朝比奈隆3
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>>580
そうそう、御高齢もイイお歳だったな、それでも演奏会は大入り満員御礼、
関西の聴衆のレベルを不思議に思ったよ(笑)
関西に限って、朝比奈氏はカリスマになったんだな。今、話題になっている
ボクシングの山中会長さんみたいなカリスマ性だった。 朝比奈さんはブルックナーは演奏されたが、サン=サーンスとか
メシアンなんて演奏リストにない。フランスものはダメ。
現代ものも無視。
「春の祭典」とか「ラ・ヴァルス」とか・・リズム,強弱、楽想が
千変万化するような曲は全くお呼びでなかった。
演奏不可能曲じゃなかったのかな? >>582
サンサーンスは結構やっていますよ。
ラベルのラ・ヴァルスは関響第72回で取り上げていますね。
そのほかフランクは結構多いし、ビゼーも結構やっています。
スクリャービンの法悦の詩なんてのもやってますし、
ペーターミークなんてのも・・
ベルリンフィルとはバルトークのやレスピーギ
ストラビンスキーはエディプス王を関西歌劇団でやっていますし。
火の鳥とかも
プーランク、なんかもやってますな。
メシアンは 異国の鳥たち ぐらいしかないけど、外山雄三がトゥーランガリラ交響曲を
大フィルでやるときに、練習場に出てきて後ろで勉強していたらしいですね
1960年代後半には野口幸助さんが企画していた
10回ぐらい行われた大阪の秋国際現代音楽祭でバーバー、ルトスワフスキ等々
武満徹なんかも・・
現代音楽をかなりやってきたことも忘れられて、フランスものができないだとか・・・
しかも、ヨーロッパのオケでも取り上げているのに・・
一度調べてみたら?やっている曲数すごいよ。
ブルックナーとベートーヴェンしかやっていないように思っているのは東京の人か
新しい人だけ。(東京ではプーランクなんかも取り上げていますが) >>581
むしろ東京の人の入りのほうがすごかったようですよ。
大フィル定期では1980年代はブルックナーをやっても、
当日でも切符が手に入りましたよ。 朝比奈 隆 の問題は オーケストラのトレーナー としての能力が秋山和慶ほどにはなかったことだと思います。
晩年の大フィル定演に対する音楽評では、小石忠男、出谷啓、松本勝 たちから
かなり責め立てられていましたが、彼らは朝比奈で育ってきた人たちなので、
なかなか上手くなれない大フィル+朝比奈の為にあえてのことだと思っています。
かく言う私も、当時はなかなかうまくならない大フィルの歯ぎしりをしていました。
しかしながら、ここで言われているように
朝比奈が「音痴だ」「楽譜が読めない」「リズムがおかしい」等々と言うのはどうでしょうか?
正直言って、個人的な恨みからくる、根も葉もない嘘だと思っています。
まあ傍証にしかなりませんが、下記のような人たちも音楽を通して一緒に仕事している訳ですから、
もし、朝比奈がここで言われているような楽譜も読めないような(ソルフェージュができないというのはそういうこと)
人ならば、下の人たちも音痴なんでしょうね。
次の人たちは朝比奈のことを尊敬している人たちでこの人たちも音痴
・パーボヤルヴィ(大阪で私に革命を起こした)
・外山雄三(私の師だとおもっている)
・井上道義(私の大切な人、シカゴ響のときにわざわざついて行ってる)
・稲庭達(わざわざ朝比奈との仕事をするために大阪に移籍)
(急逝した名古屋フィルのコンサートマスターの加藤さんもそうでしたね。)
・林俊明さんや林裕さんなんかもそんな感じてきてくれましたね。
(ちなみに、梅沢和人さんは秋山和慶の誘い)
・関西で知己を得た、数々の音楽家、挙げだしたらきりが無いか。
目をかけてくれた人たちも、同様に音痴
・エマニュエル・メッテル(会社辞めたんなら、音楽を職業としてやったらどうか、と誘った)
・伊達三郎(室内楽をするのに朝比奈をさそった)
・レオニード・クロイツァー (可愛がっていた)
・近衛秀麿(ベルリンデビューに一役買ったらしい)
・ハンス・シュミット・イッセルシュテット(NDRへの口利き)
・ヘンリーフォーゲル 等々
何度も客演したヨーロッパのオケも音痴
・BPO (3回、4公演)
・NDR (8回、多数で数えられず)
・スロヴァキア・フィル(7回 20公演) 等々 朝比奈氏が指揮のまねごとをしていた時
東京では、いくらでもまともなオケが聴けました マーラーの6番、7番のライヴが出てたが崩壊寸前の演奏だったな
どっちかが日本初演だったような >>586
朝比奈隆は極端に耳が悪く、五度調弦が出来なかった
ストマイツンボだったのだろう
指揮は指揮法がメチャメチャ
四季報には詳しかったかも
西洋音楽のリズム感が無かった
録音で実証されている
聴いても解らない人には永遠に解らないから、議論にはならない >>591
>>朝比奈隆は極端に耳が悪く、五度調弦が出来なかった
>>ストマイツンボだったの
↑ 朝比奈先生に対する底意地悪い「悪口」ですね」・・・
でも、音楽は耳が悪くても演奏できますでしょ?Beethovenのことも
そうですが、指揮者でも歳をとれば耳の調子は落ちますが、演奏
は可能でしょう。 大阪市は、あぁいうカリスマ型の人が初期には必要でしたね。
荒野に種を植える作業ですよ・ 朝比奈を叩くと自分が玄人になれた気分のバカがよくいるよね >>591
> ストマイツンボだったのだろう
差別語のように読めます。社会人として節度を持ちましょう。
> 指揮は指揮法がメチャメチャ
サイトウメトードは 小澤征爾さん曰く「指揮者になるべきでない人まで、指揮者にしてしまった。」という事で、バトンだけができてもねえ。
一方で、朝比奈さんは、バイオリンでオケに参加してた時、山田耕筰に「あんな棒でやってられない。」と本人に言ってしまい、目を掛けられたらしい。あなたも朝比奈さんに関係していたようですが、本人に言った?
> 西洋音楽のリズム感が無かった
この西洋のリズでショパンのマズルカを弾かれるとこの上なくつまらなくなる。ルービンシュタインのマズルカを聴いてみて下さい。今の日本からいいピアニストが出てこない一要因。
> 聴いても解らない人には永遠に解らないから、議論にはならない
あなたの側でなくて良かった。上にあげた人の側で嬉しい。 ♪♪♪おらこんな指揮いやだ♪♪♪
ハ〜 リズムも無エ テンポも無エ 和音も全く分かって無エ〜♪
ブルックナー?そりゃなんだ 指揮棒毎日ぐ〜るぐる♪
朝起きて 昼寝して 二時間ちょっとのお体操〜♪
音程無エ ザッツが無エ〜♪
ハモニーなんて聴いたことねぇ〜♪
おらこんな指揮いやだ〜 おらこんな指揮いやだ〜♪
東京へ出るだ〜 東京へ出たなら銭こぁためて〜♪
ベルリンフィル一回聴くだ〜かぁっ♪♪♪
あらそうしましょ!そうしましょ♪
そうしましょったら!そうしましょ♪ 朝比奈さんは、「朝比奈隆の音楽」を作った。
音楽は表現芸術だから立派な作品でも演奏しなければ,ただの楽譜本だ。
朝比奈さんがやった仕事は「俺の作品はどうか?」ということだね。
それが退屈だとか、テンポがずれているとか、表現が凡庸だとかは
聴衆者一人一人の感性によるもの
聴く人さまざまだ。
大阪を代表する指揮者だったってことは、「朝比奈隆の音楽」を
好む人が多かったってことだろ 八割はCD持ってるけど
オーケストラの私家盤とかも無数にありそうで
コンプリートはまず無理だな
大手レーベルの中ではビクターのブラームスだけ持ってないので
とにかくこれだけは欲しいな >聴衆者一人一人の感性によるもの
>聴く人さまざまだ。
間違っているものは間違っている
1+1=3ではない >>600
おう、ありがとう
早速と思うけど
基本的にダウンロード音源だと、コレクションのありがたみがな
これ出てるんなら、CDも出版できるよな >>602
訂正する
1+1≒3ではない
>>603
耳と脳が腐るから聞くな >>603
タワーで復刻してもいいと思うのに、なぜか1990年代にビクターがCD化して以来お蔵入り
まあ今考えればオケの技術も解釈も1970〜80年代なんだけど、歴史的な記録として復刻されてもいいと思う 朝比奈コレクションの醍醐味は
古い録音にも捨てられない味があるとこ
