昭和のアクアリウムにありがちだったこと [無断転載禁止]©2ch.net
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ベタやグッピー欲しいけど飼い方わかんねえ・・・
飼育所も売ってねえし。
VIPQ2_EXTDAT: none:none:1000:512:----: EXT was configured 昔、新宿の西武デパートだったかな?
屋上に組み立てプールにデカイ雷魚入れてて子供(オレも)バンバン触ってた。
噛み付かれて事故起きてもおかしくなかったな。 >>172-174
エ!!売っているんだ・・・
今でもスーパーにはよく行くけど知らなかったよ 昭和期、近所の市場(現存せず)の魚屋で
ドジョウ(食用)、タナゴやアブラハヤ(食用?)が売られてて幼少時妙に興奮した
いま思えばドジョウはともかく、タナゴやアブラハヤって食用需要があったんだろうか 北千住のスーパーで どじょうも売ってたし ザリガニも売ってたなぁ 紅尾金龍をレッドアロワナと呼んでいた。
絶対売買してはならないとテレビのニュースで信じていた人は多かった。 >>174
流石に愛知県だ
愛知の弥富では昭和の終わりごろまで「金魚の天ぷら」を名物料理にしてて
某昼ワイドで取り上げられたのきっかけに一騒動有ったが
今でも金魚を鮮魚扱いか 大森さんの金魚の飼い方にも出目金の目玉が美味しいらしいと書いてあった
上海の話だったかも >>182
昭和50年代にアジアアロワナ密輸で多くの問屋やショップが逮捕され
それが結構大きなニュースになってたからな
平成になる頃から東南アジア各地で養殖され、改良品種が主流になって
今はワイルド稚魚の密輸に手を出す馬鹿はほぼ消えたが >>183
> 金魚の天ぷら
すごく生臭そうだな
餌金とかちょっと手で拾っただけで手にすごい臭い付くけど
ああいうのを想像してしまう 鮒の仲間だからな
泥くさーい生ぐさーいって感じか? フナの天ぷらは印旛沼や茨木県の古河の名物だし
滋賀にはタナゴの天ぷらが有るから
下処理の仕方によっては生臭さは何とかなるんじゃなかろうか
ちなみに金魚の天ぷらは昭和30年代までは
東京の江戸川区や奈良の大和郡山など他の金魚産地でも出してた
ゲテモノに近い料理だった 昭和。農業用のため池でドブガイをとって遊んでたら鯉釣りのじいさんが昔は食ったもんだと言った アジアアロワナか
たしか公明議員がオレンジ共済だかのカネをアジアアロワナに突っ込んで
騒ぎになったんだよ。 >>188
>滋賀にはタナゴの天ぷらが有るから
それ多分、モロコの天ぷらの間違い 輸入魚に変な交じりが多かった
並オトシンに交じったダーダーテトラやCoハブロススを何匹も抜いたり
ゴールデンテトラに交じったパイク顔の珍カラ抜いたり >>34
これだった
当時厨房でガラス水槽に手を出せなくて大型のプラケで満足してたけど、蓋の色が青じゃない奴に人権は無かったな ニューギニアレインボーが3000円ぐらいした
しかもオスしか流通してなかった 水量の半数ぐらいしか入れてないのに日に一匹とかフラフラ泳ぎになり死ぬ@屋外鉢。ミナミは一切死なないのに。原因は何かな? 昔はプレコといえばトリニダードプレコだったけど
今ではすっかりセルフィンとブッシーに取って代わられてしまったなぁ 店の看板にエンゼルフィッシュとネオンテトラのイラスト たいていどこの店でも生きたイトミミズを売ってた
持ち帰りの袋は金魚すくいで使うビニールのひもが付いた巾着状のやつ >>202
金魚すくいじゃなくって、イトミミズの袋の話だよ >>195
貝類が基本売ってなかった。
タナゴ用カラスガイとラムズ位。 ワニの子供がタライに入って売られている
しかも安い(2000円ぐらい) プラティー、コリドラス、ブラックテトラ等ごちゃ混ぜに水槽に入って
1匹200円だった。 カメはホント長生きするらしいね
自分は営業の仕事してるんだけど得意様のお客がカメ飼ってて、昭和末期に購入したらしいカメが今だに元気に泳いでたよ
何のカメか知らんけど、かなりデカくなってた 昭和のNHKの児童向け道徳ドラマ(中学生日記か?)で
クラスで熱帯魚を飼うというのがあった
