【20世紀】近代フランス音楽総合スレ3
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6人組のスレを総合スレに転用してやってきましたが、今度は名実ともに総合スレにしました。
他スレと多少範囲が重なりますが、19世紀末〜20世紀を目安に、幅広く語りましょう。
次スレです。
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【20世紀】近代フランス音楽総合スレ2
ttp://jfk.2ch.net/test/read.cgi/classical/1171006858/ フォーレって未だに名前が残るほどの作曲家?
あと百年もすれば忘れ去られてそう
シシリエンヌとドリー組曲しか良い曲ないし
いくらでも替えがきく凡百の作曲家のようにみえる >>954
後期の室内楽、レクイエム、若いごろのヴァイオリンソナタ、
ピアノのためのノクチュルヌのいくつか、
そして多くの歌曲
これだけのものを残しておいて、凡百とは恐れ入る
単にあなたの趣味ではないってだけだよ
>>955
あの不思議な和声進行は、不可解でもあり魅力的でもあると思う フォーレの代表作にレクイエム入れ忘れてる時点でもう…
オレはピアノ五重奏の一番が好きだわ >>957
あ、ごめん
入れ忘れてる、って書いてるのか そういえば高校の音楽の授業で、「夢のあとに」を原語で歌ったことがあった
あれはよかったな
一流の本物の音楽に触れた気がした フォーレの和声の不思議な味を味わえるほどの感性がない人たちが多くなっても、
密かに存在し続けるでしょうね。
将来、と言ってももうじきだけど、地球人口が100億人を突破、日本人も相対的に減って
しまって日本文化なんて地球のほんの片隅で生き続けられるかどうかという時代になる。
そんな時代に芭蕉の句は生き続けられるか?
芭蕉が残るなら、フォーレも同様に残るでしょう。 芭蕉は残らなくてもフォーレは残る
和声ってのはすでに過去の遺物だし、今聴かれてるなら聴かれ続けるだろう 多くの人が学校で習う芭蕉の句と、>>960のように学校で歌曲を習った人は少数と思われるフォーレ作品と、日本で比べたら「残る」のはそりゃ芭蕉の方だろう
「残る」というのはそういう要素も大きいから、そういう観点での比較じゃない方がいいのではないか
駄曲と思われるようなのでも、子供に分かりやすいということで学校長くで教材になったら、それは「残る」ことになっちゃうし >>964
日本国土とか日本人という範囲ではなく、ワールドワイドの観点で言えば
やっぱりフォーレでしょう、特に「夢の後に」はチェロの曲としても定番に
なっている。
芭蕉の句を欧米人が口にしますか? ではなおさら比べる方がおかしい
なんでフォーレとの比較に芭蕉なんか出してきたのか 芭蕉より山田耕筰とフォーレを比べたほうがいいでしょう。
作曲家どうしですから。 >>907
二人を比べると、日本人は耕作の幾曲か、例えば「赤とんぼ」を
永遠に残る名作と思い込んでいるでしょう、
同様に、フォーレのメロディーはフランス人には、永遠に残る名作と思われて
いるでしょうね、
でも、世界的に残るだろうと思っている人数では、フォーレファンのほうが多いでしょう。
歌う人、聴く人が多いからです。
フォーレのメロディーは、英国、スペイン、北欧、米国、ロシアの名歌手たちが
自分のリサイタルのアンコールでフォーレの曲を歌いますよ、しかも日本の
コンサートで。
でも、この歌手たちが、どこかの国の自分のリサイタルのアンコールで山田耕作の歌を
歌うでしょうか。 二人を比べると、フランス人はフォーレの幾曲か、例えば「夢のあとに」を
永遠に残る名作と思い込んでいるでしょう、
同様に、ビートルズのメロディーはイギリス人には、永遠に残る名作と思われて
いるでしょうね、
でも、世界的に残るだろうと思っている人数では、ビートルズファンのほうが多いでしょう。
歌う人、聴く人が多いからです。
ビートルズのメロディーは、米国、スペイン、北欧、日本、ロシアの名歌手たちが
自分のCDのカバーでビートルズの曲を歌いますよ、しかも世界中の
コンサートで。
でも、この歌手たちが、どこかの国の自分のリサイタルのアンコールでフォーレの歌を
歌うでしょうか。 >>969
アンコールで夢の後にを歌うのはどこの国いってもどこの国の歌手でも普通にあるでしょ >>969
驚いたことに、世界的名歌手たちがフォーレの曲を歌っているのですよ、
世界中のコンサートで。
おフランスの歌は、案外知られているのです。
サティ、プーランクの曲も、馴染みやすい曲だけですがアンコールで歌われます。
「赤とんぼ」を日本人以外の歌手がコンサートで歌っているのを聴いた人はいますか?
全くいないと思います。 昔、三大テノールが日本に来たとき
アンコールで美空ひばりの『川の流れのように』歌ってたな >>972,
>>973
「山田耕筰の赤トンボ」と「川の流れのように」のどちらかを外人が歌ってくれる
なら、「川の流れ、、、」を選んでほしいですね。
だって、例の「赤トンボ」はシューマンの曲とフランドルの民謡のパクリですから。
日本人歌手なら恥ずかしいから決して歌わない。
日本人の庶民はその事を知らないので 歌っているんです。 >>972,
>>973っか
「山田耕筰の赤トンボ」と「川の流れのように」のどちらかを外人が歌ってくれる
なら、「川の流れ、、、」を選んでほしいですね。
だって、例の「赤トンボ」はシューマンの曲とフランドルの民謡のパクリですから。
日本人歌手なら恥ずかしいから決して歌わない。
日本人の庶民はその事を知らないので 歌っているんです。 >>978
パクリや捏造記事満載の雑誌に合っているw 「赤トンボ」は三木露風の詩がいいが、この詩は日本語を話す人しか
感動しない。
メロディーはパクリでも普通にいいが、日本歌曲をアンコールに選ぶなら
「リンゴ追分」「ソーラン節」「浜辺の歌」「ふるさと」「港の見える丘」1
あたりからだろう パクりがどうとか言うのはヤボだ
美しければいいのだ ロマン主義者はオリジナリティーを異常にありがたがる。
そのくせ作曲家を作曲家として認めず、「霊感によって曲を思いついた」などとまるで霊媒師かシャーマンのように扱い、他人が作曲家を職人扱いすると冒涜だと怒る。
そんな矛盾の塊だが、矛盾の塊扱いされるとなんと喜ぶ。
奇妙なことよのう 不合理故に我は愛す というのは人間の特有の感性ですね、
感性が鋭いとロマン主義者に、鈍いと凡人に。 その喩えでいうとむしろはしかじゃね?
ロマン主義の功罪を経たからこそその後の多様な様式が成り立ち得たわけで そうですね、文学ではヴィクトル・ユーゴー、ブロンテ姉妹とか、
画家のドラクロワとか、
でも、ロマン主義はドイツ語圏で猛威を奮ったんでしょ?
音楽家でも、常識と良識を放棄した人たちが活躍しましたのよ。シューベルト、
シューマン、ワグナー、ヴォルフ、マーラー等々
ロシアのチャイコフスキー。 フランスではドビュッシー。
こういう連中を批判的に見ていた音楽家も同時代にはいたのよね。
ブラームス、
ショパン、リムスキー・コルサコフ、ドヴォルザーク、
そして、サン・サーンスやフォーレ。 >>990
ついでに書くと、上のレスで、ロマン主義は「梅毒」みたいなものとあるけど、
シューベルトはその病気で亡くなったようだし、シューマン、ヴォルフ、
スメタナ、マーラー、チャイコフスキーも精神疾患があったそうね。
ロマン主義の作品は、頭の構造からして常人を逸した人たちによって創造され
ましたのよ。 ↑はぁ?
意味不明(/。\)
頭に変な注射うっちまったんじゃねえの!?
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life time: 2810日 22時間 40分 57秒 レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。