0112出土地不明
2019/05/04(土) 18:07:53.30ID:pXBDzdOV大和の平群王朝に大王にふさわしい男子がいない状態に陥り、重臣たちが頭を抱えてしまいました。
いっそのこと、当代随一の名声と権勢を謳われる蘇我オホド君に大王になって頂くのはどうか?
平群王朝(武内臣大田根と富家の媛の子孫)とは比較的近縁だし我々(重臣、家臣たち)とも血縁が有るのでうってつけでは?
と衆議一決して、蘇我オホド君に大王就任を要請しました。
条件があって、蘇我本家とは離縁する事。
当然、愛妻の蘇我大刀自(振媛)やいとおしい子供たち(二人の男子がいた)とも御別れ👋
平群王朝の手白香媛の婿養子と成る事。
、、、www
当然ながらオホド君は嫁さんや子供たちと離縁する事に難色を示されましたが
重臣の粘り強い説得に折れ、条件を呑んで平群王朝の手白香媛と結婚して婿養子となり大王に即位。
このお方こそ、現在の皇室まで続く男系男子相続の祖、オホド大王=継体天皇。
蘇我本家でやっていた名より実利を優先する手法を実践なさり、
交通の便利な樟葉に大王宮を営みました。
旧出雲王国時代〜の親戚や豪族たちが大王をしたい死に体だった平群王朝(オホド大王以降は蘇我王朝とも)は華やかにV字回復。再び繁栄に転じます
、、、オホド大王が崩御為さると今城塚古墳に埋葬されました。
手白香媛(大王后(皇后))との間にはヒロニワ御子が生まれ、かれが即位なさってヒロニワ大王=欽明天皇と成られました。
が、その矢先、オホド大王から離縁させられた蘇我本家の二人の御子(オシタテとカナヒ)が都に突然現れて
我々こそがオホド大王の後継/跡継ぎだと主張。
やおら二王朝並立の様相を呈しました。
オシタテとカナヒのお二方が(万世一系の建前の皇統譜上の)継体と欽明の間の二天皇。
実際には件の通り。
蘇我のカナヒの子孫が欽明朝に突然現れて重臣となった蘇我氏です。
欽明天皇からしたら顔も知らない腹違いの二人の兄貴がいきなり現れて我々こそが正統な跡継ぎだ!とヤラカシタから溜まりません。
カナヒの息子(欽明の甥っ子)〜がいわゆる蘇我氏の本家