【恋愛無罪で】絓秀実【女々しくて】
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ゴールデンボンバー「女々しくて」MV
https://www.youtube.com/watch?v=BC9P3DSZu0A 絓秀実の『1968』第1章、とんでもないやり方で「プロ独」問題を提出してくる
中山ラモ
@nakayamaramo
9月12日(日) 16:39 鮭と蛙と絓秀実の絓、判別に5秒はかかる
nms
@nms40405080
9月18日(土) 19:01 綿野恵太『みんな政治でバカになる』9/28発売
@edoyaneko800
9月2日
晶文社HPに正式な告知がでたので再度お知らせ。
9/28に『みんな政治でバカになる』(1700円)という本を出します。
帯文は橘玲、千葉雅也の両氏にいただきました(感謝です)。
簡単な内容紹介は下記リンク先に。フェアや取材等あれば嬉しいです。
お近くの書店でぜひご予約を。 絓秀実が追っかけていった人間たちの軌跡
吉本隆明
→
津村喬
→
華青闘
→
花田清輝
→
中上健次
→
蓮實重彦
→
柄谷行人
→
西部邁
→
だめ連
→
スパパーン
→ わたしは柄谷行人や絓秀実の読者でありますから、
別段彼らの話がむちゃくちゃだとは思っていませんが、
他方で田上孝一さんがこれまでやられてきたマルクス研究と
廣松渉批判を無視されるのは、知的誠実さに欠けるでしょう。
逆に言えば柄谷行人をハナからバカにする哲学系YouTuberとそれは同じ態度ですよ
ミスター
@hahaha8201
9月19日(日) 22:19 またここでもミスターが見事な外し方してるように見えるのだが。。。
なんで一体どういう理由で
彼は田上なんかがそんなに面白いと思ったのか? 資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい マーク・フィッシャー「資本主義リアリズム」 まあ、おすすめのツイッターとかやってる奴は殆どが駄目。
特に、年寄りに媚びてる奴とか全くダメだろう。
スガの冥福を祈る。 吉永剛志
@take4luckylong
9月21日
「私は、「大失敗」のその先でーそれをなかったことにすることは可能ではないから、
その先でー「ラッキーストライク!」(大当たりだ!)の瞬間を見いだすための「技術」
をもとめるだろう。」(袴田渥美『理論がっかきかえる/理論を書きかえる』)。なるほど。 あー この人達はラッキーストライクのことを
「大当たり」という意味だと思ってたんだなw 小谷野敦とちおとめのババ・バロネッタ
@tonton1965
14時間
天皇制をぶっ壊してくれ
FNNプライムオンライン
@FNN_News
9月24日
【独自】小室圭さんをニューヨークで直撃 一時帰国直前に”長髪姿”
婚姻届提出へ #FNNプライムオンライン ラッキーストライクの皆さんには、
天皇制をぶっ壊す意志はあるのかね? 小室圭でさえも、天皇制をぶっ壊す可能性を秘めているというのに。。。 ミスター(しげのかいり)って、そもそも高卒の馬鹿だよ。
ただのハッタリ野郎。
落選するのが怖くて、各社評論賞には応募しませんwww なんだ一応大卒で入った自衛官だと思ってたぞ
実は高卒だったのか ミスターの書いた絓秀実論って
一応目を通してみたんだが
こりゃ典型的な群像新人賞応募の落選論文だとは思ったよw
しかもあれじゃあ予選通過もしないね
そもそも文章の意味がはっきりしない。焦点が合ってない 絓秀実の方でミスターを拾ってやろうにも
あの文章力じゃさすがに他の批評家たちを誤魔化せない
躊躇はするよなw > ミスターの書いた絓秀実論って
> 一応目を通してみたんだが
大失敗のブログに出てるよ (hatena) 茂野介里は大学中退なので高卒ってのは嘘ではない。
「これは確かにウソではない(もちろん、本当ではない)」(『吉本の時代』P243) そうか。
たしかに絓秀実も履歴書書くときは、
そういう意味で高卒だった。
(革マル派にイジメられて学習院大学を中退した) 果たして、絓秀実の存在とは、
高卒大学教授を目指す人々にとっての星になっているのだろうか? こうなったらもう、中卒大学教授とか、
小卒大学教授とか、そういうのに限りなく登場して頂くしかないな。。。。
日本の社会の未来とは ちなみにNAMにいた人なら分かる、
老舗の活動家だった蛭田さんだが
彼の父親は早稲田大学で初で唯一、
中卒から早稲田教授になった人ということで有名で
早大の中には蛭田さんの親父を記念して蛭田賞なんていう
奨学金まで存在しているほどだった。
蛭田さん自身は兄弟の末っ子だったが、
上野動物園勤務を経た後に早々と引退し、親の遺産で残してくれた
西早稲田のアパート経営をしながら高等遊民となって
NAMの活動家に専心していた。
蛭田さんが自分のアパートを提供することによって、そこが結局
若いNAM会員たちの拠点となっていた。
蛭田アパートに当時住み込んでいた学生活動家は、
攝津正とか田口卓臣とかがいた。 蛭田さん自身は西早稲田育ちの都会っ子で
新宿戸山高校からそのまま早大に入ったものだが
革マルに関わり大学は中退している。
その後上野動物園勤務だった。
中国旅行をしているときにたまたま中上健次と出会い友達になったのが切欠で
そのままNAMの活動家になるまで続いていた。
ちなみにスガちゃんは蛭田さんが革マルだったということで
相変わらずNAMのときもずっと彼のことをバカにしていたものだったがww しげのかいりは事実誤認したことを柳美里にきちんと謝罪できないクソだよ
人間性を疑う。もう批評以前だよ
最低ラインの礼節もない しげのかいりと雁林堂の区別がつかない
どっちもミソジニーの右翼という印象 というか、しげのかいりという男の行動パターンだが
あれは一種の精神病なんじゃないか? ミスター
@hahaha8201
2時間
自分が賢いことを強弁するための左翼批判ほど腐臭を放っているものはない。 凡庸でないと嫌われる
jun-jun1965の日記
綿野恵太君の新刊『みんな政治でバカになる』をざっと読んだ。
綿野君と私は、天皇制反対で九条改憲論という立場をともにしているが、
綿野君は前者は前著で明らかにしたが後者は著書ではまったく言わない。
この立場は嫌われるからで、孤立するからである。
私も、もし九条護憲論になったらツイッターのフォロワーは一万人を超えるだろう
と思っている。
嫌われても本が売れたらいいが(ビートたけしのように『だから私は嫌われる』と言いつつ
実は嫌われていなかったり、『嫌われる勇気』みたいに実際には嫌われていないのもある)、
普通は嫌われると本が売れないので、綿野君も自分の政治思想は出さないように苦労
して本を書いている。
考えてみると日本は政治的には特殊な国で、天皇制廃止と九条改憲というのは別に
矛盾するわけでもないのだが、こういう正しい立場をとると孤立してしまう国というのは
見渡したところ見当たらない。日本では多くの人が、「容天、九条護憲」という凡庸な立場
へ、仲間を求めてわらわらと入ってきているというのが実情である。
綿野君の本は抽象論が多くて難しいのだが、それはこういう、ホントのことを言うと
嫌われるという理由によるとお察し申す。 絓秀実もセクハラ罪はない、セクハラという事態があるって言ってたっけ
道徳の乱れきった役立たず
@hopeSL1957
42分前 絓秀実やドン・シーゲルや長谷部安春にある乾いた感触を自分の文章にも感じさせたい
ところであるが、未だにウエットに流れ込んでしまう所がある。
ミスター
@hahaha8201
20:25 そんな乾いた文章書ける人が、
華青闘大会に感動しましたなんて文章書くかよw 絓氏はボルシェヴィズムなら日共でいいんじゃないの?
日共に入党すればいいのに そういえばスガの日本共産党入党作戦が数年前にあったみたいだが、
あれはものの見事に没ったみたいだなw イベント「令和ざんきょう伝」でミスターと話したけど
他人に対してマンウト取りたくてウズウズしてる下品なやつだった
急に怒鳴ったり精神分裂病気味だよ、あいつ 永観堂雁林との違いがわからない
思想も振る舞いもそっくり 日共でペーペーの下っ端扱いはプライドが許さないとか? ミスターの言動を見てるとああいうのは
歴史的に参照すれば、
ナチのはね上がり野郎そのものだぞ
だから花田清輝なんかが好きなのかw 袴田渥美の文章というのもあれは群像新人賞は通らないでしょう。
あれもやっぱり意味を外して書くことを由として平然としてるような文章。
まさにそういうのが「フェティシズムの戦略」とかいうのに適合してるんだろうけどw これは絓秀実独自の絓秀実賞とかをもう作るしかないんじゃないか?www 芥川賞、直木賞に次ぐ新人批評家に送られる絓賞ならいいね 花田清輝の文章には、ナチを礼賛してる文章とかって残ってないの? ミスターの言動パターンを見ていると、あれが何に類似してるかというと
最近のケースだと宇野常寛だと思うんだよね。
あいつも中味のないハッタリ屋でただの跳ねっ返りだったけど
あんまり行動がうるさいんで最初は東浩紀が保護してやった
東に一時は持ち上げられたけど結局落とされて
それで凋落していった変な奴として今でも記憶に新しいが 宇野は言うほど凋落してない
オンラインサロンやってるが本当にやばい地雷は回避しているから地味だけど破綻していないと思う ミスターに限らず絓チルドレン全般に言えることだけど、こいつらみんな語学がダメなんだよ
批評家名乗るなら、英語かフランス語習得しとけっての
まあ吉本隆明くらい(好い意味でも悪い意味でも)個性があるなら話しは別だが 990考える名無しさん2021/09/22(水) 19:56:56.70
煙草の「ラッキーストライク」だが
名前の起源は、米国が日本に勝利したことをもって
真珠湾攻撃の報復を果たしたという意味で
あの煙草は発売されたんじゃなかったっけ?
そういう意味となんか関係あるのかな?
991考える名無しさん2021/09/23(木) 01:09:21.40
こいつら一応右翼なんじゃろ?
アイロニー?
992考える名無しさん2021/09/23(木) 04:45:09.72
まさか煙草ラッキーストライクの起源を知らないということはないよね?
993考える名無しさん2021/09/23(木) 04:46:38.78
ラッキーストライクの銘柄のデザインは、もちろん日の丸を意味しています。
しかし、それを打ち負かしたという意味で、あれはラッキーストライクなんですよw
994考える名無しさん2021/09/23(木) 05:47:09.92
実は隠れ左翼だったとかww 語学どころか、どうやら基本的な社会教養さえ覚束無いw ピエールもみじめだな、、、おまえ、もうすぐ還暦だろ。 おまえピエさんの本業知らんだけだろうw
ピエさんは投資家なんだぞ
それに65年生まれだから
(酒井隆史やら奥田民生やらYOSHIKIとかとタメだ)
還暦まではまだ間がある。。。
ピエさんが毎晩やってるのは
ポンドと豪ドルとユーロの三角形を作ってチャート見ながら分析してること。
本当は毎日そういうことやってる人なんだよww
もちろん相場だけじゃ暇だから大体5ちゃんも開いてる 大学中退してから自衛官になんかなっちゃう人と
相場(投資家)に走る人と
どっちが正しいか(カッコいいか)
よく考えてみようwww
途中の修行にタクシーの運転手なんか入れてもいいかもしんない ピエさんはいわば樋口一葉の再来ともいえるような
日本近代の正しい相場師 そういえば宇野常寛も関西から出てきてるよな。
(実家は北海道だったらしいが立命館の学生時代から活動していた)
関西方面だと跳ねっ返りで粘着型の熱心な営業活動というのが
何か方法として定着しているのか? しげのかいりや左藤青の彼女なんなの?
なんであんなキチガイ女と付き合ってんの?
セックスがめちゃ上手いの? デリダ界隈人材いないの?
左藤なんかをもてはやしている左派の年長者が哀れなんだが
こいつチンピラ右派だろ
東に厳しい左派がなぜか左藤に甘いの草 ピエール 5チャンネルしか居場所がないのがみじめだって言ってるんだよ。
界隈ゴロですらなくなっているな、
それにやっぱもうすぐ還暦じゃん。
かつての年取った全共闘世代の粘着とやっていることかわらないよ。
その役がピエールに順番が回ってきたんだよ
時代が巡る。 だからそれはおまえがピエールの居場所を知らないだけだってw
彼の計画では経済的生存の次元はすべて投資のプログラムに絞って
残った時間を彼の今までの人生で最も欠けていたもの、
すなわち読書=千葉雅也の云うところの勉強、に持っていくことなんだから
今の生活形態がベストなんだよw それでこれはいずれはっきり言うべきことだが、、、、
インターネット上がこれだけ多様で戦略的に発達してきた現在では
柄谷行人や絓秀実の命に載せられて、
「同人誌活動」
なんていうのを必死にやることが、
何か実践的であるとか、
未来に何かを残すだろうという思い込みは
もう殆ど無効になっているということなんだぞ!ww
これはいずれはっきりさせなくてはならない。
いやいずれはっきりするだろう。。。 はっきりいっておまえらのやってる同人誌よりも
匿名掲示板のログのほうが未来には残るぞ
そういうのが我々の手元にある残酷な現実というか
残酷な未来なんだよw
ラッキーストライク、2000円も払ってわざわざ買いに行くか? そもそも「文学で食える」なんていう幻想が発達した時代は
日本の近代でもほんの僅かな短い時間である。 柄谷行人にとって、同人誌活動とは、
「アソシエーション」活動の一環として構想されていた。
しかしそれは本当に正しいの? ピエールはなんで自分の子どもみたいな世代に嫉妬しているんだ? おまえら嫉妬されるような玉かよ?勘違いしてはいけないwww
スレの目的が絓秀実の政治的問題を
ここで洗い浚いにするということだから
そこで偶々スガを利用したがっている若い有象無象が
関西方面に発生してるということで
ここで槍玉に上がっただけだよ。
おまえらそういう勘違いだけで生きてる様だから
客観的にいってネット上で存在が恥ずかしいんだよw 大体、若さなんていうのは一瞬で色褪せるものなんだよw
若くて自分のナルシズム以外に眼中にない悲劇的な連中だけが
どうしてもそれに気が付かない
自分が一番若いから特権的なんだとずっと勘違している 法政大学で柄谷行人のゼミを破壊していた頃のピエさんだって
二十代だったんだよ。
しかし若さなんていうのは全く意味ない
一瞬で色褪せるものだよ
気が付かない人というのは単に悲劇的に気が付かないだけですw 破壊していたって、これか?
+++
293考える名無しさん2021/08/24(火) 11:16:27.550>>302
このスレッドの主な書き込み人物
■佐々木真―熱狂的な柄谷ファン。20年〜30年前から柄谷の講演会があるときは必ず
日本全国のどこにでも北海道から出かけ、最前列にすわる。「柄谷行人を解体する」
というサイトも運営する。この2ちゃんねる柄谷スレッドも基本的に佐々木がたててい
る。柄谷からは20年前から「たんに迷惑」「一種のストーカー」「本人に特に悪意が
あるわけではない」「ストーカー的な人こそ最も厄介」と認識されている
http://web.archive.org/web/20030718212008/http://askaccs.ne.jp:80/tokushu/sp_06.html
■栗原信義 ―元NAM会員 自称ピエール 20年前、柄谷にNAMで下記のように
いわれ、さらにそれを20年前、2ちゃんねる柄谷スレににさらされ、恨みに思い、この
2ちゃんねるスレとスガ秀実スレを主戦場に、業界ウラ事情通風な立場で柄谷神話を
破壊しようと言論活動を20年前から続けている。数年前から佐々木と結びつき、
頻繁に会い、自らの発信の立ち位置を確立しようと模索する。
栗原君
君は、かつて法政大学で私のゼミに何度も来て、私に「来ないでくれ」と言われ、昨
年の駒場の集会のあとでも、私に「君はNAMに入るな」と言われたはずだ。その翌日
の紀伊国屋ホールのシンポジウム(NAM生成所収)で、私が、ダメ連とか現代思想オ
タクにはNAMに入ってもらいたくない、としゃべったが、そのときも、君のことを念
頭においていた。しかるに、君はNAMに入り、案の定、支離滅裂な議論で、まじめに
受け答えする人たちを困らせ、また、事務局を不当に攻撃している。どんな人からも
学ぶべきところはあるが、現代思想オタクや三流物書き志望者から学ぶことはなに一
つ無い。今後、発言に注意してもらいたい。今後、MLの議論を無用に混乱させること
をするなら、私の責任で、MLから除くことにする。 柄谷行人 >>77
ラッキーストライク、2000円も払ってわざわざ買いに行くか?
ところが模索社で発売一週間もたたず50部うれたわけだな。
ピエール嫉妬問題 左藤青ってすでに生え際後退してるよ。
ハゲるタイプ
赤井浩太さんは天パ
しげのはベジータハゲ気味 しげの嫌いだけど
中村光夫をきちんと押さえてるとこは評価する ピエさんと柄谷行人との関係というのは
昔も今も特に変わっていませんよ。。。
だからそれは、とてもよい関係
最高の関係ということですw そもそもおまえら
ピエールさんはもともと歌手で紅白出場目指してたなんていうことも知らんのだろうwww 要するにさー
あの活動の風景を見ていると、
あれは生命保険のセールスおばちゃんたちの活動を思い出すんだよね 975考える名無しさん2021/09/19(日) 08:46:07.61
どう面白かったのかも書かない、薄い話。
このスレで、まともな書き込みは俺のだけ。
ハッキリ言って、スガも柄谷も蓮實もまともに読んでる奴なんか全国探しても殆どゼロだろう。
そこへ行くと花田は俺のような読者がいて幸せだ。 >>94
違和感持ったのはこれよ
この書き込み誰だか知らないが
こういう自意識持って生きてられるやつがいるとしたら
それはちょっと不思議なんだよねw ピエールが蛭田にやった書き込みは本人が臨まないプライバシーの暴露で人権侵害だよ。
ピエールの自意識は鈍感。そういう鈍感さで自分の首を絞めていった人生なんだよ。
いずれ復讐されるよ。 そりゃ全然お門違いだぞw
蛭田さんは自分のいい話が出てむしろ鼻が高いんじゃないかな
別に悪口をしたわけではないし
それはむしろ他人に自慢できるようなエピソードだ。 >>96
おまえはなんでいっつも
言うこと言うこと
全部が真逆に外れてるんだよwww > 全部が真逆に外れてるんだよwww
そういうのを指して、批評=大失敗 と呼ぶ。 それより君は、
ピエール紅白歌手疑惑問題の究明に、
向かい給えよ ピエール、そういう鈍いところが、おまえを唯の典型的な5ちゃんにすくう
インセル化させたんだよ。 まあ、もはやそれを認めたところでどうにもならないから、
このままつっぱしるしかないんだろう。
5ちゃん還暦問題に突入するな > このままつっぱしるしかないんだろう。
> 5ちゃん還暦問題に突入するな
全然ええやんかw
皆がこのまま突入すればwww 匿名掲示板の老人差別問題なんて
もう十年以上前から成立していない。 猫飛ニャン助
@suga94491396
2019年4月26日
渡部直己「問題」〜戦後天皇制を論じた拙稿も掲載の「G-W-G」03出来、私は落手。
手っ取り早い入手法は5月6日の文フリ東京だが、
各自さまざまに入手法を追及してくらはい(出版元からも、今後アナウンスあろう)。
ブツがそんなに簡単に入手できると考えるのは消費社会の幻想。
https://twitter.com/G_W_G_minus
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) >>108
こういう物の考え方がもう既におかしいとは
前から思っていたんだよね。 しかし、同人誌運動が、
そのまま永遠不変なる運動形態だとか
信じてた人というのも、
果たしていたのかね? 同人誌運動が正しいと信じている人達というのは、
そのまま同時に、文壇バー的な場所性に依存して
閉所の秘密政治によって何かを為しうると信じている人達に、等しい。 物を売る、といっても幾つかの形態があるわけである。
1 生保のおばちゃんが物を売る形態。
2 コンビニやスーパーで匿名の前提で物が売られてる形態。
こういう売る形態のカテゴリーを区別して捉えねばなるまいと思うわけよ。 それで柄谷行人が「アソシエーション」というとき、
それは上述の1の形態に根ざして言ってるんだよね。 ピエールこそ界隈ゴロなのに、文壇バーをあれこれあってもしょうかないだろ。おんなじじやん。というか、文壇バーに、あこがれたけど、排除されて界隈ゴロなんだから、最悪じゃん? おまえはっきり言ってピエールなんていう人物が存在していた事を知ったのも
つい最近なんだろ?
デッチアゲと妄想はやめてくださいwww 柄谷行人がNAMという運動を広めしようとしたときの方法と
日本の資本主義の中にあった生命保険の伝統的な売り方というのは
実際ほとんど同じだったんだよね。 >>115
生きる???
埼玉県郊外の某駅前で、深夜に終電後のタクシー客を乗せるために
駅前ロータリーで、隣のタクシー会社の運ちゃんから突然
車の並び方が間違っているとイチャモンをつけられ
そのまま頭に来て相手を車の中から引き摺り出し、
深夜にタクシー待ちで行列する人々の見ている中で
突然乱闘を始める。。。。・・・・
こういうのは、「生きる」というのか? >>115
生きる???
埼玉県郊外の某駅前で、
深夜に終電後のタクシー客を乗せるために駅前ロータリーで、
タクシーが忙しなく回転しているところ、、、
隣のタクシー会社の運ちゃんから突然
車の並び方が間違っているとイチャモンをつけられ
そのまま頭に来て相手を車の中から引き摺り出し、
深夜にタクシー待ちで行列する人々の見ている中で
突然乱闘を始める。。。。・・・・
こういうのは、「生きる」というのか? 要するに「生命保険」に生かされない生というのは
もっと生身のリアルな生を生きているということ 生命保険の勧誘、ネズミ講、マルチ商法、といえば紙一重だよ 生命保険、
ねずみ講、
マルチ商法、
同人誌活動、
NAM、
、
、
、
、 同人誌活動なんて面倒臭いことを理想化するのはもういい加減やめてほしい 絓先生もそろそろ文化勲章かノーベル文学賞貰えるんじゃなかろうか 柄谷行人 才能ということでいえば、僕は一人、
批評家で本当に才能があると思ってるやつがいる。
中上健次 誰ですか。
柄谷 絓秀実ですよ。
中上 絓はいいよ。
柄谷 僕は、彼の才能を疑ったことは一回もない。彼の地を出すと、優秀だね。
磯田光一より?のほうがずっと優秀ですよ。
(1989年)
Su
@sutw21
3:08 今日はこの
「1989年の問題発言」 について分析してみたいと思います。
1989年からミスターまで
ところで1989年って、ミスターまだ生まれてないの? 柄谷行人 才能ということでいえば、僕は一人、
批評家で本当に才能があると思ってるやつがいる。
中上健次 誰ですか。
柄谷 絓秀実ですよ。
中上 絓はいいよ。
柄谷 僕は、彼の才能を疑ったことは一回もない。彼の地を出すと、優秀だね。
磯田光一より絓のほうがずっと優秀ですよ。
(1989年) 磯田光一もう忘れられているしこいつに勝ってもそんなにたいしたことないんでは > 柄谷 僕は、彼の才能を疑ったことは一回もない。彼の地を出すと、優秀だね。
> 磯田光一より?のほうがずっと優秀ですよ。
> (1989年)
ここでも柄谷は実はかなり微妙な言い方をしていて、
つまり、
磯田光一と比べたらまだ絓秀実の方がましだ、
という言い方をしているのだよ。
まーしかし、
磯田光一と絓秀実の違いとは
単なる執念深さと妄念に過ぎないものだと
還元できるわけだがwww 柄谷が中上に向かって言ってることは
半分ネタであり、半分ギャグなんだよね。 まー多くの中上に向けられた過剰評価な説に拘らず
哲学的な能力では
中上というのは殆ど判断力がなかった人だよね。
実際には。
そして言ってることも全く一貫してない。 それでは改めて
この時代この間あったことの時系列をちょっと並べてみよう。。。
1988年
4月 柄谷行人と蓮實重彦による対談集「闘争のエチカ」が出版される。
この本は当時人文系のベストセラーになっている。
5月 季刊思潮が創刊される。赤坂草月ホールにて創刊記念のシンポジウムが開かれた。
11月 早稲田祭早大文学研究会の講演会。
テーマは坂口安吾論。
実はこの日この会場で、
柄谷行人対ピエール栗原の対決事件が起きる。
(これが初対決の事件だった)
このとき同席していたその事件の目撃者は、
高橋源一郎とねじめ正一だった。
1989年
1月 東大駒場にて。
王寺賢太の主催で柄谷行人と中上健次の二人を招聘した対論。
学習会が行われる。
3月 たしか3月くらいだったと思うが、この中上健次と柄谷行人の対談が行われている。
対談はたしか、すばるの誌上に発表された。
ここで知らなければならない重要な前提だが、この間、
中上健次と柄谷行人の関係性とは史上最悪のものに発展しており、
中上健次は「柄谷包囲網」を作ると宣言していた。
そして王寺賢太主催の東大学習会は、
その仲直りをするための会談の場となったわけだ。
このとき中上も駒場に呼んだのは柄谷であろう。
そして元は、王寺賢太から柄谷に駒場で話をしてくれないかと
頼まれたのだろうと推察される。
王寺は武蔵高校で柄谷の長男柄谷祐人と同級生であった。
その伝からたぶん王寺が柄谷を東大に招聘するという会がもたれた。 > 中上健次と柄谷行人の関係性とは史上最悪のものに発展しており、
> 中上健次は「柄谷包囲網」を作ると宣言していた。
この辺の事情が「闘争のエチカ」の中で語られています。 >>135
この発言は柄谷の発言でも今まで誤解されてきた部類に入るでしょう。
まず、重力の同人誌グループがこの発言を誤解した。
映画監督の井土紀州はこれを真に受けて絓秀実の映画を制作しようと思い立った。
この発言は、中上健次と柄谷行人の間にある前提的な文脈から切り離されて
それ自体独立して歩んでいったように見えるわけだ。
それは東浩紀の言葉で言えばまさに誤配の過程であったのだが
この柄谷発言の奇妙な独り歩きが、
そのまま今のミスターが受け取るに至るまで転がり続けてるといえる。 >>135
この柄谷発言で贈与を受けた絓秀実本人の立場から
応答として返されたといえる文章があって
それは1988年の10月に講談社から文庫化された
「意味という病」の後書きを絓゙秀実が書いてることである。
> 意味という病 講談社文芸文庫
> 解説:絓秀実「「貧しさ」について」/作家案内:曾根博義
まーしかしスガが書いてるこの後書きは特に読むに値するものとはいえない。
しかし文章の節々からこれがスガによって書かれたのは
柄谷の贈与発言への応答に当たるのだろうということは、伺われる。 柄谷発言からの更に直接的な反応というのがもう一つあって
それは、季刊思潮の1990年である。
> No.8 昭和批評の諸問題 1965-1989 (1990)
> 1990.04.01
この号で出ている
> 共同討議
> ロマン主義批判の帰趨 「昭和批評の諸問題」にふれて
> 竹田青嗣+笠井潔+絓秀実+島弘之
この座談会における、竹田や笠井からの叩かれ方である。
柄谷がスガをベタ褒めした発言したことの反応とは、
たぶんそれは当時文壇的な噂の種にもなったのだろうが、
竹田と笠井からはその反動ともいえるような
怒りのこもった叩かれ方がスガに対して為されているように、
当時私には見えました。。。 そして改めて、柄谷行人が1989年何故この発言をする必要があったのかということだが、
柄谷は自分の上手く使える配下ともいえるような批評家をずっと探してたんだよね。
それは柄谷にとって今も同じ探索を続けているといえるが。。。
今なら新宿ベルク井野とか、
松本哉とか、
雨宮処凛とかが、
そういう風に柄谷から要請されて柄谷の味方として上手く立ち回ってくれるように
要請され続けているわけだ。
いわば当時は中上の舎弟ともいえたスガを自分の方にもうまく引きつけようとした。
それが1989年当時の柄谷における発言の動機なんじゃないの。
また同時に、このとき柄谷は、もう中上と仲直りしたい
うまく中上とやっていきたい(文壇政治を)と
心から希望していたんだよね。
そしてこの対談を契機に、再び柄谷と中上は一緒に行動するようになった。 そうして現れた彼らの次のアクションが、
新潟の安吾の会で話し合われて決まったという
永山則夫の文芸家協会排除の事件をもって、
柄谷と中上と筒井康隆といったメンツで文芸家協会を共同脱退するというアクションだった。
この柄谷と中上のアクションは単なる文学問題に留まらず、
翌年には更に、湾岸戦争に対する反対の意見表明として
柄谷と中上による政治的行動が大きく拡大していく展開となったものだ。
これは1991年くらいの事件だが、ここから柄谷の政治的なアンガージュマンが
始まっているのである。
ここから始まって結局それが「文学者」の政治行動の
NAMにまで至る道となった。 実際、スガの働き方に、柄谷行人とはものすごく依存している。
(それは今もそうです) 栗原、捏造すんなよ、絓が、磯田こういちよりいいとは、かいてなかっただろ。 全共闘世代の批評家ー加藤、竹田、笠井、渡部、四方田、なんかと比べたら絓が頭いくつも抜けてるのは確か でもいろいろ鋭い分析をしつつあのまどろっこしいというか最後結局何言いたいんだみたいな下手糞な書き方で損してるな
柄谷と中上はカラオケ好きで尊敬されないとか言ってたけどw >>148
> それは1988年の10月に講談社から文庫化された
> 「意味という病」の後書きを絓゙秀実が書いてることである。
→ 1989年の10月 まーしかし、、、
もしあのとき柄谷行人が中上健次に対して助け舟を出していなかったとしたら
中上はそのままネオナチにまでなるしかなかっただろうねw 栗原の問題は杉田俊介が解読してくれてそうだな。ピエールも読んだ方がいいよ
焼鳥山
@yakitori_yamada
·
10月2日
杉田俊介『マジョリティ男性にとってまっとうさとは何か』に、「中年になっても何者でもない自分を肯定し、その情けなさと向き合わなければならない」というようなことが書かれていたが、この社会で、男にとって(他のジェンダーにとっても?)は、それはけっこう難しいことなのかもしれない。 ピエールはだめ連にいたくせに情けない自分に向き合えないから
自意識をこじらせて承認欲求を求め、
自信のなさから逆に虚勢をはり攻撃的になっているんだよ
いくらネットが全能感を満たしてくれるところだから、そこに逃避しているとしてもだ。
インセル化している。 >>162
おまえどうせ、
杉田とピエールは、もう十年以上前に色々
ドンパチあった関係だとか
そういうことも何も知らないで言ってるのだろう?ww ピエさんは三十二歳の時にもう労働引退してる人間なんだとか
(タクシー会社を暴行事件でクビ。
それ以来賃労働はしていない。
「労働引退」を宣言している。)
そういうことも何も知らないで言ってるな。
なんかよく知らないがそういう人生スタイルも今では一部流行していて
「FIRE」とか呼ばれているらしいではないか。
だから時代の流れからいっても、自分がどこのかの資本のシステムで
賃労働には属していないということをもって、
罪の意識を感じることは、ますます要らない事柄になっているはずだ。
生の実質とは、とてもそんなところには存在していないのだよww 会社の保障でも、同人誌活動の群れでも、NAMであっても、
そういう面倒臭い社交の関係から逃れている、
あるいは食み出でている、溢れ出している、
生の在り方をもって、、、
ジョルジュ・アガンベンは「剥き出しの生」という概念を与えたのではなかったか?
まー経済的かつ資本主義的にイケてる層の遊民層に対して
この概念を与えることは幾らなんでも違うだろうがw
しかし、同人誌の群れにも生命保険の勧誘者たちにも、
特に関心なく、剥き出しの生に直面して生きている人間たちに対して
彼らが「生」の学部にいるなんて、決めつけて考えることは
いくらなんでも間違っている。
我々が向き合う必要があるのは、
もはや労働者階級にさえ汲みいられることのない
プロレタリアな人間たちの存在論ということだよ。
基本的にこの観点が理解できないと、もはや新しい哲学は無理だな。。。 > しかし、同人誌の群れにも生命保険の勧誘者たちにも、
> 特に関心なく、剥き出しの生に直面して生きている人間たちに対して
> 彼らが「生」の学部にいるなんて、決めつけて考えることは
> いくらなんでも間違っている。
→ 彼らが「生」の外部にいるなんて、決めつけて考えることは あたえてねーよ笑
でたらめぬかすな笑
>そういう面倒臭い社交の関係から逃れている、
>あるいは食み出でている、溢れ出している、
>生の在り方をもって、、、
>ジョルジュ・アガンベンは「剥き出しの生」という概念を与えたのではなかったか? 例えば、twitter上を見ていても、
誰もミスターに対して本当のことを言ってやる人間なんていないわけだよ。
twitter広しといえどもそれは一人もいないw
親切にも彼に対して、本当のことを言ってやることを可能にしたのは
ここ、匿名掲示板しか、結果的になかったわけだw そもそも賃労働から脱出していることと
ピエールが自分をこじらせていることは
まったく別のことだろ。 だから俺たちもピエールに対して
本当のことを言ってやっているんじゃないか。 だから全然自分を拗らせてなんかいないしw
匿名掲示板を使ってるのは、ちゃんと戦略的なイデアがあってのことだ。 こじらせているよ、栗原。攝津正だって、こじらせてないと5ちゃんではいうよ。
10のうち9の事実と1のゆがんだ嘘をいって、ねじれた詐欺的垂らし込みをおこなうところは
攝津正と同じ所に来ているよ
そのうち攝津化が栗原の人生だよ ピエさんなら普段から至って健康的に生活してるし、
健康的に物を考えてますよ。
「アゴラ」というのは、一体、現在ではどこに生じるものなのか?
それを一概に決定して考えることはできない。
ネット上の、facebookかもしれないし、twitterかもしれないし、
そして匿名掲示板かもしれないし、それがどこに発生するかは
予測することが不可能だ。 攝津と栗ちゃんだと、精神力に雲泥の差があるんだよww
あれを一緒にしたらいけない プロレタリア人間もクソも、俺、ピエールはデイトレーダー
といってたじゃん。 匿名掲示板でも、書き込まれてる内容が嘘八百なら、
自然と読む人は消滅するもんなんだよ。
それがちゃんと機能して続いているということなら
それは嘘やデマが書かれているわけではないということですねー。 だからピエールはかわいそうな人間というのも嘘800じゃないわけだ。 プロレタリアは別に貧乏人という意味とは違うよw
要するに、保障がなくて投げ出されてる人間という意味だな。
そういう意味では、ディアスポラな状態にあるユダヤ人の生態も、
自ずからプロレタリアに近いものがある。 くりちゃんがディスアポラなユダヤ人なわけないだろ笑 私にはミスターのほうが哀れに見える。
あんたがそう見えるというのならそれでいいじゃないかw けどまあ
ミスターと栗ちゃんの若い頃、20代のくりちゃんだと、ミスターに軍配があがるな いやそれも私は認めないw
他人とどれだけの量つるんでるかの問題ではなく
内部にある精神力の問題だからな。 くりちゃんは20代の頃は革命芸人としてだめ連で活躍。
革命芸人というパンフレットも配っていたな。 いやそんなパンフレットはたぶん配ってないよw
そういえばもう21年前の話だが、
究極Q太郎が自分のやってる同人誌で
「ピエールリヴィエール栗原特集」というのをやって
それは模索舎でも結構売れたそうだよw
しかし所詮同人誌のレベルでそんなことやってても
特に意味はないんだよw Q太郎の「人間解放」で栗ちゃん特集なんてなかったな。
うそつくな 「にんげんかいほう」というのは、だめ連のやってたミニコミだよw
究極Q太郎と廃人餓号のやってた「ペエペエ教団」という
変なタイトルの同人誌があったんだよ。
一部の人には知られていたかもしれないがw 嘘だらけの人生で自分を飾って何がたのしいんだよ、くりちゃん。
自分をみつめようぜ。 「ピエールリヴィエール栗原特集号」が出た反響で
ミゲルや廃人餓号から、
「栗原さん、見直しました」
「あの文章すごいじゃないですか」
「けど栗原さんこれ新人賞に出すつもりだったんじゃないですか?
同人誌に出しちゃってどうするんですか?」
とか、新宿中央公園の夏祭りなんかやってる最中に
そういう言葉をかけられたことはあったが、
まーその後もじわじわ売れていたらしいが
別に、よっぽどの戦略を立てて次の行動を出さなかったら
所詮それだけで終わるんだよw 釜が崎の夏祭りか?
そういうこというおっちゃん、よーいるわー それよりもピエールの出演で有名だったのは
だめ連でかつて何回か出たことのあるテレビ出演の活躍ですよ。
これもいつかyoutubeに上がってくるだろうと待っているが
まだなかなか上がってこないね。
TVタックルとかに出たんだよ TVタックルのひな壇にでてた、たしかに。だめ連特集で あれは2016年だったかな?
素人の乱で行われたイベントで、
過去のだめ連のテレビ出演したビデオを見直す集会というのが行われたんだが
そこでも一番受けてたのは、やっぱりピエールの出演シーンだったらしいよ
一週間後くらいの高円寺夏祭りに行ったら
だめ連の人間から声かけられて
この間ピエさんのビデオ見てみなで爆笑したんですよー
とか言われたから。 結局テレビにでたのが、活躍だなんてかなしくないっすか。 いや今でも十分活躍してるつもりなんだがw
こういう場所でもw おまえらの同人誌読んだ人の数と
スガスレと柄谷スレを毎日見てる人の数と
一体何百倍の差があると思いますか? ピエさんの演じているのは
シャドウ・ワークであることを自負するものであるばかりではなく
結局は最も重要な作業をやってるんだよ
最も重要なことを、隠れた場所で言っている。。。 栗ちゃんは、なんでそもそも柄谷や すがが,
好きなのか問題があるよね。
自分の人生よりそっちの方がすきそうじゃん。
自分の人生棒に振っている いや最初はもっと直接的に金儲けをしようと企んでいたんだが
そういう態度を平然として表に出していたら
このように柄谷やスガから復讐された
というのが正しいなw ソクラテスだって自分の文章なんか残さなかったんだよw
だから特に深くは失望しないでなるように任せていけばいいんだよねw 栗ちゃんはソクラテスじゃないとおもいますよ。
弟子はできないですよ。 直接的にどう金儲けしようとしたんですか?講演会企画?
金儲け無理ですよ〜 というか、思うのは、柄谷やすががむしろソクラテスなんだね
ぴえさんみたいな弟子がでるんですよ、絶対。 いやだから紅白に出るつもりだったんだってw
最終的には、
山崎まさよしか、ピエールリヴィエールか?
この二者択一の時代になるであろう ぴえさんこそ柄谷やスガの弟子だというのがよくわかりましたよ〜
愛憎をかかえているんですね〜 愛憎を超えて自分の人生に向き合いましょうよ〜
ガンバ! まーなんらかんらいってみんなだんばって生きてるんだな
ということで、私はもうメシ食ってくるよw ミスターは関西人なのか?
しげのが苗字なら、超名門の倅かもな。
頭悪いスガが超頭良い俺のブランショやバタイユへの関心を喚起してくれた。
1968年のサルトルその他の動きを見てると、それ以前の世代のブランショの
頭の良さが際立つわな。
ブランショの「The community is not the place of sovereignty .It is what
exposes by exposing itself. 」だけで、スガは満足できないかな?
ちなみに、千坂恭二ほどナンシーの影響を受けてる奴はいない。 東浩紀 Hiroki Azuma
@hazuma
30分
マジすごい業界です。かつてのようなスタイルの「批評家」
(文芸批評の伝統を引き継ぎ、学問的な背景もあって社会全般について語れるひと)
がぼくよりほか同世代以下にいないのは、彼らのハラスメント体質の必然的結果かと・・
シンドクターしみず
@shimizu_toshi
33分
すごい業界なんですね…。逃げて正解ですね。 結局、冷戦下の社会状態にも勝るような、
ハラスメントに次ぐハラスメントの継続で壊滅しつつある
文芸批評の伝統芸と左翼文壇にとって、
もはや我々が生き残れる手段とは、
左翼がカルト化することであって
カルトとなり、ゾンビのような姿になっても
それをまた自嘲しながらも生き残ることである・・・
こういうのをスガ秀実的な結論と考えていいんすかね? 東浩紀 Hiroki Azuma
@hazuma
48分
「かもしれない」というか、原因はそれ(本気で自分たちの思想をさまざまなひとに
伝える気がない)に尽きると思います。NAMの「失敗」については、
いまだ失敗ということにすら反対するひとがいる始末ですが、それ自身が
「そういうとこだぞ」という感じです。
せっきー
@sekky_lions
ひょっとしたらその根本がNAMの失敗に繋がっているのかもしれない。
東浩紀 Hiroki Azuma
@hazuma
8時間
その態度も30年前からあって、ぼくは柄谷行人さんと浅田彰さんに
「東くん(当時20代)はなんでそんなにひとに伝えようとするの、
伝わらなくてもいいじゃん」と壇上で冷笑されたものでした。
紀伊国屋書店のシンポジウムで、批評空間でも活字化されています。 Nobuaki Shiokawa/塩川伸明
@NobuakiShiokawa
14時間
その昔、経済学者の宇野弘蔵が(多分、半ば冗談で)
「猫は封建的で、犬は資本主義的だ」と唱えたことがある。
とすれば、昨今の猫ブームは資本制から封建制への移行を物語る、
ということになるのだろうか? ヨガを習得すれば、セルフ・フェラできるようになりますか? / .:.:.:.:::::::::::::::/ -='ぐ / l ||¨´ ̄`` . :;
/ .:.:.:.::::::::::::::::/ '''´ ̄` / `Y´ . ;..:
,′.:.:.:.:::::::::::::〈 ヽ____ノ', .;: .;:
i .:.:.::::::::::::::::::::::', ,;;;'ハミミミヽヽ .,.:; .; :.;:.
',.:.:.:.:/´ ̄`ヽ;;;', .;;;' ``ヾミヽ j! ,. ′.;: .;:. :
',.:.:.:ヽ い( ミj! )ミミj 、 、 ', ., 、:, 、 .; :.
/ .:.:.:.:::::::::::::::/ -='ぐ / l ||¨´ ̄`` . :;
/ .:.:.:.::::::::::::::::/ '''´ ̄` / `Y´ . ;..:
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i .:.:.::::::::::::::::::::::', ,;;;'ハミミミヽヽ .,.:; .; :.;:.
',.:.:.:.:/´ ̄`ヽ;;;', .;;;' ``ヾミヽ j! ,. ′.;: .;:. :
',.:.:.:ヽ い( ミj! )ミミj 、 、 ', ., 、:, 、 .; :. フェラなんかしなくても人間死にやしない こんにゃくで我慢しとけよ 井野朋也(新宿ベルク店長)レインボーフラッグ
@Bergzatsuyoten
10月4日
小説「井野家の人々」を書けと文芸評論家の絓秀実さんから宿題を出されているのだが、
確かに一つ屋根の下に自民党大臣(父碩哉)、共産党のホープ(長男隆一)、
詩人(次男昌次)が住んでいて、西武の堤清二さんとは家族ぐるみの付き合いで
というだけでも掘ればネタがザクザク出てきそうな気配はある… 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
1時間
今、何が以前より禁止され、何が以前より解禁されたのか。
ポリコレ的禁止は欲望的なものに関わる。
その一方で、欲動的なものが解禁というか溢れ出していき、そこをどうしたらいいのか、
社会はわからないでいる。 京大オリジナル株式会社
京都大学の産学連携拠点
今年の京大人文学教室は、京都で生まれ、
いまや世界的な作家となった『村上春樹』を取り上げます。
村上春樹関連の研究で名を馳せる4名のトップクラスの講師が作品・物語の解釈は勿論、
村上春樹自身の物語にも迫ります。
村上春樹に関連する内容に興味のある方、人文・社会科学分野に興味のある方、
社会人・学生問わずどなたでも参加可能です! いつの間に京都大学というのはこういう場所になったんだ? 究極Q太郎
@Q81587908
29分
同人誌製作中。途中経過‥一人で作業してます
(昔「ミニコミ界の魔王」(笑)byぺぺさん) 世界的に著名な村上春樹とセクハラオヤジとして晩節を汚した渡部直己との対比は悲しい 批評家ってなにがたのしいの?
吉本隆明くらい有名にならないと、億の金稼げないんでしょ? ばななは億単位で稼げる作家だろうが
親父のほうはせいぜい中流サラリーマンレベルの稼ぎだったろう
そうじゃなきゃ同人誌の試行があんなに安くて貧乏くさい装丁で
売ってたわけないよなw
娘二人をちゃんと育て上げて
東京に一軒家が持てればそれで物書きとしてはいうことないだろうがw 与野市で生活保護もらってた大西巨人と比べて
吉本隆明の充実した中流生活をよく想像してみよう 昔の批評家はきっと楽しかたんだよ
今の批評家風情はとてもそうは見えない 絓さんって、若者にめちゃやさしいよね。やさしいというより甘い、かんじ。 第15.6回「教養強化合宿」終了。
学び舎を出る直前、ふと本棚の絓秀実『革あ革』を手にとった学生が、
巻末の人名索引を見て思わず、「ほとんど知ってる!」と叫んだ。
たった10日でこの効能。たぶん大赤字の合宿への支援カンパは
「福岡銀行春日原支店普通1167080トヤマコウイチ」まで。
外山恒一
@toyamakoichi
恒例?の合宿初日歓迎会の余興・教養チェック大会。
参加学生14名中、島田雅彦を知ってた人5、徳田球一0、大道寺将司0。
笹川良一0、野田秀樹0、千葉雅也10、川上音二郎1、田嶋陽子5、山口二矢1、
岡田嘉子0、天野恵一0、道浦母都子0、加藤直輝0、重信房子0、真島昌利2、
吉本隆明8(続く)
外山恒一
@toyamakoichi
昨日 2:28 外山恒一のこういう自塾?
を作って活動する性質って
なんだか中学受験用の学習塾の世界を
思い起こさせるんだよね 絓秀実の大江健三郎論の続編が子午線の8号に載る予定だと、
どこかで見たような気がするが、7号すら怪しいのに8号はいつになるやら。
古義人
@cogito_kobo
10月12日(火) 22:25 >>136
1974年1月号群像の座談会で柄谷の発言に対して媚びないのは磯田ぐらいだったね。
そこが柄谷はむかついてたんだろう。
磯田は1989年より2年前の1987年に亡くなってるんだから、柄谷の変態野郎の面目躍如
だね。
ネロやカリギュラの変態性。 なつかしい座談会だ。本になってない。柄谷が、放言してそれが、通るやつな。 あれはなんだったんだろ。群像は柄谷をスターにしたかったのかな。いまの群像なら規制がはいるな。 渡部直己が『メルトダウンする文学への九通の手紙』で斎藤環の文芸批評を批判した時、本が刊行された数年後も渡部は斎藤の名前の読みを知らなかったが斎藤の本を読んだ上で書いてはいた。浅田や蓮實に倣って綿矢りさを貶したり阿部和重を持ち上げたりしてたのに較べれば彼の主体性が感じられる文だった スガ秀実似の警察官に交通違反のキップを切られた事件 某美術雑誌に自分の作品が載るという電話があったのだが、媒体も作品も現代美術の文脈には乗らないものなので、友人知人に知らせるの恥ずかしいな。 綿野恵太『みんな政治でバカになる』発売中
@edoyaneko800
1時間
2021年10月15日付、日経ビジネス掲載の小田嶋隆さんのコラムで拙著
『みんな政治でバカになる』がたいへんな誤読をされたうえで不当な非難を受けましたが、
これ以上誤解が広まることのないように版元の晶文社
(@shobunsha)からコメントが出ました。
よろしくお願いします。 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
8分
この10年Twitterを見てきて、理想主義で政治はできないというのがよくわかった。
大きな学びだった。 綿野恵太は、吉田戦車の、いじめて君みたいなやつだな。いじめて、いじめて、ベタな煽り(馬鹿になる)に、つっこんで、つっこんで、と、さそい、たまらず。突っ込んだ小田嶋みたいなやつが、爆破される。 綿野もタイトル釣りで、商売してはずかしくないのかよ 橘玲路線だから実質的に右翼に売りつける商法
そこは小田嶋隆の見立て通り 栗原裕一郎
@y_kurihara
3分
共産党が表現規制派に転向したと騒いでるが、もともとそういう体質じゃん?としか。
戦後、流行歌・歌謡曲を俗悪だって排斥に躍起になってたの共産党を筆頭とする
左派革新勢力だったし。70年代エロ劇画追放運動の糸を引いてたなんて話も
『定本消されたマンガ』(赤田祐一・ばるぼら)に載ってましたね。 絓秀実さんは「おれは信者いらないよ」と言ってたが、
吉本隆明みたいに信者が一定数いるから、
出版不況の現在であっても全集が刊行されるという場合もあるからなぁ。
ソンジュ
@mon_faust
10月17日(日) 17:05 信者はいらないと言ってる人間が
なんであんなにこまめに自分の弟子を作りにいくかね?
理解に苦しみますねw 教えられないことを教える大学
jun-jun1965の日記 大学では、「学問」という「教えられること」を教えるところではあるが、一部、
教えられないことも教えている。人文系の学科において、小説の書き方などを教えている
ところがあるが、小説の書き方は、基礎は教えられるがそれ以上はやはり才能である、
ということは、まあたいていの人が分かっているからいいのだが、「批評」というのも、
才能がなければ書けないのである。このへんは、教えている方はわりあい分かっている
のだが、教わっている方は割合分かっていない。
北村紗衣の『批評の教室』(ちくま新書)が売れているようだが、これは、大学の
学部生向け、特に北村が教える武蔵大学の学部生が、批評もどきを書くための手引き
であって、実際にこれを読んでも批評としては面白くない。そういうものを新書として
出すべきか、ちょっと私には疑問がある。
この本にも蓮實重彦の名前が出てくるのだが、私は蓮實の「大江健三郎論」などの
テマティック批評は、特別な才能のある人にしか書けない「文藝」だと考えているし、
蓮實はまさかこれを学問だと思っているわけじゃなかろうとも思う。しかしだんだん
レベルを下げていくと、批評と学問の境界が曖昧になるところというのがある。
私は『評論家入門』でその話はしたのだが、大学の文学の教師というのは、
そこはタブーででもあるのか、話に乗ってこない。批評家と言われる人も、
それは学問なのかそうでないのかという話には、乗ろうとしない。 そもそも絓秀実が大学で授業なんかやって
何か意味があったのか? 渡部 そこで福田さんのご意見を聞きたいんだけれど、松浦寿輝の『折口信夫論』はどう思いますか。
福田 それについていうと、蓮實スクール全般に対する軽蔑みたいなものが出てしまうんだけれど(笑)。
渡部 それはぼくも入っているわけね(笑)。
福田 いや、入れて欲しければ、入れますけど(笑)。ぼくは、松浦さんが大嘗祭の問題を表象として扱ってしまったために、シェイクができなくなってしまったと思っています。世代的な問題もあるんでしょうけれど、ぼくには蓮實さんが導入しようとしたブロンヴェールとかのネタ本全般に対する強い反感があります。
好むと好まざるとにかかわらず、ぼくも修士のときにフローベール読みだったので、蓮實さんがいかにみっともない博士論文を書いたか知っているわけですよ(笑)。
渡部 ぼくも、いくつか蓮實さんの紀要の論文に接する機会があって、その一本でたしか『サランボー』を扱ったものがリシャールそっくりに始まるものを読んだことはあるけれど。
福田 それは、いいんですよ。だけど、蓮實さんの博士論文って、マダム・ボヴァリーの精神分析ですよ。
渡部 それは読んでません。
福田 フロイト流のね。そのように大時代的な論文を書いている横で、紀要ではちゃんと「マダム・ボヴァリーの手」とか書いているんです。江藤さんにその話をしたら、感心して「蓮實君はやっぱり立派だ」とかいっていたけれど(笑)。博士論文では硬いところをやって、紀要では遊んでる。先生、逆でしょう、と(笑)。
肝心なところでは羽織袴を着てるじゃないか、というような、つまりはなにをやっても遊びでしょう、安全なんでしょうというテマティックな批評に対する反感で出てきたところがあるので、テマティシズムはけっきょくなにもしなかった気がしているんです。 坪内 映画って、基本的に一回性≠フものでしょう。そのとき映画館にいた自分の記憶の中の映画を批評してゆく。そういう評論を映画的に書ける人なんて、蓮實さん以外いなかったんだよ。ほんとに、そのとき観たものを、自分の中のスクリーンに再上映する天才だったね、うん。思想とか関係なくて。
福田 ただ、あれ、やり方自体は、以前からあるフランスのヌーベルクリティークの手法なんですよね。あの人は東大仏文で、ずっとフローベール研究やってるんだけど、博士論文はフロイト式分析で書いてんですよ。ちゃんとパリ大学に留学してカネかけてるし、かっちりした論文で。一方で、紀要(学術雑誌)とかには「『ボヴァリー夫人』における白い手のイメージ」みたいな批評を書いて、その手法を、映画評論に使ってるわけ。
で、ワタクシもフローベール研究やってたから、その乗り換えっていうか······いや、いいんだよ、「アカデミックな論文はちゃんと出して、あとは最先端で遊んでる」みたいなのは、学者としては正しいんだけど。ただ、その手法が、そのまま映画に来たんだなあって見えちゃったから、ワタクシは最初からノレなかったんだよ。
坪内 でも、大学院で学者として残っていくためには······。
福田 いや、いいんですよ。だから正しいんです、正しいんだけど。
坪内 大学院生が、学者として大学に残るためには、学問的な論文だけでなく、目立つ成果も必要なんだよね。蓮實さんには、そうせざるを得なかった部分もあるの。修士論文なり何なり、学者≠ニしての覆面をかぶって発表する研究論文と、マスクを脱いで自分のやりたいことを書く文章の両方を。
福田 だから、いいんです。正しいんだよね。でもファンキーではない。 リシャールの言説には明白な欠点があって、それはフランス語の文学表現に
ついて論じているのに、それについて省察するのに手にしているメタ言語
がフランス語しかないことだ。 だから歩みを進めようとしても、泥濘にはまったようにゆきなづむ。 蓮實さん修士でヌーベルクリティック風の論文書いて東大仏文の先生方に叱られたことは武勇伝として語っても博士論文のことは一番隠したいことだったんでしょ 絓さんて批評の方法は蓮實さんとは全く違うのになんであんなにヘイコラしちゃうんだろ?
テマティスム自分はやらないけど好きなんだろうか? 中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田 彰)より。
蓮實重彦)なぜ書くのか。私はブランショのように、「死ぬために書く」などとは言えませんが、少なくとも発信しないために書いてきました。 マネやセザンヌは何かを描いたのではなく、描くことで絵画的な表象の限界をきわだたせた。
フローベールやマラルメも何かを書いたのではなく、書くことで言語的表象の限界をきわだたせた。つまり、彼らは表象の不可能性を描き、書いたのですが、それは彼らが相対的に「聡明」だったからではなく、「愚鈍」だったからこそできたのです。
私は彼らの後継者を自認するほど自惚れてはいませんが、この動物的な「愚鈍さ」の側に立つことで、何か書けばその意味が伝わるという、言語の表象=代行性(リプレゼンテーション)に対する軽薄な盲信には逆らいたい。
浅田彰) …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、
より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。
蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。
浅田彰) 例えば、デリダ論の本を書いたとして、十年後に知らない誰かがそれを読むというのが、本当のレスポンスであり、大文字の他者の承認なのであって、いま流行っているアニメについてブログに書いたら、その日のうちに 100個くらいレスポンスが来たと言っても ……。
… そういう小文字の他者からのレスポンスは一週間後には最早なかったに等しいでしょう。即時的なレスポンスのやりとりがコミュニケーションだという誤った神話に惑わされてはいけない。
蓮實重彦)それを嘲笑すべく、ドゥルーズは「哲学はコミュニケーションではない」と書いたわけじゃないですか。 綿野恵太『みんな政治でバカになる』重版決定
@edoyaneko800
7時間
100分de奇書というYouTube番組をはじめたい。 小塚類子/炎上寺ルイコ
@ruikozuka
4時間
ちょうど目にした李琴峰さん柳美里さんに対するあまりに失礼なツイをいくつか報告。
「女のくせに、日本国籍じゃないのに俺の言う通りにしない奴を屈服させたい欲」
を多くの男性が抱えている。
戦後何年経ってんだよ。 絓秀実さんなんかは「左翼はもっと俗で下品なんだ」っていうけれど、
やはり「清く」「正しく」になってしまう。右翼の方が「下品で」「キッチュで」「パンク」だと。(略)
左翼は正しいだけ。逆にいうと汚い左翼が出てくると面白いと思います。
『憎悪と汚辱』
福田和也bot
@tonkatu_kazuya
10月30日(土) 0:33 一口で、汚い左翼といっても、
その「汚さ」にも色々種類があるでしょう。 いつまで絓秀実を問題にしてるんだよ。
絓秀実、福田、蓮實、柄谷、渡部、東ら、全部がオワコンなんだよ。
浅田の「僕は男とも女ともベッドを共にしたことがある。」は凄い。
これは蓮實や柄谷には言おうとしても言えない。 > 浅田の「僕は男とも女ともベッドを共にしたことがある。」は凄い。
そのぐらいの台詞なら攝津だって言ってるでしょうw
どこがすごいの? >>293
柄谷や蓮實には言えないのが凄い。
お前如きがwを使ってる場合じゃない。 栗原裕一郎
@y_kurihara
7分
小説家に対し「小説に専念したほうがいいんじゃないか」と言うことが
侮蔑の婉曲表現になるという構造について少し考えてしまった。 磯田氏の遺著(『萩原朔太郎』)を想起させます。
そして、磯田さんは、ぼくにとって、全然考え方が違うのに、
話だけは通じる(と、ぼくの方から勝手に思える)人でした。
これは「人柄」の問題かも知れません”
(絓秀実「ファシズムは避けえない「宿命」的なフォルム」)
ioriten
@rasendou
0:01 同じように、左翼のカルト化やゾンビ化も避けられないフォルムだと? ガヂヲ
@kizi_kizi
4時間
長い間ネットが使えてない状況の友人ぺぺさんが
「話を聞いていると、Twitterは喧嘩が多く、ラインはいじめが多い」
って話は鋭い視点かもと思った。
そんなぺぺさんが「インターネットは速いようで遅い」
っていうのも鋭い視点かもしれない。 Twitter全然更新されないけど絓先生どうしちゃったの? 今日は絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』の第U部を読みました。
芸術について主に論じられている章なので、
随時作品を視聴しながら5時間にわたり議論しました。
詩論・演劇論・運動論・68年論、絓秀実が言及しなかった写真論など、
話題が尽きませんでした。 pic.twitter.com/THw1pS9xx7
早稲田アナキズム研究会
@wsd_anarchism
11月7日(日) 20:53
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 早稲田大学アナキズム研究会って。。。。
一度も会ったことないけど、
しかし会う前からすべてがどういう連中なのか
手に取るように分かっちゃう人達だよなw 狭義の早稲田的伝統というのが
今のように驚愕的に早稲田の学費が上がってしまったキャンパスに於いても
辛うじてまだ続いているという、一つの例ですね。
< 早大アナキズム研究会 今度、ビエ栗原の「革命芸人の誕生」も読書会するときいたよ。早稲田アナ研で。 早大地下部室時代の伝統を汲む部室が、
今の早稲田に幾つ残ってるのかは定かでないが
大体80年代から90年代の状況で、
3号館(政経学部)と8号館(法学部)の地下部室が、
早大の革マル派支配から逃れている
辛うじて自由な左翼活動の許されている自由な空間として
当時開かれていたものだったのだ。
政経学部にはそもそも自治会がない。消滅した状態だった。
そして法学部の自治会だけは民青だった。
その他の自治会、商学部、一文、二文、教育学部、社会科学部、
これらは前歩革マル自治会だったので自由な左翼が入り込める隙がなかったということ。 それでまず早大ノンセクトの中心となっていた場所が
8号館法学部の地下部室だったわけだ。
ここには通称「黒戸」(ブラックドア)と呼ばれる
ノンセクト活動の中心となった会議室があった。
その奥に地下を少し進むと、
早大ESS(ここはかの有名なオウムになった上祐さんがいたサークルだが)の前には
カンガルークラブという学習サークルがあった。
このサークルを最初に作ったのは笹沼弘志さんという
今は静岡大学で憲法学の教授になった人である。
後にカンガルークラブ(通称カンクラ)は、
酒井隆史と道場信親の常駐する居場所となった。
そしてもう一つの左翼的中心が3号館(政経学部)の地下で
ここには通称「白戸」と呼ばれる社会哲学研究会があった。
ここは元々解放派が使っていた部室だったが
革マルによって解放派が早稲田から追い出されたあと
しばらく物置になっていたところをノンセクトが使用するようになった場所だった。
それから社会哲学研究会の真向かいにある部室で、
ヤングイーゼルという美術サークルの使っていた場所の奥に
本棚で壁を作って、早大でも最もオタクでノンポリの哲学好きたちが集まる場所として
哲学研究会が存在していた。 >>310
これらは前歩革マル自治会だったので自由な左翼が入り込める隙がなかったということ。
→ これらは全部革マル自治会だったので 千坂が、大型書店は売れる本を大量に集めるのでなく、むしろ売れない本を大量に集めるべきだと
主張してるのは正しい。
彼は、11世紀の北マケドニアに起こったbogomilismボゴミリズムとクリスチャン・アナ
キズムの関係をどのように考えてるのか。
スガは文壇の政治に振り回されて来たような。それには柄谷に関わったことが大きく影響してる
んだろうが。 ということは、「近代文学の終り」という宣言は(柄谷行人)
やっぱりただの詐欺行為であったと? 「近代小説」が悪い、おかしいというよりも、どうも
小説と哲学の分業体制を振り分けてしまった在り方に
問題がある。 小説を神格化することが今まで間違っていたというなら
(小説神学?)
そんなのはもう半世紀以上前から間違いは分かっていたわけでしょうw
小説のことを必要以上に煽てる必要があったのは、
何か疚しい理由が、
しかも商売的な前提でそこにあったからだよ。 渡部直己によれば、水滸伝が本居宣長から小林秀雄に至る日本の小説批評の祖であるというんだが、水滸伝と言えば英雄群像伝だろう。つまり日本の小説批評の根底には偶像崇拝があると渡部は言いたいのか。
渡部や絓秀実、千坂恭二その他の新左翼史、あるいは右翼史の捉え方そのものが水滸伝並の英雄群像伝という気は確かにする。哲学板自体が絓秀実、柄谷、東らのキャラ描写部分で殆どが占められていると言ったら言い過ぎかもしれんが。
渡部は蓮實を通じて中村光夫の孫弟子でもある訳で。
だが、そういう日本の小説批評の歴史は一切終わりにしようというのは、今でも建設的な意見だろう。だが、それは渡部や柄谷の意見ではない。 中沢忠之 @sz6
15h
群像新人評論賞2作を読んで、批評は終わったのだと感慨深かった。
蓮實信者が「終わり」なんて呟いてはいけないのだけど、
2作ともある意味批評が本来的に持つ暴力(加害?ハラスメント?クレーム?)
に対する批判でしたね。 >>322
群像新人評論賞=柄谷記念新人評論賞
柄谷にとって、邪魔になりそうな芽をひそかに毟り取るための賞だから
受賞者はどうでも良い。
柄谷の性格を知ってる人は絶対応募しません。 そもそも今も柄谷的な評論を基準にしてるなら
批評の暴力性が駆逐されるような事態にはならなかったはずだ。 今の評論で基準になってるのはしょせん加藤典洋的なものでしょ そういう「しょせん加藤典洋」みたいな物言いのやつがやつより良い批評を書いたケースほとんどないんだよな 絓秀実界隈って革命じゃないからこいつはクソ、みたいなジャッジをするチンピラ生み出しただけだな。しかもそいつらわりと右翼だったりする 市民社会的リベラルを小馬鹿にできればなんでもいいからネトウヨとも親和性高い 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
14分
フーコーが今生きてたら、ロックダウン批判、自粛批判、
さらに反ワクチン派にシンパシーを示すことも言って、
アガンベンどころじゃない非難轟々だったかも。 >>331
そういうことはとてもスガには最初から出来ない芸当であるわけだから
やっぱりスガは偽物 そもそも「共産主義者」や「左翼」に限って
こういうときはマスクしない他者に対して厳しくなるよね マスクしないスタイルを殆ど押し通していたトランプは、
そういう反発性によってもやっぱり一定の支持は得てしまうんだよね。
トランプはその反面において正しいのか? フーコーが生きていたら、じゃなくて自分でどんどん言えばいいのにw 栗原裕一郎
@y_kurihara
6時間
誰が言い出しっぺか知らないが「チンポ騎士団」という言葉がある。
下心があるんだかないんだか、フェミに寄り添う素振りをする男を揶揄する言葉だ。
フェミに限らずポリコレを振りかざす輩の言語に文学性を感じることはないが、
「チンポ騎士団」からは文学的な香りがする。批評になっているからだ。 なんだか岸田総理の性質を見ていても
最近はそこに「プチブル急進主義者」的な臭いを感じ取るるんだが・・・・
開成高校だったが二浪して東大は受からず早大政経へ
しかしこの人の性質というのはどうもダイナミックというには程遠く
何かやっぱりセコイんだよな
だから目の前にある
「小さなことをコツコツと」積み重ねていった結果
総理の椅子を掴み取っている。
政策やポリシー、哲学には何も独自なものはなく
すべてにおいて「中庸」を取っている。
最初にプチブル急進主義者的な政治手法の成果を実感させたのは
やっぱり竹下登のことだったか? 結局、柄谷行人と蓮實重彦
長生きするのはどっちか? しかし一番早く死ぬのはスガ秀実になるような気が・・・ 藤縄善朗
@y_fujinawa
11月29日
某文芸批評家&某詩人宅でいい加減に育った蜜柑の木から収穫された果実が
スーパーで購入した蜜柑よりも美味いことに資本主義の限界を見た 栗原裕一郎
@y_kurihara
2時間
『ニッポンの音楽批評』で大谷氏とも話したんだけど(最終章だけ対談になっている)、
文化芸術以外の文脈だと、批評・批判はまずたいてい悪口陰口誹謗中傷の意味であり、
批評家は口ばかりで何も出来ない奴の代名詞である。
「批評家になるな」って記事、腐るほど見るでしょ。 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
4時間
緊張が弛緩するのが「快楽」、
むしろ緊張が高まり不快が快になるのが「享楽」、というのがラカンのおおよその区別。
僕はどちらかと言えば享楽の人。 絓さん革命のためにどこかのアジトに潜伏してるの!? 批評は反省しない。そしてまた、批評は決して希望を抱くこともない。
それは徹底的に遠近法を欠いた言葉という環境のなかで、
過去をも未来をも持たず刻々と変貌していく言葉に対する、
絶対的に不自由な意識であると言うことができる。
by絓秀実『花田清輝』
荒木優太(新しい本が出たよ)
@arishima_takeo
21:14 絓秀実『花田清輝』。接続詞が多い。
悪文の特徴として挙げられることもあるが、私はよいと思う。パキパキしてて心地よい。
荒木優太(新しい本が出たよ)
@arishima_takeo
21:17 >>351
なんか蓮實と柄谷がごっちゃになったみたいな文章やな ミゲル先生が、
スターリン主義的な、余りにスターリン主義的な裁決に走っておられるが。・・・ 層醴醴醴醴醴醴醴嬲夢體醴靦gggji!;'..、..'` .. .(巳|jc'}i,.
、 j醴醴醴醴醴醴鬱゚゚^ 、 ゙゚゚『醴醴齟ggpu. ` '}II}カ^`|I テクノで踊りながら
、|[醴醴醴醴醴鬱′ . ゙゚憫醴醴豐s,,. 、 I';゙..、}], お風呂でおしっこ
.:][醴醴醴醴鬱’ . ゙゚『嬲靈齔.,__、,,,,゜ ._〈[ これこそが最高の健康法である
爼醴醴醴醴‡ . ‘『層醴醴匝 )llig$ . そう信じております
爼醴門醴鬱` . _y444egj,... 、,,,ggg,,,_'『攜醴齔j,.,..']][l . 眞n子が腐った淫圭に溺れてしまったのは
、{[醴jカ.層¶' . `~ヲ 、 !f~゚^``゙゚゚シ.. ‘層醴麈躍「 . この習慣が根付いていなかったせいだと
. ‘醴齔ll]][|、 _d-=・=-$ . -=・=-, 淺栩鬱¶’ 確信しております
層鬮.゚'';,}',. . ゙゚゚゚ . . ‘゚゚゚゙` .. ゙゙^ . .l}]ぽ
.']]醴$ .'l|_ i「゙゙I゜
、 ゙濁髟. |i ′$ . 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
4時間
私のヒデザネ批判は、彼が19年に「G-W-G」に公表した論文のイヤラシイ内容への
嫌悪感から発している。だからそれを「個人間のトラブル」として矮小化する者は、
その者自身が〈私のニセ左翼批判〉ともいうべきザネファ批判に晒されてることを
自覚すべきである。最早ヒデザネ個人の問題ですらないのだ。
ヒデザネ「G-W-G」論文のイヤラシさが奈辺にあるかも繰返し指摘してきた。
私はそれを端的に〈セクハラ不可知論〉と特徴づけ、それが盟友のセクハラ加害者
(渡部直己)可愛さから発するにしても許し難い、巧妙で持って回った事実上の
「セクハラ容認論」であると批判し、周囲からの批判をも呼びかけたのだ!
今の内にいっとくが、今後ザネファの誰某から「実は私もあの論文は問題アリと思って
スガさんにそれとなく疑問を呈してはいたんです」的なことをきいたとしても、
私は絶対100%信用しないので、もし偶然街中で私と遭遇したとしても、
目も合さずに通り過ぎるがよい。「鮮人」問題についても同様である。
今の内にいっとくが、今後ザネファの誰某から「実は私もあの論文は問題アリと思って
スガさんにそれとなく疑問を呈してはいたんです」的なことをきいたとしても、
私は絶対100%信用しないので、もし偶然街中で私と遭遇したとしても、
目も合さずに通り過ぎるがよい。「鮮人」問題についても同様である。 その「G-W-G」論文は読んでないけど、
これはたぶん安里よりもスガの方に理があるのでは? 逆に、スガが本音を漏らした、
本当のことを書いてしまったことに対して
安里みたいに原則主義的な恫喝をかけていたら
再び、スガ自身の批評がまた、
左翼の権力関係だけを読んでその中庸を取ろうという
風見鶏批評のメルクマールに回帰してしまうだけのことでしょう。。。 つまり、従来のスガの批評では、
殆ど彼は権力関係しか読まない
中味自体は見ない、スルーする、物自体は見ない、
問わない、問えない、というスタイルが、普通だった。
その左翼右翼問わず、
権力関係への立ち位置によって、
彼は今まで自分のポジションを獲得してきたんだということだよ。 安里の欠点とは彼のよく持ち出す原則主義的な態度 (つまり自称スターリニズム) > 凡庸さのラディカリズム
「凡庸さ」と「ラディカリズム」
それって、語の矛盾では? 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
2h
ヒデザネは元気らしい。自称「人生最後の評論集」を執筆中らしいが、
確かにその位の意気込みでかからないとこの間の思想的後退・頽廃・堕落・弛緩の
埋合せはできまい。期待はしないが、それが私にとってツマラヌと判断された場合、
私は以後一切ヒデザネについてはカタラヌつもりだ。Twitterもやめる。 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
私の率直な予想を語れば、しかしヒデザネの「人生最後の評論集」なるものは、
従来の「プチブル急進主義」を全開させるのみならず、それをファシズムの方向へと
自覚的に一歩進めた、私からすりゃ目も当てられないが、外山恒一及び
その周辺分子どもは随喜の涙を流して絶賛する態のものとなるに違いない。
ヒデザネが、福田和也が右翼であるという意味における左翼でしかないのも、
その小ブル急進主義にある。同主義が「左翼性」を帯びることができるのは、
労働者階級が曲りなりにも「左翼性」を維持してるか、わが党の権威がそれなりに
認められてる場合に限られる。が、現在はいずれの場合にも該当しない。 > ヒデザネが、福田和也が右翼であるという意味における左翼でしかないのも、
> その小ブル急進主義にある。同主義が「左翼性」を帯びることができるのは、
> 労働者階級が曲りなりにも「左翼性」を維持してるか、
> わが党の権威がそれなりに 認められてる場合に限られる。
で、「小ブル急進主義」って、結局何なの? 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
20h
小ブル急進主義とは「自分も周囲(の学生)もそこそこ裕福」という、
その出身階級に根差した、従って当事者意識が欠落したまま無意識に前提化された
一種の特権意識である。
が、現在の学生にかかる無責任な特権意識はない。
現代学生にとって小ブル急進主義者とは「窓際族」的特権階級以外の何者でもない。 基本的にこの人は
自分のこと以外何も考えないで今まで来た人だろうけど・・・
敢えていえば、この人の持っていた社会ビジョンとは、
貴族的なもののみが生き延びて繁栄し、
金持ち貧乏人を問わずすべて賤民的なものが滅亡する世界というのを、
蓮實重彦らから、中途半端な影響を受けて抱いていたのだろうけど、
実際には、自分自身の生い立ちである絶対的な賤民性からは(新潟3区)
全く抜け出ることができずに、貴と賤の組み合わせにとっては同じ円環の中を
自分が上位になったり下位になったり入れ替わりを経験しながら
ずっとぐるぐる回っていた、、、
という人生だと思うよ。 ワシの予想
『絶対スターリン主義者宣言』絓秀実
フルシチョフによるスターリン批判以来否定、非難、蔑視され続けてきたスターリン
しかし資本主義が猛威を奮い人類を翻弄するこの現代世界においてスターリン主義以外に未来はあるだろうか?
スターリンを絶対的に肯定するこの書は魂の批評家・絓秀実の渾身の遺言であーる! 栗原裕一郎
@y_kurihara
3時間
TikTokレビューが広告性を担うとすれば、
書評は広告性を分離して評論機能に傾斜していくことになるだろう。
じつは実験場がある。文芸誌の書評欄。
関係者しか読まない広告機能を喪失した書評が毎月毎月載っている。
で、どうなったか。
知り合いが知り合いの本を褒めるポトラッチの場になったのだった。 松本哉
@tsukiji14
18時間
先ほど、またしてもThe Stalinの乾さん襲来。なんとかBARで飲んだくれ始めて、
「もう世直しとかつまんねえんだよ。世の中を全部ぶち壊す運動をやるしかねえだろ」
との名言を吐きまくって勝手にご機嫌で帰っていった。
こんな腐った世の中は直すの不可能とのこと。
正しすぎる!!!!! 許してやろうかじゃねえよ。ふざけんなよ。夜10時以降に電話したら、叱られるって常識と同じだよ。
恋愛はメールじゃねえんだぞ。 小林よしのりが、ゴー宣絡みで批評家の?秀実と喧嘩したあと
「文章では糞味噌に言ってた癖に、会って呑んだらやたらフレンドリーで
泣き落としみたいなことされてお前ホンマに批評家なのか?」
て話してたことあったな……。
なんかネット論客も大半そんな感じなのではないかって偏見がややある。
あきひろ
@Werth
6:07 小林よしのりが、ゴー宣絡みで批評家の絓秀実と喧嘩したあと
「文章では糞味噌に言ってた癖に、会って呑んだらやたらフレンドリーで
泣き落としみたいなことされてお前ホンマに批評家なのか?」
て話してたことあったな……。
なんかネット論客も大半そんな感じなのではないかって偏見がややある。
あきひろ
@Werth
6:07 もうこうなったら小林よしのりをゲストで証人に呼ぼう しかしスガの場合は、
小林よしのりが漫画家でも大物で文化的なVIP
であったからこそ結局最後は泣き落としでその懐に媚び入った
だけのことでしょう。
小林はスガの正体をその時完全に見抜いているw 同様に、柳美里はスガの正体を一発で見抜いたのだし
マリエは出川哲朗の正体を見抜いた
田中真紀子は鈴木宗男の正体を見抜いていた。。。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
1時間
こうゆうの見ると、つくづくヒデザネの怠慢ぶりというか、petit parti 族的傾向が
恨めしくなる。何も高源に対抗しろとはいわないが、一定程度向うを張る位は
やる気になればできた筈。かつて西部邁がそれなりやったみたく。
しかし運動族的かつ戦略的に。でもやらない。チマチマ纏まって自足してやがる。
Kentaro_SUZUKI
@suzuken2002
8時間
2010年代前半には明治学院大学教授としてSEALDsを「指導」した元中核派・高橋源一郎
が、2022年の正月番組では斎藤幸平や栗原康らと和やかに語らう。そこからすると、
かつての「中核vs.革マル」のS合戦?等を大学を舞台にやったののはとても平和な時代
だったのだな、と思います。
https://nhk.or.jp/meicho/famousbook/2022special/index.html 絓秀実って、女から嫌われるある種男のタイプを体現してるよね 、_,i|::::::::::|:::::i::::::::|:::i:::::i::::::|::::::::i//.::::::::::::::::/.::::::ヽ._ノ
. /i|:::::::::{::::i:|:::::<🍟ヽ::::_;L:::ノ<🍟>く:::::::::::/:/.:::::.f
〈:八:::::::::ヽj」-'′  ゙̄Y:::/.::::::::}i:,
∧:::.\::::ノ V.::::::::::ノハ
〈::::;::::ヽ::У ) ::::::〃::::::〉
∨ヘ:::::〉 \i|:::::::∧
ヽ::∨ 、::::/:::〉
|:/ ∨::イ
|′ ⌒ ∨{
,゙ V}
: / ゙:
l \ , i
l ヽ、🍖.ノ !
l ^ 入! !
゙. __________r´_|______ !
Y゙´ ̄`゙'ー-=ニ ∞ _ニ=‐-'^ ̄ ̄ ̄Y
'. `丶、 γ'´ !
'. ^「こ:r′ |
'. |⌒| |
゙. | | . | 辻元清美スカーフ
@tsujimotokiyomi 「権力の真理より、真理の権力を」
(ドゥルーズ 「記号と事件」より) 栗原裕一郎
@y_kurihara
26分
しかし、文芸ほど関われば関わるほど虚しくなっていくジャンルも珍しい。 「人間的な、あまりに人間的な」 ←これはニーチェが最初に書いた浪花節
「文芸的な、あまりに文芸的な」 ←芥川龍之介が書いた浪花節
「革命的な、あまりに革命的な」 ←絓秀実が書いた現代の浪花節 つまり芥川龍之介は、百年ほど前に、
栗原裕一郎の前提となる近いところまで行ってると。 倉数茂 「樋口一葉の多声的エクリチュール その起源と方法」(ハヤカワ文庫『異常論文』) @kurageru
36m
批評に必要なのはフェア(公正さ)であって別に優しさではないだろう。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
12月13日
早速わが党の志位さんが「大会の開会・閉会式に政府代表を派遣することは
中国での人権抑圧の黙認となりかねない」とか喚いてるが、こうしたわが党のいわば
attitudeとしての〈反スタ〉が、革マル派の政治目的としての〈反スタ〉すなわち
スタ打倒路線に敵うかどうか、と考えるとかなり危ういわけである。 スガチンがボルシェヴィズムとか言っても誰も本気にしないし本人も本気じゃないのが見えちゃうから強度ゼロ
スガチンも日共に入るくらいのパフォーマンスしなきゃダメだ 若い頃のスガの顔はトロッキーそっくりだった。
新潟出身だから、ユダヤ系ロシア人の血が入ってたかもww
今でも、ハーフっぽいよな。
顔からしてモロにトロッキストで間違いない。 ミゲルのTwitter読んでると今やなんか新鮮だねw
絓も左翼気取るならあれくらい嘘でも振り切っちゃえばよかったのにw 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
しかし「反スターリン主義」に立脚する限り、たとえヒデザネが文化左翼を総動員できたと
しても、革マル派には絶対敵わない。政治的な反スタ党派を味方につけたところで無理
である。なぜなら後者はせいぜい中核派ってことになるが、同派の「反スタ」には
本多書記長以来「腰」が入っていないからである。 立民と共産党の人民戦線戦略
人民戦線がそもそも日本人には全く理解出来ない ミゲルの行く先は革マルへの回帰しかないだろ。
ミゲルの阿保馬鹿の出る幕じゃない。 絓さんが新党結成するなら馳せ参じて汗をかく覚悟ですっ! 小林よしのりと?秀実のやり取り、今思えば面白かった。
俗情との結託って言葉は、たぶん「世間一般に固着されたイメージ」って事だろうけど、
絓秀実を茶化しつつ、理解を試みてたようにも思える。
千葉Q(元FLASH職人)
@TiBaQ21Q
12月22日(水) 7:04 > 俗情との結託って言葉は、たぶん「世間一般に固着されたイメージ」って事だろうけど
その論争は読んでないけど、しかし、
「俗情との結託」って、
この解釈でいいの? アレクセイ・渡辺
@HfO0R9ka4cCFrKC
8時間
ビルの中の非常ベルを押したくなる。
真面目な会話の合間に下ネタを言いたくなる。
私だけか? 実は絓秀実『革あ革』の新左翼批判と同じことを言っていたりしないか、
と期待して買ったりもしたんだけど(そういう箇所はなくはないが)、
新左翼問題に熱中していたころを思い出して感傷的になる以外の用途はなさそうで残念
中山ラモ
@nakayamaramo
14:49 > 新左翼問題に熱中していたころを思い出して感傷的になる
こういう感情、感傷性のことを指して
本当は「俗情との結託」というべきなんじゃないの 絓さんあの時代にロックやジャズは聴かなかったんかな?
案外フォーク好きだったりして 彼が好きなのは森進一と尾崎豊
その辺からして彼の限界を見定めるべしw 尾崎豊?本当かよ!?w
歌謡曲カラオケ好きなのは知ってるがw まー 美学的センスという点からいえば最低に近いでしょう 新左翼の革命文化に乗れなかった一因がそういうところ
思いつき文革でいろいろな文化潰しそう 68年のポップスのパラダイムチェンジには乗れなかったんだな そういうのブルジョワ認定して嘲笑するやつ多かったから
そこが英米左翼ポップの厚みとの違い 大滝詠一以前以後
GSはその辺のロックバンドをアイドルに仕立てたんだけどジュリーやショーケンは結局美男だった
大滝詠一が歌手としてデビューした時日本のポップスにパラダイムチェンジが遂行された 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
8h
ヒデザネ的小ブル急進主義は、新サヨ屑的には連赤事件、左翼一般としても
70年代末から決定的となった左派の退潮の合間を縫って登場した、
階級概念の脱構築を核心としたマイノリティ至上主義と一体のポスモダ思想の変種である。
PCを階級的に批判できずにファシズムへとズレこんでいったと見るべきでは? 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
4h
私は、50過ぎても学生と接触する党派活動家自体を悪いともみっともないとも、
ましてや大人げないとも思いませんが、その「指導する」内容がファシズムであっては、
いかにそれが実践的には市民運動で、思想的にも千坂風「アナキズム」的なもので
あったとしても、決して持ち上げてはいけないと思います。
21世紀中年 @erocity2014
外山の持ち上げられぶりが
不快ですね。50過ぎになっても大学で学生を指導する党派活動家みたいな奴なのに 他人を「単なる痛い奴」と貶すことは、流石に匿名では出来ないだろwww スガの周囲に集まってくる人間なんて最初から全部痛い人では? 音楽センスは吉本主義者のミチロウや坂本には遠く及ばない 絓秀実のために言っておくと、彼が文壇バーの茉莉花や風花における、殴られ役だったというのは
彼が妥協を許さない言論の自由の実行者だった証拠だろう。柳美里に殴られて彼が恥を掻いたとい
う説など枝葉末節に過ぎないどころか、彼の徹底した平和主義者である証拠であり、先進的なフェ
ミニストになりうる可能性の証左でもあったろう。
殴られ役で女に恥をかかされたことは彼の誠実さの現われでしかなかった。 平和主義者=厭らしい人
という理解で宜しいだろうか? >>451
だからあなたの眼には見えない臭気、ヘドロのようなオーラが
スガ秀実の頭上には漂ってるのよ
それを指摘している フェミニストの意味が間違ってるやろ
レディーファーストおっさんをそう呼ぶのは昔の誤用だしそういうおっさんほどセクシストでやらかす
絓秀実ももちろんやらかしまくり 外山って学生相手に偉ぶってる以外にファシストとして何か活動やってるの? お前らの脳は既に死んでいる。
柳美里は本物の漢・絓秀実をほんの少しは見直した方が良いね!
許しがたい部分は大きいだろうがww スガの文章と人格性含め、
あれをマトモと思える人の
レベルの低さを疑う >>454
> だからあなたの眼には見えない臭気、ヘドロのようなオーラが
> スガ秀実の頭上には漂ってるのよ
それは、悪霊
(ドストエフスキー) お前ら和歌山県出身の下村拓郎様(35歳独身、元自衛隊)をご存知か、この方は将来素晴しい人物になるから覚えておいて損はないぞ 千葉雅也『オーバーヒート』発売 @masayachiba
8m
あなたの子供が同性愛者であることを公言したら愛で包んであげてください、
とか勘弁してほしいよね。
うちなんかシーンとしたわけで。気まずすぎる。 千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』
@Chisaka_Kyoji
39分
去年の年末に数えで94歳(満で95歳)の母親を見送ったが、私自身も71歳で、
今年の3月には72歳になり、完全な高齢者だ。持病はなく、一応は健康だが、
歳が歳だけに、いつ何が起こるとも限らない。男の平均寿命からすれば、
後、数年の命になり、先のことは分からないが、まあ、何とかやってゆこう。 千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』
@Chisaka_Kyoji
3時間
1968年全共闘運動以降の世代は知らないかもしれないが
吉本は1960年安保闘争の世代で全共闘の運動への影響力は、
ごく一部(党派では叛旗派)で、1968年闘争の思想は吉本と対立し、
ポスト吉本的だった。その意味で、吉本で、1968年の全共闘の思想や運動
を捉えることは出来ない。 この日記の内容が街中で偶然柄谷氏を見かけた金井さんが蓮實さんに、
さっき柄谷行人を見ました」と電話をして「ダサい格好してたでしょう」
「ええ、ええ」と喜ぶみたいな、あまりにも自分の好きなもの嫌いなものを蓮實さんが
同じように感じて喜ぶという典型的な蓮實スクールしぐさでほほえましかった。
Nat10
@nat108game
15:30 栗原裕一郎
@y_kurihara
5時間
『海辺のカフカ』までの春樹はクソミソに貶されていたが、
『1Q84』になるとそういう党派的な酷評はなりを潜める。
佐々木中の「この小説は間違っている!」というものすごい批判があったりはしたが、
春樹批判の急先鋒だった渡部直己らによる批判は文芸メディアには
載らなかったんじゃないかな(要確認) > 春樹批判の急先鋒だった渡部直己らによる批判は文芸メディアには
> 載らなかったんじゃないかな(要確認)
グループの中、一つの党派性の中には、
こういう排撃専門、イジメ専門の要員が
必ずいるというところが「共同体」特有の、
味噌だね 文学的倒錯者であるのか? あるいは左翼的倒錯者であるのか?
それが絓秀実的問題圏のことだ。 母親から絓秀実先生から年賀状が来ていますとのLINEが来たのですが、
絓先生が年賀状の返事をくれるのは多分、学生の頃に生徒として初めて年賀状
を出したとき以来だと思う。嬉しい。
issaku
@issaku14
40分前 絓先生、
もしやネットからは足を洗って
まっとうな人生を再び生き直そうとしているのでは? issaku=かわいい教え子 なのか?
あるいは
issaku=俗情との結託 なのか?
批評業界が軒並みその罪状を精算していく時代になった 田中角栄、スタヴローギン、中上健次、柄谷行人、、、
そして、絓秀実 柄谷、浅田、蓮實、磯崎、岡崎ら全部が弥生系の顔なんだが、スガは大陸の遊牧民の顔だろ。 Paul
@shukatsudondon
21時間
ヤンキーが嫌いなアンガールズ田中に対して、ヤンキーは実は優しい、
彼氏だって爆音でバイクのってても家の近くになると音小さくしてるって
ゆきぽよが言ったら、町ではうるさくして人に迷惑かけといて、
自分の彼女とか身の回りではいい顔する、それが嫌いなんだよ、
って反論するアンガールズ田中、すき > ヤンキーは実は優しい、
> 彼氏だって爆音でバイクのってても家の近くになると音小さくしてるって
> ゆきぽよが言ったら、町ではうるさくして人に迷惑かけといて、
> 自分の彼女とか身の回りではいい顔する、それが嫌いなんだよ、
この批判大体スガ秀実の周辺にも当て嵌まるねw 栗原裕一郎
@y_kurihara
3時間
おれはもはや文芸業界に何も期待していないし、文芸がどうなろうと知ったこっちゃない
んだけど、理不尽なことが死ぬほど嫌いなもので、文芸誌の新人の扱い方を見ると
他人事ながらはらわたが煮えくりかえるような気分になるんだよね。
一体何をしたいんだよと思うわけさ。
栗原裕一郎
@y_kurihara
3時間
純文の場合、小説新人賞にも同じことを感じる。新人賞をあげても本にはしないケース
が多くて(すばる、文藝は必ず本にするけど、たしか)、2作目が出ないで消えていく率が
やたらに高い(ボツにされてるのかもですが)。最近は芥川賞候補になってさえ本に
ならない例も目立つ。 すがちゃんも大江健三郎の後編は群像に出せないわけなの? > 最近は芥川賞候補になってさえ本にならない例も目立つ。
けど実際は芥川賞取った本でさえも
殆どの場合その後は古本屋でゴミのようになって埋もれているわけでさ。
芥川賞取っても別にその本が面白いとは限らない
その辺の現実ではないでしょうか だから作家の方でもなんでも書籍化されることは
本来望むべきではないのでは
80年代のように何でも本にしてくれていたのは
ある種おかしい時代であったわけで
あれもバブル経済の為せる技だったということでしょうね 文芸誌に出れば何でも本にできると望んでいる
=ブルシットジョブを自ら望んでいるという状況 芥川賞候補作+芥川賞受賞作 = ブルシット・ブックス 栗原裕一郎が怒るのは分かる。賞を取ったら本にしてやるとかその他の、出版社と新人作家の約束を破られたという新人作家の苦情は良く聞く。 よくわからんのは、
スガ秀実自体の著述のスタイルというのが、単なる歴史叙述に留まるよりも、
左翼的なワイドショーの次元にまで露骨に切り込んでいくから
他の学問的記述の本に比べて彼の本に
独特の面白さと忌わしさを加えているのであって
スガの本が面白いと言うなら、その
文学的主観性が学術的に抑圧されていないという点にある。
更には、スガ秀実の叙述スタイルを真似た更なるワイドショー化と
ゴシップ化を追求することによって、かろうじて本としての面白さを持てたのが
外山恒一の書いた本であり、外山のスタイルである。
もしスガ秀実や外山を擁護しようなんてものが、著述のゴシップ性というのを
何の躊躇もなく否定的な要素と言いうると思い込んでるなら、
それはまた自らの足元を全然見てない、
やっぱり「矛盾の総合商社」が発展してきた人々の営為なんだな
としか見えない。。。 左翼が最も必要としているのは、いつもワイドショーでしょ。
それが左翼の主要な伝言板が、いつまでたっても匿名掲示板にある理由。
たぶん永遠にそうなんでしょう。 左翼の媒介する機能としてのワイドショー空間とは、
昔は、ネット以前の社会では、噂の真相だった。
その他総会屋雑誌とか党派の機関紙とか乱立していたわけだけど、
どうしてもそれらを媒介しうる「噂」の空間というのが必要となってくる。
それが左翼の社会的必然性といえるもの。
つまり、ゴシップ的空間性である。
スガ秀実の革命的身振りというのは、この噂の空間、
匿名の空間、無責任の空間、ゴシップ空間というのを
差別しないことにあったわけでしょう。
少なくとも彼の身振りとしては、そういう意味を発信していた。 >>501
少なくとも現在の5chには文壇や思想界のありとあらゆる人が真面目に書き込んでる場合も多い訳で、一概に無責任の空間やゴシップの空間というのは当たらないだろ。
ついこないだも、国の研究機関の長と思われる人物とよく似た話しぶりの匿名の人物がその研究機関の事情について釈明していたが。
読んでないのに言うのもナンダガ、花田清輝用語の経緯とかを聞く限り、絓秀実は極正統的な批評家ではないかと思う。流れに屈しない批評家。 元祖ワイドショーの主役だった梨元勝は法政の民青出身 栗原裕一郎
@y_kurihara
13分
福田和也が新潮新人賞の募集要項に「文芸の世界は、才能を伸ばす場所ではなく、
滅ぼす場所」と書いていたのはこうした事情を示唆していたのかと思ったり。
理不尽を乗り越え花を咲かせてこそ文学と言われればそうかなという気もするが、
おれはごめんだな。理不尽に打ち克つ自信のある皆さんはどうぞ。 絓秀実から政治要素を抜いたゴシップ屋の栗原に言われても…スレ民はこういうのだけが好きなんだろうけど 激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972 (講談社現代新書)
2021/12/15
池上 彰 (著), 佐藤 優 (著)
高揚する学生運動、泥沼化する内ゲバ、あさま山荘事件の衝撃。
左翼の掲げた理想はなぜ「過激化」するのか?
戦後左派の「失敗の本質」。 【本書の目次】
序章 「60年代」前史
第1章 60年安保と社会党・共産党の対立(1960~1965年)
第2章 学生運動の高揚(1965~1969年)
第3章 新左翼の理論家たち
第4章 過激化する新左翼(1970年~)
【本書の内容】
・60年安保は「反米闘争」か「反岸闘争」か
・「敵の出方」論をめぐる共産党・志位和夫の嘘
・「反スターリニズム」に賭けた新左翼の精神
・「反米従属」と「愛国」に舵を切る60年代共産党
・新左翼は「リアリズムを欠いたロマン主義」
・「第一次羽田事件」山崎博昭の死が時代を動かす
・戦う意志を貫き、代議制を捨てた「全共闘」
・行動の「中核派」、理論の「革マル派」
・「ニセ左翼」vs.「権力の泳がせ論」
・本屋で「火炎瓶製造マニュアル」が買えた時代
・「日大アウシュヴィッツ」という揶揄の声
・池上彰青年を「オルグ」しようとしたセクト
・卓越した思想家・黒田寛一と国鉄・松崎明の関係
・沖縄は「奪還」すべきか、「解放」すべきか
・日本人を「総ノンポリ化」した新左翼運動
・左翼は「人間の不完全さ」を自覚せよ ……ほか なんで過去の左翼の真似事ごっこやってるのが「政治」だと思えるのか?
それが不思議だw 事実に対して本質を示せない人のこと → こういうのを「ゴシップ屋」という
このスレで「小ブル急進主義」が論じられるようになって以来
新しい本質規定が提起されなかったことはない。 > 激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972 (講談社現代新書)
> 池上 彰 (著), 佐藤 優 (著)
この本もう読んだ
どっちかというと前巻のほうが面白かったかな 本の記述で、最初の革共同が、府中の黒田寛一の家で、
太田竜などと一緒に学習会を行っていたとき、(50年代)
黒田学習会の概要をまとめた冊子を「探究」というタイトルで発行していた
という話があるんだが。
柄谷行人の「探究」は何かこれを意識していたんですか?ww 事実と異なります。 25年前。
私が殴った文芸評論家は1人だけ。絓秀実氏。
新宿風花のカウンターで呑んでいたら、絓氏が隣に座り、
「顔が割といいから、ヘアヌード写真集出せよ」と言い、頭と顔を触ってきたから、殴った。
触られたから、反射的に手が出た。 目撃者は、西部邁さんと福田和也さん。
柳美里
@yu_miri_0622
2018年11月7日 松本哉
@tsukiji14
23時間
衝撃の書物が完成!!
いま中国で広まっている「寝そべり主義」。
そこへ中国地下流通で「寝そべり主義者宣言」
という文書が発表さればら撒かれはじめた。
その日本語翻訳版!
それに自分が簡単な解説を書いて、だめ連の神長恒一氏にも寄稿をもらった。
内容も衝撃的すぎるので、みなさんお楽しみに!
神長恒一
@nogawaanarchy
これはまさに革命的な冊子!
中国各地でばら撒かれているという「寝そべり主義者宣言」の日本語版、登場。
2月ごろから増刷されるそう。
世界中で資本主義の不毛な競争ゲームから離脱する人々、増殖中〜! アナキストの千坂恭二やファシストの外山恒一を世間に知らしめた功績の一部は
絓秀実の功績?
>>515
柄谷と黒田寛一は接点が色々とありそうだよな。
革マルの女が柄谷の本を愛読するとかもよくありそうだ。
>>517
>>「顔が割といいから、ヘアヌード写真集出せよ」と言い、
柳美里はエエトコ取りwww 私は寝そべりながら黒寛の「社会観の探求」を読みますが 東浩紀 Hiroki Azuma
@hazuma
2時間
野党批判は許さないというこういう連中こそ世の中悪くしたんだと思うな。
この2年半、政府だけじゃなくて野党、
とくに立憲のコロナ政策がダメだったのは自明だと思うけどね。 外山恒一
@toyamakoichi
18時間
コロナ騒動を終わらせたければ簡単で、老人や基礎疾患を持つ人(のうち希望者)を
風光明媚な田舎の保養地にでも税金でしばらく隔離して、どうせほとんど死にゃあしない
中年以下の健康人たちの間で感染爆発させて集団免疫の獲得を目指せばいいと、
私は当初から云っている。もう私に独裁させろよ。 千坂恭二 :『哲学問答2020・ウィルス塹壕戦』
@Chisaka_Kyoji
50分
戦後のイデオローグとして、吉本隆明、黒田寛一、太田竜を取り上げれば
面白いかもしれない。
覇権的イデオローグ、党派的イデオローグ、カルト的イデオローグといった案配か。 千坂が共産党が天皇制を肯定する可能性について言及してるが、当然だろう。
一応の節目として、愛知トリエンナーレでの昭和天皇の写真焼却で天皇の世俗
化が急速に進んだから。もはや、殆ど偶像ではなくなった。 外山独裁の実現された世界では天皇制はどうするつもりなのか? >>526
吉本とフーコーの対談が上手く行かなかったのは当然だわな。
フーコーには自分が話し手、吉本が聴き手という配役しか念頭になかったはずだから。
大体は直接の会話で、対談というのは欧米では有り得ない。
つまり、フーコーは吉本を格下と見ていた。
対談は対等な人間の間でしか成立しない。
そういう事情を吉本も蓮實も理解していなかった。 吉本とフーコーの対談は今だとちくま文庫のフーコーコレクションで読めるよね。
しかしあの対談は、吉本においてもフーコーにおいても
当時の時代状況にあって
(あれは80年代の始めだったか。たしか福武の出してた海燕か)
マルクス主義を廃棄するという点において
すごく熱心に一致してるね。 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
2時間
綿野くんツイッターやめちゃったのか。 じんぶん大賞でウケなかったのがショックだったのでは 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
渡部直己セクハラ事件は広く報道されたが、その盟友・ヒデザネのセクハラ擁護論は、
「G-W-G」(2019春)なる文学オタク系雑誌に掲載されただけなので一般にはしられてない。
が、だからこそ「文学的」には後者の方が罪深いのだ。前者はエロ教授の非行にすぎぬ
が、後者はそれを文学的に擁護してるからだ。
酔った席でのヒデザネの持ちネタ的な「詭弁」に、彼の持論である「恋愛無罪論」に基づく
「セクハラ不在論」があった。セクハラを厳密に解釈すれば性的接触そのものが不可能
になるから、てのがその論拠。彼はこれにより、早稲田の呑み屋「あかね」を出禁にされ
ている。出禁措置はぺぺ長谷川と記憶する。 スガがぺぺから出禁にされていたという事実は知らなかったぞw
ピエールが2002年の4月から2003年の6月まで、
あかねをセクハラ事件の咎で出禁にされていたことは有名な事件だったが
(実は、あかねの歴史24年ほどの間で起きた最大の事件とは
−−特に政治的事件としても−−このピエール出禁裁判を巡る事件だった)
このときスガは黙りを決め込むというよりも、むしろ裏に回って
ピエールの足を引っ張る勢力に加担していたのではないかと思っていたのだが
だから最初からスガの言うセクハラを巡る論法とは
完全なご都合主義で一貫性は全くないと考えていた。
スガ自身もぺぺに出禁にされていたという話は今まで知らなかったw 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
32m
大学時代に刑法を少し齧った私は、
ヒデザネの詭弁が行為無価値論と結果無価値論両派の対立と、
前者から後者への刑法学主流の移行の趨勢を弁えない暴論だとは分ったが、
酒席での駄弁としては面白がってきいていた。
それは裏を返せば、行為無価値論の現代的無効性を逆照射してるようにも思われたからだ。
しかし、3年前「G-W-G」論文をよんだ私は、ヒデザネが「セクハラ不在論」を本気で信じて
るのではないかという疑いを持った。しかもそんな主張がそのままで通らないことも承知
のヒデザネは、姑息にもそれを「セクハラ不可知論」として〈何となく哲学風〉に加工して
主張してるではないか。これは悪質だ。
ヒデザネの姑息な論法は、
@セクハラ行為は確かに存在する。しかしそれはいかにして認識可能か。
Aそれは不可能である。
B従って世にいう「セクハラ問題」とは、
〈存在するが認識はできない行為〉について、
恰もそれが認識可能なものででもあるかのように論う、
本質的に無根拠な風潮であるにすぎない。 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
5分
村上春樹は学生運動の時代に幻滅し、どんなイズムも信用するなと学んだと言っている。
今のSNSにおける政治的党派的時代も学生運動の時代に対応すると僕は思っていて、
僕もそこから幻滅を学んでいる。 千葉雅也『オーバーヒート』発売
@masayachiba
52分
そういった論壇の事情はある程度は知っていますが、
どうしてそのような事情のために作品のフォーマリスティックな評価ができなくなる
のかがさっぱりわからない、と素朴さを装って疑問に思っているわけです。
Taro UEMURA
@kumatchipooh
5時間
これ多分、千葉さんマジで言ってるよね。
俺等は還暦手前なので、昔のことを千葉さんより多少知ってる。
故吉本隆明翁がスーパー村上春樹推しだったので、
そりゃ当時の批評界の両巨頭柄谷行人&蓮實重彦から嫌われ/叩かれまくってたよ。
つまり、党派的な対立がベースにあっての「無理解」な訳。 >>539
訂正
2002年の4月から2003年の6月
→
2001年の4月から2002年の6月 ジョーブログ
@joeANDdream
8時間
YouTuberから殺害予告とお店を攻撃されています【証拠動画あり】
https://youtu.be/TKDD-YN1Qyk
世の中にはほんま変な奴がおるもんやなあ考えている顔 あれは、2003年くらい? のことだったか、
夜中にあかねで話していて、ぺぺがふと、
「ピエールは、スガ秀実の筒井康隆批判を誤読している」
と言ったわけだ。
「はあ?」
と聞き返して、どういうことだ?という話になったわけだが。。。
その昔に、それは1997年の3月だったか、
吉祥寺のヘーゼルナッツで酒井隆史のやってた学習会で、
「そんな物言いは、スガ秀実が筒井とやってる論争と同じじゃないか」
とぺぺと酒井から詰められたことがあったんだな。。。
このときこの時代、スガ秀実というのはつまり、
ぺぺや酒井の考える左翼の立場からは悪い意味での
差別語論陣を代表する存在という意味で、
左翼の否定すべき傾向という意味で、
それじゃあおまえの言うことは、スガ秀実と同じだろう?
と諭されたのであった。
このときスガの差別語論争についてもちろん知っていたが、
スガの言ってることはあれは別に悪くない、と
スガ的な論拠と同じような感じで、ピエールは言い返したことだと思う。。。 ところがそこから時を経て、こんどはぺぺの方から
スガの差別語論争を前提にする形で、つまりスガを肯定的に前提する形で、
「おまえの読み方が間違ってるんだ」と言ってきたわけだな。
つまり1997年と2003年ではぺぺの立場のほうが何故だか反転した。
それで、これはどういうことか?
と考えたわけだ。
まー時間をおいてスガがあかね通いをし、ぺぺの当番である木曜日の夜に
来店したりする過程を通じて、スガ秀実によるぺぺへの
マインドコントロールが一定成立してしまったんだな。
だから何かの折に、ピエールのセクハラ判断の件でわだかまっていた問題が
蒸し返されて、ピエールがそう考えているのは俺の論争をあいつが誤読したんだ
とスガがぺぺに吹き込んだのではないか?
と、そう推測せざるえなかったわけだな。
しかし、ピエールの方からしてみれば、一定スガと筒井のプロセスを自分が
読み誤ったなんていう意識はないわけで、それはつまり、
スガ秀実というのは、言ってる相手に合わせて、カメレオンのように平気で言うこと
変える人なんだな。。。という気づきに至ったというまでだった。 それで未だ一般的な流通にまで至っていないが、同人誌に出されたという
安里が報告しているスガの渡部問題論、
その他スガが持論を語ったことによりぺぺから出禁を受けたという話を鑑みるに、
時の権力関係に応じて言ってることを変えている、
あるいは言うことを逆にしても最初から免責されうるような
曖昧で不明な構造でもって、スガは自論を組み立てるのだ、ということだな。
そもそも「セクハラ問題」を巡る濃霧、
ということでいえば、何も2017年か2018年の早大渡部事件を待つまでもなく
2001年度のピエールあかね出禁事件のときに
全くほぼ同じ問題が出尽くしていたものであって
なんで同じ問題が今更あらためて、衝撃的な現代の事実のように論じ直されてるのか
全く、その界隈的風景として見てるものには異様に映じてるものだったわけだw
特にスガなんか2001年のときもそれを横目で見ていたはずなのに
何も自らに引き付けて認識できなかったわけだな。
左翼界隈の突入しているある種の変容について。。。
いや変容してるかに見えてそれはやっぱり特に変容してはいなかった左翼の問題。
しかし今までは左翼に固有の糾合問題だと思われていたものが
大学の舞台、政治の舞台、永田町の舞台まで含めて
いつの間にやらそれが一般化していたと。。。 現在でも、脳波の異常とてんかん発作の関係は確立してるので筒井の表現に悪意は感じられない。
ただし、癲癇の扱いが余りにも考え的に浅すぎることも確か。 中上健次なら、癲癇の身体の硬直
と言語の障害の関係に着目してたかも。 筋肉労働者は柄谷や浅田の流暢な話し口に阿保らしさし
か感じないので。 結局、筒井は患者団体と和解したのならそれで良かったのではないか? スガの
差別問題での言動には余り彼の主体性は感じない。 柄谷や蓮實らが喜びそうなことをスガはやっ
ただけだろ。 昨今の人類学では民族による文化の差をそのまま受け入れようではないかという動
きが出てるが、その動きも日本の差別解消の手掛かりになるような。 >>547
> 安里が報告しているスガの渡部問題論、
> その他スガが持論を語ったことによりぺぺから出禁を受けたという話を鑑みるに
なんや結局出禁にしたんなら
最初っから絓秀実を誤読してたのはペペやんかw アレクセイ・渡辺
@HfO0R9ka4cCFrKC
1時間
ツイッターによる自己表現労働という内面の植民地化。
それが資本主義を回している。
本来なら、二万円くらいもらってもいいはず。
ツイッター従事者は。
1月26日深夜電話にて ペペ長谷川談 しかし「二万円」は絶対貰えない
のが資本主義の本質なんだな 位田将司・立尾真士らの同人誌『G‐W‐G』3号「特集 天皇/制と文学」を、入手することができた。
まず読んだのはやはり絓秀実「自由と民主主義万歳! われらコソ泥たち―ケーススタディ」
である。改めて絓氏の卓越したモラリストとしての首尾一貫性に感心した。
去年ネットで話題になった渡部直己のセクハラ問題について、懇切丁寧に委曲を尽して
その問題点を解説していて、ネット情報だけで判断することの危うさが良く分かる。
私自身、渡部氏や「美しい顔」問題について不用意なことを書いたかもしれないと反省
した。ただ他人による「享楽の盗み」をあれこれあげつらうことは、それ自体が抗しがたい
享楽には違いなく、私も頭では分かっていても、ネットの噂話を見るとつい書いてしまうこと
がある。「享楽の盗み」叩きを止めるには享楽を断念するモラルが必要となるのだが、
市民的モラルの正当性が失われている(あるいはそもそもない?)現代日本において、
それは非常に困難であり、特に享楽からの疎外意識を持ちやすい男性にとっては、
よほどの知性と判断力が必要となる。単に「怒号」するだけで「享楽の盗み」叩き
(「ヘイト」とも言われる)を抑えられると思うのは幻想に過ぎない。「怒号」は新たな「享楽」
を作り出し、新たな「享楽の盗み」疑惑を「怒号」された相手や第三者に誘発させる。
「怒り」と「ヘイト」の区別をつけるには、鎌田哲哉的才能が必要となる。 絓氏の論を読んで私が考え直してみたいと思ったのは、田山花袋の「蒲団」の問題である。
絓氏は「文壇が、特権的に享楽を盗む特異な―才能溢れる?―人間たちの共同体と表象
されてきたこと」の起源に、小林秀雄の「中原中也と長谷川泰子との三角関係をはじめ、
その享楽を盗む疑似「原父」的なキャラクター」の神話を指摘する。これはその神話以前
にはまだこのような表象は確立されていなかったということである。
すなわち自然主義文学の起源の一つと目される「蒲団」の物語は、「特権的に享楽を盗む」
ことに失敗した「文学者」、セクハラを遂行できなかった「文学者」、そのことによって自身の
才能の貧寒さを露呈させた文学者の物語であった(主人公の「性欲」は蒲団をかぐだけ
では満足できなかったので、泣くしかなかった)。この意味で「蒲団」は単なるセクハラ暴露
小説ではなく、むしろセクハラ批判小説と言える(ハラスメントがあるとすれば、書かれる
以前の現実のセクハラというよりは、書かれることそれ自体によってヒロインのモデルに
及ぼしたテクスチュアル・ハラスメント的な被害が問題となるだろう)。
以後の自然主義文学においては、花袋に限らず、たとえうまく行った恋愛・情事であるに
しても、決して読者(特に男性)にとって羨ましいもの(つまり「享楽の盗み」的なもの)として
書かれることはなかった(これに対して自然主義を批判した漱石は、倫理と享楽の盗みを
両立させた「ラッキースケベ」(享楽を盗んでもセクハラと言われないで済むこと)的
シチュエーションを書くことに生涯固執し続けたと言える)。
小林が「私小説論」において自然主義文学とその鬼子としての私小説を批判したことの
深層にあったのは、「享楽の盗み」ができない「私」(要するに非「モテ」ということだが)を
叩くことで「享楽の盗み」を合法的にできる「社会化した私」(「リア充」)を正当化し、
後者を特権化することだった。絓氏はかつて小林を明智小五郎に例えていたが、
日本的「名探偵」とは、罰をうけることなく犯罪という享楽を盗み、それを読者に共有させる
存在であり、現在の「名探偵コナン」においてそれは希薄な形で国民的に共有されている。 ただ私が一点気になったのは、渡部氏が発したと報道された「おれの女になれ」発言に
ついて、絓氏が映画『日本大侠客伝』 の中でヒロインをヤクザが「おれの女にならないか」
と恫喝する場面と比較しているところである。氏は渡部氏がこの映画と同じニュアンスで
「おれの女になれ」という類の発言をしたとすれば、それは「一〇〇年以上前の日本の
九州の積出港には厳然としてあったであろう「封建的遺制」が、一九二〇年代ニューヨーク・
ハーレムにあった白人向け高級クラブの名を借りた高田馬場の大衆的なカフェ
(コットン・クラブ)に、突如として現出した」ということに過ぎず、「あまりにも時代錯誤的な
話で、興味がわかなかった」と述べる。
だがそれは本当に「時代錯誤」なのだろうか。絓氏は他方で、渡部氏の例より遙かに悪質な
広河隆一の「性暴力」「レイプ」については、「広河の話は、現代にも『大侠客伝』があると
いうことだ」と書いている。別に文学の世界に限らず、日本社会においては至る所で性を
めぐる「封建的遺制」が現在も百年前と変わらず反復されているのではないか。それでは
?氏はそれをなぜ「時代錯誤」と呼ぶのか。それは現代日本が、欧米諸国と共通の
「自由と民主主義」社会であるという前提があるからであるように見える。
しかし本当にそうなのか。私は最近「東洋的専制」という概念をオッカムの剃刀代りに
使っていろいろ考えているのだが、現代日本の「享楽の盗み」と「享楽の盗み」叩きに、
欧米のそれとは異なる東洋的刻印が押されていることの徴候が、この「時代錯誤」には
含まれているように感じられる。 ここで絓氏が映画『日本大侠客伝』を引き合いに出していることは、その意味で示唆的である。
私はこの作品を見ていないが、ヒロインとヤクザがいるなら、当然ヒーローとしての「侠客」
もいるだろう。絓氏は「時代錯誤」で「興味がわかなかった」と否認の身振りをしているが、
私は渡部氏に対する?氏の振舞いに、どこか任侠的なもの、侠客的なものを感じる。
そしてこの問題に限らず「義を見てせざるは勇なきなり」的な侠客性は、絓氏の批評の
通奏低音のようにも見える。それは時に蓮實重彦の東大総長からの退任を親分の刑務所
からの出所に例えるような感性の発露ともなるのだが(『知的放蕩論序説』)、この侠客性
は、探偵性と共に小林秀雄の文壇制覇の大きな要因だったことは指摘しなければならない。
中原中也や坂口安吾など、当時の名だたる「無頼派」文学者たちと酒場でやり合った、
酒場で誰それを泣かしたという武勇伝が、小林に「インテリやくざ」的なオーラを付与し、
以後の文芸批評家たちの憧れの行動モデルになった。
この治外法権的暴力の容認を伴う侠客性は、欧米における「ギャング」性や「マフィア」性
とは異なっている。しかし日本では両者がしばしば混同され、その中でゴダールのような
映画が評価されたりもする。といって侠客性は純日本的なものであるのでもなく、
東洋的、東アジア的、漢字文化圏的なものである。それは「封建的遺制」というよりは、
司馬遷『史記』の「侠客列伝」にまで遡る「古代的遺制」と言える。
侠客は、時の権力に虐げられた弱者を法の外側から「義」によって助けるが、それは
権力そのものの批判には向かわず、権力を本来的な正しい在り方に戻すことに「義」を
見出して行く。その意味で侠客は、日本の天皇制を表面的に批判できても、東洋的専制
の構造そのものは批判できず、そのことにおいて結局迂回しながら背中から後ろ向きに
天皇制に回帰する。
天皇制もまた江戸的な「封建的遺制」ではなく朝鮮・中国的な「古代的遺制」であり、
だからこそ日本の近代化のためのイデオロギー的中核になりえた。 絓氏がそうだというわけではないが、侠客的なものが持つ問題性についてはもっと
批評的になる必要がある。?氏はこの論の最後で「戦後天皇制民主主義」を
「セクハラもなければ不倫もなく、嫉妬も羨望もない」「ただ、「弱者」によりそった「憐み」と
「同情」だけがある」天皇家の姿として定義しているが、この天皇家のイメージは、
欧米的な「自由と民主主義」ではなく、古代中国的な堯舜的徳治政治の範疇に属している
ように私には見える。とすればやはり、天皇制を廃止するには「東アジア同時革命」
(共産主義革命ではなく市民革命による「自由と民主主義」の初めての獲得)が必要
なのではないか。
2019-05-05 : 批評 : >>556
ここで絓氏が映画『日本大侠客伝』を引き合いに出していることは、その意味で示唆的である。
私はこの作品を見ていないが、ヒロインとヤクザがいるなら、当然ヒーローとしての「侠客」
もいるだろう。絓氏は「時代錯誤」で「興味がわかなかった」と否認の身振りをしているが、
私は渡部氏に対する絓氏の振舞いに、どこか任侠的なもの、侠客的なものを感じる。 >>557
絓氏がそうだというわけではないが、侠客的なものが持つ問題性についてはもっと
批評的になる必要がある。絓氏はこの論の最後で「戦後天皇制民主主義」を
「セクハラもなければ不倫もなく、嫉妬も羨望もない」「ただ、「弱者」によりそった「憐み」と
「同情」だけがある」天皇家の姿として定義しているが、 「自由と民主主義万歳! われらコソ泥たち―ケーススタディ」 絓秀実が筒井康隆のてんかん事件や「文学部只野教授」作中の差別表現・言葉狩りの手先と
して機能した件は、最近の呉座と対峙したオープンレター界隈の言葉狩りで、新たに思い出
されたのかもな。結局はどっちも大したことは言ってなかった。
絓秀実は花田清輝論を書いた頃が一番輝いてたんじゃないか?
もし、文壇に相撲の八百長のようなものがあったとすれば、それの最大の被害者は絓秀実か
もしれない。浅田や柄谷が実力を認める絓秀実は負けてやったり、いかがわしい行為を柳美
里相手に演じることで何の見返りを得ていたのか?
一言で言えば、文壇は八百長だから。文芸誌の座談会など典型だろう。 > 「自由と民主主義万歳! われらコソ泥たち―ケーススタディ」
この論文はやっぱりけっこう面白そうだねえ・・・・
面白いから正しいとは決して言わないがw >>554
「ラッキースケベ」
これは衝撃的な概念の登場だ。 Do you like SKEBE ?
YES
I am a Lucky Skebe ! 性差別についての理解が誰ひとりなっちゃいないのやばいなこのスレ この論文で提示されてるのは、
セクハラ=コソ泥
という定義でよろしいか? 553−556はどうしようもなくとろい、絓秀実に媚びた気持ち悪い記事だな。
こんな阿保馬鹿が批評家を名乗るとか冗談よし子さんwww
侠客や遊侠の最たる特色は客や遊の字が示す如く、彼等の非定住性じゃないか。
渡部直己と絓秀実の間に絓秀実が渡部に恩を返すような関係があったかどうかは知らない.。
絓秀実も渡部も侠客とは程遠い。絓秀実がネガティヴな鉄砲玉だった時期はあったかも。 大杉重男はやっぱり心性根性すべて入れ替える必要があるのか? >>553
> まず読んだのはやはり絓秀実「自由と民主主義万歳! われらコソ泥たち―ケーススタディ」
> である。改めて絓氏の卓越したモラリストとしての首尾一貫性に感心した。
不思議なのは、
大杉が、
「モラリストとしての首尾一貫性」
と称して讃えているものを
安里の場合は、
>>540
「ヒデザネの姑息な論法」
と称している点。
これは論文現物に当たってみないと分からない。 > 改めて絓氏の卓越したモラリストとしての首尾一貫性に感心した。
こういうこと白々しく言える人の
感性、心性、日常生活というのが
本当に理解できない。
理解に苦しむ。 >>564
> Do you like SKEBE ?
>
>YES
というのは、かつて絓秀実が常套句かつ
キャッチフレーズ的な親父ギャグにして振り撒いていた
一部の人には有名な台詞である
「Do you like SEX ?」
を文字ったものである。 >>571
スガ秀実の場合は、反面モラリズムといえるもの >>573
スガ秀実の「モラリズム」だけど、それってつまり、
issakuに年賀状を書く、
というレベルのモラリズムでしょう。
そういうのは本当に表面的で形式的で中味のないモラリズムであって
単にアリバイとしてのモラリズムだと思う。
何かissaku的な発言や身の上?
に本気で自分は感情移入してるんだとか
本気で擁護してみる、という振りをしてみたりと、
いずれもモラリズムの演技の枠を出ないと思う。
変わらず忠実であり無害である
かつての教え子のようなものに感情的に縋り付くのは、
ペットの動物の一挙一動に、取り立て感情移入してみたり
自分の身の上のように涙を流してみたりすることと
何の違いがあるのか? 吉永剛志
@take4luckylong
1時間
ニャン助氏が、近々、花田清輝論を発表する。 佐藤青=大杉重男
ここのパーソナリティは大体等しい。 やっぱり絓秀実にとってモラリズムとは、
殆どが、任侠の論理なんだよね
だからそれは、公正さといったものからは最初から異なる
むしろ公正さとは逆の物事を擁護するために
任侠の論理とは重宝されて使われている。 絓秀実はNAMで、大杉など頭の中が生ぬるい穢れの人達と友達になった。
それが全て。
柄谷はNAMの気持ち悪い穢れ達に支持されていた。 絓のボルシェヴィズムや共和制支持も任侠の美学みたいなもんですから 絓秀実は世間的には最も目立つ柄谷スターリニズムの被害者だろう。 大体中上健次文壇というのが、任侠の論理で結ばれた共同体だったわけで。
柄谷を頭にしながら 絓がなんであんな蓮實にへーコラするのかがわからん
書くものも渡部みたいなハスミ虫系ではないのに 絓さんはルックスで誤解されるけど義侠心に厚い任侠映画の健さんみたいな人
そろそろ我慢に我慢を重ねた資本主義への殴り込みの準備をしているのかもね! リベラル腐しで右派と盛り上がってたんだろ?
近大の右翼経営サイドと。
しょうもな 元々そういう人なんだよ
そういえば昔はこの人
俺は石原慎太郎のブレーンになりたいとか
喚いてたこともあったよw ioriten
@rasendou
3時間
絓秀実「花田清輝の「党」」 (『群像』2022年3月号) ツイッターに何も書かないから、くたばったかと思ってたが、さにあらずw
文壇的な人間であるということを何度も書かれたのが効いてたのかもw デビュー作『花田清輝 砂のペルソナ』から40年。文学と革命をめぐる思考は深化する。 たぶんこれは論文のタイトルから推測するに、
花田清輝にかこつけて
また任侠の論理を自己正当化したものなんではないの?
花田清輝の党とは不可視の「党」であるとかw
そしたらまさに、任侠なんだが 藤縄 善朗
5時間前
北京オリンピックの開会式でジョン・レノンの「イマジン」が使われたらしい。
左派系、リベラル系の方々はそれにお冠のようだ。
一帯一路に利用されてる、とか。
でも元々習近平とイマジンは親和的なんじゃないか。
私には、ヘロインでもやっていそうな気持ち悪い歌だ。 まーたしかに
ジョン・レノンが左翼のシンボルになってる時点でかなり気持ち悪いよ 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
6h
自慢じゃないが、私は昨年5月から1度も風呂に入っていない。
というと大抵「シャワーも?」とかゆう変な反応が返ってくるが、
「風呂に入ってない」ってことは普通は「シャワーも浴びてない」ってことだろう。
なのにそんな反応をするってことは、私が冗談でも言ってると思うからだろうか。
冗談じゃない。 安里先生、 連合赤軍並の生活態度ですね・・・・
尊敬します 安里程度が先生と呼ばれるのかw
こいつらの周辺は狂ってる。 池田信夫
@ikedanob
19時間
今度はヒトラー発言で津田塾大を巻き込み、
呉座事件を再発させようとする元革マル活動家。
個人の発言は大学と無関係だ。お前こそ元テロリストじゃないか。 スガちゃんに替わってこんどは池田信夫が
石田英敬への革マルパンチ 「花田清輝の「党」」、34ページあって結構長いけれどあまり面白くなかった。略述が多いし焦点が定まらない印象を持った。花田の「党」については『吉本隆明の時代』で論じられていたこと以上ではないと思う。反スタからはスタ呼ばわりされ党官僚からは反党分子扱いされる、花田―武井的スタンスの称揚は安里미겔はじめお馴染である。近年は大江論も花田論もキレが失われている気がする。 私は今日大宮のジュンク堂書店でざっと立ち読みしました。
やっぱりそんな感じだったか
ざっと見だがあんまり面白そうな感じはしなかった。
明日は近所の図書館でちゃんと通読します。 1 ルネッサンスと「昭和十年前後」
2 転向と人間復興
3 戦時下における中野重治批判
4 レーニンとインテリゲンツィア
5 天皇制と柳田国男
6 ファシズムとスターリニズム
7 「正統」という問題 「なんつっても私立探偵は消えゆく種族だ。何年も前からそうだ。映画やテレビを見れば分かる。昔は偉大な私立探偵が目白押しだった。フィリップ・マーロウ、サム・スペード、それに探偵の中の探偵、ジョニー・スタッカート。警官なんかよりずっと頭が切れて、プロ中のプロで、事件だって最後はきっちりきれいに解決した。そのあいだ警察は間違った手がかりを追っかけて足手まといになるばかりだ。」トマス・ピンチョン『LAヴァイス』 『群像』は絓秀実論文だけのために1450円払う気にはならず明日、図書館で読むことに。
issaku
@issaku14
昨日 22:52 東浩紀 Hiroki Azuma
@hazuma
3時間
ぼくは石田英敬氏をたいへん尊敬しており、共著も出しており、
シラスではチャンネルまで開設いただいておりますが、
この点については池内氏の懸念に完全に同意します。
Satoshi Ikeuchi 池内恵
@chutoislam
7時間
大学に長きにわたって身を置いた人間であれば、
到底行い得ないものであるため、言及しました。
また、倫理委員会の設立により、
同僚が潜在的に互いに思想警察・異端審問官となる力を手にすれば、
意見の異なる者たちがかろうじて共存する大学という場に、多大な困難を生じさせます。 池田信夫
@ikedanob
6時間
私刑というより人民裁判だね。左翼のDNAはスターリンから習近平まで同じだ。
植村恒一郎
@charis1756
20時間
私自身は、呉座氏のツイートが問題になった時点からフォローしていましたから、
ある程度は知っています。しかし、オープンレターに賛同するためには、
賛同者は、「呉座氏が謝罪したこと」を知るだけで十分です。
彼は「悪いこと」をしたことを自分で認めたのだから。 「花田清輝の「党」」 読んだよ。
しかし読後に残る問題感とは、
これは花田清輝における党というよりも
スガ秀実における党の概念のほうが、より問題的ということではないの?
読み飛ばしてしまうとよく分からないだろうけど、
ここで含意されてるのは、今やもはや死んだ概念だと見做されている「党」について
スガ秀実自身がそこに積極的な意味を投影したいと望んでいる。
そういう論文ではないのか?
じゃあさぁ。。。百歩譲って、未来に於ける真の前衛党、
真の共産党への待望というものが有り得るとして、
スガ秀実にとって、それは柄谷行人のNAMとは、どう違うわけなの?
NAMは、スガが考えるような、未来に投機しうるような「党」だったのか?
あるいはスガが考えてるのは、真の共産党が、未来には出現するということなのか?
「党」を前提にして生きなければ、主体性も思考も成り立たないではないか。
だから我々も、党を念頭に置くべきなのであるって、
結論に出てくるのはそういう話でしょう 花田清輝が「党」というとき、その前提にあるのはチェスタトンの「教会」であるという。
つまり真の党を意志する者こそが、実際には異端として見做され、そう生きざるえない。
それはまさにチェスタトンの異端者である。
こういう転倒した接続の主体性は、チェスタトンというよりも
そもそもキルケゴールであるわけでしょう。
キルケゴールの単独者というのは、こういう転倒した主体性の図式であるのだし
チェスタトンは、間違いなくキルケゴールの読者だったのであろうし、
キルケゴールは、単に世俗のキリスト教だけでなく教会というシステム自体を否定して
神という普遍性の前に立とうとした単独者だったけど、
チェスタトンの場合はそこをちょこっと改造していて、
いや不可視の教会を目指せという構造になっている。 「革マル」という真の党を生きている石田英敬はどうなのか? 花田清輝の「党」 って?
そりゃ 「党」の否定神学でしょwww 花田清輝の党を読む前に言うけど、昨今のオープンレター事件で、與那覇や高橋らに文責者は
誰か明らかにしろという要求をオープンレター側が断固突っぱねたのは、花田の共同制作の
論理と似てることに、今回のスガは触れてると予測する。 群像3月号を買って読了。
この絓秀実のエッセイは近年の日本の批評の最高クラスでは?
最近の世界の話題にも接近してる。 井野朋也(新宿ベルク店長)レインボーフラッグ
@Bergzatsuyoten
3分
『群像』の一人不買運動を今でも続けている。
19年1月号に店名こそ伏せているもののベルクと特定できる書き方で
「差別の巣窟」だの「閉鎖的で意地の悪い文壇バー」だのベルクに誹謗中傷の限りを
尽くした笙野頼子の文章を掲載し、いくら説明を求めても答えてもらえないから。
納得のいく返事があるまで手
にとるつもりはない。なので絓秀実さんの新作は、単行本になるまで我慢します。
表紙にはまた迫川の写真を使ってください笑。 >>628
あれが批評の最高クラスなら君の頭は日本の最低ランクだろうw >>628
どこが最近の世界の話題に接近してたの? >>627
> 花田の共同制作の論理と似てることに
その話はたぶん出てこなかった 絓の支持者というのは本当に途轍もなく馬鹿なこと言う連中が多い。 東といい、井野といい、居酒屋の親爺風情が調子に乗っちゃ駄目だろw
>>630-633
お前らは昔話しかできん死人だ。 スガの花田清輝論は
「スターリン主義の正統な党を!」
という変態プレーの話で締め括られていますが・・・
これに勝る昔話は今のところ見当たりません!w 井野朋也(新宿ベルク店長)レインボーフラッグ
@Bergzatsuyoten
3時間
こういうやり口は私には「卑怯」の2文字しか思い浮かびませんが、
笙野頼子や『群像』にとってはあくまでも「文学」なのでしょう。 >>636
一応、「こういうやり口」って何なのかを毎回、分るようにツイートしなきゃ。
>>635
スガが問題を提出しただけでも凄いこと。
これをただの昔話として見る奴は置いてきぼりだ。 > スガが問題を提出しただけでも凄いこと。
> これをただの昔話として見る奴は置いてきぼりだ。
有り得ませんwww
全てがザネファ固有の妄想です よく群像があの文章載せたと思って それが最大の不思議だ 福田和也ゼミ出身でスガの読書会の参加者が群像編集部にいるので、その方との関係で群像に再び寄稿するようになったのでしょう その編集者は多分
スガの評論読んでも意味までよく理解していないんじゃないのw どこをどう考えたら、
この先の未来に、
「スターリン主義が正統」
とか思える人々が誕生しうるのか?
どう考えても無理だし、
無意味な想像だ。 まー 本当のスターリン自身とスターリン主義を誤読することによってのみ
スターリン主義とは正統たりうるよね。。。。
これってスガが以前から
毛沢東主義の日本国内での受容について
つまり毛沢東主義は誤読されることによってこそ左翼的な意味を日本で担えたのだ
というロジックにも、そのまんま繋がってるんでしょう。
毛沢東主義とはそれが誤読されたからこそ正しく新左翼の支柱と成り得たのだと。
そういうロジックです。
毛沢東主義の誤読から生まれた多産性としての文化的産物が
例えば、
ゴダールであり、
YMOのソリッドステートサバイバーのアルバムジャケットであり
津村喬であり、、、
といった模様 HIGossan
@HIGossan
11時間
某氏《絓秀実「花田清輝の「党」」(『群像』)を読んだ。
まだ理解できないところもあるが、これまでの1930年から68年にかけてのこれまでの批評
を貫く「党」の問題が論じられており、『群像』の中で批評と呼ぶべきなのは、
これだろうと思った。人間主義的ブルジョワ道徳やブルジョワ民主主義に対し(続
HIGossan
@HIGossan
11時間
「党」という唯物性の問題を論じ、これが「歴史」の「条件」となっている。
「大正的なもの」の「切断」はマルクス主義(福本イズム)によってもたらされたわけだが、
しかしその弁証法も結局はヒューマニズムへと転回せざるを得ない。
それは福本イズムの理論的必然性だと思うが、花田の「党」は(続
HIGossan
@HIGossan
9時間
そういう「切断」が抱えるヒューマニズムとブルジョワ性を唯物的に阻害する。
そういう花田清輝の「党」それ自体の唯物論を、30年から68年へという歴史的な
パースペクティヴを作り出す「モノ」として記述するというのは、壮大であり、
至極まっとうな理論的な道筋だと思う。》 なんだ HIGossan は遂に大学卒業したのかよww HIGossan
@HIGossan
11時間
ちなみに『群像』最新号は買ってません。
金無いので
HIGossan
@HIGossan
5時間
もし月末に余裕があれば買いたいとは思ってます。 HIGossanレベルを騙すには
スガの批評でも丁度よい 絓秀実の党への指向は貧しい者を救いたいというヒューマンな想い故なのけ? やっぱり任侠精神なのかなビンボー人を助け資本を挫く いや「花田清輝の「党」」で書かれているのは、
その逆のことであって、
党という審級が、
あらゆるヒューマンな観念を突き破る、鉄の掟としての存在感、
人間を越えた外部に位置する、絶対的な目標のようにして、
在らねばならないということ。
だから、
鉄の掟の存在としてのアンチヒューマニズムを意味するのが
(それは大正ヒューマニズム以来の柔な人間観念を批判し尽くして突き破ってくれる)
花田清輝のスターリン主義だったということだよ。 「花田清輝の党」では、カントの崇高論の話も出てくるけど
花田清輝とスターリニズムにとって、党とは崇高な存在であり、
人間的なものからは屹立する目標であったということでしょう。
いわばカントにとっての神の位置が、いつのまにか転倒して、
党の位置にまで入れ替わっているという。。。
だからそれは本当は空恐ろしい、倒錯した人々の話なんですよwww だから厳密に、マルクスに謂わせれば、
花田清輝とスガ秀実の脳みそとは
物象化で凝り固まっている、
という診断を出すことができますねw
人間の想像物であるところの「神」が
これまた転倒して「党」という観念になって
逆に人間を支配して、虐げているのだ、、、
と。 ヒューマンな観念を突き破るゴリゴリの唯物論ならついてくけど党となるとワタクシはついていけませんわw ここに出入している奴はいったい何を読んでいるのか?
多分読んでいないで、題名に釣られてアレコレ言っているだけだろうが。
崇高論の話にしても、1930年代の転向者は党を崇高と把握していたから、
転向に際しては人間主義に回帰して、それが文芸復興の基調となったということでしょう。
明白に、花田の党は崇高ではないと言っているじゃないですか。
問題点は、むしろ、柳田国男に中野重治も花田清輝も(暗に福本和夫も)屈服してしまったというところ。
そこが党の問題とつながる。 > 明白に、花田の党は崇高ではないと言っているじゃないですか。
花田の党は、人間性の外部に位置する。
そういう意味で、大正ヒューマニズム以来の人間主義を突き破りうる。
こういう論旨でしたよね?
だったら、花田の党とは人間の外部に君臨し
しかも目標であるというなら、そう直接には指示していなくても
党の存在論とは、崇高であり、
かつ個々の人間にとっては「超自我」的(柄谷行人)である
という意味が暗黙に含意されている。
そうは謂わなくても、その仕草は不作為に、党的なものの神聖化を意味してしまう。 >>654
一応図書館で通読はした。
しかし雑誌は手元にないので厳密なところは確認できない。
花田が共産党入党したのは、たしか1949年でしょう。
戦後の入党である。
そして転向者問題というのは、戦前と戦中の話である。
だから転向者問題の構造で、花田の共産党への意識を計ることはできない。
むしろ戦後の風潮において、宮本顕治たち、戦中の獄中非転向者たちの存在とは
再び崇高化されて語られるようになった。
戦後訪れた平和にかまけて、そこで再び崇高の問題が回帰してきたといえよう。 大体、チェスタトンの「教会」なんていう話を引き合いに持ち出してきてるんだから
それならチェスタトンの「教会」とは、
真の意味での神聖であり崇高である存在なのだ
と謂わずして、何なのか?
ということになりますねえ。。。 袴田渥美(official)
@Arcane_Dix_Sept
29分
絓さんの花田論を読んだ。あんまり面白くなかった。砂のペルソナの『小説平家』論の件みたいな鮮やかさが全然、ない。
袴田渥美(official)
@Arcane_Dix_Sept
26分
直観だけど、絓秀実は花田が急に言い出す「エラン・ヴィタールとフラン・ヴィタールとの相克」
モデルをうまく処理できていないんじゃないか、という気がする。
砂のペルソナでは結局それは技術論になっちゃうんだ、で片付けてたけど、本当にそうか。
花田の理論構築にとってかなり重要なのでは?
袴田渥美(official)
@Arcane_Dix_Sept
22分
絓さんは花田の大衆芸術論やアヴァンギャルド芸術論も「党」ありきのものとして
読まないとダメなんだ、と言うけれども、本当にそれだけなのだろうか?
と思ったりする。むしろ前者が後者を担保しえたところもあるんじゃなかろうか。 花田清輝がバビットの名を持ちだすときに、必ずと言っていいほど付いてくるのが、
バビットの造語である「フラン・ヴィタール」という言葉である。
フラン・ヴィタールは、ベルグソンの用語エラン・ヴィタールに対抗してつくられた用語で、
エラン・ヴィタールが「生の活力」や「生命の躍進」などと訳され、生の遠心的に拡大し、
飛躍する力をあらわすのに対し、フラン・ヴィタールは「生の統制」であり、
生の求心的に収縮し、組織する力をあらわす。
エラン・ヴィタールの対抗概念ということから、フラン・ヴィタールを、なにか、
生にとって破滅的な力、例えば、フロイトの死の衝動のようなものと考えるのは間違い
である。ベルグソンのように生の本来をもっぱら遠心的な拡大のうちに認めるべきでは
なく、むしろ、求心的な組織する力に認めるべきだというのがバビットの真意である。 それだと、
戦中転向者の問題を、どのように乗り越えて、
花田清輝は、あえて戦後に、自分が共産党に入ろうと、
意識するに至ったわけなの? >>660
それは吉本隆明に言わせると、
花田という男は本当に一貫性のない輩であって、
戦前はファシズムという勢いの強い方についていたかと思えば
こんどは戦後になって、共産主義のほうが勢い強くなってきたと思えば
平気で共産党入りやがった。。。。
という吉本隆明の人間の見方が、最も正しいとしか、言い様がないなwww だからはっきりとここで結論となる真実を申し上げるとすればだ!
「花田清輝の「党」」に、何か深い意味を読み込もうとする
後の時代の人の態度こそが、最も欺かれていて、
喜劇的である。
だから花田清輝は最初っから何も考えてないで
単に共産党入っただけだったんだよwwww
吉本隆明さん乙!!! 誤読の極み、誤読の到達点・・・・
それが絓秀実先生の人生なんです。 戦前崇高性のオーラを纏い得た唯ニの存在の天皇制と共産党が令和の現在まで存続してるのは面白い
両者とも今や崇高性なんて微塵もありゃしませんがね おやおや、また読まずに読めずにさえずるウジ虫がわいているね。
戦後の共産党も天皇制も、崇高性がないことは指摘され、論じられているでしょう。
それが、柳田国男に担保されたものだとも(国民の村民化)。ここは、むしろ柄谷批判を読むべき。
しかし、ラキスタの連中も所詮は文化左翼なんだね。
吉本隆明の言ったことを出して東方会問題を蒸し返すのにも、呆れた。
そのことも論じられている。コミンテルンの崇高性ではない、という文脈で。 普段はバタバタしてて休日は寒くて外出る気しなくてまだ立ち読みしてないもんでw
天皇制と共産党の崇高性は思いつきを殴り書きしただけで
明日にでも立ち読みするよ 群像花田論だが、この論文は本当は、至極単純な構造で出来ているのであって、
詰め込まれた情報の複雑さに決して惑わされてはなりませぬw
この論文でスガが言おうとしてることは、単純なこと。
それは、花田清輝の「党」も、チェスタトンの「教会」も、
それが「統整的理念」(柄谷行人)なんだよ、ということですよ。
だからそれなしには、我々は思考も主体性も思う通りには築けないでしょうという
柄谷が今説いているロジックを、そのまんま敷衍して、
スガ秀実流に展開しているだけのこと。
せっかく群像に載せるんだからスガがもっとオリジナリティのあること書けよと思うけど
こういう文章はいつものことだから、あーまたかとw
現在の柄谷が「NAM的に」展開している超自我論と統整的理念の話も
それは一見不自然に見えるものの、しかしそれなしには
我々の主体性や思考や全体的な倫理的判断が成り立たないものとして、
理念に独特の地位を与えなければならない。
それをスガ秀実が敷衍して言えば、「党」という理念を前提に我々の社会運動及び
世界観を捉え直し、展開しなければならない、という意見になってるの! それでスガの界隈にとってこの「党」という言葉が昔から不気味に響いていたんだが。。。
この「党」という言葉をやっぱり不気味に使ってる人として
スガとは遠からず近からずの人脈だけど、
関西の市田良彦がいるわけなんだよ。
市田が「党」という言葉を気味悪く使っているのは
今ではもう異枠つきで幻の本と化しつつある
太田出版で出した「可能なるコミュニズム」です。
柄谷と西部、そしてゲストとして呼んだ島田雅彦と市田良彦の座談会なんだけど。
浅田は決して参加しなかった。「可能なるコミュニズム」とはそういう本でした。
ここで柄谷は、市田と島田にNAMで協力して貰おうとして
散々オベッカ使ったにもかかわらず、市田にも島田にも逃げられたわけだが。
しかしこの座談会における市田の発言とは本当に気色悪い
関西で長年大学の中でのみ左翼やってきた人間として
意味不明で異様な傲慢さが市田の口からほとばしる座談会となっているが
スガが「党」と言うときは、この市田が言うときと同じ不気味さと気色悪さがあるんだよ。 今回の花田論文でいえば、スガは自分が新しい党を作れるとか
そういう傲慢な妄想を語りたかったんじゃないの?w >>658
> 袴田渥美(official)
> @Arcane_Dix_Sept
> 絓さんは花田の大衆芸術論やアヴァンギャルド芸術論も「党」ありきのものとして
> 読まないとダメなんだ、と言うけれども、本当にそれだけなのだろうか?
> と思ったりする。むしろ前者が後者を担保しえたところもあるんじゃなかろうか。
そういうときの「党」がまさに「統整的理念」という意味で使われてるんですよ。 統整的理念てそれまで迫真的な夢のような資本主義の中で夢を見る気はしないとか希望は無いから絶望も無いとか言ってた柄谷さんが出してきたギリギリの線だと思ってた
無論その後あっさりそこを踏み超えて可能なるコミュニズムで具体的な共産主義社会のヴィジョンを打ち出そうとした
統整的理念なんて言っててもしょうがないと観念したんだろうと
自分は逆についてけないものを感じてNAMとか遠目に見てるだけで無理矢理巻き込まれた浅田彰は可哀想だなと思ったりしてたw 吉永剛志@take4luckylong
絓秀実『花田清輝と党』(群像3月号)討論のためのたたき台としてのレジメ、といった体だったな。しかし、この先行くにしても、最低限これくらいふまえないと、どうしようもないし、滅びるよ、というテキストではある
絓の花田論が「レジメ」だというのは卓見だと思うが、「レジメ」ならwebで公開すればいいので、「批評」と冠して文芸誌に掲載するなら編集者が「批評」文として成立するために必要な改稿を求めるべきであったろう。担当編集者の力不足が「レジメ」を「批評」に昇華できなかった原因の一つだと思う。 スガの論文で最近の傾向だけど
このひと無意味に情報、知識を詰め込み過ぎなんだよね。
あれは文章にとって逆効果だ。
単なる目眩まし効果にしかならない。
(それで目眩ましされて読んだような気になる人が
スガの読者には多いのは明らか)
たとえば群像の花田論でも、
「ハイデガーの技術とは、せき立てである」
とか唐突に出てくるんだけど、
なんでそこで突然ハイデガーなのかもよくわかんない。
そもそもこのひと、ハイデガーの言う「技術とはせき立て」とか
意味分かってるのかなあ??
(私は最近やっと分かった) 花田論は読んでないけどダーっと分析して筆者がそれに肯定的なんだか否定的なんだかわからないような書き方しますね >>675
>>676
それは花田流に、対立したものを対立したまま投げ出すってことだろ。
675や676みたいなことを言うんだったら、ユリイカを含めて、その他の文芸誌の価値はゼロだろ。
ただ新しい話題を羅列してるだけで、ユリイカや文芸誌の編集はオタク以下なんだよ。
スガはとにかくもう少し焦点を絞って新しい問題を紹介した。
群像の編集なんて、細々した記事のライターが多過ぎて、余程の馬鹿じゃないと編集は勤まらないよ。
それでも同号掲載の石田夏穂の中編「ケチル貴方」はスガ好みにマッチしてる。
確かにこれは表象的な小説ではない。 > それは花田流に、対立したものを対立したまま投げ出すってことだろ。
いやあれは単なる文章の箔付けでしょうww
つまり装飾品を身に付け過ぎ
実際花田清輝の文章というのはもっとシンプルで読みやすいよ。
スガは花田の話をする癖に花田とは随分文体が違うと思う
花田の文はあんなにガツガツしてない。 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
数時間は学習会だ。講師は著名なマルクス経済学者。
初期の教え子は最早定年間近だが、その年賀状に
「斎藤幸平のような若い世代のマルクス学者の著書が売れるのは喜ばしいことです」
とあるのに複雑な思いを禁じ得なかったという。
会社人間として埋没せず未だにマルクスを気にかけてるらしいのは嬉しい。
安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
が、しかし、自分の教え子ともあろう者が、あんな紛い物のいかがわしさを
一目で見抜けず、漠然と評価してる有様を見ると、自分の至らなさを顧みると同時に
複雑な思いを禁じえない、といってるのが印象的だった。
これで斎藤本をよむ動機ができた。
こんなきっかけでもまきゃあんな本、私は最初から無視! >>681
> 講師は著名なマルクス経済学者。
これは鎌倉孝夫のことかな? 「我々団」のアカウントから辿れる呉智英を名乗る謎のアカウント
(ただ國分功一郎、絓秀実両氏がリプライしている)
自称・文化系クルス
@culture_human
昨日 23:57 松本哉@tsukiji14
2月7日
中国地下社会伝来の寝そべり主義の面白いところは、
今の中国社会に反発すると同時に西側の資本主義社会にも反発してるところ。
資本主義に反対するあまり共産圏を安易に擁護したり、
逆に中国への対抗からアメリカ万歳みたいにならないところがいい。
寝そべりながら全方向にケンカ売る態度が超最高。 安里 朖@St8GWBikWwNVhOV
日本のみなさん、さようなら。
あなたたちはレベルが低すぎて、
団=共無團(キョーユウダン)としては連帯
(相手に)できません。
せいぜいわが(共産)党に投票してください。
フォロー無用。フォロワーは即ブロック。
校正仕事のご用命についてはメッセージしてください。
メッセージ見逃しの段はご容赦ください。元『噂眞』校正者です。
2018年11月からTwitterを利用しています
0 フォロー中 0 フォロワー > 0 フォロー中 0 フォロワー
安里先生 孤高の かつ崇高なる 独走中ですね 絓秀実の文体的起源が実は廣松渉だということは、あるのか? 比較的最近の事件であるはずだが、
ある日絓秀実は浅田彰に、
あなたの文章は難しい、と言われたらしい。
これは浅田が得意とするブラックユーモアだと思うのだが
絓にはこれがブラックだったという意識はあるのかな? 絓の文章の読みにくさ、分かりにくさというのは、
吉本隆明と似ているのでは?
結局絓の文体的起源とは吉本隆明に行きそうな気が・・・
絓の親は実は吉本だったとwww というよりは現代思潮社カルチャーじゃないの
ブランショとか齧ったタイプの たぶん絓秀実の文章が現在文芸誌に出てる文章の中で一番難しい
難解度トップw 天皇制の隠語で中村光夫を講座派、柄谷行人の日本近代文学の起源を労農派的と言ってるけど絓はどっちを評価してるの? あしぶみいさみ @AshibumiIsami
1d
『当事者は嘘をつく』やたら評判いいな。
残念ながら自分は、まるで自分の存在が否定されているような強い圧迫感が伴う、
ひたすら辛い読書体験しかできなかった。
ああこの人、親や家族との関係が良好で元々レジリエンスが高く、
特にアタッチメントの問題も抱えていなかったから、
たとえ深刻な単回性のショック・トラウマを受けたとしても、
支援者や治療者に深く依存することを拒否した状態のままでもエンパワー
することでがきたんだな、と感じざるを得なかった。 あしぶみいさみ @AshibumiIsami
1d
自助グループで共同感覚を経験して集団的アイデンティティを獲得し、
たとえ自分は嘘をついているという可能性に怯えながらも、
堂々と回復の物語を形成していくことができるなんて、うらやましい限りですよ。
それに対して、虐待などの早期逆境体験によってアタッチメントに問題を抱え、
レジリエンスが低い、反復性の発達トラウマを受けた者の場合は、
自助グループではだいたい深刻な2次被害を受けて2次障碍を却って悪化させてしまい、
たとえ自らの被害を語り始めたとしても、
いつまでたっても回復の物語を形成することができずに、
その事実と折り合いをつけざるを得なくなって長く苦しむことになる。
どうも著者は、こうした難治性、予後不良性の問題を完全にスルーしている
ようにしか思えなかった。またそうだからこそ、べてるの家に対しても
否定的な評価しかしていなかったのだろう。
自分の場合はべてるの家に対しては、親密なつながりや居場所を作って
集団的なアイデンティティを形成させる自助グループの可能性を肯定的に
持ち上げ過ぎていたから批判的だったのだが、著者の場合はまったく逆に、
べてるの家の集団的アイデンティティの形成に徹しきれていない面を批判するのだった。 あしぶみいさみ @AshibumiIsami
1d
べてるの家では、自分の語りと他者の語りを交換して混ぜ合わせながらも
共通の集団的アイデンティティが形成されていくことが起きないのは、
べてるの家のおもな参加者が抱えている統合失調症の妄想や、
発達障碍特有のこだわりや癖が元々個別性が高いものだったからであり、
それゆえ、それらを共通のアイデンティティへと包摂していくことよりも、
その個別性を唯一無二の単独性へと結晶化させていくことが求められていたからだろう。
また筆者は、べてるの家では、支援者との和解した協力関係に支えられた「回復」が
重視されることをも批判していたが、そこでの「回復」というものが、
治療や治癒の断念というものと相即関係になっていた面を見落としているのも問題だと思う。
いずれせよ自分はこの本を読んで、
集団的アイデンティティを獲得して回復の物語を形成すること以外の仕方で
エンパワーする道はないのか、さらに言えば、こうした仕方でのエンパワーを欠いたまま
でも、社会的不正をただす運動に積極的に関与していく仕方はないのかと、
強く思わざるを得なかった。 「私の話を信じてほしい」 哲学研究者が、自身の被害経験を丸ごと描く。
性被害ほど定型的に語られてきたものはない。
かねがねそれでは足りない、届かないという思いを抱いてきた。
本書には、当事者と研究者、嘘かほんとうかをめぐって幾層にも考え抜き、
苦しみ格闘したプロセスが描かれている。これこそ私が待っていた一冊である。
――信田さよ子 私はずっと本当のことを語ることが怖かった。
私は一九歳のときにレイプされた。性暴力被害者であること自体は、
私にとって大きな問題ではない。家族や身近な人たちは、
みんな私がサバイバー(生存者)であったことを知っている。
私は暴力のその後を生き延びたことを誇りに思っている。
ただ、私は「研究者」になってしまった。
私は修復的司法Restorative Justice の研究をしている。
修復的司法とは、一九七〇年代に欧米を中心に広まった紛争解決のアプローチである。
従来の刑事司法では、国家が犯罪者を処罰することで問題を解決しようとするのに対して、
修復的司法では被害者と加害者の対話を中心に置いて問題解決を目指す。
私は一〇年以上この修復的司法を研究し、本を出版し、人前で講演をしてきた。……
たとえ、本当のことを語ろうとしても、私は嘘をつくことから逃れられない。
そう私は感じている。私はこのポイントを、この本のスタート地点にしたい。
この本の目的は、性暴力の被害を告発することでも、
被害者の苦しみを訴えることでもない。
過去の強烈な経験を引きずりながら生き延びるなかで私が見た風景を描くことだ。
この物語は真実だが、私は常に「嘘をついている」と思いながら語っている。
あなたが、私の言葉を疑う以上に、私は自分の言葉を疑っている。
だからこそ、私はあなたに最後まで聞いてほしい。
真実を明らかにするためにではなく、私の生きている世界を共有するために。
(「まえがき」より) 当事者は嘘をつく
小松原 織香 (著)
筑摩書房 (2022/1/31)
発売日 2022/1/31 渡部直己事件から伊藤詩織事件まで
さて 真実は、何処に? おまえら知っとるか
あしぶみいさみさんはなー
あの町山智浩と高校で同級生だったんだぞ 連合赤軍 ー 革命のおわり革命のはじまり
2022/2/2
鈴木創士 (編集)
事件後50年、12名の論者が「革命」の不可能性を問い直す。
連合赤軍事件が投げかけた「問題」は汲みつくされてはいない。
あの悲劇によって何が終わり何がはじまったのか。
「事件は歴史によって裁かれるのではない、裁かれるのは我々の世界である」(編者)。
目次:鈴木創士=編者によるはしがき
|高祖岩三郎=日本革命の終わり あるいは連合赤軍という問い
|石川義正=「便所」をめぐる闘争 大江健三郎『河馬に噛まれる』を読む
|長原豊=記憶と歴史に挟撃される 一九七二年 死者は生者をとらえる
|小泉義之=暴力革命について
|長崎浩=政治と性 土俗を遠く離れて
|市田良彦=「十五少年漂流記」から「蠅の王」へ
|水越真紀=山の向こうの「革命戦士」
|山崎春美=1492−1868−1945−1972−2022
|友常勉=戦争機械と共産主義
|中西淳貴=せむしのこびとたちのために
|田中美津=永田洋子はあたしだ〔再録〕
|[附]連合赤軍はどう論じられてきたか
+ブックガイド+略年譜 しかし 「花田清輝の「党」」
全然話題にならへんね みんなあれ読んでも絶句しただけか (文字通り言葉がでない) それだったら旧著を復刊した方がマシ
あれはあれでダメな強引さが目立つんだけど 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
1時間
覆面フォローなんてできんの? やられちゃったなあ。
誰だ貴様は! 名の名乗れ! まあ仕方ねっか。
ところで、エゴサーチでヒデザネが「群像」に花田清輝論をかいてるらしいことをしった。
しかしどうも、やはりもうダメみたい。商業文壇人の限界だ。
「党」がどうとかかいてるらしいが、花田は普通に共産党。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
46分
花田清輝のマブダチ兼半弟子の武井昭夫にしても同。
前者は所謂「反党活動」に一切手を出さなかったので、
死ぬまで党籍はあったかもしんないし、なかったかもしんない。
花田にとって党否定は論外だが、パーティ(党)をマトモな階級政党たらしめるにも、
党員各自が「運動族」たらねばならんといったのだ。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
31分
花田清輝が〈パーティ族〉に対し〈運動族〉を対置したこと位百も承知でいながら、
なぜヒデザネはかくも「党」に拘泥するか。
それこそ花田的には、〈パーティ族〉的所業に現をヌかすことでしかないのに。
〈パーティ族〉とは文壇内各種受賞パーティにヘラヘラ参加していい気になってる輩ばかり
ではない。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
2分
鵜匠に操られるまま鮎をガブ呑みする鵜のように、
ただ党のいうなりに票を呑み込むだけの模範党員だって立派な〈パーティ族〉。
花田清輝は、文壇的〈パーティ族〉と共産党的〈パーティ族〉とを同類項として括り、
両者をaufhebenする〈運動族〉たる必要性を説いた。
両party共「党」を腐らす要因だからだ! >>713
> 花田清輝が〈パーティ族〉に対し〈運動族〉を対置したこと位百も承知でいながら、
> なぜヒデザネはかくも「党」に拘泥するか。
秀実にも、
柄谷行人と同様の
自分がグルになりたい願望はないのでしょうか? 私のTLでは『群像』の絓秀実「花田清輝の「党」」がプチ話題ですが、
私が学生の頃に絓先生から花田清輝の本でまず読むべきなのは
『復興期の精神』と『錯乱の論理』であると教えられました。
手に入りずらい『花田清輝〜砂のペルソナ』が講談社文芸文庫に入ること
を強く希望しますが、無理かなあ。
issaku
@issaku14
昨日 21:30 > 手に入りずらい『花田清輝〜砂のペルソナ』が講談社文芸文庫に入ること
> を強く希望しますが、無理かなあ。
文庫本に入るのは、その本が面白くなければ、無理ですよ。 吉本隆明全集は出ても江藤淳全集は出ない
将来的に柄谷行人全集は出ても蓮實重彦全集、絓秀実全集は出るかなあ? ネットで十分でしょw
蓮實重彦全集 → 売れないだろうねえ
絓秀実全集 → カルトだねえww 絓秀実全集が出ないと将来絓秀実の研究者はいろいろ不便だろ
単行本未収録の文章もたくさんあるだろうし だからネットで充分だってw
絓秀実研究する人間なんて
今も未来もアホしかおらんだろう 中村光夫全集は存命中の70年代前半に出たっきり
文芸評論の真の売れるスターは小林秀雄、保田與重郎、吉本隆明だけなんだよな そもそも花田清輝再評価というのが完全に怪しい。
花田清輝が死んだのは1974年だが
もともと花田清輝の再評価が起こったのは1970年代初頭だろう。
それは吉本隆明(の権力)を批判するために、
花田清輝を再評価するという、一種のムーブメントだった。
スガ秀実の花田論が出たのは1982年だが、
スガはそのムーブメントの延長上にあったわけだ。 花田清輝は昔から見ても、既に60年代から70年代に
かなり怪しい人だと見られてたわけだよ。
それでは、70年当時の花田清輝再評価のムーブメントから今まで
ずっと花田清輝評価を続けてる人とは誰がいるかといえば
要するに、スガ秀実と粉川哲夫ぐらいだということだ。
その辺からかつてあった花田清輝のポジションを推して知るべし。
柄谷は別に花田なんか大したやつだとは思ってないよ。
(スガと柄谷の過去のダイアローグを参照)
蓮實から見ればむしろ虫唾のするタイプだったのではないか 怪しいとか胡散臭いというのであれば、
埴谷雄高でも十分に胡散臭いw
あの辺あの時代の人々、特に新左翼というのは
そういう胡散臭さのヴェールを大体纏っている。
大衆的生活者主義に立った吉本隆明というのは
そういう胡散臭さを嫌って、一掃したかったのではないか それで武井昭夫という人は、そういう流行的胡散臭さからも、
更に落ちこぼれていた人ではないのか、という気がするのよ。
武井昭夫に残ったのは妙な生真面目さでしょう
しかし時代はもはや、生真面目さで新左翼なんかやってられる時代では
もうなくなっていた。。 だから柄谷と浅田が(実質は柄谷だけだが)
90年代に批評空間で武井昭夫の再評価をやったというのが
そこの時点からしてもうアナクロニズム、
ダメな倒錯だったわけですよw 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
5時間
「あんたわかっちゃいなーい!」(Ado「阿修羅ちゃん」)てのがまあ、
かつての年嵩の友人ヒデザネへの最後通告となりそうだ。
詩人の奥さんとザネファと共に死ぬまでお幸せに、と添えてもいい。
花田清輝がチェスタトンを援用したのは、
スターリン主義の正統性なるものとは無縁であることも教えといてやる。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
4時間
ヒデザネは金靜美との共著『超「言葉狩り」宣言』で一旦は正統な運動族たりえたが、
その後は俗流「左翼」の津村喬〈復権〉の旗振り役と化し、
反スタ基調の「68」年ブームの火付け役から反PC右翼の異端へと再び三度転落したの
だから、それへの自己批判抜きに「正統」を騙るなどおこがましい限りなのだ。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
5時間
花田清輝がチェスタトンを援用した政治的動機は、
フルシチョフ(ウクライナ人)によるスターリン(グルジア人)批判以降「時代を先取り」する
かのように反ソ反スタを唱えだす異端者共を成敗するためだった。
今なら差詰め反スタが「時代遅れ」と見るやスタの「正統性」に縋るヒデザネのような
動揺分子共。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
4時間
ヒデザネが真剣に「正統」を志すなら、〈「68年」反スタ世界革命〉の「正統性」に
〈今・ここ〉において連なるべく、長年に亙る反革マル的言辞への自己批判文をこそ執筆
すべきだ。「68年」的「異端気取り」の反スタを脱し「正統」へと転じる道は、
「68年」派には革マル派への投降以外あり得ないからだ! 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
3時間
ヒデザネよ、すでにお前の「党」は小谷野敦、千坂恭二、外山恒一ら右翼レイシストや
ファシストで固められてんだから、今さら左翼ぶるのはよせ。
お前がメロメロに尊敬してやまぬ師の西部邁にしたってゴリゴリの尊皇保守なのに、
なんでお前だけ「左翼」の形式にコダワんだ? 左翼じゃないの、お前は最早。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
3時間
てゆうか、お前は元々左翼でも何でもなかったみたいだ。
前にもいったが、福田和也の「右翼」みたようなもんで、
「今時はどっちの方が〈異端〉ぽく見えるかな」てんで「プチ(ブル)左翼」ぶってただけ。
商業文壇的にはそれでこそ重宝されもしようが、
真面目にやってる人間からすりゃゴミなんだよ。ゴミ! 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
40分
『天皇制の隠語』も出色。
私はこの本の出版イベで開口一番、日本人でここまで天皇制の本質に迫った人間がいる
ことをしり、自殺を直前で思い止まった、と衝撃的な告白をしたが、勿論事実。
13階から飛降りて死ぬ前に、20年以上洗ってない布団位洗っとこうと
洗い終ったとこでこの本が贈られてきたからだ。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
28分
この3冊(『超「言葉狩り」宣言』『〈帝国〉の文学』『天皇制の隠語』)は、
ヒデザネが今後どこまで転落しようと、その価値が失われることはない。
『吉本隆明の時代』は、「その時代」への批判的啓蒙書としては最適。
その他の著作は、ヒデザネの〈転落の軌跡〉を事後的に追認するヨスガにしかなるまい。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
1時間
ヒデザネと最終的に決裂したからといって、その文学的業績まで否定する積りは毛頭ない。
ヒデザネと本は別物だからだ。『〈帝国〉の文学』は、夏目漱石を天皇制に批判的な
「国民作家」として欺瞞的に称揚する小森陽一ら東大系「左派」文学者に対する
完膚なき批判の書として、左翼にとって絶対的必読書。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
27分
ヒデザネと本は別物→死体と本は別物 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
5時間
花田清輝がチェスタトンを援用した政治的動機は、
フルシチョフ(ウクライナ人)によるスターリン(グルジア人)批判以降「時代を先取り」する
かのように反ソ反スタを唱えだす異端者共を成敗するためだった。
今なら差詰め反スタが「時代遅れ」と見るやスタの「正統性」に縋るヒデザネのような
動揺分子共。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
4時間
成敗するため→成敗すること てか本気でスターリン時代のソ連がいいと思ってんの?
アイロニカルにしか見えないんだけどw 絓秀実という人は最初からそういうホラを利用して
今まで飯食ってきた阿呆なんですよ ここで花田清輝論の歴史について改めて振り返ってみるべきなのだが。−−−
花田清輝再評価の運動、謂わば花田清輝ルネッサンスというものが最初に起こったのが
1970年代初頭だったわけだ。
その頃いた花田清輝派の正統な左翼というのを上げるとすれば、
それはむしろ粉川哲夫なんだよね。
粉川哲夫の今まで辿ってきた道が、
いわば日本の正統な花田清輝ルネッサンスの流れというのをずっと残してきてるはずである。
しかし、今回のスガが群像に載せた花田論でも明らかなことだが、
スガ秀実という人は、粉川の系譜にある花田清輝的なものの系譜を
全部片っ端から無視してるのね。
粉川哲夫?
そんなものはスガの眼中には最初から存在しなかった人のようにして扱われている。
しかし日本の花田清輝系で本当に正統派とは、この粉川哲夫の方なんですよ!w 絓なんてリベラル批判したいがためのボルシェヴィズムという単なるポジショニングの問題
さすがに立場上保守や右翼やファシストに転向するわけにもいかない故の方便
だから簡単に右と仲良くなれる そう確かに。。。安里に言われるまでもなく、
スガ秀実という人は、左翼の運動側からは
80年代から90年代にかけて、殆ど左翼とは認識されていなかった人なんだよね。
それに対して左翼運動の中から、花田清輝の系譜を実践し実現してきているのは
もちろん共産党では全くなかったわけで、現実には粉川哲夫の界隈だよね。
粉川哲夫というのは和光大学で教えていた人だったわけだが、
人脈的には今村仁司といったマルクス主義者たちの流れ(東経大)と繋がっていた。
最初に日本の左翼で、アントニオ・ネグリの議論を導入したのも粉川哲夫だったわけです。
それでこの粉川あから今村系のマルクス主義者が何処に繋がっていたかというと、
80年代の早大ノンセクトの左翼であり、要するに早大地下部室の運動体だったんだよね。
雑誌のインパクションで、粉川哲夫らが紹介する形で最初に、
イタリアのアントニオ・ネグリの運動、アウトノミアとそこのスローガンであった
「労働拒否」の思想が、新しい共産主義として導入された。
その新しい左翼思想が最初に導入された場所が早大地下部室であり、
当時粉川哲夫とかと接点を持っていたのが酒井隆史たちだったわけだな。
今村仁司は80年代当時だと早大法学部に授業のコマを持っていて訪れていた。 和光大で粉川哲夫の継承者となったのが上野俊哉です。
酒井隆史や道場信親まで含めて、ここはずっと新左翼の時代から
一貫した連続性をもって運動が継承されている文脈なんだよね。
70年代後半から80年代90年代へとかけて、
スガのいるような文壇的人脈からは、具体的な左翼の運動体というのは全く途切れていたし
実際当時は、スガも柄谷も、自分を左翼と自称するようなことはなかったし、
現実の左翼に対しては完全にバカにする言動しかして来なかった。
しかしその時代にも日本のアンダーグラウンドカルチャーでは、
脈々として左翼の運動体が、形を変えながら進化していたわけだったの。
スガ秀実も柄谷行人も、この時代に現実の左翼とは全く切断された場所で
違う文化を紡いでいた人たち、文学的で文壇的な人に過ぎなかったわけなんだよね! 粉川哲夫の花田清輝に関する情報だと、
今だと岩波文庫の花田清輝評論集の後書きを粉川が書いている
ということぐらいでしか分からなくなってるでしょう。 すがの今度の花田論が、「ポストメディア」(ガタリ)に帰着する
粉川哲夫の花田理解への批判であることくらいわからんようでは、ダメでしょう
それは、「コミュニケーション資本主義」という言葉を一度だけ引いていることで
一目瞭然 そうだったの?!
そいつは気付きませんでしたぜwww そういう当て擦りだけで倒したことになってるのしょうもないんだよなあ いやむしろそういうことが表面上からは見分けにくいような
どうとでも取れる文章で見掛上だけの難解さを作っている
文章の筆者が一番悪党だとしか、言い様がないなw 左翼の胡散臭さだけを継承した人々・・・
若松孝二系ってそういう感じですかね 少なくとも岩波文庫の編集者は、花田清輝評論集を出すに当たって
最適な花田の継承者は粉川だと了解していたわけだよねえ。
1993年の刊行時点では、そのとき絓秀実なんていうのは
眼中にもなかったでしょう。。。
しかし、左翼運動の側で花田的なものの継承というのは残ったが、
文壇的、現代日本文学の系統では、どこかで花田的なものというのが
一旦断絶していたわけだな。今まで。
この理由というのが知りたい。
花田が懇意にしていた文学者って、安部公房とかだっけ?
山口昌男や大江健三郎が花田に言及してもよかったのかもしれないが、
しかしあの胡散臭さと党派性というのが、
やっぱり気に食わなかったのでは?
としか言えないかな。。。 花田清輝について書き込みながら、こういう無知蒙昧な輩がいるんだね
山口昌男は花田清輝にけっこう言及しているし、
粉川はその影響圏から出てきた(高校での教え子だったか)
大江健三郎にも花田へのリスペクトがあり、対談もしている
文壇的という意味では、岩波は高橋英夫にモノグラフィー一冊書かせている あらら それはどうも失礼w
山口昌男が勤めた高校は麻布高校だから、
粉川哲夫は麻布高から上智大学だったのか
大江と花田の対談って記憶にないが
それだとかなり昔の話でしょう。
岡本太郎以外で花田清輝の影響圏ってどういう人がいたのか?
また、松田政男や大島渚は花田と関係あったのか?
そういう点が知りたいところ。 まーなんでも大江は高校時代に(松山か)
花田を読んでいたそうだ。 『私闘する革命 戦後思想の10人』
[著者]松田政男 (聞き手=平沢剛・矢部史郎)
2020年秋 出版予定
神山茂夫、埴谷雄高、花田清輝、吉本隆明、谷川雁、大島渚、澁澤龍彦、寺山修司…??
1950年の朝鮮戦争以降、新左翼の活動家・論客、編集者として
戦後の思想運動の一翼をになってきた著者が証す戦後日本の“革命”思想の総括。 だから重要なポイントはさあ。。。。
なんで花田清輝の情報と記憶は
今まで日本のメインストリームから逸れていって消えていたのか?
この謎を確かめることでしょう。
そこにはやっぱり何か肝心な理由があったに違いないわけだ。
吉本隆明が葬り去ったから、メインストリームの舞台から
花田清輝の影響とは消失したのか?
もっと根本的な理論的な、構造的理由があったのか。
そして花田をスガが復活させたいと思ってるのは
果たして正当なことなのか?根拠あることなのか?
これを確かめる必要があるわけよ。。。 なんか花田清輝って、よく石川淳とかと並べられて語られてることが多いよね。
しかし石川淳って、今読むとかなり退屈だよ そういえば80年代には「ザ・清輝」という
部厚い大型で一冊に纏められた全集本が出てたよな >大江健三郎にも花田へのリスペクトがあり、対談もしている
嘘。
別に花田を復活させたいとか大袈裟な時代遅れな発想じゃなくて、モダニティの正当な理解者として、日本には花田しかおらず、小林、吉本、柄谷、蓮實、千坂、東まで駄目で、浅田が辛うじてモダニティの理解者だったというのがスガのこれからの意図ではないかwww 柄谷だったか花田ー吉本論争はその後誰も検証せず花田は共産党員だしそれだけでダメって感じだったと言ってたっけ
絓が花田論を出版した頃は共産党どころか新左翼も実質終わった後で花田ー吉本論争の勝ち負けなんてみんな今更どうでもいいって感じだったんだろうなあ 70年代の初頭に、吉本隆明の権力を批判するための
花田清輝再評価が、ムーブメントとしてあった。
なんで私がそんな話を知ってるかというと、
全共闘世代の親父からそういう話を聞いたことがあるからであって、
今は70年代と花田清輝再評価の運動というのを
ネット上から検索してみても、全然出てこない。
もう完全に忘れ去られた話であるようだ。
(まるで華青闘なんとか大会の話みたいに)
しかしどうやらそういう運動がかつてあったらしい。
(聞いた話がデマでなければ)
だから、スガ秀実はそこの流れを汲んでいて、
1982年に花田論を講談社から出版したということだから、
花田評価とは、なんらスガにオリジナルな視点ではなかったはずだ。
ただ80年代に入っても最後まで花田清輝と吉本隆明の論争に拘ってるような輩が
気がついたらスガ一人しかいなくなっていた、ということなのだろう。
ここにもスガ特有の執念深さを見ることができるが
花田清輝論の全容を明らかにするためには
この70年代原初の花田清輝再評価の模様を
なんとか明らかにする必要があると思うな。
花田清輝
果たしてそれは虚像なのか?
あるいは意味があったのか? しかし、粉川哲夫界隈の歴史ひとつとってみても
花田清輝の影響圏というのは、
それが一方でバカにされながら軽蔑されてるという
宿命を背負った歴史であったとしても
やっぱり実質的な意味はあった。
確実な歴史的原動力としてそれは動いていた、という事実は見ることができる。
しかしそれは文学的側面ではなくて
あくまでも新左翼的な運動の実体的側面においてである。
粉川哲夫の界隈のみが日本で、花田の正しい影響を実践として昇華しえた。
しかし、スガ秀実の議論によると、
粉川系の運動実体というのは無きに等しいもの、
なんとかして無視して通り過ぎたい対象として、
スガによって避けられてるだけなのw
なんたるアイロニーか!wwwww
しかし、粉川哲夫界隈を見てそこの運動の意味を発掘することによってしか
花田清輝の残してる肯定的な意義なんていうのは、絶対に出てこないよw スガ秀実は、単なる歴史全般、
左翼史一般に対してだけでなく
ここでも花田清輝受容の歴史においても
やっぱりいつもの姑息なる隠蔽を果たそうとしている!
そう評価する以外にはないですねww 自分の透かしっ屁だけを
いつも必死に隠蔽しようと努力してる男
絓秀実です。 >>756
> 別に花田を復活させたいとか大袈裟な時代遅れな発想じゃなくて、
別に絓が復活させたいと思ってなくても
ミスターがそう思ってるよ
あるいは袴田が 東京で70年代以降、花田清輝の影響というのは
具体的な左翼運動の中に残り続けていた。
特にその遊戯的で独創的なスタイルが花開いたのは
80年代から90年代の東京の左翼であり、
しかもそれは「党派」的な意識ではなくて、
ノンセクトラジカルの運動においてである。
花田と明示はされていなくても、それがとても花田的なものに近い
運動のスタイルだということは、認識することができる。
それに対して関西圏では?
大阪と京都のことはよく分からないが、
たぶん関西で花田清輝というのは、文学としてだけ生きていたんではないか?
それは文学として読まれて伝えられてるに留まったのだろう。
京大の人間とかが如何にも花田清輝とか好きそうでしょw > 花田清輝の影響というのは
> 具体的な左翼運動の中に残り続けていた。
> 特にその遊戯的で独創的なスタイルが花開いたのは
> 80年代から90年代の東京の左翼であり、
それは、余りに安部公房的な、
共産主義運動のスタイルだった
と言ってもよいかな。
だから花田のアイデアというのは、
(多くの人にはそれが妄想的に−−「空想的社会主義」に見えたのだろう)
スタイルとしては確かに面白かったんですよ。 >>765
スガさんかな。
ツイッターの更新よろ。 絓は粉川哲夫系の左翼とは鬼のように仲が悪かった。
ここが味噌 大体花田清輝なんかボリシェビキの素朴な支持者やんか 群像の花田論はあまりにタイムリーだったなw
日本共産党さえロシアに対して日和ってる現在に スペイン内戦ではヘミングウェイやオーウェルやマルローら良心的知識人が立ち上がったが日本の代表的良心的知識人たる絓秀実もウクライナ戦争に義勇軍として参加するんでしょうか? 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
9時間
数日前「思想運動」編集部から、「ヒデザネ氏が『群像』に花田清輝論をかいてるらしいので、
それについて何かかかないか」との打診があったが、
「あのジジイは腐りきってるので相手にするのも汚らわしい」といって断った。
が、昨日その論文「花田清輝の『党』」をよんだら、そんなに悪くもないようだ。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
8時間
むしろ良い。が、新著の主要論文とするには食い足りない。
ヒデザネが真に再起を図るなら、この群像論文を1章に、
「武井昭夫と『党』」を2章論文として早急に執筆する必要がある。
3章は「セクハラ不可知論」を初めとするこの間の駄文集、
4章は小ブル急進主義からの脱却宣言兼自己批判書とすべきである。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
8時間
ヒデザネは、柳田式〈常民〉の核は祖先崇拝であり、それは天皇制と一体にも拘らず、
この「〈常民〉概念への懐疑を徹底しなかったところに、
花田が〈大衆のエネルギー〉をかなり無規定に称揚したり、
後の論争相手の吉本隆明が〈大衆の原像〉といった非歴史的な抽象
を導入する余地を許」したと指摘する。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
7時間
「子午線」2号で私は、〈前近代を否定的媒介として近代をのりこえる〉なる
花田芸術論の核とされる標語への懐疑を述べたが、
それが花田の対柳田的な曖昧な態度即ち
「柳田の論理の欠を触知しながら、そのことをうっちゃってしまう(否認する)こと」
に由来することに、ヒデザネ論文をよんで得心が行った。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
7時間
と同時に、三木清発祥と思しき「否定的媒介」なる概念の胡乱さへの警戒心をも新たにした。
「子午線」では、「否定的媒介」なる概念の意味不明性を指摘したに止まるが、
それがヒデザネ指摘の如く、正面切って批判すべき概念の密輸入を意味しかねない
のであれば、かかる曖昧な概念を使用すべきではない。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
6時間
「花田清輝の『党』」を最大限良く見積もっても、
それがヒデザネの新著の主要論文としては衝撃力も弱く内容も薄い理由は以下である。
@天皇制を封建遺制と捉えることを「限界」と見なす根拠は何か、
A「近代の超克」なるプロジェクトの無効性はいかなる立場から主張されてるのか、
が全く不明だからだ。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
2時間
ヒデザネが師の西部邁に倣い保守転またはファッショ化してないと仮定すれば、
柳田国男になぞ洟もひっかけなかった花田の盟友・武井昭夫と「党」について
論じないわけにはいくまい。
が、花田「戦争か革命か」の一節からそのstalinistとしての面目しか見ない
視野狭窄は、nationalismへの退行を疑わせる。 スターリニストの面目として、ロシアのウクライナ侵攻はどうなんでしょうか? そもそもソビエトロシアの軍事介入といえば
ハンガリー動乱から明瞭なところ
スターリン批判しつつもハンガリーにもアフガンにも軍事侵攻しちゃうところは
やっぱり彼らが無意識にスターリン主義の正統を目指しているといえるのでしょうか? しかし東浩紀はスゲーな高校時代にソルジェニーツィンにハマったって
ほぼ同世代だけど80年代のソ連て暗い雰囲気で何の魅力もなかったような時代
ひとまわり上の島田雅彦ですら周回遅れのソ連好きみたいな感じだったが
高校時代にありがちな世界文学乱読でたまたま気に入ったのがソルジェニーツィンだったのかもしれんが
ゴルバチョフのペレストロイカでソ連再注目って感じだったけどソ連をぶっ潰したゴルビーはプーチンや絓秀実にとっては敵なんでしょーか?w スガは取り敢えず、古い読者を捨てて、新しい読者を得ようとしてるんだろう。
それで良い。 千葉雅也『現代思想入門』予約開始
@masayachiba
6時間
出川哲郎は何をやっても全部面白いなあ。
千葉雅也『現代思想入門』予約開始
@masayachiba
5時間
出川は上品なんだよね。高貴。 出川の再評価とスターリン主義の復活は何か関係あるのか? 「情況」の千坂の記事を読みたかったが、田舎の本屋なので売りきれww
情況はたったの2冊しか入ってなくて直ぐに売り切れたように固定読者がいるんだな。
まあしかし、やっぱり編集の頭は古臭いと思うぜ。 しかし、ディドロ的なビーバー観って、
柄谷行人が最も軽蔑するところの「自然観」では? 「集団というものが集団として創造的になるためにはそれを構成している個人というものが
曲がりなりにも確立していることが必要になっていると思うんですが、そういう主体性のあ
る個人の全体の上に立って一つの集団、或いは運動というものが生まれてくると思います。
」(花田清輝談話/新日本文学1974年4月号)
晩年の花田がスターリニズムから離れてたことは石井伸男の「花田清輝の共同制作」を読めば、
分かる。花田もやはり連合赤軍事件を重く受け止めてたのではないか?
当時は弁証法の暴力とでもいう状況が蔓延ってて、論争に負けたり、敵前逃亡などの不始末をし
でかした者には際限ない暴力を奮っても構わないという風潮があった。その中で連合赤軍事件は起
きた。何の不思議もないことだった。
今生きて、連合赤軍事件で反省してる人達はぜんぶ当時の加害者だった人達だよ。 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
5ちゃんからの孫引きだが、恐らくこれが真実だろう。
私が?本人かその周辺からきいたのは、彼が柳に殴られたのは
「あなたの小説がつまらないことはあなたの顔を見ればわかる」
といった直後ってことだったが、
それだと本人を前にしての柳美里文学論が先行してたことになり、
酒場の議論としては不自然。
安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
ヒデザネの新著の最終章(4章)の構成は、
従って以下のようになるのでなければならない。
1節:セクハラ不可知論への自己批判。
2節:私は殴られて当然だったー柳美里氏へのセクハラを謝罪する。
3節:小ブル急進主義からの脱却ー万国のプロレタリア団結せよ!
万国の労働者と被抑圧民族団結せよ!
以上である。 >>797
私が絓本人かその周辺からきいたのは、彼が柳に殴られたのは
「あなたの小説がつまらないことはあなたの顔を見ればわかる」
といった直後ってことだったが、 エミール・ゾラ 「私は弾劾する」
絓秀実 「私は殴られて当然だった」 絓秀実は小林秀雄、花田清輝、平野謙、柄谷行人等日本の批評家の系譜らしからぬ醜男なのに案外書く物は面白いのが特質なのに 柄谷行人はル・クレジオに似てるが絓秀実はトロツキー、ベンヤミンに似てる スガが柳に殴られたのは
「あなたの小説がつまらないことはあなたの顔を見ればわかる」
といった直後というが、
スガは新人作家にガツンと食らわせて、文壇の序列を教えたつもりなんだろうが、問題はその後でスガが柳の頭を撫で始めたことだろw
スガの横にまともな奴がいたら絶対止めていたww
これは殴られても文句言えない。女としてはレイプの危険を考えるわな。
スガが一歩踏み外したことで、文壇バーの序列体制にヒビが入ったというプラス効果を思えば、スガのいかがわしい行為にも一定の評価を与えるべきかもな。 > 「あなたの小説がつまらないことはあなたの顔を見ればわかる」
この台詞もまたスターリン主義の為せる言葉なのか? >>800
すがちゃんは確かにビーバーに顔だけは似てるかも >>802
ということは、
スターリン主義崩壊の切欠を作ったのは、スガ自身 反帝反スタの党はスターリン主義の党と何が違うもんなんですか? 結局どう転んでもスターリニズムの亡霊からは逃れられない
スガ花田論の結論部とは、こういう意味ではないのか? 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
3h
ヤングマン武井は、
"ヤンガーゼネレーション批判"をもって襲い掛かるペッパー警部花田に
「邪魔をしないで! 私達これからいいところ」と
"隠れた中心"が自分であることすら気付かず、
花田&吉本間で白熱化する"真昼の決闘"を
「喧嘩をやめて!」といわんばかりにやきもきしながら眺めてたってんだから驚く。 ≫結局どう転んでもスターリニズムの亡霊からは逃れられない
スガ花田論の結論部とは、こういう意味ではないのか?
そういう感じもするね
しかし、安里なにがしや、このスレにしきりにワンパターンの書き込みをしている輩は、すがのストーカーなのかね? 早稲田の批評院生が花田清輝論を書いたようだがどうですか >>811
法の外にある追求は何でもストーカーに見えるーーーーーというのはよくないですよ。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
3時間
柳美里に対するセクハラが、
ヒデザネの〈運動族〉化以前の純粋商業文壇人時代の出来事であることは、
ヒデザネを免罪する理由にはならない。なぜならば、こうした
「過去」に頬被りしたまま面白ネタ化してすませた罪障が、
盟友・渡部直己のセクハラ事件に際しての反動化(=原点回帰)に影を落してるからだ!
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
6時間
80年代イケイケ・ポスモダ知識人ヒデザネが、
『水平運動史研究』(金靜美)における倭人批判を真摯に受止めることで、
『超「言葉狩り」宣言』において、戦後従来の無原則(無条件)的「表現の自由」の特権
に胡坐をかいた筒井康隆に筆誅を加えたのは94年だが、
柳美里へのセクハラはその前年(93年)のようだ。
事実と異なります。 25年前。
私が殴った文芸評論家は1人だけ。絓秀実氏。
新宿風花のカウンターで呑んでいたら、絓氏が隣に座り、
「顔が割といいから、ヘアヌード写真集出せよ」と言い、
頭と顔を触ってきたから、殴った。
触られたから、反射的に手が出た。
目撃者は、西部邁さんと福田和也さん。
柳美里 なんや
筒井康隆の差別語遣いがなってないとイチャモンつけてきた絓秀実が
柳美里に対してあの侮辱的なお触りハラスメントやってたのは、
その前年だったのか!
まるでジギルとハイドみたいな二面性を持つ偽善者ぶりで
とんだ出鱈目な似非倫理家的言説
正体は筒井康隆という有名小説家をターゲットにしたとんだ売名行為だった
柳美里の事件は所詮氷山の一角なんだろうとは思っていたが
どう見積もっても筒井康隆のほうが倫理的には絓よりマシな人生送ってる
ことは間違いない > 80年代イケイケ・ポスモダ知識人ヒデザネが、
しかし安里もここで絓秀実の現実の身の上について
大きな勘違いをしてると言わざるえない
「イケイケ・ポスモダ知識人」が
そんな風に生きていたり90年代になってもあかねに通ってくる
必然性なんかないですよ そもそも完全にカルト的な知名度の評論家だった絓秀実が
90年代にちょびっとだけ有名になったのは、
1 小林よしのりに対する批難する言説でゴー宣漫画にイチ登場人物として参列したこと
2 筒井康隆との差別語論争
これらいずれにしても、
絓の方から有名人の相手に突然吹っ掛けてるわけであって
これは芸能ワイドショーのタームで謂えば、典型的な
「売名行為」 でしょうww 千葉雅也『現代思想入門』予約開始
@masayachiba
49分
マイノリティにはマイノリティならではの、
自分を疎外する世界を少しでも引き寄せるための「偏った」解釈をする権利がある
と思うのだが、それに対しマジョリティが、その偏りは不当だ、
真に差別がないのは双方偏らないことだ、と反論することがあるわけだが、
そうしたらどうしたらいいのか。 >>819
千葉雅也によるこの発言は、
スガ秀実的なものの本質をも、よく突いているねえ 千葉雅也『現代思想入門』予約開始
@masayachiba
46分
もし、社会的包摂が進み、
どんなマイノリティでもマジョリティでも対等となっていくときに、
特定のマイナー性の観点からの解釈を言うと、
それは他の見方からして不当に映るから言うべきではない、
誰の心もざわつかせないようにすべき、となるのだとしたら、
社会的包摂など進まなくていいとすら思うな。 817番に質問します。
「>80年代イケイケ・ポスモダ知識人ヒデザネが、
しかし安里もここで絓秀実の現実の身の上について大きな勘違いをしてると言わざるえない
『イケイケ・ポスモダ知識人』がそんな風に生きていたり90年代になってもあかねに通ってくる必然性なんかないです
よ」
とのことですが、まず「そんな風に生きていた」の「そんな風」てどんな風ですか?
また「イケイケ・ポスモダ知識人」が90年代に「左旋回」したからこそ、当時の「新しい社会運動」
としてだめ連に目を付けたと、普通は考えませんか? まさか817番は、「左旋回=共産党」
とか思ってわけないですよね? 中核とか革マルにしたって同じですが。でなければ、
817番は、だめ連は文字通り「だめな人達の集まり」とか思ってません? 今はどうか知りませんが、
少なくとも90〜0年代のだめ連は、社会的にもかなり注目度が高かったこともご存知ない?
しかも彼らに真っ先に注目したのは、ロフトの平野悠、北野武といった、まさに「68年」
世代の「イケイケ」達ですよ。 柄谷行人と中上健次が対談で才能を絶賛した批評家・絓秀実 >>823
相撲の八百長力士同士が互いを褒め合うみたいなもんだろw >>827
その発言もし本心から言ってたら
柄谷さんの正体とは、公然の白痴だった
ということになってしまいますね。 ネタとベタ
批評家の生き死にとは、この使い分けなのです。 >>689
> 比較的最近の事件であるはずだが、
> ある日?秀実は浅田彰に、
> あなたの文章は難しい、と言われたらしい。
> これは浅田が得意とするブラックユーモアだと思うのだが
> 絓にはこれがブラックだったという意識はあるのかな?
同様。
この浅田の発言から
絓の文章が本当に難易度高いと思ってしまう輩がいたら
笑止千万。
批評家の発言には騙されたやつが悪いw 柄谷にも蓮實にも浅田にも
絓秀実;というのはただ利用されてきただけの人生なんでしょう これ見てもスガは今まで、
柄谷と浅田から、
愛されてるというよりも、イビられている
という様にしか
見えないわな >>831
柄谷、蓮實、浅田らにどんな素晴らしい業績があるんだよwww
彼等もスガもおんなじだってww いつの日か世紀は絓秀実のものとなるだろう byフー子 728~9番へ
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
·
Mar 2
「68年」世代以降の新サヨ屑は、武井昭夫の「生真面目さ」を以て「スターリン主義以前に(文芸批評家として?)失格」と断じるのが通例である。武井死後の「映画芸術」での追悼座談会でも、荒井晴彦がそうした無内容な発言をしてやがったが、私からすりゃこの連中の"面白趣味"ほどツマラヌものはないのだ!
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
· あとね、「原則的な言説はつまらない」とかいう人は、それ自体の意味と、そう感じてしまう
自分の感性そのものをじっくり検討してみた方がいいと思う。「無原則なラジカリズム」風な
ノリに条件反射的に共感・共鳴しちゃう人も含めて。それって多分健全じゃないから。もちろん、
検討の結果、そうした「感性」こそがスターリン主義や反スターリン主義に絡めとられない
「健全な精神」を担保するのだ、って結論に至るのは勝手だけど。そうゆう人はまあ、今なお、
また今からでも「ノンセクト・ドジカル」とか自称・標榜すりゃいいわけだからね。 >>832
> 愛されてるというよりも、イビられている
愛されてるというよりも、イジられている >>822
> とのことですが、まず「そんな風に生きていた」の「そんな風」てどんな風ですか?
苟もそれが「イケイケ・ポスモダ」と形容しうるならば、
少なくとも秀実は、評論家業で自活できていたようなレベルでなくてはならない。
その時期(つまり80年代から90年代にけての時代に)
スガ秀実は文筆業では凡そ自活できていない、自給自足できてないでしょう。
スガ氏が経済的な収入源で安定しえたのは、
ジャナ専で講師やってた時代、
この時代は比較的低層レベルのサラリーマン同等の収入であったはずだ。
しかし彼はジャナ専講師を、気紛れというようなもので辞めてしまう。
あかねの開店時が1998年、スガがだめ連にコンタクトしてきたのが
1997年の駒場寮廃寮運動時代であって
(一部の人は知っている駒場寮スガゼミの時代)
この頃はスガ自身が自称プー太郎、つまりだめ連と同じ無職者であることを
当時も告白しており、この時期に彼の主だった収入源とは
西部邁に誘われた雑誌「発言者」の同人としての収入
それが年間250万円だったという。
つまり、彼があかねに来ていた主だった時代、90年代の終わりでは
彼のパトロンで保護者が西部邁であり、
そのパトロンによって養われていた存在であることは、自明であった。 重要な記しておくべきポイントとは、
柄谷行人のNAM結成大会が2000年ことだったが、
この時期は、スガ秀実、そして渡部直己にしても
彼らは著書を出してるから作家を名乗ることはできるが、
定期的な収入というレベルでは無職であり、
また彼ら自身も別段そういう身の上を隠そうとせず、
職業=無職を名乗っていたということである。
(つまりこの二人は柄谷行人を保護者としてその後拾われたのだ) 807番へ
「反帝反スタの党はスターリン主義の党と何が違うもんなんですか?」
とのことですが、違いは以下の通りです。
@反帝反スタの党は、資本主義の最高段階としての帝国主義の打倒を標榜すると同時に、
スターリンによって代表されるレーニン以降の権力者によって歪曲された社会主義を
「社会主義」とは見なさず、いわば「悪の帝国」の代名詞としてのスターリン主義
と見なすことで、それを帝国主義と同等の打倒対象に据えます。日本でいえば日本共産党
がスターリン主義の牙城てことになりますが、共産党=スターリン主義というよりは、
反スターリン主義運動の妨害者=スターリン主義と広く捉えるべきでしょう。というのも、
後者のように捉えないと、同じく「反帝反スタ」を標榜する中核派対革マル派のいわゆる
「内ゲバ」や、中核派によるトロツキー主義党派(第4インター)に対するテロの説明がつか
なくなってしまうからです。
Aスターリン主義の党とは、従って日本では一応日本共産党ということになりますが、
当の日本共産党も、今や「反帝反スタ」を掲げる新左翼党派に勝るとも劣らない
ほど、スターリンを歴史上の「巨悪」として描き出すことにやっきとなるだけでなく、
綱領でも「社会主義国」としてかつて存在し、今も存在する国家はみな社会主義国ではないと
ハッキリいっちゃってますので、レーニン時代までは「社会主義」と認める「反帝反スタ」
党派よりも「ラジカル」といえないこともないかもしれません。しかし、日本共産党はそうした
「社会主義ならざる自称社会主義国」を「スターリン主義国」と規定することはなく、また
資本主義同様同格の政治的打倒対象として「スタ」を党の外部に措定することもありませんので、
その辺のところに、「反帝反スタ」派が未だに共産党を「実質的スタ」または「ネオ・スターリン
主義」等と見なす根拠があると思われます。
B以上から、「結局何も違わない」と結論することも可能かもしれませんが、どうでしょう、
相対的にマシというか、多少いい加減なところ、胡乱なところ、また不十分な点があったとしても、
概ね歴史的な現状に即した相対的に無難な党というのは、自ずと浮びあがってきませんかね。 だめ連が90年代末には「イケてる」系のホープ株として注目されたとはいえ、
実態としては、あかねに来てみれば
それが有象無象のダメ人間たちの巣窟であったことは自明であり、
あかねだめ連に出入りしている評論家だからといって
何も彼が特にイケてるという条件にはならない。
ただ、「俺は今流行のだめ連とかあかねに付き合ってるんだぜ」
という話を、謂わば人格的な不全でコンプレックス症候群の巣窟といえる
文壇バーのような場所に帰ってから、他の作家たちに話してやれば
それが自慢になり、余りに秀実的な倒錯の箔付け話になったのだろう
という事情も十分に伺われる。
ただ、彼があかねと文壇バーの間を往復する生活で
実際には素カピンの財政事情であり、
坂戸の親の家当てにしてしか生きられない生活であり
相変わらずコンプレックスの塊になって転がりながら生きていたということは
別段深く立ち入らなくても分かること。 840~1へ
仰りたいことは分りましたが、私がヒデザネや渡部直己なんかを「イケイケ・ポスモダ
知識人」と見なすのは、そうした年収がいくらとか誰に養われてたとかそれで食ってない
から無職とか、そんな意味でいってんじゃないですよ。そんなことも直感的に理解でき
ないとなると、あなたは相当レベルの高いところに「イケイケ」の基準を設定してるようで
すが、ヒデザネやナオミ周辺を取り巻く連中がそんな基準で「イケイケ」度を測定して
るとまではまさか思ってもいますまい。ヒデザネを取り巻く文化左翼は、ヒデザネの収入
の高低など昔も今も問題とせず、というか収入なんてもんはむしろ低ければ低いほど、
つまり自分たちに近ければ近いほど尊敬の度合いが高まりこそすれ、収入の多寡によって
評価が定まるような世俗的領域はそれだけで「イケてない」ことになるんですよ。あなた、
ホントにそんなことも分らないの? 私をからかって妙にカマトトぶったりしないで下さいね。
私はいつだって真剣なんですから。
詩の世界がとりわけそうですが、あなたの基準からすると、中年以降の谷川俊太郎でもないと
誰も「詩人」を名乗ることもできず、まして「イケイケ」詩人なんか日本には1人もいないこと
になっちゃうよ。そうでなく、例えば現代詩でいやあ「現代詩文庫」でしたっけ、思潮社の。
あのシリーズに入るだけでも充分「イケイケ」ですよ。収入なんか全く問題外です。
だから、詩人からすれば、「現代詩文庫」詩人たるヒデザネの奥さんの筏丸けい子さんが
もし、自分は詩で食ってないから無職ですとか、夫に養われてるから主婦です、とか
いったら、それって正直以前に却って嫌味なんですよ。それしきのことはここに書き込んで
るくらいの人なら百も承知なはずだと思いますけど、あなたは全くしらいと、言い張る
わけなんでしょう。不思議だなあ。
あなたいったい何者? >>836
> あとね、「原則的な言説はつまらない」とかいう人は、それ自体の意味と、そう感じてしまう
> 自分の感性そのものをじっくり検討してみた方がいいと思う。
いや安里さんの場合は、原則主義的というのが精神的な弱さである。
それが本来強さというよりも弱さに由来してる思考だということを
本人が自覚していない。
そういうことが云われているのではにないでしょうか?
一回本来無原則な事実、真実、真理というものに降りてから
それでは当面する場面では、どう振る舞うのが、どう言うのが正しいのか、
そこを自ら選択しなければならない。
この世で、「本来からして原則的なもの」なんて、何もありませんよ。
なんか抽象的なこと言ってるように聞こえるかもしれないけど
実際はそこが最も具体的なんです。
人は、坂口安吾を辿ればどういう認識に至ることができるのだろうか?
いや安吾以前にそのことを明確に追求したのはやっぱりニーチェでしょう。
つまり、ニーチェが叫んだように、神は死んだのです!
神は死んだ。原則は死んだ。原則主義は死んだ。
この事実を見極めることの出来ないところでは、
結局何を行為しても、嘘になってしまうのです。 つまり、安里さん、
あなたのスターリン主義の正体とは、精神的な弱さなのです。
(スガ秀実の場合は唯の精神的詐欺です。いつものことですが) 843番へ
あかねが「実態としては…有象無象のダメ人間たちの巣窟であったことは自明」てな
いかにも「上から目線」の評価には賛同できませんが、それは文学者の評価においても
収入が低いと「イケてない」と評価するあなたのことですから、まあ仕方ない。
酒井隆史や丸川哲史のような人も、大学教授となって久しい現在はともかく、当時の
親のスネかじりに毛が生えたか生えもしなかった状態では「有象無象のダメ人間」て
ことになっちゃうんでしょ? あなたの価値観だと。
だから、繰返りしになりますが、経済状況とか精神的コンプレックスとかいった問題
はヒデザネの「イケイケ」とは全く関係ないことを改めて強調しておきたい。
これは断言してもいいですが、当時の私だけでなく、当時の上記酒井・丸川両氏に
にしたって同じだと思います。少なくともヒデザネは、早稲田の文学部生なら名前を
知らなきゃ恥しいくらいには既に有名でしたから。しかも私に至っては筒井問題の際に
唯一満足できた本が『超「言葉狩り」宣言』だったので、ただ有名だからってんでなく、
実質的にも尊敬してたんですから、「イケイケ」以外の何物でもありゃしません。
当時のヒデザネがそれほど経済的に困窮してたとはしりませなんだが、当時それをしった
としても、尊敬の念は増しこそすれ減ることはなかったでしょう。
文学の世界ってのは、現代詩はやや極端にせよ、概ねそんなものですよ。私はこんな自明
のことをこんな文オタしか書き込まないようなとこで「解説」するとは夢にも思わなんだ。 845〜6へ
なんだ、千坂恭二か。つまんねえの。
私がかいたことから「精神的強がり」を読み込む時点でお前のリテラシー能力のホド
がしれるってもんだ。あばよ >>845
訂正
> そういうことが云われているのではにないでしょうか?
→ そういうことが云われてるのではないでしょうか?
> 人は、坂口安吾を辿ればどういう認識に至ることができるのだろうか?
→ 人は、坂口安吾を辿ればこういう認識に至ることができうのだろうか? >>847
酒井と丸川レベルであなたの頭には何かエライ人に映じてるんだたっら
そりゃあなたの思想的文学的偏差値はやっぱ低いんだよw
スガ秀実の文学的業績は尊敬するがとかtwitterでも何回か書かれてると思うけど
そんな風に見える人はまず、基本的に前提になってる教養が低いの。
そういう狭窄な視野が、高校中退したときには中核派に目が暗み
法政大学では田上なんかをまともな先輩の師だと思ってしまったり
挙句の果て最後に引っ掛かってるのがスガ秀実と来た。
人生のそういうプロセスになっちゃったの
>>845-846
いやそれは千坂とは全然異なると思うよww
この辺も勘の効きどころだね >>847
> 少なくともヒデザネは、早稲田の文学部生なら名前を
> 知らなきゃ恥しいくらいには既に有名でしたから。しかも私に至っては筒井問題の際に
> 唯一満足できた本が『超「言葉狩り」宣言』だったので、ただ有名だからってんでなく、
> 実質的にも尊敬してたんですから、「イケイケ」以外の何物でもありゃしません。
通常早稲田の学生なら「すが秀実」という名前を聞いただけで、吹き出すか
馬鹿にしてたかに決まってるじゃないか
あなたの目と耳はどこに付いとるんじゃ?
そもそもあかねの中でさえ、何も当時の前チキとかの話を持ち出すまでもなく
早稲田の学生はスガといえば、セクハラか親父ギャグでシツコイのぐらいの
認識しか持ってなかったよw
やっぱり、ミゲル君は、何処かが外れてるんだよなあ・・・・ 人生。 そもそも安里は法政の人間でしょう。
あなた早稲田のこと何もわかってないよ 850へ
さては貴様、中川文人だな。まあどうでもいいけど、私からすりゃみな似たような
もんだから。要は新サヨ屑。
酒井と丸川がエライなんていってないよ。偏差値高そうなお前なら分りそうなもんだ
が、彼らだって典型的な新サヨ屑じゃねえか。ただお前がいうような「有象無象のダメ
人間の巣窟」に屯ってるようなダメ人間じゃないってことだよ。そもそも私はあかね
をお前がいうような「有象無象のダメ人間の巣窟」とも思ってないわけだし。偏差値
高いにしちゃ人がいってないことまで先回りしてゴチャゴチャいいやがって。それが
当ってりゃいいけど外れてんだから始末に負えない。
あとね、いくら自分では「思想的文学的偏差値が高い」と自惚れてたとしても、他人
が正面切って「尊敬する」といってる人物を掴まえて、「そんな風に見える人はまず、
基本的に前提になってる教養が低いの」なんていうのは、失礼極まりないですよ。そう
いう無礼は、お前の思想的文学的偏差値がどれほど高くとも、人としての値打ちが疑わ
れるよ。
とはいえ、階級闘争的な問題が絡むと話は若干変ってくるけどね。
たとえばヒデザネが、尊敬する西部邁の名前が中核派の清水丈夫の口から出たことに
感動してるようなことかいてれば、「そんなことで感動するお前はまず、左翼として
の基本的教養が低い(なってない)」て罵倒することも有り得るわけだけどさ。
そうじゃなく一般的に、ヒデザネを部分的にせよ尊敬するお前の文学的偏差値は低
い、とか、田上孝一をまともな先輩の師と思ってるお前の思想的偏差値も低い、とか
いわれてもさ、ああそう、としかいいようがねえじゃん。もとよりこっちは「偏差値
自慢」なんか1度もしてないわけだし。
「最後に引っ掛かってるのがヒデザネときた」てのには、ちょっと耳が痛いけど…。
ヒデザネについてはね、ひょっとしたらいい友人関係が築けるかもしれないって思って
ただけにね。無論それは私の思想的文学的偏差値と教養の低さ、またあるいはそれこ
こそ「精神的な弱さ」から来る幻想だったのかもしれないけれども、それはもう、「人生
のそういうプロセス」として甘んじて引き受けるしかねえわな。 852~3へ
「通常早稲田の学生ならヒデザネという名前を聞いただけで、吹き出すか馬鹿にして
たかに決まってるじゃないか」てのは、「名前をしらなきゃ恥しい」てことと全然矛盾
しないってことは分るよね? それは名前を知ってるだけでなく、ある程度よんで自分な
りに評価までしてるってことだから。 以上が前段について。
後段については、当時の状況に照らしても『超「言葉狩り」宣言』がいかに取るに足ら
ない書物だったかってことをいってくれないと反応しようがないよ。
あと「早稲田のこと何もわかってない」てのが「早稲田の文学部生ならヒデザネの名前
くらいはしってる」てことに係ってんだとすると、当時の早大生も法大生レベルだった
ってことがいいたいのかな。確かに法政の学生はヒデザネどころか柄谷行人すらしらない
のが殆どってか全員だったけど。法政にも文オタはいたはずだからそういうのは知ってた
ろうけどね、そういう連中は運動界隈には来なかったんですよ、法政では。 フルシチョフのスターリン批判、修正主義は苛烈なスターリン主義からもうちょっと柔らかいスターリン主義になろうってことですよね?
反スタの党は個人崇拝や独裁に繋がる民主集中制を廃したり粛正に繋がるような苛烈なドクマティズムを廃して個人の自由を尊重するってこと? 千坂恭二に書いてもらいたいのは幸徳秋水か大杉栄の評伝だな。
中江兆民も出来れば、評伝を頼みたい。 「フルシチョフのスターリン批判、修正主義は苛烈なスターリン主義からもうちょっと柔ら
かいスターリン主義になろうってことですよね?
前段はまず、そのように理解して大過ないかと思います。しかし、
後段は全然違います。まず「反スタ」という言葉がクセ物で、これをどう捉えるかが
大問題です。仰るような意味における党なら、わざわざ「反スタの党」とはいうべき
ではないでしょう。特に日本では。
日本語の、てことは日本での、てことですが、「反スタの党」という場合、その意味
するところはグッと狭まって、「反帝反スタの党」と同義であるとお考え下さい。
「反帝と反スタの二兎を追う党」といってもいいでしょう。要は「資本主義とエセ社会
主義としてのスターリン主義を共に打倒対象とする党」てことになります。
俗に「二兎追う者は一兎をも得ず」といいますが、二兎を厳密な意味で同時に捉えようと
すれば、それは無理でしょう。しかし、標的とする二兎を、一兎ずつ確実にしとめていく
という意味に捉えれば、可能てことになりませんか。「反帝反スタ」とは、帝とスタという
二兎を確実にしとめた上で(やっつけた後に)、「真の社会主義」を建設しようと志す運動
なので、仰るような「個人崇拝や独裁に繋がる民主集中制を廃したり粛正に繋がるような苛
烈なドクマティズムを廃して個人の自由を尊重する」などということは、事実上全く問題に
なりません。それどころか、帝とスタの二兎を追う場合、事実上後者の打倒を優先する
ことになるのは自明の理なので、相手よりも強固な理論(ドグマ)で武装されていること
が必然的に要求されます。こうして相対的に近くにいるやつ(スタ党及び準スタ党)から
順繰りにやっつけていくという発想が、いわゆる「内ゲバ」の論理の根底にあるといって
よいでしょう。もちろん「二兎追う者=党」にとってそれは「内ゲバ」などという矮小かつ
偶然的なもの(例えばヤクザの組同士の抗争のようなもの)では断じてなく、二兎目の「帝」
をしとめることと同等の価値をもつ、革命戦略における必然的なの闘争過程の一環であること
はいうまでもありませんが。 859は856への応答です。
859の最初の2行は削除。 日本における反スタは結局六全協以降の日共に対する否定であり修正主義批判でありレーニンースターリン的な党を根本的に否定するものでは無いと捉えればいいんですかね? そこで「レーニンースターリン」て迂闊にいっちゃうとキーッてなっちゃうので、「スターリン」
の部分はあくまで腹に収めておいて、また不要な議論をふっかけられるのを防ぐには「結局六全協以降の」
も取っちゃって、「修正主義批判」を「革命的批判」とでもしてやれば、反帝反スタ派も
特に異存はないと思いますよ。私は何だかんだ文句はいってもしょせん日共なので、
そのままでも「はい、その通りです」って答えますけどね。 >>862
そもそもあなたの目には、
常人や歴史的な情報、テキストとは違って
何故スターリンの存在が「善」に見えているんですか?
まず我々が聞くべき問題はそこからでしょう。 安里さんはまず、基本的なテキストとして、
ハンナ・アーレントの「全体主義の起源」を読んだことはあるのですか?
スガ秀実はとても「全体主義の起源「を読んでるようには見えないのですが。。。 で、上のような「反スタ」の空疎・空虚さを洞察し、「真の反スタ」を求めてファシズムに
到達したのが千坂恭二とか外山恒一といった連中です。安易といえば安易、しかし「反スタ」
ってことだけに焦点を絞りゃ、そりゃ必然的にそうなりますわな。下はTwitterで連載した
チンタロー追悼文の確か冒頭部。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
·
Feb 7
ビートたけし(北野武)とともに戦後を代表する「反俗的俗物」(花田清輝)。ファシスト
は支配階級が表立って言うことを憚る本音を大胆に主張することで大衆の人気を引寄せ
る。コミンテルンを「ソ連による世界支配の道具」と宣伝するナチスに同調し、その解散
まで第二戦線の構築をサボったのが「西側」だ! > 「真の反スタ」を求めてファシズムに到達したのが千坂恭二とか外山恒一といった連中です。
なんで反スタがそこでファシズムに転化しなければならないのか全く必然性はありませんね。
スタとファシズムの同一性が見れてないところでは
どんな主義を打ち出したところで、
無意味ですから。 > なんで反スタがそこでファシズムに転化しなければならないのか全く必然性はありませんね。
典型的な視野狭窄が原因。
しかもこいうのはいつも大体集団的で連鎖的な視野狭窄。
即ちある種の共同幻想。 863-4へ
私の目に〈スターリンの存在は「善」に見えて〉はいません。しいていえば〈善悪の
彼岸〉でしょうか。しかしそんな風にいうと「善」以上に「凄いもの」視してるみた
いに思われかねないので、いいません。
『全体主義の起源』はよみました。愚書だと思います。 867へ
〈反スタがファシズムに転化する必然性〉を千坂や外山に即していえば、千坂がよくいう
ように、日本の「反スターリン主義運動」なるものは結局のところ観念運動の域を出
ないからではないでしょうか。そこから脱して、歴史的場所的に反スタ即ちソ連打倒
を買って出たのはひとりファシズムだけであると。これを無視しちゃいかんと。また、
千坂らにおいて、
「スタとファシズムの同一性が見れてない」とも必ずしもいえないのではないか。
彼らはそこにアーレント的なある種の「同一性」を見出した上で、「反スタ」を
歴史的具体的に遂行するならファシズムを「否定的媒介」として、ニュー・ファシズム
とか日本版ネオ・ナチというかどうかは別として、まあそんなようなものを模索してる
んじゃねえでしょうか。 集合論論理学で解けるようです。時間はかかります。各々自覚がない加害の繊細な。 >>869
「善悪の彼岸」とはつまり、
プーチンのロシア侵攻のような行動のことを言うのでしょうか? ソ連にとって、1968年プラハの春弾圧は、善悪の彼岸的行為だったのでしょうか? 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
5ちゃんではヒデザネ本人と思しき奴が、
私の「イケイケ文壇人」規定に反論するに
「当時はそれどころか素寒貧だった」とか、
揚句には「西部邁からの『発言者』同人としての年250万円の援助が頼みの綱だった」とか
涙ぐましい程に"自らの"「ダメさ」を訴えてるが、文学者の生活問題は、確かに深刻らしい。
安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
8h
ついでにいうと、"ヒデザネを多少とも評価する安里の低脳"を論ってる奴は、
ほぼザネファと見て間違いなし。ヒデザネ本人の可能性すらある。
だってね、私ほど大っぴらにヒデザネを腐してる人間はいねんだから、
本当にアンチ・ヒデザネなら文句なんかつけてこねっての。
頭隠して尻隠さずとはこのこった! > 5ちゃんではヒデザネ本人と思しき奴が、
> 私の「イケイケ文壇人」規定に反論するに
安里先生 残念ながらそれは妄想です しかし250万円という具体的な数字はマジだと思われますw 月曜社3月下旬新刊:渡部直己『子規的病牀批評序説』
2022年3月23日取次搬入予定 *文芸・評論
子規的病牀批評序説
渡部直己[著]
月曜社 本体2,700円 46判
現代文学論を牽引してきた批評家が放つ新たなる批評への宣言。
志賀直哉論など文学史を反転させる書き下ろし批評、フローベール書簡に寄せた断章群、
そして最も畏敬する三人の文学者にささげた論考三篇の三部構成によって、
一貫して正岡子規的な「フォルマリズム」を基底にした冷徹なる「物」からの眼差しを
批評として実践してきた著者の核心と未来を凝縮した類稀なる書!
★蓮實重彦・柄谷行人推薦★
「文学批評の可能性について、渡部直己ほど真剣に考え続けた者がいるだろうか。
その業績は批評の歴史における貴重な指標となるだろう」(柄谷行人)。
「明治維新を文章体験として相対化すること。
『日本小説批評の起源』(河出書房新社、2020年)以降の渡部直己の仕事は、
その政治的な一点において他を圧倒している。
その視点をさらに深く推し進めているこの最新作は、
批評的な実践がかつてなく弱まっている二十一世紀の日本にとっては
過ぎた収穫にほかならぬ」(蓮實重彦)。 250万だと安里先生が噂真校正やってた時代の年収と較べてどちらが勝ちでしょうか? >>883
まー自称詩人と左翼には永遠に縁がないんでしょう 西部からしたら絓、柄谷、浅田は友人云々を超えて危険でもなんでもないという判断なんでしょうが >>869
> 「善悪の彼岸」とはつまり、
> プーチンのロシア侵攻のような行動のことを言うのでしょうか?
→ ウクライナ侵攻 今月の批評の中で唯一空気を読めていない論が存在する。
絓秀実「花田清輝の「党」」(『群像』3月号)である。
絓の最初の著作が『花田清輝――砂のペルソナ』(1982年)であるところから、
40年後に花田をどう料理するのかが気にはなっていた。絓的な文学史テーマといえば、
「68年問題」がまあまあ有名だが、それは2000年代に入ってからのことで、それまでは
「昭和十年前後」(平野謙)問題にフォーカスすることが多かった。
「昭和十年前後」に持ち上がった諸問題は、戦後に解消されるはずもなく、むしろ継承される
ことになる。そしてそれは68年により顕在化した形で問題になるというコースが、絓読者の
脳内では描かれているはずである。ただ、今回の議論には「68年問題」と異なるところが
あり、それが「党」への接近ということになる。絓の「68年問題」を恐ろしく簡略化すれば、
「党」を批判して出てくる新左翼的なものにフォーカスし、最終的にマイノリティ運動に良くも
悪くも可能性を見出すというものだった。
少し寄り道すると、この方向の可能性をより緻密にして大江健三郎の「68年問題」を分析した
石川義正の「「便所」をめぐる闘争――大江健三郎『河馬に噛まれる』を読む」
(『連合赤軍――革命のおわり革命のはじまり』2022年2月)がある。この議論は、
石川の前著『政治的動物』(2020年1月)における「数学的アンチノミー」(カント)に可能性
を見出した議論の延長線上にあるだろう。政治的な形象としては、学術的な定義を無視して
いうが、アナキズムーー見方を変えれば多文化主義――に近い。とにかく「河馬」/「便所」
をめぐるテクスト分析が最高だった。 絓に戻ると、彼の「68年問題」も多文化主義を評価する文脈と無縁ではないわけで、
それは当時「文学ジャンク」論――「J文学」の時代!――を唱えていたことからもわかる。
多文化主義が現在の当事者性の問題と一直線に繋がっているとすると、そんな現状を
批判するために、花田の「党」を持ち出したのが絓の当該作ということになる。
むろんこの試みは自己批判でもあるだろう。「われわれは長い間懸命の努力をつづけて、
ようやく教皇の頭から帽子を引き抜いた――と思ったとたん、実はその首まで引っこ抜いて
しまっていたということか」(チェスタトン)。
絓も示唆している通り、「文化左翼」の多文化主義は資本主義の包摂と共犯関係
にあるが、こと日本の文脈でいえば柳田国男が代表する天皇制の統治の枠内にある。
このような状況、今月の議論に即していえば当事者性フォーカスの状況に対する批判的視座
としての「党」の提示といったところか。
少し戻ると、西村論の結部にある「写真を撮る者」――椎名の歌詞にかつて存在して消失した
「写真を撮る者」との関係――の再起動への期待もまた、絓=花田の「党」と構造的に重なる
ものである。
戦前から、とくに戦後まもない1950年前後の花田の言説は周囲に比して確かに異様である。
戦後の最初期にはリアリズム論争が画壇をにぎわせる。そこでは、個人の自由を謳歌する
モダニズムと、政治的な(もちろん民主主義的な)主題をよしとする社会主義リアリズム
が対立する。他方、花田は、モダニズムの抽象化を前提すべきとする労農派的な発想を
持ちつつ、それとは別の次元で動作している政治や社会を問題にしなければならないとする
講座派的な発想がある。
それらを無理やり接合しようとするところが花田の真骨頂だが(アナキスト?安吾も
近い発想があって花田とは武蔵の二刀流をめぐる論争を繰り広げている)、彼の主張は、
個別性を超えた抽象的な典型によって社会的・政治的な現実を構成し直すことだった。
具体的には紙芝居やアニメーションが重要なジャンルとなる。もちろん背景には大衆への
アピールがあった。最近では、木村友祐や乗代雄介の、ときに戯画的・典型的とも
(たいていは批判的に)指摘されるストーリーとキャラクターを思い浮かべてもよい
かもしれない。 文学+ @bungakuplus
4h
文芸批評時評(3月)をお届けします。中沢忠之
芥川賞・当事者性・花田の「党」|文学+WEB版
@bungakuplus #note
https://note.com/bungakuplus/n/n34cbbd12e043 安里健よ、デタラメばっか垂れ流してんじゃねえぞ。絓の近大着任は渡部ってより柄谷の助力だろ。小谷野は絓の著書の書評なんてほとんど書いてねえよ。 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
4h
5ちゃんねる、早速書き込めなくなっちゃった。
キー情報が不正ですってんだが、何のことやら。
でもまあ、奇特な人が適宜コピーを投稿してるようなので、
それでよしとしよう。ヒデザネを近大に招いたのは柄谷行人で、
小谷野敦はヒデザネ本の書評なんかしてない、デタラメこくな、との指摘あり。あ、そう 安里先生、自宅PCから書き込めないときは、
携帯かスマホから書き込んでください
頻繁に書き込み制限するようになったのは、
財政窮迫に悩む西村博之らの戦略ですが
好きなときに書き込むためには今は月々400円で
有料会員の権利を買えるようになっています。
(カードかスマホ会社からの決済) 花咲 政之輔
3月3日 11:00
元KAT-TUN田中聖のバイブ肛門写メイメージが頭から離れない 絓秀実氏「恋愛=革命。しかし、学生から訴えられたら終わりだ。」
加藤 豪
@_5925263769112
昨日 20:45 またまた安里ミゲルは読めてないな
中沢忠之の文芸時評は、スガが文壇の批評の傾向を読めてないことを
むしろ評価している文章じゃないか 元批評空間絓秀実のバイブ肛門写メイメージが頭から離れない > 文学+ @bungakuplus
> 文芸批評時評(3月)をお届けします。中沢忠之
そもそもこのひと文章の意味がよくわからんよ そいつ仕事の片手間文芸批評で基本的には逆張りおじさんなのでたいした思想はない 絓秀実氏 「恋愛=革命。しかし、学生からバイブ肛門写メされたら終わりだ。」 この辺で千葉先生の言葉をもう一回引いておこう
千葉雅也『現代思想入門』予約開始
@masayachiba
マイノリティにはマイノリティならではの、
自分を疎外する世界を少しでも引き寄せるための「偏った」解釈をする権利がある
と思うのだが、それに対しマジョリティが、その偏りは不当だ、
真に差別がないのは双方偏らないことだ、と反論することがあるわけだが、
そうしたらどうしたらいいのか。 意識というよりも無意識で
言葉というよりも言葉の裏側で生きている人たちの集合体
だからスターリニズムでもファシズムでも何でもアリなのだ 文學界4月号がアナキズム特集をやってるというので買ってみたが、文學界のレベル低下は
歴然じゃないか。編集の感性は古いし、それでいてオチャラケだし。
これじゃ、群像がましだな。 ひさしぶり絓秀実の論考を読んだので、
やはりひさしぶりに絓スレがあるかと掲示板を覗いたらまだスレはあって、
しかもなんだかすごく盛り上がっていて驚く。
こややし
@kova41
昨日 21:55 >>906
アナキズムには世界中に栗原より遥かに優秀な研究者がどっさりいるんですよwww daiyusaku
@daiyusaku
誠のサイキック青年団という番組は残念にもああいう終わり方をしてしまったし、
色々な面での功罪はあったにせよ、北野誠と竹内義和が口を揃えて言った
「『実際に会って話をしよう』という人間は信用するな」という言葉は、
今でも心に刻まれている。そして自分の考え方の基本の一つになっている。
@toronei
7時間
北野誠がよしりんに「(議論で揉めてる最中の相手と)会って話しちゃダメ、
人間どんなやつでも会って話ししたら良いやつだから」ってアドバイスした直後に、
当時揉めてた新聞記者とどっかのロビーでばったり会って、
そこで人懐っこいムーヴで絡まれて本当に毒気抜けた言うてましたわね。
@daiyusaku
5時間
あー、それゴー宣で読みましたわ、確か。
daiyusaku
@daiyusaku
2時間
確か、相手は絓秀実氏だったと思います。
毒気を抜かれたというより、思ったより色々な面で薄い・浅い・軽い印象で
「こんな相手にムキになっていたのか、虚しくなった」という感想だったような。
それを毒気が抜かれたといえばそうなんかな。
おりた
@toronei
2時間
あーこれその人との話ではないのは間違いないです。
daiyusaku
@daiyusaku
2時間
あーそうですか、別人ですか。
まあこっちは会って逆に色々な意味でガッカリというパターンでしたね。 村上春樹なんて柴田、丸谷、龍、中上くらいとしか会ってなさそうだもんな
それはそれでいいんじゃないかなあとも思うけど 結果的には、村上春樹の正しさというのを
これから改めて発見し直さなければならないという地点に
日本文学は立っていると思うよ。
しかしそれはノーベル賞作家としての村上春樹という意味ではない。
元々あの人は自営業でしょう。
ジャズ喫茶を一人で経営していた。
つまりあの人は元々とても経済的な自立性の次元を意識しながら
生きていた人なんですよね。
そこが後々の柄谷派による村上春樹潰しの工作によって
みんな隠蔽されてしまった。
しかし本当は、日本の作家で最もNAM的だったといえる
実存の経済的形態を持っていたのは、村上春樹だったんですよ。 ここで村上春樹の話題はかなり重要なんだけど。。。。
しかしちょっと違う話を 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
3月7日
「よし子」→「よしこ」
備考:子供の頃近所でよく見かけたあの「アナウンサーのおばさん」が、
後年極右ばばあに成長するとは! 勝どきの「黎明スカイレジデル」に住んでたようだ。
佐藤蛾次郎も。佐藤とはその後、私が銀座のバーで働いてる時「再会」。
「蛾次ママ」のある第2弥生ビルだった。懐かしい。 安里さんに質問なんですが。。。
あなたがまだ余り公には語っていないとお思われる自分の生い立ちについて
子供の頃に実はあなたが芸能人の子役だったということがあると思います。
実はあなたの生い立ちについてここが重要なポイントなんじゃないでしょうか?
応答は、ここ5ちゃんねる上でもtwitterでも構いませんから。。 中上はフォークリフトの運転手やってたんでしょ?
肉体労働といえばそうだけどあれ楽な仕事でしょ?w 安里さんは子供時代に芸能人の子役をやってた経験があり、
興亜火災のCMで出ていた。
「まさかのときの興亜火災〜〜」のCMである。
その後どういう経緯かは分からないが、
あなたは高校を中退し、中核派に参加し、
三里塚では逮捕されて、十代のときに少年鑑別所に入った。
この時点から、あなたの現在にまで至る左翼かつ文学的な経歴が始まったのだと思います。
しかし、あなたは元々子役として芸能人として一回小さな成功を収めたことのある人であった。
この子役としての、出世本能、妙な自己アピール力の上手さ、
不器用に見えても、実は出世的なアピールの技術を持っているというところが、
その後の左翼における、あなたの作る年長の先輩筋と関係するあり方、
武井昭夫やスガ秀実との関係性と、今まで繋がっているのではないでしょうか? >>920
文学者が何か一般の仕事やってたとしても、
それが雇われ仕事、賃労働であったのか、
それか自営業で、自己的に自立して経済を賄っていたのかとでは、
全然違うんですよ。
文学者が仕事の経験あるとしても
それが雇われ仕事である場合は、実は殆ど意味がない。
それが肉体労働だろうとサラリーマンだろうとその点は全く同じです。 安里氏はほぼ同世代っぽいけど新左翼とか全然関心なかったから同世代にもこういう人いるんだなあって感じ
東浩紀とかと同じでご多分に漏れず柄谷、蓮實、浅田のポストモダンを読み向こうはアニメとかオタク系こっちはパンク/ニューウェイヴとかのロックとかで細かい趣味は違うけど同じ穴のムジナみたいなもんでw >>921
つまり、芸能人子役における世渡り上の早熟な知恵
というものを、ここで想定して頂きたいのだ。
子役が大人に取り入るためには、どういう知恵を使えば
最も大人にホメられるのか?承認されるのか?
それは子供が
「原則的なことを言うこと」によってなんですね。
つまり、安里さんは、この時期、原則的なことをとにかく真顔で主張しておけば
それが最も大人に、芸能の関係者たちにホメられる
そういう術をここで覚えたのではないか?
そういう構造が透けて見えるわけです。
しかしそれが何か奇妙な反転を重ねて、今の
スターリン主義を原則的に肯定する、という
おかしな原則主義者の本能にまで繋がっている。
このような構造が見えるのですが、その点どうなんでしょうか? >>922
東浩紀なんか自分の店出してやってるけど、ただの居酒屋の親爺だよね。
それも有害極まりない、文壇や論壇の形成に寄与するゲンロンという馴れ合いの場を設けてる。
ちゃんとした仕事など一切しないのが自営ライター東浩紀なのかな。 ロフトプラスワンのちょっと高級版でしかないよな
東はいまいちいつもよく分からん奴だ 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
17時間
SNS経由でなく私が"元芸能人"てことをしってる5ちゃんねらー919/921は、
かかる"自慢話"を私から直接聞いた筈。だったら私の、
「神様が左手で描いた」どころか「尻の穴で描いた」みたいな顔も見知ってるわけで、
実際私はボンド企画では出色の不細工君で、
"出世"なんて予め閉されてたようなもんだった。 > だったら私の、
> 「神様が左手で描いた」どころか「尻の穴で描いた」みたいな顔も見知ってるわけで、
> 実際私はボンド企画では出色の不細工君で、
> "出世"なんて予め閉されてたようなもんだった。
いやそんなことないすよ。
二枚目よりも三枚目のほうが芸能人というのはよく使えるんですよ。
つまり三枚目のほうが儲かるし生き残り率も高いんです。
テレビの時代になってから特にそうでしょう。
結局長く儲かってるのがテレビでもCMでも
出川哲朗であるという現実を見てください。
芸能界で一番最初にキツクなるのは石原軍団に来るような
透かし系であって特に二枚目というのは喋りが面白くないんです。
だから石原軍団というのはある意味自己防衛集団だったんですね。
石原軍団を支えていたのは峰竜太であり、
後には良純も結局お天気キャスターの試験を通って喋りで生き残りました。 株式会社ボンド企画は、
1992年まで東京都港区麻布十番に所在していた芸能プロダクション。 社長は高杉敬二。
1967年、ファッションモデルのマネジャーをしていた高杉敬二が
日本テレビの深夜番組『11PM』のカバーガールを手掛けたことで設立した。
女性アイドルのプロデュースを中心とした芸能事務所で、
芸能セクションとモデルセクションが存在した。系列事務所には、
「株式会社ボンド音楽出版」、「ボンド・ファミリー・クラブ」の他、
杏里と角松敏生のニューミュージック系アーティストが所属した
「有限会社 マーマレード」(代表取締役社長:梶岡勝)も存在した。
松崎しげるや岡田奈々、大場久美子、杏里、松本伊代、本田美奈子らを輩出し、
少女隊による総額40億円というプロモーションなども話題になったが、
増大した広告費に対する費用対効果が得られず、1992年に倒産した。
その後、高杉は新事務所「BMI」を1996年設立。
その際、かつてボンド企画に所属していたタレントの中から、
本田美奈子だけを再び引き抜いている。
また、ボンド企画とマーマレード両社の音楽関連の著作権は、
系列会社の「有限会社 マーマレード音楽出版」(代表取締役社長:梶岡勝)が引き継いで
管理していたが、こちらも1990年代後半に倒産している。 安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
15時間
何せ「笑って!」と催促された途端不愉快になってフテ腐れちゃうんだから。
それでも高杉社長からは"面白い顔"てんでほんの少しは見込まれてもいたようだが。
ファンタのCM撮影時に「ファンタースティーック!」て思い切り笑顔でいってやったら、
メーカーから「虫歯が見えるので別の子に」てなっちゃった。
安里 朖
@St8GWBikWwNVhOV
15時間
いってやったら→喚いてやったら 高杉 敬二(たかすぎ けいじ、1940年2月4日 - )は、日本の実業家である。
本名は相良興邦。主に芸能関係の事業を行っており、
かつては芸能事務所「ボンド企画」を経営していた。現在は、株式会社ビーエムアイ社長。
関東州大連(当時)に生まれる。
1964年から1966年頃までファッションモデルとしての経験をもつ。
その後モデル事務所のマネジャーをしていたが1967年に日本テレビ「11PM」
にカバガールを探し手掛けて出演させたのがきっかけでボンド企画を設立する。
株式会社ボンド企画社長として、松崎しげるのマネージメントを担当したのを始め、
杏里や松本伊代など、多くのタレントを育てた。また、芸能プロデューサーの
秋元康を使って、「おニャン子クラブ」や「ジャパン女子プロレス」などの企画を仕掛けたのも
高杉であると言われる。
同社は1992年(平成4年)に倒産したが、同社に所属していた歌手の本田美奈子とは
その後も活動を共にし、新たに設立した株式会社ビーエムアイにおいて、
本田がアイドル歌手からミュージカル女優へと転換するのを助けた。
2005年(平成17年)に本田が白血病で死亡すると、本田の遺志を継いだ高杉は、
NPO法人 『LIVE FOR LIFE』の発起人となり、同法人の活動に従事している。
フジテレビの社長をしていた羽佐間重彰とは羽佐間がニッポン放送時代に編成局長を
していた頃にタレントを出演させた時からの付き合いである。またフジテレビの石田弘
プロデューサーとも1972年からの大親友で石田が担当する番組には公私を超えて
優先的にタレント起用に持ち込んだ。 > 芸能プロデューサーの秋元康を使って、
> 「おニャン子クラブ」や「ジャパン女子プロレス」などの企画を仕掛けたのも
> 高杉であると言われる。
あー 高杉っていう名前はなんか聞いたことあるかも。。。 所在地変遷
ボンド企画
東京都中央区銀座6-4-8 曽根ビル4F → 東京都港区麻布十番3-10-12 シティ麻布301号 そういえば、安里さんは銀座の泰明小学校出身と言っていたような。。。
それが、島崎藤村が私の先輩、
と言っていたところの由縁ですね。 柄谷行人が1941年生まれだから、
高杉敬二という人はそれと同世代なんですね。 安里 朖 @St8GWBikWwNVhOV
1h
「赤信号みんなで渡れば怖くない」に対し、武井は、
「赤信号みんなで渡って地獄行き」という対案を口にしたが、
これまた真面目すぎて全然面白くもなんともないので、
やはり武井は真面目一本槍で行くに如くはないと思ったものだ。
武井の対案が、先の戦争の"地獄"を暗示してることは痛い程分るにしても。 安里さんは、
1 武井昭夫に取り入るのが巧かった。
2 スガ秀実に取り入るのが巧かった。
3 田上孝一に取り入るのが巧かった。
↑ これって全部同型ではないですか? 「松崎しげるレフト」という名前で芸能界に残っていても
別に不思議はなかったと思いますが ヒデザネに話戻した方がいいんじゃない? でなきゃもうちょっと気のきいたこと
いってくれないと、返す言葉もありゃしない。 そういや私の年収が、ヒデザネが西部邁からもらってた250万と比べて上か下かって
訊いてた人がいたけど、90〜0年代当時(噂真期)は収入が最も多く安定もしていた時期
に当るので、ちょうど同じくらいかと思います。 子役が探してるのは、いつも父親役なんですよ。
そして安里さんが、最終的に向かっていった父の名が、
「スターリン」だったということです。 精神分析的には、スターリンが私の父であるってことは分りました。
しかし私自身の意識としては、「スターリン主義者」を自称してると、
「友達よけ」になるというか、新サヨ屑が自然と避けてくれるので、
そういう便利さというか、プラグマティックな効用をアテにして自称
してるって側面が大きいように感じます。
「反スタ」という、資本主義社会も権力者も大歓迎な「前提」を共有
する「左翼」なんて、私にとっては汚らわしい存在でしかありません
ので。
そこで精神分析ついでに、私にとってのスターリンとこの「ケガレ」
回避の意識とはどういう関連があるのか、分析していただきたく存じ
ます。 もう17年くらい前のことだったかな?
ある日ある夜あかねで廃人餓号が
「俺は殺されるんじゃないか・・・」
と言って震えてることがあったんだけど。
この体験から多分安里さんのケースも解くことが出来るのでは。。。。 餓号は当時、日本赤軍の人たち、パレスチナ関係と、
重信メイを中心にして付き合っていてさ、
結構深入りしてたみたいだった。
それで餓号は結局パレスチナにも行ったのかな?
そこまで詳しいことは知らないんだけど。
まーなんか、日本赤軍関係の人とトラブっちゃた
ということだったんだろう。。。 なんかtwitterで安里さんの発言を見ていて興味深く思ったことがあって
このひと革マル派についても相当思想的な拘りと興味を持っていて
単に革マルの情報に詳しいというだけでなくて
革マルの集会にも潜り込んだことがあるという話を書いていた。
通常この世界ではこういう中途半端な動きをする人は
すぐにスパイ扱いされる。そういう可能性があるわけだ。
もちろん安里さん自身もそういう危険に身を晒す覚悟で
革マルの実態をこの目で確かめてやろうとか、そういう気概を持って
集会に潜入してみるとかいう冒険行為をしたのだろう。
しかしもちろん安里さんの身の上にとってこの行為は大変危険です。
それで、安里さんの立場からは、自分が捕まったとき、
それは、中核派から捕まる、
革マル派から捕まる、
警察から捕まる、
というこの三通りが考えられるわけですが
(中核からは革マルのスパイだと疑われ、
革マルからは中核のスパイだと疑われ、
公安警察からも単に不審な意味わからない人物だと思われる)
自分は絶対にどちらのスパイでもない、ということを証明しなければならないわけです。 自分が集団に捕まり、拉致されて、
どこかのアジトに閉じ込められて査問される
(警察だったら単に署で取調べするだけですが)
そのとき自分がどういう考えで政治的に何者なのか
ということを証明しなければならないわけですが、
そこで、
「ぼくは本当はスターリン主義者なんです。
(あなたたちの)
反スターリン主義を全く信じてないんです。」
と言うことが、丁度弁解としての
「厄除け」になるわけです。
そういう点がまず第一義的に、安里さんに、
自称スターリン主義者のロジックを作り出した事情ではないでしょうか?
もちろんその「穢れ」とは、中核と革マル双方の連中を指してるわけですよね。 廃人蛾号とは一緒にレバノンまで行きましたけど、その後彼がそんな状態に陥ったこと
はしりませんでした。17年前といえばレバノン行きの数年後で、ひょっとすると重信房
子が逮捕された時期かもしれないですね。その頃は私とも付き合いがあった頃なので、
ガサ入れとかされて一時的にパニックに陥ったものかと。彼にとってはレバノン行きが
実質左翼デビューみたようなもんだったでしょうから。
仰るような「厄除け」効果は確かにあって、ここでも私は、結局のところ向うの方から
遠ざかってった感じが濃厚でしたね。私が彼らを思想的には見下してるのが伝わっちゃ
うんだと思いますよ。だから端からオルグ対象から外されちゃうんでしょうね。
その意味からすると廃人蛾号は、一事的にせよ何らかの強力な働きかけがあって、それ
が彼をパニックに陥れた可能性はありましょう。
対革マル派的にも若干似たような「空気」は感じましたね。でも私は、何度もかいてま
すが、革マルには一目置いてます。革マルにやられるとすれば、スターリン主義者とし
て打倒される時ですが、そうなっちゃったらもう、仕方ないですわな。
トロツキストにも敬意を表します。中核派にも親しみを覚えるが、それ以外の文化左翼
的「何となく反スタ」って人達は本当に嫌ですね。ゴミとしか思えないし、無自覚的な
革マル応援団だと思ってる。そうした安全圏からする中途半端な反スタ気分や、無原則
的(ある種のヒューマニズムには基づこうが)革マルアレルギーには虫唾が走る。 > トロツキストにも敬意を表します。中核派にも親しみを覚えるが、それ以外の文化左翼
> 的「何となく反スタ」って人達は本当に嫌ですね。ゴミとしか思えないし、無自覚的な
> 革マル応援団だと思ってる。そうした安全圏からする中途半端な反スタ気分や、無原則
> 的(ある種のヒューマニズムには基づこうが)革マルアレルギーには虫唾が走る。
それがまさに「粉川哲夫系の左翼」そのものじゃないですかww
しかし安里さんは丁度その時代だと、
セクトに囚われていて気が付かなかったのかもしれないけど、
早大ノンセクトから地下部室運動体の流れが
そのまんま、だめ連結成にまで繋がったんですよ。
だからだめ連に関わった人は、無自覚的にも皆
粉川哲夫系の延長からお世話になってる
ということになるw おおよそ(何となく)の流れは摑んでるつもりです。
ラジオとか作ってごちょごちょやってる粉川哲夫系がノンセクトに影響もってるのもし
ってましたし、究極Q太郎さんが花田清輝全集をよんでたってのもきっとそれ繫がりだ
ろうなって気もしてました。
私は大学入学と同時に「ノンセクト」なる、「何となく反スタ」な社会的存在を初めて
しり、多大な嫌悪を催しましたが、やがて大学や大卒の「左翼」の大半は、じつはそう
した人々であるってことも認識しまして、「人民の中へ」じゃありませんが、離婚後に
再び運動に足つっこもうと思ったときには、意識的にそっち方面に狙いを定めてたとこ
ろがあります。ロフトプラスワンに一時期入り浸ってたのもそのためです。
当時はよくわからなかったので、どんなイベントにも参加して場違いな「左翼的」発言
を連発してましたが、そんな私を見てだめ連の存在を教えてくれたのが平野悠でした。
あかね開店の半年前くらいだったかと。
ですから彼らには充分「お世話」になっており、感謝もしてますが、これは私の限界
でもありましょうが、思想的・イデオロギー的には全く打ち解けず、ある程度個人的
には親しくなって新鮮味が薄れてくればくるほど、大学入学時に覚えた「ノンセク党」
に対する不快感が新たに湧き起こってきちゃうのでした。
最終的にはザネファでしょうね、そういう意味では。彼らと話してると、革マルが資本
主義以上の「悪魔的存在」とされてるかのようで、しかも思想的な基調はなお「反スタ」
っていう、中途半端さを感じること頻りでした。
花咲政之輔さんなんかはその辺、個人的にはやや異なる傾向を示すこともありましたが。
今にして思えば、時たま私に調子を合せただけだったのでしょう。ある時ハッキリ彼が
非反スタ的発言をしたので、私が喜んでそれをTweetしたら、即刻削除を命じられました
からね。 このタイミングでスターリニズム断固擁護って逆張り以外のどんな動機があるの 文化左翼という蔑称は、文化が分からない文化音痴の僻みから生まれたものだろ。
沢山の小説、詩、文芸評論、映画や美術展を読んだり見たりしてるくせに、芸術弾圧だとかを叫んでる千坂恭二なんかが代表だよ。
文学、美術、音楽、演劇などについて時々、鋭くて面白いことを言ったりしないと読者はつかないよ。
今は中核も革マルも議会に進出してるし、革マルOBこそ、文化左翼になってるだろ。
千坂なんかphdも持ってないのに、ユンガー論やバクーニン論なんか書かせてもらえる訳ないじゃん。
そういう仕事は有名国立大学教授に回って来るんだよ。 安里ミゲルさん、このスレッドに書き込んであなたの幼いころの情報を書き込んでいるのは
あなたのご学友、であり、あなたと同じくNAM会員であった栗原信義さんです。あかねでしゃべったんでは?
破壊していたって、これか?
+++
293考える名無しさん2021/08/24(火) 11:16:27.550>>302
このスレッドの主な書き込み人物
■佐々木真―熱狂的な柄谷ファン。20年〜30年前から柄谷の講演会があるときは必ず
日本全国のどこにでも北海道から出かけ、最前列にすわる。「柄谷行人を解体する」
というサイトも運営する。この2ちゃんねる柄谷スレッドも基本的に佐々木がたててい
る。柄谷からは20年前から「たんに迷惑」「一種のストーカー」「本人に特に悪意が
あるわけではない」「ストーカー的な人こそ最も厄介」と認識されている
http://web.archive.org/web/20030718212008/http://askaccs.ne.jp:80/tokushu/sp_06.html
■栗原信義 ―元NAM会員 自称ピエール 20年前、柄谷にNAMで下記のように
いわれ、さらにそれを20年前、2ちゃんねる柄谷スレににさらされ、恨みに思い、この
2ちゃんねるスレとスガ秀実スレを主戦場に、業界ウラ事情通風な立場で柄谷神話を
破壊しようと言論活動を20年前から続けている。数年前から佐々木と結びつき、
頻繁に会い、自らの発信の立ち位置を確立しようと模索する。
栗原君
君は、かつて法政大学で私のゼミに何度も来て、私に「来ないでくれ」と言われ、昨
年の駒場の集会のあとでも、私に「君はNAMに入るな」と言われたはずだ。その翌日
の紀伊国屋ホールのシンポジウム(NAM生成所収)で、私が、ダメ連とか現代思想オ
タクにはNAMに入ってもらいたくない、としゃべったが、そのときも、君のことを念
頭においていた。しかるに、君はNAMに入り、案の定、支離滅裂な議論で、まじめに
受け答えする人たちを困らせ、また、事務局を不当に攻撃している。どんな人からも
学ぶべきところはあるが、現代思想オタクや三流物書き志望者から学ぶことはなに一
つ無い。今後、発言に注意してもらいたい。今後、MLの議論を無用に混乱させること
をするなら、私の責任で、MLから除くことにする。 柄谷行人 953へ
「このタイミング」ってどのタイミング? 匿名に胡坐かいて横柄な口きいてんじゃねえ
ぞ、虫ケラが。
956へ
どうもありがとうございます。ピエールさんに絡まれるなんて、有名人にでもなった
気分です。 このスレ今まで読んでいて、
主要な論調を引っ張ってるのがピエールだと
理解していない人がいるなんて、
思えることのほうが不思議だw いや正確にいうと、法政大学でもミゲルとピエールが
御学友であったということはないんですよね。
ピエールが法政大学に入学したのは多摩校舎(社会学部)で1988年だった。
ミゲルが、法政高校中退してから逮捕されて少年院を出てから
大検を通って法政大学の文学部に入ってきたのは多分1990年でしょう。
実はネット上で言ったことはないんだけど知ってる人は知ってることで
ピエールは最初は明治学院大の法学部に入学して半年で除籍になってるんだよな。
自由が丘に安い下宿を借りて横浜戸塚の明学校舎まで通ってた。
最初に酒井隆史、たんこぼ(太陽肛門)、ペペ長谷川、
といった人たちと出会ったのは、このピエールの明学時代である。
法政がいいよ、と教えてくれたのは早大ノンセクトの人たちだった。 ピエールが法政の学籍あった期間は1988年から1990年。
当時のピエールについて証言できる人は、
田上孝一や中川文人です。
ミゲルを初めて見たのは、新宿ロフトか、だめ連か、
ただミゲルがどういう人か初めて身近に体験したのは
1997年でこれはスガ秀実が当時駒場寮でやってた資本論読書会ですね。
すごく情熱的に資本論の話をスガに食い込んでくる人が一人いるな
ということが印象的だった。 >>952
> ですから彼らには充分「お世話」になっており、感謝もしてますが、これは私の限界
> でもありましょうが、思想的・イデオロギー的には全く打ち解けず、ある程度個人的
> には親しくなって新鮮味が薄れてくればくるほど、大学入学時に覚えた「ノンセク党」
> に対する不快感が新たに湧き起こってきちゃうのでした。
> 最終的にはザネファでしょうね、そういう意味では。
ここでちょっと皆さんにも気付いて欲しいポイントがあります!
早大ノンセクト運動の特殊性という問題はさておき、
そこで前提になったのは「首都圏ノンセクト・ラジカル」という大学横断的な運動体が
立ち上がったのが1987年だったかな?
この団体は粉川哲夫等という当時左翼の先輩方の教導によって作られています。
中心になったのは当時早大一文の学生だった見津毅ですね。
(彼は1994年にバイク事故で死亡)
それでミゲルがセクトにうんざりし見切りをつけてノンセクトだった界隈に流れてくるのが
1997年前後、この時期ほぼ同時的に、駒場場寮廃止反対運動を切欠に
やはりノンセクト界隈の運動にやって来たのがスガ秀実なんですね。
この二人は、偶然なんだけどほぼ同時期に、ノンセクト系へ接点を持ちに来てる。 ピエールさん1人でやってんの? まあ別にどうでもいいけど、960へ。
私の学歴なんてさらにどうでもいいんだが、一応訂正しとくと、私は1985年に法政
大学第一高等学校への内部推薦を受けられぬまま同中学校を卒業し(事実上の中途退学
処分)、都立紅葉川高等学校(現・中央警察署所在)に進学するも1学期の成績で留年が
ほぼ確定的となったため、当時ちょいヒットしてた「教室」(森川美穂)につられて、夏
休み中に退学届を学年主任に提出するも慰留されたまま10.20空港突入闘争で現行犯逮
捕。11月2日千葉少年鑑別所出所後、正式に中退手続きを履行するべく制服着用で登校
したら既に退学処分されていた。事件後、築地警察の捜査を受けた学校当局が、「既に
退学している」ことにしたらしい。その後審判を受けたが、覚悟していた少年院行きは
免れ、保護観察もつかず、処分保留のまま放免。1987年に大学入学資格取得。法政大学
文学部哲学科への入学は1991年。94年学費未納除籍。98年再入学(事実上の復学)。99年
卒業、となる。 理由は、「だめ連」という新しい運動体が、まず雑誌の現代思想で特集され、
それらが単行本化されて、TV等メディアで紹介されるようになった
という情況があったことです。
それまでノンセクト系には軽蔑的な視線を注いでいた旧新左翼の尾鰭の付いてる人たちが
この1997年前後の段階でやっぱり新左翼には見切りをつけて、
改めてノンセクト系のそれまでは有象無象に見えていた左翼に合流したということなんだよね。
スガとミゲルは、やっぱり共に同じような軽蔑感を彼らに対して抱いていたと思うんだよね。
それで正統派を自負する左翼の人々が、新しいノンセクト系の左翼に
胡散臭さと軽蔑の念を向けるのかという、構造もなんとなくは分かる。。。。
つまりそれは、元々は、吉本隆明が花田清輝とその界隈に向けていた
軽蔑心と同じ種類のものだからだよね!
つまり、スガとミゲルは、無自覚的にして、吉本隆明の心情的構造を
そこで反復していたはずなんですよ。 >>963
いや幾らなんでもピエール一人でここまで全部は回せないだろうwww >>963
> 千葉少年鑑別所出所後、正式に中退手続きを履行するべく制服着用で登校
> したら既に退学処分されていた。事件後、築地警察の捜査を受けた学校当局が、「既に
> 退学している」ことにしたらしい。その後審判を受けたが、覚悟していた少年院行きは
> 免れ、保護観察もつかず、処分保留のまま放免。
なんだ少年鑑別所と「少年院」は別物だったのか。
それは知りませんでした。
あの悲惨な留置場の便所の話は、鑑別所でしたか gatemara @gatemara
14m
ヘルメットに「Z」が入ると革マルっぽいな >>963
しかし、ピエールが現在的な階級闘争の拠点を「匿名掲示板」に見ているのは、
確かですw 966へ
「便所の話」が戦前来木造二畳半の独房半畳分の蓋スレスレに糞尿の溜った汲み取り式
便所の話なら、鑑別所ですが、用を足すたびに大声で看取に「5号便水お願いします!」と
叫ばないと水も流してくれない話なら、築地警察留置場の話です。 ソ連でいいじゃないかとは思えないし反スタ新左翼がどういう社会目指してるのかよくわかんないし私に新しい共産主義のヴィジョンがあるわけでもないから新自由主義の極端な暴走をもう少し再分配で是正したいという浅田彰さんの立場くらいしか私にはないかなあ >>950
> トロツキストにも敬意を表します。中核派にも親しみを覚えるが、それ以外の文化左翼
> 的「何となく反スタ」って人達は本当に嫌ですね。ゴミとしか思えないし、無自覚的な
> 革マル応援団だと思ってる。そうした安全圏からする中途半端な反スタ気分や、無原則
> 的(ある種のヒューマニズムには基づこうが)革マルアレルギーには虫唾が走る。
>>952
> ですから彼らには充分「お世話」になっており、感謝もしてますが、これは私の限界
> でもありましょうが、思想的・イデオロギー的には全く打ち解けず、ある程度個人的
> には親しくなって新鮮味が薄れてくればくるほど、大学入学時に覚えた「ノンセク党」
> に対する不快感が新たに湧き起こってきちゃうのでした。
> 最終的にはザネファでしょうね、そういう意味では。
この感情的構造というのが、
吉本隆明が花田清輝に対して抱いていた心情の構造と、
多分同型であるという事実には、まだ気付きませんか? 文章の面白くない奴ら=安里、ピエール、栗原、摂津、千坂。
批評性が無いので、何年経とうが成長しない。 模索舎 @mosakusha
2h
【模索舎新入荷】
『動労千葉が歩んできた道』(著=田中康宏 発=出版最前線)入荷しました。(E)
mosakusha.com/?p=1593 『浅田彰×先?彰容対論 ウクライナ情勢と世界 プーチンの国家観とは』【前編】
https://www.fnn.jp/articles/-/331412 小谷野敦とちおとめのババ・バロネッタ
@tonton1965
渡部直己から新刊が送られてきたんだがかなり深刻な病気らしい さーーーー ライバルに差をつけよう (外山恒一風) なんかこのスレでバカっぽい煽りを見ると
どうしても外山恒一の芸風か
その弟子筋みたいなのが思い浮かぶんだよねw > 文章の面白くない奴ら=安里、ピエール、栗原、摂津、千坂。
> 批評性が無いので、何年経とうが成長しない。
> 少しは反省したかwwww
> 5流大学で威張るなよwww
こういうのは全部外山文体でしょう?
果たして現実の外山が、このスレで煽りやりに来るほどのアホなのか
あるいは外山の日々再生産してる弟子筋がこういうことやりに来るのかもわからん 小谷野敦とちおとめのババ・バロネッタ
·
Mar 13
福田和也は定年じゃないはずだが、病気退職なのかな >>986
俺は外山と無関係だ。
お前には何の推理力もない。
俺はスガの講談社掲載エッセイを誉めた者だ。
大学教授にも色々あるがスガのことなら、実際名実ともに五流だろうが。
たいしたこともないのに調子に乗るのもいい加減にしろwww なんか文句あるなら具体的な内容に即して言ってください
それ以外に対応するつもりありませんからw >>990
「柄谷を解体する」が寄生虫の証拠でなくてなんだよww
しかも寄生虫の分際で宿主を解体するとか、不遜極まりないだろwwww おまえはそもそも絓秀実大先生の大いなるポリシーこそが、
ミッシェル・セールの著書「パラジット」を引くところの
大寄生虫主義だということも何も知らんで言ってるのだろうw
生活者だの自立だのを前面に掲げている論理とは、
旧新左翼と中期の吉本隆明まででもう終わってるんだよ。
左翼の基本ロジックももう既に二十年前の段階には
「労働と自立」から転じて、徹底的なる寄生虫主義の方に転位している。
寄生虫こそが人間の真実。
大いに結構。
それが絓秀実の基本だよ。 そもそも自ら認めるところの正々堂々とした寄生虫でなかったら
西部邁をパトロンと仰ぎ金貰って生きる生活なんて
絓秀実先生が自ら選択するはずもないだろう。
生活者と自立路線で貧乏臭いシミッタレた左翼を生きる人だったら
ジャナ専の先生で偏差値30以下の生徒たちを教え続ける生活に
甘んじていたことだろうよ。 大体「柄谷行人を解体する」というスレを
いつも運営してるのはmakorinであって
ピエさんはそこの所にちょこんと寄生させてもらってる存在にすぎません。 >>992
> 生活者だの自立だのを前面に掲げている論理とは、
> 旧新左翼と中期の吉本隆明まででもう終わってるんだよ。
> 左翼の基本ロジックももう既に二十年前の段階には
>「労働と自立」から転じて、徹底的なる寄生虫主義の方に転位している。
あるいは、自立した人間ということの意味が
もう昔とは変わっている、といったほうがいいのかな。。。
それに批評だとか思想という意味で他人の言説に依拠することと、
経済生活という意味での自立、
あるいは人格性としての自立というのは、
最初っから全く違う意味だからねえ。。 >>992
parasitism寄生虫主義といえば、浅田流に言えば、完璧な「逃走」かもしれない。
昔で言えば、織田信長に寄生したのが明智光秀か。
スガが柄谷を倒す日も近い。
で、スガも柄谷の子分にやられるか。 だから絓秀実大先生の教えとは、
自ら腸内細菌となれ、
そして腹を下せ
決して、腸閉塞と陥ること無かれ
こういうことですw 大体腸内細菌というのは人体には必須で良いものだろw
腸内細菌いなくなった生物とは、只只滅びるしかない運命だ。 このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
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