健常者と障害者のあいだ [無断転載禁止]©2ch.net
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健常者が障害者をかわいそうだとか目下の者だと思うからこそ
障害者への虐待などが行われるのではないか。
ただ、両者が同等であるとまでは思えないので「あいだ」とした。 独りでは無理だ。
24時間テレビで障害者を大きく取り上げられた後に
NHKの障害者を扱うテレビで感動ポルノだと報じられたことに触発された。 かわいそうとも思わない
大変そうだな、と思うだけで >>4
それくらいがノーマルだよね。
障害者本人にとっての普通が大変そうだと変換されるという意味で
「あいだ」はある訳だけれども。 日常足手まといとおもわれている
人間が1日だけ感動をあたえる
感謝のデイ 技術が発達すると足手まといと思われる場面も減少するような気もするがな。 キリスト教で24時間テレビやったら、全員火破りだな
人の不幸で金儲けするなんて
西洋でチャリティーやるなら、執拗に、執拗に、ボランティアであることを証明しないと
社会から抹殺だよ 日本では、敬う気持ちがあれば、金儲けは問わない。
それはそれでいいね。 日本人には無償の愛だの人権意識だのがあまり普及してないからね
平等を叫ぶのも差別も無邪気にやってのける そのかわり、慈悲があるから大丈夫。
全体見れば、西洋人に比べて、日本人はやさしい文化だから、いい。 日テレだって、そんなに必死に障害者で儲けようと思ってないだろ
視聴率がいいんだか、みんなが見るんだからやめるにやめられない
儲かるのは不可抗力だよ 仏教圏の文化特有のものがあるということですかね
愛よりも魂の救済、みたいな まぁ、仏教をキリスト教に改名するなら入信しても構わない 慈善事業、ボランティアなど弱者救済はキリスト教リの慈愛に
日本人の仏式慈悲は、この世に強者弱者はない。
諸行無常、一切皆苦。
日本人みんなで助けあっていこう。
弱者も慈悲を持って強者に接する。
みんな仲良くが一番。
24時間、健常、障害者で関係なく楽しむ。
それが日本人の慈悲。 慈善事業、ボランティアなど弱者救済はキリスト教の慈愛からきている。 世間は慈悲でできている。
日本人は慈悲から逃れられない。
弱者だろうが、誰かに施さなければ抹殺だよ。 キリスト教なんか、神の愛の下に殺し合いを盛大にやってきた文化圏だからね
それだけ人の弱さも知っているんでしょうね 感動ポルノというよりかは魂の救済大会という訳ですな。
テレビで説明するのは難しそうだな。 改名してくれてありがとう。これで快く入信できるよ。 日本では障害者だからって、なんでも特別扱いはされないよ。
逆に、障害者ほど良い人であることが求められるんじゃないかな 日本人の慈悲は、仏教への入信とは関係ない。
日本人として育てば誰でも、宿るものだから。
外国人は日本人が不思議でたまらないらしいが、
慈悲があるか、ないかの違いだろう。
宗教でもなく、利害でもなく、日本人は無意識に習慣的に施すから
不思議な民族だよ https://www.youtube.com/watch?v=Xnws-1Oz4kM
T.M. Revolutionのwhite breathなんかだと、
寒い日に愛よりも慈悲を求める歌詞が印象的だね。 健常者から障害者への慈悲を示す番組に対し、
批判的である意味は何なんだろう。 不思議というか、先祖代々そうしてきたのだから
習慣的に皆そうしているだけ
要は自我が薄い民族
自我が薄く自意識が強い、そんな民族
自他の区別が深い場所では曖昧であるからこそなせる芸当 >>26
感動を利用して金儲けしているように見えるからでは 感動を利用して制作しないとtv局もやっていけなくなっている。
そこをバリバラは突いた訳だな。 正常という感覚は実は脆いものであり
掴み取りに行きさらには維持し続けなければならない
客観的多数というのは 時と場合 時代によりいくらでも変化する
ここに正常と思い込んでいる人達の計り知れない苦悩がある
そしてそれは人間として未熟でもある 正常を確かめる手段は 実をいうと同じ条件で肩を組む以外ないのだ
猫と人間ではどちらが正常か確かめようがない 正常を求めるための大同団結運動は、
同床異夢を含んでいる可能性もあるから大変なんだよな。 人生を生きていれば必ず生老病がある
文字通り 常に健やかな人などありえないからだ
それは病気になればわかる 障害や病気が障害者の特権なんて都合がよすぎる
いずれ健常者も病に倒れ死んで行く
要するに現実が見えてないだけよ
安らかな死などというものがどこにある 後天的障害のことを考えると、
人間は人生において遅かれ早かれ障害者になるためのレースをしているようなものだな。
後の方で傷病を持つようになる方がかえって大変かもしれない。
統合失調症は発症するなら遅い方がいいようだが。 植松容疑者、非人間的に…達成感の欠如 燃え尽きか
日刊スポーツ 12/27(火) 9:59配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161227-01757227-nksports-soci&pos=3
<2016プレイバック:神奈川津久井やまゆり園19人殺害事件>
相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で、19人が殺害され、
27人が重軽傷を負った事件から5カ月となった26日、
手を合わせる人の絶えなかった施設前の献花台が撤去された。
凄惨(せいさん)な犯行状況に加え、逮捕された植松聖容疑者(26=鑑定留置中)が元職員で、
「障がい者は生きていても意味がない」などの理不尽な主張をしていることも大きく報じられた。
一方、匿名となった被害者の実情は見えにくい。知的障がい者の支援現場、専門家を訪ねた。【清水優、小松正明】
植松容疑者がなぜ、このような考えを持ち、犯行に至ったのか。
神奈川県の知的障がい者支援施設で勤務経験を持つ明治学院大社会学部の深谷美枝教授(社会福祉学)は
「彼が3年は仕事をしていたことを重視している。対人援助職についた人に3年ほどで現れることがある
『バーンアウト(燃え尽き)』が1つの背景ではないか」とみる。
バーンアウトは「情緒的な消耗感」、非人間的になる「脱人格化」、何の意味もないと思う
「個人的達成感の欠如」の特徴がある。同容疑者の言葉に「合致するところが多い」という。
卒業生にもバーンアウトの症状が出たことがある。「人権意識が極めて高い卒業生が、
関東の指定管理の現場で経験した。彼は『自分が酸素を吸えない時、人の酸素のことまで考えられない』
と言った。そこまで追い込まれた」。防ぐためには「職員が人間として利用者に向き合えるだけの待遇改善が急務」と訴える。
植松容疑者の場合、稚拙な「優生思想」で理論武装し、衆議院議長に手紙を送り、犯行に及んだ。
深谷教授は「日本には96年まで優生保護法があった。一皮むけば優生思想はまだ根強いのでは」と案じている。 人によっては性同一性障害もゲイも障害
人によっては手術したら健常、手術しても障害 自分はいくつか障害を持っているけれど、
今までごく普通の健常者として生きてきて、何も変わってないのに検査で障害の認定を受けて
自分は障害者なのか健常者なのかわからない。
線引きができない。 ttp://video.fc2.com/ja/a/content/201109235E2rLknp/ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています