ。

これはヴィトゲン全体に関係することなので、
今君と論じあう必要性はまったく感じない。君自身のヴィトゲン理解として
大切にしてもらいたい。

1872018/01/27(土) 20:17:53.590
しかしまだ肝心な点には答えられてないのだよ。

>どう読んでもも、
>>「世界に属さず世界の限界としての主体=私」とは無関係、というよりむしろ真逆だということがわかるから
>なんて結論になるわけないのだがね。

ここについてはちっとも、このひとは答えることができてないんだよなあ。

どういう意味で「真逆」と表現したのか?

俺は基本、今はここしか尋ねていない。

188考える名無しさん2018/01/27(土) 20:24:19.050
>>185
  訂正

  日所的な生活次元
       ↓
  日常的な生活次元

1892018/01/27(土) 20:24:20.880
今レスしてくれたのか。

>私は、超越論的主観(自己)と超越論的客観(外界)は、“一つのもの”であり、両概念を例えて言えば、コインの表と裏の連関にあると捉えている。

君の概念ではそうなのだろうけど、

超越論的客観=外界 ってのは俺はやはりひっかかる。

ベルクソンやメルロ=ポンティ の考えに近いんじゃないだろうか。
あるいは、もしかしたらシェリング。 いろいろ考えてはいるのだけれども。

1902018/01/27(土) 20:25:53.820
ごめん、レス番号つけるの忘れていた。

189は >>185 へのレス。

面白いのだけれども、これ以上今はレスできんわ。

191考える名無しさん2018/01/27(土) 21:15:24.440
>>124
>その違いはどこから生じるのかというと、“前提を設定する思考法”の方法的懐疑と、
“前提を設定しない思考法の違いにある。

この質問に対して、「そう考えてハイデガ−は、現象学を解釈しなおそうとして、フッサ−ルと喧嘩することになった。」と述べているが、
思考法に於いて、〈前提を設定する〜前提を設定しない〉は、非常に重要なところなので、ここのところのフッサ−ルとハイデガ−のやり取りを
貴方の知っている範囲内で教えてもらえますか。

1922018/01/27(土) 22:47:14.460
>>191
説明しづらいなあ。やり取りについては、歴史的な事実だけ紹介すればいいと
思う。

ハイデガーはフッサールの元で学んで講義を受け持ったりしていたのだけれども、
初期の講義、19年の「現象学の根本問題」あたりでは、すでにかなりフッサールを
攻撃しているんだよ。そういうことはフッサールは知らなったらしい。
現象学とは私と君のことだ、などとハイデガーに言っていたくらいだから。

27年にフッサールが「ブリタニカ草稿」、百科事典の現象学の項目をハイデガーに
書かせて、その内容が自分の考えとはまるで違うことに気付き、
また「存在と時間」を読んで、自分の現象学とはまるで違うことに気付き、
この頃からハイデガーへの距離が生まれた。

もっとも影響をうけて、生活世界とか言い始めたりするのだが。

ハイデガー側からすると、現象学って言葉は引き継ぎながらも、
初期(10年代)からまるで違う方向に進んでいたし、名指しでフッサールの
悪口を講義では言っている。

193考える名無しさん2018/01/27(土) 23:20:09.930
>>184
>比較することは当然可能

比較というのは同じ方向がなければ意味をなさない。
違う方向での比較なら、それぞれの方向を明示したうえで、どこがどう比較できるのかを検討しなければならない。
水と砂を比較するには、それ相応の視点が必要だ。

>ヴィトゲンが言葉で捉えられないのは何かを問題にしている点

ヴィトゲンシュタインは、言葉でとらえられないものは語ってはいけないと言っている。
有名だろ?

>永井均はこう書く

また他人の解説のつまみ食いかよ。
ヴィトゲンシュタインになにを感じるのも自由だが、それを解説とするのはヴィトゲンシュタインからは最も遠い。
気取った言い回しが大好きな永井らしい感想といえばいえるかも知れない。

君には、ひとつでも、自分が並べ立てているジャーゴンをきちんと定義、説明できるのかを自問しなければいけない。
それができれば、見当違いのヴィトゲンシュタイン理解から少しは離れることもできるだろう。
ジャーゴンの明確化を言い回しで誤魔化しているような永井にもいえることだが。

194考える名無しさん2018/01/27(土) 23:32:07.010
>>186-187
>どこからが言葉で捉えられないかを問題にしている

ヴィトゲンシュタインは、それまでの哲学の全否定ともいえる、言葉の構造を考えた。
それが言語ゲームだ。
人間の認識の範囲の問題ではなく、そういいたければ、認識と言語の乖離の問題だ。

>大切にしてもらいたい

君が少しでも哲学の不毛性に気が付くことを期待してる。

>答えることができてない

何回も答えているが?
何回同じことを書けばいいんだろう?

ヴィトゲンシュタインの「私」は、哲学に表れる言葉としての「私」だ。
フッサールの「私」は、肉体を持った実在としての「私」だ。
これが無関係ということでもあり、言葉と肉体という方向性としてとらえれば真逆ということにもなる。

これ以上どんな説明がいるというのだ?
君が引用した永井の感想の真逆ではあるがw

1952018/01/27(土) 23:58:56.290
>>193
君の場合、いちいちレスすると膨大なレスになるだろね。かいつまんで。

>水と砂を比較するには、それ相応の視点が必要だ。
「私」の把握の仕方、という視点で。フッサールのように超越論的自我を
まず設定してしまうのか。それとも、ヴィトゲンのように、言語分析からはいりながら
世界の限界として私を理解していくのか。
どちらがより共感できる私の捉え方か、という視点で。

>ヴィトゲンシュタインは、言葉でとらえられないものは語ってはいけないと言っている。
初期ヴィトゲンな。
「語る」とはいっていない。「なにが語れないのか」、を語ると言う点で。

>ヴィトゲンシュタインになにを感じるのも自由だが、それを解説とするのはヴィトゲンシュタインからは最も遠い。

解説を目的とした文章ではなかったな。
いずれにせよ、現象学とヴィトゲンシュタインを私を視点として比較した例に過ぎない。

>君には、ひとつでも、自分が並べ立てているジャーゴンをきちんと定義、説明できるのかを自問しなければいけない。
俺には君の方が何一つ説明できていないと見える。

>ジャーゴンの明確化を言い回しで誤魔化しているような永井にもいえることだが。
別に永井信者でもないが、俺には、君よりか永井のほうが遥かに明確に定義できている
ようには見える。

196考える名無しさん2018/01/28(日) 00:08:09.580
>ヴィトゲンシュタインは、それまでの哲学の全否定ともいえる、言葉の構造を考えた。
>それが言語ゲームだ。

今は言語ゲームは問題にしていない。

>人間の認識の範囲の問題ではなく、そういいたければ、認識と言語の乖離の問題だ。
「探究」の一解釈として成り立つがそれを今問題にしているわけではない。

>君が少しでも哲学の不毛性に気が付くことを期待してる。
そんなの期待してどうなるw 哲学は俺の考えでは単に生き方の問題だ。
西洋哲学の終焉なんてハイデガーも言っている。

>ヴィトゲンシュタインの「私」は、哲学に表れる言葉としての「私」だ。
>フッサールの「私」は、肉体を持った実在としての「私」だ。
>これが無関係ということでもあり

「フッサールの「私」は、肉体を持った実在としての「私」だ。」

ここ完全に間違いな。フッサールは、純粋自我は死なない、と述べている。
肉体と同時に死ぬようなものではない。

かつこれでは、
>>「世界に属さず世界の限界としての主体=私」とは無関係、というよりむしろ真逆だということがわかるから
の説明にはなっていない。

真逆というからには、ヴィトゲンは主体は世界に属している、と述べていたと証明
しなければならない。

197考える名無しさん2018/01/28(日) 00:11:49.170
>>195
>言語分析からはいりながら世界の限界として私を理解していくのか

ヴィトゲンシュタインは、「私を理解」しようなどとはしていない。
だから、君の理解は見当違いだと指摘している。

>「なにが語れないのか」、を語ると言う点で

そんなことは語っていない。
哲学で語られていることを否定しているだけだ。

>現象学とヴィトゲンシュタインを私を視点として比較した例

比較できる対象ではないと指摘している。

>俺には君の方が何一つ説明できていないと見える

なにを説明して欲しいんだ?

>永井のほうが遥かに明確に定義できているようには見える

具体的に並べてみせてくれ。

198考える名無しさん2018/01/28(日) 00:17:52.910
>>196
>西洋哲学の終焉

そんなことを言ってるんじゃない。
哲学は言葉の遊びだと言っている。
ドゥルーズがヴィトゲンシュタインを「哲学の暗殺者」と評したとおりだ。

>真逆というからには、ヴィトゲンは主体は世界に属している、と述べていたと証明しなければならない

あまりバカなことは言わないように。
正方向にも逆方向にも、基準がある。
どの基準での正逆であるかを十分に説明した。

199考える名無しさん2018/01/28(日) 00:23:11.360
>>196
ひとつレスを忘れてたw

>完全に間違い

フッサールの純粋自我というのは、人間に備わった肉体的な特性といったようなもの。
死ぬとか死なないとかいう個人の問題でないのは明白。

2002018/01/28(日) 00:30:01.180
>>197
>ヴィトゲンシュタインは、「私を理解」しようなどとはしていない。
言葉尻をとらえて攻撃しているだけだな。
「私の把握」という意味で捉えたらいい。

>そんなことは語っていない。
>哲学で語られていることを否定しているだけだ。

これは俺と理解の仕方が違う。

>比較できる対象ではないと指摘している。

これも俺と理解の仕方が違う。哲学者が「私」をどうとらえたか、
これは比較できる。当然、私の内実が違うことはある。

>なにを説明して欲しいんだ?
今はヴィトゲンの件だろな。哲学終焉の件も。だが、どうやら無意味に
思えてきたな。
じゃあ、これを聞こう。君にとって、哲学とは何だ?

>具体的に並べてみせてくれ。
何を具体的に?w 永井の本の解説せなあかんの。やなこった。
ずっと納得のいく説明しているってので十分。これは当たり前のことだぞ。

2012018/01/28(日) 00:34:41.480
>>198
>哲学は言葉の遊びだと言っている。
だからどーした。

>どの基準での正逆であるかを十分に説明した。
それは、俺がヴィトゲンの私をフッサールの私と同類だと把握している
と「誤解」した上での、逆ってことだけだな。

おそらく。

もしもそうなら、いくらなんでも説明の仕方が乱暴すぎる。

君は、最初、「むしろ逆だ」としか書いていない。

>フッサールの純粋自我というのは、人間に備わった肉体的な特性といったようなもの。

フッサールは純粋自我を肉体的な特性として理解していない、ってことだよ。
純粋、という言葉にこだわるように。

202考える名無しさん2018/01/28(日) 00:41:16.140
>>200
>君にとって、哲学とは何だ?

言葉の遊びだ。
その点はヴィトゲンシュタインと同じだ。
フォイエルバッハとヴィトゲンシュタインによって、哲学は現実の解明に解体、移行した。

>これは当たり前のことだぞ

当たり前ではないから、ヴィトゲンシュタインは言葉の遊びだとして哲学を解体した。
永井はその哲学をヴィトゲンシュタインの中で復活させるという、おかしなことをやっている。

その他のことは、君がヴィトゲンシュタインに興味を持ってからにしよう。

203考える名無しさん2018/01/28(日) 00:43:21.900
>>201
フッサールのことなので、ひとつだけ。

>純粋自我を肉体的な特性として理解していない

それだとフッサールは幽霊の存在を認めていることになるw

2042018/01/28(日) 00:46:00.920
元をたどると、

俺が、191さんの、超越論的自我と本質直観の問題にたいして、レスしていた
だけのところに、

いきなり別人だとも名乗ることもなく(それが失礼だが)、
その文脈でFWがレスしてきたってだけだな。

フォイエルバッハだのヴィトゲンだの
あげて、まあ哲学の不毛性をいいたいだけなのだろうが。

ヴィトゲンの件も、もともとは、フッサールの私の把握と、ヴィトゲンの私の把握
の違いで、ヴィトゲンのアプローチのほうが共感できるってだけのコメントだったが。
そりゃあ、純粋自我が問題だったからね。

かみついてきたうえに、
まったく今は関係のない言語ゲームの話にどうももっていきたがっているように見える。

2052018/01/28(日) 00:50:26.160
>>202
>言葉の遊びだ。
じゃあ勝手に遊んでおけ。俺は相手にしきれんが。

>永井はその哲学をヴィトゲンシュタインの中で復活させるという、おかしなことをやっている。
君は遊んでおけばよろしい。

>それだとフッサールは幽霊の存在を認めていることになるw

それはまた、えらく飛躍のある論理展開だ。
どうして、幽霊がいきなりでてくるの? 肉体に依存しない純粋な私と、
幽霊との関係性は? フッサールは幽霊をどう定義しているの?
フッサールが幽霊について言及していないなら、どのようにしてつながるの?w

206考える名無しさん2018/01/28(日) 09:58:08.390
>>205
>フッサールは、純粋自我は死なない、と述べている。
>肉体と同時に死ぬようなものではない。
>肉体に依存しない純粋な私

これが幽霊じゃなくてなんなんだよw

君としては、二人を相手にしたので集中できなかったのかも知れない。
気の毒になってきたから、もうやめる。

207考える名無しさん2018/01/28(日) 19:36:22.410
デカルトの「超越論的主観(コギト)」が純粋な“精神”であるという論理から、“心身二元論”が創出しており、
哲学はデカルト以来ヨ−ロッパに於いて「主客の一致」はあるのかという重大な『謎』が提出されてきた。

ここから、バ−クリ−やヒュ−ムの徹底的独我論(世界の現実存在の想定は、まったく無根拠)のような考えや、またこれに対抗して
カントの「物自体(世界それ自体は人間には認識できない)」などの議論が現れた。

上記の問題点は、デカルトが超越論的主観(コギト)を“純粋な精神だけが主観を構成する”と定義したからであり、
この“純粋な精神である主観”を基底とすることにより、心身二元論が創出している。

これからの哲学の方向として、超越論的主観(コギト)が“心身合一”したものとして存在しているという論理は、
メルロ=ポンティの「精神と物質、あるいは、心と体は二つの異質な実体ではなく、むしろ二つ異なった水準の“ゲシュタルト”に
他ならない。」と述べている様に、 思惟・思考する以前に、我々の“心と体”は“心身合一”したものである訳です。

この様な存在への捉え方は、ハイデガ−に於ける「現存在」の概念にも見られる。

208考える名無しさん2018/03/11(日) 04:03:47.630
とても簡単な嘘みたいに金の生る木を作れる方法
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209考える名無しさん2018/03/11(日) 13:00:54.040
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210考える名無しさん2018/03/21(水) 18:59:56.370
近代哲学の父といわれるデカルトから始まる“心身二元論”が、いろいろな意味において、
現代の民主主義の理念、そして、機械論的世界観から現代科学の基盤となっている論理実証主義を創出し、
今日の物質的科学文明へと至っている。

フッサ−ルは、デカルト哲学を真摯に継承し、深く論究して新しい現象学を確立した。そして、デカルト哲学の
良い面と悪い面の分析の中から、『ヨ−ロッパ諸学の危機と超越論的現象学』を著し、西洋文明に警鐘を鳴らしている。

211考える名無しさん2018/06/19(火) 05:46:35.410
3月からコメント無しなのか。2ちゃん、ごちゃんか、も廃れたな。

212学術2018/06/19(火) 07:32:12.080
心身といってもルーツが違うから、合一という感覚的なものでもないと思うが。

213学術2018/06/19(火) 07:33:23.150
二元だけなのかな?それでは構造が簡単すぎるでしょう。

214学術2018/06/19(火) 07:34:56.160
そもその人間と言ったら肉体も継ぎ物で分割されるが、心は一単位の様な気がして
心身と合わせるのにはどうも抵抗があるな。

215学術2018/06/19(火) 07:36:37.100
独我論とちか世界を認識でいないとかくらいネガティヴな議論が続くけど、
外部の知覚が人間に発生している以上どうしても人間は世界を認識できそうだぞ
ということになってくると思う。

216学術2018/06/19(火) 07:37:30.730
外部他社の認識を人間は使っているのであってそれを、重ねて
人間は表象し合うのではないですか?

217考える名無しさん2018/06/19(火) 08:52:23.790
人が認識されなければ世界はないのだから、人の認識が世界なんだろ?

218考える名無しさん2018/06/19(火) 09:05:34.990
>>217
客観的な世界は人がいてもいなくても存在するよw

219考える名無しさん2018/06/19(火) 10:23:03.730
1(ひと)が認識されなければ世界はないのだから、1(ひと)の認識が世界なんだろ?

220考える名無しさん2018/06/19(火) 11:32:01.560
>>219
その人にとってはねw

主観と客観を混同してる。

221考える名無しさん2018/06/19(火) 13:03:31.170
>その人にとってはねw

1(ひと)の認識の前に1(ひと)を想定して、その1(ひと)が1(ひと)を認識する
と考えて、それを主観と呼ぶのは、1(ひと)が認識される前に1(ひと)が既に
認識されているとする矛盾ですよ?

222考える名無しさん2018/06/19(火) 13:09:29.640
>>221
バカだねえ・・・
存在は本質に先立つ。
これがすべてだよ。

223考える名無しさん2018/06/20(水) 08:34:35.510
To recognize one is the world itself

224考える名無しさん2018/06/20(水) 11:01:56.650
>>223
ほんとにバカだねえ・・・
英語で書けば真実になるなら、英米人のいうことはみんな正しくなるw

One recognition forms one subjectivity within the recognized range.
Even if expressed in the word "world", it is simply expressing subjectivity by the word "world".

225考える名無しさん2018/06/20(水) 12:20:48.030
How one is recognized is how the world is.

226考える名無しさん2018/06/20(水) 12:21:47.040
>>224
悪いが英単語を使っているだけで英語になっていない

227考える名無しさん2018/06/20(水) 12:24:11.660
The world changes in accordance with how one is recognized.

228考える名無しさん2018/06/20(水) 12:25:47.000
学校の英作文でいい点数をもらって勘違いしたまま大人になってしまったのだろうか。

229考える名無しさん2018/06/20(水) 12:27:18.230
英語のネイティブが決して書かないような奇妙な英語を書くにしても、
やはりそれなりの技法が必要なのだ。

230考える名無しさん2018/06/20(水) 12:38:35.470
>>224
ゲンロン芸人が英語で作文をするとそういう英文もどきが出来上がる。
批判的な立場からであっても、英語のネイティブがクリシェやバナリティではない
英文で反論するのなら大いに歓迎するけどね。

231考える名無しさん2018/06/20(水) 12:40:01.520
>>226
それは申し訳ない。
じゃあ、英語で書くのはやめとくよw

232考える名無しさん2018/06/20(水) 12:42:52.120
>>225
それは認識の問題であって、世界の問題ではない。

>>227
目の前にあるコップに動けと念じると、コップが動くとでも?
頭おかしいだろw

233考える名無しさん2018/06/20(水) 12:44:44.370
>>230
日本の5chなんだから、英語のネイティブはめったにいないだろ?
なにを期待してるんだよ?w
あたま大丈夫か?

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