煙草にアンパンマンを印刷したら喫煙率下がるだろ [無断転載禁止]©2ch.net
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
父はこう云いかけると、急にまた枕から頭を擡げて、耳を澄ますようなけはいをさせた。 今度は梯子の中段から、お絹が忍びやかに声をかけた。 父はさっさとお絹の後から、もう一度梯子を下りて行った。 慎太郎は床の上に、しばらくあぐらをかいていたが、やがて立ち上って電燈をともした。 それからまた坐ったまま、電燈の眩しい光の中に、茫然とあたりを眺め廻した。 母が父を呼びによこすのは、用があるなしに関らず、実はただ父に床の側へ来ていて貰いたいせいかも知れない。―― すると字を書いた罫紙が一枚、机の下に落ちているのが偶然彼の眼を捉えた。 慎太郎はその罫紙を抛り出すと、両手を頭の後に廻しながら、蒲団の上へ仰向けになった。 そうして一瞬間、眼の涼しい美津の顔をありあり思い浮べた。………… 慎太郎がふと眼をさますと、もう窓の戸の隙間も薄白くなった二階には、姉のお絹と賢造とが何か小声に話していた。 賢造はお絹にこう云ったなり、忙しそうに梯子を下りて行った。 窓の外では屋根瓦に、滝の落ちるような音がしていた。 慎太郎はそう思いながら、早速寝間着を着換えにかかった。 すると帯を解いていたお絹が、やや皮肉に彼へ声をかけた。 「自分じゃよく寝たって云うんだけれど、何だか側で見ていたんじゃ、五分もほんとうに寝なかったようだわ。 もう着換えのすんだ慎太郎は、梯子の上り口に佇んでいた。 そこから見える台所のさきには、美津が裾を端折ったまま、雑巾か何かかけている。―― それが彼等の話し声がすると、急に端折っていた裾を下した。 彼は真鍮の手すりへ手をやったなり、何だかそこへ下りて行くのが憚られるような心もちがした。 慎太郎は美津がいなくなってから、ゆっくり梯子を下りて行った。 五分の後、彼が病室へ来て見ると、戸沢はちょうどジキタミンの注射をすませた所だった。 母は枕もとの看護婦に、後の手当をして貰いながら、昨夜父が云った通り、絶えず白い括り枕の上に、櫛巻きの頭を動かしていた。 戸沢の側に坐っていた父は声高に母へそう云ってから、彼にちょいと目くばせをした。 そこには洋一が腕組みをしたまま、ぼんやり母の顔を見守っていた。 慎太郎は父の云いつけ通り、両手の掌に母の手を抑えた。 母の手は冷たい脂汗に、気味悪くじっとり沾っていた。 母は彼の顔を見ると、頷くような眼を見せたが、すぐにその眼を戸沢へやって、 母の枕もとの盆の上には、大神宮や氏神の御札が、柴又の帝釈の御影なぞと一しょに、並べ切れないほど並べてある。―― 母は上眼にその盆を見ながら、喘ぐように切れ切れな返事をした。 それでも今朝は、お肚の痛みだけは、ずっと楽になりました。――」 慎太郎は看護婦の手から、水に浸した筆を受け取って、二三度母の口をしめした。 「じゃまた上りますからね、御心配な事はちっともありませんよ。」 戸沢は鞄の始末をすると、母の方へこう大声に云った。 「じゃ十時頃にも一度、残りを注射して上げて下さい。」と云った。 看護婦は口の内で返事をしたぎり、何か不服そうな顔をしていた。 慎太郎と父とは病室の外へ、戸沢の帰るのを送って行った。 次の間には今朝も叔母が一人気抜けがしたように坐っている、―― 戸沢はその前を通る時、叮嚀な叔母の挨拶に無造作な目礼を返しながら、後に従った慎太郎へ、 が、たちまち間違いに気がつくと、不快なほど快活に笑いだした。 「この頃は弟さんに御眼にかかると、いつも試験の話ばかりです。 やはり宅の忰なんぞが受験準備をしているせいですな。――」 戸沢は台所を通り抜ける時も、やはりにやにや笑っていた。 医者が雨の中を帰った後、慎太郎は父を店に残して、急ぎ足に茶の間へ引き返した。 茶の間には今度は叔母の側に、洋一が巻煙草を啣えていた。 お前も今の内に二階へ行って、早く一寝入りして来いよ。」 昨夜夜っぴて煙草ばかり呑んでいたもんだから、すっかり舌が荒れてしまった。」 洋一は陰気な顔をして、まだ長い吸いさしをやけに火鉢へ抛りこんだ。 そこへ松が台所から、銀杏返しのほつれた顔を出した。 旦那様がちょいと御店へ、いらして下さいっておっしゃっています。」 「じゃ慎ちゃん、お前お母さんを気をつけて上げておくれ。」 叔母がこう云って出て行くと、洋一も欠伸を噛み殺しながら、やっと重い腰を擡げた。 慎太郎は一人になってから、懐炉を膝に載せたまま、じっと何かを考えようとした。 が、何を考えるのだか、彼自身にもはっきりしなかった。 ただ凄まじい雨の音が、見えない屋根の空を満している、―― すると突然次の間から、慌しく看護婦が駆けこんで来た。 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。