今じゃ国内オケもレベルが上がってしまい
下手だけど死に物狂いで作品に取り組んでるって体は求められない
ジャンジャンのブル全が素晴らしいのはまさにそこ
ブラームスも新日との新しい方などは、もう達者な演奏で
立派な名演奏だけど、がむしゃらなとこが感じられない
ガムシャラ=古い録音に限る
戦時下、戦後まもなくで様々コンディションが悪いなかの
フルベンの録音とも共通する懸命さがある 先日つけたテレビで偶然、ヤルヴィとN響のコンマスとの対談やってたんだけど
コンマスの話を聴いて、そのお粗末さにあきれた
人文学的な教養はまるでゼロ、というか全く感じられない
Rシュトラウスを語るなら、オペラにしろ交響詩にしろ
作家が表現しようとした対象に対する理解が必要だろ
少くとも勉強くらいする謙虚さが欲しい
このにやけたコンマスは、こういう作品に関わるべきでないと
痛烈に思ったし、
朝比奈がN響と残したCDが、鳴りだけ立派だけど
饒舌なだけで空虚
指揮者や作品に対する敬意が感じられないのは
こういう馬鹿が生意気面でやっつけ仕事してるからだと
あらためて思った >>606
>ガムシャラ
現代の京大オケの方が勝っている
>フルベンの録音とも共通する懸命さ
フルトヴェングラーに対する冒涜
フルトヴェングラーは、作曲家でもあり、指揮はオペラ伴奏ピアニストからの叩き上げ
朝比奈隆に弾ける楽器は1つも無かった なんかしらんけど、ぼちぼち没後20年が見えてきてるのに、あれこれ語るやつが存在してるってことは、やはり偉大な人でしたね。 >やはり偉大な人でしたね。
音楽的には反面教師として偉大 >>612
朝比奈はバイオリンが幼稚園児にも馬鹿にされるレベルで弾けたぞ。 >>608
音楽を冒涜?
音楽が神聖不可侵なものみたいな言い方だな、
そんなに御大層なものか? 戦前は、当時 日本でのチェロの第一人者である伊達三郎に誘われて、四重奏等の室内楽をやっていた。大阪室内楽協会を設立し、ピアニストの東貞一氏、伊達三郎氏とピアノ三重奏を行なっていた。ラジオ出演も多数行なっていたようですし、新響にもオケメンバーとして参加。
バイオリンやビオラは、当時としてはかなり弾けたのだと類推できる。
おそらく、上で「楽器が弾けない。」と言っている人は、人から誘われたりされないし、プロのオケにも入団できず、ネットで蘊蓄を述べるのが唯一の楽しみの寂しい孤独な人。 一人、なんかかわいそうなやついるね。
がんばって生きていけよ。 1度でもいいから、朝比奈先生と会話を交わしたことがあれば、くだらない誹謗中傷は有り得ないですね。 >>619
おそらくピアノは全くだったようです。
町子先生は当然の事ながらかなり弾けましたが。 そういえば、写真集に坊主頭でヴァイオリン弾いてる写真が載ってて
本人が「これは先生に徹底的に直される前ですな、姿勢がいけません」
みたいなコメントしてたな
先生についてからは上手くなって、放送に出られるくらいになったんだろう
もちろん今のプロとは全然レベルが違うけれども 阪急百貨店の勤務時間に朝比奈が消えたかと思ったら、
ラジオ(当時は生放送が基本)から朝比奈が加わったカルテットが放送されてバレていたとかいう逸話 >>620
人格と音楽的実力には関連性がない
>今のプロとは全然レベルが違うけれども
今の「小学校低学年生」とは全然レベルが違うけれども >>625
関連ある場合もある
オマエが下手くそでクソ人間であるように >>626
そういう口汚い言い方はどうかと思います。
相手の方と同レベルになってしまいますよ。
気をつけましょう。 朝比奈氏の著書を読んで感じたこと
「大阪の人は、可哀想だなぁ」 朝比奈先生指揮の大フィルは、とても音楽とよべる代物ではありませんでした 大阪フィルは朝比奈先生の七十代のときはとてもいい演奏をしていたよ。技術的にも同時期がベストだった。ザンクトフローリアンライブが傷多すぎなので酷いと思いがちだが、あの頃の技術力はサイコーだった。先生の八十代以降の大フィルのレベルは下手すぎだけど。 あの当時の大阪フィルのティンパニはハ田先生でしてね。 八田耕治先生はお元気ですか?
あの強打は音楽破壊でしたけれども。 1980年代以降は、朝比奈先生の指揮の際には、中谷先生がティンパニを担当なさることが多かったです。 八田耕司先生お元気だったらまたお会いしたいと思っているのですが、
八幡市の吹奏楽団指導されて以降
どうされているのかご存知ないですか? 大フィルの評価を落としていた原因の1つが八田氏のティンパニの強打だったろう。
あれを名人技の様に言うのはオケスレを渡り歩いている約1人の八田ヲタだけだ。
八田ヲタらは何を根拠に八田のティンパニを褒めているのか教えてほしい。 当時の朝比奈の解釈の乱暴さがティンパニの強打に現れていたと思う。また楽器もスチール張りのもの一辺倒だったし汚い音しか出なかった。八田さんも映画のガクタイあがりでティンパニが音程楽器だという事を知らなかった。 大阪のクラシック音楽の足を、50年間引っ張ったのが功績
その間に心あるプレイヤーは東京や海外に行っちゃったw 久しぶりに御大のエロイカでも聴いてみようかな
あの演奏が好きでライヴでも聴きに行ったっけ かつて朝比奈先生がお元気だった頃、会場で何回となく、八田先生のティンパニの生演奏を聴きました。
現在もアマオケでティンパニを演奏していますが、40年以上前に八田先生に師事致しました。
今でも八田先生ハンドメイドのティンパニマレットを愛用致しておりますが、新たに新しいマレットをおつくりいただくことがかなわない状況になってしまったのが残念です。 八田先生の演奏が好みでしたら、東京交響楽団の定期会員になって、清水さんのティンパニをお聴きになっては如何でしょうか? >>640
と言う事は八田先生はお亡くなりになったんですか?
在団時の年齢からいくとご存命でもかなりのご高齢者とお察しいたします。そこら辺のところお聞かせ願えたら幸甚です。 以前は、YAMAHA の 銀座店や心斎橋店に、八田先生の手作りティンパニマレットの在庫が豊富にありましたが、現在は、YAMAHA では「入手不能」という案内がなされています。
八田先生からの年賀状も何年か前から届かなくなりました。年賀状を出しても「宛先不明」で戻ってくるようになりました。
八田先生に電話をしても、「おかけになった電話番号は現在、使われておりません。」という音声が流れます。
以上が、私が分かる情報の全てです。 >>643
ご心配ですね。どうもありがとうございました。 朝比奈先生お気に入りのティンパニ中谷先生は、ベルリン留学の経験がおありでしたから、ベルリンフィルのティンパニ奏者の方と奏法がそっくりでいらっしゃいましたね。
八田先生は、小沢先生からボストン交響楽団への移籍を勧められていらっしゃいました。 >>637
音がデカけりゃ何でも良かったのが朝比奈隆
八田耕治は象徴的
>>638
実情
>>646
日本初のクラシック専用ホール建設、
ザッツも和音もない「反面教師」として名が残る >>646
朝比奈さんのファンが存命中は忘れられないです
50年後はわからないですね、もう歴史上に微かに名前を残して
いるかもしれない
大阪市が消失しているかもしれないし 朝比奈先生がいらっしゃらなくなってから、大阪フィルの財政状況がどんどん厳しくなってしまいました。
朝比奈先生の存在は偉大でした。 金のためだったら音楽なんてどうでも良いの?
いま金回りのいいオケなんてどこにもないよ。教養無いねw >>650
朝比奈さんがいきていたら、橋下の文化改悪政策など一蹴されただろう。
朝比奈治世下の大フィルの四管フル編成は壮観だったし、まさに日本を代表するプロオーケストラだった。 >>651
朝比奈の下手くそさに反論出来ず、大フィルに話題をすり替えですかwww 朝比奈さんの評価は年々下がって来ていますが、私は今でも小澤征爾を凌ぐ世界最高の指揮者の一人だったと思いますよ。 学研のベートーヴェン、ジァン・ジァンのブルックナーと70年代の演奏は良いな。カラヤンとバーンスタインが
相次いで亡くなり、神輿として担ぎあげられた頃の演奏は好きではない。 >>656
アナタは関西サイコーの馬鹿ですね。
お客様がクルクルパーなのではなく、
アナタですよ。おばかなのは! >>653
まあ、音楽が上手いか下手かだけだと思っている人には、一生わからないでしょうね。分かりたくも無いでしょうが。
どれだけの人が、音楽の面で恩恵を受けているか、関西で音楽を真面目にやって無いアマチュア上がりの人には、わからないでしょう。 >>654
それはそうでしょうね、
「うちのパパは世界一ハンサム」と娘が言うように、身内的な評価は
ありますね。 共感。 >>655
学研のベートーヴェン、ジァンジァンのブルックナーのティンパニは八田先生です。 御大が居た頃は日本の指揮者も個性的な人が多くてライヴが楽しかったな
山田一男、森正、渡辺暁雄、・・・
御大も東京のオケをあちこち振ってくれたし
でもやっぱり大フィルの東京定期は一番楽しみだったよ >>663
1+1が理解出来なくても
「俺は微分方程式が解けた」と言っているような人 朝比奈先生は世界的指揮者の中でもずば抜けてハンサムでいらっしゃった。 >>667
えっつ、あなた1+1を理解できるのですか?
定義であるしか無い側面がありますが、
私には単純な整数論の方が、微分方程式の方が簡単に感じます。
技術の世界ではラプラス変換というずるい方法もありますし。 >>669
すみません
「単純な整数論より、微分方程式の方が 、簡単に感じます。」
に修正します。 abcを知らなくても、「聖書を英文で読んだ」とか言い張っている人 「abcは知ってても〜それだけで〜は〜困ります〜♪」 >>671
私も以前、高校にギデオン協会から配られた聖書の英語と日本語の対訳版を読みました。懐かしい。
朝比奈は、音楽家に良くあるように語学の才能に長けた人の様子。
例えたい事はわかるのですが、その例えは、朝比奈にはふさわしく無いですね。 朝比奈さんは身内とその周辺しか理解できない、密教的な指揮者で
いらっしゃった。 糞レスにマジレス
>>669
カナヅチなのに競泳選手
>>671
たとえる必要がなければ、
弾ける楽器が1つもなく、聴音が出来ないのに「指揮の真似事をした」人 朝比奈隆先生と大阪府の住民の関係は非常に特殊で、外からでは
理解できませんよ。
朝比奈さんの指揮が上手とか下手とかじゃなくて、彼が指揮する
ことに意味があるのです。だから、曲の解釈が怪しくても、そんな
ことはどうでもいい。
ふじ子ヘミングのファンと同じです。 朝比奈隆が1950年代からベルリンフィルや北ドイツ放送響に客演、しかも定期に登場できたのは、
ハルピン響にいたロシア人やユダヤ人音楽家からの評価が高かったからだろう
それ以外のルートが考えられないね
ベルリンフィル副コンマスになったシュテルン氏の著書でもそこら辺が推察される
彼が朝比奈隆を評価しているのはお世辞とは考えられない それですでに80年代にはひびの入った骨董品という評価になっていた 実は1970年代まで、朝比奈=大フィルの演奏は日本の演奏の規範だったんだよ。
現代は全てにレベルアップしてとてもそうは言えなくなったけれど
あの当時は最高級の演奏と言え、東京の聴衆も一目置いていたんだ。
今の関西規範は京都市交響楽団の演奏レベルでかなり国際基準に近くなったが。 70年代で引退してれば後世に名を残したかもしれないのにね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています