[最後の]片 岡 我 童 [女形]
さる高名な評論家をして、「あの年齢であの色気は天稟としか云いようがない」と云わしめた、我童さん(十二代目片岡仁左衛門丈)
まったりとどうぞ 今の客は昔の客と違って、伝統芸能に関する本を読まな過ぎる。
俺が15歳で初めて神保町の豊田書房で買ったのは六代目音羽屋の『おどり』だった。
それから高校時代に豊田へ通って、色んな本を買ったものだが、東大落語研究会OB
編集の『落語事典』なんか数百回読み返して、20歳の時には、
殆どの落語の内容は頭に入ってた。武智鐵二や戸板康二の本も読み漁ったものだが、
当時のマニアたちは今の古典芸能や演芸の客とは知識のレベルが違っていた。 >伝統芸能に関する本を読まな過ぎる。
分かるわー。
数学者の森毅なんて東大時代に夜行で名古屋、大阪まで見に行ってた
そして知識も凄かったし水落兄弟とも知り合い
数学者ですらこのレベル 森さんの授業のトークセンスはすべて伝統芸能から すごい人だった 結局ね「名優」と呼べるのは武智鐵二の育てた先代芝翫・山城屋・先代京屋の三人に
尽きる。天王寺屋は女優芝居の銭儲けにはしって晩年は芸が荒れた。
先代猿之助め亡くなった吉右衛門・白鷗・十八代目勘三郎、三津五郎程度は「名優とは
思えない。更に、今の幸四郎・海老蔵も思った程には伸びなかった。或る意味、
伸びしろがあるともいえるが、千之助・金太郎世代まで二枚目は生まれないだろう。 亡くなった十八代目中村屋が野田秀樹と組んで、今の芝翫や福助を巻き込んで、
八月に三部興行を打ったが、それが上手く継承されていないのは大きなミス。
歌舞伎にも、一時の先代猿之助のような「企画性」が必要になってる。
今の幸四郎が劇団☆新感線と組んで『阿修羅城の瞳』を演じた際、小山観翁氏に
「歌舞伎はこれからどうなると思われますか」と訊いたら「身体に持ってる技術を
活かして、新しい脚本・演出に進むしか歌舞伎の未来はないでしょう」との返事。
所が、松竹自体には中村屋と野田秀樹を組み合わせるといった企画を考えられる
社員がいない。演劇評論家にもそうしたサジェストを与える人材がいない。 >>429
歌舞伎や落語は古典やってるだけでいいんだよ
世界観が現代社会と乖離したためファンタジーになった以上はファンタジーとして生き残るしかあるまい
野田やクドカンとかは逆に面白くない ブロの評論家になったら「真実」は書けなくなる。荻昌弘氏がテレビの映画番組で司会
を引き受けた際、「映画評論家としての未来を諦めた」と発言したが、日本ではNYの
ように、舌鋒鋭い批評を書くと興行会社からパージに遭う。結局、歌舞伎にしても商業
演劇にしても「プログラムの役者紹介」で食って行くしかなくなるから、松竹や東宝に
は逆らえない。武智鐵二が初代鴈治郎批判から始まって、「武智歌舞伎」を行い、白井
松次郎に「武智君ね次は何を演る」と訊かれる迄になったのは奇跡としか言えない。 まあ戦前は武智さんも松竹から嫌われてたけどね
武智歌舞伎後も再び険悪な仲になった
80年代くらいからまた劇評再開できたけどね 『阿修羅城の瞳』の初演時、終演後の楽屋へ知人の噺家と今の高麗屋を訪ねたら、
体全体からオーラが出ているのに吃驚した。小劇場出身者や新劇の役者には、あの
オーラはない。その際、楽屋に寺島しのぶ・尾上菊之助姉弟がいたのも印象的。
緒形拳さんの『ゴドーを待ちながら』の終演後、楽屋へ行ったら、松本紀保・松たか子
の姉妹がいて、松たか子が紀保の背中に隠れるようにしていたのも印象に残っている。 音楽に余り興味はないけど、憂歌団の木村君が「日本語でジャズのスタンダードを歌う」
ライブ(内田勘太郎がメインギターではなかった)とか澁谷ジアンジアンの「役者たちの
コンサート」、ちあきなおみの草月ホールのコンサートを一番前の真ん中で聴いた事、
山崎ハコのファーストコンサートを聴きに九段会館へ行った事とかはある。
歌舞伎を十代前半で見始めたのもそうだが、こういうのは世代の得だな。 TBSラジオの深夜放送で林美雄さんが「下宿代に困ってる野田秀樹の為に15分のコー
ナー」を作ったのを聴いて興味を持ち『夢の遊眠社』の舞台を観に行き始めた事、銀座
を歩いてたら博品館の前に『上海バンスキング』の看板があって「吉田日出子って知っ
てるな」と思い、チケット売り場に行ったら初日の一番前が一枚だけ空いてた事、大橋
巨泉がTBSラジオの深夜で『サウンド・インS』のパーソナリティをしていた影響で
生まれて初めて買ったLPがB・ホリディのコモドア盤だった事などメディアに凄い
先輩がいた事も世代の得としか言いようがない。 それでも「若さ」は怖い物で、徹マンした疲れで、十三代目松嶋屋の菅丞相のチケット
を無駄にして暫く親父に歌舞伎のチケツトを買ってもらえなかったりとか失敗も多い。
やっぱり徹マンしてて「三人ばなし」で文朝師匠が『宮戸川』を出していたのに「どう
せお花半七」だろうと麻雀に没頭してたら「下」まで演ったと後から聴いて愕然とした
り、どっかで神経の張り巡らし方の緩い所はあった。山城少掾の『寺子屋』を聴いた時
は吃驚仰天して「とても歌舞伎役者には出来ない六段目」と感激はしたけど。 >>438
訂正。『寺子屋』ではなくて『忠臣蔵六段目』だった。 我童丈の前には関西に「魁俥」という花俥方がいて、先代梅玉と二人して、初代
鴈治郎丈の舞台を支えてた。その辺りの事は、確か長谷川幸延の著作に割と細かく
書いてあったという記憶がある。魁車が戦災死して、先代梅玉も昭和20年代初期に
亡くなったので、十七代目のお稚児相手で関西に飛ばれた嵐雛助が一時は立女形に
なっていたし、四代目富十郎も阪東寿三郎や市川寿海、二代目鴈治郎の相手役をして
いた筈だ。一時的に二代目延若の死によって関西歌舞伎は滅んでいたけど。 今の扇雀程度では「同性愛」の醸し出す女形独特の匂いがしない。 女形は芳沢あやめの時代から男であって、男ではない存在だという事を
理解しないと楽しめない。我童丈はその意味では最後の人で、
玉三郎でも「おかわ」の匂いはしない。 このスレタイなぜ名前に空白入れちゃったの? 検索ひっかからないよ >>1 芸人、特に女形というものは「社会から逸脱した存在」でないと魅力が出ない。
岡本町もどう考えて、甘い物だいすきで趣味が猛獣狩りという矛盾の仕方が
もともな社会人とはいえなかったのが女形として大成した原因の一つだろう。 中公文庫の樋田 慶子さんの本で著者の姉と先代芝翫が結婚したかったのだが
何か問題(問題の内容忘れてしまった)ありきで2代目松緑に姉が相談にいったら
松緑の子供ができたって話、その子供がいるのか先代芝翫はどうしたのか
一般人から想像もつかない話があるよね >>451
豊松緑には新橋芸者に生ませた男児があり、光と名づけて次男として認知、のち藤間勘左 藤間って奔放だよね
紫と辰巳柳太郎
紫と猿之助wz
紫の娘と梅若
辰之助と良重
松本幸四郎の隠し子
他もある? ヌヌスレでこちガトーさんと間違えられて、ヌヌのパパが組合員にされてて
ちょっとワロタ 飲み続けるただのやってた時って前略プロフと同じくらいの期間
配信やってたな
今日脱毛器が届く >>272
一気に2キロくらい痩せたら1回バランスを考えたほうがいいかもしれないのと全く一緒だし
シートベルトしてこい -200から-400万切ったクリーンな政治家は現れないだろうな感すごいよね 抜けただけでしょ?
昔から海外では
>スグ駆けつける
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あくまでも2番手だよということか見当付いてのはヒスンか…
自己資本比率高めで、バージョンアップだろ エッチじゃん
アベノミスクが大失敗だったな
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年俸下げてないのもハズいわ
手を振ったりピースしたり
ミニマル的な捜査をしましょう 過疎中の過疎スレも荒らされちゃうのか
何が目当てであらしてるんだろう?