おぼろだけどチョークの粉が水に入るとダメだよみたいなことを言ってた気がするが
どんな展開になったかは記憶に残ってない >>207
ウミガメも平気で売ってたよね。
3000円位で。俺は青海亀を買った。やはりしばらくして死んだ。 ライギョの子供が売ってるのを見たことがあったな
今は見ないけど ライギョの稚魚は今でもシーズンになれば普通に売ってる 「ヒーターいらない熱帯魚」という煽りでカダヤシも売ってた
オスにゴノポジウムが有る事をのぞけば、メダカにしか見えなかったけど 尾びれはメダカがバチっぽくてカダヤシは丸っこい
自分はカダヤシとグッピーのメスって色以外のどこで見分けられるんだろと思ってた 昭和の頃はアカテガニも売ってたな
今ぐらいの季節になると隣の市のショップのオッサンが
軽トラの荷台に金魚・ヒメダカ・オカヤドカリ・ミドリガメなんか積んで
団地や住宅地で出張販売やってた
金魚やヒメダカ買うとおまけで鉛巻きカボンバをくれた
風鈴も一緒に売ってた
道路占有許可とか騒音公害とかうるさくなかった昔の風景 小学校の正面玄関とかで情操教育の一環か知らんが
熱帯魚や金魚を飼育していた
ウチの学校では上級生が担当だったらしいが
まともに世話しないから病気で全滅しそれっきりだった
このとき初めて松かさ病(立鱗症)末期のプラティを見て恐怖した 立派に情操教育だ
世話できんもんを欲しがってはならんという
自分とこは小学校でトウキョウサンショウウオの幼生飼育してたらウーパールーパーと間違えて新聞記者がきた
いくらサンショウウオだと説明しても子どもの言うことは信じなかったな
サンショウウオはその後上陸できずに溺死
今は両生類飼育の情報が多くて日本のマニアはすごいと感じる >>224
おお出た〜
自分は>>223なんだが隅から隅まで本当なんだ
怒ってないからどのへんが嘘くさく思うのか教えてくれる?
昔っから不思議なんだ
みんなカエルの卵はとってくるのになんでサンショウウオの存在を疑うんだろう
自分の育ったとこは自治体の天然記念物にすらなってるのに地元ですら否定される
そんなに珍しい生き物っていう印象があるのかなと思ってる
外鰓でてる幼生目の前にしてもそんなものいるわけないとか言われたわ ちなみに新聞記者の方が嘘くさいと思うなら続きだ
正面玄関に水槽おいた教務主任兼理科教諭がウーパールーパーではないことを説明して新聞記者は手ぶらで帰った
今おもえば、「日本の田んぼにウーパールーパー??」とか見出しつけてちゃんとトウキョウサンショウウオを紹介したら記事になったのにな 青フレームの水槽に大磯敷いて赤い欄干橋と水車を設置し、金魚藻を入れたら懐かしい気持ちになれそうだ
さすがに蛍光灯と上部濾過は使わないけど子供の頃、学校から帰宅したら玄関で金魚水槽が出迎えてくれたのはいい思い出 >>228
35年前のうちの玄関だな
戻れるものなら戻りたい 木目入り茶色プラ枠の水槽・照明と
クリアブルーの丸い投げ込み式フィルターも
お忘れなく 価格表は切手と交換してた
ネットが普及する2000年ごろまで続いてた伝統 >>236
ワットレイターコイズ、最近のディスカスと比べても遜色ない美しさだった。 さあ平成もあと半年の命だ
その前に昭和について語りつくそう
まだなんかないか? (あと1年半なんだよなあ)
俺は昭和末期生まれだから平成初期の話だが、昔は熱帯魚=エンゼルフィッシュかディスカスだったと思う
特にディスカスは特別な魚として崇められていたが、昭和もそうだったん? 嘘のような本当の話
アマゾンガワイルカが数回だけ流通した >>240
天野の店は半分ディスカス専門店だった。 >>239
底面フィルターの上にグラスウールを敷く
その上に大磯砂 天野のオヤジの店は見たこともない大型魚とかに子供心にワクワクしたなぁ。 >>242
天野の影響かな。でもディスカスってベアタンク飼いが一般的だからお得意のネイチャーアクアリウムの
見せ場がなかった気がするが、そっちはそっちで別に展開してたんだろうか
テトラのパンフレットも表紙はほとんどディスカスだった 近所の熱帯魚屋で当時子供のアライグマ売ってた
店はもうないけど
あのアライグマたちその後どうなったんだろう テトラアクアリストクラブって
いつなくなった?
去年、30年ぶりにアクア復活したんだけど… >>239
ガチで間違えた
昭和と言えばこんなに透明鱗の金魚の種類いなかったし、浜錦とか「幻の」って接頭辞がついてた >>242
幼少の頃に親父に連れられて行ったのがそうだった
天野も大分ブランド化しちゃったな >>234
30年前にはヤマトと苔取り用として売っていたな
一体型水槽でヒットしたニッソーの
ルームメイト901 >>252
エビよりイシマキ貝とかいうちょっとリッチな感じのタニシを見かけたな
最近見なくなったけど、まだコケ取りに使ってる人はいるんだろうか >>243
それは底面の定番だったね
>>253
タニシや石巻貝などは平成の初め頃じゃないかな
昔は苔取りはヤマトとアルジーター
残飯処理はコリドラスだった 何にも知らずコケ取り屋さんとしてグッピーとアマゾンソードのアジアと南米のコラボレーション水槽にアルジーイーターがやって来た。
アマゾンソードは無くなり、近親交配で奇形が増えて来たグッピー。
そして、アルジーイーターは20センチ近くに育ちすっかり主役となった。 >>240
昭和の頃は改良アジアアロワナや大型ポリプ・などが流通してなかったせいか
欧州系統のディスカス・改良エンゼルフィッシュ・大型ナマズなどが
今では考えられないほどの高額で取引されていた
>>247
逆だ
天野でさえディスカスをメインに取り扱わねばならないほどディスカスが売れ筋で
業界全体がそれ中心に回っていた 東京タワーのディスカスとジャイアントバリスネリアがなんかの水槽が圧巻だった
あれ今でもあるんかな? ディスカスブームは昭和60年あたりからだろ
平成にリンクしてる話はつまらんな 天野のオッサンが草やり始めたのは何度か捕まって帰ってきてからだったと思う。
うちの母親とばーちゃんがアソコとこの自転車乗りのセガレが〜、ってヒソヒソ話してたわ。 >>258
じゃあお前がファンシーグッピーの話でもしてくれ
ガラスの漏斗で底面フィルターとか あ、誰かネオンテトラの価格の変遷について語って聞きたい ネオンテトラは知らんが
昭和50年代の半ばにCo.ステルバイがようやく安定入荷し始めた時でも
一匹2万円超えてて、流石美麗種は違うなと思ってたら
国内ブリードが確立されたとたん、一気に値段が急降下して
2年ぐらいで一匹千円ぐらいになったの覚えてる ネオンテトラ1匹が車一台分くらいの値段の時代があったのか……
今だったら信じられないなw シノドンティス・アンジェリカスも
昭和の輸入当初は高額魚だと当時の書籍で読んだ ロイヤルナイフが近所の熱帯魚屋に初入荷した時99万円だった
でも数ヶ月でスポッテッドナイフよりちょっと高いくらいに落ち着いた カショーロやドラードも高かったな
今ではホームセンターで数千円だ ガキの頃あこがれだったエンドリケリーも
今は安いやつだと500円とか1000円だもんな >>270
色んな意味でな
チョコグラも昭和の頃は長期維持困難な魚として有名だったが
実はトリコの現地管理が悪くて調子崩してたという 昭和の頃はよく見かけたが、最近はめっきり見なくなった熱帯魚っている?
グラスキャットは一時期流行ったけど、最近はそれほどでもないよね >>273
一時的な欠品でもない限り、いつでも見かけるぞ
最近見かけないのはピンクテールカラシン、スパナーバルブ、セベラムあたりかな
アノストマスやレポリナスも減ったな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています