□ ジャック・デリダ Jacques Derrida 8 □ [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2016/11/14(月) 00:09:38.100
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はい、「デリダ」スレッド その3
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■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■(立ったのは3より先)
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154953104/
□ ジャック・デリダ Jacques Derrida 5 □
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□ ジャック・デリダ Jacques Derrida 6 □
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1372548672/

51考える名無しさん2017/10/05(木) 01:04:02.650
『中国が読んだ現代思想 サルトルからデリダ、シュミット、ロールズまで』
王前 (2011)

デリダは「中国には哲学がなく、思想しかない」と言って論争になったという話がある。

52考える名無しさん2017/10/05(木) 01:04:36.430
デリダは悪い人ではないが、
国際哲学コレージュの初代議長を務めた人だから、
未だにこの辺りから説明しなければならないというのは深刻。

53考える名無しさん2017/10/05(木) 01:05:50.390
1000年も前の中国の存在論や生成論には
デリダやドゥルーズにも引けを取らないものがある。

54考える名無しさん2017/10/05(木) 01:06:40.030
>>51
ヨーロッパ史上死刑を言い渡された四人の重要人物として、
ソクラテス、キリスト、ジャンヌ・ダルクと共に、ハッラージュ(Al-Hallaj)を挙げていたりするのは興味深い。
ハッラージュはジュナイドの弟子。

55考える名無しさん2017/10/05(木) 03:41:06.320

56考える名無しさん2017/10/05(木) 20:45:34.790
存在を抹消して痕跡を浮かび上がらせるというデリダのビジョンは、
ジュナイドの「ファナー(消滅)/バカー(持続)」と比較される。

57考える名無しさん2017/10/06(金) 23:58:46.710
「ジュナイドの「原初の契約」におけるファナーとバカー」
澤井 真(オリエントVol.53 (2010) No.2 p.115-132 )
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jorient/53/2/53_115/_article/-char/ja/

> 消滅を意味する「ファナー」の語と存続を意味する「バカー」の語は、
> クルアーンの中で対比的な関係として登場する。
> これらの語は,「地上のあらゆるものは消滅する(fānin),しかし,
> 変わらない(yabqā )のは汝の主の顔,偉大で尊厳の所有者である」(Q55:26-27)
> という節に由来する

58考える名無しさん2017/10/10(火) 00:29:12.790
痕跡だけでなく差延もだ>バカー

59考える名無しさん2017/10/20(金) 23:24:04.230
>>54
柳宗悦(1889-1961)

学習院中等科時代、内村鑑三の影響でプロテスタンティズムに親しむ

高等科時代、「聖フランチェスコ伝」がきっかけでキリスト教神秘主義に関心を持つ

エックハルトに傾倒

エックハルトの「無」や「空」から老子や禅に関心を持つ

回教詩人ハラージや、「否定道(否定神学)」などにも言及。
宗悦は「即如」という造語をつくった。
これは「二元を超えた世界を示唆する言葉」だという。

60考える名無しさん2017/10/21(土) 23:27:55.010
『柳宗悦宗教選集 第1巻 宗教とその真理』(1990)より

61考える名無しさん2017/10/27(金) 03:36:56.490
弔鐘はいつ翻訳されるんだ。。。フランス語読めないし、英語版も高すぎる。

62考える名無しさん2017/11/23(木) 13:28:44.690
デリダ 「Glas 弔鐘」 鵜飼哲訳 『批評空間』 (20号) (1999)

部分訳。

63考える名無しさん2017/11/23(木) 13:29:49.530
デリダの「ロゴス中心主義の解体」による存在根拠解体のあと(後、跡)。

井筒俊彦氏「事事無礙・理理無礙ーー存在解体のあと」 要約
http://www.furugosho.com/nomadologie/izutsu1-resume.htm

“事物を事物として成立させる相互間の境界線あるいは限界線
 ーー存在の「畛」的枠組みとでもいったらいいかと思いますがーー
 を取りはずして事物を見るということを、古来、東洋の哲人たちは知っていた。
 それが東洋的思惟形態の一つの重要な特徴です。
 「畛」的枠組みをはずして事物を見る。
 ものとものとの存在論的分離を支えてきた境界線が取り去られ、あらゆる事物の間の差別が消えてしまう。
 ということは、要するに、ものが一つもなくなってしまう、というのと同じことです。
 限りなく細分されていた存在の差別相が、一挙にして茫々たる無差別性の空間に転成する。
 この境位が真に覚知された時、禅ではそれを「無一物」とか「無」とか呼ぶ…”

64考える名無しさん2017/12/15(金) 16:57:08.490
これが世界の議論マナーだ!!

・論点先取
・後知恵
・名誉マジョリティ
・循環論法
・マンタラプティング
・藁人形論法
・デリダる ※
・トーンポリシング ※

※デリダる
・言葉を曖昧、抽象にして反論されにくくすること
・全方位冷笑で私は賢者なのだと訴えること

※トーンポリシング(tone policing、態度の取り締まり)
・「あなたの言い方が悪い」「あなたの態度が悪い」と連呼して
問題の提起自体をすべり坂論法的に矮小化すること

65考える名無しさん2018/03/07(水) 23:22:08.860
ほんとくだらん
読むだけ時間の無駄

66考える名無しさん2018/03/11(日) 04:58:52.800
とても簡単な嘘みたいに金の生る木を作れる方法
役に立つかもしれません
グーグル検索『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』

D1A0D

67考える名無しさん2018/03/11(日) 13:18:35.270
D1A0D

68考える名無しさん2018/03/11(日) 15:23:02.110
ジュンク堂書店 池袋本店にて 開催中〜3/21まで
池袋店9Fイベントスペースにて洋書バーゲンIFGBを開催中!!

デリダ仏語結構あった。

69考える名無しさん2018/03/11(日) 23:56:05.760
デリダの著作は、読めと言われても読む気にならないが、
読む価値がないとわざわざ否定する人間も相手にする気にならない

70考える名無しさん2018/03/26(月) 19:34:27.370
デリダの仕事が東洋思想に近いものになったとしても、それを西洋思想の中で行ったということに意味がある。
東洋思想の立場を借りて西洋思想を批判したのなら、それは脱構築にならない。

71考える名無しさん2018/04/07(土) 17:07:26.110
デリダの伝記買ったよ
人殺せそうな分厚さ・・・
なんやこれ・・・

72考える名無しさん2018/04/19(木) 15:02:15.560
2018.04.09 Mon
小さな出版社と編集者の大きな夢:川崎昌平×下平尾直×小林浩
「漂流社」を作ってみたい

小林:(苦労しなかったっていうのは)相対的にね。著者が死んでいて、なおかつ、著作権継承者がいない本。
 著作権継承者がいても、その方がゴリゴリに出版界に対して懐疑的な目を持っていたりする場合にはすごく難しいですが、
お金とかじゃなくって、亡くなった方の著者の本が出るならば嬉しいと考えてらっしゃる方が著作権継承者の場合には、
(編集作業は)やりやすい。
 それは日本の著者だろうが、海外の著者だろうがあんまり関係なくって。
人文書で言えば、僕がやっているような哲学の分野で、
たとえば海外にはジャック・デリダ(1930-2004)という有名な人がいますけど、まあ死んでからがめんどくさい。
どこがどう著作権を管理しているのか、あっち行ったりこっち行ったりする場合もあれば、
原著出版社から「翻訳書には訳者の解説を載せるな」とか言われる場合もある。必要なものなのに。
だから、著者が死んでも著作権継承者が権利を継いでいて、原著出版社が厳しく管理している場合、
かえって存命中よりも扱いにくい場合もあるんです。
著者が存命中だったらもっと著者本人とやりとりができるから、「よっしゃよっしゃ」で進むんですけど(笑)。

73考える名無しさん2018/06/06(水) 17:39:05.090
『声と現象』のちくま学芸文庫版訳や『フッサール哲学における発生の問題』のみすず版訳は
そういう困難な状況の中で生み出されたのか。
心して読まねばならんな。

74DJgensei artchive gemmar2018/06/06(水) 17:41:53.710
デリダはまだどこが笑ええて売れたか処女哲学を見つけられていないと思う。

75DJgensei artchive gemmar2018/06/06(水) 17:50:06.430
トークショーより エロ書道ショー の方がいいんじゃないの?三省堂。

76考える名無しさん2018/06/09(土) 00:05:54.020
デリダの脱構築(déconstruction) → ハイデガーの解体(Destruktion) → ルターの解体(destructio)

の経緯については、以下が詳しい。

・宮ア裕助 「プロト脱構築について――ルター、ハイデガー、デリダ」
 『現代思想 2018年2月臨時増刊号 総特集=ハイデガー -黒ノート・存在と時間・技術への問い-』

・茂牧人 「なぜ日本にキリスト教哲学が必要なのか」 (2009) 
 https://serve.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=49&block_id=42&item_id=1245&item_no=1
 ハイデガーとルター

77考える名無しさん2018/06/09(土) 00:29:00.780
>>76
デリダの脱構築を巡っては色々な議論があるが
デリダ自身が磯崎新と浅田彰に問い詰められて最後にはそれを認めてしまった
以下
 
磯崎・浅田「デリダさんの脱構築というのは、けっきょくのところ再構築するという意味だよね?」
 
デリダはその追求に対して最後には「そういうことになる」と
脱構築が再構築であることを認めてしまった

78考える名無しさん2018/06/09(土) 01:11:04.530
>>77
>>40の中の説明が詳しい。
デリダがこの言葉を見つけた『リトレ辞典』の項目も引用してる。

> Déconstruction:déconstruireする〔解体して組み立てる〕行為。
> 文法用語。文のなかの諸語が構成しているものを、順序を崩して並びかえること。

無に帰せしめるような、ただの破壊ではないということ。

79考える名無しさん2018/06/09(土) 01:15:14.540
>>76
ルター「ハイデルベルク討論」における解体/構築

<解説>

「ハイデルベルク討論」の終わりのところで「十字架の神学」が隠れたる神の逆説として展開する。
ルターによるとキリストにおいて自己を啓示する神、つまり顕れた神は、もっとも深く自身を隠している神である。
(略)キリストは苦難と十字架というローマの極刑に付けられた、見るかげもない哀れな姿において自己自身をあらわす。

<本文>

(19)神の「見えない本質が」「造られたものによって理解されると認める」者は、神学者と呼ばれるにふさわしくない[ローマ 1:20]。
(20)だが神の見える本質と神のうしろ[出エジプト 33:23]とが、受難と十字架によって認められると理解する者は、神学者と呼ばれるにふさわしい。

[独語] Die Heidelberger Disputation
http://www.reformatorischeschriften.de/Hddisp/hddisput.html

[英語] The Heidelberg Disputation
http://www.catchpenny.org/heidel.html

解説…『ルター神学討論集』 マルティン・ルター、金子晴勇 (2010)
本文…『ルター著作選集』 マルティン・ルター、徳善義和ほか (2012)

80考える名無しさん2018/06/09(土) 01:15:38.330
>>79
(19)はアリストテレス主義的スコラ学派による「栄光の神学」
(20)はパウロによる「十字架の神学」

ルターはギリシャ的スコラ神学を解体し、原始キリスト教的性格を洗い出した。

81考える名無しさん2018/06/09(土) 01:17:32.810
ルターの作業も歴史の再構築。

>>40の中のデリダ

> dé-は、破壊というよりもむしろ系統学的遡行を意味し得る

> 諸構造を壊し、分解し、その沈殿物を浮かび上がらせること

82考える名無しさん2018/06/09(土) 01:36:04.480
>>78
デリダが晩年に友人でもある磯崎新にほぼ論破されたかたちになっている
ANY会議だと思ったけれど
日本でも邦訳あまだ入手可能なんじゃないかな
 
デリダは思想家・哲学者というよりも釣師だから
だか前期・中期・後期で彼の著作をみるてみると
難解なエクリチュールが突然ある時期には普通の書き方になっていたりする
「なんだデリダは普通に書けるんじゃん」って思ったよ
パフォーマンスなんだな彼の文体は
あえて悪くいうと
ただの策士で論戦という喧嘩や読者を煙に巻いておちょくってるだけだから
内容というものがほとんどない
初来日したときも
日本の学者とのアフタートークでも評判悪かったそうだしね

83考える名無しさん2018/06/09(土) 14:12:39.720
>>82
> ANY会議
読んでるよ

デリダ自らが脱構築の説明をした>>40は読んだ?
ハイデガーやルターは?

84考える名無しさん2018/06/09(土) 14:54:52.340
>>82
哲学自体が壮大な釣りなんだけどね

85考える名無しさん2018/06/10(日) 11:57:21.530
「メシアニズムなきメシア的なもの」池田信夫 blog(抜粋)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51301271.html

> デリダは『マルクスの亡霊たち』の中で、
> メシアニズム(messianisme)とメシア的なもの(le messianique)という区別を導入した。
> これは彼独特のわかりにくい用語法だが、簡単にいうと
> メシアニズムというのはキリスト教のように特定の目的をもつ積極的な救済、
> メシア的なものというのは「今とは違う状態」を求める否定的な救済である。
> いうまでもなくデリダが依拠するのは後者で、その観点からマルクスのメシアニズムを批判する。

86考える名無しさん2018/06/10(日) 12:03:21.230
ジャッキー・デリダなんぞ
なにもやっていないに等しい

87考える名無しさん2018/06/10(日) 12:32:36.640
>>82
>デリダが晩年に友人でもある磯崎新にほぼ論破されたかたちになっている
>ANY会議だと思ったけれど
>日本でも邦訳あまだ入手可能なんじゃないかな

ここについてもっと詳しく

88DJgensei artchive gemmar2018/06/10(日) 13:03:57.720
キリストの死体の後始末なんて、セクハラ漏れないように、年増のパリサイ派
とか、ユダヤ教徒の一部がやるべきだよ。

89考える名無しさん2018/06/10(日) 16:24:11.440
フッサール研究者としてのデリダは面白そうだ。

90考える名無しさん2018/06/10(日) 17:00:15.890
>>87
 
https://syunpo.exblog.jp/12816763/
 
拾ってきたお♪

91考える名無しさん2018/06/10(日) 17:20:21.180
デリダの文体がパフォーマンスなんだって当たり前のことやんけ

92考える名無しさん2018/06/10(日) 17:43:22.550
>>90
ありがとう
でも論破されてるのかよくわからんね
気が向いたら読んでみる

93考える名無しさん2018/06/11(月) 15:02:15.600
デリダは、ピエ・ノワールであるとされている。では、「ピエ・ノワール」とは
一体、何を意味しているのか?『ピエ・ノワール列伝』では、「フランス領北
アフリカ引揚者たち」のことであるとされている。しかし、デリダを含め、
アルジェリアが独立したことで「フランス本土に引き揚げてきた」多くの元
アルジェリア住民は、フランスからの植民者およびその子孫ではなく、
アルジェリアの出身者である。このため「ピエ・ノワール」=「北アフリカから
フランスに引き揚げてきたのフランス人植民者およびその子孫」という定義
は成立せず、「ピエ・ノワール」という呼称が何を意味しているのか
極めて不明瞭な印象を受ける。しかし、私には、この不明瞭さこそが、
「ピエ・ノワール」という呼称の性質をよく表しているのではないかと
思える。その性質とは、この呼称が本来的に備えている二重性だろうと
私は考える。

94考える名無しさん2018/06/11(月) 15:22:38.020
「ピエ・ノワール」という呼称は、本来、北アフリカのフランス植民地で
用いられたものであり、アルジェリアの独立問題によってそのように呼ばれる
人々のフランス本土への「引き揚げ」が大きな関心事となるまで、フランス
本土では用いられる機会のあまりない表現だったのではないか。
フランス本土においては、そもそも、「ピエ・ノワール」という呼称が
何に対比されているのか不明であり、単にその字面から「黒い足」を表す
ものと想像されたのだろう。その「黒い足」と呼ばれる人々のフランスへの
「引き揚げ」がニュースで大きく取り上げられるようになり、ともかく、
そのような人々の集団を指す便利な呼称として、フランス国内では
その表現の意味が不明なまま定着したのだろうと考えられる。
つまり、「ピエ・ノワール」とは、現地において、そう呼ばれる集団
を、その外見により、他の集団との対比で区別するものであったが、
フランス国内における「ピエ・ノワール」は、フランス国内の人々との
外見による対比を表しておらず、その本来の用法においては意味不明
になるのだろうと思われる。

95考える名無しさん2018/06/11(月) 15:38:01.290
地域と言語は違うものの、人がどのような呼称で集団を区別するのか、
参考になる面白い記述を見かけたので引用しよう。私には、「ピエ・ノワール」
という呼称は、実は、以下に引用する別の事例における呼称と似通った対比
によって生じたものではないかと思える。

Pero la clase media ー un sector social confuso y heterogeneo al que
pertenecia tanto la anciana esposa de un coronel al quedarse viuda
de un <<hombre tan distinguido>> se convertia en duena de un
estanco, como el veterinario, el abogado, el electricista con trabajador
a su cargo, el consejero ministerial, el comandante aun en activo,
el inspector de correos o el director de una perrera; todo los que
en Hungaria se llamaba <<caballeros de pantalon>> ー* en su
gran mayoria, abiertament o en secreto ー en esa epoca ya mas bien
abiertamente ー, se declaraban simpatizantes de los nazis.

* En oposicion a los campesinos, que solian llevar gatya (calzon
bombacho.)

Sandor Marai, "Lo que no quise decir", p.42

96考える名無しさん2018/06/13(水) 11:00:52.500
>>71
>デリダの伝記買ったよ
>人殺せそうな分厚さ・・・
>なんやこれ・

何が書かれているかよりも、何が記述から除外されているかに注意を向けましょうw

97考える名無しさん2018/06/13(水) 11:10:34.980
例えば、ここに引用したSandor Marai, "Lo que no quise decir"は、
ドイツ語に翻訳されて"Land, Land. Erinnerungen"という題名で出版
されることになったハンガリー語の原本の章として書かれながら、著者
によって意図的に公表されていなかったものなのです。その原本は、現在、
英語、ドイツ語、オランダ語などに翻訳されて出版されているようですが、
この章が翻訳版に含められているのかどうか、まだ私は知らない。
それが、スペイン語、イタリア語では、独立に翻訳されて出版されて
いるわけです。

98考える名無しさん2018/06/13(水) 11:22:12.830
この著者の物事の感じ方、捉え方、考え方に共感すべきであるとか、同意すべき
であるとか、そういうことではありませんが、これだけ面白い記述の見られる
本はそう多くはない。この著者の自伝的著作が日本語で翻訳されて出版されて
いないという事実は、日本の出版業界がまともな仕事をしていないのか、
それともまったく逆に「とてもよく仕事をしている」ことを示しているのだろう
と思う。そして、残念ながら、「まともな仕事をしていない」と考えるのは
極めて楽観的な物事の見方であり、「とてもよく仕事をしている」と考える
方が現実的なのだろうと思う。

99考える名無しさん2018/06/13(水) 20:48:00.780
【イスラム哲学】井筒俊彦を読む
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1495629112/426

426 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/06/12(火) 21:58:03.78 0
井筒俊彦は
ジャック・デリダから
「マエストロ(巨匠)」って呼ばれていたんだよな
 
日本ではなく
欧米で生まれていれば
「間違いなく世界思想史に残る存在になったはず」ともデリダは言っていた

100考える名無しさん2018/06/15(金) 00:17:46.120
デリダ『名を救う―否定神学をめぐる複数の声』訳者コメントより

デリダは病床の母親ジョルジェットをニースで看病した際に、本書『名を救う』を執筆しました。
深刻な病のため、息子の名さえ忘れるほど記憶を喪失していた母を前にして、
彼はシレジウスの否定神学的なテクストに親近感を抱くようになったと告白します。

101考える名無しさん2018/06/15(金) 00:18:14.380
“神は純粋な無である。いついかなるところでも神に触れることはできない。(25)”

“霊妙の神性は無であり、無を超えている。一切のものの中に無を見る人がこの神性を見出す。(111)”

“神は無であり、すべてである。(197)”

― アンゲルス・シレジウス 『シレジウス瞑想詩集 上下』 (1992)

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